暗部の忍が転生して公安ヒーローになる話   作:ぴのっきお

38 / 55
死柄木 弔

 

 

 

【凶悪ヴィランが田曽宮市街に侵入――!現地で対応に当たっているプロヒーロー複数名は、ヴィランの反撃を受け負傷したもよう!至急応援を頼む!至急応援を頼む――!】

 

 

 

「田曽宮……ここからどのくらい離れてたかな」

 

 

携帯型無線機から聞こえる焦りを含んだ声を聞きながら、蒼良は手を止めて呟いた。

時刻は十三時。場所は公安本部の談話室。

本日仕事が非番だった蒼良は、ちょうど公安ファミリーたちとやや遅めの昼食を食べていたところだった。

 

 

「ここからだと車で約一時間ってところでしょうか。準備してください、蒼良。僕が車を出しますので――」

 

「いえ、飛んで行きます。急ぎの応援要請ですから」

 

 

椅子から立ち上がりかけていた目良を手で制し、「お気遣いありがとうございます」と礼を述べながら席を立つ。

 

 

「廻くん、せっかく作ってくれたのに、全部食べ切れなくてごめんね」

 

「謝るな、問題ない。残りはこいつらが食べればいいし、今日の夕食に回したっていいからな」

 

 

隣に座る啓悟たちを横目に見ながら廻が答えた。

 

 

「えぇ~……、せっかくのお休みだったのに?」

 

 

転弧が不満を滲ませた声で、寂しそうに蒼良を見ている。

そんな転弧をやんわりと叱るように、啓悟が灰色の頭にポンと手を乗せた。

 

 

「転弧、あんまり我儘言わない。蒼良ちゃんが困っとる」

 

「そうだぜ、転弧。また蒼良が帰って来てからいっぱい遊んでもらえばいいじゃねぇか」

 

 

まだ幼い転弧のご機嫌を取るべく、仁が援護射撃する。

ヒーローたるもの平和第一。市民第一。

それもNo.10ヒーローともなれば、勤務時間外に管轄区域外からの増援要請を受けたとしても致し方ないのだ。

不満を押し殺し、「分かってるよ」と渋々蒼良に手を振る転弧に、蒼良もまた小さく手を振り返す。

 

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

「いってらっしゃい。気を付けてね、蒼良ちゃん」

 

「心配要らないよ。私は強いから」

 

 

そう言い残して颯爽と部屋を出て行った蒼良の背を見送りながら、「強いのに心配が尽きないのがお前なんだよ」と廻が呆れ顔で呟いた。

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

「うむ! やはりゴーグル! バンドによって固定された対閃光グラスが、強風に負けず俺の両目を頼もしく保護ッ!」

 

「オイオイオイ! そのゴーグル、どう見ても相澤と朧のパクリだよなぁ!? あんだけ相澤にダル絡みしといてコレだよ!」

 

「相澤だとォ? ふん、あんな奴の事は知ったこっちゃねーぜ。弱ェくせに辛気臭ェ不満面ばっかしやがってよォ」

 

 

小型飛行装置の上に座り、それぞれ猛スピードで空中を移動する男子生徒二人が、東京の空を並走しながら口論している。

一人はプレゼント・マイクこと二年A組の山田ひざし。

そしてもう一人は、ミスター・ブラスターこと二年B組の閃走寺だった。

 

 

「……弱い? 相澤が?」

 

 

ひざしの眉間に浅いしわが寄る。

前々から何かと消太に対抗意識を燃やし、しょっちゅう消太に食ってかかる閃走寺は、ひざしから見ても確かな実力を兼ね備えている。

だが、それが友人に対する侮辱を見過ごす理由にはなり得ない。

強者だからと言って、一方的に上から好き放題口にする権利などないはずだ。

瞳を前方から左隣へきょろりと動かして閃走寺を軽く睨むと、再び視線を前に戻して言葉を続ける。

 

 

「……B組の閃走寺クンは知らねぇか。相澤、考え過ぎて出遅れるクセはあるけど、腹が据わるとえげつねぇぞ」

 

「だったら普段から据えておけ、そんな腹は」

 

「そりゃまぁそうなんだが。羨ましいね、単純で」

 

 

吐き捨てるように言った閃走寺の言い分に、揚げ足を取られたひざしが分かりやすく苛立ちを表情に滲ませていると、

 

 

「新人ども! なに無駄話してる! 戦闘開始だ!」

 

 

二人の前方――少し前を飛行していた五体の飛行装置の上で、一人の男がこちらを振り返って声を張り上げた。

 

 

「即時現着! 速攻鎮圧! 我ら高火力ヒーローチーム、」

 

「「「バスターユニオン!!」」」

 

 

男の掛け声に続き、五人のヒーローの声が重なる。

バスターユニオン――ひざしと閃走寺の二人を、この夏季休業期にインターン生として受け入れてくれたヒーロー事務所である。

音波を利用したひざしの個性『ヴォイス』、掌から閃光弾を放出できる閃走寺の個性『ブラスト』はどちらも制圧力が高く派手な個性であったため、攻撃特化のこの事務所のお眼鏡にかなったというわけだ。

 

 

「総員、個性解放! 出力全開! 目標、前方の大型ヴィラン!」

 

 

ひざし達の目の前には今、田曽宮市街を横断する一体のヴィランが立っている。

カエルのような出で立ちをしているが、その体躯は二階建ての家一軒分よりも大きく、動きは遅いが硬い肉体をもってあらゆる建造物をなぎ倒しながら街を大破壊している真っ最中だった。

