目を覚ました時、見上げた天井の見知らぬ白さに、燈矢は一瞬だけ眉をひそめた。
それは慣れ親しんだ子供部屋の天井でもなければ、リビングの天井でもない。
白く、高く、どこか冷たい印象を覚えるものだった。
直前の記憶が判然としない。
まだ意識が霞の中にあるような感覚のまま、燈矢は手探りで記憶を掘り起こしていく。
眠る前、何があったのか。ここは、いったいどこなのか――。
綿を詰め込まれたようなぼんやりとした頭で思考すればあくびが漏れ、目尻に小さな涙が滲む。
浮かんだ雫を手の甲でぞんざいに拭ったその瞬間、忘れかけていた記憶がふいに浮かび上がった。
――そうだ。探し物をしていた。
長くて、終わりの見えない夢を見ていた。
静かで、優しく、息苦しい夢を。
皆が笑っていた。
母も、父も、焦凍ですらも。
けれどそこには、彼女だけがいなかった。
「……蒼良」
ようやく辿り着いた、その存在。
渇望の先にあった、ただ一つの答え。
その名を呟いた、その時だった。
視界の端に、音もなく現れる影。
そっと顔を覗かせたその人物を見た瞬間、時間が止まった。
「――おはよう、燈矢」
呼吸が凍りついた。
視線が絡み合い、離せなかった。
弾かれるように上体を起こした燈矢の目には、彼女ただ一人だけが映されていた。
「……会いた、かった」
言葉がこぼれる。
胸の奥が熱くなる。
燈矢は小さく息をついて、笑おうとした。
けれど、強張った表情筋は思うように動かせず、唇の端がわずかに引きつっただけだった。
重たい腕を上げ、理由も分からぬまま、蒼良の頬にそっと手を添える。
「本当に……蒼良、だよな?」
触れた指先が温かかった。
それだけで、まるで奇跡の中にいるような錯覚を覚える。
「どこ行ってたんだよ……。俺、ずっとお前を探して……」
喉が渇く。
歯の根が嚙み合わず、恐怖に身体が竦みあがる。
今見ている光景のほうが夢なのではないかという疑念が、喉元までせり上がってくる。
それと同時、蘇ったのは別の記憶だ。
燃えていた。
蒼い炎が、辺り一面を呑み込んでいた。
叫び声も、泣き声すらも掻き消されてしまうほどに。
「あ……、」
頭の奥が痛い。
記憶が引きずり出されてくる。
止められなかった。制御できなかった。暴走した。
その中心にいたのは、自分と――他でもない、この少女だった。
「俺が、あの時……ッ!」
記憶の最後、燈矢の炎でその身を焦がす蒼良の姿を思いだした。
蒼良の頬に添えた手が震え始める。
その震えが、心の奥にひびを入れた。
曖昧になっていた昨夜の出来事が、急速に現実感を持って燈矢の脳内で息を吹き返す。
自分の状態を確かめようと視線を下に落としかけ、しかしすぐさま焦ったように顔を上げ、蒼良の全身に目を走らせた。
「蒼良、お前、身体は……ッ!?」
「大丈夫。私はここに居る」
頬に添えられた燈矢の手に、自分の手を重ねながら、蒼良が言う。
幼子をあやすようなその優しさに、燈矢の顔には、何故かいっそう濃い悲しみの色が浮かぶ。
まるで迷子の子供のような表情をする燈矢の胸中には、複雑な思いが入り乱れていた。
まず、恐怖。
昨夜の耐え難い苦痛を思い出し、息が詰まった。
次に、安堵。
蒼良も自分もこうして元気に生きている現状に、鼻の奥がつんと痛んだ。
そしてまた、恐怖。
遠ざけたはずの蒼良が、炎を掻き分け自分の元に帰って来た時のあの恐ろしさが、燈矢の脳裏を支配していた。
下手をすれば、あのまま二人とも死んでいた。
けれど、蒼良が来なければ自分は確実に無事ではいられなかったのだろう。
