暗部の忍が転生して公安ヒーローになる話   作:ぴのっきお

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これまでは過去に一度書いたものを修正・投稿という形でしたが、そのストックはこれで最後です。
次回からは0から書いていく作業になるので、投稿スピード少々落ちます。
が、なるべく規則正しく更新できるよう頑張ります。


虚しき魂をこの世に繋ぐ

 

 

 

 

深夜、郊外の廃墟と化した洋館前。

 

夜の静寂が辺りを包み、厚い雲は月明かりを隠している。

周囲には街灯ひとつなく、三人がそれぞれ手に持つ懐中電灯だけが、足元をぼんやりと照らしていた。

洋館の前庭は手入れされていない茂みや雑草が生い茂り、荒れ果てた鉄の門は錆び付いて蔦に覆われ、不気味な雰囲気に拍車をかけている。

 

 

「どうしてよりによって夜なんだ……」

 

 

オールマイト――八木俊典は堂々と胸を張って屋敷を睨みつけているが、その額にはじっとりと汗が浮かび、いつもの朗らかな笑顔はやや引きつっている。

 

 

「アズールとあなたのスケジュール的に、昼間は都合がつかなかったんだから仕方がない」

 

「事件発生時刻も夜である事が多かったようですしね」

 

 

サー・ナイトアイ――佐々木未来は腕組みをしたまま冷静に応じ、その隣で棒立ちの蒼良が続いた。

 

今を時めくNo.1ヒーロー・オールマイト、憶測が憶測を呼ぶ噂のNo.4ヒーロー・アズール。

それぞれに守るべきもの、抱える者が多く、多忙なのは事実だった。

それに加えて、約一年ほど前に協力関係を組んだとはいえ、彼らのチームアップは秘密裏に行われており、対外的に公表されてはいない。

そのため、目立つ時間帯に一緒にいる場面を何度も目撃されるわけにはいかないというのも理由の一つだった。

 

 

「それにしても、この屋敷の噂は酷いものだな。『入ったら二度と戻れない』だの『本当に人が消えてしまう』だの……一体だれがそんな作り話を信じるというんだ」

 

「実際に失踪した若者たちだろう」

 

 

俊典のぼやきに未来がため息混じりに返す。

 

この都市郊外に佇む洋館は、最近若者の間で『ホラースポット』や『都市伝説』としてSNSを中心に急激に話題化していた。

特に実況者や配信者たちが『心霊スポット突撃』や『24時間チャレンジ』を企画して人気を博し、面白半分に突撃した人気実況者グループが全員失踪した事件をきっかけに、一層注目を浴びることになっていた。

 

 

「公安への問い合わせも殺到しています。この事件、当初の想定以上に被害者の数は多いのかもしれません」

 

 

蒼良が情報を補足すると、未来はライトを左右に振りながら周囲を見渡した。

 

 

「こんな古い屋敷に若者が群がるとはな。その感性は理解に苦しむ」

 

「全くだよ、サー!本当にそう思う!」

 

 

俊典が不自然に力強く同意すると、蒼良がその横顔を見上げて呟いた。

 

 

「……オールマイトさん。もしかして、怖いんですか?」

 

「えっ!?」

 

「馬鹿言え。オールマイトがこんなものを怖がるはずないだろう。お前のユーモアは相変わらず壊滅的だな、アズール」

 

「あ、ああ、その通りだとも!この私が怖がるなんてありえない!」

 

 

ニカっと白い歯を剥き、蒼良にサムズアップしようと視線を落とした俊典の目が仄暗く浮かび上がる狐面を映し、一瞬ぎくりと動きを止めた。

 

 

「……他意はないんだけど、そのお面、今日は外しとかない?いや、ほら、こんな夜中だしさ?私たちの他には誰もいないし。ここにはマスコミもやってこないし?」

 

「規則なので難しいです。申し訳ありません」

 

 

