GANTZ:Another Reboot   作:ユーブロン

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お久しぶりです。
長らくお待たせしてしまい大変申し訳ございません!
今回は岸本メインのお話になります。
それではどうぞ。


0008 Kの憂鬱 〜その2〜

「えっと、この辺りだよね……?」

 

とある郊外の住宅地、夕暮れに差し掛かる時間帯に1人の少女が歩いていた。整えられたショートヘアに、一際目を引く豊かな胸が特徴的だ。

少女の名は岸本恵(きしもとけい)。彼女は今、一つの生徒手帳を頼りに、ある男子高校生の家を尋ねていた。

 

昨晩のことだった。彼女は自宅の浴槽で自分の手をカミソリで切り、自殺を図った。だが、なぜかそのまま見知らぬマンションの一室で目を覚まし、ヤクザに襲われそうになったり、化け物の殺戮現場に居合わせるなど散々な目に遭っていた。2人の男子高校生の助けもあり、なんとか生き延びて帰ることができた。

……が、その後すぐに家を飛び出し、服を貸してくれた男子高校生の1人の制服から落ちた生徒手帳を手がかりに、彼の家を目指している。手帳に記載された住所の近くまで来ると、目の前で見覚えのある男子高校生が家の戸を開けて入ろうとしていた。

 

「あ、あの…」

「ん……?あ、あー!昨晩の……」

 

生徒手帳の持ち主の少年、葉狩恵留は岸本に声をかけられ、顔を見るやひどく驚いた様子を見せて近づいてきた。

 

「わー偶然…、え?家この辺……じゃないよね?どうしてここに……」

「あの夜に服貸してもらったでしょ?着替える時にこれがあたしの部屋に落ちたみたいで……」

 

岸本は生徒手帳を持ち主である恵留に手渡す。

 

「これを届けるために?」

「うん」

「無くしてたなんて全然気づかなかったよ、ありがとう!」

 

恵留の表情は明るくなり、生徒手帳を嬉しそうに受け取る。両手で大切そうに抱きしめる様な持ち方をするので、岸本は少し女々しさを感じた。

 

「じゃあ、これで……」

「あ、待って!」

 

岸本は目的を果たして立ち去る素振りをすると、恵留はすぐに引き止める。

 

「お礼がしたいからさ、ウチ上がってよ」

「えっ!?」

 

大胆にも家へ招待してきた恵留のその言葉に驚き、思わず上擦った声が出た。

 

「あぁごめん、会ったばかりなのにいきなり困るよね…」

「あっ、ううん!嫌じゃないよ、でもお礼なんていいよ」

 

とはいえ正直岸本にとっても一文無しで飛び出してきて公共機関も使えず、丸一日かけて歩いてきたので願ってもないことだった。

 

「遠慮しないで、わざわざ届けにきてくれたのに手ぶらで帰らせる訳には……、ん?手ぶら?」

 

そこまで言って玄関のドアを開けようと手を掛けると、ふとある疑問が浮かび、岸本に向き直る。

 

「そういや岸本さん、カバンとか持ってないみたいだけど、今日は学校行ってないの?」

「……ッ!」

 

質問を聞いて岸本は僅かに動揺する。見たところ岸本は恵留の生徒手帳以外になにも持ってきておらず、それどころか昨晩岸本の家の前で別れた時と服装が全く変わっていなかった。

 

「……今日は、行けてない。多分これからも行けないかも……」

 

そう答える岸本は少しずつ声を落としていく。その時恵留はガンツの部屋に来た直後の、彼女の手首に血が付いていたことを思い出す。

 

「……ま、そういうこともあるか」

 

恵留はそれ以上の詮索をやめた。ともすれば岸本が自傷に至った原因が彼女の通う学校にあるかもしれない、そう考えた。もっともこの時点では見当違いな推測であったが。

恵留は玄関のドアを開け、岸本を招き入れる。

 

