暗部の忍が転生して公安ヒーローになる話   作:ぴのっきお

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ヒロアカ世界の倫理観らしからぬ展開が続いて行きますが、ちゃんと背景があります。後々出していきます。


初めての友達

 

 

 

通常、駆け出しヒーローというのはどこかしらの事務所のサイドキックから始める場合が多いそうだ。

そのため蒼良も当然そのつもりでいたのだが、ここでまたしても例外対応を受けることとなった。

まさかのデビューと同時に事務所長就任である。

それも、ここ数年トップが不在だった元レディ・ナガンのヒーロー事務所を引き継ぐという形でだ。

 

ただし、蒼良はまだ十歳という年齢事情もあり実質的にはお飾りの所長で、運営は全て公安の職員が代わりに行ってくれるらしい。

蒼良はただ、一般市民に平和と安心をご提供するべく、時に街をパトロールし、時にヴィランを倒して人助けをすればいいのだという。

 

当分は表のヒーローとしての活動に専念して、そちらの仕事に慣れ始めた頃に公安としての裏の仕事を任せられるそうだ。

つまるところ、当面の間は正義の味方を演じるだけの実に簡単なお仕事だった。

 

ちなみに、勤務拠点が静岡に決定した蒼良は、居住地を東京から静岡へ移すよう上に打診しようとしたのだが、啓悟、廻、目良の三人による猛反発を喰らい、一時期の火伊那のように新幹線通勤をする運びとなった。

 

啓悟曰く、おはようからおやすみの挨拶を交わす事、一緒に食卓を囲む事、そんな細やかな触れ合いが彼にとってはとても大事な事なのだそうだ。

廻曰く、自分の知らないところで蒼良が勝手に怪我をする事が許せないらしい。

目良曰く、保護者代理である自分は蒼良の側にいなくてはならないんだとか。

 

 

 

 

 

ヒーロー生活が始まってから約二ヶ月が経ったある日の夕方、蒼良は変装を解いた少女の姿で路上を駆けていた。

日中に交戦したヴィランの後処理に思っていたよりも時間がかかり、帰宅が遅れそうなのだ。

 

ヒーローデビューしてから気がついた事なのだが、ヒーローが定時に仕事を上がれる機会は少ない。

何だかんだと事件に巻き込まれ、帰宅時間が定まらないからだ。

それ自体はさほど問題ないのだが、蒼良の頭を悩ませるのはやはり啓悟と廻だった。

 

あの二人は蒼良が帰宅するまでたとえどれだけ遅くなろうとも晩ごはんに手を付けずに待っているのだ。

だから蒼良は、お腹を空かせて待っている子供達のために、夕方になると毎日のように駅までの道を急ぐようになった。

 

事務所から駅までは歩いて移動するにはやや時間がかかる。

普段なら公安の職員が車で送ってくれるのだが、この日に限っては全員が任務や対応に追われ、送迎の手が回らなかった。

そのため蒼良は、自力で帰路を急ぐしかない。

 

空を飛んで解決したくなるところだが、ヒーロー活動以外の目的で事務所付近において蒼翼を使用することは、上から厳しく禁じられている。

それどころか、周囲から羽を隠すようにとまで命じられていた。

 

蒼良の通勤スタイルは、仮面を外した十歳のありのままの少女の姿であり、ヒーロー活動中のアズールの姿とは似ても似つかない。

しかし、背中の蒼翼だけは唯一身バレに繋がる恐れがあるからと、徹底的に隠すように言われているのだ。

お陰様で、蒼良の通勤バッグの中には所狭しと蒼翼が敷き詰められているのが現状だ。

 

転生前は翼など持っていなかったのだから、空路が使えない生活にも蒼良はすぐさま順応した。

けれど終電を逃すかもしれない今日に限っては、陸路しか使えない事がもどかしい。

障害物も人目も気にせず、もっとスピードを出せたなら__。

 

