暗部の忍が転生して公安ヒーローになる話   作:ぴのっきお

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がんばれショータ

 

 

「おっ、元気いいなぁ保育園軍団! お散歩か?」

 

 

ぷかぷかと浮遊する雲の上、歩く速度で低空飛行していた朧は、「乗せて乗せて~」と駆け寄ってくる園児たちにニッカリと笑顔を振りまいた。

その隣を歩いていた消太は、園児たちを引き連れていた保育士の女性にペコリと頭を下げ、親友が子供の相手をしている横で礼儀正しく挨拶を交わす。

 

二年A組白雲朧。

ヒーロー名『ラウドクラウド』。

個性は(クラウド)

大小さまざまな雲を作り出し、その上に乗って空中を自在に移動することが可能。

 

同じく二年A組相澤消太。

ヒーロー名『イレイザーヘッド』。

個性は抹消。

凝視している間、視た者の個性を抹消できる。

 

そんな二人がこの夏インターン先として引き取られたのは、オフィスパープルレボリューション。

厳つい顔と肉体、そして乙女の心を持った強烈なヒーローことハイネス・パープルが運営するヒーロー事務所である。

三年生の香山睡ことミッドナイトも昨年からインターン生としてこの事務所の世話になっており、今回二人は彼女の紹介という形で受け入れを承諾してもらったのだ。

 

ハイネス・パープル、ミッドナイト、ラウドクラウドと三者三様にパワフルな彼らが今期のインターン実習でも着実に活躍している中、消太だけはまだ思うような結果を残せていない。

 

顔が暗い。余裕がなさそう。内なる自信を花開け。

と、ハイネス・パープルから口酸っぱく言い聞かされてはいるものの、人の性格はそう簡単に変わるものではないし、ヘマをして敵を取り逃がしておきながらヘラヘラ笑っているのもいかがなものかと考えてしまう。

『失敗した時ほど笑って平常心を保つんだよ』と、いつだって明るい朧に助言をされた時は、やっぱりこいつはすごい奴だとこっそり感心したものだ。

 

そんな消太の親友は、今日も今日とて明るく元気だ。

パトロール中に顔見知りになった園児たちにもすっかり懐かれ、名前までバッチリ覚えられてしまっている。

群がる子供たちを一人一人抱き上げて雲に乗せる朧を見守りながら、はしゃぐあまり落下しそうになる園児の背を支えて消太がサポートする。

 

 

「こら危ない、落ちるぞ。あ、待て白雲。出発前にまずは安全確認だ。曲がり角は特に注意しろ」

 

 

先頭に立って左右を確認する消太に、笑顔の朧が声をかける。

 

 

「ショータはよく気が付くなぁ」

 

「お前が雑なんだよ」

 

「子供の世話する仕事とか向いてるかもな。保育士さんとか学校の先生とか」

 

 

頭や背にわらわらと園児を乗っけながらそんなことを言う朧に、「それはお前の方だろ」と呆れて返す。

 

 

「俺は子供に好かれるタチじゃない」

 

 

好かれているのは、どう見たって朧の方だ。

子供という生き物は皆臆病で怖がりで、だからこそ消太のような陰気臭く口数の少ない男よりも、朧のような溌溂とした優しい人間を好むものなのだ。

そんな事を考えていると、そう言えば例外が一人いたなと消太は不意に思い出した。

瑠璃川蒼良。

あの子だけは出会った時からやたらと肝が据わっていて、怯える様子など微塵もなかった。

今となっては、そんな彼女の弱さを消太は少しだけ知っているけれど。

 

 

 

 

 

 

 

「ばいばいラウド~!」

 

「ばいば~い!」

 

「おう! またな~!」

 

 

園児たちの散歩コースと消太たちのパトロールコースの分かれ道で、雲から下りた子供たちがキャッキャと嬉しそうにこちらに両手を振っている。

雲に乗って運ばれるという貴重な経験がどうやら相当楽しかったようだ。

手を振り返す朧の隣で、消太が再び向こうの保育士にペコリと頭を下げていると、「イレイザーヘッド!」と名前を呼ばれた。

顔を上げると、園児たちが満面の笑みでこちらを見ている。

 

 

「イレーザーヘッドもまたね!」

 

「また遊んでね!」

 

 

無邪気な呼びかけに思わずふっと口角を上げながら、片手を小さく振り返した。

隣で「ほらな! お前も好かれてる」と親友が消太以上に嬉しそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ショータはさぁ、色々気が付くから逆に考え過ぎるんだよなぁ。そんで、自分で先回りして無理だって思い込んじまう」

 

 

再び二人に戻ったパトロールの道中、雲の上で胡坐をかいて座る朧が腕を組みながらふと口にした。

指摘された内容に心当たりがあり過ぎる消太が何も言い返せず押し黙っていると、「けど!」と朧が力強くこちらを見る。

 

 

「その気になればお前は何だってできると思うぜ!」

 

「何だってって……保育士さんとか先生とか?」

 

「そーそー、そういうやつも全部な」

 

「適当言うなよ」

 

「マジだって!」

 

 

雑談交じりに歩いていると、首に巻き付けた消太の捕縛布の中――正確には、その中に突っ込んでいた携帯端末から着信音が鳴り始めた。

 

 

「ん……? 俺か」

 

「出てみろよ。緊急の連絡かも。誰からだ?」

 