記憶が途切れた後のことを燈矢は知らないが、こうして命が続いているのは、この少女のお陰なのだと漠然と理解している。
それでも、燈矢は蒼良をあんな目に遭わせたくはなかった。
他でもない自分の力で、大切な友を傷付けたくはなかった。
蒼良を失うと思うと、自分が死ぬよりも恐ろしかった。
「戻って来なくて、よかったんだ……お前は、あのまま逃げてくれたら良かったのに……っ」
指先の震えは次第に腕へと伝わり、しまいには全身を襲う悪寒と化して燈矢を覆った。
あれほどの絶望を、あれほどの心の痛みを燈矢はこれまで知らなかった。
「――助けてって、言ってほしかった」
苦渋に目元を歪める燈矢の前で、蒼良がひとり言のように呟いた。
「私は、燈矢が死ぬのは嫌」
繋いだ手から、自分のものではないかすかな震えが燈矢の腕に伝わってくる。
「燈矢が居ないと、私は……寂しい」
蒼良の視線は一見燈矢に向けられているようで、ここではないどこか遠くを見ているような、虚ろな気配を含んでいた。
よく見ると、蒼良の方が自分よりもよっぽど酷い顔色をしている事に、燈矢はようやく気が付いた。
酷い頭痛と倦怠感に晒されながらも気力だけでここまで駆けつけた少女には、自分の弱さを表出さないよう教育を受けて育ってきた過去がある。
いつ倒れてもおかしくはない状態で平常通りの振る舞いをしていた蒼良だったが、燈矢の無事を確かめた今、無意識下で張り詰めていた緊張の糸が切れ、その顔には誤魔化しきれない不調の陰が見え隠れしていた。
「助けてって、ちゃんと伝えてほしかった」
先程と同じ言葉を、蒼良がまた繰り返す。
無感情のようにも見える瞳のまま、むずがるように首を左右に振っている。
その姿に、よく分からない悲しみが燈矢の身体の奥底から込み上げてきた。
何が悲しいのか分からないのに、たまらなく胸が痛い。
蒼良が震えているからだろうか。
蒼良が辛そうだからだろうか。
「言ってくれないと、私、分からない」
力の抜けていく蒼良の手を、代わりに燈矢が握り返した。
燈矢の目に、意味の分からない涙がじわじわと浮かんでくる。
やるせない悲しみが込み上げてくる。
「言われた通りにしか、動けない」
もしかしたら、これは蒼良の感情なのかもしれないと燈矢は思った。
触れ合っている手と手を通して、蒼良の身体から漏れ出た感情が自分に伝わってくるのかもしれない。
やるせないのも、悲しいのも、泣きたいのも全部、本当は蒼良の方なのかもしれない。
「壊し方しか、知らないから……」
突然たたらを踏んだ蒼良が、バランスを崩し、燈矢に向かってぐらりと倒れ込んでくる。
咄嗟に手を離してその身体を抱きとめようとしたところで、一足早く後ろから蒼良の肩に腕を回していた廻が、その転倒を何とか防いだ。
前のめりに傾いた少女の頭は力なく垂れ、燈矢の肩にこつんと弱々しく額がぶつかる。
「……全部、見落としちゃう」
耳元で紡がれた掠れた言葉に、燈矢は息が出来なくなった。
心臓を引き裂かれるような感傷。
首でも絞められているかのような窒息感。
この少女は今、いったいどんな顔をしているのだろう。
「全部、みおとして……なにも……まもれ……――」
中途半端に声は途切れ、蒼良の身体から完全に力が抜けた。
「蒼良……ッ!!」
泣きそうな声で蒼良に触れようとした燈矢の両手が、空を掴む。
蒼良を支えていた廻が、蒼良ごとその場に崩れ落ちたのだ。
ここで初めて廻の存在を認識した燈矢は瞬時に驚きと警戒を抱き、しかし、蒼良に怪我がないよう自らの身体を下敷きにして倒れた廻を見れば、その警戒が無用なものだと直ぐに分かった。