 

 

「オーライ、アゲてくぜェーーッ!!」

 

 

ひざしが拳を天に突き上げて吠えると、隣の閃走寺の士気も同時に高まったのを肌で感じた。

何せインターン活動を開始して以来、今回ほど大きな仕事が回って来たのは初めてのことなのだ。

やる気も闘志もモチベーションにも、不足はない。

 

 

「総員、発射ッ!!」

 

 

リーダーの合図と共に、各々が目標に向けて個性を大解放した。

赤、青、緑、桃色、黄色、眩いばかりの白い光線、目には見えない音の振動。

最大火力のエネルギー弾が七名のヒーローから放たれる。

的が大きく遅鈍な故に、敵にその攻撃を避ける術はなし。

全ての攻撃が寸分の狂いなく敵に命中する――誰もがそう確信したその時、ヴィランがカエルのように大きく口をパカリと開いた。

何の真似だとひざしが目を見張った次の瞬間、あろうことか、ヴィランは七色のエネルギーをその体内に全て取り込み、ゴキュリと大きく喉を鳴らした。

 

 

「なぁッ!?」

 

 

驚きのあまり、皆の攻撃の手が一斉に止まる。

少しの痛苦も感じていないのか、対するヴィランは動揺の一切を見せないまま全てを平らげ、その大きな口を閉じた。

真に驚くべきは、ヴィランが攻撃を無効化したことではなく、閉口した直後にその広い背中からボコボコと複数のコブを膨れ上がらせ始めたことだ。

 

 

「何だ、あれ……」

 

「俺たちの攻撃食って、コブが膨れてる……ッ!?」

 

 

ひざしよりよほど現場慣れしているプロヒーロー達の間に、かすかな動揺が広がる。

今ここに集うヒーローたちは、攻撃という分野において絶対の自信を抱えている。

その自信を培えるだけの経験と実績を、積み重ねて来た過去がある。

そんな彼らは、ここ数年――否、ここ十数年は起きた事のない不測の事態に直面し、一度は硬直してしまったものの、プロヒーローの称号も自覚もお飾りではない。

すぐさまインターン生二人を後ろに下がらせると、相手の出方を探りつつ、二弾目の攻撃に移る態勢を取った。

 

 

「もう一度だ! プレゼント・マイク、ミスター・ブラスターは直ちに撤退開始! 逃げ遅れた市民の避難誘導にあたれ!俺たちは引き続き、あの大型ヴィランを――」

 

 

――ボヨン。

 

リーダーによる指示伝達の最中、日常生活では聞き慣れないどこか滑稽な音がした。

人よりも耳の良いひざしは、その音に潜む得体の知れない不気味さを敏感に感じ取り、まるで首元にナイフでも突きつけられたかのように、全身が総毛立った。

音の発信源の方へ目を向ければ、コブの一つが背から遊離し、ヴィランの頭上に球のように浮かび上がっている。

 

 

「総員、警戒を――!」

 

 

――パキュ。

 

瞬きの間に、コブが割れていた。

ひざしがそれを認識した刹那、世界からあらゆる音が消え去った。

否、消え去ったと錯覚した。

嵐の前の静けさだと本能で分かった。

 

次の瞬間、砕けたコブの中から、静寂を切り裂くエネルギー弾が解き放たれた。

何色とも判別つかない莫大な暴威が迫ってくる。

立ち並ぶ家々を砕き割り、抉り取り、消し飛ばしながら、破壊そのものが押し寄せてくる。

世界が蹂躙されていた。

地獄のようなその光景が、ひざしの目には嫌にスローモーションに見えていた。

 

――ああ、これは死ぬ。

 

納得したのではなく、そう理解した。

対抗手段が何一つない。

あったとしても身体が硬直して動かない。

視界の端で前方に立つヒーローがこちらを振り返り、「逃げろ」と大きく口を動かしたのが見えた。

破壊の音に呑まれ、彼らの声はもう聞こえない。

この状態で真っ先に子供のために動けるのだから、やっぱりプロは一味違うなと、場にそぐわない感想を抱くひざしの身体は指一本すら動かなかった。

 

ヒーローが身体の向きを反転し、こちらに向かって飛び込んでくる。

そんな事をしたとて、あの暴力の塊からはここに居る誰一人として逃がれられないときっと分かっているはずなのに。

 

死が、目と鼻の先にある。

瞬きすら許されない恐怖に身体を支配され、ひざしは訪れる自らの終わりから目を背けることさえ出来そうにない。

飛行装置を捨て、こちらに覆い被さってくるプロヒーロー達の勢いで、ひざしの身体が傾いた。

バランスを失い背から倒れかけた時、視界いっぱいに広がったのは重く沈んだ曇天だった。

 

雲の切れ間もない、黒い空。

嫌な色だ、とひざしは思う。

だが、最期に見る景色が敵の放つ破壊光線ではなかったことは、不思議と心を慰めた。

そんな諦念と共に短い生涯の幕を閉じようとしたひざしの背を、トンと、何者かが背後から押し戻す。

視界の端を、晴天のような青が掠めていく。

 

 

「――風遁・圧害」

 

 