「香山先輩からだ。何の用だろうな……」

 

 

消太は呟きつつ通話ボタンを押し、端末を耳に当てた。

その瞬間、息つく間もないほどに切迫した声が飛び込んでくる。

 

 

『相澤くん! 付近の市民をすぐに避難させて! 凶悪なヴィランが市内へ迫ってるわ!』

 

 

彼女は緊迫感溢れる声で一気に状況を伝えてきた。

相手は前科十五犯の大型ヴィラン・ガーヴィー。

その個性の詳細に加え、現在バスターユニオンの集中砲火をも凌ぐエネルギーを蓄積しているということ。

さらには隣町からこちらへ接近中で、生体反応を察知次第エネルギー弾を発射する可能性があるということまで。

傍で話を聞いていた朧と消太の表情が、同時に青ざめていく。

 

 

「まずいぞ、さっきの園児たちが……!」

 

「ああ、ちょうど隣町の方へ向かったはずだ! 急げ!」

 

 

未就学児の短く遅い脚では、避難も大幅に遅れてしまうだろう。

しかし、ここには朧が居る。

こういう時にこそ個性クラウドはその有用性を発揮するのだ。

 

合図は要らない。

消太が朧の雲の上に飛び乗ると、二人揃って元来た道を一目散に引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー! ラウドがまた来たー!」

 

「イレイザーもいるよー!」

 

 

走ってもいないのに心拍数が上昇し、額から汗が滴り始めたころ、二人はようやく先程の園児たちに追いついた。

 

 

「ヴィランがこちらに向かっています! 子供たちを早く雲に!!」

 

 

引率の保育士に早口で説明を済ますと、二人で次々と子供たちを抱き上げていく。

周囲を慌ただしく人々が駆け抜けていき、そんな緊迫した雰囲気に追い打ちをかけるようにポツポツと弱く上空から降り出した雨。

しかし、『こんな時こそ笑顔で』をモットーに掲げる男は強い。

 

 

「よーし皆! 元気に非難だ! 押さない・駆けない・喋らない! ちゃーんと守ってついて来いよー!」

 

 

先程までは消太同様に不安げな顔をしていたくせに、子供たちを視界に映すなり明るい笑顔に戻った朧を、やっぱりすごい奴だと思う。

ヒーローとは混乱の渦中にある市民に希望を与える存在でなければならない。

救われるべき人々に自分の不安を押し付けてはならない。

消太の親友は、ハイネス・パープルが以前言っていた言葉通りのヒーローだ。

 

 

「迷子にならないように前だけを見て!横に居る友達と手を繋いで! 大きな声は出さないように!」

 

 

消太も子供たちに声をかけ、後ろを振り返らないように視線を集める。

流石は大型ヴィランと言ったところか、まだ距離はあるもののその姿はもうこちらから視認できている。

進行による街の破壊以外には目立った動きはしていないが、その周囲でやたらと激しい物音がしたり、それに伴って土埃が上がったり、建物が倒壊したりと説明つかない謎の現象が生じているのが気がかりだ。

あんなものを子供たちが見てしまったら、恐怖のあまり泣き出して収拾がつかなくなってしまうかもしれない。

 

 

「――イレイザーヘッド! ラウドクラウド!」

 

「その声は……社長!?」

 

 

こちらの撤退速度よりもヴィランの大きな一歩が生み出す進行速度の方が早いのではないかと焦り始めていた消太たちの前に、一人の男が華やかに舞い降りてきた。

一本のバラを口に咥え、風に舞う黒髪のポニーテール、逞しい胸毛、そして独特なチョビ髭。その男は皆が敬愛する熱血社長、ハイネス・パープルその人だった。

 

 

「ここは任せなさい! アタシが時間を稼ぐわ、その隙にあなたたちは子供たちをもっと遠くへ!」

 

 

凛々しい声で指示を出すと、社長は躊躇なくヴィランに向かって突撃していく。その背中に滲む覚悟と闘志に迷いはなかった。

追いかける権利も引き留める権限も持たぬ二人は、遠ざかっていく社長の背をぼうっと眺めているわけにもいかず、再び前を向いて走り出す。

 

しばらくして、背後で強烈な閃光が弾け、思わず二人は振り返った。

社長に向かってエネルギーの塊が猛然と飛来していく光景。

彼はそれを咄嗟にかわしたものの、衝撃波に巻き込まれて近くの建物へと激しく叩きつけられた。

その後ピクリとも動かない社長を見て、消太の全身が凍り付く。

 

しかしその身を案じる暇すらなく、敵の攻撃がもたらした激しい震動が街を容赦なく襲い始めた。

辺り一面に轟音が響き渡り、ビル群が次々と音を立てて崩れ落ちる。

まるで世界の終焉を告げるかのように無数の巨大な瓦礫が空を覆い尽くし、逃げ場を失った消太たちの上に降り注いでくる。

 

 

「あ……、」

 

 

子供たちの引き裂かれるような悲鳴が消太の鼓膜を貫いた。

それなのに身体は動かない。

どうすることもできず呆然と立ち尽くす消太の耳に、突如として力強い声が届く。

 

 

(クラウド)――!!」

 

 

勇ましい友の叫びに、心が震えた。

子供たちの頭上、朧の声に呼応するように巨大な雲が出現する。

降り注ぐ瓦礫は厚い雲の防壁によって跳ね返され、子供たちは奇跡的にその庇護の下に守られている。

 