蒼良の口元に耳を寄せ、その呼吸音を確認する廻の表情を見れば、彼がこの少女をどれほど大切に思っているのかなど、きっと誰にだって容易に分かる。
「あんたは……誰……?」
だからこそ燈矢は、蒼良に対して自分とよく似た想いを抱えるこの少年と、蒼良との関係性が知りたかった。
燈矢の声掛けに、廻は顔を蒼良に向けたまま目線だけを動かした。
「それを聞きたいのは俺の方だ。お前こそ、こいつとはどういう関係だ?」
明らかに好意的とは言い難い声音。
ただでさえ蒼良の負傷の原因でもある燈矢には色々と思うところがあったというのに、ヒーロー活動の一環で保護された一般市民Aくらいに捉えていた少年が、蒼良とやたら親し気な仲である事を見せつけられた直後なのだ。
先程までは蒼良に免じて面会の邪魔をしないでおいてやったものの、廻は内心ちっとも面白くなどなかった。
蒼良に向けていた視線と自分に向けられた視線の落差に面喰らい、燈矢の表情が僅かに曇る。
「最初に聞いたのは俺の方――」
「俺は、瀕死のお前を治療してやった大恩人だ。これ以上の説明がまだ何か必要か?」
被せるように告げられた端的な回答に、燈矢は瞠目して押し黙った。
「……蒼良の治療も、あんたが?」
やや間を置いて投げられた質問に、「聞くまでもないだろ」と廻が答える。
「俺の両手はこいつのためにあるんでな。お前はただのそのついでだ」
廻らしい突き放し方だが、そのついでが自分にとってどれほどのありがたみを持つのか分からないほど、燈矢は愚かでも恩知らずでもなかった。
本気で死を覚悟していたあの状態から、こうして全快させられるような力を持つ人間はきっとそうはいない。
たとえ廻の気まぐれで与えられた恩恵だったとしても、それが感謝をしない理由にはならない。
そして何より、この少年が蒼良を救ってくれたという事実に、心の底から湧き上がってくる溢れんばかりの感謝があった。
「ありがとう……。本当に、ありがとうございました」
愛想のない返答を受けてなお深々と頭を下げる燈矢の姿に、廻は眉をひそめて見せた。
「悪いが、言葉だけの謝礼になんて価値を見出せそうにない。俺は何の利益にもならないものは受け取らない主義なんだ」
悪いなどとは微塵も思っていなさそうな仏頂面で言ってのける廻である。
再び蒼良と自分との対応格差を思い知らされた燈矢は、変わらない感謝の念を抱きつつも、頭の中で廻をしっかりと感じ悪い奴認定した。
「じゃあ、俺は何を返したらいいの?」
「それを自分で考えるのが、救われた側の義務なんじゃないのか?」
「……………」
何だこいつは。ああ言えばこう言うのハードモードにも限度があるし、放つ言葉全てが見事に感じ悪い。
落ち着け落ち着け相手は恩人――菩薩のような微笑みの下で燈矢が必死に自分の心を宥めていると、ふと蒼良の白い脚が視界に映った。
ショートパンツを履いている事が多い蒼良の脚など見慣れているが、着ているワンピースの丈が短いのか、それがさらにめくれあがっているせいか、普段よりも露出の多い太腿はなかなかに際どいところまで肌が見えていて、燈矢は反射的に首をひねって目を背けた。
何となく、見てはいけないものを見てしまったかのような背徳感を感じていると、「おい」と腹に重たく響くような低音が聞こえた。
呼ばれて振り返れば、蒼良の服の裾を押さえながら、蒼良を背後に隠すように身体を前に移動させた廻が、眦を吊り上げてこちらを見ていた。
いわゆるガチ切れの気配である。
「わ、わざとじゃない!それに、そんな短いワンピース着てる蒼良だって悪いだろ!?」
