暗部の忍が転生して公安ヒーローになる話   作:ぴのっきお

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おかえり

 

 

 

 

「――ヒーロー名トゥワイスこと分倍河原仁! 今日から公安でお世話になりまァすッ!」

 

 

勢いよく開かれた談話室の扉。

そのドアノブを握っているのは、今日も今日とて疲労感いっぱいながらも、かろうじて元気な目良だった。

彼は室内で仁王立ちしている男の姿を確認すると、背後を振り返り、片方の口角を持ち上げて不敵に笑う。

 

 

「どうです?サプライズですよ。この日の為に頑張ったんです」

 

 

こころなしか弾んだ声でまくしたてる目良が熱い視線を送るのは、彼のすぐ後ろに続く蒼翼の少女だ。

しかし返事を寄越したのは彼女ではなくさらにその背後に佇む黒髪の少年――蒼良の頭越しに見えた光景に目を細め、やや不機嫌そうな声を漏らした廻だった。

 

 

「サプライズっていうのは普通、何かしら相手が喜ぶものを披露するもんだろ。なぁ、目良さん。これは俺の認識違いか?」

 

「あれれぇ……。おかしいな、僕としては喜んでもらえると思ってあくせく準備してきたんですが……」

 

 

想定外のクレームに苦笑しつつ、目良はポリポリと頬を掻いた。

蒼良の願いはファミリーの総意――彼は今日までそう信じて、上層部に掛け合い、更生した元ヴィランを公安に引き入れるという無理難題に挑んできたのだ。

 

 

「真面目に答えたら負けだよ、目良さん。蒼良ちゃん関連外の事で廻の感情がプラスに傾く事なんて、滅多にないんだからさ」

 

 

そう言って、廻の背後からひょこりと顔を出したのは転弧だった。

彼の反応はというと、部屋の奥で胸を張っている仁を目にして、少しだけ目を丸くする程度のリアクション。

これまた想定外の反応の薄さに、目良は内心で肩を落とす。

 

 

「でも見てよ、目良さん。蒼良ちゃんの翼はちょっとご機嫌に動いとるよ」

 

 

そんな目良にフォローを入れてくれたのは、廻の後ろ、転弧の隣から顔を覗かせる啓悟だった。

 

 

「ホントだ!蒼良ちゃん、良かったねぇ」

 

 

パタパタと緩くはためく青い翼を見て、転弧も嬉しそうに頬を緩める。

 

 

「蒼良ちゃんが嬉しいなら廻くんも嬉しいやろうし、目良さんのサプライズ、結果的に大成功なんやない?」

 

 

先頭まで歩み出て来た啓悟が白い歯を見せて笑いながら、肘で目良の脚を突く。

目良はそれに応えるように、今度は安堵と達成感の滲んだ笑みを浮かべ、また頬を掻いた。

 

 

「ふふ、そうですね。頑張った甲斐がありました。お陰で僕の眠らずの労働が報われたような気がしますよ」

 

「あんたの場合は睡眠不足がもうデフォだろ。そろそろ労基に訴えてこい」

 

 

そうツッコミを入れた廻もまた、啓悟の言葉を受けて、蒼良の羽をしっかりと視界に収めていた。

少女の背から放たれる喜びの気配に、自然とその口元が緩む。

蒼良が嬉しいと自分も嬉しい――それはやはりこのファミリー共通の感覚で、談話室の入り口付近だけ、空気がふんわりと温かくなる。

まるでそこだけ数度、気温が上がったかのようだった。

 

 

「どうですか、蒼良?つい張り切って部屋の飾り付けなんかもしちゃったんですけど。これが我ながらなかなかいい出来で……」

 

「すごいですね。これを目良さんが全部一人で?」

 

「そんな無駄な事に時間を割くから睡眠時間が確保出来ないんだろ」

 

「まあまあ廻くん、仕方なかよ。目良さんは仕事の丁寧さが売りなんやから」

 

「そうそう。それに僕は結構好きだよこの感じ。ほら見て、あそこの如何にも深夜テンションで買って来ちゃった感じのくす玉とか――」

 

「お前らさぁッ!! 一年ぶりの再会だってのに、自分たちだけでイチャイチャすんなよ! 俺も仲間に入れてくれよ! さっきから主役の俺をフルシカトって、どういう神経してんの!?」