「とにかく入りなよ、お茶淹れるからさ、いろいろと話したいこともあるし」

 

 

  ● ● ●

 

 

(入っちゃった……、男の子の家なんていつぶりだろう)

 

恵留に言われるまま岸本が入った彼の家は、昨日まで住んでた自分の家と遜色ない一戸建て住宅。3〜4人ほどの家族が住んでちょうどいい広さだ。

リビングのテーブルに用意されたカモミールティーが、歩き疲れた体に沁みる。

 

「わざわざごめんね、あの家からここまで結構距離あったでしょ?こっちが手帳ないの気づいたら取りに行ったかもだけど」

 

キッチンから出してきた茶菓子をテーブルに置きながら恵留が対面に座り、話しだす。

 

「いえいえ、こっちこそお茶まで用意してもらって…」

「僕がそうしたかっただけだから、まぁゆっくりしてってよ」

「……」

 

微笑む恵留の言葉には下心などは一切感じられなかった。本当にただお礼をしたかっただけなのだと感じられた。

 

(そんなふうに笑うこともあるんだ…)

 

いい人だなとは思っていたが、あの夜は切羽詰まったような表情ばかりだったので、岸本は少しばかり感心した。

 

「あ、あのさ葉狩くん…」

「ん…?」

 

すると岸本は恵留の顔色を窺うように切り出した。消極的な態度とは裏腹にある種の期待をもって質問してみる。

 

「葉狩くんって1人暮らし…、じゃないよね?」

「ううん、家族と暮らしてるよ。僕と父さんと母さんと、それから——」

 

 

「誰だ?」

 

「……ッ!?」

 

不意に聞こえた声の方を見ると、目つきの鋭い女性がリビングの扉を開けて立っていた。髪を片方だけかき上げていて、女性にしては背が高く、恵留に迫るほどだった。

 

「あっ(ゆう)、帰ってたの」

「玄関に靴あったろ、見とけや」

 

優と呼ばれたその女性は粗暴な言葉遣いで話し、どことなく恵留に似た顔立ちをしていて、2人は血縁関係だということが窺える。

 

(だ、誰…?葉狩くんのお姉さん?)

 

「…で?そちらさんは?まさか、兄貴の彼女(おんな)じゃないよね?」

「おん…、いえ違いますッ、え?兄貴って……」

 

岸本は即座に否定したその直後に自分の耳を疑った。目の前の女性は、どこか貫禄を感じる学生離れした迫力ある見た目だ。だが、彼女が“兄貴”と呼んだ人物は恵留の他にいない。つまりこの女性は恵留の妹、自分たちよりも年下なのだ。

 

「優…さん?……って、葉狩くんの妹さん!?」

「はははっ、見えないでしょ妹には…、はじめて会う人はみんなそういう反応するから」

 

心底驚いた様子を見せる岸本にそう話す恵留は、兄よりも精悍な妹に岸本を紹介する。

 

「あぁ優、この人は岸本恵さん。僕の友達で……って言っても昨日知り合ったばかりだけど、昨日落とした僕の生徒手帳を届けに来てくれたんだ」

「ふぅーん…、友達(ダチ)ねぇ……」

 

それを聞いた優は、なぜか疑惑に満ちた目でジロりと岸本を見ている。まるで胸の内に隠してるものを見抜こうとするように。

 

「な……なんですか?」

「…べつに」

「こら優ッ、失礼だよ…。ごめんね岸本さん、コイツちょっと人見知り激しくって」

 

恵留は妹の態度をたしなめながら岸本に詫びるが、露骨に警戒しながら疑いの目でこちらを値踏みするように見てくることを、はたして人見知りで済ませて良いのだろうか?