そんなことを考えていた蒼良の目に、ふと隣の未開拓な山地が目に入った。

この山を突き進むのであれば、障害物はあれど人目はない。

もしも私有地であれば不法侵入になるが、前世の感覚が強く残っている蒼良はその可能性を失念し、迷いなく木々の隙間に飛び込んだ。

 

走りながら雷遁チャクラを身に纏い、身体を活性化させていく。

体内に迸る雷で神経伝達スピードを上げ、瞬身の術で疾走する。

瞬身の術__それは、風と共に現れ風のように消え去る忍の瞬間移動術である。

実際はチャクラで身体を活性化させて行う高速移動の総称なのだが、その移動を肉眼で捉えるのは不可能に近く、常人から見ればあたかも術者がワープしたかのように映るのだ。

 

一筋の青い稲妻と化した蒼良は、私有地の山___瀬古杜岳を走っていた。

しかし不意にその足を緩め、木々の上で立ち止まる。

 

 

「___山火事……?」

 

 

夕闇迫る山の頂の方に、明るい光が揺らいでいた。

耳を澄ませばパチパチと火の粉が上がるような音が聞こえるうえ、焦げ臭い匂いまでする。

ヒーローは事件を見て見ぬふりなどしてはならない。

蒼良は急遽進路を変更して、その灯りに吸い寄せられるように山頂を目指して駆け登った。

 

 

 

 

 

 

山頂へと辿り着いた蒼良が目にしたのは、轟々と木々を燃やす赤い炎と、その火を消そうと脱いだTシャツを上下に振っている一人の少年の姿だった。

身長は蒼良とほぼ同じくらい。

瞳はターコイズブルーで、髪は白髪。しかし毛先の方は所々赤く染まっている。

 

 

「____水遁・水乱破」

 

 

印を結ぶと、蒼良は口から滝のような水を吹き出した。

放出するチャクラ量によりその威力は自由自在で、水遁の基本忍術の一つである。

 

帰宅より消火を優先して良かった。

隣の木々に燃え移ろうとしている炎を次々と鎮火しながら、蒼良は内心そう思っていた。

これを放っておいたら、いずれは大規模な山火事に発展していたことだろう。

 

全ての火を消し去り、蒼良が後ろを振り向いた時、少年はそこで驚いたように固まっていた。

突如として現れた謎の人物に、どう反応して良いか分からないようだ。

そんな彼の内心には構いもせず、蒼良は少年へと無遠慮に歩み寄る。

その堂々たる態度に怯んだように、少年は一歩後ずさってたじろいだ。

 

 

「お腹、火傷してるよ」

 

「……え?」

 

 

蒼良がスッと指し示したのは、少年の胸の下辺りからお腹にかけてまでを覆っているただれた皮膚だ。

指摘された少年が、その火傷跡を覆うように両手で自分の患部を隠した。

 

 

「……うるさいな。君には関係ないだろ。いきなり現れて何なんだよ」

 

「見せて」

 

「は……?」

 

「手を除けて。見せて。簡単な治療くらいなら出来るから」 

 

 

許可も得ずに少年の腕を無理やり掴んで引き剥がすと、火傷痕を見つめ、蒼良は片手で印を結んだ。

 

 

「医療水遁・水海月」

 

 

蒼良の手から両掌におさまるくらいの水色のクラゲが生みだされ、少年の患部目がけて飛びついた。

 

 

「わ……ッ!」

 

「大丈夫、動かないで。こういうのはあんまり得意じゃないんだけど、その程度なら問題ない」 

 

 

みるみるうちに再生していく皮膚を見て、少年は驚愕に目を開く。

 

 

「貴方はこんな所で何をしてたの?ご両親はどこ?今度から、火を使う時は大人の目の届く場所で使うように気をつけてね」

 

「……何それ。助けてくれたのは感謝してるけど、超お節介」

 

 

