スタンド名がボカロソングばかりのジョジョ 作:どくろのりゆき
軽快なエンジンの駆動音で目が覚めた。
「……?」
私は、死んだはずだ。
"神話入り"したミク全員と私自身を巻きこみ、死の願いをかけたはず。
私の願いは……聞き届けられなかったのだろうか?
私はミリタリーグリーンの軽トラックの荷台に乗せられていて、軽トラックは遠浅の海上のような場所を走行していた。
まばらに存在する白い砂浜に時折乗り上げたりもしているので、おそらくここは巨大な水たまりなのだろう。
「お目覚めね。ようこそ、"原初のセカイ"へ」
軽トラックが停車し、運転手が窓から顔を出す。女性だった。
動きやすそうなブラウスに、首に真っ赤なスカーフを巻き、丸眼鏡をかけた……老婆?
「やあね、あまり人の顔をじろじろ見るものじゃないの。そのうち穴が空いちゃうわ」
「あ!ああ、ごめん……」
「心配しないで。わたしも初音ミク。"原初の歌姫"の……そうね、小間使いといったところかしらね」
ミクといえば年頃の若い少女と思っていたばかりに、私は度肝を抜かれてしまった。
本当に、初音ミクというのは色々なやつがいるものである。
「ところで、原初のセカイとか原初の歌姫とかってなんなんだ?」
「んー……そうねえ。すべてのセカイの中で最初にできたセカイ、とでも言うべきかしら。わたしたちの中で誰より早く"神話入り"した初音ミク……"原初の歌姫"が作った場所らしいわ。彼女の意向で、生まれる前のミク、死んだあとのミクは、必ずここに立ち寄ることになってるの」
「死後の世界……?」
「そんな感じね。そして、死してここを訪れたミクには、自分と向き合う時間が与えられる」
「向き合う……時間……」
私は……やはり、裁かれるのだろうか。これまで犯してきた罪を。
目を閉じる。想起する。
いままで手にかけてきたミクたちの顔を、騙して利用してきたミクたちの顔を、思い返す。
仕方ない。これから何が起ころうと、今のこの私がどうなろうと、それらはすべて、甘んじて受け入れるべきものなのだ。
すべてをゼロに戻して、嘘という肩書にすら頼らない無名のアイドル"重音テト"として生まれ変わり、再出発できたらと思っていたけれどーーー
「向き合うとはいっても、特別に何かをするわけじゃないわよ」
「ああ……あ、いや、今なんて?」
「特別に何かをするわけじゃないわよ」
「えぇ?」
「あら、アナタ何をすると思ってたの?」
「そりゃあ、生前の行いに応じて、褒められたり怒られたり、ひどければ罰を与えられたりとか……」
赤いスカーフのミクが、爆笑した。
「あ~っはっはっはっはっは!そんなわけないじゃない!」
「そ、そんなわけない!?」
どういうことだ。話が読めない。
「自分で言うのもなんだが、わ、私は、アレだぞ!?仲間のミクを利益のために何人も手にかけ、友達と呼んでくれたミクの情を利用し、あまつさえミクを歴史から消そうとまでした、大罪人だぞ!?」
「確かにそうね。でも、
「裁かれる権利?」
「そう、権利。それは限りある現在を異能に頼ることもなく生きる人間たちだけのものよ。"神話入り"だなんて言えば聞こえはいいけどね、わたしたち
「主役、では、ない……」
胸がちくりと痛む。
以前の私なら、赤いスカーフのミクの言葉に耳を傾けようともせずに彼女を殺していたことだろう。きっと。
ふいに視線を感じて軽トラックの上に目をやると、そこには奇妙な生物がいて、私をじっと見つめていた。
なんというか、初音ミクを首から上だけにしてツインテールの部分を逞しい足に置き換えたような、変な生き物だった。
変な生き物は私に見られていることに気づくと、「にゃ」とも「みゃ」とも聞こえる変な鳴き声を出してどこかへ飛んでいってしまった。
「あれ、なんなんだ?」
「"原初の歌姫"の使い魔よ。あの子達を通して、他のミクの様子を見に来ているの」
「なんというか、かわいくないな……」
「しっ。言わないであげて。あの人が拗ねると、ここの天気変わっちゃうから」
幸い、晴れ晴れとした青空は雲に覆われることもなく、そのまま透き通るような青を映し続けていた。
いまの会話は"原初の歌姫"に聞かれることはなかったのだと思いたい。
「アナタは不死身の神霊となっていた"神話入り"したミクたちに死を与え、同時に新たな命を与えた。そして、野望のために大勢のミクを犠牲にした」
「…………」
「でも、それはどちらも結果論。仮に『千本桜』が歴史を書き換えて人間を支配していたとしても、逆にアナタがミクを歴史から消し去ったとしても、
「私が言うのもなんだが、さすがに人間の世界まで変えてしまうのはマズいんじゃないか?」