両手をあたふたと動かしながら必死に無罪を主張していた燈矢は、ふと目の前の少年もやたらと肌色の割合が多い事に気が付いて固まった。
上裸の廻が履いている黒のスウェットと、蒼良の着ていた黒いワンピース――それがワンピースではなく、廻のセットアップである事が脳内で結びついた時、燈矢は露骨なほどに口をへの字に曲げていた。
彼シャツなんて概念はまだ知らない。
けれど、衣服の貸し借りから感じられる二人の親密度と、まるで蒼良を自分のものだと見せびらかしているかのような廻の独占欲に、何だか胸がモヤっとしたのだ。
「これ以上この空間に蒼良を置いておきたくない。俺は答えたんだから次はお前の番だ。蒼良との関係性、それから昨晩の出来事の詳細を今すぐ簡潔に話せ」
「………俺は、蒼良の友達だよ。昨日、個性の炎が暴走したんだ。周りの森一帯を焼き尽くして、近くには蒼良だって居て、抑えなきゃって何度も思った。それなのに、自分じゃどうしてもコントロール出来なくて……蒼良を、巻き込んだ」
両者睨み合いながら始まった燈矢の回想だったが、話が進むにつれ、昨晩の悲惨な体験を鮮明に思い出していく燈矢の視線は下がり、声の調子も落ちていく。
「炎に焼かれてた時の事は、正直あんまり覚えてない。あの炎がどうやって消えたのかも、分からない。情けない話だけど……きっと俺が意識を飛ばしてる間に、蒼良が何とかしてくれたんだと思う。気が付いたら俺は、このベッドの上だったから」
蒼良を危険な目に遭わせた負い目を感じている燈矢は、一度蒼良を遠ざけようとした事実は伏せて、自分が蒼良を巻き込んでしまった結果だけを正直に話した。
蒼良を大事に思う廻を相手に、言い訳めいた言葉など吐けるはずがなかったし、そもそもそれを口にすると、まるで戻って来た蒼良に非があるかのような意味合いを含んでしまう気がして、燈矢自身が言いたくなかった。
この手厳しい少年の怒りを受け止めるのは、蒼良を傷付けた燈矢の役目であり、それが負うべき責任だ。
話を終え、床に視線を落としたまま、断罪の時を待つ燈矢に投げられた宣告は――
「長い」
呆れ混じりの短過ぎる一言に、燈矢は思わず顔を上げた。
「……え?」
「話が長いって言ったんだ。簡潔に言えって言っただろうが。いったいお前は蒼良から何を学んできたんだ?」
「いや、蒼良を参考にするのは絶対に違うだろ……てゆーか、それよりも……怒らないの?俺の事」
「言いたい事ならもちろん腐るほどある。だが生憎、蒼良が大事にしているものを傷つける趣味が俺にはない。それに、この件についてはもう蒼良を叱った後だ」
「叱ったって……何で、悪いのは全部俺で――」
「お前は助けを求めなかったんだろ?それで、蒼良が勝手に首を突っ込んだ。そういう話じゃなかったのか?」
「それは……あながち、間違いではないけど……」
蒼良と燈矢の会話の内容から、廻は冷静に昨夜の状況を把握していた。
腹立たしい事ではあるが、意識が回復してすぐに蒼良を気遣っていた様子や、全ての罪を被ろうとするその潔さに関して、燈矢を責めるべき点は見当たらなかった。
廻にとって、生半可な気持ちで蒼良に近づく者は全て排除対象だが、燈矢は廻の設定したボーダーラインを超えてきたという訳である。
「……ただ、お前の蒼良を見る目だけはどうにも気に食わないけどな」
「な……ッ!俺がどんな目で蒼良を見てるって言うんだよ!?」
先程の痴漢冤罪をまた指摘されたのかと慌てる燈矢に、察した廻が「ばーか」と舌を出す。
取り乱している燈矢を置き去りに、背後を振り返った廻が、背中に寄りかかって眠る蒼良の頬をなぞるように指で撫でた。