 

 

家族団らんの雰囲気から仲間外れを喰らっていた男が、たまらずとうとう声を上げた。

肩に斜め掛けしている『本日の主役』と書かれたパーティーグッズの襷を両手で握りしめながら憤慨する仁に、廻が悪びれない顔で言う。

 

 

「お前それ誕生日とかにつけるやつだろ、この浮かれポンチめ」

 

「浮かれて悪いか!? 今日この日のために一年頑張って来た俺が浮かれて悪いか!? つーかこれ用意したの俺じゃねぇし! つけといてくださいって十分前に目良さんに渡されただけだし!」

 

「その方が盛り上がるかなと思って」

 

 

えへっと頭の後ろに片手をやる目良に、「僕は好きだよ。ああいう馬鹿っぽいの」と転弧が悪口なのかフォローなのかよく分からない言葉をかけているその横で、啓悟が蒼良の手を引いて部屋への入場を促した。

それに続いてようやく全員が入室を終えて部屋の扉を閉めたところで、すぐ近くのローテーブルに置いてあったクラッカーを手に取った啓悟は、仁に向かってその糸を引き、パンッときらびやかなテープや紙吹雪をふりかける。

 

 

「公安へようこそ、仁くん。久しぶりやね」

 

「おおっ……ようやくマトモな言葉がかけられた。俺、嬉しくて泣きそう」

 

「良かったな、仁。急な事で祝いの品の一つも用意出来ちゃいないが、ここにある空気が俺たちからのプレゼントだと思ってくれ」

 

「ああ、ありがとう。シャバの空気はやっぱり格別……お前のユーモアすっげぇ鋭利な刺さり方してくる!」

 

 

窃盗並びに強盗の罪を償い更生するべく、約一年間を少年院にて過ごし、満期を迎えて出て来たばかりの仁は、胸の前で両手を重ねて身体を縮めた。

 

 

「被害者面はやめろ。それはお前にはまだ早い」

 

「ああ、そうだな。確かに俺はどちらかと言えば加害者側……お前こそ俺にそのいじり方するのはまだ早ぇよ!? せめてもうちょっとほとぼりが冷めてからにしよ!?」

 

 

センシティブな話題に堂々と切り込んでいく廻に恐々としながらも、仁はノリ突っ込みせずにはいられない自分の性格を恨んだ。

出会い頭から息の合ったやり取りを披露する二人の様子に苦笑する目良が、窘めるように二度手を叩いて二人の間に割って入り、仁の隣に並ぶ。

それから右手を伸ばして近くにあったくす玉の引き綱を引っ張ると、パカリと左右に割れた球の中から『祝! 出所おめでとう!』と書かれた垂れ幕が落ちて来た。

仁としては、そこには公安ファミリーへの加入を祝う言葉があってほしかったのだが、心なしか目良がやりきった感のある顔をしているような気がして、いじりなのか悪意なき無神経なのか判別つかずに沈黙を選んだ。

若干非難めいた視線を送る仁には気が付かないまま、目良は「それじゃあ」と前置きして、

 

 

「一年ぶりの再会という事ですし、ここらで一度正式に自己紹介でもしておきましょうか。ではまず僕から。もう既に何度か顔を合わせていますが、改めて。公安職員の目良善見です。今日から僕らは同じ組織に与する仲間になったわけですから、仲良く頑張っていきましょうね」

 

 

幸の薄そうな顔で微笑みながら片手を差し出す目良に、天然の方だったかと結論付けた仁は「こちらこそよろしくな」と握手に応じる。

 

 

「仁くんも続けてどうぞ」

 

 

目良が仁の背中を軽く押し出しながら声をかけると、仁は目の前に立つ四人の子供たちを順繰りに見つめてからすぅっと息を吸った。

 

 

「名前は分倍河原仁。歳は今年で十八になった。ヒーローを目指すには少し遅い年齢らしいが、俺の個性『二倍』の利便性と目良さんの奮闘、それから……蒼良のお陰で、こうしてまた皆に会う事が出来た。本当にありがとう。スタートで出遅れてる分、これから死に物狂いで頑張るつもりだ。ヒーロー『トゥワイス』として、少しでも早く公安と社会とお前らに貢献できるよう、努力していく」

