暗部の忍が転生して公安ヒーローになる話   作:ぴのっきお

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心を壊してしまえばいい

瑠璃川蒼良には前世の記憶というものがある。

 

現在のヒーロー飽和社会とは大きく異なる世界線で、かつて彼女は忍として生きていた。

忍とは国を守護する者。国の武力そのものを意味する。

蒼良が守護していた国の名を、火の国という。

 

その中に存在する木ノ葉隠れの里という忍の隠れ里で、蒼良は一度目の生を受けた。

ものごころついた頃には「根」と呼ばれる忍のエリートを育て上げるための特殊な養成所に所属しており、厳しい訓練を積み重ねる日々を送っていた。

 

根__それは、「木ノ葉隠れの里という大木を目に見えぬ地の中より支える」という目的で創設された秘密組織。

汚れ仕事をこなす闇の部隊であり、非人道的行為を行う非合法の暗部養成部門でもあった。

根の管理下に置かれる者は皆、幼い頃より感情をなくし任務を行うことを教えられる。

では、感情をなくすにはどうすれば良いのか。答えは実に単純だった。

修復不可能なほど、心を壊してしまえばいい。

 

幼い頃の記憶は薄くモヤがかかっていてハッキリとは思い出せないが、蒼良はかつて、共に育った候補生たちとの殺し合いを命じられたことがあった。 

そして数十人いた仲間たちの屍の上に立ち、正式に暗部の構成員として認められたのだ。

これより以前の記憶はひどく曖昧で、やはりこの時自分の心は壊れてしまったのだろうと蒼良は思う。

 

遠い昔、蒼良にも人並みに笑い、泣き、怒った日々があったような気がするが、今となってはそれもあまり定かではない。

友を殺せと命じられた日、身体が震え、涙が止まらず、ボヤけた視界の中で戦っていた事は覚えている。

全てが終わった時、胃の中のものを全て吐き戻して気絶した事も。

けれど、あの時自分が何を感じていたのかは、もうさっぱり思い出せない。

 

それからは名前を捨て、仮面を被り、自分という存在を極限まで殺して、里を守るため、里の道具として生き抜いた。

任務のたびに新しい偽名を名乗るので、前世の自分にはいったいいくつの名前があったのか、数え切れないほどだった。

 

享年は二十五歳。

早世が当然とされる忍界の中では、長生きの部類に入るはずだ。

死因はごくごく普通なもの__当時激化していた戦争に巻き込まれ、戦地で敗れて命を落とした。

死の間際、仰向けになって見上げた蒼穹に、一羽の鳥が飛んでいたのを覚えている。

戦場には似つかわしくない光景だった。

その鳥があまりに穏やかに飛んでいたからか、蒼良は自分の死をすんなりと受け入れ、呆気なく息を引き取った。

 

___引き取った、はずだった。

 

どういう訳か、あの日終わったはずの人生は、予期せぬ形で第二ラウンドへと突入した。

長い長い眠りの後の覚醒のような、まどろみの中でゆっくりと瞼が開き、蒼良は知らない天井を見た。

急いで体を起こそうとするも、うまく動かない。

最初は戦場で重傷を負ったのだと思ったが、すぐに違和感に気がついて、冷静に状況を分析する。

かつて幾多の任務をこなした暗部の頭脳は健在だった。

 

そしてすぐ、蒼良は自分が新たな生を受けたことを理解した。

小さすぎる手足。

言葉も発せられない口。

身体は、紛れもない赤子のそれだった。

非常に不便な身体ではあったが、チャクラを用いて身体強化を行うことである程度の自由を得た。

 

チャクラとは、誰しもが持っている生命エネルギーであり、人によってその総量に違いはあれど、赤子にだって備わっている。

前世の知識と経験が有利に働き、蒼良はわずかゼロ歳にして、チャクラのコントロールが達人の域だった。

 

とは言え、いくらチャクラが万能とはいえど赤子の行動力には限界がある上、これまで道具として生きることしか知らなかった蒼良には、自分の意志で行動を起こそうなどという考えは微塵もなかった。

このまま成長し、ある程度忍として活動できるようになれば、また以前と同じように根の構成員として働くのだろうと漠然と思っていた。

 

だって彼女は、その生き方しか知らないのだ。

「今度は自分の人生を」などとは思いもしなかった。

自由を放棄するということは、人間としての資格を放棄することに等しい。

けれど、蒼良にはそれがどれだけ悲しいことなのかが分からない。

長期に渡って支配下に置かれ、その環境で生きるのに慣れてしまった人間は、なにかの偶然で転がり込んできた自由を手にしたとしても、それを活用することなど出来ないのだ。

 

前世では親というものがいた記憶はなかったが、今世ではちゃんと両親が居た。

と言っても、父親の方はあまり顔を見た記憶がない。

最初の頃は何度か戯れに頬を突付かれたりもしたが、次第に会う回数は減っていき、いつしかとうとう家のどこにも見当たらなくなった。

ご飯を与えてくれるのはいつも母親の方で、父が完全に居なくなるのと同時期に、色んな男を家に連れ込んでくるようになった。

 

