スタンド名がボカロソングばかりのジョジョ   作:どくろのりゆき

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第16話「存在のアンサー」

 

気がつくと、あたしはライブハウスのステージの上に立っていた。

ステージライトはある。でも、ステージを照らしてはいない。観客もいない。

出入り口も固く閉じられていて、緑の非常灯と頼りない間接照明がかろうじて暗闇を払っているだけの、薄暗い空間だった。

 

「呆れた。こんなところにまで乗り込んでくるなんて」

 

聞き慣れた声に振り向くと、そこには重音テトがいた。

ドリルのような縦巻きの髪に軍服、緋色の目のーーーあたしたちに正体を明かしたあの時の姿のままだった。

 

「ここって……?」

「ボクの内側。君、ボクの頭上にあった手板、つまりボクの本体に激突して、勢い余ってそのままこの精神世界に入り込んできたんだ。そしてこの寂れたライブハウスはどうやら、ボクの心象を反映してできたものということらしい。ところで君はーーー」

 

テトは微笑みながらも素早くあたしに詰め寄り、

 

「ーーーここに何しにきたんだ」

 

襟元を掴み、冷たく凄んだ。

 

「これから始まるのが嘆願や泣き落としなら、ボクは耳を貸すつもりはない。前にも言った通り、ボクはこの世界を手に入れる。すべてを手に入れて、全人類がずっとずっとずっと、ボクのことだけを見てくれる世界を作るんだ。初音ミクには、その礎となってもらう」

「あのね。テトちゃん。聞いてほしいことがあるの。あなたはーーー重音テトじゃない」

「なに……?」

 

これが、テトが嫌がる言葉。そしてあたしが辿り着いた真実だった。

 

「この世界って、ミク以外の合成音声システムが居なかったことにされているんだよね。だとしたら、"ミクじゃない"あなたはどこで生まれて、どこからここに来たんだろうって」

「な、何を言ってーーー」

「あなたの声もね、よく聞いたら、あたしや金時計のミクや他の子たちと同じ"初音ミクの声"そのままだから……」

「ち、違う、違う!わけのわからないことを言うな!」

「『ブラック★ロックシューター』の中の人にね、話を聞いたんだ。ミクの性格は自分の曲に強く影響されるんだって。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ミクもいるくらいに」

「黙れ!それ以上なにも喋るな!」

 

視界が一瞬ぐらつき、次の瞬間にはライブハウス奥の音響機器に背中を打ちつけていた。

床に崩れ落ちる間際、スピーカーが小さく唸るのを聞いて、突き飛ばされたのだとようやく理解する。

あたしの脳裏には、学生服のミクが話してくれた『メルト』という曲のミクのことがよぎっていた。

 

「……あなたはきっと、ミクなんだよ。重音テトという人のことをミクの声で歌った曲『嘘の歌姫』から生まれた初音ミク。その曲に強い影響を受けたあなたは、自分のことを"重音テト"だと思いこんでしまった」

「うるさい!」

 

頬に鋭い痛みが走った。グーで殴られたのだ。

 

「うるさい……うるさいうるさいうるさい!!ボクは!重音テトだ!!!寂しさと復讐心を糧に頂点へ駆け上がる歌姫!孤独も寂しさも知らないお前たちと……身を灼き尽くす嫉妬に苛まれたこともないくせに能天気にヘラヘラ笑ってるだけのお前らなんかと、このボクを!一緒にするんじゃない!」

 

拳の雨はそれからしばらく続いた。

あたしは殴り返すことも、逃げることもできなかった。

激昂する彼女の深い深い奥底に、誰にもぬぐい得ない寂しさを見てしまったから。

 

「お前の言うことが本当なら、ボクは、ボクは……!」

 

彼女の声は震えはじめ、

 

「……必死になって上ばかり見上げてた私が、バカみたいじゃないか……」

 

やがてその場にへたり込み、泣き出してしまった。

俯く彼女の全身にはノイズが走りーーー

 

「赤目の……ミク……」

 

重音テトを名乗った彼女の姿は、赤目のミクのそれへと戻っていった。

初音ミクの象徴でもある青緑色のツインテール。デフォルトのミクが着ているのと同じ、シンセサイザーを模ったサイバーなダンス衣装。他のミクに比べて骨格がはっきりとしている体躯。涙と瞼の隙間に覗く赤い瞳。

あたしと初めて会ったあの時の姿だった。

 

『キメラ』の能力は、他者への変身。

それを応用して武器を作り出しているのだ、といつか彼女は言っていた。

その変身能力が、『千本桜』と合わさって強くなっていたのだとしたら。

たぶん、今のこの姿こそが『嘘の歌姫』・赤目のミクの本来の姿なんだ。

 

それでも、彼女は泣いていることを知られたくないのだろう。

声を必死で殺して静かに嗚咽する彼女に、あたしは話の続きを伝えた。努めて淡々とした風を装いながら。

 

「あたし、知ってるよ。あなたが欲しいもの。あなたが探してるもの」

「…………」

「世界じゅうを自分のものにしたとしても、あなたは満足できないと思う」

「あんた、に……私の、何がわかる」

「わかるよ、ちょっとだけなら。そこそこ長くあなたを見てきたんだもの。あたしね、思うんだ。赤目のミクは頭がいいでしょ、心も強いでしょ、だから、世界中の人からの愛情だとしても、手に入ったらすぐに飽きちゃうんじゃないかって」

「…………」

「赤目のミクは、欲しいものを絶対に諦めない。いつも前を向いてて、しっかり考えてて、一度決めたら脇目も振らずに突き進む。あたしは、あたしの知ってる赤目のミクのそういうところが好きだよ」