 

「ショータ! お前も早く雲の下に――!」

 

 

けれど周囲の人間を守る事ばかりに意識を奪われていた勇敢なヒーローは、自分を保護することにまで思考を割く余裕を持っていなかった。

消太の眼前、一瞬だけ煌めいた希望が容易く絶望へとその色を変えていく。

 

 

「白雲! 上だッ! 避けろ白雲ォ!!」

 

 

前方から必死の形相で駆け寄ってくる消太を見て、朧はふと空を見上げてみる。

しかし視界いっぱいに広がる瓦礫が邪魔をして、空はもうどこにも見当たらなかった。

 

一度に出せる雲の量には限度がある。

そして余力はもう残っていない。

子供たちの上から雲を消し去る事など出来るはずもない。

何より、もう何もかもが間に合わない。

 

それを分かっていてこちらに手を伸ばす友を視界の端に捉えながら、お前は来るなと心で呟く。

――お前は生きて、子供たちを守らなきゃいけないんだから。

 

固く目を閉じ、迫りくる瓦礫の衝撃を覚悟したその刹那、予期しない方向から強烈な衝撃が朧を襲った。

 

 

「おわああああ――ッ!?」

 

 

訳も分からず悲鳴をあげながら、朧の身体は凄まじい勢いで横へと吹き飛ばされていた。

ともすれば肌が裂けてしまいそうなほどの風圧が顔面を歪ませ、視界はぐにゃりと揺れ乱れる。

瓦礫に押し潰されることは免れたが、このままの勢いでは別の惨たらしい最期を迎えることになりそうだ。

 

パニックに陥り、絶叫が喉から途切れることなく漏れ続けていたその時、不意に朧の視界を青い何かが覆い隠した。

猛スピードで流れていた景色が突然途切れ、直後に重たい第二の衝撃を感じる。

ガリガリとコンクリートが削れるような破壊音。

それと同時に徐々に速度が緩やかになり、ついには完全に停止した。

 

 

「え……俺、生きてる……?」

 

 

視界から青が離れていく代わりに、朧の瞳に映し出されたのは、狐面を被ったヒーローだった。

 

 

「生きてると思う。でも、打撲と脳震盪が生じた可能性は否めない」

 

 

朧を姫抱きにしたままのヒーローが、勢いを殺すためにコンクリートに突き刺したままの両足を、片方ずつ引き抜きながら申し訳なさそうに面を傾けた。

 

 

「……ごめんね」

 

 

朧の腰と膝の裏に回された細い腕。

この身体のいったいどこにそんな力を秘めているのかと驚いてしまうほどに安定した腕力で朧を支えていたヒーロー――蒼良は、彼をそっと地面に下ろした。

 

 

「あ、ご丁寧にどうも……」

 

「どちらかと言えば、かなり雑な救出方法だったと思う」

 

 

そう言って、再度「ごめんなさい」と謝罪を口にする蒼良の隣。

平静を取り戻した朧は、蒼良の白いコスチュームにじわりと滲み広がる血の赤に目を奪われた。

 

 

「あ、あの……アズールさん、それ、血……」

 

 

さっきの乱暴な救出方法が原因だろうか――いや、それにしては不自然に出血が多い。

狼狽える朧の視線に気づいた蒼良が、淡々とした声音で告げる。

 

 

「気にしないで。それより、自分の身体の方を確認しておいて。今は自分を優先し――」

 

「おい、白雲ッ! 危機一髪助かったからって気ぃ抜いてる場合じゃないぞ! それにお前……、アズール…ッ! 何でお前がこんな所に居る!?」

 

 

焦りの混じった声を背中に受け、蒼良が後ろを振り向くと、消太がこちらへ駆けてくるところだった。

それはこちらの台詞だと蒼良が口にするより早く、焦燥に表情を歪めた消太は、蒼良の細かな傷を見つけた。

 

 

「アズール……お前、その手と足、血が出てるじゃないか」

 

 

手首や太腿、服に覆われている場所でさえも惨たらしく滲む赤。

そのあまりの傷の多さに、消太の胸が軋む音がする。

 

 

「大したことじゃない」

 

 

蒼良は軽く言い放つが、その痛みが小さいものではないことくらい、消太にだって容易に察することができる。

一瞬眉を顰め、何か言おうと口を開きかけた消太だが、今はそれを追及する時間も余裕もない事を思いだし、口を噤んだ。

 

 

「そんな事より、どうして消太くんがここに居るの。家も学校もこの辺じゃないよね? ちゃんとニュースを見てなかったの? 今だって、私が居なかったらどれだけ危なかったか分からないよ。それにそもそも――」

 

 

消太が黙ったのをいいことに、突如くどくどと説教垂れだした蒼良を見て、朧は目をまん丸に見開く。

年末に映像で見た彼女の印象、ネットで噂されている彼女の実態、そして短い間ではあるが実際に彼女と接してみた結果を総合して、朧は蒼良に対して必要最低限の言葉しか口にしない寡黙な女性だという認識を持っていた。

それがどうだ。

朧の親友を前によく回る彼女の口は、それほど彼女が消太に対して強い思い入れを抱いている事を証明していた。

 

 

「やだ……! もしかしてショータってば、めちゃくちゃ愛されてんじゃない!?」

 

