スタンド名がボカロソングばかりのジョジョ 作:どくろのりゆき
"願いを叶えるミク"。
この世界に生まれ落ちた"初音ミク"なら、極端な人見知りでもない限り必ず一度はその名を耳にする存在。
あたし達"初音ミク"のほとんどは、それぞれがそれぞれなりの願い事というものを持っている。
だからーーー無邪気に願ってしまうのだ。
それが誰かを傷つける悲しい願いであるなどとは、露ほどにも思わず。
石造りのレトロ通りはミクの気配がまるで感じられないくらいに静まり返っていた。
街灯の類もあるにはあるけれど灯っているものはひとつもなく、冷ややかに差し込む月明かりだけがしじまの街に降り注ぐ。
限りなく闇に近い夜の中では、赤目のミクの鮮血のような赤色をした目はよく目立つ。
なんとなく、その瞳は灯火となって辺りを照らしてくれているような気がした。
……ただ二人で並んで歩いているだけだけれど。
「ねえ、赤目のミク?」
「なんだ」
「そういえばあなたの願い事、聞いてなかった気がして。よかったら教えてくれない?」
赤目のミクはあまり積極的に喋るタイプではない。
言葉を自分の中で反芻して選びとる習慣が身についているのか、いつも少し考え込んでから、必要なことだけを教えてくれる。
今の彼女も、それは同じだった。
「私は……『この世界の歌姫が、私のように飢えることがない世界』をお願いしようと思っている。……本音を言えば、私自身が腹一杯になりたいだけなんだ。でも、私たちはそのミクに何でも願っていいんだろう?だったら、人の分の幸せまで願ってやる方が、幾分か効率的だと思ってる」
「ふふ。素敵ね」
にこりともしないまま答えてくれた赤目のミクの不器用な態度に、つい、笑みがこぼれた。
ああ。やっぱり。あたしは"初音ミク"全般が心の底から好きなミクなのだろう。
「……待て。誰かいる」
赤目のミクの張り詰めた声に、自然とこちらも背筋に力が入る。
彼女の目線が向くその先には、制帽を目深に被り耳元からアンテナを生やした"初音ミク"がいた。
「ストップ。貴殿らにはここで引き返してもらうでありますよ」
「誰だ」
「自分、神樹の守護者様より遣わされし者、『よるをおよぐ』であります」
「引き返すつもりはない、と言ったら?」
「であればーーー」
『よるをおよぐ』と名乗ったミクは、手に持っていた長い棒を地面に突き立てた。
彼女の持つ棒の先端がネオンライトのように煌めき、赤い円に斜線の入ったマークが浮かびあがる。
刹那の後、誰もいないレトロ街に無数の灯りが灯った。
「しょっぴいて守護者様の前に突き出すしか、ありませんなあ!」
家屋や街灯の灯りではなかった。
ネオンサインで彩られた大小様々な道路標識が街の至るところに突き刺さっており、それらが煌々と輝いていたのだった。
「『キメラ』!」
「『よるをおよぐ』、2番街、3番街、4番街に速度規制!」
赤と青の光を放つ速度制限標識の隙間を、槍を持った赤目のミクが縫うように走り抜けていく。
赤目のミクがその脇を通り過ぎるたび、「5km/h」を示した道路標識が点灯する。
「規制!」
"制帽のミク"は、赤目のミクの前に突如出現した。
同時に手に持っていた槍をはたき落とし、また瞬間的に消えた。
その槍を拾おうと身を屈めた途端、赤目のミクの動きが電気でも流したように硬直する。
「……!?」
「本エリアにおいて、危険物の持ち込みを固く禁ずるであります!」
赤目のミクのすぐ側に、刃物に対してバツ印が書かれた標識が立っていた。
さっきまでそんな標識はなかったはずなのに。
「くっ……そォ……!」
赤目のミクは槍を諦め、素早く後退した。
赤目のミクの戦いを見るのは、スカジャンのミクの"テスト"以来だ。
基本的に彼女は、その場その場に合わせた武器を作り出して格闘戦に持ち込む。能力自体はあまり強いほうではなさそうだけれど、彼女の卓越した戦闘技術がそれを補って余りある力を発揮している。
だからこそ、得意の武器を封じられた戦いを強いられる彼女の姿は見ていて辛そうだった。
「規制!ここから先への侵入を禁止するであります!」
徒手のまま前かがみになり、構えを取る赤目のミク。
