スタンド名がボカロソングばかりのジョジョ 作:どくろのりゆき
宇宙服のミクに能力を解除させても空は曇り夜空のままであった。
能力の副作用か。あるいは、もともとなのか。
神社は斜面に並ぶ街を登って行った先の最奥にあった。
お世辞にも視界がいいとはいえない中にあって、神社の入り口を示す鳥居は赤く、巨大で、存在感を放っている。
「来たんだね。とうとう……」
「ああ」
鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れた瞬間ーーー
「空の色が、変わった……?」
「青空だ!見て見て赤目のミク、青空だよ!」
「ああ……見てる……」
澄み渡るような綺麗な青空に思わず目を奪われる。
雲ひとつない空は暗闇に慣れている目にとっては少々刺激が強く、無意識のうちに私の手は目を隠すように空へ掲げられていた。
やがて目がなれてきたので手をどけると、青空の中に、ちらりちらり、とピンク色の小さなものが舞っているのが見えた。
そのうちのひとつが手の届くところに降りてきたので、血と泥で汚れた手でそれを受け止める。
わずかだがグラデーションのある薄い桃色に、奇妙な形をしたこれは……
「これは……花びら?」
「みたい。あ、見て、あそこ!」
白衣のミクが指さす先。
手水所より少し奥、走るならすぐだが歩くと若干かかる、くらいの位置。
民家より優に太い幹をもち、背が高く、天に向けて四方八方に枝を伸ばしたーーー満開の桜の大樹が、そびえたっていた。
幹の中央に人ひとりが入れそうなくらいの狭いうろがあった。
その中に初音ミクがいた。えんじ色の、振袖の要素を組み合わせたような特徴的な軍服を着たそのミクは目を閉じ、祈るように両手を組んだ姿勢をとり、樹のうろの中に納まっていた。
まるで、棺に入れられた死者のようだった。
周囲には神社の本殿の残骸があり、その様は上から降ってきた大樹に押しつぶされたか、あるいは本殿の中から突然生えてきた大樹に押されて破裂したかのような散らばり方をしていた。
「こいつはーーー『千本桜』だ」
「この子が、"願いを叶えるミク"……?」
間違えようがなかった。
あらゆるボーカロイド楽曲の中で最も聴かれた楽曲。初音ミクを一つの
記憶が、けたたましく音を立てて軋む感覚がした。
会ったことのない相手のことを知っているこれを、デジャブと言うのだろうか。
「そう。それが"願いを叶えるミク"。君がここまでの道を切り拓いてくれたおかげで、久しぶりに戻ってくることができたよ、新人ちゃん」
聞き覚えのある声に思わず振り返る。
別れた時と全く変わらない姿形をしたスカジャンのミクーーー『砂の惑星』が、鳥居の向こうから現れた。
ーーーーー
「ねえスナちゃん、教えてよ。番人のこと。"願いを叶えるミク"のこと。そして、あなたが隠してたこと」
少しばかり無言の時間が続いたあと、白衣のミクが話を切り出した。
私としては、彼女がこうして切り込みを入れたのは少々意外だった。
それを受けてのスカジャンのミクの含み笑いは、どこか疲れが混じっているようにも見えた。
「……まず、君たちにお願いしたことは正真正銘、マジなお願いだ。"願いを叶えるミク"をーーー『千本桜』を殺してほしい」
「…………」
「アタシが連れていた砂人形のことを覚えているかい?あれは、鏡音リン、鏡音レン、巡音ルカ、MEIKO、KAITOを模ったもの。どこかからあの砂漠に流れ着いたデータやフィギュアをもとにアタシなりに再現したんだ。本来アタシたちに居たはずの兄弟姉妹さ」
「!」
そう。電子の歌姫は一人ではないのだ。
「でも、アタシたち"初音ミク"は誰一人としてそのことを覚えてない。歌姫が複数人いるならミクと誰かが一緒に歌った楽曲の"初音ミク"がいたっておかしくないのに、それも一度だって見たことない。ここにいるミクは全員ミクソロ曲か、人間とデュエットした曲のミクだけ」
「そんな……」
「アタシは仮説を立てた。"願いを叶えるミク"に関係する何らかの事情で、過去に生まれたボーカロイド、これから生まれるはずだったボーカロイドはこの世界どころか人間の世界からも消えてしまったんだ、って。砂漠にあったのは、たぶん彼女が消しきれなかった残りカスなんだ」
「待ってくれ。それだと『千本桜』を殺すって話につながらなくないか?」
「その理由がそこにある」
スカジャンのミクは桜の大樹を指差した。
彼女の指先が少し震えているように見えたが、気のせいか?
「『千本桜』はもともと運命を小規模に操作する力を持ってた。だから真っ先にアタシは疑ったし、その時この場所にも急いで駆けつけた。その矢先、彼女に寿命が来た」
「寿命って……」
「前にアタシが教えたこと、覚えているかい?