特に悪びれた様子もなく蒼良が形式的に頭を下げている横で、目の前の屋敷を上から下まで照らしながら眺めていた未来が、「それでは」と話を切り替えた。

 

 

「そろそろ先に進もう。時間も惜しい。オールマイト、すまないが先陣は頼んだぞ」

 

「……も、もちろんだ!二人とも、私の後ろから決して、絶対に、頼むから離れるんじゃないぞ!」

 

 

俊典が洋館の鉄門を慎重に押し開けると、錆び付いた門がぎぎぎと軋む音が闇夜に響き渡る。

それに驚いた数匹のこうもりがばさばさと舞い上がり、さらにそれに驚いた俊典が俊敏な動きで飛び退いた。

 

 

「やはり怖いんですね」

 

「違う!違うよアズール!ただちょっと驚いただけだ!」

 

「アズール、いい加減にしろ!今のはオールマイトのユーモアに決まってるだろう!ファンサービスだ!」

 

「私は別にオールマイトさんのファンでは……」

 

「私がファンなんだ!!」

 

「そう!今のはサーへのサービス!日頃お世話になってるからね!!」

 

「オールマイト……!」

 

 

未来は熱のこもった目で俊典をじっと見つめていたが、俊典は居心地が悪そうに視線をさまよわせ、小さく咳払いをした。

 

三人は再び重苦しい空気をまといながら洋館の扉へと進む。

それは重厚な木製で、朽ちかけた表面には蜘蛛の巣が幾重にも張り巡らされていた。

俊典が再び扉を押し開けると、埃臭い湿った空気が流れ出してくる。

 

 

「……この事件、人間ではなく、本当に霊的なものが絡んでいる可能性は?」

 

「あり得ません。そもそも幽霊なんて存在しません」

 

「ああ。極めて非科学的だ」

 

 

俊典の問いに蒼良が即答し、未来も深く頷いて続けた。

 

薄暗い廊下は長い年月の間に積もった埃に覆われ、壁紙は所々剥がれ落ち、露出した木材が薄気味悪い模様を晒している。足元の床板は古び、一歩踏み出すたびに悲鳴のような音を上げた。

 

 

「い、今、何かが動いたぞ!」

 

「ただの隙間風ですね」

 

「害はなさそうだな」

 

「今、何か聞こえた気がする!」

 

「それも隙間風ですね」

 

「ああ、害はなさそうだ」

 

 

俊典は神経質に懐中電灯の光をあちこち動かし、事あるごとに大声を上げながら奥へ奥へと進んでいく。

 

 

「あの絵、今私に向かって笑いかけなかったか!?」

 

「それは完全に気のせいです」

 

「ナイスユーモアだ、オールマイト」

 

 

一階の部屋を慎重に確認していくが、どの部屋も荒れ果てており、古ぼけた家具や破れたカーテンが風に揺れるばかりで、異質なものは見当たらない。

 

 

「次は上の階を調べよう」

 

 

俊典が意を決して階段に足を掛けた瞬間、思った以上に大きな音が響き渡った。

 

 

「うわっ……!?」

 

「あっぱれだ、オールマイト。どんな些細な脅威にも迅速に対応するとは」

 

「……ああ、まあ、うん」

 

 

驚いて飛び退いただけの自分を称賛する未来に、俊典は困惑したような顔をしつつ、ゆっくりと階段を上り始めた。

 

二階もまた、荒廃と埃に覆われた空間だった。

廊下の壁には色褪せた肖像画が斜めに掛けられており、俊典は今度こそ視線を合わせまいとそっと顔を逸らす。

 

またしても部屋を一つ一つ確認するも、寝室や書斎が散乱し荒れ果てているだけで、特に目立ったものはなかった。

ただ、風でカーテンが揺れるたび、俊典の警戒心だけが無駄に高まっていっていた。

 

 

「よし、最後に三階を確認しよう」

 

 

俊典が深呼吸をして勇気を奮い起こし、階段の下に立ったその時、蒼良が唐突に口を開いた。

 

