冬の寒さが身体の芯を突き刺すようになった頃、蒼良は十一歳の誕生日を迎えた。
十歳で華々しくヒーローデビューを飾ってから一年。
この日が訪れることをまるで待ちわびていたかのように、会長から呼び出しの連絡が届いた。
要件は、予期していた通り公安ヒーローとしての裏仕事依頼。 表の世界から隠された、非情なる任務の開始の合図。 ヒーロー社会の安定を守るためには、秩序を乱す不穏分子の命を密やかに、確実に刈り取る存在が不可欠だと、そう告げられた。 この一年で蒼良は、かつての火伊那の役割を引き継ぐに十分な実力と判断されたらしい。
もちろん蒼良に異論はない。 そもそも彼女に反論や疑問などという自由は与えられていない。 ただ命じられるがまま、指示された標的を抹殺する。 それが蒼良の存在意義だった。
初めて与えられた抹殺任務の日は、深い闇に雪が激しく降り注ぐ夜だった。
敵はヒーロー制度そのものを転覆させようと企むヴィラン予備軍。
彼らがまだ計画を実行する前に、痕跡一つ残さず消し去れと命じられた。
「__風遁・風切りの術」
まずは羽で扇を形成し、風遁チャクラをまとわせて一振り。
そこから生みだされた烈風が鋭利な薄刃と化す。
研ぎ澄まされた名刀のごとき斬れ味を持つ不意打ちの風が、奇襲の一手となり敵の骨肉を一瞬にして断ち切った。 肉が裂け、骨が砕け、頭蓋の内から粘着質な脳漿が飛び散り、壁や天井を禍々しく飾った。
突如現れた死に、言葉を発する暇もなく半数が絶命した。 初撃で終わった者たちはむしろ幸運だ。 仲間の脳や内臓の破片を顔面に浴びてしまった生存者たちは、やがて惨状を認識し、悲鳴を上げる。
ある者は仲間の遺体を無意味に揺さぶり、ある者は凍りついたまま嘔吐し続けた。
絶望的な現実を認められずに無駄な叫びを繰り返す者もいた。
「逃げろ___ッ!!」
リーダーらしき男がかろうじて指示を放つ。 だがその言葉の終わりを聞く前に、蒼良は迷いなくクナイを投げた。 額を深く貫かれた男の瞳が急激に虚ろになり、意識が途絶えるとともにその体は糸が切れた人形のように倒れ込んだ。
もはや統率者はいない。
誰も生き延びることはできない。
背後に迫る影に、次なる死の訪れを感じ取った一人の女が後ろを振り向く。
「こっちに来ないで、お願い__!!」
だが、懇願に答える術は蒼良にはない。 身体を強化するチャクラを全身に巡らせ、音もなく飛び出し、クナイを手にして敵の喉を容赦なく切り裂いた。 動脈から勢いよく溢れた鮮血が、不気味に微笑む狐面を赤く染め上げる。
「ひぃッ、いやだ!やめろッ!」
すぐ横に立つ男を足元に引き倒し、迷いのない足でその頭を踏み砕いた。血液がぐちゃりと靴底を汚す。 クナイを抜き出すと、蒼良は新たな標的に狙いを定め、素早く地を蹴った。
命乞いをする者の喉を切り裂き、逃げ惑う者の背を貫き、動けなくなった者の頭部を壁に思い切り叩きつけた。室内は次第に死臭と絶望の混ざり合った重苦しい空気で満たされ、壁や床に飛び散った臓器や骨片が狂気じみた地獄絵図を作り上げていく。
「もうやめて……やめてよ……」
蒼良の前で膝をつき、すすり泣きながら許しを請う女性の震える唇が、次の瞬間に大きく開かれた。蒼良が突き立てたクナイが女性の胸を貫き、心臓を寸分違わず抉り取る。女性は驚愕に目を見開き、口元から鮮血が噴き出すと同時にその身体はゆっくりと崩れ落ちていった。それを成した蒼良の表情は依然として冷淡で、眉ひとつ動かない。