まだ戸惑いの最中にあるらしい少年は、綺麗になった自分の腹をさすりながら、訝し気な視線を蒼良に向けた。

 

 

「そもそも、君は何でうちの山にいるの?普段は俺以外誰も来ないはずなんだけど」

 

「うちの山?」

 

「知らないのかよ。ここ、瀬古杜岳。俺のお父さんの山」

 

 

地面を指さしながら少年は非難めいた口調で説明した。

 

 

「お父さんの山……勝手に入っちゃいけないってこと?」

 

「当たり前だろ。私有地だぞ?」

 

 

蒼良の前世の世界では、特定の人物が山を所有するという概念はあまり浸透していなかった。

物好きな所有者も中には居たのかもしれないが、木々が生い茂る土地は他郷の忍が隠れ潜みながら攻め入るための場所としてうってつけであったため、基本的には国が所有および管理をしていたのだ。

 

馴染みなく無知であったとはいえ、どうやら自分は規則を犯したらしいと気づいた蒼良は、すぐに己の過ちを認め、最上級の反省を示す行動に出た。

五体投地で精一杯の謝罪である。

 

 

「本当にごめんなさ__」

 

「うわ……っ!?急にどうしたんだよ!やめろ、別にそこまで責めてない!」 

 

「でも、言い訳のしようもない___」

 

「別にいいってば!一応恩人なわけだし、罰してやろうなんて思ってない。ただ、どうしてこんな所にいるのか気になっただけだよ」

 

 

少年が肩を掴んで揺さぶってくるので、蒼良はようやく顔を上げた。

 

 

「家までの近道だったから」

 

「はぁ?こんな歩きづらい山道が?」

 

「本気で走っても誰かにぶつかる心配がないから」

 

「変な奴……さっきから表情も全然変わんないし」

 

 

しかし、そんな蒼良のズレた言動に毒気を抜かれたのか、少年の纏っていた警戒心はいくらか和らぎ始めている。

 

 

「まァそんなにこの山を通りたいなら、明日からも自由に通ればいいよ。ただし、こんな夜遅くに何が起きても知らないからな。怪我して困ったって自己責任だ」

 

「さっきの貴方みたいに?」

 

「揚げ足取らなくていいんだよ!」

 

 

ブーメランを投げてしまった自覚はあったのだろう。

若干顔を赤くしながら少年が吠えている。

 

 

「とにかく!ここで何が起きたって気づいてやれる奴はいない。お父さんだって滅多にここへは来ないんだからな」

 

「それじゃあ、貴方はどうしてここに居るの?」

 

「……誰にも言うなよ?」

 

「分かった、言わない」

 

「個性訓練。……俺、身体から火を出せるんだ。お父さんに内緒で強くなって、いつか驚かせてやるために、毎日ここで訓練してる」

 

 

拳を握り込んだ少年が、口の端を歪めながら力強く宣言した。

 

 

「だったら、せめてお母さんに近くで見てもらった方がいい。子供が一人で火を扱うのは危険すぎる」

 

「お母さんは駄目だ。……俺が個性を使う事、良く思ってないから」

 

「山火事を起こしかけてたもんね」

 

「うるさい。いちいち蒸し返すな」

 

 

容赦ない指摘に反発する彼の耳はほんのりと赤く、どうやら自身の拙い技術を恥じているのが見て取れる。

 

 

「今日はたまたま抑え方が分かんなくなっちゃったんだ。普段ならあんな事ない。それにお父さんもお母さんも、俺が個性を使うこと自体が嫌なんだ」

 

「そっか」

 

「嘘でもいいからもうちょっと興味持ってる振りしろよ」

 

 

少年は蒼良をジト目で睨みながら、脇に抱えていたTシャツに頭と腕を通した。

 

 

「まぁいいや、とりあえず一緒に山を降りよう。もうじき暗くなって何も見えなくなる。女の子一人じゃ危ないし、麓までは俺が送っていくよ」

 

 