 

「その必要はありません。たった今、探索が終わりました」

 

「「……え?」」

 

 

言葉の意味を理解できず、俊典と未来が同時に後ろを振り返る。

 

 

「私の羽には探知能力があるんです。それを使って、屋敷内を調べていました。既に調査は完了です。上階へ進む必要はありません」

 

「お、お前という奴は……!馬鹿なのか!?いいや、馬鹿に違いない!そんな便利な能力があるなら何故先に共有しておかない!?報連相の重要性は先日教えたばかりだろう!」

 

「待て待て待て、それじゃあこれまでの全部、無駄足だったってこと!? 私たち、門の前に立ってても結果は同じだったんじゃ……!?」

 

「すみません。言うタイミングを逃していました」

 

 

蒼良は相変わらず感情の乗らない声で謝罪した後、サクっと一人で切り替えを終え、俊典と未来を先導するように元来た道を引き返し始めた。

 

やがて三人が辿り着いたのは、一階のリビングルームだった。

壁紙は色褪せ、豪華なシャンデリアは埃を被って光を失っている。

荘厳な家具は破れて内部の詰め物が露出し、床の絨毯も汚れで薄暗く変色していた。

 

蒼良はリビングルームの一方の壁の前で立ち止まり、そこに手を触れながら二人を振り返った。

 

 

「この壁の奥に隠された空間があります。破壊して侵入しますか?」

 

 

俊典は瞬時に目を見開き、両手で大きくバツを作って必死に制止のジェスチャーを取った。

 

 

「いやいやいや!壊すのは最後の手段にしよう!もっと慎重に、穏便にお願い!」

 

「まったく……お前は意外と脳筋な節がある。破壊は極力避けたいんだ。アズール、他に何か方法はないのか?」

 

 

蒼良は視線を巡らせると、壁に隣接する重厚な暖炉に目を留めた。

暖炉には繊細で複雑な装飾の施されたレリーフがあり、長い年月の埃を被って古めかしい重々しさを漂わせている。

 

 

「この暖炉に仕掛けがある可能性が高いかと」

 

「なるほど、これはまた凝った装飾だな……」

 

 

俊典はそろそろと暖炉へ近づき、細かな彫刻を注意深く観察する。

表面の埃を払おうと指先で軽く触れた瞬間、レリーフがごとりと音を立てて僅かに動いた。

 

 

「ッ――!?」

 

 

思わず息を詰めて半歩後退り、俊典は胸を押さえながら動悸を鎮めようと深呼吸を繰り返す。

 

 

「さすがオールマイト。一見わかりにくい仕掛けをこうも鮮やかに見破るとは」

 

「そ、そうかな?まあ、少し観察力には自信があってね……」

 

 

何故か感嘆を漏らしている未来に、俊典は不自然な微笑みを浮かべ、曖昧に頷いた。

蒼良はそんな二人のやり取りを聞き流しつつ、先ほど俊典が触れたレリーフの一部を強く押し込んだ。

すると暖炉全体が重く低い響きを立ててゆっくりと横へスライドし、背後に隠されていた狭い通路が現れた。

 

その狭い空間には、もう一つの扉があった。

鈍い光を放つ金属製の扉は、頑丈で堅牢な造りをしている。

俊典がそれを開くと、眼下には地下深くへと続く階段が闇の中へと伸びていた。

通路内部の壁や床は地上よりも比較的新しく、明らかに違う材質で作られていた。

 

 

「……ここからは、気を引き締めて行こう」

 

 

俊典を先頭に階段を下りていく最中、足音以外は何の物音も響かない。

下へ行くにつれて、何かが腐敗したような、薬品が混ざったような、それでいてかすかに鉄錆びの匂いも含む、不快な臭いが徐々に強まっていく。

地下室と思われる空間に辿り着く頃には、その臭気はさらに濃厚なものとなり、三人の嗅覚を刺激していた。

 