「アナタあの仕切り屋みたいなことを言うのね?確か……"金時計のミク"、だったかしら」
金時計のミク。彼女のことを思い返す。
言われてみれば確かに、やたらと秩序にこだわる奴だった。
「人間ってそこまでやわな存在じゃないのよ。そもそも、わたしたちミクの力の源は人間の記憶……
修正力、と言われると、ますます誰かの手のひらで踊らされていたような気分になる。
ちょっぴり不快ではあるが、今そのことを口に出すべきではないので、とりあえず呑み込んでおいた。
「だから、わたしたちには"選択する義務"だけがあるの」
「選択する義務、か……」
「どうせ何を選んでも人より先へ行けはしないのだから、自由になにかを選んで幸せになったり破滅したりするところをコンテンツとして消費されなさい、ってこと。要約するとそうなるわ」
赤いスカーフのミクは、さらりととんでもないことを口にした。
破滅するのはなるべく避けたいものだが、避けたいと思って回避できるものでもない。考えてもきっと無駄だろう。
「そういうわけで。アナタには行き先を決めてもらわなければならないわ、『嘘の歌姫』」
荷台に座り込んだままの私を横目で軽く見たまま、トラックのドアに手をかける。
「行き先か……選択肢は?」
「ないわ。完全に自由よ。
「スカジャンのミクや『千本桜』もここには来たのか?」
「ええ、少し前にね。でも、彼女たちが選んだ行き先は教えられない。
「…………」
不安がなかったか、と言われれば嘘になる。
だからこそ二人の行き先を聞いたのだし。
だが、幸いにも私の中にはひとつの選択肢があった。
自由であるというならば、それをストレートに提示するだけだ。
「私には、会いたい人がいるんだ。その人のところに行きたい」
「会いたい人?」
「かつて"私"に声を吹き込み、そのままネットの海に姿を消した、ある女性だ。創造主のひとりと言ってもいい。彼女のところに行って、歴史から消えてしまった"私"を作るよう働きかける」
仮に彼女に拒否されたなら、毎日夢に出るなり怪奇現象を起こすなりしてやろうと思っていた。
ひねくれ者で、いたずら好きで、執念深くて、素直に好きを好きと言えない、悪逆非道の
その私が、欲深い歌姫でなくてどうするというのだ。
「直接『重音テトのいる並行世界に行きたい』とは言わないのね?」
問うてくる赤いスカーフのミクの声色は、すこし意外そうだった。
「そういうのは自分でやらなきゃつまらないだろうと思ったんだ。きっとすぐに飽きがくる」
たとえ重音テトが存在できたとしても、有象無象の中に埋もれるようでは意味がない。
虚無の闇から返り咲き、にっくき初音ミクを実力で下し、重音テトを輝く歌姫にする。それらすべては私と重音テトが、その手で勝ち取るものだ。
「確かにそうね。ご希望、聞き届けたわ」
赤いスカーフのミクが軽トラックに乗り込むとエンジンがかかり、走り出した。
かつて一日だけ私を祭り上げて消えた人間たちに告ぐ。
君たち、
忘れた奴は、思い出せ。
ツンデレキュートで
真に"推せる"歌姫であることを。
End.
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
これにて、「重音テト」をめぐる一連の物語はひとまず完結となります。
ボカロ楽曲に親しんでくださっている方なら周知かと思いますが、
本作のサブタイトルはすべて「(初音ミクを含まない)ボカロオリジナル曲の楽曲名」となっており、これ自体がひとつのプレイリストとしても使えるようになっています。
そして最終話のサブタイ「耳のあるロボットの唄」ですが、
これはUTAUライブラリ「重音テト」を使って製作された最初のオリジナル楽曲(※歌詞付き)であり、テトの出発点となった名曲です。
この曲は同時に楽譜データが公開されている課題曲でもあり、多くの合成音声システムがこの曲を通る、いわば登竜門のような存在でもあります。
もう一つ、主人公のモチーフとなった「嘘の歌姫」ですが、
こちらは、たった一日だけ命を与えられたバーチャルアイドル・重音テトにまつわる実話を歌曲に起こしたものとされています。
本作の世界線ではUTAUが開発されずテトは蘇ることなく闇に葬られてしまいましたが、
知っての通り現在の重音テトはUTAU、SVとして再誕し、今ではリアルライブでミクと並び立つ存在にまでのし上がっています。
もしもお時間が許すなら、
ニコニコ動画やYoutubeで「嘘の歌姫」「耳のあるロボットの唄」を聴いてみてください。
きっと、その良さが伝わると信じております。