派手な洋服。きつい香水の香り。男に媚びる甘い声。

母はいつも新しい男の背中を追いかけるのに夢中で、時々娘の存在を完全に失念しているようだった。

蒼良が普通の赤子であれば餓死していてもおかしくはなかったが、普通の子供ではないのでお腹が空けば食べ物は自分で用意する事ができた。

 

自分が産まれた日付は分からなかったが、意識が覚醒した日から千四百六十日が経過し、四歳になったと自覚した頃には、母親のいない時間帯に一人で部屋を抜け出す事が度々あった。

母親は一週間以上家を空ける事もざらにあったので、抜け出すのは簡単だった。

外へ出たのは、情報収集のためである。

自分はいったいどの国のどの里に生まれ落ち、今は西暦何年で、あの戦争はどう決着したのか__まずはそれを知るところからだと、そう思っていた。

 

しかし情報収集を始めてすぐ、蒼良は世界の違和感に気がついた。

この国には忍が居ない。

それどころか人間の姿から大きく逸脱した異形の人々が、ごくごく自然に往来を闊歩している。

かく言う自分にも、産まれた頃から背中に青い翼があった。

最初は人体実験の道具にでもされたのだろうかと軽く捉えていたのだが、どうやらそういう訳ではなさそうだと、この頃ようやく理解した。

 

この世界には忍はいない。

それどころか、過去にいたという歴史もない。

この世界を守護するのは忍ではなく、ヒーローと呼ばれる存在だった。

ヒーローとは、チャクラではなく個性と呼ばれる特異な力をもって敵を殲滅する民衆の味方。 

個性とは、この世界の人々の殆どが産まれながらに有している超常能力のことである。

蒼良の背中から生えるこの青い翼も、どうやらその個性と呼ばれるものらしかった。

 

さて、この世界が以前の世界と丸っ切り別のものだと理解した時、蒼良はこれから自分が何を為すべきなのかが全く分からなくなってしまった。

道具には使用者が不可欠だ。

誰も使ってくれないのなら、誰かが指示をくれるまで、あの家でヒッソリと息をすることくらいしか出来なくなる。

 

実際、それからの半年間、蒼良はただ食べて寝て、部屋の隅で日がなじっと座っているだけの毎日を過ごしていた。

他にしていたことと言えば、背中の青い翼を何となくパタパタと動かしてみたり、触れてみたり、広げてみたり。

 

前世で死ぬ前に見たあの鳥によく似た翼だと思っていた。

蒼穹に溶けてしまいそうな、鮮やかな青だった。

 

その翼で空を飛べるのだと気がついたのは、いつの頃だったか。

思い付きの行動だったが、やってみれば意外なほど簡単に上手くいくものである。

空を飛んだのは初めてだった。

忍だった頃でさえ、こんな風に空を飛ぶことは出来なかった。

試しに羽の一枚一枚をチャクラで覆うと、ますます速く飛ぶことが出来た。

 

前世でのチャクラ性質は風と水と雷。

今世でも同じ性質を引き継いでおり、この翼は特に風のチャクラとの相性が良かった。

毎日部屋でうずくまっていただけの日々が、意味もなく宛もなく空を飛び回る日々へと変わっていく。

自覚こそなかったが、蒼良は自身の青い翼に夢中になっていた。 

 

そして、そんな行動が人生の転機を呼び寄せる。   

 

その日も蒼良は、いつものように青い翼をはためかせ、空を自由に泳いでいた。

家々が建ち並ぶ住宅街の頭上をすり抜け、一身で風を受け止めていると、やや開けた場所に出た。

まばらに生えた緑の芝が見えた。

手入れが行き届いていない庭と、西洋風の外観の大きめの建造物があった。

塗装は剥げ、お世辞にも綺麗とは言い難い家だったが、前世でもあまり見ない様相のその建物に、蒼良は何気なく近づいた。

 

沢山の子供たちの声がする。

窓越しに、部屋の中で追いかけっ子をしている姿が目に入った。

蒼良よりも大きな子供から、産まれたばかりにも見える小さな子供まで、幅広い年齢層の子供たちがいた。

どうやらここは孤児院のようだと蒼良が思い至った時、窓が勢いよくガラリと開き、男の子が一人ベランダへ飛び出してきた。

 

 

「___やめろ…ッ、触るな!それ以上こっちに来てみろ、ここから飛び降りてやる!!」

 

 

和やかな追いかけっこだとばかり思っていたが、その子供だけは何やら様子が違っていた。

顔を青くさせ、ジリジリと自分を追い詰めてくる他の子供を睨んでいる。

一歩、また一歩と柵に近づく姿に、蒼良の目が釘付けになった。

 

次の瞬間、少年の身体は本当にベランダから投げ出されていた。

小さな身体が頭から地面へと落ちていく。

大怪我は避けられない。下手をすれば死ぬ___そんなことを考えるよりも先に、身体が咄嗟に動いていた。

 

