暗部の忍が転生して公安ヒーローになる話   作:ぴのっきお

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信頼してる

「___なぁ、最近ちょっとよそ見し過ぎなんじゃないの?」

 

 

唐突に視界を遮られ、蒼良は読んでいた本から目を離した。

顔を上げると、不満げな表情を浮かべた燈矢が立っている。

彼は腕を組み、まっすぐこちらを見下ろしていた。

 

 

「よそ見はしてないよ。燈矢がどこで何をしてるのか、全部ちゃんと把握してる」

 

「嘘つけ、どう見たって本に夢中だっただろ」

 

「本も読んでたけど、燈矢のことも同時に見てたよ」

 

「どんな理屈だよそれ。……とにかく今日は修業が終わるまで、これ没収だからな」

 

 

燈矢がそう言って奪った本のタイトルは、『すごいバカでもコミュ強になれる!』だ。蒼良はスキマ時間を使って真面目に勉強していただけなのに、燈矢は気に入らなかったらしい。実際、蒼良自身はチャクラ感知で燈矢の動きを逐一捉えていたというのに。

 

 

「本当に出来るんだけどな」

 

 

蒼良はおもむろに立ち上がり、燈矢に背を向けて木の根に再び腰を下ろした。

 

 

「燈矢、何かポーズを取ってみて」

 

 

突拍子もない要求に燈矢は戸惑いながらも、反射的に右手の指を立てピースを作った。

 

 

「今、右手でピースしたでしょ」

 

「え、なんで分かったんだよ……って、なるかよ!それくらい誰でも言えるだろ」

 

「じゃあ、今は両手を上げてピースをしてる。今、右足を前に出して止まった。……ゆっくり両手を下ろしてる」

 

「な……っ」

 

「気配で感じ取れるの。『身体強化』の個性の応用」

 

 

本当はチャクラ感知だが、蒼良は燈矢に自身の個性を『身体強化』と『水を操る個性』の二つだと偽っているため、それに合わせた説明をする。

 

 

「やっぱりすごいな、蒼良は。個性が二つもあって、それもこんなに強個性で……」

 

 

その瞳に闘争心と憧れを乗せ、燈矢が感嘆のため息をつきながら蒼良を見つめる。

真の個性である蒼翼を一度も見たことがない少年は、出まかせの嘘をすっかり信じ切って高揚しているようだ。

 

 

「でも!それとこれとは別問題だろ?いくら気配で分かったって、ちゃんと目で見てくんなきゃ意味ない!」

 

「……そういうもの?」

 

 

蒼良が首を傾げると、燈矢はさらに苛立った表情を見せる。

 

 

「そういうもの!」

 

「でも、私はちゃんと約束を守ってる」

 

「全然だよ!」

 

 

燈矢はバッと腕を広げて、蒼良の前に立ちはだかった。

 

 

「最近の蒼良がいろいろ頑張ってる事、俺だって分かってるつもりだよ……でも!蒼良は俺のことを知りたいんだろ?だったら、そんな本なんか見てるより、俺を見てる方がよっぽど勉強になるはずじゃん!」

 

「見てるだけじゃ駄目だったから、今の私が居る。これまでと同じ方法じゃ成長できない」

 

「だったら俺が教えてあげるよ!蒼良の知りたい事、全部答える!」

 

 

必死な様子の燈矢にありがとうと前置いた後、だけど__と蒼良は続ける。

 

 

「私はもっと広く学びたい。燈矢だけじゃない、多くの人を理解したい。普通を知りたい。分かるようになりたい」

 

「何だよそれ……俺はちゃんと蒼良のこと見てるのに。蒼良とこうやって一緒に居る時、俺は蒼良のことばっかり考えてるのに。それなのにさぁ……!」

 

 

燈矢の顔が目に見えて曇っていく。

その原因が自分である事は分かれど、やはり蒼良には自分の何が悪かったのかは分からない。

かけるべき言葉に悩んでいる間も、じわじわと燈矢の表情は険しくなっていく。

 