 

 

先程までの浮ついた態度は鳴りを潜め、真剣な声色で自己紹介と共に思いの丈を述べる男は、彼らに対して誠実であろうとしているのがよく分かる。

硬い表情になってしまった仁の緊張をほぐすためか、「わ~、やる気満々やねぇ」と啓悟がゆるめの返答と共にゆるい顔でパチパチと拍手を送っている。

 

 

「ところでさ、トゥワイスってコードネーム、仁くんが自分で考えたん?」

 

「おうよ! キャッチーで、覚えやすくて、それでいて俺の個性が一発で伝わるイカした名前だろ? まさに『名は体を表す』ってやつだ!」

 

「……二倍だからトゥワイス。なんの捻りもねぇな」

 

「ひでぇ!」

 

 

鼻を擦って誇らしげに語る仁を、廻が容赦なく一刀両断する。

 

 

「やめときなよ、廻くん。言うにしたって、もうちょい言葉を選ばんと」

 

「もし傷つけたなら悪かった。俺が嘘をつかない真っ直ぐな生き方を信条にしてるばっかりに」

 

「わぁ、その発言がもう既に嘘」

 

 

ヘラリと口元を解いて、廻の軽口に啓悟もまた軽口で応じる。

そんな啓悟の隣で、腕を組んだ廻が真顔で言う。

 

 

「良いものは良い、ダサいものはダサい。そう伝えてやったのは俺なりの親切心だ。言い方に文句があるなら、お前が手本を見せてみろよ」

 

 

投げられたボールに、啓悟は「うーん」と声を漏らしつつ、しばし遠い目。

それから仁へと視線を戻し、満面の笑みで親指を立てた。

 

 

「ほとんど頭使わず考えたっぽい愚直な感じが、まさに名が体を表してて素敵なんじゃないかなと俺は思います!」

 

「余計傷付くわ! オブラートに包みきれてない中傷は総じて皮肉だっつーの! 何だよチクショウ……、ここにはまさか天然しかいねぇのか……?」

 

 

廻は除いておくとしても、蒼良と連勤明けの目良に加えて、この鳥まで空気の読めない人種なのかと嘆く仁に、啓悟はまたまた〜と手招きするような動きでパタパタと片手で仁を扇ぐ。

 

 

「何言ってんの。俺のは全部わざとだよ?」

 

「もっとタチが悪いじゃねぇかよ!!」

 

 

毒舌少年とヘラ鳥二人に翻弄され、ムキになった仁がビシリと人差し指を向けて物申す。

 

 

「そこまで言うなら、お前らのセンスはさぞかし神がかってんだろうな!? 個性とヒーロー名、言ってみろや!」

 

「個性はオーバーホール。ヒーロー名もオーバーホール」

 

「個性は鷹っぽい翼。ヒーロー名はホークス」

 

「どの口が俺のネーミングセンスをバカにしてんだよ!!」

 

 

捻りの無さで言えば、彼らの方が仁よりよっぽど上である。

 

 

「特に目つきの悪い黒髪の方!おい横向くな!廻だよ、オメー以外に目つきの悪い黒髪がこの部屋に居てたまるかよ!」

 

「はぁ……? つまり何だ。俺とお前が同等だとでも言いたいのか? 大概のことには寛容な俺相手でも、言っていいことと悪いことがあるぞ。オーバーホールは、トゥワイスより響きが格段にカッコいいだろうが!」

 

「何でお前がキレてんの!? 怒りたいのは俺だよ! しかもそれ、完全に主観だろうが!」

 

 

はたから見れば小気味よいほどの二人の言い合いを、さりげなく場を掻き回していた啓悟は相変わらずヘラヘラとした表情で満足気に眺めている。

 

 

「仁くんは見込みがあるねぇ。気難しい廻くんと、二度目ましてでここまで打ち解けられる逸材はそうはおらんよ」

 

「俺が手懐けられたみたいな言い方すんな。俺がこいつを手懐けたんだ」

 

「こいつマジで気難しいな?」

 

 

ため息をつき、芝居がかった動きで額を押さえて頭を振る仁に、廻が剣呑なオーラを立ち昇らせるのを見て、啓悟がわははと口を開く。

 

 

「二人はホントに相性が良いんやろうね」

 