壁に手をつきながら歩いていた俊典の手が、無自覚に壁際のスイッチらしきものを押すと、頭上の蛍光灯が不安定に瞬きながら青白い明かりを徐々に部屋全体へと広げていった。

 

 

「これは……」

 

「やはり、上階はカモフラージュだったようですね」

 

 

視界がはっきりすると、そこには広大な地下空間が広がっていた。

灰色の無機質なコンクリート壁が周囲を囲み、その表面には微細なひび割れや、変色した染みが浮かび上がっている。

天井を見上げれば、むき出しの金属製の配管が乱雑に這い回り、不規則に並べられた蛍光灯がちらちらと頼りなく明滅を繰り返していた。

 

部屋の中央部には、何度も重ねられたような赤黒い血痕が広く床を覆い、乾いて黒ずんだその表面が異様な光沢を放っている。

血痕の周囲には帽子や靴、腕時計といった様々な日用品が乱雑に散らばり、まるで突然持ち主が消えてしまったかのようだった。

 

さらに周囲の床を見渡すと、中央を避けるように灰色の紙片が集められて山のように堆積し、その合間に金属製の手枷や足枷が無造作に転がっている。

その多くは錆びつき、赤黒い血の跡で汚れ、不気味な空間の異質さを一層引き立てていた。

 

俊典と未来は部屋の入り口で異様な光景を目の当たりにし、言葉を失って立ち尽くした。

そんな中、蒼良だけが何の躊躇もなく部屋の奥へと歩を進めていく。

迷いのないその歩みは、まるで部屋の異様な空気を全く意に介していないかのようだった。

 

部屋の隅に寄せられた紙屑の前で足を止め、その場にしゃがみ込む。

手袋を外し、指先を伸ばしたその背後で、追いかけて来た未来が声を上げた。

 

 

「待て、アズール!」

 

 

咄嗟に蒼良の手首を掴んだ未来だったが、その制止は一足遅く、蒼良の指先はすでに紙の破片に触れていた。

 

 

「迂闊に素手で触れるなんて……危険物だったらどうする気だ!?だいたいお前はいつもいつも――って……おい、アズール、大丈夫か?」

 

 

未来の声を背中で聞きながら、蒼良は動きを止め、指先から目を離すことができなかった。

さらさらとした無機質な手触りのそれは、一見何の変哲もない紙片に過ぎない。

しかし、そこから蒼良の指先に伝わってきたのは微かだが明確な、生命の残滓ともいえる感覚――通常無機物には宿らないはずのチャクラの存在を、確かにそこに感じていたのだ。

 

 

「アズール、すぐに手を放しなさい。今は平気でも、後から症状が出る毒物が付着している可能性も捨てきれない」

 

 

俊典の切迫した声にも、蒼良はすぐには反応しなかった。

しばらくして顔を上げると、ようやく二人の方に顔を向け、慎重に言葉を選んで呟いた。

 

 

「……この紙片から、人の気配を感じます」

 

「人の気配?このただの紙っぺらから?……それは、一体どういう意味だい?」

 

「あくまで推測ですが、この紙片は人間由来のものである可能性が高いと感じています」

 

 

突拍子もない蒼良の言葉に、俊典は唖然と未来へ視線を移した。

未来もまた複雑な表情を浮かべ、困惑したように首を横に振る。

 

 

「信じ難いな……だがこの超常社会、何があっても不思議ではない。この場で即座に否定するのは早計だろう」

 

「そうだな……今はまだ何も確かなことは分からない。もう少し慎重に調べてみる必要がありそうだ」

 

 

俊典の出した答えに、三人は言葉少なく頷き合い、それぞれ部屋の探索を開始した。

未来は床に落ちている遺留品や紙屑をじっと観察し、やがて、その中に紛れた焦げ跡のある薄黄色の紙片を注意深く視線で追った。

屈み込み、触れないよう距離を保ちながら眼鏡をそっと掛けなおす。

 