「寄ってくる虫は全員消してやりたいところだが、こいつはそれを許しちゃくれない。おまけにこう見えて意外と頑固者だ。俺がどれだけ近づくなって言い聞かせたところで、またお前の元に飛んで行くのが目に見えてる」
長い指で蒼良の髪を掬い取り、人差し指に絡めていじりながら、燈矢には目を向けないまま廻が続ける。
「責任感が強い奴なんだ。それに加えて、底なしに情が深い。……危なっかしくて、見てるこっちの肝が冷える」
「……うん、知ってる」
昨日、それをさらに強く実感した燈矢が相槌を打つと、廻が蒼良に触れるのをやめ、再び燈矢の方を見た。
「だから、これだけはお前に言っておこうと思う」
射貫かれるようなその視線の圧に、油断していた燈矢の身が竦む。
いったい何を言われるのかと身構えて防御態勢に入った燈矢の心は、続く廻の一言に、あっけなくその守りを破壊された。
「――蒼良は昨日、一度死んだ」
声すら出せなかった。
否、もしかしたら何の意味も持たない一音を発したような気もするが、その音は小さすぎて燈矢本人の耳にすら拾われる事はなかった。
廻の言葉が持つ衝撃に脳を揺らされ、しかしこうして今目の前で眠っている少女の姿に、非現実的だと戸惑いを覚え――けれど、その言葉が嘘ではない事を、真剣な廻の瞳が何よりも説得力を持って証明していた。
「お前のために死んだんだ」
容赦なく言葉を重ねる廻の声には、燈矢を責めるような響きは感じられなかった。
ただ真っ直ぐにその事実を燈矢に突きつけ、蒼良が投げうったものの大きさを、賭した命の重たさを、理解してほしいと願う想いだけがあった。
「脈がなかった。呼吸が止まった。心臓自体が止まったからだ。こいつはそういう人間だ。限界を超えて無茶をする事を恐れない。……お前が今後も蒼良と関わり続けるつもりなら、それを絶対に忘れるな」
鋭い眼光に囚われながらも燈矢が静かに頷いたのをしっかりと見届けてから、「それと」と廻が付け加える。
「次会う時は、お前を救った勇敢なヒーローに礼の一つでも言ってやれ。でなけりゃ、こいつがあまりにも報われないだろ」
燈矢はハッと息を呑んだ。
___そうだ。目覚めてから、自分はまだ一度も蒼良に感謝を伝えていない。
それどころか、蒼良を酷い言葉で傷つけた謝罪だってまだ出来ていない。
言わなければいけない事が、伝えなければならない感情がまだ山ほど残っている。
燈矢は再び首を縦に振ろうとして、一度躊躇った。
「俺は……また、蒼良に会ってもいいの?」
廻に向けられたその瞳には、怯えが映って揺れている。
「監視の目は、多ければ多いほどいいだろ」
どこまでも蒼良ファーストな廻の、流石としか言えない回答である。
目を離している隙に何をしでかすか分からない少女に対し、ストッパーはなるべく多く用意しておきたいという訳だ。
それを受けて、燈矢は今度こそ、力強く頷いた。
「……俺、次はちゃんと蒼良を守るよ。俺が、ちゃんと蒼良を見てる。それが……あんたへの、お礼にもなるかな?」
言葉だけの安い感謝など要らないと突っぱねた廻に、自分なりに見つけた正解を持って合否を尋ねる。
蒼良に対し、自分とよく似た気持ちを抱える廻相手だからこそ、それがきっと正答であると信じて疑わない燈矢の問いかけに対し――、
「はぁ……?お前が会いたいから会う。お前が守りたいから守るんだろうが。自分の願望と俺の思惑が偶然一致しただけなのに、それを都合よく謝礼に充てるなんて随分と厚かましい奴だな」
不機嫌そうに顔を傾け、廻は吐き捨てるように言った。
意外と話の分かる柔軟な奴なのかもしれないと、廻の印象を良い方向に修正しかけていた燈矢の脳内で、その株が再び急落した瞬間である。