「そんなわけないだろ」「そんなわけないだろ!」

 

 

ピッタリ重なったその言葉に、二人は同時に振り返り、目を細めながら見つめ合う。

似ても似つかぬ性格――それなのに、どうにも波長だけは合ってしまうという事実を、否応なく認めざるを得ない瞬間だった。

 

 

「トゥワイス、オバホ、ホークス。さっきから黙って聞いてれば、三人とも低いところで争うのはその辺にしときなよみっともない」

 

「俺を略すな」

 

 

無言のまま廻と視線で圧バトルを繰り広げていた仁の注意を削いだのは、それまで蒼良の隣で三人のヒーローネーム論争を傍観していた転弧だった。

廻の文句を聞こえなかったものとして流し、転弧は意味ありげに笑いながら顎を上げて三人を見下している。

 

 

「僕の個性は崩壊。そして、ヒーロー名は――『ルイナ』だ」

 

 

告げられたコードネームの中性的かつオシャレな響きに、仁は数歩後ろへと下がり、自分の足元と転弧を交互に見比べて驚愕する。

 

 

「ま……まさか、俺の身体が無意識下で敗北を認めているだと!?」

 

「仁くんってホントにノリがいいよね」

 

 

はは、と乾いた笑いをこぼす啓悟の顔からは、それまでの飄々とした余裕が消え、どこかげんなりとした苦々しさが滲んでいた。

気が付けば、隣に立つ廻までもが同様の表情をしていることに仁が疑問を抱いたとき、三人のリアクションを見て悦に入った転弧がドヤ顔で必勝の切り札を切った。

 

 

「何を隠そう、この名前は蒼良ちゃんが僕にくれたものなんだ。スペイン語で崩壊を意味するらしくてね、同じくスペイン語で青色を意味する蒼良ちゃんのアズールとも共通点がある。……ふふっ、ははッ、あはははっ、僕のヒーロー名の名付け親は蒼良ちゃん!これが何を意味するか分かるか!?」

 

「な……っ、」

 

 

笑いの三段活用を使ってドヤりっぷりを加速させていく転弧を前に、仁が慄く。

話の信ぴょう性を確かめようと振り返ると、そこには無念そうに顔を俯ける廻と啓悟の姿があり、転弧のここまでの発言に嘘偽りがないことを仁は悟った。

そして今、テンションが右肩上がりの転弧が、両手を広げて高らかに宣言する。

 

 

「特別感!親密感!オンリーワン感ッ!何日も、何日も!蒼良ちゃんが僕のためだけに悩み考えた、この世に一つの、僕だけの名前……!それが『ルイナ』なんだよッ!!」

 

「う、嘘だ、だってそんなはず……そんな、馬鹿な……!!」

 

 

背後に後光でも背負っているかのような転弧の威厳に満ちた宣言を喰らい、膝から崩れ落ちてしまう仁。

ただでさえ小洒落た転弧のコードネームは、その発案者が蒼良であるという事実の発覚と共にその価値を数十倍に跳ね上げた。

完膚なきまでの圧倒的な敗北を噛みしめ、床に手を突く仁の頭上で、啓悟の心底嫌そうな声が聞こえる。

 

 

「あーーーハイハイハイ。その自慢話ならもう耳タコばい。これで何回目やったっけ?」

 

 

顔をしかめる啓悟が自分の耳に両手の人差し指を突っ込みながら言うと、転弧はますます得意げな顔になる。

 

 

「あっはっは、羨望の眼差しは何十回浴びようと気持ちいいものなんだぜ、啓悟。さっきから頑なにこっちを見ようとしないそこの廻も含め、皆にはこの高揚感は一生分かんないかもしんないけどさっ」

 

 

高笑いする転弧は両手を腰に当て、小さな身体を目いっぱいにのけ反らせている。

それから挑発的に片方の口角を持ち上げると、「どんぐりの背比べ、お疲れ様」と見下げているのか見上げているのか分からないくらいに胸を反らして勝利宣言を決めた。

 

ギリリと歯を喰いしばる啓悟。

握る拳に思わず力がこもる廻。

地面を涙ながらに叩く仁。

そして、そんな様子をはわわと眺める目良と蒼良。

 