そう言って少年は手のひらにぽっと小さな炎を灯して見せた。

蒼良にも周囲を照らす方法はあるし、チャクラ感知を使えば目が見えていなくとも充分に動けるので、正直言って不要な気遣いだ。

それに、山を抜けるには一人で走ったほうが早い。

 

 

「大丈夫。私は自力で帰れる__」

 

「良いから遠慮せずついてきなよ。助けられっぱなしなのは俺が嫌なんだ」

 

「遠慮してるわけじゃ__」

 

「はいはい、分かったから。ほら、行くよ。ちゃんと足元見ながらついてきてね」

  

 

有無を言わさず歩き始めた少年の後ろに続いて、押し負けた蒼良も歩き出した。

 

 

 

 

 

 

二人がようやく山を抜ける頃には、すっかり日が落ちて辺りは暗くなっていた。

 

 

「ここまで来たら街灯もあるし、一人でもちゃんと帰れるよね?もうあんな山奥まで入ってきちゃダメだよ」 

 

 

この子は自分の山火事事件を棚上げしていったい何を言っているのだろうと蒼良は思った。

 

 

「それは貴方も同じだよ。見たところまだ小学生くらいでしょ?こんな遅い時間まで一人でいちゃ駄目だよ。帰る時間は考えなきゃ」

 

「いつもはもう少し早く帰ってるよ。学校が終わったらすぐ山に登って、日が暮れる前には家に着いてる。……今日はアクシデントで仕方なかったんだ。だいたい、それを言うなら君だって小学生だろ。年齢だって俺と殆ど変わらないように見えるけど?」

 

「私は今年十歳になったよ」

 

「俺は九歳。やっぱり全然変わんないじゃん」

 

 

前世も合わせれば蒼良の方がよっぽど精神年齢は高いのだが、そんな事など知る由もない少年は不服そうな顔をしている。

しかし生憎、蒼良には子供をあやす語彙などなければ、残されている時間も少なかった。

 

 

「それじゃあ私は急いでるからもう行くね。送ってくれてありがとう。貴方も気をつけてお家に帰るんだよ」

 

「最後まで子供扱い……。これでも一応長男なんだぞ」

 

 

文句を言いながらも、蒼良が手を振ると少年は一度だけ渋々ひらりと手を振り返してくれた。

これが、後に少年の運命を大きく変える事になる一人の少女との出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

ボヤ騒ぎがあったその翌日、蒼良は街をパトロールしながら、休憩時間に影分身を一体作り出した。 

影分身によって作られた身体は幻影ではなく実体を持ち、意志を持ち、物理的な攻撃を行うことも可能とする。

本体と離れて行動している間は情報を共有できないが、分身が解かれた後にその経験値や記憶は本体に統合されるという優れものだ。

 

街の小学生たちが下校し始める頃、蒼良はその分身体を昨日も訪れた瀬古杜岳へと向かわせた。

放課後はいつもあの場所で個性訓練をしているというあの少年の様子が気になったからだ。 

 

「……確かに自由に出入りしていいとは言ったけどさぁ、何で当たり前みたいな顔して俺の後ろに座ってるの?もう会うことはないと思ってたんだけど。てゆーかすごく気が散るんだけど」

 

 

太い木の根に腰を下ろし、足を組んで頬杖を付き、のんびりと修業中の少年を観察していた蒼良に苦情の声が飛ぶ。

ただ見守っていただけなのに、ずいぶんと神経質な少年だ。

 

 

「邪魔しないように静かにしてるつもりだったんだけど、どの辺が駄目だった?」

 

「いきなり来て何も言わずに黙って座ってるところだよ!怖ぇーよ!来たなら来たで一言くらい声かけるだろ普通!」

 

「お邪魔してます」

 

「遅いんだよ!!」

 

 

全力でツッコミ続けた少年がゼエハアと肩で息をして呼吸を整えている。

もしかしたら個性訓練よりも疲れているのではないだろうか。

 