女の背に生えた蒼翼が左右目一杯に広がり、空を打つようにひと際大きく、そして荒々しく拍動する。

その直後、ヴィランの破壊光線を凌駕する轟音が響き渡った。

唸りを上げて放たれた渦巻く暴風が、敵の猛威を正面から迎え撃つ。

高密度に圧縮された風の奔流が、空気を切り裂き、あらゆる障害を薙ぎ倒して進んでいく。

凶暴な意思を宿した風が、破壊の閃光に真っ向から衝突した。

 

耳をつんざく爆音。

鼓膜が裂けそうな衝撃の余波が周囲を呑み込みながらも、風は怯まない。

暴風は、暴威を押し返す。

バスターユニオンを一網打尽にするかと思われた暴威は逆巻き、進路を変えてヴィランへと牙をむいた。

未来を守らんと、咄嗟にインターン生を庇ったプロヒーローたちは、首だけを振り返り、息を呑んでその光景を見つめていた。 

 

――ボコン、ボヨヨン。

 

ヴィランの頭上に膨れ上がった三つのコブがぱかりと割れ、そこから吐き出されたのは先ほどの三倍ものエネルギー弾。

それは風の暴力を相殺し、その衝撃波が戦場を揺るがした。

吹き飛ばされ、今度こそ飛行装置を踏み外したひざしを起点に、彼を抱えていたヒーローたちまでもが墜落しそうになる。

そんな彼らを間一髪で包み込んだのは、柔らかな羽だった。

 

自分の背中を支えるそれが、つい数秒前にあれほどの破壊を生み出したものだとは到底信じられなかった。

根拠など何一つないはずなのに、布越しに伝わる温度に、もう大丈夫なのだとひざしは心から安堵した。

凍りついていた四肢に、じわじわと温もりが戻ってくる。

再び身体の感覚を取り戻したひざしは、腹筋に力を込めて上半身を起こし――その視線の先に、こちらを振り向く仮面のヒーローを見た。

 

 

「到着が遅くなり、大変申し訳ありません。増援要請を受けて駆けつけました、アズールと申します」

 

 

バスターユニオンが乗り捨てた飛行装置を回収して引き連れながら、仮面のヒーローが手短な謝罪と自己紹介を述べた。

No.10ヒーロー・アズール――ひざしにとっては親友の友人という一方的に身近に感じている存在でありながら、その徹底された秘密主義故に、最も得体の知れないヒーローと言っても過言ではない存在だ。

素顔、本名、年齢、出自といった基本情報すら秘匿とされ、彼女はメディア出演の一切を受け付けていない。

ヴィランとの交戦映像ですら撮影不可であると事務所から公式的な宣言が出されており、彼女の個性の詳細や戦闘スタイルは、実際に現場にいた者たちによるSNSの書き込みからでしか知り得ない。

 

もちろん万人がルールを守れるわけではないので、時々個人によって盗撮された彼女の映像が流出することもあるようだが、彼女の事務所の情報統制能力は大したもので、一度表に出回った動画も数分もすれば全て消されてしまう。

実質的に、この世に存在する彼女の出演映像は、去年のヒーロービルボードランキングの生中継映像だけだった。

人間と言うのは、隠されれば隠されるほど、暴いてみたいという好奇心を刺激される本能を備えた生き物だ。

そのせいか、ほとんどアングラヒーローのような活動の仕方にもかかわらず、この半年で彼女の知名度と人気はまた飛躍的に上昇している。

 

今ここにいる山田ひざしも、大衆と変わらず彼女に興味を掻き立てられている人間の一人だった。

しかし責任感の強い親友に探りを入れるような真似は当然するつもりもなく、かといって独自で熱心に情報を漁るほどのアズール信者でもない。

いわゆるお茶の間ファンというやつだった――今日、さっき、この瞬間までは。

 

 

「アズールさん……! 増援に感謝します! あのヴィランの個性は恐らく、自分が受けた攻撃を吸収・蓄積して任意に放出できる類のものかと思われます!吸収方法は口から。先程の貴方のような大規模攻撃は受けずに反撃したことから、皮膚からの吸収は不可能かと」

 

 

目の前に浮かぶ本物のアズールにぼうっと目を奪われていたひざしは、自分の肩に手を回し、支えてくれていたリーダーが迅速に情報伝達を行い始めたところでハッと意識を取り戻した。

ここはまだ戦場で、任務は完了していない。

見惚れている場合でも気を抜いている場合でもないのだと、慌てて気を引き締め直す。

チラリと隣を見やると、数秒前の自分と鏡映しのような閃走寺の姿が見え、ぽやっとしている頭を叩いて何とかこちら側に連れ戻してやった。

 

 

「簡潔な情報伝達に感謝します。こちらも別口から既に情報を仕入れてありますが、ヴィラン名は 『ガーヴィー』 というそうです。殺人や器物損害など、前科十五犯。個性は 『ストック』 。あのコブの数や大きさからして、貯蓄がまだまだありそうですね」

 

「はい。事前に蓄えていたと思われるものに加え、先ほど我々が放った攻撃を吸収してさらに大きく……」

 

 

申し訳なさげに言葉尻を小さくするリーダーを仮面越しに見ていた蒼良は、ふと周囲のプロヒーロー達に目をやり、それからひざしと閃走寺を探るように見つめた。

思わず背筋が伸びるインターン生二人を前に、怪しく微笑む狐面が斜めに傾く。

 

 

「失礼ですが、そちらのお二人は? 現在交戦中のヒーローはバスターユニオン所属の者と連絡を受けていたのですが、存じ上げないような気がして」

 