「俺とこいつはインターンの真っ最中で、ちょうどこの辺りが管轄区だったんだ。逃げ遅れた市民の避難誘導をしてて……アズールの言う通りだよ。お前が来てくれなかったら、本当に危なかった。白雲を助けてくれてありがとう」

 

 

両手で口元を覆い、乙女チックなポーズで盛り上がる朧を完全に無視し、消太は彼の後頭部を掴んで共に頭を下げさせた。

対する蒼良の反応は鈍い。

仮面の下で一度口を開いたものの、そこから出たのは僅かな空気だけだった。

 

蒼良は最初、彼らを見捨てるという選択をした。

今こうしてここにいるのは、結果として彼らが助かったのは、集団の中に消太の姿を見つけたからだ。

消太を失う可能性を、耐え難いと感じてしまった。

 

私情だけで動いた蒼良は、道具としてもヒーローとしても失格だった。

非情になり切れず、完全なヒーローにもなり切れない中途半端な自分。

その存在意義や価値が見出せず、蒼良の心は困惑していた。

 

しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

目の前には緊急の事態が迫っている。

蒼良は揺れる思考を強引に頭の隅へ追いやり、意識を再び目の前の状況に集中させた。

 

 

「……そういう事情だったんだね。よく知らないで、いきなり責めるようなことを言ってごめんなさい。あとは私に任せて、二人は引き続き子供たちの避難誘導をお願い」

 

「後は任せろって……ここにはプロヒーローはお前しか居ないんだろ? あんな奴、お前一人に押し付けられるか。白雲、避難誘導はお前に任せた。俺はアズールとここに残る」

 

「ええっ!? んな勝手に……! プロヒーローの命令無視って、結構ヤバいんじゃねぇの!?」

 

「彼の言うとおりだよ、消太くん。私は今、アズールとして命令してるの。指示にはちゃんと従いなさい」

 

 

キッパリと消太を突き離そうとする蒼良の口調は、言いつけの守れない子供を叱る親のそれだった。

そんな彼女の態度に、消太は不満げに眉を顰める。

 

 

「そういうお前は俺を今、イレイザーヘッドとして見てるのか?」

 

 

痛いところを突く一言だった。

蒼良は今、消太を危険から遠ざけたいという私的な感情に囚われている。

返す言葉を探す間もなく、消太は畳みかけるように続ける。

 

 

「お前が俺に言ったんだろう? 俺の個性は、最悪の戦況すら覆せる力だって。俺のネガティブは、思考能力が高い事の裏返し。俺の力はチームプレー向きで、仲間を支えるのに向いている。そして俺はきっといつか良いヒーローになるはずだって、お前が言ってくれたんだ」

 

 

確かにそれらは紛れもなく蒼良が消太に告げた言葉たちだ。

慰めるための綺麗ごとではなかった。

蒼良が感じたままの素直な気持ちだった。

 

 

「でも――」

 

「お前は俺を高く評価してくれてる。それなのに、どうして俺を使おうとしない?」

 

 

理由は明白だ。

消太を危険に晒したくない。

けれど、そんな言葉で彼を納得させられるはずがない。

説得するための言い訳を探そうと、力んだ蒼良が拳を握り込んだその直後、頭上から押し寄せる斬撃に反射で身体が動いていた。

電光石火の速度で作り上げた蒼刀が閃いたと同時、空中で二つの刃風がぶつかり合って相殺する。

 

蒼良が走らせた、いっそ芸術的なまでに鋭い刀の軌跡を、二人の高校生は目で追う事が叶わなかった。

それなのに、踏み込みの威力、足捌き、身体を操るバランス感覚、そのどれもが彼女の卓越した技量をヒシヒシと二人に実感させた。

 

 

「えっと……何、今の……? ごめん、速すぎてちょっと何が何だか……」

 

 

たった今自分が攻撃を仕掛けられた事、それを蒼良が防いだ事は辛うじて理解できているものの、状況について行けない朧が珍しく弱気な声を漏らす。

 

 

「……上だ、白雲。ヴィランはガーヴィーの他にもう一体居たんだよ。さっきガーヴィーの周囲が騒がしかったのは多分、あいつのせいだ」

 

 

半壊した建物の屋上に立つ、ボロボロの黒フードに身を包んだヴィランの姿を消太が鋭く捉えている。

その冷静で迅速な状況分析に蒼良は心の中で感心しながらも、自身が如何に困難な選択を迫られているかを理解していた。

先ほど仕留め損ねたヴィランには、まだ戦える余力が残っている。

戦闘不能、もしくは撤退にまで追い込めただろうと踏んでいた蒼良は、自身の考えの甘さを痛感させられた。

 

 

「アズール、正直に答えてくれ。俺は自分の『抹消』が、対ガーヴィーにおいての切り札になり得ると考えてる。お前はどうだ?」

 

「……私も、そう思う」

 

 

武者震いか、それとも恐怖か。

蒼良の返答に短く身体を震わせた消太が片方の口角を勇ましく持ち上げるのを見て、蒼良は初めて彼を小憎らしいと感じた。

けれど、思い通りに動いてくれないそんな彼を、その何倍も好ましいと感じるのだから頭が痛くなりそうだ。

 

 

「消太くん」

 

 

アズールからイレイザーヘッドへ、ではなく。

瑠璃川蒼良から相澤消太へ。

 

 

