「___うわぁ、受験者皆大っきいね。全員蒼良ちゃんより年上なんやない?」
会場に到着するなり、周囲を見回しながら感じたままの感想を口にしたのは、目良の運転する車の後部座席に座った啓悟だ。
窓から身を乗り出している無邪気な少年に「危ないですよ」と目良が注意を促すと、返事だけは得意な啓悟が「はぁい」と生返事するも、頭は変わらず窓の外に出したまま。
その隣に座る蒼良が「啓悟」と一言呼びかけると、ペロッと小さく舌を出して誤魔化すように笑いながら、即座に居住まいを正した。
「何なんですかねぇ、この露骨なまでの態度の違いは。一応この中では、年齢も役職も僕が一番上のはずなのに……」
「単純に、人望と好感度で負けたんだろ。たまに居るんだよな、年齢と役職が偉さの基準になると勘違いしてるタイプの大人」
本日も毒舌が留まるところを知らない廻が、目良の隣__助手席で脚を組んでふんぞり返りながら辛辣な評価を下してくる。
悲しいかな、蒼良以外のあらゆる生命体に対する優しさと愛嬌を母胎に置き去りにして生まれたらしい少年は、相手が自分の上司であろうと構わず棘を刺してくるのだから恐ろしい。
しかし本当に末恐ろしいのは、彼が誰彼構わず吠え掛かる駄犬ではなく、知性ある猛犬である点だろう。
廻は人をよく見ている。
噛みついても問題ない相手と、敵意を見せない方が都合よく使える人間を判断し、相手によって立ち振る舞いを見事に使い分けているのだ。
加えて、そういったずる賢さのみならず、純粋な知能レベルも十三歳という年齢には見合わぬ高さを有しているのだから、目良もそう気やすくは彼を呼び捨てに出来ない訳だ。
しかし、それはそれとして___
「年齢はともかく、役職は偉さの基準になり得ると僕は思うんですけど。確かにただ歳を重ねただけの人間は偉くも何ともないでしょうが、役職というのはある程度の能力を発揮しないと頂けないものな訳で、つまるところ僕はちゃんと仕事の成果を正当に評価されてこのポジションに__」
「いい大人が長々と屁理屈なんてこねてて恥ずかしくならないのか?」
「人を刺すことに躊躇いがない……!大人気なくて悪かったですね。返す言葉も……ありますよ?あれ?全然ありますよ?」
圧倒的な上位者の風格に呑まれ、つい反射的に謝罪してしまった直後に目良はハッとした。
組織への献身と努力の末に叩き出した成果。その結果として得た現在の役職が、自らのステータスであり威厳である事の何がおかしい。
今の話のどこに屁理屈要素があったのだと目良が切り返すよりも早く、駐車を終えた車のドアを開けて廻が外へ逃げていく。
その際に運転手に労いの言葉をくれるのは良い事だが、台詞チョイスが「ご苦労」なのは多分間違っていると目良は思う。
「廻くん、私もさっきの目良さんの意見は正しいと思う。役職は絶対評価だよ」
しかし降車した廻を迎え撃ったのは、後部座席から降りて来た蒼良の至極最もな指摘だった。
組織と規律を重んじる少女の耳に届く場所で迂闊な発言をしてしまった自身の失態に気づき、廻は小さく舌打ちを一つ。
「……当然、分かってる。俺は常日頃から、これ以上ないくらいに目良さんの事を敬ってるだろ」
「秒で記憶なくしとるやん。怖ぁ」
廻の鋭い視線がギンッと自分に向けられる前に、呟いた啓悟は蒼良の後ろにサッと避難。
とぼけ顔と真顔の中間のような表情で知らん振りしているこの少年も、誰に似たのか狡猾に育っている最中だ。
廻の敵意が絶対にそこには届かないことを知っている啓悟の事は一旦諦め、廻はひとまず少女の方に向き直る。
「人の言葉と心は必ずしも一致するとは限らない。お前にはまだ難しいかもしれないが、俺が目良さんに何を言おうと、それが本心ではない場合もあるって事だ」
「蒼良ちゃん、真面目に聞いたら駄目。あれは難しい言い回しで煙に巻こうとしとうだけ。廻くんの常套手段ばい」