岸本がそう思っていると、玄関から物音が聞こえ、足音が近づいてきている。

 

「ただいま〜、玄関に知らない靴あったけど誰か来るの?」

「あっ、母さんおかえり」

 

買い物袋を携えた女性がリビングに入ってくる。こちらは一目で恵留と優の母親であると一目でわかった。彼女は岸本に気づくと、息子と同じような柔和な笑みを浮かべた。

 

「あら、優の…、お友達?」

「違う、兄貴のだそうで」

 

優が食い気味に否定し、恵留が付け加えるように紹介する。

 

「岸本恵さんだよ、僕の生徒手帳届けてくれたの」

「ど、どうも…、お邪魔してます」

「まぁ!恵留が女の子の友達連れてくるなんて何年ぶりかしら!」

 

口元に手を当てて驚くと、声を弾ませて大げさに喜ぶ葉狩兄妹の母。その様子を見て、恵留は少し照れくさそうにしていた。

 

「恵留と優の母の頼子(よりこ)です。うちの子と仲良くしてくれてありがとうね」

「は、はい」

「……母さん、袋」

「ん、ありがと」

 

優が頼子から買い物袋を受け取ると、中の食品を冷蔵庫に入れ始めた。その手際の良さから普段から家の手伝いをしているのだということがわかる。

頼子は何かを思いついたように「そうだわ!」と、優に買い物袋を預けたことで空いた両手を叩いた。

 

「もしよかったらだけど、ウチでお夕飯食べてかない?久しぶりにカレー作ろうと思ってたし」

「えっ、いやぁそれは……」

 

まさかの提案に戸惑う岸本。それに、冷蔵庫に食材を入れる優の手が一瞬止まり、わずかに眉を顰めるのを見逃さなかった。

 

「母さんさすがに急過ぎるよ、岸本さんが困ってるよ」

 

恵留が慌てて間に入って止める。

 

「あ、ごめんなさい、ついはしゃいじゃった。そうよね、ご家族の方も心配するわよね」

「……家族」

「ん……?」

 

家族、その言葉を聞いた途端に岸本は自身の現状を思い出し、表情が曇る。恵留はそんな岸本の変化に気づいていた。

 

「それにしても、こんな可愛い子引っ掛けてくるなんて、恵留ったらいつの間にこんな隅に置けなくなっちゃったのかしら?」

「い…っ、いやいや、ただの友達だって言ってんじゃん」

「……昨日初めて会ったらしいけどね」

 

ニヤニヤと息子を茶化してくる頼子。それに対し恵留は反論するが、食材を入れ終えた優が冷蔵庫を閉めながら補足という名の追い打ちをかけてくる。

 

「えっ!?会ったばかりの子を連れてきたの?ヤダもーとんだプレイボーイじゃないの!」

「痛ッ、痛いよ母さん!」

 

優の言葉でさらに興奮したようにバシバシと恵留の肩を叩き始めた。すると、恵留の黒地の制服に黄色がかった薄い模様があることに気づいた。

 

「あら…?ちょっとなにこれ、靴跡じゃない!」

「あ……、これはその…」

 

これは放課後に恵留が校舎裏にて行っていた秘密の実験。その際に付いたもの。家に帰る前に教室で念入りに払ったつもりだったが、左肩付近にまだうっすら残っていた。

 

「どうせまた友達とふざけっこして汚したんでしょ?ホラ出しなさい、払ったげる」

「いやいいって、これぐらい男子なら普通だよ」

「ダメよみっともない!早く出して」

「わ、わかったよ……」

 

恵留は観念し、学ランを脱ぎ始めた。優の方はというと、いつの間にかティーカップを取り出し、自分でハーブティーを淹れて飲んでいた。

 

彼らのやり取りを傍目から見ていた岸本は少し居心地悪そうに俯き出す。そしてそのまま少し考えこむと、おもむろに椅子から立ち上がった。

 

「あの…、私そろそろ帰ります」

「あら、もう帰るの?」

「はい、その…家族が心配すると思うので……」

「……?」

 

そう言う岸本の表情は、恵留にはどこか辛そうに見えた。戸惑い、迷いなど、さまざまな感情が岸本の中で渦巻き、処理しきれないでいるようだった。

 