「あんたやっぱり、めちゃくちゃ意地悪だ……!」
廻の指摘は言われてみればその通りだと納得せざるを得ないものだったが、だからといってそんな言い方をしなくても、という燈矢の憤慨に、廻はフンと小さく鼻を鳴らした。
「そんな恰好で睨みつけたって、間抜けなだけだからその辺でやめとけ」
言われた言葉の意味が呑み込めず、訝し気な顔をする燈矢に向かって、廻は顎をくいと上げて指し示した。
「いい加減布団でも被ったらどうだ?さっきからそんな恰好で、恥ずかしくないのかお前」
廻の視線の先を追って、頭を下げ、自分の身体に目を向けた燈矢は、そこに信じられない光景を見た。
「……う、うわあああッ!?」
大慌てで布団を手繰り寄せ、身体を丸くしてくるまった燈矢の顔に、爆発しそうなほどの羞恥が込み上げてくる。
若干涙目になりながら、下唇を噛みしめてプルプルと震える燈矢の頬がみるみる赤く染まっていき、耳の先まで真っ赤になってしまったところで、廻から容赦ない野次が飛んでくる。
「おいおい、赤くなるなよ気色悪い」
「ちっげーよ!あんたに見られてどうこう思う訳ないだろッ!?」
羞恥とも怒りともつかぬ赤色を浮かべたまま、燈矢が叫ぶ。
あの蒼良に全部見られていたのだと気づいてしまったからこそ、今こんなにも死にそうに恥ずかしいのだ。
両手で自分の顔を覆い、呻き声を上げながらジタバタと布団の中でのたうち回る燈矢の姿に、廻がふっと口角を上げた。
「ざまぁみろ」とでも言いたげな笑みと、燈矢の醜態に思わず吹き出してしまったかのような笑みが混ざった口元を片手で隠しながら、これで用事は済んだとばかりに、後ろの蒼良に身体を向ける。
肩と膝裏に下から手を差し込み、服の裾がめくれないよう注意しながら、蒼良の身体を持ち上げた。
「ま、待って……!行っちゃうの?」
「いつまでも蒼良を硬い床の上に寝かせておけないだろ」
布団から顔だけを出している燈矢が、立ち上がった廻に不安げに声をかける。
「どこに連れてくの?てゆーかそもそもここはどこで、俺はこれからどうすればいいの?」
「お前が気にする事じゃない。ここがどこなのかも教えられない。お前がどこから来たのか知らないが、頼りになる大人を一人連れて来てやるから、もうしばらくここで待ってろ。その人がお前を家まで送って行ってくれるはずだ」
それ以上の問いかけには聞く耳を持たず、有無を言わせない態度で部屋を出て行こうとした廻は、姿が見えなくなる直前、「ああ、そうだ」と燈矢に背を向けたまま口を開いた。
「お前が本当に蒼良の友達だって言うなら、二度とこいつにあんな言葉を言わせるなよ」
悲しみに満ちた蒼良の姿が、燈矢の脳裏に蘇る。
普段、自分の気持ちを表出す事などない少女から初めて感じた、繊細で鮮烈な感情だった。
「……分かってる」
そう言い切るには、自信も根拠も足りないのかもしれないけれど。
息が詰まるほどの苦しみを思い出し、哀しさとごちゃ混ぜの愛おしさが激しく胸に叩きつけられるのを感じながら、燈矢は廻と、自分自身の心に誓った。
最近想像以上に閲覧数が多く、大変励みになる感想なんかも頂けたりして、本当に嬉しい限りです。ありがとうござます。
それと同時に、私は自分の文章の拙さを自覚しているので(慰め待ちではなく)、妙なプレッシャーと申し訳なさを感じております……。
一度投稿した話も頻繁に見返して、改善改善修正と繰り返してしまっております。それでもまだまだ拙い文章ですが、少しでもパワーアップできるよう頑張りますので、引き続きお付き合いくだされば幸いです。