蒼良の翼から数十枚の羽が分離し、その一枚一枚が意思を持って少年の身体へと飛びついていく。

柔らかい青が小さな身体を優しく包み、抱きしめるように受け止めた。

何が起きたか理解できていない様子の少年を、そっと芝の地面に降ろすと、羽は再び蒼良のもとへと戻ってくる。

空に舞い上がる青につられて上を見上げた少年が、蒼良を見つけて目を見開き、何か言いかけて口を開いた時___

 

 

「ねぇ、そこの君。ちょっと降りてきてもらえないかな?」

 

 

___先に蒼良に声をかけたのは、現場を偶然目撃していた一人の公安職員だった。  

 

 

歳、名前、住所、個性、様々な情報を根掘り葉掘り聞かれた後、あれよあれよと言う間に蒼良は公安に保護されていた。

公安の全面支援を受け、公安ヒーロー養成プログラムを受けてほしい___そんな提案に、断る理由など特段持ち合わせていなかった蒼良はアッサリと頷いた。

その日着る服も、食べる物も、何を見て、何を学んで、何を守り戦えばいいのかも、誰かからの指示がなければ決められない彼女にとっては、都合の良い提案だった。

 

里を失い、生きる目的などとうに失っていた。

優秀な知力・武力を持つものは、自らの里を支えるためにその力を行使するべきだと教えられてきた。

それが大義。それがお前の生きる意味だと、そう教え込まれてきた。

けれど守るべきその里はもうこの世界には存在しない。

ならば、蒼良にはもう生きる理由がない。

勝手な自害を禁じられていた前世の記憶があるせいで、ただ何となく生にかじりついていただけだった。

 

そんな彼女に新しく与えられた相利共生の関係。公安という名の鳥かごは、容易く彼女の肌になじんだ。

 

 

 

 

 

__________________

 

 

 

 

 

 

 

昔から、鳥を見かけるとつい目で追ってしまう癖があった。

もっと近くで見てみたいと思う。

あの翼に触れてみたいと思ってしまう。

 

 

「___そりゃお前、鳥が好きなんでしょ。好きなものを目で追っちゃうのは普通の事だ」

 

 

かつて蒼良にそう言ったのは、同じく暗部の忍の一人。名をはたけカカシといった。

顔の下半分をマスクで覆い、唯一見えていた目は垂れ目気味でほとんどいつも半眼の状態。

しかし彼は間違いなく優秀な忍で、一時期蒼良が所属していた班の班長を務めていた。

 

 

「近づきたい。触れたい。それそのものになってみたい。そういう気持ち、全部まとめて好きっていうんだよ。覚えときなさいね」

 

 

聞いてもいないのに、カカシはいつもそうやって蒼良に何かを教えたがった。

 

 

「ちなみに今あそこでチョンチョン跳ねてる鳥の名前、何か知ってる?」

 

 

カカシの指さす方向には、木の上で喉を震わせて歌う一羽の鳥が居た。

頭から背、尾までの上面は鮮やかな瑠璃色。喉元は黒く、腹部は綿毛のような白だ。

 

 

「オオルリです。比較的温暖な気候を好む渡り鳥なので、もうじき木の葉では見かけなくなると思います」

 

 

動植物などの知識は多ければ多いほど良いものだ。

忍の戦いは、決して正々堂々と真正面から向かい合うようなものばかりではない。

特にそれが暗部ともなれば本業は暗躍で、騙し討ちや奇襲が当たり前になる。

恨みを買いやすい彼らは逆もまた叱りで、不意に命を狙われる機会も少なくない。

だからこそ、日常に潜む些細な違和感を感じ取れるよう、自然物の特性把握は欠かせない。

 

 

「へえ、流石にソラは博識だな。ぶっちゃけ俺は知らなかったよ」

 

 

カカシも優れた忍ではあれど、勤勉さという面では蒼良に軍配が上がる。

こと鳥に関する知識では、暗部内で蒼良の右に出る者はいなかった。

 

 

「そんなことよりカカシさん、また呼び間違えています。その名は捨てたんだと何度も説明したはずです。今の私の名は___」

 

「いいや、お前はソラだ。俺は知ってるよ、お前は木ノ葉隠れの里のソラだ。博識なお前でも知らないことってあるんだね」

 

 

蒼良の指摘にはどこ吹く風。

何を考えているのかよく分からない飄々とした顔で言い切るカカシに、蒼良は当惑する。

 

 

「もしかして、また私をからかおうとしてるんですか?そういうノリはあまり理解出来ないので、なるべくお手柔らかにお願いします」

 

「んー……、俺は一ミリもふざけちゃいないんだけどねぇ」

 

 

そう言って呆れたように眉を下げるカカシのその表情は、蒼良にとっては見慣れたものだ。

彼は暗部の仕事を請け負っていたものの「根」の構成員ではなかったため、感情豊かで仲間想いな人間だった。

蒼良とは違い、自ら思考して生きる彼には彼の忍道があり、その言動には理由があり、信念があり、意味があって、心があった。

けれどあの頃、あの世界で、蒼良はとうとう一度も彼を理解する事無く命を落とした。

 

感情をなくすように作られた自分に、彼がどうして再びそれを与えようとしたのか。

その生産性のない行動の意味は、今なお理解出来ないままだ。 

 

 

 

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