――実は転弧が蒼良命名だと思い込んでいるその名前が、転弧に名づけを頼まれたその日のうちに、蒼良から目良へ丸投げされた産物だとは、言うに言えない空気だった。

 

目良から蒼良へ、「この惨状、どうしましょう?」のアイコンタクト。

それに対し、蒼良は極めて真剣な表情で首を横に振ることで応答した。

「迂闊に動くな」の意である。

人知れず冷や汗を流す二人は、どうしてこんなことになってしまったのだろうと過去に想いを馳せていた。

 

転弧に名前をねだられた時、蒼良はただ、良かれと思ってその頼みを目良へ横流しにした。

この先長い間付き合っていくことになるであろう転弧の大切なヒーローネームを決めるのは、自分にはやや荷が重いような気がしたからだ。

なにせ、蒼良のセンスが秀でているのは戦闘という限られた分野においての話で、対人センスもユーモアセンスもオシャレに関する感覚さえ鈍い自分には、ネーミングセンスだってないだろうという自覚があったのだ。

 

そもそもアズールという名前だって、『ヒーローネームは自分で好きなものを考えなさい』という上からの指示に従い、深く考えずに自分が公安に拾われた日付をヒーロー名として名乗っていたところ、「あれではまるで囚人番号だ」と一部から苦情の声が上がり、見かねた目良が名付けてくれたものだった。

そんな経緯もあったため、転弧の名づけも当たり前のように目良に頼んだ蒼良に落ち度はきっとない。

ただ、その真実を言うタイミングを何度も逃し続けているだけのことだ。

だってまさか、転弧があんなにも喜ぶなどとは考えもしていなかったし、事あるごとに自慢するようになるとは思いもしていなかったのだ。

 

 

「――さてと。脱線するのはここまでにして、そろそろ自己紹介の続きをしましょう。スムーズな進行のために、ここからは僕の他己紹介に移行しますが、異論はありませんね?」

 

 

絶妙に気まずい空間にき裂を入れたのはシゴデキ男こと目良で、蒼良は大海に浮かぶ木片にしがみつく勢いでコクコクと首を縦に動かした。

散々自慢し散らかして満足した様子の転弧も苦しゅうないと言わんばかりに頷いて、他三人からは返事がない。ただの屍のようだ。

 

 

「それでは、もう既にある程度打ち解けているようですし、簡易的に名前と年齢だけ。年齢順に、上から治崎廻くん、十五歳。瑠璃川蒼良、十二歳。鷹見啓悟、九歳。志村転弧、七歳です」

 

 

廻だけには「くん」と敬称をつけて呼ぶ目良に、「分かる。あいつ偉そうだもんな、態度が」といつの間にか復活している仁が顎に手を当て、神妙な顔で共感している。

 

 

「ま、俺は敬称なんて付けてやらねーけど!」

 

「気が合うね、仁。僕も親しみを込めて廻や啓悟は呼び捨てで呼ぶことにしてるんだけど、仁のこともそうしていい?」

 

「おう、なんだこの可愛い奴め。もちろんいいに決まってんだろ」

 

 

気を良くした仁が、転弧の顔を両手で上下に挟んでウリウリと撫で繰り回す。

笑顔の仁とは対照的に、煩わしそうな表情で仁の手を引きはがそうともがく転弧。

 

 

「はッ。勘違いしてるぞ仁。ほぼ初対面の歳上を呼び捨てにする奴なんて、相手を下に見てるか舐め腐ってるかの二択だろ。間違っても親しみなんて込められちゃいない。その理屈なら、そいつが蒼良にちゃん付けしてるはずがないしな」

 

「その二択どっちも同じ意味じゃねぇか。そんでその理屈で言うと、さてはお前も俺を舐めてるな?」

 

 

廻との会話に気を取られている仁の手からすり抜けた転弧が、蒼良の背後に回り込んだ。

絶対的な安全地帯で、悪ガキを隠しもしない表情でケタケタと笑っている。

その姿に、公安ファミリーの癖の強さを実感する仁。

何と言うか、この先が思いやられる光景である。

 

 

「蒼良、後ろの悪ガキを叱ってやってくれ。そいつは多分もう俺の手には負えない」

 

「転弧はいい子だよ。大丈夫。仁くんならきっと直ぐに仲良くなれる」

 

 