背後から蒼良の服の裾を引き、騙されるなと忠告する啓悟に廻が再び睨みを利かせると、素早く姿が見えなくなった。
そんな二人の攻防の中心にありながらも、いつも通りの彼らのやり取りに今さら蒼良が動じるはずもなく、顎に右手を添えながらマイペースに思案する。
先程の廻の言葉を真剣に受け入れて思考を巡らせ、問いかけた。
「難しいね。言葉と心が一致しないなら、どうやって本心を読み取ればいいの?」
「表情、行動、態度。いくらでもあるだろ」
「この状況でよくその台詞が出てきましたね!?僕、今君が開け放したままのドアを閉めてるところなんですけど。見えてますよね?気づいてますよね?分かってて無視してるんですよね?」
「今気が付いた。俺としたことがうっかりだ」
表情、行動、態度、そのどれをとっても不遜極まりない廻の様子に目良がたまらず突っ込むと、わざとらしく目を丸くして棒読みで受け流してみせる廻。
その振る舞いが目良に対する軽視そのものであり、そんな言葉にいったい誰が騙されるのかというお話である。
「廻くんは時々、本当にうっかりさんだよね」
「蒼良……ッ!何てことだ、僕が君を純粋に育て過ぎたばっかりに……ッ!」
「いい加減にしてよ廻くん!蒼良ちゃんに謝って!廻くんのせいで、いざって時に嘘を見抜けない子になったらどう責任取るつもりなん!?」
両手で顔を覆い、わっと嘆き出す目良。
蒼良の背後に隠れるのをやめ、両手を広げて彼女を守るように立ちはだかりながら威嚇する啓悟。
そんな二人の行動は心底どうでも良いのだが、人を疑うという事をあまりに知らな過ぎる蒼良に、廻は珍しく狼狽えていた。
「クソ、俺が悪かったよ……。今日の試験は言わば蹴落とし合いだ。他人に何を吹き込まれようと、くれぐれも簡単に信じたりはするなよ?」
「知らない人の言葉を簡単に鵜呑みにしたりしないよ。廻くんだから信用してる。でも、皆の発言から察するに、私は今嘘をつかれたの?」
蒼良にとってこの三人は、同じ組織に属し、協力することはあっても騙し合う必要のない仲間である。
彼らの事を、自分の背中を預けるに値する存在だと認識している蒼良のピュアすぎる質問を受け、廻は目を見張り、息を呑んだ。
どんな理由があろうと、無防備に預けられたこの信用を裏切る事などあってはならなかったと、しおらしく反省の意を抱き、眩しい物でも見つめるように目を細める。
「やっぱり、お前には敵わないな……。嘘をついた事、訂正させてくれ。俺は本当はその男に対する敬意なんて微塵も持ち合わせちゃいないし、万年睡眠不足で自分の体調管理すらできないアホだと思ってるし、何ならちょっと強く命令すれば簡単に言うことを聞く都合のいい男くらいに思ってる……」
「そこまで!?僕の想定を遥か下回る見くびりようなんですけど!」
普段、声を荒げる事などほとんどない目良も大仰天の見下しっぷりである。
「冗談だ。便利な手駒を持てて俺たちは幸運だ。いつもありがとう」
「言ってる内容さっきと変わってなくないですか!?いい顔でありがとう一つ添えたところで誤魔化せる暴言じゃないですからね!?」
廻が口にした目良への評価に嘘はない。
しかし、その一方で彼の忍耐力や仕事に対する処理能力の高さについては認めているし、蒼良が絡むと割と見境がなくなる点なんかには薄っすらと好感すら抱いてる。
ただ、それを敢えて口にはしないだけ。
それが廻の廻たる所以なのだ。
子供たちに振り回され、入場前から疲労困憊の目良であったが、ふと腕時計に視線を落とし、受付の時間が差し迫っている事に気が付いた。
気持ちを切り替えるために眉間を指で数秒揉んだ後、表情をいくらかキリっとしたものに作り変えると、声の調子を元に戻して口を開く。