 

「……で、君は何でまたこんな所に来たの?」

 

「貴方のことが気になったから。また山でも燃やしてるんじゃないかなって」

 

「いつも燃やしてるみたいに言うな!昨日のはたまたまだって言ったろ?」

 

「そのたまたまの事故で誰かが死ぬかもしれない」

 

 

事件を未然に防ぐのもまたヒーローの仕事なのだ。

 

 

「個性訓練自体は悪いことじゃないと思う。でも、貴方の場合は少し個性が強すぎる。誰か止められる人が近くに居ないと危ないよ」

 

 

蒼良の正論に、少年は何も言い返せずに押し黙った。

 

 

「貴方の両親が側で見ていてくれたら一番良いんだろうけど___」

 

「来ないよ。お父さんもお母さんも来てくれない。しょうがないだろ?うちのお母さんはダメダメだし、お父さんは俺のことなんて視界にすら入れたがらないんだ」

 

「だったら、私が貴方を見てる」

 

 

蒼良の何気ない一言に、少年は意表を突かれた様にパチパチと瞬きを繰り返した。

しかしすぐに唇をぎゅっと引き結ぶ。

 

 

「……君がお父さんの代わりになんて、なるわけ無いだろ」

 

 

そう言って、ぷいっと蒼良に背を向けて再度修業を開始した。

そんな少年の背を見つめながら、何を当たり前のことを言っているのだろうと蒼良は首を傾げていた。

 

 

「私は貴方のお父さんにはなれないよ。ただここで貴方を見てるだけ」

 

 

絶対に聞こえているだろうに、少年は蒼良の声掛けを無視して訓練に励んでいる。

こうして、この日から蒼良と少年の奇妙な関係性が始まった。

 

 

 

 

 

 

「また来たのか」と露骨に嫌そうな顔をする少年。

それを気にも留めずに勝手に木の根に腰を下ろす少女。

少年の訓練中は完全に気配を殺して邪魔しないよう配慮する少女。

炎が木々に燃え移ったそばから勝手に消火活動を開始する少女。

訓練後、嫌がる少年の火傷痕を無理やり治療する少女。

 

少年も最初の数日くらいは「明日は来なくていいからな」と毎日言い続けていたのだが、次第に効果がないことを理解したのかそんな台詞も言わなくなった。

初日にうっかり山への出入りを許可してしまったばっかりに、蒼良からの干渉を受け入れるしかなくなってしまったのだ。

もはや諦めにも近かった。

 

 

「___お前さぁ、どうせ毎日そこに居るなら、何かアドバイスとか感想の一つでもくれたらどうなの?」

 

 

ある日の修業中、少年は唐突にそんな事を言い出した。

自分が邪険にされている自覚があったため、蒼良はあえてこれまで何も口出しをしてこなかったのだが、どうやら彼は意見を求めていたらしい。

態度に感情が伴っていない。

これだから人の心は難しいのだ。

 

ちなみに、少年はいつの日からか蒼良のことを「君」ではなく「お前」と呼ぶようになった。

無遠慮な蒼良に対して、あちらも遠慮する必要はないと判断したのだろう。

 

 

「それなら一つ言わせてもらうけど、貴方は火力を上げる訓練よりも先に、まずは炎の緻密なコントロールから磨いていくべきだと思うよ。扱いきれないまま熱量だけが高まっていくのは、見ていてすごく危なっかしい」

 

「ようやく喋ったと思ったらお小言かよ。俺が聞きたいのはそういうんじゃなくてさぁ!もっとどこが良かったとか、昨日より良くなったとか、そういうやつだよ!」

 

 

少年はじれたように地面をダンダンと踏みしめている。

言えって言うから言ったのに。

やっぱり人間って難しいなと蒼良は思った。

 

 

「だいたい、コントロールとかそんなんじゃダメなんだよ。もっと分かりやすくすごくならなきゃ……。俺だけの強い武器がなきゃダメなんだ」

 