「本当に危険だと感じたら、為す術がないと分かったら、自分を第一優先にして逃げるって約束してほしい」

 

 

雨に打たれる小さな猫を、救えないはずの命をそれでも救おうと足掻いた彼が、自分以外のその他全てを捨てて逃げる事など出来る訳がないと分かっているけれど。

 

 

「……分かった。約束する」

 

 

やや間があって頷いた嘘つきな青年と、その隣に立つ彼の友達二人に向けて、蒼良は右の掌を向けた。

そこからピョンと跳ねるように飛び出したのは、薄水色の半透明なクラゲの形をした何かだ。

驚いて思わず後ずさった二人の腕に、二匹のクラゲがそれぞれしがみついている。

 

 

「アズール、これはいったい……」

 

「詳しく説明してる時間はもうない。でも、悪い物じゃないのは確かだよ。どこでもいいから、戦闘中は必ずそれを身体の一部に触れさせておいて。きっと役に立つ」

 

 

もう残り少なくなっているチャクラを練って作り出した医療用の水海月は、ちょっとした擦り傷程度であれば怪我を負ったと同時に治癒が可能なうえ、体力回復・毒耐性などの付与効果まである優れモノだ。

消太と、消太の友達である朧――どちらともがこの窮地から無事生還できるようにと願う、蒼良のせめてもの悪足搔きの形だった。

 

 

「……絶対に、死なないでね」

 

 

蒼翼を広げ、ふわりと浮かんだ蒼良の視線は、既に上方の敵だけに向けられていた。

ついにガーヴィーを託された消太は、背に重たく圧し掛かるような重圧と責任を自覚しながらも、自身を鼓舞するかのように「お前こそ」と白い歯を見せて気丈に答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし……やるぞ、白雲。俺たち二人で」

 

「おうよ、ショータ。気合い入れていこーぜ! こっからはお前が俺の指揮官だ。俺に出来る事なら何でも任せろ!」

 

 

自分よりも冷静沈着。なおかつ周りが良く見えている消太に、朧は躊躇なく自分の運命を委ねた。

その信頼に応えるべく頷いた消太は、今この場において最も優先すべきものを守るための命令を口にする。

 

 

「そうか、助かる。それならお前は引き続き園児たちの避難誘導に当たってくれ。ガーヴィーは俺が相手する」

 

「よしきた了解ッ!……ってちょっと待て!」

 

 

今なお厚い雲の下で恐怖に震えている子供たちの元へ走ろうとした朧は、その一歩目を踏み出すと同時に首だけ勢いよく振り返った。

 

 

「いやいやいや、二人で倒そうって流れだったじゃん今! お前一人であのデカいの相手する気か!? アズールは真っ黒なヴィランの方に突っ込んで行っちまったし、助けは期待できないんだぞ! 分かってんのか!?」

 

 

親友として、誰より近くに居る者として、朧は消太を高く評価しているし、その優れた能力を知っている。

彼の個性は抹消。

どんなヴィランが相手でも、生身の格闘に持ち込める強個性だ。

しかし、相澤消太には肝心な決定力がない。

物理的な肉弾戦で確実に勝利を収められるという保証がないのだ。

 

 

「そんなことは百も承知だ。アズールの助けなんて期待しちゃいない。あれだけカッコつけて自己PRしたんだぞ」

 

「じゃあ何! あいつ倒す戦略はもう思いついてんの!?」

 

「それは……うるさいな。これから思いつく予定なんだよ」

 

「んぐぁぁ~! 何だそれめっちゃ不安! 十秒で思いつけよ!」

 

「無茶苦茶言うな! さっさと子供たち連れて行けよお前は! ヒーローはどんな状況下であろうと市民第一だって教わっただろ!」

 

「ぐぬぬぬぅ……」

 

 

チラリと前方を見やった朧は、べそべそと顔を歪ませて泣きじゃくる園児たちを視界に捉え、痛まし気に眉を寄せた。

消太の言っていることは正しい。

自分が取るべき行動は一つしかない。

朧だってそれは分かっているのだ。

 

 

「……いいか、消太。お前は強い」

 

 

朧は一度目を閉じて、それから迷いを振り切るようにビシッと人差指を消太に突き出した。

 

 

「皆を守れるのはお前だけだ。大丈夫だ、お前はいける。お前ならやれる! 俺はちゃんと知ってるからな! お前は強いんだ、絶対に負けない!」

 

 

早口にエールをまくし立てると、朧は消太に背中を向けて走り出した。

子供たちを安全な場所まで送り届け、一分一秒でも早く親友の元へと戻るために。

彼を信じている。彼の強さを信じている。

大丈夫、きっと持ち堪えてくれるはずだと、自分自身に言い聞かせながら、朧は走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今、この場で動けるのは俺だけだ」

 

 

眼前、壁のように迫るガーヴィーが、自分の存在を認識したことに消太は気づいた。

改めて近距離で敵を見上げてみると、勝てるプランが何一つ湧いてこないのだから先程までの自分の無鉄砲さを思って薄ら笑いすら浮かべてしまう。

それでもせめて、子供たちが逃げる時間くらいは確保しなければ、蒼良にも朧にも今後合わせる顔がない。

 

 

「合わせる顔、ホントに無くならなきゃいいけどな……」

 

 