「……今日この会場に集っているのは皆、仮免試験を通過してきた猛者たちです。そして通常、ヒーロー試験の受験者の八割はヒーロー科を専攻した高校生または卒業生と言われています。そうなると、一番若い人で高校三年生にあたる十七歳。先ほど啓悟が言っていた通り、全員が蒼良よりも年齢が高いという訳です」
訓練期間は蒼良に分があれど、薬を服用した状態での戦闘訓練は数えるほどしか行えていない。
かなり高価な代物らしく、本当に必要な時以外では薬の消費を禁じられていたからだ。
蒼良本人は不慣れであろう大人の肉体を「不便はない」と評しており、事実、仮免試験でも危なげなくその実力を発揮した姿を目良はその目で見ていたけれど、それでも不安は尽きぬものである。
「いくら大人びていようと、君はまだほんの十歳の女の子なんです。君のこれからの人生は長く、可能性はいくらでもある。何も焦る必要はありません。話が多少散らかってしまいましたが……何が言いたいのかと言うと、試験を受けられる機会はこれが最後ではないという事です。ですから、今日はどうか気楽に__」
「無粋だな。これから試験を受けようってやつに、どうしたらそんな消極的な声援を送れるんだ?そもそも、今のは声援と呼べるのかも怪しいもんだが」
わずか十歳にして大きな使命を課せられてしまった少女。
そんな彼女の負担が少しでも軽くなる事を願い、言葉を連ねていた目良を遮ったのは廻だった。
「目良さん、本気で蒼良ちゃんが落ちてしまうかも、なんて思っとーと?俺よりずっと蒼良ちゃんの事見て来たっちゃろ?」
嫌味なく、純粋な驚きを声に乗せた啓悟の追撃が重なった。
「大丈夫ですよ、目良さん。ご心配いただかなくとも、私は今日必ず合格します。そうするよう、会長から直々に命じられていますので」
トドメを刺したのは件の少女で、その物言いには絶対の確信と自信が表れていた。
この少女は、感情論や根性論などといった精神的な理論から最も遠い場所にいる。
出来る事は出来る。出来ない事は出来ないと、俯瞰的に見て判断が出来る。
そんな彼女がこのように宣言した瞬間から、彼女の合格は目良の中で疑いようのない未来へと変わった。__否。そも、はなから彼女の不合格の可能性など、本当は見えていなかった。
その事に今、気が付いた。
目良が不安だったのは、少女の合否などではなかった。
その先にある未来。彼女がヒーローになった後の未来だ。
ヒーローとしての彼女はきっと、非の打ちどころなくその役割を果たすのだろう。
けれど彼女は一人の人間として、まだあまりにも不完全だ。
そんなに急ぐ必要はない。
責任を背負う必要はない。
危険に身を投じる事などしてほしくない。
自らの属する組織が一番に重要視するのはこの国の安寧で、その為ならば多少の禁忌には目を瞑る事は、目良とて薄々勘づいている。
しかし、先日十歳になったばかりの幼い少女が何故、時に自分の身を犠牲にしてでも他者を守らねばならないのか。
同年代の子供たちと触れ合い、心を育む権利を奪われ、身を粉にしなければならないのか。
この社会のしわ寄せが、何故この少女に向けられなくてはならないのか。
安全な場所で、もっとゆっくり羽を休めて暮らしていたって罰は当たらないはずだ。
彼女にはまだ、学ぶべき知識が、知るべき想いが、触れるべき感情が沢山ある。
大切なことが欠けたままのこの少女をヒーローにするのは、いささか時期尚早なのではないかと、どうしたって思わずにはいられないのだ。
目良は、上の人間の考えを未だ納得できていない。
それなのに、その決定を覆す事はおろか、意見する事すら許されるような立場にない。
だから、願う事しかできない。
__どうか、頑張り過ぎないでほしいと。
しかし、こんな思いを抱いてしまうのは、ましてやそれを彼女に受け止めてもらおうとするのは、廻の言う通り確かに無粋な行いだった。
「君たちの言う通りですね。……すみません、蒼良。僕も君を信じています」