 

「これはただの紙片ではないな……所々燃えたり破れたりしてはいるが、何かしらの文字が書かれていたみたいだ」

 

 

未来の呟きを聞き、俊典も床の紙片をじっと見下ろす。

視線を巡らせると、壁面に、無造作に貼り付けられた同じような札が目に入った。

 

 

「こっちにはまだ完全な形の札がある……が、文字が酷く崩れていて読めそうにはないな」

 

 

未来も傍らに並び、目を細めて文字を追ったが、やはり解読は難しかった。

 

 

「完全に解析不可能だ。専門家にでも見てもらうほかないだろう」

 

 

二人が困惑しながら協議していると、蒼良が無言で近づいてきた。

壁面の札をしばらく眺めたかと思えば、おもむろにその口を開く。

 

 

「――屍を器となし、血を以て過去を紡ぎ、虚しき魂をこの世に繋ぐ」

 

 

読み上げる蒼良の声が地下室にひっそりと響き渡った瞬間、俊典と未来は揃って息を呑み、信じ難いものを見るように彼女を凝視した。

 

 

「お前……今、この札の文字を読んだのか?」

 

 

未来の問いに、蒼良は不思議そうに小首を傾げた。

 

 

「ただの日本語ですよ?」

 

「日本語だって?」

 

 

俊典は困惑した様子で、壁に貼られた札をまじまじと見つめる。

そこには彼にとって全く解読できないほど崩れた字体が並んでいるだけで、それが日本語であるかさえ定かではなかった。

 

蒼良にとっては、前世で機密情報などを運ぶ際、意図的に難読な字体で書かれた文字を読み書きする特殊な訓練を受けていたため、この程度の崩れた文字はむしろ馴染みのあるものだったのだが、そのことを彼らに伝えることはできない。

 

 

「そんなことより、さっきの言葉の意味、分かりますか?」

 

「『屍を器に、過去を紡ぐ』……か。言葉通りに受け取るなら、死者に何かを行うということだろうが……」

 

「『血を以て』や『虚しき魂』という表現は……恐らく、人体を利用した、非人道的な儀式のようなものを示唆しているように思えるな」

 

 

俊典に続いて未来も考察するが、まだ誰一人としてハッキリと読み解く事はできそうになかった。

さらなる手掛かりを探そうと、札が張り付けてある壁を視線で辿っていくと、蒼良は壁際の影に不自然なものを見つけた。

 

 

「……あそこに、何かありそうです」

 

 

蒼良の指し示した先は、薄暗い地下室の一角。

そこにはさらに狭く奥まった空間が存在していた。

鉄格子で仕切られ、厳重に閉ざされたその場所は、まるで独房のような異質な雰囲気を漂わせている。

 

蒼良が鉄格子の扉に手を掛けると、錆びついた金属音が響き、それは意外にも抵抗なく開いた。

扉の向こうには、窮屈な書斎めいた空間が広がっている。

 

壁沿いに据え付けられた棚には、古びて薄汚れた本や書類が乱雑に積み重ねられていた。

中央の机は薬品や蝋燭の跡で変色し、黒ずみや焦げ跡が散乱している。

その片隅には割れたガラス瓶や乾ききったインク瓶が無造作に並べられていた。

 

蒼良は机に近づくと、乱雑に積まれた資料の一つを手に取った。

粗末な紐で束ねられた薄茶けた紙片は、触れた途端に何枚かが滑り落ち、床に砂埃を舞い上げる。

紙束には、先ほどの札と同じ崩れた字体がびっしりと記されていた。

 

 

「何か見つかったのか?」

 

 

俊典が蒼良の背後から問いかけ、未来もまた注意深く蒼良の手元に視線を注いでいる。

 

 

「――『第二実験記録。対象の原体情報、入手不可能。記憶保持者の皮膚片を代用。魂の定着、不安定。依り代、崩壊。再現は不完全。術式修正、代用品の検討を要す。』……実験記録のようです」