「そうねぇ、もっとお話ししたかったけど、暗くなる前に帰らないとね。あ、そうだ…、ちょっと待っててね〜」

 

頼子はそう言うと恵留の学ランを軽くたたみ、テーブルに置く。そして戸棚から紙袋を取り出し、キッチンの奥へ向かうと何かを詰め始めた。

 

「………」

「岸本さん」

「ん……?」

「大丈夫?」

「……!?」

 

恵留に突然問いかけられた岸本は、なにかを見透かされたようで僅かに反応を示す。

 

「な、なにが……?全然大丈夫だけど……」

「そう……、ならいいけど」

 

つい反射的に“大丈夫”だと答えたが、実際の所岸本の心境は決して穏やかではなかった。恵留の勘の良さは、あの夜に十分理解しているつもりだが、今だけは勘弁して欲しいと願っていた。

程なくして紙袋を携えた頼子がキッチンから戻ってきた。

 

「お待たせー!はいこれ、ご家族と一緒に食べてね!」

「あ、(たけのこ)……」

 

葉狩家の実家からの仕送りだろうか、皮を剥かれ、水に浸して密封容器(タッパー)に詰められた立派な筍が入った紙袋を手渡された。

 

「あ、ありがとうございます」

「お家まで送ったげようか?車出すけど」

「いえ!大丈夫です!頼子さんも今帰って来たばかりでお疲れでしょうし」

 

岸本は少し慌ててそう言って手を振り、丁重に断った。

 

「まぁ、気なんて遣わなくていいのに…、でも、ありがとね」

「なら、僕が途中まで送るよ」

 

恵留が立ち上がり、声をかける。

 

「ううん平気、見送りもいいから」

「でも……」

「ホントに大丈夫だから!」

「そ、そう……」

 

余裕の無さが態度に出ないよう努めて抑え、岸本は恵留の提案も断った。頼子は恵留に「振られちゃったわね」と、またしても茶化すように笑ってくる。恵留は少し恥ずかしそうに顔を顰めた。

 

「でも、ホントに気をつけて帰ってね。もう遅いし、あまり寄り道もしちゃダメよ?」

 

岸本を心配してそう言う頼子。岸本も恵留たちに改めて感謝を伝えた。

 

「はい、わかってます。ごちそうさまでした」

「うん……じゃあね、岸本さん」

「また遊びに来てねー」

「………」

 

気遣わしげな顔を向ける恵留、微笑みながら手を振る頼子、そして最後まで不審な視線を送る優。

三者三様の姿勢で見送られながら、岸本は扉を開け、リビングを出るのだった。

 

 

  ● ● ●

 

 

「ハァ…、なんであんなこと言っちゃったのかな、全然大丈夫なんかじゃないのに……」

 

岸本はリビングを出ると、扉の向こうにいる家族に聞こえないように呟く。

 

家族が心配するから帰るとは言ったものの、彼女、岸本恵にはもう帰りを待つ家族も家もなかった。

昨晩家の前で恵留たちと別れてすぐ後に家の電話が鳴ったので、出てみるとそれは自分の母からだった。そして電話を取った岸本は衝撃の事実を聞かされた。

 

『しおり?今から病院来て、恵が……、お姉ちゃんがお風呂で倒れたのよ!』

 

 

(けい)……、つまり自分の名だ。電話口の母は相手は妹のしおりだと思っている。

風呂場でリストカットによる自死を試みたものの、どうやら発見が早かったようですぐに病院へ搬送され、息を吹き返したらしい。……にもかかわらず、自分はこうして存在しており、電話で自分が病院で生死の境を彷徨っていたと実母から聞かされているのだ。

この時、岸本はガンツの部屋で西が言っていたことを思い出した。

 

『俺たちはファックスから出てきた書類なんだよ』

 