感情を抑え、試験前の彼女に余計な負担をかけないように訂正する。
「ありがとうございます。必ず結果は出して帰るので、安心して見ていてください」
「蒼良ちゃんがここまで言うからには絶対に大丈夫そうやね!お菓子食べながら観戦しよっと」
「お前は気を抜き過ぎだ、アホ鳥」
「「アホ鳥」」
「蒼良まで反応するんじゃねぇよ。文脈で察しろ」
やいのやいのと言い合う彼らの賑やかで平穏な日常が、明日以降も続きますようにと胸の内で祈りながら、目良は子供たちを引き連れ、試験会場__国立多古場競技場に足を踏み入れた。
__________________
受付を済ませ、受験者の控室へと向かう蒼良と別れた三人は、その足で試合会場の観客席へと向かった。
会場は天井のないオープンスペースで、どこぞのテーマパークにでも紛れ込んでしまったのかと思ってしまいそうなほどに広く、開放的な空間だった。
楕円形に広がる敷地内には、生い茂る草木に険しい岩場、住宅街を模した建造物など様々な障害物が設置されており、目良たちの座る席からは対岸が見えないほど豪勢な造りとなっている。
そのため、客席側には複数のモニターが用意されており、受験者の姿はそれで追えるようにと配慮もされている。
目良は数カ月前にも一度、蒼良の仮免試験の付き添いという形でこの会場に訪れているが、今日が初参戦となる啓悟は壮大な光景を前にテンションが振り切れそうになっているし、普段は冷静な廻も今ばかりは興味深げに周囲を見渡している。
「見て!画面に蒼良ちゃんが映っとる!蒼良ちゃんが見えるばい!」
啓悟が指さすモニターには控室の様子が映し出されており、ざっと二十名くらいの受験者に混ざった蒼良の後ろ姿が映っていた。
鮮やかな青色の翼は、集団の中にあっても人の目を引く。
本来であれば、あの翼も目立たない黒に染める算段だったらしいのだが、個性由来の薬が蒼翼の個性因子と反発し、残念ながら薬の影響は羽には及ばなかったらしい。
他の受験者たちが互いに声をかけあったり、そわそわと足を組み替えたり、入念にストレッチをしたりと各々の方法で緊張を和らげ闘志を高めている一方で、微動だにせず立ち尽くしている蒼良の姿は異質だった。
受験者の中には流石はヒーロー志望といった明るさで蒼良に声をかける者もいたが、対する蒼良の簡潔な受け答えに、会話の意志はなさそうだと判断して早々に離れてしまっている。
素顔を一才見せない仕様の不気味な仮面を装着している点も、人からの好感を得難い雰囲気に拍車をかける要因の一つとなっていそうだった。
「ああ……僕は何だか急に不安になってきましたよ。仮免試験は個人戦だったから良かったものの、万が一団体戦なんて事になろうものなら、蒼良のあのコミュニケーション能力は圧倒的に不利じゃないですか……」
数分後、そんな目良の嫌な予感は的中した。
控室に入室してきたスーツ姿の試験監督__目良は何度か仕事で関わったことのある公安職員の一人によって説明された試験の概要はこうだ。
本試験の受験者は全部でぴったり二十名。
彼らの仮免試験での成績を元に、試験官側がこの二十名を十名ずつの二グループに振り分けてある。
それぞれのチームをAチーム、Bチームと命名し、これまた試験官サイドが決めたリーダーを中心に、団体戦を行う。
その際、互いをヴィラン組織だと想定し、ヒーローらしい連携を取りながら戦う事が評価ポイントとなる。
試験は四十五分の時間制。
双方の陣営には捕獲した敵を収容できる檻が設置されており、試験終了後に投獄されていた受験者はその時点で無条件で失格となるとのことだった。
「そんな……こんなのあんまりです。あまりにも蒼良とは相性が悪過ぎます」
客席のモニターに映し出された両チームのチームメンバーたち。
Aチームの欄の一番上__リーダーの枠に記載されたアズールの名に、目良は頭を抱えてしまった。