「コントロール精度を上げることも強い力になると思うけど」

 

「だからぁ……ッ、そんな誰でも出来るような事じゃ意味ないんだってば!そんなんじゃお父さんは、いつまで経っても俺を見てくれないに決まってる!」

 

「貴方はお父さんに認められたくて修業してるの?」

 

 

蒼良の疑問に、少年はハッと傷ついたような顔をして黙り込んだ。

眉を寄せ、顔をしかめてうなだれている。

この少年のいっそ異常なまでの強さへの執着はこれが原因だったのかと、蒼良は腑に落ちたような気分だった。

 

 

「……お前には分かんないよ。最高傑作になれなかった俺の気持ちなんて分かりっこないんだ。俺にはこれしかないんだよ……証明するしか……!俺だってヒーローになれるんだって……!オールマイトも超えられるんだって!」 

 

 

オールマイト___実際に会ったことは一度もないが、蒼良は人知を超えたエネルギーの塊のような男を記憶から引っ張り出してきた。

あれを超えたいなどと、なかなか大層な目標だ。

確かにあの男を超えられるようになれば、父親どころか世界がこの少年に目を向けることだろう。

 

 

「オールマイトを超えたいなら、確かにコントロールだけじゃ不可能だと思う」

 

「だったら……!」

 

「だから、同時進行で行こう。火力とコントロール、どっちも一緒に伸ばしていこうよ」

 

 

思いがけない蒼良の提案に、少年は驚いて口を開いたままの形で固まっている。

 

 

「これからは私も口を出していいんだよね?個性の種類は違うけど、アドバイスなら出来ると思う。何より私は対人戦闘の相手にもなれるよ。個性伸ばしには実戦が一番だって知ってた?」

 

「お前、何なの……。ホントに変だよ。何で止めないの?何で背中なんて押しちゃってるんだよ。最初は俺のこと咎めに来てるんだと思ってたのに、本当にただ見てるだけだし、変なやつ……」

 

 

消え入るように語尾が小さくなったかと思えば、それから「やっぱり変なやつ」と泣き笑いのような表情で言った。

 

 

「今さらだけどさ……お前の名前、聞いてもいい?」

 

「瑠璃川蒼良」

 

 

どこか気恥ずかしそうに尋ねる少年に蒼良が即答すれば、少年はその名を二、三繰り返し呟き、ようやく口に馴染んだように満足げに微笑んだ。

 

 

「俺は轟燈矢。苗字は轟。個性は炎。どうだ?何かピンときただろ?」

 

 

得意げに口角を上げて聞いてくる。

が、蒼良には彼の求める回答がまるで思い浮かばない。

ので、首をブンブンと横に振ったところ、盛大にため息をつかれてしまった。

 

 

「お前に期待した俺が馬鹿だった。いいか?俺のお父さんの名前は轟炎司!個性はヘルフレイム!職業はプロヒーロー!その名もNo.2ヒーローことエンデヴァーだ!」

 

 

息継ぎすらなくまくし立てられた内容に、流石の蒼良も少なからず驚いた。

ヒーローにはさほど興味のない蒼良だが、身内にエンデヴァーの熱心なファンが居たお陰で、彼のことは比較的解像度高めに把握している。

 

他に媚びない振る舞いのせいで、人気が伸び悩んでいる事。

No.1のオールマイトに強い執着を見せている事。

ネガティブな評価も多々あれど、その実力だけは確かなものであるという事。

 

 

「良い顔だな、蒼良もそんな風に驚いたりできるんだ」

 

 

僅かに目を見開いていた蒼良の顔を覗き込み、いたずらが成功した子供のように笑う燈矢の表情は、蒼良がこれまで見たものの中で一番年相応なものに感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