岸本恵が2人存在し、自分はコピーだという事実を知り、恐怖から衝動的に家を飛び出す。その後、行き場を失った岸本は自分の部屋に落ちていた恵留の生徒手帳から彼の住所を知り、生徒手帳を返す名目で彼の家に訪れ、あわよくばそのまま住まわせてもらおうとしていた。だが、その計画は彼女の良心が邪魔をし、実行されることはなかった。いや、一種の疎外感というべきか……。

岸本が恵留の家で見た家族は、互いに依存し過ぎず、しかし確かな愛情と信頼を自然に伝え合える家庭だった。そこにさらに父親がいるらしく、その存在を語ろうとした恵留の抵抗のなさからして関係は良好であると窺えた。

自分が二度と手に入らない理想的な家族。そこに自分が入る余地などあるはずもなく、この世界に自分の居場所がないことを改めて思い知らされたのだった。

 

「これ、ホントどうしようかな……?」

 

手提げの紙袋を軽く揺らすと、チャプッと小さく音が鳴る。丁寧なアク抜きがされ、白くみずみずしい色合いをした筍が、水が満たされたタッパーの中で揺れている。これを調理する手段さえない岸本にとっては完全に荷物でしかなかった。

 

「もういや……、会いたいよ……、加藤くん」

 

自然と溢れる想い人の名前。あの夜、訳もわからずヤクザに襲われそうになった時、身体を張って真っ先に助けてくれた加藤勝という優しく逞しい青年。あれから彼に対して恋慕の情を抱いており、本来なら恵留でなく加藤の家に行きたかったほどだ。

 

通路を歩いて玄関のドアを開ける。岸本は加藤への想いを抱えたまま居場所を求め、今夜もまた街を彷徨う———

 

 

 

 

 

 

 

「ホントに大丈夫なん!?」

「………あっ」

 

ドアノブを握る手とは逆側、紙袋を持つ腕を掴まれた。振り向くと、恵留が物音一つ立てずに背後まで近づいていた。いや、正確には恵留が近づいてきているのに気づかないほど、岸本は思い詰めていた。

 

「葉狩くん……?なんで…」

「あっ、ご、ごめん……!」

 

唖然とした顔を向けると、恵留は謝ってすぐに手を離してしまう。すると声を聞きつけた頼子が「どうしたのー?」とリビングから顔を出す。

 

「ごめん母さん、やっぱり岸本さん送ってくる!」

 

そう言って恵留は岸本を連れて一旦外へ出ると、会話を聞かれないように家から少し離れた場所に移動する。

 

「ちょっと葉狩くん!?ホントに何なの?」

「えっとね、間違ってたらごめんね…、岸本さん、あんまり帰りたくなさそうだったから……」

 

恵留はそう断りを入れながらも核心をつく。岸本は一瞬言葉を失うが、恵留はさらに続けた。

 

「あのさ岸本さん、あの部屋に来たときのことって覚えてる?」

「あの部屋に来たとき………、って、何思い出して…ッ!」

「あぁごめん!そんなつもりは……、でもほら、あの時の岸本さんって、手首にこう…血ィ付いてたよね?多分、お家のお風呂場で切ったんでしょ…?」

 

恵留は指で手首をなぞる動作をしてみせる。ガンツによって一糸纏わぬ生まれたままの姿で転送され、その場にいた全員(西を除く)の度肝を抜いた岸本だが、手首の血からリストカットしたことがわかった。だがそれくらいの推理はさほど難しくない。恵留が今気になっているのはその動機だ。

 

 

「それは……」

「もしかしてだけど、その…、ご家族となにかトラブルがあったりとか……」

「………!」

 

最初は彼女が通う学校にあるのではないかと疑っていたが、“家族”というワードを聞いた時の様子の変化から家族にその原因があるのではないだろうか?今はそう考えていた。

事実そうだった。学校では真面目で優秀な生徒として通っていたが、母親からは過度な期待をかけられ、いい子でいなきゃというプレッシャーに耐えかね、気づくと自殺していた。