何が大丈夫なのやら、転弧の本性に気づけない鈍感な少女がのほほんと返事をするのを、仁は困ったように見つめながら口元を緩めた。

変わらず呑気で優しい蒼良の様子に、初めて会った日のことを思い出して、思わず何かが込み上げてくる。

それに伴い自然と下がる口角に、グッと力を入れて堪える。

 

実は、この部屋の扉が開いて最初に蒼良の姿が見えた時にも、仁はほとんど泣きそうになっていた。

一年前には見る事も叶わなかった彼女の本当の姿――事前に話は聞いていたものの、実際に蒼良がその姿で自分の前に現れてくれた瞬間、そこに確かな信頼を感じた。

しかし、一年前に年端もいかない子供たちの前でワンワンと大泣きしてしまった過去は、仁の中では温かいながらも小恥ずかしい思い出として残っていたため、これ以上の醜態は晒すまいと何とか踏みとどまったのだ。

 

目を見つめれば、言葉を交わせば、涙もろい自分はうっかり泣き出してしまいそうだと、なかなか蒼良に話しかけられずにいた仁の対面に、とうとう蒼良が立っている。

互いの姿をその目に映しながら、蒼良が「そう言えば」と口を開いた。

 

 

「おかえり、仁くん。言うのが遅くなっちゃった。ずっと待ってたよ」

 

「うわぁん! いきなりなんてこと言いやがる、この涙腺クラッシャー!」

 

 

絶対に泣かないぞと決めていた男の柔らかハートを容赦なく刺激してくる少女の言葉に、仁が両手で顔を覆ってさめざめと泣く振りをする。

木を隠すなら森の中。

本当に目が潤んでしまっているのを誤魔化すための、過剰なリアクションだった。

『おかえり』――久しく、本当に久しく聞くことのなかったその単語に、自分にも帰る場所が出来たのだと、温かく迎えてくれる家族ができたのだと、自分の帰りを待っていてくれる大切な人ができたのだと、そんな感慨が心を熱く浸食していく。

 

 

「私たち、これでようやく家族になれるね」

 

 

仁の挙動に首を傾げながらも、しっかりと追い打ちをかけてくる蒼良。

立て続けに泣ける台詞を投げられ、仁は襲い来る感涙に対抗するため、わざとおどけて笑顔を作った。

片手を自分の腰に当て、もう片方の手を蒼良に差し出しながら、冗談めかした口調で言う。

 

 

「へへっ、よせやい。そういう台詞は普通、男の方から言うもんだろ。不束者だけど、これからよろしくな。今は俺の方が稼ぎが少ないが、俺も早いとこヒーローデビューして、お前を養っていけるような甲斐性のある男に――」

 

「寝言は寝て言え」

 

 

常時携帯している医療用手袋を装着した廻の手が、差し伸べられた仁の小指を掴んだかと思うと、そこからペキョッと嘘のように軽い音がした。

棒アイスでも折るかのような素振りで為された迷いのない廻の行動に、何が起きたのかも分からず仁はフリーズ。

しかし、音と共に指先に走った、熱にも近い猛烈な痛みが一瞬で仁に現実を叩きこむ。

 

 

「う、ぎゃあああッ!! 折れた! いや、折られた!? いやああああ!! ちょっと待ってくれ超痛ぇよ! 無痛だぜ!!」

 

「あ、第二人格が出て来てる。完全に治ったわけじゃなかったんだ」

 

 

痛みに悶える仁の目の前で、「やっぱり感情の昂りと個性は関連してるみたいだね」などと冷静に分析し始めている少女に向かって仁が吠える。

 

 

「言ってる場合か!? 信じらんねぇ、マジで指が折れてやがる! 医者だ、医者を呼んでくれッ!!」

 

「俺が医者だが?」

 

「お前以外の医者をだよ、馬鹿たれッ!!」

 

 

ケロッとした顔で挙手などしている元凶に、仁の怒りが爆発した。

ちょっとした照れ隠しのためのお茶目な夫婦ごっこ如きで小指を折るとはどういう了見だと憤慨しかける仁を、「まあ聞け」と落ち着いた様子で廻が遮る。

 

 