燈矢との秘密の訓練開始からはや数ヶ月。

毎日彼の様子を側で見守っていた蒼良は、この少年を才能の塊だと評価していた。

啓悟といい廻といい燈矢といい、周りにやたらと才能マンが多いせいで、強さの基準がおかしくなってしまいそうだ。

 

炎のコントロール精度が着実に上がっているため、火傷を小範囲に抑えることが可能になった。

しかし燈矢の火力は留まるところを知らないので、それに伴って負う火傷は日々重たいものへと変わっている。

結果的にはプラマイゼロ。若干マイナスのほうが大きいくらいかもしれない。

ヒーローとしては、このあたりで彼を止めるべきなのだろう。

 

しかし当の本人がこの訓練を止めるつもりなどさらさら無さそうなので、今のところは蒼良もそれを容認している。

そもそも、蒼良の中で特訓というのは死ぬ寸前まで力を出しきり、全身ズタボロに怪我を負い、文字通り血反吐を吐くまでがワンセットという認識だった。

 

もちろんそれは前世の話であって、今世の基準で考えれば到底許される仕打ちではないのだが、とにかく蒼良の常識は常軌を逸していたが故に燈矢の稽古を受け入れる事が出来ていた。

燈矢の方も蒼良の異様さを薄々察しながらも、何だかんだ蒼良と過ごす毎日に居心地の良さを感じている。

 

ヒーローを夢見る事も、個性の使用も、家では誰一人許してはくれなかった。

幼いながらも焦燥に苦しむ燈矢は、能天気にヒーローへの憧れを語るポヤポヤしたクラスメイト達とは話が合わず、友達と呼べるような相手だって一人も居なかった。

そんな燈矢にとって、蒼良は初めての友達と言っても過言ではない。

 

心ゆくまで毎日特訓に付き合ってくれる人。

大人たちとは違って、危ないから個性を使うなと頭ごなしに叱らない人。

努力を見ていてくれる人。

素直な称賛をくれる人。

 

そんな相手に何も感じるなという方が難しいだろう。

燈矢自身も気づかない内に、蒼良はじわじわと彼の生活と心に入り込みつつあった。

 

 

「___なぁ、蒼良!今の見てたか!?昨日のと比べてどうだった!?」

 

「今のは良かったね。エンデヴァーのジェットバーンみたいだった」

 

「ホントに!?俺、ホントにエンデヴァーみたいだった!?」

 

「火力ならもう近いところまで来てるんじゃないかな。お世辞抜きで燈矢の成長速度はズバ抜けてるよ」

 

 

何の裏もない心からの称賛に、燈矢は意味もなく鼻の下あたりを擦って笑った。

本来、子供というのは皆誰かに甘えて認められたい生き物なのだ。

燈矢はこれまで高いプライドがそんな欲求を邪魔していたが、共に過ごす時間が長くなるに連れ、蒼良にも徐々に素顔を見せるようになっていた。

 

 

「燈矢は最近よく笑うようになったよね」

 

「そう?自分じゃ特に変わったつもりは無いんだけど」

 

「変わったよ。いい変化だと思う。精神の安定は力に直結する」

 

「そうなの?俺は感情が昂ってる時のほうが火力が上がる気がするけどなぁ」

 

「それだと安定して力を発揮できないでしょ?感情の揺れは迷いを生む。迷いのある人間は弱い。全ての迷いを捨てきれるのが本当の強者だよ」

 

「えー……じゃあ、どうやったら迷いはなくなるの?」

 

「そんなの___」

 

 

簡単な事だ。心を壊してしまえばいい。

けれど、どうしてかそれを口にする気にはなれず、何でもないと首を振った。

 

 

「えー?途中まで言いかけて止めるのはナシだろ。気になっちゃうじゃん」 

 

 

唇を尖らせながら、燈矢が蒼良の隣に腰を下ろす。 

身体にこもった熱を冷ますため、燈矢はこうして適度に休憩を挟む必要があるのだ。

 

 