「ああ……彼らは今季、うちで引き受けているインターン生の二名です。こんな現場だと分かっていれば、連れてくることはなかったのですが……自分の采配ミスです。彼らは直ちに下がらせますので、あとは我々で――」

 

「いえ、そういうことであれば、ヴィラン制圧は私一人で十分です。相手が本当に一体のみとは限りませんし、バスターユニオンの皆さんは学生である彼らの護送に努めてください」

 

 

二人がまだ子供であると分かるや否や、蒼良は彼らに対する認識を保護対象へと改めた。

情報漏洩を防ぐべく、アズール事務所では原則として公安職員以外の立ち入りを上から禁止されている。

そのためインターンとは無縁なまま生きて来た蒼良は、「そういえばそんな行事もあったな」などと思いながら、今この場に居る全員に立ち退きを要求する。

学生を守るべきだという蒼良の主張はヒーローとして至極最もなものであり、これから行う予定の戦闘の目撃者を、なるべく減らしておくための建前でもあった。

 

先刻、咄嗟に放ったあの忍術は、多くのチャクラを必要とする消耗の激しい技だった。

あれだけで既に半分以上のチャクラを持って行かれてしまっている。

元々、技術や戦略で戦うスタイルの蒼良にとって、力でのゴリ押しは不向きなのだ。

敵方にはあれを再度放てるだけのストックがまだ相当量残っており、正面衝突で対抗していては、蒼良のチャクラが先に底をつく可能性が高かった。

 

工夫を凝らして効率的に対処していきたいものの、個性『蒼翼』で通している手前、蒼良があまりに規格外の戦闘スタイルを取れば、きっと怪しまれてしまう。

そんな事情も相まって、観客は少なければ少ないほどありがたいというわけだ。

 

 

「しかし、お一人でとなると……!」

 

「不安に思われるのは、私が得体の知れぬヒーローだからでしょうか。先程の光景を見てもまだ、私の能力を信じられませんか?」

 

 

沈黙が流れた。

天災さながらの破壊を生み出した女にそんなことを問われては、異論を唱えることが出来る者など居るはずもない。

 

 

「いいや、アズール。俺はまだやれます。……俺はきっと、いいや、絶対に役に立つ……ッ!」

 

 

いいや、ここに一人だけいた。

己を奮い立たせるように声を張り上げた閃走寺に顔を向け、ひざしはこいつマジかよと開いた口が塞がらなかった。

 

 

「手が震えてる。脚に力が入ってない。無理しなくていい、貴方はここから逃げていいの。貴方はまだ学生で、子供なんだから」

 

「違う……! これは武者震いです! 俺だって一人のヒーローなんです! 貴方ほどの力はなくたって、居ないよりはきっとマシなはずだッ!」

 

「強がりと強さは違う。ヒーローだって逃げていいの。ここには今私が居て、貴方を保護すると宣言した。だから貴方はもう、甘えて頼って逃げていい」

 

「それでも……ッ!」

 

 

蒼良の言葉に気勢を削がれて口を噤み、しかしまだ諦めずに言葉を発そうとしている様子の閃走寺の肩を、ひざしが掴んだ。

 

 

「もうやめとけ、閃走寺。お前が食い下がるだけアズールの迷惑になっちまうのが分かんねぇのかよ。蛮勇を勇気と履き違えるのは、あまり賢いとは言えないんじゃねぇのか?」

 

 

ひざしの忠告に、閃走寺が唇を噛む。

しかしどうやら説得には成功したようで、大人しくなった彼含め、皆が蒼良に背を向けて場を離れようとしたまさにその時――

 

 

「伏せて――ッ!!」

 

 

余裕のない叫び声。

それに呼応するように、ひざしの背に衝撃が走った。

青い羽が、その場にいた全員を飛行装置の上に容赦なく押し倒す。

しゃがみ込んだ彼らの頭上――音もなく、殺意だけを残して、何かが通り抜けていった。

 

背後、退路となるはずだった建物群には、ぱっと見大きな変化は見られない。

けれど今の一撃は、確かに『死』そのものだったと、誰もがそう感じていた。

先程まで猛威を振るっていたガーヴィーのエネルギー弾でさえ、生温かったと錯覚するほど――それほどまでに、濃密な絶望の匂いがした。

 

ひざしの肩が、小刻みに震える。

今度は、周囲のプロヒーローたちも同じだった。

息を詰まらせ、膝が勝手に笑うのを押さえ込んでいる。

 

視界の端、家々の壁に走る一本の線。

そこからふわりと立ち上っている煙のようなものは、攻撃の残滓だ。

しかしその斬撃の鋭さのあまり、家々は自分が斬られたことにすら気づけないまま、形だけがそのまま保たれているのだ。

 

心臓が暴れ出す。

もし、あれを避け損ねていたら。

今ここに転がっていたのは、七人分の『頭』と『それ以外』だったはずだ。

 

 

「各員、その飛行装置の出せる最高速度で逃げてください。それと、一つだけお願いがあります」

 

 

髪の毛の一本でも動かせば命を刈り取られてしまいそうな錯覚に陥り、呼吸の浅くなった彼らに向けて、ただ一人平静を保っている蒼良が、庇うように背を向けながら口を開いた。

 

 

「ヴィランは一体ではなく二体。ガーヴィーに加え、個性不明のヴィランを今もう一体確認しました。情報を更新し、さらなる増援要請を頼みます。連れてきていただきたいのは、最低でもNo.9。それ以下のヒーローでは足手まといです。可能であればオールマイトさんをお願いします。貴方がたが逃げ切るまではしっかりと守り切りますので、前だけを見て進んでください」