「お前が一年前にここを去って服役してる間、蒼良が心配してたんだ。お前の個性はその性質上、骨折レベルのダメージを与えなければ偽物かどうかの区別がつかないらしいじゃないか。それなのに、『そう言えばお前に腹パンしかしてなかった』って」

 

「良かったね、仁くん。これでもう安心だよ」

 

 

トラウマのせいで自分自身に個性を使えなくなってしまったという仁の心が、これで少しは軽くなってくれるかもしれない。

小指が折れてなお、泥と化すことなく平然(?)としている仁に向け、廻と蒼良が二人揃ってサムズアップ。

 

 

「あのレベルの腹パンは骨折と同等なんだが!? あと、蒼良は善意だとしてもテメェのは純然たる悪意だろ!」

 

 

これ以上は傷付けられまいと自分の手を庇うようにして猫背になりながら、仁が廻を恨みがましく睨みつける。

恐らく蒼良が心配していた云々は事実なのだろうが、廻にとっては体のいい後付けの理由に違いなかった。

 

 

「だって 『なんかムシャクシャしたからやりました』 みたいなこと言い出しそうだもんお前! このクソガキめ、大嫌いだ! 愛してるぜ!」

 

「やめろ気持ち悪い。見ろ、お前の愛してるのせいで鳥肌が立った。あと少しで蕁麻疹まで出るところだったぞ」

 

「最後のは俺の本音じゃねーよッ!! つか骨折抱えてる俺に蕁麻疹ごときで被害者面できるお前の厚かましさが怖ェ!」

 

「品行方正で名が通ってる俺に対して随分な物言いしてくれるじゃねぇか」

 

「一秒でバレるホラ吹くな! どこでそんな名が通ってんだっつの!」

 

「嘘じゃないですよ、仁くん。廻くんは人を見て態度を変えるのが本当に上手なんです。逆らっちゃいけない相手の前では作り笑いだって完璧ですから」

 

 

廻の言い分を支持する目良の発言に、蒼良、啓悟、転弧が続く。

 

 

「外面を取り繕わせたら、うちで廻くんの右に出る人はいないからね」

 

「よっ、ゆくゆくは面の皮が厚いヒーローランキングに殿堂入りすること間違いなし!」

 

「実は腹黒いヒーローランキングとかも総なめしてそう」

 

「聞いたか? これが身内の声だ」

 

「何でそんなふんぞり返っていられんのお前!? 今のってほぼ悪口じゃん! それも身内からの悪口!」

 

 

こいつの価値基準はどうなっているんだと勢い込んで突っ込む仁の手に、大きく身体を動かしてしまった反動で激痛が走った。

 

 

「いいいッ!?」

 

 

目の端に涙の玉を作りながら身体をくねらせる仁に、手袋を外しながら廻が近付く。

 

 

「ったく、仕方がねぇな。自然治癒に任せようかと思ったが、萎み気味な蒼良の羽に免じて今回だけは治してやる。あまり蒼良を不安にさせるな」

 

「お前自分が元凶だってこと忘れてんの??」

 

「ほら、手ぇ貸せ。三つ数えれば種も仕掛けもなく元通りだ」

 

「世界一最悪な手品!しかも一瞬超痛ぇ!」

 

「ごめんね仁くん、手荒な真似して。本来は一言断ってから実行する予定だったんだけど、その辺りの段取りが廻くんにちゃんと伝わってなかったみたい」

 

「俺としたことが本当にうっかりだ」

 

 

ヒンヒンと情けない顔で元通りになった小指をさすっている仁を蒼良が労わると、彼女の腰に後ろから抱き着きながら、転弧が「自業自得じゃん」と鼻を鳴らした。

 

 

「ついでに頭も治療しといた方がいいんじゃない?蒼良ちゃんを一瞬でも自分のお嫁さんに出来ると錯覚した救えない脳みそなんて、作り変えといた方がいいでしょ」

 

「転弧?」

 

「はぁ……、お前最近ますます口が悪うなっとる。蒼良ちゃんに悪影響やけん控えるように」

 

 

そんな転弧の首根っこを掴み、啓悟が蒼良から引き剥がす。

 

 

「でも言っとることは概ね正しい。度が過ぎた冗談は身を滅ぼすこともあるんだよ、いい教訓になったね仁くん」

 

「啓悟?」

 

 