対する制帽のミクは、どこからか取り出した侵入禁止標識を杖のように持っていた。
あたしの能力はーーーここでは使えない。
あの制帽のミクの能力は、多分その場にモノを設置するタイプだ。そして、それはあたしも同じ。
敵の術中であるこの場所で今から能力の仕込みをし始めるのはあまりにも分が悪い。
あたしは白衣の袖口の下の、両手首に嵌められた鉄製の手錠を握りしめる。
邪魔にならないよう逃げ回ることしかできない自分が、今はとても歯痒かった。
「あたしがーーー」
なんとか彼女の役に立てないか。
そう考えたあたしが制帽のミクの注意を引くため声を出そうとした、その瞬間。
あたしの身体は猛スピードで飛んできた何かに抱きかかえられて、その場から引き離されてしまった。
ーーーーー
武器を封じられた私はひとまず逃げに徹することにした。
”武器所持禁止”の
ひとつ。奴が出会い頭に能力を発動したにもかかわらず、変化らしい変化が感じられないこと。
何が起こっているのか、あるいは何をされているのか、全くわからないのだ。
ふたつ。瞬間移動とも思しき異常な速度で出現と消失を繰り返していること。
これも含めて能力の範疇なら辻褄は合うが、そうだとするならあまりにも瞬間移動を乱用しすぎだ。
あれだけ乱発していればすぐガス欠になりかねない。
みっつ。奴は能力行使の際に標識を立てているようなのだが、
「標識を立てる」というただそれだけのアクションをわざわざ隠す意味があるかがそもそも謎であるし、それでいながら私から見える位置を選ぶ理由はもっとわからない。
考えを巡らすうちにある仮説に行き着いた私は、その場で足を止めた。
足を肩幅ほどに広げ、両手をだらんと下げ、軽く俯き、呼吸を整える。
「隙を見せましたなあ!『よるをおよぐ』、この場に落石注意の標識をーーー」
「『キメラ』」
私は接近してきた制帽のミクに力いっぱいのアッパーを食らわせた。
能力で生成したナックルダスターを装着しての、渾身の一撃だ。
みぞおちを殴られた衝撃で、制帽のミクの身体が大きく吹っ飛んだ。
「!?い、今なにをしたでありますか!?」
「
「!!」
「あんた、速度規制標識で私の動きを遅くしてたんだろ。時速5km/h……人間が走る時の時速以上で移動しようとすると、体感速度がそれ以下になるように」
「な、なにを……!!」
つまり、私の動きを思考ごと遅くすることで、こいつは相対的に素早く動いていたのだ。
事実、足を止めた瞬間、あれほど捉えづらかった制帽のミクの動きが急に見えるようになったのだから。
「ついでに標識自体にも弱点がある。あんたは私を止めるのではなく遅くして、その上で至近距離まで近づいてから標識を立てていた。ってことは、標識は一度立てたらその場所から動かせないか、立てた後にターゲットが通り過ぎないと効力を発揮しないんだろう。徹底して待ち伏せを目的とした能力だったってわけだ」
「っ~~~~!!」
地団駄を踏む制帽のミク。図星だったらしい。
「どうした?私は逃げも隠れもしない。
「っう、う、うあああーーーーーっ!!!」
自棄を起こして駆け出してくる制帽のミクの腹に蹴りを食らわせ、ダウンをとった。
腹を押さえ、地面でうずくまる彼女に対し、私はもうひとつの疑問を投げかけた。
「もう一つ不思議なことがある。テレビ頭といいスカジャンといい、お前たちは殴るとか蹴るとか、私に直接触れるような攻撃をしてこないが、何故なんだ?」
「そ、その質問、そっくり貴殿に返すでありますよ……」
「何……?」
「しかしもう、無駄であります……貴殿らの企みなど、守護者様はとっくにお見通しなのですから……」
「待て何の話だ」
「自分は囮役にすぎません……ボディーガードである貴殿を引きとめ、あのミクを無防備にするための……」
力なく倒れ、ぜえぜえと肩で息をしながらも、制帽のミクの口角は上がっていた。
そういえば、先ほどまでいたはずの白衣のミクの姿が見えない。
「白衣のミクが……あいつがどうかしたのか?」
「上から白衣を着ればごまかせるとでも……ゲホッ、思ったのでしょうか……なら、貴殿は奴に嵌められたのであります……」
「嵌められた……?」
「名もなきミク。貴殿も覚えておくであります。奴は『