「ガアァァァァァァッ‼‼」
大気を斬り裂きながら岩の刃が降り注ぎ、辺り一帯に破壊を撒き散らす。
いわタイプの大技『ストーンエッジ』。極めて高い威力と急所に当たりやすいという性質から好んで用いるトレーナーやポケモンも多い。
「……シィッ‼」
その驟雨と見紛わんばかりの弾幕を柔軟な身体で躱し、ストーンエッジを放ったバンギラスの無防備な脇腹にクローネの『どくづき』が的確に突き刺さる。
「ギャアオォッ‼」
「ッ‼」
しかしながら、その一撃は浅い。
横合いから飛んできた尻尾の薙ぎ払いを宙返りで避けて後ろへ下がりながら、クローネは舌打ちする。
(硬い……‼)
流石にいわタイプ複合の最終進化形。本来なら致命的な弱点であるかくとうタイプの技を食らって尚この暴れようだ。
自分が使える技で有効打になり得るのは『けたぐり』か『インファイト』……先程前者の手札を見せた以上、まともに通る可能性が高いのは後者の『インファイト』だけだ。
しかし『インファイト』を出すには一瞬のタメが要る。果たして目の前の相手がそれを許してくれるのか。
「バギャォオッ‼」
「シャァッッ‼」
クローネに考える暇を与えず、バンギラスは鈍重な見た目からは想像がつかないほどの勢いで『かみくだく』を繰り出した。
一撃でも岩を砂糖菓子の如く粉砕する威力。どこに当たろうと致命傷となりえる技を、それも連続で、だ。
想像するだに恐ろしい攻勢、そして圧倒的暴力。
しかしながらそれは─────。
「シィィィァッ‼」
「バッギャア!?」
それは、
回避、回避、回避。柳のように脱力し、暴風のように吹き荒れる攻撃の嵐をクローネはするりするりと躱していく。
そして、噛み付きと噛み付きの間隙。
バンギラスの攻撃の呼吸を狙い澄ました、カウンターの『どくづき』がその喉元を抉るようにして突き刺さった。
「バッ、ギ、ア……!?」
不意を突かれた形で一撃を受けたバンギラスはその巨体を蹌踉めかせながら後退る。
二連続の『どくづき』、それで打ち込めた毒の量自体は僅かではあるが確かにバンギラスの体力を削りつつあった。
(このまま『インファイト』でノックアウトさせる!!)
戦闘を長引かせる理由はない。そしてバンギラスが見せたまたとない大きな隙。
クローネはこれを好機と捉え、最高威力の技を決めるために接近し─────。
「ッ!?」
そのチャンスを捨て、全力で『逃げた』。
彼女の咄嗟の判断は、的確であったと言わざるを得ないだろう。
「バギャッ……バギャルァアアアアアアア‼‼‼」
もしそのまま突っ込んでいたのなら……今頃は蹌踉くように
クローネのすぐ側を光の奔流が擦過し、余韻として軌道上に残された高熱がちりちりと肌を苛む。
「ゴ……アアアアアアアアーッ‼」
バンギラスは一向に『はかいこうせん』を止める素振りを見せず、それどころか頭を動かしてクローネを執拗に狙い撃ち続ける。
「こいつ、
先の『ストーンエッジ』以上、その反動が自分にも来る程の火力を当たり構わず振り回す。
そんな真似をすれば当然、流れ弾が大空洞の天井や壁を抉って礫や岩の欠片が剥落し、みしみしと地の底から震えてくるような音が聞こえ始める。
(この空間ごと潰す算段……いや、コイツは全力で目の前のアタシを潰す事だけしか考えてない‼)
頑強なバンギラスからすれば崩落に巻き込まれようが自慢の馬鹿力で脱出すればいいだけの話だろうが、巻き込まれるかもしれない他のポケモン達のことを考えれば、それだけはなんとしても避けたい事態だ。
せめてピアニーと連携が取れればと一瞬思考が過るが、今頃詮無き話だ。
その彼女は、現在─────。
「あー、もうっ‼しつ、こい‼ですわね‼」
「シャアァァァッ‼」
放たれた『アシッドボム』を巧みなステップで躱しながら、執拗に諦めず攻撃してくるアーボックと不本意な追いかけっこに興じていた。
「そういうタイプの殿方は、嫌われますこと、よっ‼」
痺れを切らして『アシッドボム』の弾幕で仕掛けてきたアーボックに対し、避けきれぬと判断したピアニーは敢えて立ち向かうように振り返り、勢い良く首を二度振るう。
その瞬間、ピアニー目掛け飛んできていた10を超える緑色の液体が一斉に何かにぶつかったように飛散。更にアーボック自身も何かに気づき、その巨体に見合わぬ敏捷さで飛び退った直後、その場の地面が爆ぜ飛んだ。
「チッ……またお手入れしなければいけませんわね」