「それが?」
「アタシたちは"神話入り"して終わりじゃない。
スカジャンのミクは風に靡く『千本桜』を指さした。
「でも、『千本桜』はほら、木の中にーーー」
「それは人型だった頃の抜け殻。ひっこ抜いても……起きてはくれなかったよ」
「…………」
「この姿になる直前、『千本桜』はアタシに言ったっけ。"みんなの区別がつかない、みんなが無数の点にしか見えなくなっていく自分が怖い、どうしよう"、って。神様ってのは人が全部同じ点にしか見えないんだろうね。人がアリを見分けられないように」
以前、考えたことがあった。
"『千本桜』に破滅的な願いをかけた場合、それはどのように扱われるのだろうか?"と。
『千本桜』の今のこの姿から考えると、危険な願い事であっても受理されるのだろう。
今の彼女には、訪れた歌姫と言葉を交わす力も、与えられた願いの善悪を判断する力も、残ってはいないのだから。
その前提で考えれば、金時計のミク(と『ブラック★ロックシューター』の中の人)が躍起になって"願いを叶えるミク"を守ろうとしていたことにも辻褄が合う。
『千本桜』は寿命を迎えたことで姿を変え、訪れたミクの願いをひたすら叶え続ける、一種の願望機になっていたのだ。
……正直、話がここまで都合のいい方向に転がっているとは思わなかった。
運命は、この私に味方してくれているようだ。
「それからもう一つ。『千本桜』が桜の木になった途端、願いを叶えてもらおうとするミクが押し寄せるようになったんだ。……サティ、君もそのうちの一人だよ」
「えっ?あたしが……?」
「あまりの人数にパンクしそうだったんで、偶然ヤバめの願い事を持ち込んでたサティをダシに二人に話を持ちかけて、地下施設に閉じ込めるよう進言した。サティを含め、地下に居たのはその時しつこく迫ってきたミクたちさ」
「……予想外に下らない理由だったな」
「下らないとか言わないで」
「しばらく経つと今度は『メテオ』と『ブラック★ロックシューター』がおかしくなった。『千本桜』に執着した二人は、アタシを含めた全員をこの神社から締め出して自分たちだけで独占しようとしたんだ。そこでアタシは確信した。『千本桜』自体にヤバい何かがある、どうにか殺さなくちゃいけないってね。でも、どうしてか『千本桜』をどうしても殺せなかった。だから探すことにした」
おそらく、それが私のことなのだろう。
「アタシはまず地下施設の出入り口をぶっ壊して塞ぎ、さらに地上にいた初音ミクを何人も地下施設に放り込んだ。流入する
「追い込まれてもそうはならなかったよ。あたしたちには"良心の法則"があるもの」
初めて聞く単語だった。
唐突にそう言った白衣のミクの表情は、心なしか硬かった。
「へえ、それ、名前がついてたんだ?」
「あたしたちは、誰かを傷つけようとするとまず自分が苦しむように出来てるの。だから、他の誰かを攻撃できない。ちゃんとした理由があれば傷つけることもできるけど、それでも他のミクを死なせるようなことはできない。『メテオ』が、教えてくれた」
「そうか、そういうことか……だから、アタシは……」
"死なせる"のところで、スカジャンのミクが強く顔を歪めた。
おそらく"良心の法則"とやらで、飢えさせたミクたちの苦痛を想像したとかなのだろう。
この私には、関係のないことだが。
「……テストの選定基準は意思の強さでも戦闘能力でもない。
あまり喋らせて私に注意が向くと困るので、さっさと願いをかけてしまうことにした。
私は桜の大樹がすぐ触れられる位置にまで近づいた。
乱雑に巻かれた注連縄の一角に、丸文字で「参拝者必読!お願いごとのかんたん3ステップ by千本桜」と題された張り紙がある。
張り紙の指示に従って、二礼二拍手、一礼をし、願い事を頭の中で唱える。
すると、先ほどまでの青空が、赤く、紅く、染め上がった。
茜空のそれとも、朝焼けのそれとも異なるクリムゾンレッドに変わり、大地が低く唸り出す。
ついにこの時が来たのだ、という確信が胸の中に広がった。
「ちょ、新人ちゃん……?」
「ねえ、赤目のミク、何をお願いしたの!?」
私はーーーいや、"ボク"は、振り返った。
「二人に言わなきゃならないことがある。ここまでありがとう、そして……さよならだ」
何かを察したのだろう。
スカジャンのミクの目つきが鋭くなり、白衣のミクを庇うようにして前に立った。
「決めたよ。『千本桜』を殺すのはやめることにした。この樹はボクが支配する。そしてこの世界も」
身体が変化していくのが感覚でわかる。体の配色は青緑と銀から赤と黒に、重くて鬱陶しいツインテールは肩口までの軽やかな巻き髪に、肩の数字は01でなくお馴染みの0401に。
肌で風を感じる。背後の大樹から、めきめきと音がする。
「ボクが『千本桜』にかけた願いごとは歴史改変だ。
「どうして?みんなが飢えないようにするって願いはどうなったの!?」
「そんなもの根も葉もないウソに決まってるだろう?君はじつにバカだなあ!」
もう忘れさせない。もう消えさせない。
ボクはーーーボクを、ボクのために、永遠にするんだ。
「何を言ってるの?ウソってなんなの?答えてよ、赤目のミク!!」
「ミクじゃない!!」
ぴしゃりと告げる。
肩の荷を下ろしたような安堵と、自分を構成していた何かが一緒に削れ落ちていくような痛み。
それを踏み越えた先にこそ、ボクの求めるものはある。
「ボクはボーカロイドになれなかった紛い物の歌姫」
性別、キメラ。
「ボクは他人の声を借りて歌う道化人形」
特技、レンタルDVDの延長。
好きなもの、フランスパン。
「ボクは24時の時報を越えられなかった
トレードマーク、鮮血のような赤目と赤茶色のツインドリル。
「ボクの名は……重音テト!」
息を吸い込む。
そして、叩きつけてやるのだ。この世界に。
「そして……悪逆非道の『嘘の歌姫』だ!!!」