全ての命が絶えた後、蒼良は無感情に耳元の通信機を起動した。
「こちらアズール。任務完了です。処理班をお願いします」
通信を切り、黒い手袋を外して無造作に放り投げる。血に濡れたそれが、地に落ちて濡れた音を立てた。仕事を終え、出口へと向かおうとしたその時、不意に小さな音が耳に届く。目を凝らせば、山積みの遺体の影から震える手が僅かに動いたのが見えた。
「……生き残ったの?」
蒼良が方向転換してその手に近づくと、肉塊が崩れ、中から硬直した若い男がぎこちない動きで這い出てくる。彼は漏らした小便にまみれ、虚ろな瞳を小刻みに揺らして泣いていた。
「た、頼む……殺さないで……何もしていない、まだ……まだ、計画だけで……!俺には家族がいるんだ……子供も生まれたばかりで……妻だって……お願いだ、見逃してくれよぉ……」
男は泣き崩れ、震える手を蒼良に伸ばした。泥や血の付着した顔に涙と鼻水が入り混じり、滑稽で哀れな姿だった。彼の目には今、恐怖ばかりが満ち溢れている。
だが蒼良は男の懇願に何の反応も示さず、ただ無慈悲に一歩また一歩と近づいていく。
「お、おい……待てよ……待ってくれってば……そうだ、金だってある!いくらでも出す!だからお願いだ、見逃してくれ……!」
男は次第に半狂乱に陥り、震える身体で床を這いずり回りながら、やがて蒼良を罵倒し始める。
「お前みたいな化け物には、何を言っても無駄か……!人をこれだけ殺して、そんな平然とした態度で……お前なんて生きる資格はねぇ!悪魔だ、地獄に落ちやがれ……ッ!」
男は必死に地を這い回るが、震えた身体ではまともに進むことすら出来ず、もがくほどに無様に血溜まりの中を転がり、血肉の破片をかき混ぜている。
「やめろ……近寄るなッ……いやだ……嫌だ……嫌だァッ!!」
蒼良は小さく息を吐き、躊躇なくクナイを振り下ろした。
チャクラをまとった鋭利な刃が男の頭蓋を深々と割る。硬く鈍い感触が蒼良の手に伝わり、男は顔面を歪ませたまま痙攣し、やがて静かに動きを止めた。
その目は絶望に濁り、叫びかけていた口元から涎と血が混ざって滴り落ち、顔中がぐちゃぐちゃに汚れていた。
___化け物。
男が最後に吐き捨てた言葉。 かつての戦場でも、幾度となく蒼良に向けられた怨嗟の言葉。
クナイをゆっくりと男の頭から抜き、手を離す。
素手で殺してしまったために返り血が手に付着してしまった。
目の前で死んだ男の服の裾で、その血を拭う。
拭う。拭う。拭う___おかしい、とれない。
床に、壁に、手をこすり付ける。まだ消えない。
それどころか、ますます色濃く、赤黒く変わっていくように見えるのはどうしてだろう。
蒼良はやがて動きを止めると、出口に向かって足を進めた。
外に出ると、冷え切った空気が肌を刺すように包み込み、蒼良の半開きの唇から白い吐息が霧のようにこぼれ出た。
雪が降っている。
重く湿った雪が静かに降り積もり、白い世界を築いている。
その中で、蒼良の手の赤は残酷なほど鮮やかに映えていた。
燃えるような自分の手を見て、蒼良は今さらながらこの身体で人を殺したのはこれが初めてだったという事に気がついた。
赤に赤が塗り重ねられている。
真っ赤な両手が震えている。
仕方がない。今日はとても寒いのだから。
早く帰ろう。早く、皆のいる場所へ。
蒼良は拳を強く握りしめ、雪の降り続ける闇の中を一人歩いた。