 

「……蒼良はさ、俺が泣くとこ、もう見たくないんだろ?」

 

 

不意にトーンをわずかに落とした声がした。

蒼良が瞬きと共に「そうだね」と同意する。

プライドの高い燈矢が、蒼良の前で涙を流したあの日の話を蒸し返したことに驚いていた。

燈矢がゆっくりと蒼良の手を握る。

温度の高い、蒼良より少しだけ大きな手だ。

 

 

「だったらさぁ__俺の事だけ知ってれば良くない?」

 

 

それまでの無邪気さとは違う、どこか冷たい響きがした。

 

 

「俺のことちゃんと見てないと、蒼良、また俺を泣かせちゃうかもよ?」

 

 

じわりと、燈矢の指先に力がこもる。

 

 

「蒼良は俺を泣かせたくないんだよね?」

 

 

当然だった。

一も二もなく頷いて見せると、燈矢はようやく笑顔を見せた。

 

 

「___だったら、俺だけ見ててよ」

 

 

蒼良の瞳を燈矢がじっと覗き込む。

視線が近い距離でぶつかり合う。

けれど、目の前の少年の奥で揺れる仄暗い感情に、蒼良はまだ気が付いていない。

 

 

「でも、それだけじゃ足りない」

 

 

確かにきっかけは燈矢だった。

燈矢を泣かせないために、彼に笑っていてもらうために、蒼良は人の心を学ぼうと思った。

けれど、蒼良が守るべきは燈矢の心だけではない。

ヒーローたる蒼良には、大衆を守る義務があるのだ。

 

燈矢は何も答えない。

沈黙が落ち、さらに強く蒼良の両手を握りしめてくる。

心なしか、掌の温度も高まってきているような気がした。

 

 

「俺以上に知りたい奴って、誰?蒼良にはさ、俺以上に理解したい相手が居るんだろ?……なぁ、そうなんだろ」

 

 

突然の見当違いな返答に、蒼良は首を傾げた。

 

 

「一番は燈矢だよ。燈矢以上なんて居ない」

 

 

蒼良は今、この少年以上に脆く危うい人間を知らない。

あの転弧でさえ、出会ったばかりの衰弱しきっていた頃とは見違えるほど健康になっている。

なので蒼良は、転弧がしょっちゅう「廻と啓悟にイジメられた」と泣きついてきてもあまり本気には捉えていない。

蒼良が出かけている日中をほとんど三人で過ごしている転弧の肌艶が良いのは、それほど彼らが仲良く過ごしているという証拠なのだから。

 

 

「意味分かんないよ……!俺が一番なら、他なんて知らなくたっていいだろ!?」

 

「視野を広げたい。広く学びたい。そうしないと、私はきっとまた間違える」

 

「何なんだよ、もう……!」

 

 

蒼良が真面目な顔で答えたと同時、燈矢の掌に籠る熱が急激に上昇した。

繋いだ手から伝わった熱に、反射で蒼良の肩が跳ねる。

その瞬間、蒼良以上に驚いた顔をした燈矢が、怯えたように手を引っ込めた。

 

 

「ごめ……ッ、俺……!」

 

 

大きく目を見開いたまま、燈矢の顔からみるみる血の気が引いていく。

対する蒼良はぽかんとした表情で、状況をイマイチ把握しきれぬまま燈矢を見ていた。

 

 

「い、痛い!?熱いよな!?俺、今、燃やしたのか?蒼良のこと……ああ、手が……!」

 

 

取り乱す燈矢の見つめる先では、蒼良の手がじんわりと赤く染まっている。

蒼良も自分の手を見下ろして確認したが、赤くなっているだけで痛みは軽い。

 

 

「大丈夫だよ。このくらい、怪我のうちにも入らない」

 