 

 

端的に早口で告げたかと思えば、返事も待たずに単身でガーヴィーに突進していく。

 

 

「あの……あれ、ガーヴィーの……肩に……」

 

 

プロヒーローの一人が、ガクガクと震える腕を伸ばした。

その指先の指し示す場所――ガーヴィーの肩に、先ほどまではなかったはずの人影がある。

その人影は全身を真っ黒なローブに包み、黒いフードを目深に被っているため、素顔どころか性別すらも分からない。

けれど、ローブの袖から覗く右手に握られている黒い刀を見るに、先ほどの攻撃を放った人物で間違いないと直感した。

 

遠くから見ているだけでも、背中に冷や汗が浮き出てくる。

場数を踏んだプロだからこそ、自分たちが今あの戦いに加勢したところで、絶対に届かないと感じる強さの隔たりを理解できる。

構えることすらなく佇んでいるだけの人間に、プロヒーローが圧倒されているのだ。

一体だけでも一つの街を危機に陥れたヴィランをアズールに預け、そのうえそれを上回るかもしれない厄災の出現を前にして、彼女に言われた通り、尻尾を巻いて撤退する以外に道はないと思わされるほどに。

 

 

 

 

 

 

敵陣に体当たりする勢いで飛行する蒼良は、空中で自身の翼の一部を用いて細身の刀を生成した。

青く脆いその刀は、風遁チャクラを流し込まれることで、万物を切り裂く名刀へとその本質を変える。

チャクラによる身体強化を施した肉体をもって柄を強く握りしめ、飛行スピードを緩めることなく蒼刀を驚異的な速度で振りぬいた。

 

 

「風遁・真空波」

 

 

中距離から、まずは小手調べの一手。

相手がこちらに仕掛けた攻撃とよく似た、目にも留まらぬ飛ぶ斬撃をお見舞いする。

万が一にもガーヴィーに吸収される事のないように、範囲を絞り、ローブのヴィランのみに狙いを定めた真空の刃が空を駆ける。

 

しかし斬撃が直撃する直前、ローブのヴィランが忽然と姿を消し、斬風は代わりに背後の建造物に吸い込まれていった。

数十秒前、敵方が為した破壊の痕とよく似た光景が生み出され、蒼良は街の襲撃に加担してしまった事実にやや慌てた。

 

消失した敵――それがガーヴィーの右肩から隣の建物に移動している姿を捉え、敵の情報を修正する。

敵は恐らく瞬間移動、もしくは身体強化の類の個性も持っているはずだと当たりをつけた。

 

想像の枠を超える敵の動きに怯むことなく、蒼良は凄まじい勢いで加速していく。

握る刃を縦に構え、飛行の威力を乗せながら、そのままローブのヴィラン目掛けて振り下ろした。

重さを増した蒼刀が、美しい刀筋を描いて敵の頭上に落ちていく。

無駄な動きの一切がない、最小限の迷いなき太刀筋。

 

ローブのヴィランは、頭上にかざした己の刀でそれを受けた。

飛び散る火花。大きく鳴り響く金属音。光を反射し揺らめく黒刀。

流麗ながらも苛烈な威力を秘めた蒼良の一振りに、動じることなく対応している。

 

拮抗して噛み合う刃に、仮面の下で蒼良はわずかに目を見開いた。

貫けないのだ。

風遁チャクラを纏った蒼刀で切り裂けないほどの硬度を、相手の刀もまた有しているという驚愕の事実。

加えて、これほどの打撃を受けてなお崩れ落ちることのないフィジカルの強さ。

掌に感じる手応えに、やはりこの敵は身体強化系の個性を有していると、確信に近い実感を得た。

 

互いに押し合う体勢の中、空中に浮かぶ蒼良が、敵のがら空きの胴体に向けて蹴りを放つ。

瞬間、恐るべき反射をもって身体を半回転させたローブのヴィランは、蒼刀を斜めにいなして弾き飛ばし、同時に蒼良の前蹴りをかわした。

 

開いた距離を詰めようと、一瞬の間も空けずに再び蒼良が斬りかかる。

狙うは首。手加減をしていい相手ではないと本能で感じた敵に向け、情け容赦など微塵もなく、有無を言わさずその命刈り取ろうと襲い掛かる。

踊るような連撃。洗練された鋭い刃は、驚くべきことに空を斬っていた。

肩透かしを食らった蒼良が、移動した気配を目で追うと、眼下の家屋の残骸の上――ローブのヴィランの姿がそこにあった。

また、消えた。

これほどの至近距離にいながら、その移動を肉眼で追うことができなかった。

 

 

「――――」

 

 

仮面の下、二つの丸い赤い光が仄暗く灯る。

その双眸に、漆黒の一つ巴が浮かび上がる。

実戦で用いた事など一度もない、新たな権能『写輪眼』を発動させ、ゆらりとその場で上体を揺らす。

 

風が鳴いた。

蒼良の身体が弾けるように空を割り、弾丸のような速度で急降下する。

刀が風を巻き、殺意を孕んだ一閃が迫る。

 

刀と刀がぶつかり合う。高く甲高い音が鳴り響く。

二本の刃は、止まることなくせめぎ合い、舞うように交差し続ける。

閃光が散り、空気が裂け、蒼と黒の影が場所を入れ替えながら、幾度となく衝突を繰り返す。

 