よりにもよってリーダー。
他人との意思疎通を苦手とする少女が、あのコミュ障が、まさかのリーダーである。
この試験の運営組織は公安なので、間違いなく蒼良の人物像を把握したうえでの采配だろう。
実力が申し分ないことは既に周知の事実であるため、昔から問題視されてきた内面の部分を問う気なのだ。
目良は蒼良のヒーローデビューに両手を振るって賛成の立場ではないが、こんなやり方には不満を感じずにはいられない。
「まったく、なんて意地の悪い……。協調性を見たいのであれば、何もリーダーに指名する必要性はなかったでしょうに」
「なに早々に絶望顔晒してんだよ。蒼良が受かるって宣言したのをもう忘れたのか?」
「そうばい目良さん。蒼良ちゃんにリーダー役なんてピッタリやん!きっと皆、すぐに蒼良ちゃんを好きになるもん」
自分もそうであったからと、蒼良の求心力を信じて疑わない啓悟に、「それはどうだろうな」と横槍を入れたのは、意外にも直前まで蒼良を支持する様子を見せていた廻だった。
「はぁ……?何なん廻くん。それ、どういう立ち位置なん?」
大好きな蒼良の魅力を否定されたように感じて、ムッとする啓悟に正面から取り合う事はせず、廻はモニターに焦点を合わせたままの姿勢で独りごちて笑った。
「どう考えても絶望的だろ。あいつの自己表現力は」
モニターの中、映る蒼良は控室を移動し、Aチームのメンバー十人のみで別室に集合している。
今日が初対面の者も多い中、いきなり連携力が重視される団体戦というのも酷な話であるため、試験開始前に二十分ほど互いの自己紹介や作戦会議を兼ねた時間が与えられているのだ。
長方形の長机の周囲に配置された十の椅子。
先頭で部屋に入室してきた蒼良は、その椅子の一つに迷わず腰かけ、「それじゃあ」と口を開いた。
控室での待機時間に、寡黙を貫く彼女を見ていた者、親しみを込めて声をかけたのに素気無くあしらわれてしまった者たちは、心の中で一様に「あいつ自発的に喋れるんだ」と驚いた。
「名前、個性、得意な戦闘スタイル、反対に弱点。この四点を簡潔に報告し合う所から始めようか。まずは私から、時計回りに一人当たり一分程度でお願いしたい。……どうしたの?部屋の入り口を塞がないで、後方がつかえてる。時間は有限だよ、手早く行動しよう」
突然ハキハキと喋り始めた蒼良に面喰っていた一同が動き出すより早く、後方から「失礼」と硬直する彼らの脇を通って蒼良の左隣に一人の男が腰かけた。
時計回りに続けという指示を受け、リーダーに従う意思を示すスマートな行動だ。
他の者より一歩先を行く状況判断力とフォロワーシップが窺える彼は、全身デニム素材の衣服を身につけており、それは動きづらくはないのかと蒼良の中に疑問が浮かんだが、時間は有限。
取るに足らない疑問は頭の隅に追いやり、まだ着席が済んでいない者もいる中、彼らを急かすようにフライングで自己紹介を始めた。
「私のヒーロー名はアズール。個性は見ての通りこの青い翼で、空を飛んだり自由に形を変えたり出来る。近、中、遠距離戦闘全て可能で、索敵も行える。弱点は……今日の試験では、ない」
簡単にその場で刀を作って見せたり、一枚一枚バラバラにして空中に浮かせてみたりと視覚的に分かりやすい実演を混ぜながら、簡潔な報告は一分すらも要さなかった。
強気な弱点なし宣言と共に締めくくられた蒼良の報告に、室内の空気がわずかに揺らいだが、鈍感な蒼良はそれを気に留めることなく「次、どうぞ」と隣のデニムに促した。
促され、蒼良と同じようにその場に立ち上がった男は、鼻まで覆い隠すタイトなデニム生地の下、口を開く。
「私のヒーロー名はベストジーニスト。個性はファイバーマスターと言って、このように__」
「あー……ちょっと待って。ごめん、ホント悪いとは思うんだけどさ、少しいいかな?」
ベストジーニストと名乗った男__本名を