冗談にしても笑えない独り言をこぼしながらも、消太はひたすらに思考する。

敵の超出力の攻撃。

あれは直撃はもちろん破壊に巻き込まれるだけでも危ない。

個性をため込むだけでなく、増幅もしているのだろうか。

未知の個性を隠し持っている可能性だって捨てきれない。

 

――考えろ、考えろ、判断しろ、見極めろ。

 

思考すればするほど熱を持つ脳に火照る身体。

うるさいくらいに響く鼓動が、自分自身が酷く緊張し、恐れを抱いているのだという事実を消太に突き付けてくる。

それでもやるしかないのだと、ほとんど強迫観念のような思いで自分を奮い立たせようとする消太の脚元に、不意に何かが転がって来た。

 

ひょうたんのような形をしたそれは、消太も良く知る親友の私物――ラウドクラウドの無線機だった。

子供たちを引き連れ遠ざかっていく彼が、それをこちらに投げて寄越したのだと理解した時、朧の叫びが消太の耳をつんざいた。

 

 

『任せたぞ、ショータッ! お前なら絶対大丈夫だ!!』

 

 

続けざまに、『がんばれショータ! まけるなショータ!』と幼い子供たちの泣き叫ぶような声援までもが無線機から溢れ出し、消太は思わず笑ってしまった。

何だかまるで、自分が本物のプロヒーローにでもなった気分だ。

 

 

「そうだよな……、迷う事なんてないはずだ」

 

 

プロヒーローアズール、ラウドクラウド、二人の偉大なヒーローに「お前は強い」と言わしめた消太なのだ。

今この時までそんな自分を信じ切れていなかったのは、自分自身だけだったのかもしれない。

消太は一つ深い呼吸を落とすと、首元に垂れ下がっていたゴーグルを自身の目に押し当てた。

対象を目視することが発動条件となる消太の個性性質を考慮して、このインターン中に朧がプレゼントしてくれた大切なサポートアイテムだ。

 

――大丈夫、一人じゃない。俺の個性は弱くなんかない。

 

迷いを捨て、恐怖を振り払い、消太は瞬き一つせずガーヴィーへと突進した。

巨体の背に、ボンッと浮かび上がる球体。

その破裂を防ぐべく、消太はコブへと視線を向ける。

大きいだけでのろまな体躯を駆けあがり、空中に浮かんでいるコブを力強く蹴りつけた。

 

地面へと叩きつけられたコブは数秒後、消太が瞬きをしたタイミングで周囲に破壊をもたらした。

個性発動のタイミングをずらすだけでは不十分。

漠然と戦っていては、街への被害は増していく一方だと理解する。

 

 

「持てる力で最善の手を……! 最大効率の合理的対策を!」

 

 

対策一。敵の頭上に位置取って、コブを上に放出させる。

対策二。抹消によって不発化させたコブをさらに上方に蹴り飛ばし、安全な高さで起爆させる。

 

 

「よし……、よし……ッ! 出来る、やれる、俺だってちゃんと戦えて――」

 

 

――グシャ。

 

そんな音が、人間の身体から――ましてや自分の身体から発されるのを、消太は生まれて初めて聞いた。

学校の戦闘訓練で、肉弾戦をしたことは何度もある。

いつもやたらと突っかかってくる閃走寺などとは殴り合いに発展することもしょっちゅうで、体格的に不利な消太はその度に吹き飛ばされてきた。

 

けれど、今回ばかりは次元が違う。

荒れたアスファルトの上をザリザリと横っ飛びに転がりながら、消太は今、まるで煩わしいハエを叩き落とすかのような要領で、自分がガーヴィーに殴られたのだと気が付いた。

 

圧倒的な体格差。

この差を埋める対策は――対策は――対策は――、

 

 

「対策は……?」

 

 

呟いた自分自身への問いかけは、ヒーローには似つかわしくない、柔弱さを含んだ声だった。

左肩から脇腹にかけてが信じられないほど痛い。

打撲の衝撃と精神的なショックのせいか、呼吸さえ止まりそうに苦しい。

痛い、辛い、苦しい――違う。

もっと建設的な思考をしなくては。

この状況を打破するための何かを思いつかなくては。

 

 

「……大丈夫だ、幸いにも骨は折れてない。思考も正常。身体だってまだ動く」

 

 

痛みで上塗りされてしまいそうになる思考を止めないよう、意図的に言葉を発して自我を保つ。

 

 

「考えろ、見極めろ、判断しろ。今の俺に出来る事は何だ? さっき触れたあいつの皮膚は、硬くて頑丈そうだった。俺の攻撃じゃダメージは与えられそうにない」

 

 

――勝てない。

 

 

「練習中の捕縛布は……違うな、これも届かない。白雲だ。あいつが帰ってくるのを待って……違う。白雲は攻撃特化の個性じゃない。だったら……」

 

 

――勝てない、勝てない。

 

 

左肩を押さえ、表情を引き締め、よく回る舌。ガーヴィーから一瞬たりとも逸らされない視線。

こちらはまだ諦めていない。勝機はあるのだ。みくびるなよと必死に虚勢を張りながらも、脳裏をよぎる不穏な予感が加速していく。

 

 

「駄目だ、逃げるな。勝てなくても逃げるな……!」

 

 

少し離れた開けた場所では、蒼良が単身でローブのヴィランを抑えている真っ最中なのだから。

自分はそんな彼女の負担を、少しでも取り除いてやらなければならないのだから。

失敗なんてできない。逃げていいはずがない。

あの小さな身体に既に沢山のものを背負い込んでいる少女に、これ以上何一つも背負わせていいはずがない。

 