予め定められた演舞でも踊っているかのように、噛み合い続ける黒と蒼。

蒼い細身の刀は流水のようにしなやかで、けれど一撃ごとに痛烈な重みを宿している。

黒刀はそれを受け流し、あるいは自ら斬りかかり、寸分の無駄もない剣技で対抗してみせる。

それは、恐ろしいほどの殺意を含んだ美しさだった。

 

剣を交えるたびに、蒼良の中の警戒が強まっていく。

この力と技術は、かつての自分が命を削って手に入れたものだ。

だというのに、目の前の敵はそれと同じだけの技量を――否、それ以上のものを確かに備えている。

 

こんなものを野放しにしていては、いつか必ず取り返しのつかない事になると、脳が警鐘を鳴らしていた。

取り逃してはならない。

負けてはならない。

今ここで、必ず仕留めておかなければならない。

 

両者の間に余計な会話は何一つなく、互いの刀のみで言葉を交わす。

地を蹴り、壁を走り、薄水色の髪を泳がせながら、一撃が致命の傷となり得る斬撃を、角度を選ばず放ち続ける。

さりとて条件は向こうも同じ。

あの黒刀を一度でもまともに喰らえば、そこで勝敗が大きく傾くことを蒼良は理解していた。

 

しかし、恐れなど一つもない。

恐怖に足をすくわれたことも、激情に視界を奪われたことも、仲間を失って心を乱したこともない――感情と無縁に生きて来た蒼良の真価が、今まさに輝いている。

 

蒼良がつきっきりでローブのヴィランと対峙している間、ガーヴィーは再びのろまな歩を進め始めているものの、そちらにまで対応できるほどの余裕は流石に持ち合わせていなかった。

だが、蒼良がローブのヴィランと近接戦闘を繰り広げている限り、先ほどのようなエネルギー弾を発する気配は感じられない。

 

恐らく彼らは共闘関係にあるのだろう。

蒼良に大規模攻撃を向ければ自らの仲間まで巻き込んでしまう恐れがあるため、加勢しようにも出来ないでいるのだ。

結果として被害は歩行による建物倒壊程度に収まっており、これが現時点での蒼良の為せる最大限だった。

 

一進一退に見えた攻防は、静かに――しかし確かに、均衡を崩していった。

自らの死に対する本能的な恐怖を知らず、迷いを知らず、加えて写輪眼による優れた動体視力を持つ蒼良が、敵の攻撃の癖やパターンに慣れ始めたのだ。

技術では敵わない。だが、それを補って余りあるアドバンテージが、蒼良にはある。

始まった蒼良の猛攻に、ローブのヴィランは次第に防戦一方へ変わっていく。

 

だがその一方で、写輪眼の酷使はチャクラの消耗を著しく加速させていた。

視界の縁が薄暗く濁る瞬間がある。

吐き気にも似た不快感が胸の底に渦巻いていく。

しかし、蒼良はそれを錯覚だと切り捨てた。

今ここでこの能力を行使しなければ、それは『死』に等しいのだから。

 

刃が見える。次にどこに斬り込んで来るのか。

未来視に近い予測と解析で、うなりを上げて落ちてくる黒刀を回避する。

優位に立ったことで、戦況をより俯瞰的に見つめる余裕のできた蒼良は、刃を交えつつ背後の蒼翼を徐々に周囲に散らしていく。

三百六十度抜け目なく包囲したその瞬間、四方八方から蒼翼が敵を狙い撃った。

 

必然、逃げ場は上空のみ。

地面を踏み鳴らして大きく跳躍した敵の身体を、待ち構えていた蒼良が斬る。

相手はそれすらも見事に刀で弾いてみせたが、空中での分は明らかに蒼良にあった。

跳ね返された反動すら利用して、身を回しながら再度鋭い斬撃を振るう。

 

――獲った。

 

蒼良の両目が訪れる未来を強く確信したその瞬間、敵の身体は再び姿を消していた。

掴みかけた勝利が、またしても目前でするりとその手をすり抜けていく二度目の感覚。

休みなく続いた激闘に、高まり始めた心拍数、乱れた呼吸を整えながら、蒼良は背後を振り返る。

 

 

「……ワープ?」

 

 

小さく呟かれた独り言。

いつの間にか蒼良の後方に、ローブのヴィランが佇んでいる。

敵が消失する直前、突如その身体を包み込んだ時空の歪のようなモヤを、蒼良の写輪眼は捉えていた。

どうやら敵は、身体強化とワープ、二つの個性を有しているらしい。

 

情報を整理すると、つま先にチャクラを集約させ、地面をひび割る勢いで突撃を再開する。

スピードをさらに上げるのだ。

ワープする隙すら与えずに殺す。

単純明快な解決策ではあるが、それが最も手っ取り早い有効打であることに違いはない。

 

右に払う、下から抉る、真っ直ぐ突き上げ、一文字に裂いて、左袈裟へ斬り下ろす。

あらゆる角度の攻撃を見抜き、刀の腹で突きを防ぎ、落ちてくる刃を刃で受け止め、胴を狙って水平に飛んでくる斬撃を身を回していなす。

迫る黒刀を蒼翼で受け流し、反撃に転じていく。

 