小さく手を挙げて維の話に割り込んだのは、まだ着席すらしていない黒髪の青年で、人の良さそうな爽やかな顔に微笑を浮かべ、眉を八の字に下げていた。
その後ろには同じく直立したままの男女が三名控えており、状況だけを見れば、彼らはリーダーである蒼良の指令を無視し、それどころか邪魔をしている始末だ。
「言いたい事があるなら、簡潔に」
短く命じた蒼良に視線を向けた青年は、その目に一瞬不信感を宿して身体ごと向き直る。
「話の腰を折ってごめん。突拍子もない提案だけど……俺たち、この会議を抜けてもいいかな?」
後ろの3人を親指で示しながら、青年は苦笑した。
「俺含め、ここ四人は同じ高校の元同級生なんだよ。名前も個性も性格も既にあらかた把握出来てるし、何より一緒に戦った経験がある。連携取るにはこの四人が一番なんだ。団体戦ってことは協力が重要になってくるだろ?だから__」
「良い案だとは思うが、今回私たちはこの十人で仲間だと指定されている。それなのに四人だけで別行動というのは、いかがなものだろうな。この部屋に設置されている監視カメラ__あれは観客席に私たちの様子を提供するだけの役割だと思うか?私はそうは思わない。試験は既に始まっていて、試験官は恐らくあのカメラを通して私たちのヒーロー適性を観察していると考える。そんな私の一考察を踏まえて、君たちは何を選択する?」
蒼良が指摘しようとしていた内容を全て先に攫っていったのは、デニム男こと維だった。
このチームにおける有用な手駒として、蒼良の中で彼の評価がやや上がる。
優秀な維の忠告と問いを受け、そこまでは考えが至っていなかったのであろう黒髪の青年の表情に迷いが生じた。
沈黙が落ち、後ろの仲間三人に目配せで意思を確認すると、三者ともに不安を顔に浮かべ、しかし力なく首を横に振った。
それは決別の主張であり、心苦しかろうと、自分たちの最初の主張を押し通そうという意思表示だ。
協調性に欠けると評価されるのは確かに痛い。
他六名を見捨て、自分たちだけが全力を発揮できればいいと、利己的な行動を取る事に後ろめたさももちろんある。
しかし、「捕獲され、檻に収容されればその時点で失格確定」という設定は、それを上回る恐怖とリスクをもたらしてしまった。
どれだけ過程が素晴らしくとも、結果が悪ければヒーローにはなれない。
逆に、過程に多少の問題があろうとも、結果さえ良ければヒーローになれる可能性はあるのだ。
「……決めた。俺たちは、別で行動させてもらう。敵対するわけじゃない。ただ、一足先に会場に行って、四人で作戦を考える事にするよ」
「そう。分かった。それならもう行っていいよ。私たちは報告を続けよう。ベストジーニスト、再開して」
青年の決断を受けた瞬間、彼らには綺麗サッパリと興味を失ったように視線を切った蒼良に、青年は自分を棚上げして、何て情の薄い人なのだろうと驚いた。
人当たりがよく、誰とでも円滑なコミュニケーションが取れる事を自負している青年は、実は控室での待機中に一度蒼良との対話を試みて失敗していた。
その時、勝手に「内面に問題あり」と下した蒼良への評価は、やはり間違っていなかったと自分の直感が確信へと変わる。
思えば、先ほどの自己紹介での「"今日の試験では"弱点がない」といった引っかかりのある言い回しも少し気に障っていたのだ。
まるで、あの程度の相手であれば自分が後れを取る事はないとでも言いたげな傲慢さが鼻につくのだ。
社交的な青年にはBチームにも顔見知りがおり、彼らが実力者であることを知っているだけに、無知か無謀か強気過ぎる蒼良を信用できないと判断した。
「ベストジーニスト、君も一緒に来ないか?」
「……どうして私を?」
「そりゃ有名人だからね。雄英体育祭での活躍、覚えてるよ。テレビで見てた。君の個性も強さも戦い方も、俺たちは知ってる。君とならいい連携が出来ると思う」