 

――勝てない、勝てない、勝てない、だけど、失敗は許されない。

 

 

頭の中で、危険を知らせるアラートが大音量で鳴り続けている。

落ち着け、落ち着けと何度自分に言い聞かせてみても、警鐘に掻き消されてしまい脳内が白く埋め尽くされていく。

危険が迫っている。敗北が近付いている。

だって消太は、どうしたってこのヴィランには勝てな――

 

 

「……う、わぁっ!?」

 

 

いきなり左半身に感じたヒヤリと濡れた感触に、消太の全身がビクリと跳ねた。

違和感を感じた場所へと目を向けると、先ほど蒼良が投げて寄越した謎のクラゲが左肩の辺りに移動して貼りついている。

 

 

「何だこいつ。いったい何して……」

 

 

疑問を最後まで口にしなかったのは、そのクラゲが触れている場所から、じんわりと痛みが引いていくことに気が付いたからだ。

薄水色のクラゲは、消太の回復と共に徐々にその姿を変えていく。

縮んでいるのだ。

理屈は分からないものの、クラゲが自分自身を消費しながら消太の治癒に当たっている事は明白だった。

 

 

「こんなサポートアイテム……聞いたこともないぞ」

 

 

自然の摂理を覆すようなこの超常現象は、もはや個性なくしては説明がつかないだろう。

しかし種々雑多の個性溢れる超人社会においても治癒系統の個性は珍しく、中でも医学を凌駕できるほどの強力な個性は、リカバリーガールの他には思い当たらない。

 

リカバリーガールこと修善寺 治与。彼女の個性は『癒し』である。

対象者の治癒力を活性化させ、重傷もたちどころに治癒できるが、その際傷に応じた対象者自身の体力が代償として必要となる。

そのため、重症が続くと体力を消耗し過ぎて死に至ることもあるらしい。

 

消太も雄英入学からの二年間、彼女には何度も世話になっているため、治療後の特有の疲労感や倦怠感には身に覚えがあった。

しかし、今はどうだ。

違和感の消えた左肩をグルグルと回してみる。

何不自由なく動かせる。

にもかかわらず、代償として何かを失った感覚はこれっぽっちもない。

 

 

「こんな能力があるなら、自分にだってちゃんと使えよ……」

 

 

よそ見などしている場合ではないのだが、隣の戦場へとつい視線を向けた消太は、全身を青い光に包まれながら恐ろしいほどのスピードで地面を、壁を、空を駆けぬけていく彼女を見た。

思わず見惚れてしまうほど美しく、それでいてこんなにも頼もしい背中など他にはないと、そう思った。

 

 

「……何者なんだろうな、本当に」

 

 

苦笑が漏れる。

あれはどう見たって個性『蒼翼』の戦い方ではない。

異様な速さ。技巧。破壊力。

その何もかもに圧倒される。

 

胸に巣食う負感情ごと深く息を吐き出して、肺の中身を空にした。

鼻から息を吸い込んで、腹を膨らませる事を意識しながらゆっくりと呼吸を整える。

自分の心音が落ち着いたリズムを取り戻している事を自覚する。

痛みは消えた。焦りも消えた。

それはきっと、自分の背後に最強のヒーローが控えている事に安心できたからではない。

 

 

「――あんなヴィラン一人倒せない情けない俺じゃ、蒼良が安心して思い切り甘えられなくなっちまうからな」

 

 

弱気も、恐怖も、覚悟へと変わった。

立ち上がり、一度目をキツく閉じると、静かに目を開きながら前を見据えた。

正面、自分の十倍以上の体積を持つ敵が、消太を見下ろしている。

 

 

『――ショータッ!! 子どもたちは隣接地区のヒーローに引き渡した! 俺は今から全速力でそっちに戻る! それまで絶対無事でいろよな!頑張れショータ、負けんじゃねぇぞ!!』

 

 

地面に転がる無線機から響く友の声。

その怒号のような大声を心地よさげに聞いていた消太は、次の瞬間目を見開き、前方の巨体めがけて力強く地を蹴っていた。

未成熟な青年の身体が跳躍し、己を剥き出しにすることなど殆どない普段の彼からは想像もつかないほどの大口を開け、咆哮を上げるその姿には鬼気迫るものがある。

 

反撃の狼煙を上げた消太に、ガーヴィーは先程と同様に背中のコブをぶつけてくる。

街への被害を防ぐため、それを無効化しては上空へ花火のように蹴り飛ばす。

一定の距離を保ち、物理攻撃を回避できるポジションをキープしつつ、周囲に落ちている瓦礫を捕縛布で掴み、反動をつけて巨体めがけて放り投げる。

硬い皮膚を傷付け、流血させることに成功。

決定的なダメージには至らないものの、ガーヴィーにとって、消太は今非常に煩わしい存在に昇格しているはずだ。

 

 

「攻撃のリズムが早くなってきてる……! いいぞ、その調子だ。もっと俺にイラついてくれ」

 

 