加速、加速、加速。

脚に、腕に、黒い刃が掠ろうとも、致命の一撃に至らないものは回避しない。

無駄な動作を極限まで省き、スピードを増して追い詰めていく。

高速戦闘を維持するために大量のチャクラを瞬時に放出し続けているせいで、意識の輪郭が徐々にぼやけ始めている。

身体の末端が痺れ、視界に霞がかかり、指先の感覚が遠のいていく。

今の自分が、薄い氷の上を走っているような危うい状態であることを、蒼良は無感動に理解していた。

しかし蒼良にとって、身体の悲鳴とは切り捨てるべきノイズである。

 

交わす刃から伝わる動揺。

再び体勢を整えるつもりか、黒いモヤが敵の身体を包んでいく。

眼前、出現したそのワープゲートごと敵を叩き斬ろうと襲い掛かった蒼良は、今度こそ敵の命を刈り取った――と直感すると同時、その身体を前ではなく横に飛ばしていた。

膝に蓄えた踏み切りの力を無理に方向転換して爆発させてしまったため、受け身を取り損ねた蒼良は、ゴッ、ゴッ、と数度バウンドするように地面を転がり、足を踏ん張って勢いを殺して停止する。

 

顔を上げてローブのヴィランを注視した蒼良は、先ほどまで自分が立っていたはずの空間の前後を挟み込むように出現しているワープゲートを視界に捉えた。

恐らく、あれに向かって刀を振っていれば、背後にワープした自分の斬撃に背中を斬られていたはずだ。

 

 

「……何故、今のを避けられた?」

 

 

蒼良の回避がよほど想定外だったのか、もはや口が利けないのではと思えるほどに無言を貫き通していたローブのヴィランが、深く被ったフードの下から声を発した。

男とも女ともつかぬ、加工されたような機械音が蒼良に問う。

そんなもの、写輪眼による見切りと、経験によって培った死に対する嗅覚としか答えようがない。

しかし、任務中に無駄な会話をする道理などない蒼良は、彼の質問に答えることなく、蒼刀を捨て、無言でチャクラを練り上げ始めた。

 

チチチと千の鳥がさえずるように、青い光が蒼良の身体から漏れ出るように光り始める。

その音は次第にバチバチと攻撃性を増していき、同時に身体の奥底からチャクラが急激に吸い取られていく感覚が広がった。

チャクラが枯渇していくほど、身体が鉛のように重く感じられるのだと、蒼良は経験から知っていた。

残量が少ないチャクラを無理に引き出した反動が、ゆっくりと身体を内側から蝕んでいく。

光と音が一体となり、蒼良の身体を包み込んでいく様は、美しくも禍々しかった。

 

 

「その姿は……」

 

 

個性蒼翼の女の異常行動に、敵が思わずといった口調で小さくこぼした。

もちろん答える義務もなければ、敵がそれを聞く必要性もない。

雷電纏いて剛と迅を得る肉体大活性の鎧の威力を、どの道これから直ぐ、その身をもって知る事になるのだから。

 

足の裏から溜めたチャクラを爆発させ、再び蒼良は突進した。

武器は持たず、肉弾戦を選択した突然の戦闘スタイルの変更に、警戒した敵は正面、ワープの壁を構える。

それを写輪眼で捉えた蒼良は、急激な方向転換でワープゲートに触れる前に回避。

近づいては離れ、位置取りを変えてまた突撃を繰り返す。

正面から、背後から、右から、左から、上空から。

 

体内に迸る雷が神経伝達のスピードを上げ、蒼良のスピードは増す一方だ。

蒼良は今、自分の目と身体をその超スピードに慣らしている。

雷遁チャクラを身に纏い、身体を活性化させる忍術は、破壊力とスピードが増大する一方、移動スピードが速すぎて相手のカウンターを見切る事が出来ないという欠陥を抱えた技だった。

それ故、蒼良はこの技を実戦で使用したことは一度もない。

けれど今。写輪眼を開眼させた今となっては、その欠点ももう過去の話だ。

 

戦闘力が著しく飛躍したこの状態を維持できる時間には限りがある。

自分が死ぬか、相手を殺すか、この戦いにそれ以外の終わりは見えない。

もちろん死ぬ訳にはいかないと理解しているが、己の強さを俯瞰的に把握できている蒼良は、それを気負うような事もなく、至って冷静に思考していた。

 

正面と見せかけ、敵の背に回る。

僅かな気配の残滓を追い、頭だけでも背後を振り返った相手の動体視力も相当なものといえるだろう。

しかし、蒼良には届かない。

 

 

「こっちだよ」

 

 

死角から再び正面へと滑り込んでいた青い影が、敵の腹部に拳をぶち込む。

ただの突きではない。

雷遁チャクラという名の強固な鎧を纏った固く重たい一撃だ。

 

敵の身体が恐ろしい勢いで吹き飛んでいく。

空中に浮いたまま地面と平行に飛んで行く身体を追いかけ、追い越した蒼良が迎え撃つように蹴りを放つ。

つま先が背にめり込み、一瞬止まったかのように見えた身体は、次の瞬間、爆発するように方向を反転して風を切る。

 

地面に手を突き、スピードを殺そうともがく敵の頭上。

蒼翼を広げて急降下した蒼良が、その頭を掴んで躊躇なく地面に叩きつけた。

 

もうもうと立ち込める土煙から距離を取る蒼良。

大きく窪み、地形の変わった大地の中心。

そこで地に伏していた身体がのそりと起き上がる。

 

 

「……もしかして、人間じゃないの?」

 

 

腰骨は確実に折れるほどの打撃だったはずだ。

内臓の損傷も免れなかったはず。

そして、極めつけは最後の一撃だ。

あれを受けて全くの無傷なわけがない。

死んでいないのが不思議なくらいだ。

 