 

「岸本さんが手首切るほど追い詰められてるんだったら、今はまだ無理には帰らない方がいいと思う……。他所のご家庭の問題だから、あんま無責任なことは言えないけど」

「……それだけじゃないんだよね、帰れない理由って」

「え……?」

「家に帰ったら…、まだあたしがもう1人いたの」

 

やっぱりこの人に誤魔化しは通じない。そう悟った岸本は、ここに来るまでの出来事を話した。帰ったら自分がもう1人いたこと、それが病院で治療を受けていたこと、包み隠さず話した。

黙って話を聞いていた恵留は平静を保つ努力はしたものの、思いもよらない事実に色を失う。

 

「自分がもう1人……?そんな……」

「あたしには戸籍もない……、帰る家も、親もいない……、もうどうしたらいいか…わからない……ッ、うぅっ」

 

岸本はぽつりぽつりと話しているうちに、今まで抑えてたものが溢れ出るように啜り泣きはじめた。恵留もその姿に胸が締め付けられる思いだった。あれから24時間と経っていないが、その間どれだけの不安と恐怖で押し潰されそうになっていたか、恵留にはとても推し量れるものではない。

しかし、彼女から聞いた話と、あの夜に西少年が残していった言葉に、どこか腑に落ちている自分もいた。

だが、自分が今すべきことは……、

 

「岸本さん……、ウチにおいで」

「……え?」

 

目線を合わせ、両手で岸本の手を包み込むように握る。女性を口説くための下心ある手つきでなく、相手の不安を和らげ安心感を与えるようなしっかりとした手つきだ。

恵留は静かに語りかける。

 

「これからずっとって訳にはいかないだろうけど、解決策はきっとあるはずだ。だからさ、一緒に考えよう、これからどうするか」

「………」

 

自分の手を握る手は、加藤のと比べれば小さくて頼りなさげだ。しかし、全てを失い途方に暮れる今の岸本にとって、これほど心強いものはなかった。

何より恵留には一緒にいて安心できる、本音で話せる何かがあった。加藤に寄せる恋心とはまた違った何かが。

 

「……あぁっもちろん無理には言わないよ!?他にアテがあるならそっち行ってもらっても構わないし、その方が僕も安心できるって言うか…ッ」

 

恵留は慌てて手をぱっと離した。傍目から見たら自分が何をしてそれがどんなふうに見えるか理解すると、露骨に挙動不審になった。口調もどこか焦りが見える。

 

「……クスッ」

 

その様子がなんだか可笑しくて岸本は肩の力が少し抜けてきた。

 

「な、なに笑ってんの…」

「いや……、えっとじゃあ、よろしくお願いし——」

 

 

 

ぎゅるるるるるる

 

「………」

「………」

 

昨日からほぼ飲まず食わずだった岸本の腹の虫が最後まで言い終わるのを許さなかった。不意の現象に岸本は頬を赤らめた。

 

「……ぷっ」

「ちょ、ちょっとぉ!」

 

恵留は先ほどのお返しとばかりに軽く笑った。

 

「ハハッ、ごめんごめん………。もどろっか」

「……うん」

 

岸本が持っていた紙袋を恵留がさりげなく持つ。2人は家までの短い小道を共に歩く。

こうして岸本の長い長い一日がようやく終わりを告げる。そしてこの先、生涯の友となる人物の家に、温かく迎え入れられるのだった。




恵留の家族


父:葉狩陽久(はかりあきひさ)
会社員。口数は少ないが、家族を大切に思っている。ドロップをつまみにしてウィスキーを飲むのが好き。

母:葉狩頼子(はかりよりこ)
専業主婦。明るくて世話焼き。ハンドメイドでバッグや財布を作るのがここ最近の趣味。

妹:葉狩優(はかりゆう)
中学生14歳。空手部所属。疑り深い性格で、簡単に他人を信用しない。


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