 

 

淡々と読み上げ終えると、蒼良は紙束を数枚めくり、別の書類を取り出した。

 

 

「――第九実験記録。記憶保持者の血液を使用。依り代は若年者を選定。魂の定着、僅かに改善。依り代、崩壊。血液鮮度の再検討を要す」

 

「血液を使って魂の定着だと?……さっきアズールが読み上げた札の言葉に近いような……ああ、くそ、一体何を意味しているんだ?」

 

 

こうした考察を得意としない俊典がうんうんと唸り続けている横で、未来はじっと一点を見つめながら口を開く。

 

 

「言葉の意味はよく分からないが、悍ましい実験が行われているのは確かだろうな」

 

「そう言えば……以前、誘拐犯の一人と接触した際、犯人は『奴らは死者の蘇生を本気で企んでいる』と話していました。当時はあまり真に受けませんでしたが……」

 

 

未来と俊典が無言で顔を見合わせる中、蒼良は次の書類を手に取り、淡々と読み上げた。

 

 

「第十実験記録。採取直後の新鮮な血液を使用。依り代は若年者を選定。魂の定着・維持時間が大幅に向上。長期安定化、未だ達成せず」

 

 

俊典の表情が一層険しくなっていく中、未来の視線がふと机の端に積み上げられた別の紙束に止まった。

ほかの紙片よりも比較的傷みが少なく、状態が良いことから新しさがうかがえる。

未来は慎重にそれを抜き取ると、蒼良に差し出した。

 

 

「アズール、恐らくこれが一番新しい記録だ。確認してくれ」

 

 

紙片を受け取り、視線を落とした蒼良の目が僅かに揺れる。

 

 

「……第十七実験記録、最終報告。術式条件を確立。血液は採取後二十四時間以内に使用。依り代は一桁年齢の子供から十代の若年者まで選定可能。特に無個性個体が望ましい。年齢が若いほど魂の定着が安定する傾向を確認。長期間の魂定着も確認済み。これをもって穢土転生術式の完成を宣言。次段階、転生体の脳無化実験へ移行決定」

 

 

蒼良が読み終えると、俊典は深刻な表情で呟いた。

 

 

「依り代が子供や若者……全国各地で起きている誘拐事件の被害者と条件が一致するな。誘拐の目的はこれだったのか?」

 

「その可能性は高い。それに『記憶保持者の血液』という記述……先程のアズールの死者蘇生の話が本当だとするならば、これは恐らく、蘇らせたい人物に関する記憶を持った者の血液を指しているのではないか?」

 

 

俊典は眉を寄せ、未来の考察に続く。

 

 

「そして『魂の定着』……『屍を器となし、血を以て過去を紡ぎ、虚しき魂をこの世に繋ぐ』という言葉を考えれば、依り代に定着させるのは死者の魂ということになるか。しかし、本当にそんなことが可能なのだろうか?」

 

「穢土転生術式という言葉、脳無化実験という記述……具体的にどんな術や目的なのかも、まだ漠然としていますね。さらに深く探る必要がありそうです」

 

 

蒼良は資料を再度注意深く確認すると、ふと奥の壁に貼り付けられた紙に目を留めた。

目立たぬように貼り付けられた古びた紙。

蒼良がそれをじっと見つめていることに気が付いた俊典がすぐに近づき、目を細めて覗き込む。

 

 

「これは……地下の見取り図か?どうやら、この下にまだ空間があるようだな」

 

 

見取り図には『脳無化実験施設』『培養室』『保管庫』という不気味な言葉が記されている。

 

 

「脳無化実験室……?培養室?一体何の培養をしているんだ?」

 

「先ほどの記録にも『脳無化への移行』という記述がありました。ここでその実験が行われていると考えるのが妥当かと思います」

 

 

緊張感が高まる中、俊典が改めて二人を振り返る。

 

 