狙い通りのゲームメイク。

それこそがこちらの望むところなのだと不敵に笑う消太だが、ガーヴィーの周囲を絶えず全力疾走しながら翻弄する彼の体力も着実にすり減っている。

それでも、飛び散る瓦礫や捕縛布の摩擦によって出来た擦傷は、蒼良のクラゲが瞬時に修復してくれているのだから、この程度で泣きごとなど言えるはずがない。

有効射程の許す限り遠くから攻撃を仕掛け、即座に撤退という一連の動きを何度も何度も重ねていく。

倒壊しかけたビルの隙間を機敏に走り抜け、重たい首をめぐらせてこちらを追おうとするガーヴィーを思いのままに躍らせている。

 

 

「う……おおおお――!!」

 

 

学校では実技・座学ともに平均以上の成績を残してきた。

努力だって怠らなかった。

ただずっと、必死なわりに将来のビジョンが見えないままでくすぶっていた。

 

戦闘・救助・芸能、どこでもつぶしが効くひざしの個性に羨望を抱いたことがあった。

明るく前向きな朧の性格を陰で羨んだこともあった。

先が見えない道は怖い。希望の見えない未来は恐ろしい。

けれどこの世界で、何も分からなかった暗闇の中で、消太以上に消太を認めてくれる少女が居た。

 

会いたいと口にするのはいつも彼女からで、甘えるのも彼女の方からばかりだったけれど、本当はそんな彼女に消太の方こそ救われていた。

寄り添ってくれる彼女の体温に、一人ではないと安堵している自分が居た。

消太の行く末は明るいのだと信じて疑わない、彼女の見据えている未来が、幾度となく消太の心を温めてくれた。

 

 

「……俺はきっと、最強にはなれないんだろう」

 

 

オールマイトのように超人的なパワーもなければ、あの少女のように得体の知れない力を有しているわけでもなく、抹消はどこまでいっても全てをゼロにするだけの個性なのだから。

 

――それでも。

 

 

「それでも……!あいつを守ってやれるくらいには、強くなってやるつもりなんだよ――ッ!!」

 

 

ガーヴィーの背に、これまでとは桁違いの数のコブが浮かび上がった。

神経を逆撫でされ続けた敵の、苛立ちの爆発だ。

背中に残るコブの殆どを切り離し、消太に逃げる隙すら与えず広範囲を破壊するつもりなのは一目瞭然だった。

それが、消太の思うツボだとも知らずに。

 

 

「思った通り、お前が俺よりも知能の低いヴィランで良かったよ」

 

 

巨体の背に浮かぶ十数個あまりの球体に向かって捕縛布を投げる。

足を踏ん張り、絡みついた球体を縛り上げ、宙で一塊にまとめたところで、地面に転がっている朧の無線機に向かって声を張り上げた。

 

 

「白雲ッ! 援護しろ! 足場を頼む!!」

 

 

ようやく消太の姿が肉眼で見えようかというところまでUターンして来ていた朧は、突然のご指名に驚いて肩を跳ねさせつつも、阿吽の呼吸で咄嗟にその個性を振るった。

激しい戦闘中にもかかわらず、朧の帰還を把握していた友の視野の広さに敬服しながら。

 

 

「おらよッ! 行け!飛べ、ショータァ――!!」

 

 

雲に靴裏が触れると同時に強く蹴る。

その反動を利用しながら消太が駆け上がった先は、一度は泣きを見たガーヴィーの頭頂部だった。

爆発の余波から街を守るための対策は。

敵に決定的なダメージを与えるための方法は――。

 

 

「一か、八かだ……ッ! お前の攻撃、お前が喰らえ――ッ!!!」

 

 

握りしめた捕縛布。

鍛え続けた身体と握力。

その全てを振り絞って空中で身体を捻りながら、遠心力のままにコブの塊をガーヴィーの口に押し込んだ。

 

貯め込んだ力を恐らく体内で増幅しているであろうこと。

攻撃を向けられると、咄嗟に口を開いてしまう習性があること。

命ある生物には、必ず限界というものが存在すること。

それら全てを踏まえて導き出した、確信に近い答えだった。

 

蒼良のクラゲは全ての力を使い果たし、数分前に消滅している。

満身創痍で頭から落下していく青年の身体を柔らかな雲が受け止めたその直後、背後で落雷のような爆発音が轟いた。

 

ガーヴィーの口から天へと立ち昇っていく白煙。

ふらつき、傾きながら倒れ行く巨体。

 

 

「……やった」

 

 

やがてヴィランは地響きのような音を立て、ゆっくりと地面に倒れ伏した。

 

 

「やったぞ、アズール……!」

 

 

思わず唇を緩めながら、白い雲の上で仰向けに倒れたままの消太は、拳を高く空へとかざした。

その先に見える、美しく舞い踊る蒼翼の少女に、これで少しは近づくことが出来ただろうか。

彼女の期待に、胸を張って応えられる自分になれただろうか。

 

 

「――ショーーターーーッ!!」

 

 

そんな感傷に浸る間もなく、隙だらけの腹に飛び込んできた友の体重に、消太は一瞬意識を飛ばしかけた。

 

 

「お前は偉いッ! お前はすごい! お前は強いよ!! お前ならきっとやれるって、俺は信じてたぜショータァ~!」

 

「だったら何で泣いてんだお前は……。鼻水拭け、俺に垂れる」

 

「お前……ッ、この野郎! 俺がいったいどんだけお前を心配じだど思っで……!」

 

「おいっ! 捕縛布で拭けとは言ってないぞこの馬鹿ッ!!」

 

 

 

 

 

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