「そんな訳……!」

 

 

狼狽して項垂れていた燈矢が顔を上げ、蒼良の顔を見て悲痛な表情を浮かべた。

相変わらずの無表情で見つめ返してくる蒼良を前に、荒げていた息を落ち着け、また頭を下げていく。

 

 

「……俺のこと、嫌いになった?」

 

 

ぽつりと、燈矢が呟いた。

 

 

「どうして?」

 

「だって、俺、今蒼良に怪我させて……」

 

「怪我じゃないよ」

 

「そういう問題じゃなくて!」

 

 

燈矢が焦れたように叫んだ。

 

 

「お前、何で怒らないんだよ!?さっきから俺ばっかり一方的で、それなのに何で……!」

 

「怒り方が分からない。それに、怒る必要もない。燈矢はわざとやった訳じゃないんでしょ?」

 

「………っ、」

 

「それと___」

 

 

蒼良は少し考えた後、素直な感情を口にした。

 

 

「好きだと思う」

 

「……は?」

 

 

燈矢の思考に、短い空白が生まれる。

 

 

「私は燈矢のこと、嫌いじゃない。好きだと思うよ」

 

 

聞こえていなかったのだろうかと、律儀に同じ台詞を繰り返す蒼良。

 

 

「最近読んだ本にね、好意は素直に伝えましょうって書いてあったの」

 

 

固まる燈矢を気にもせず、今度は自分の番だとばかりに蒼良は言葉を紡いでいく。

 

 

「私は燈矢が好き。だから約束したんだと思う。好きだから、ずっと見ていたいと思った。あの約束は、きっと私のためでもあった」

 

「……それ、本気で言ってる?」

 

 

探るような声。

それを発した少年は、蒼良が他人の機嫌を取るために嘘をつけるような抜け目ない人間ではないことを知っている。

「もちろん」と真っ直ぐに返答されれば、どう言葉を返せばいいのかたちまち分からなくなった。

言いたい事は沢山あったはずなのに、そのどれをも喉の奥で呑み込んでしまう。

 

 

「……お前、ホントムカつく」

 

 

この少女には裏がない、本気で言っているのだと嫌でも分かるからずるいのだ。

不機嫌そうに唇を噛み締めた後、燈矢は蒼良から顔を背けた。

その耳の先が、わずかに赤い。

 

 

「あーー、もう……!いいよ、本返す」

 

 

蒼良の胸に、ズイと本が押し付けられる。

蒼良がそれを受け取ると、燈矢は力なくうずくまった。

 

 

「手のこと、ごめん……痛くなくてもちゃんと治療して」

 

 

掠れた声で謝罪する燈矢の前に、蒼良がちょこんとしゃがみ込む。

気配を感じて燈矢が顔を上げると同時、蒼良は覆い被さるように燈矢を抱きしめていた。

 

 

「な、ちょ、今度は何……!?」

 

 

驚いた燈矢が蒼良の腕を振り切って立ち上がろうとし、失敗して後ろに尻もちをついた。

 

 

「信頼関係の構築には、スキンシップが欠かせない」

 

「お前また変な知識を……」

 

 

ゴニョゴニョといい澱みながら呟いている燈矢に蒼良が手を伸ばせば、今度は逃げる事無く手を掴んでくれた。

立ち上がり、服に付いた砂を払いながら、ぶっきらぼうに燈矢が言う。

 

 

「……俺は、そんなものなくても信頼してるから」

 

「そんなもの?」

 

「分かれよ!だから、俺は……!もうお前のこと信頼してる!一番!誰よりもだ!」

 

 

真っ赤になって叫んだあと、顔を見られるのが恥ずかしいのか、燈矢は俯いて自分の髪をガシガシと掻いている。

 

 

「……なんか俺、お前には一生勝てる気がしない」

 

 

いつも強気な燈矢にしては珍しく、弱気な一言をぽつりと落とした。

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