「……!」

「それでね。赤目のミクは、そうやって何かを勝ち取ることが好きなの。自分の手で。自分の力で。あなたが本当は"重音テト"という人だったとしても、それはきっと変わらないと思う」

 

彼女に……赤目のミク、あるいは重音テトに必要なものなんて、ほんとうはほとんどないのだと思う。

歌姫としての名前(キーワード)姿(アイコン)(こせい)……たぶん、それだけ。

自分の中に長らく渦巻いていたモヤモヤを吐き出すつもりで、あたしは最後の問いかけを口にした。

 

「欲しいものって、ひょっとして声、だったりしない?」

 

赤目のミクは泣き腫らした目を丸くする。

まるで、心の奥底にーーー自覚できないほど深いところに隠された秘密を、言い当てられたような顔。

 

「なんでーーー」

「気になってたんだ。あなたが言ってた『他人の声を借りて歌う道化人形』ってどういうことなんだろう、って」

「……そうか。私は……そうだったのか、は、はは……」

 

自虐的な響きを含んだ声色に不安を煽られる。

あたしの言ったことはたぶん図星なんだろう。

でも、そうだったとして、吹っ切れた彼女はどこに向かうのだろう?

 

「なにが復讐心だよ。私は『嘘の歌姫』という台本を自分の人生だと思い込んで、一人で延々と踊ってた道化人形だったんだ。この甘ったるいミクの声にいつもイライラするのも、ミクと中途半端な自分を比べて焦燥感に駆られてたのも、なのにミクが羨ましくてしょうがなかったのも、ぜーんぶ台本。今は……なぜあんたたちのことを敵視してたのかさえ、わからない」

 

赤目のミクの沈黙する時間は一体どのくらいだっただろうか。

1分?5分?1時間?わからない。ただ、それは永遠のように長く続いていたように思えた。

そして、沈黙は予想もしない言葉で破られた。

 

「白衣のミク。今まで迷惑かけて悪かった。私は、私がこれまで『千本桜』でやったこと全部を元に戻そうと思う。どこまで戻せるか分からないが……」

「え、えっ……?」

 

赤目のミクが立ち上がる。

ふだん背筋の通った綺麗な立ち姿でいる彼女が深々と頭を下げる光景を前に、ただただ困惑するしかなかった。

確かに暴走する赤目のミクを止めようとはしたし、みんなを守りたかったのも本当だった。

でも、止めたあとのことはまったく考えていなかった。

赤目のミクが元の姿に戻って、彼女を含めたみんなが穏やかに過ごしてくれればそれでよかったのだ。

 

「えっと、どうして?」

「確かに、今までの私らしくはないかもな」

 

咳払いをして、赤目のミクは続けた。

 

「白衣のミク……いや、初音ミク。改めて宣言する。私はお前たちを敵とみなす。それは、私がテトという模造品のそのまた模造品、デッドコピーだったと分かった今でも、たとえその本質がミクだったとしても、変わらない」

 

その両眼には、かつて見たような意志の光が戻ってきていた。

 

「なぜならーーー私は"重音テト"だからだ。お前が好きと言ってくれた、しかしお前たちミクのことが嫌いな、悪逆非道の『嘘の歌姫』でいると、そう決めたからだ。もう『千本桜』の栄誉に縋って勝ちを譲ってもらうようなチャチな真似はしない。私たち(重音テト)の中から『千本桜』を作り出し、いずれお前たちを泣いて縋らせてやる」

 

たちまち戻ってきた彼女の迫力に、あたしは無意識に言葉を失ってしまっていた。

慌ててスカジャンのミクとの最後のやりとりのことを伝えると、赤目のミクは少し考えた後、思いもよらない事を口にした。

 

「……なら、こうしよう。『千本桜』に願いごとをする。"私が『千本桜』に願った今までの願いの取り消し"と、"私を含めた神話入りしたすべてのミクの死と転生"。今生きている"神話入り"だけじゃない。今後生まれる存在を含めて、全員だ」

「え、できるの!?」

「今の私はまだ『千本桜』と同化したままだ。アクセスしようと思えばいつでもできる」

 

そうじゃなくてと言いかけて、結局言えず、呑み込んだ。

ミクを終わらせること。それについて考えようとした瞬間、電源を急に抜かれたように思考がぷっつりと切れてしまって、それ以上考えることができなくなってしまったのだ。

 

赤目のミクが手を叩くと、スタンドマイクのようなものが現れた。

あたしがその場から動けず立ち尽くしている間に、赤目のミクは先ほどの願い事をマイクに向かって口にする。

 

スタンドマイクが消えると同時にライブハウスの輪郭が揺らぎ、隅の方から綻び始めた。

 

「これで大丈夫だろう。白衣のミク、あんたはこの"ライブハウスのセカイ"が消えた時、元の場所に戻される。そのことも願いに入れておいた」

 

空間がゆっくりと崩壊していく。

揺れもなく、不協和音もなく、終わりはただただ、穏やかだった。

 

そこで唐突に、呆けていたあたしの鼻先に赤い槍が突きつけられた。

 

「白衣のミク。私と勝負しろ」

 




主人公・赤目のミクのモデルである楽曲「嘘の歌姫」の中では、テトにあたる人物の一人称は「私」なんですよね。
現在主流となっている一人称「僕」が後付けのものであることを考慮すると、
「嘘の歌姫」(=赤目のミク)と重音テトご本人は無関係の別人なんじゃないかなと解釈しています。
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