「この先には、更に危険なものが待ち構えている可能性が高い。二人とも、覚悟はいいかい?」

 

「もちろんです」

 

「ここまで来て引き返す選択肢などない」

 

 

見取り図の通りに進み、部屋の隅に隠された扉を開くと、さらに地下へと続く階段が現れた。

 

 

「行こう。慎重に進むぞ」

 

 

俊典を先頭に、未来と蒼良が続き、三人はさらに下位層の探索を開始した。

 

地下二階に到達すると、目の前に広がったのは一階以上に異様な光景だった。

天井の高い広大な空間には、無数の透明な培養槽が整然と並べられている。

その中は青白い液体に満たされ、不気味な泡が音もなく立ち上っては消えていた。

 

培養槽の中には、人間とも生物ともつかない異形の姿が浮かび、歪に膨張した身体や不自然な形の四肢が目を背けたくなるほど鮮明に視認できた。

培養槽同士を繋ぐ管は複雑に絡み合い、壁際に設置された大型のモニター群が鈍く光を放ち、奇妙な数値やグラフを表示している。

 

中央には複数の拘束具付き寝台が並び、その表面は染み付いた血痕で赤黒く汚れていた。

無機質な金属製の器具や使用済みの注射器が乱雑に放置され、薬品の混ざった不快な臭気が強く鼻を突く。

 

 

「なんて場所だ……」

 

 

俊典が愕然とした声で呟くと、未来は静かに眼鏡を掛け直し、厳しい表情で空間を見渡した。

 

 

「ここで何が行われていたのか、じっくり調べていく必要がありそうだな」

 

 

蒼良は無言で小さく頷き、注意深く周囲を観察しながら足を踏み出した。

 

その時だった。

 

突如、培養槽の一つが耳をつんざく音を立てて砕け散った。

透明な破片と青白い液体が床に飛び散り、内部に収容されていた肉塊のような異形が、鈍い音と共に床に転がり出る。

それは醜悪で、ヘドロのような不定形の塊だった。

ゆらゆらと蠢く肉塊は意識や知性を感じさせないが、何か目的を持っているかのように迫ってくる。

 

 

「あれは……!」

 

 

俊典が身構えるより早く、蒼良は迅速に蒼刀を形成し、肉塊に向かって駆け出した。

一瞬の躊躇もなく、鋭い刀身が深々と肉塊に突き刺さる。

柔らかい筋肉の感触が刀を通して伝わり、肉塊は激しく痙攣し始める。

 

次の瞬間、肉塊の一部が緩慢に動き、中に埋もれた眼球がゆっくりと現れた。

その眼球は濁りながらも、何かを訴えるように蒼良を凝視し、端から一筋の涙をこぼした。

 

 

「あ……ぅあ……うぅ……!」

 

 

蒼良の全身が硬直する。

口すら存在しないはずの肉塊から、明確な感情を持った人のような悲痛な声が漏れ出ている。

それは不明瞭な呻き声だった。

けれど、確かな悲哀と絶望を込めた人間の声だった。

蒼良が無意識のうちに手を伸ばし、その涙に触れようとした時、背後から鋭い声が飛んだ。

 

 

「不用意に触れるな!」

 

 

咄嗟に未来が蒼良の肩を掴み、後ろへ引いて強く制止する。

 

 

「さっきも言っただろう!危険な物に迂闊に触るなと!」

 

 

未来の厳しい叱責に、蒼良ははっと我に返ったように手を引いた。

 

 

「すみません……」

 

 

呟きながらも、蒼良は目の前のそれから目を離せないでいた。

肉塊は刀に貫かれたまま徐々に力を失い、崩れるように動きを止めていく。

血液は一滴も流れず、その代わりに亀裂から細かな灰色の紙片や砂塵が散り始める。

 

やがて肉塊が完全に沈黙すると、その姿は音もなく崩れていき、まるで灰が舞うように、薄く乾いた紙屑となって床に散らばった。

 

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