兄らしく注意を促すのかと思いきや、転弧の過激思想に賛同し始めた啓悟を、蒼良がソワソワと振り返る。

仲良くしようと言わんばかりの瞳を向けてくる少女に、啓悟は優しく微笑んだ。

 

 

「心配せんでよかよ。喧嘩しとるわけやないけん。蒼良ちゃんも知ってのとおり、俺たち最初はちょっぴり人見知りしちゃうだけやから。今はただ、仁くんとの距離感を探っとる段階ってだけ」

 

「そっか、人見知り……」

 

「丸め込まれんなよ! 何でこいつらと一緒に育って、お前はそんなに無垢でいられる!?」

 

「蒼良の心の清らかさは生来のものです。五歳の頃から素直で純粋な子でしたから」

 

 

仁の嘆きに、目良が謎に意気揚々と口を挟んでくる。

 

 

「保護者面すんなら、他三人ももちっとマトモに育ててくれよな……」

 

 

締めるべきところは締めてくれと頼み込む仁に対し、目良は「それはちょっと」と片掌を突き出して拒絶を表明。

 

 

「さっきのノリは僕的にも不快だったので、三人の言動には目を瞑っておこうかなと」

 

「クッソ、こいつもモンペじゃねぇか!!」

 

 

まさかこの空間において、ヴィラン上がりの自分が一番マトモな感性を備えているとは思わなかった仁は、ガックリと肩を落とした。

 

 

「だいたいなぁ……お前らあんまり生意気だと、いつか蒼良に愛想尽かされちまうぞ?」

 

 

唇をムッと尖らせながら、拗ねたように仁が言う。

この面々にはこの脅し文句が一番効果覿面だろうと計算しての反撃である。

しかし、対する彼らはその揺さぶりに動揺を見せる様子は一切なく、転弧など仁を小馬鹿にしたように肩を竦め、両掌を天井に向けるポーズを取った。

 

 

「はぁ……何言ってんの? この僕が? 蒼良ちゃんに愛想を尽かされる? 仁の何倍も顔が良くて幼気なこの僕が?」

 

「自分の顔の良さと幼さを理解してる七歳児ってここまで可愛げがないもんなのな」

 

「はんッ! 蒼良ちゃんから見て可愛けりゃそれでいいんだよ! ねぇ、蒼良ちゃん!」

 

 

服の襟を掴んでいた啓悟の手を振りほどき、転弧が甘えるように蒼良の右腕にしがみついた。

 

 

「蒼良ちゃんは、僕のこと好きだもんね?」

 

 

上目遣いに蒼良の顔を覗き込み、キュルキュルと目を丸くする転弧に、彼女は少しの間も空ける事無く「好きだよ」と肯定を返す。

 

 

「へへんっ!」

 

 

仁だけでなく、全員に対して得意満面の表情を見せつける転弧の様子に、廻がため息をついた。

 

 

「転弧、何かにつけて蒼良にそれを言わせようとするのはやめろ」

 

 

転弧は公安に拾われたばかりの頃、不安から何度も蒼良に愛情の確認をしていた時期がある。

しかし、あれから二年が経とうとしている今となっては、自分が大切にされている自覚がしっかりとあり、彼女が必ず好きだと返してくれる事などもうとっくに分かっている。

でも、だからこそ、何度でも聞きたくなってしまうのだ。

要はただの甘えたがりである。

 

かつてはそんな転弧と一緒になって蒼良からの「好き」をねだっていた啓悟がいつの間にやら成長した今、蒼良に好き放題甘えられる特権は転弧だけのものになった。

使える特権を放棄するような愚かな真似を、転弧が選択するはずもなし。

今やこの場所は転弧の独壇場だった。

 

 

「えー……何で? いいだろ別に。蒼良ちゃんだって嫌がってないし」

 

 

飽きるほど繰り返したやり取りではあるが、この少女から面倒そうな空気を感じた事はまだ一度たりともない。

それなのに、いったいどんな謂れがあってお咎めを受けなければならないのかとむくれる転弧に、廻が珍しく弱気な声で呟いた。

 

 

「……お前のせいで、蒼良が影響を受けてる気がする」

 

 

よく分からないその一言に、どういう意味だと転弧が返せば、廻は「何でもない」と眉を下げて答えるのだった。

 

 

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