 

「それは私の台詞だろう。お前も大概、人間とは思えない」

 

 

言いながらローブに付いた泥をはたくと、敵はフードを指先でつまみ、ゆっくりと後ろへ払った。

現れたのは素顔ではない。

仮面――蒼良のそれとどこか似た雰囲気を持つ、獣を模した意匠だった。

 

 

「貴方は、誰……?」

 

 

蒼良の問いかけに、ローブのヴィランがかすかに笑ったような気配を見せた。

その笑いには、ただ不気味な愉悦だけが滲んでいる。

 

 

「――死柄木 弔」

 

 

その声は、呪詛のように空気を震わせた。

蒼良はそれを一度頭の中で反芻すると、鋭く目を細めながら言葉を紡ぐ。

 

 

「覚えておく。死柄木 弔――貴方の墓石には、その名前を刻んであげる」

 

 

言い終えるや否や、応答を待つ間すら与えず、蒼良は動いた。 

空を裂くようにその姿が閃いた瞬間、死柄木の顎が跳ね上がる。

咄嗟の反応すら封じる速度。衝撃音が、視覚の数テンポ遅れで追いついてくる。

 

宙へ浮かぶ死柄木の身体が、雷鳴のような連撃に呑まれる。

空中を右へ下へ上へ斜めへと弾かれ続ける彼の目に、速すぎる蒼良の姿は見えていない。

死柄木が焦りから繰り出すワープゲートも、蒼良には意味を成さなかった。

軌道を読み、先回りし、すべての逃げ道を潰し、逃亡を許さない。

 

しかし、その拳をぶつける度、蒼良はある違和感を確信へと変えていく。

――これは、ただの肉体ではない。

死柄木の全身を覆うのは、異質な『硬さ』だった。

それは硬化の個性を思わせる、無機質な冷たい感触。

拳は確かに彼を捉えているが、手応えがその奥に届かない。

まるで、無数の拳が虚無に吸い込まれていくようだった。

 

だがそれは、手を止めていい理由には成り得ない。

狙いを一点、急所である首に定めて集中的に打ち込んでいく。

破壊の蓄積は、強固な装甲をも剥がすはずだ。

 

やがてそこに一筋のき裂が生じた瞬間、蒼良は肘をくの字に曲げ、その一点を挟み込んだ。

直後、死柄木の身体ごと、住宅街へと叩きつけるように突撃していく。

コンクリート、鉄筋、壁、天井――連なる建造物を串刺しにしながら駆け抜ける。

 

崩壊していく建物に気を配る余裕もなく、蒼良は勝負を急いでいた。

生命の底に沈むチャクラが、あとどれだけ自分を支えてくれるのか、蒼良には分からない。

それなのに、この戦いが終わってもまだガーヴィーが残っている。

時間がなかった。

ガーヴィーが次の街に到達するのが先か、住民が避難を終えるのが先か。

その分岐点に立たされている今なお、増援が来る気配もない。

 

手応えはあるのだ。

硬化の表面に、確かに亀裂が走った。

血が滲み、死柄木の呻きが耳元に漏れる。 

さらに速度を引き上げると、骨が軋む音が届いた。

内部から肉体が崩れ始めていると確信した。

 

いま、ここで終わらせる。

蒼良は全霊を込め、渾身の一撃を首元へと叩き込む。

質量と速度、意思と力が一点に収束する。

あと少し。ほんの少し。もう少しで――。

 

――ボコッ。

 

突如破壊の音に紛れた、場違いな響きを蒼良の耳が拾いあげた。

音の聞こえた方、ガーヴィーへとその視線を向けた蒼良は、その背に浮かぶ丸いコブを見て目を見開く。

標的はこちらではない。

ではなぜ奴が再び攻撃態勢に入ったのか。

 

その進路の先を目で追い、理解した。

人が居る。

いつの間にか、もう隣町が見える距離まで移動してきていた事に蒼良はようやく気が付いた。

 

――パキュッ。

 

コブの割れる音。

あまりの光量に白む視界。

けれど、蒼良の写輪眼にはその光景が鮮明に映っていた。

 

逃げ遅れた十数名の大小まばらな人影に、エネルギー弾が放たれた。

距離があるためか、狙いはやや上方に逸れている。

直撃は免れた。

けれど、その過程で倒壊した家が、ビルが、なだれ込むように落ちていく。

彼らの頭上に、重たい瓦礫が降り注ぐ。

 

――駄目だ、助からない。

 

助けられないのではなく、助けない。

その結果あの瓦礫に押し潰されて、彼らは皆息絶えるだろう。

けれど、ここで失う十数人の命と、目の前の死柄木にとどめをさし損ねる事で将来的に失われるであろう命の数を天秤にかければ、優先すべきは何なのかおのずと答えは見えてくる。

 

尊い犠牲に目を瞑り、目の前の敵にのみ集中する――そう割り切ったはずの蒼良の身体は、その理屈に反してその場を離れ、飛び出していた。

死柄木を捨て置き、瓦礫の雨に猛スピードで突っ込んでいく。

 

優先すべきは彼らではない。

頭では分かっている。

それなのに、蒼良は止まれなかった。

 

だって、そこにある人影の内の一つ。

今にも瓦礫の下敷きになりそうな彼が、友人とも知人ともつかぬ、蒼良が好感を抱く青年――相澤消太その人だと、気づいてしまったのだから。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。