「そういえば、燈矢はいつの間にか髪が完全に白くなったよね」

 

 

出会ったばかりの頃は髪先が赤く染まっていたはずなのだが、日に日に白の面積が増え、今では赤はどこにも見当たらなくなっている。

 

 

「話を逸らそうったって無駄だぞ。その手には乗ってやんないからな」

 

「そういうつもりじゃなくて、純粋に疑問だった」

 

 

蒼良にじっと見つめられ、燈矢はその視線から隠すように自身の頭にぺたりと両手を置いた。

 

 

「あんまり見るなよ。俺だって嫌なんだこんな髪。ほんとは赤色が良かったんだ。昔は全部赤だったのに……お母さんの体質が強く出てきてるんだってさ」

 

 

痛みを堪えるような顔で燈矢が笑う。

 

 

「どうせなら、蒼良みたいな水色が良かったな」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……綺麗だろ?蒼良の髪」

 

 

不思議がる蒼良を理解できないといった顔で、燈矢が重ねて「綺麗だよ、すごく」と口にした。

 

 

「そんな事、初めて言われた」

 

 

蒼良が自身の髪を一束摘んでそう言うと、燈矢は信じられないというような顔をした。

髪だけではない。

燈矢の目に映る少女は、出会った時から非の打ち所がないほどに美しかったからだ。

 

初めて会った夜、燈矢が蒼良を警戒していた理由の一つに、その美しさがあると言っても過言ではないのだ。

身のこなしの軽やかさも、何を考えているのか読めない無表情も、常識はずれなこの容姿も、何もかもが異質で非現実的だった。

 

どちらかと言えば青白い白さを持つ蒼良の肌は白磁のようで、桜色の薄い唇がその身体に確かに赤い血が流れている事を証明していなければ、芸術品か何かと勘違いしてしまいそうな雰囲気を纏っている。

加えて瞼を縁取る睫毛の色素は薄く、それが白い肌に淡く長い陰影を落とし、涼やかな美貌をよく引き立てている。

 

冷を母に持つ燈矢は、美人と呼ばれる類の人間は見慣れている。

顔は母親似だと言われる事の多い彼自身もまたその美形因子を濃く受け継いでおり、自分の見た目が整っている事も事実として認識していた。

だってそうでなければ、話したこともない他クラスや他学年の女の子達に一方的に名前を知られていたり、自分の事を好きらしいなどという噂話が流れてくる事はないだろうから。

 

けれど、隣に座るこの少女の有する美しさは、自分たちのそれとは分類から異なっているような気がするのだ。

ふと気を抜いた瞬間に、同じステージに立つ人間だという事をつい忘れてしまいそうになるほどの可憐さ。

本当に自分と同じ種族の生き物なのだろうかと疑わしくなるほどの儚さ。

頭の先から足の先まで欠点のない美を有する彼女が、自分自身を綺麗なものだと認識していない事実に燈矢は心底驚いた。

 

 

「……てっきり、言われ慣れてるもんだと思った」

 

「綺麗って?」

 

「うん。だって蒼良、戦闘中の姿勢とか動きまで無駄がなくて綺麗だし」

 

 

一緒に個性訓練を始めるようになってから、燈矢は蒼良の個性が水を操る能力と身体強化の二つであると教わった。

基本的に、蒼良は燈矢との戦闘において自身の身体以外の武器は使用しないのだが、その身体裁きはつい目を奪われてしまうほどに隙が無く、正に手本と呼ぶにふさわしいものだった。

正直、歳の近い女の子など自分の敵ではないと考えていた燈矢は、自分の浅慮を反省したものだ。

 

 

「俺も早く蒼良に追いついてやるから、見とけよな」

 

 

グッと拳を握り込んでガッツポーズを作る燈矢。

屈託なく笑う少年は、隣の少女が綺麗だなどという言葉より、その真逆の呪詛を聞いた回数の方がよほど多い事をまだ知らない。

 

 

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