「高く評価してもらっているようで嬉しい限りだが、君たちは私の性格までは把握できていないようだ。言っただろう?私たちは十人で仲間だと。ヒーローを志す者の一人として、仲間内での分断には賛成しかねるよ。そういう些細なほつれがデニムを駄目にしてしまうんだ」
口調は丁寧そのものだがハッキリと拒絶の意を告げられた四人は、それ以上は食い下がらず、居心地の悪そうな顔で部屋を後にした。
空気は乱れてしまったが、時間のロスを巻き返そうと淡々と急かす蒼良に背中を押され、再び自己紹介へと軌道修正。
残った時間でそれぞれの個性を生かしたチームアップの方法について意見交換し、六人は会場へと向かった。
「___随分と落ち着いていられるんだな。失礼な言い方かもしれないが、君はまとめ役にはあまり向いてないだろう?不慣れな役割を押し付けられ、苦労しているように見えた」
会場へと向かう通路で、蒼良の隣に並んだ維はそう話しかけた。
自分のチームの要とも言える存在を品定めしたい気持ちと、単純な異質さへの興味からくる声掛けだった。
「そうだね。私はチームの分断を止められなかったし、リーダーの適性は低いと思う」
「……止められなかったというより、止める気がなかったように感じたのだが」
「言おうとした言葉は、貴方が私よりもずっと上手に伝えてくれたから。あれ以上の言葉を私は持ってないし、あそこで止まらない時点で出来る事はもうないと判断しただけ」
「彼らの事は見捨てるのか?」
「まさか、私はリーダーだよ。まとめ役は務まらなかったけど、それなら別の方向からリーダーらしさを示さないと。さっき貴方が言ってた通り、自分の役割が果たせているかどうかもきっと、この試験の審査基準になってると思うから」
「別の方向とは、いったいどんな___」
維の言葉が途切れたのは、ちょうどそこで試験会場に到着したからだ。
広大な敷地の奥、士気を高める敵陣の姿が見え、もともと伸びていた背筋がより一層伸びる思いだ。
「それじゃあ皆、普段通りの実力を発揮できるよう気負わずに頑張ろう」
「気負わずにって……口で言うのは簡単だけど、実際結構難しいんだよね。どうしたら君みたいに終始落ち着いていられるんだろうね?」
維の隣、蒼良がAチームメンバーにそう声をかけると、僅かに皮肉を含んだ返答があった。
分断した片割れメンバーのリーダー格である黒髪の青年だ。
「負ける条件が一つもない、絶対に勝てると分かってる戦いで、貴方は何を憂うつもりなの?」
疑問に疑問で返した蒼良の言葉は、今日一番の切れ味を持って相手の鼓膜を震わせた。
蒼良の隣に立っていた維も目を見開いてしまうほどの威力を持った言葉だった。
この会話を拾った観客席のモニターを眺めていた啓悟は「流石蒼良ちゃん」と興奮し、廻は「随分と挑発的な言葉選びだな」と愉しげに言い、目良は廻と同じ感想を抱いて嘆いていた。
「私は負けないし、私が居るからこのチームは負けない。あの檻に収容される人は一人も出ない。リーダーとして、私は皆にそれを保証する」
リーダーとして、統率が取れなかった代わりに全員に勝利を約束する。
蒼良の考える「責任者の役割」の強引さに、維は思わず笑ってしまった。
選りすぐりの実力者が集うこの場において、何たる傲慢。何たる不遜。何たる横柄か。
オールマイトクラスの超人でしか許されないであろう発言を事も無げに言い放つ蒼翼の女性に、腹立たしさや呆れを通り越し、俄然興味が湧いてきた。
「各員、好きに暴れるといいよ。自分の強みを審査員にアピールする事、忘れないようにね」
試合開始を知らせる放送がかかる直前、そう告げた彼女はやはりどこまでも状況を俯瞰的に見ているようで、まるで緊迫感を感じさせなかった。
そんな彼女がこの試験中、いったいどんな活躍を見せてくれるのだろうと、維は期待に胸を膨らませた。