ヒュン、ヒュンと風切り音を立ててピアニーの小さな手に収まったのは、長い三つ編み状の二房の髪。
その先端には鋭いツメが付いた丸く大きな髪留めが付いており、先程の弾幕の迎撃、そしてアーボックへの攻撃はこれを鎖分銅のように振り回して行ったのだ。
「しかも、やけに粘つくし……この落とし前は、高くつきますわよ……?」
やむを得ずとはいえ、毒液を弾いたことでピアニーの紫色の三つ編みの先端は緑色に穢れ、ベタついて指にまで液体が張り付いていた。
ギジンカした彼女にとって髪は命にも、いやそれ以上に大切であり自慢である。
初めて
スコルピの時も、ドラピオンの時もギジンカするその時までなかった、ノウルの手持ちとして誇れる物。
(まあ、マスターに褒められる以上の歓びなんてそうそうないのですけれど)
ともあれ、目の前の敵を片付けてノウルの元へ急いで帰りたいピアニーだが実のところ、アーボック相手に彼女は有効打を持ち合わせていない。
いや、正確には持ってはいるのだが……一つ問題がある。
(『じしん』なんて使ったら、間違いなくクローネを巻き込んでしまいますわね……)
敵味方を問わずに巻き込む『じしん』。使い手である彼女はいざ知らず、どくタイプのクローネには致命傷になりかねない技だ。
とはいえ残る攻撃の二つ、『クロスポイズン』は効きが悪く『つじぎり』は最初の奇襲で見せたことで明らかに警戒されている。
(さて、どうしたものッ……!?)
背筋に走った悪寒と直感に従い、ピアニーは思考を捨ててなりふり構わず全力で上に跳んだ。
彼女の視界の隅でアーボックが地面にのめり込むように身体を沈ませたのがちらりと映る。
直後、ピアニーとアーボックがいた空間を『はかいこうせん』が通り過ぎていった。
避け続けるクローネに苛ついたバンギラスが勢いよく頭を振り回し、全方位を薙ぎ払ったのだ。
「クローネ‼」
宙空で逆さになったピアニーと地面を疾駆するクローネの目が合う。
それだけで、互いのやることは全て理解した。
何分、数年来の付き合いだ。向こうが何をして、自分が何をすればいいのかくらいはなんとなくで分かる。
『はかいこうせん』の流れ弾をやり過ごしたアーボックが地を這い、落ちてくるピアニーに必殺の一撃を狙わんと鎌首をもたげた。
小型のポケモンならば一呑みにしてしまいそうな程に開かれた真っ赤な口からは、緑色の毒液を滴らせた長い牙が獰猛に覗いている。毒が効かずとも、噛み付き自体の威力はまともに受けて良い代物ではない。
「シャガァァァァァッ‼」
「────ハ、ァァッ‼」
アーボックが小柄な少女をその顎門に捕らえるよりも一瞬早く、ピアニーのドレスの下から伸びていた尻尾が地面を叩き……大地を
その衝撃は至近距離にいたアーボックを吹き飛ばすに留まらず、やや離れた場所にいたバンギラスにも到達し、要塞じみたその巨体を蹌踉めかせる。
折悪しくも『はかいこうせん』を撃つ気力が尽きた瞬間。技の反動で動けずにいたが故にモロに衝撃を受ける形となる。
────では、クローネは?
「……シ、ィ、ィッ……‼」
彼女はピアニーが地面を打って『じしん』を放つ瞬間に合わせ、バンギラスに向かって跳躍していた。
空中にいるならば、地面の衝撃は伝わらない。
ぎし、ぎし、としなやかな肢体に力が込められ、行き場を失ったエネルギーによって筋肉が隆起する。
そして……限界まで引き絞られた力が、解き放たれた。
「く、ら、えェェェェェェッ‼」
パ ァ ン。
文字に起こせばそういったような、しかしながらくぐもったような重い破裂音が低く響き渡る。
それは拳打、蹴撃、手刀、連撃。
数十にも及ぶ全力の打撃が、過たずバンギラスの全身にありったけの勢いで叩き込まれ、その体内で一つの衝撃として合一し炸裂した音であった。
「ば、ッバッ……キ゚……」
臓腑を駆け抜け、蹂躙する衝撃と激痛。
それはいかに強靭な体躯を持つバンギラスであろうと耐えきれる訳がなく────ぐるりと白目を剥いて、どうと倒れ伏した。
そのまま立ち上がってくる様子がないのを確認してからクローネは漸く警戒を解いて、尻尾を巻いて逃げ去っていくアーボックを見送るピアニーの方を振り返った。
先の『じしん』で痛打を受けたのか、自分では勝てぬと悟ったらしい。
「……正直な所助かったわ、ピアニー。あのデカブツ、こっちの動きに慣れてきてたし」
「おやぁ?いつもツンケンしてるクローネが珍しいじゃあありませんの」
「別に?たまにはそうしたい時もあるってだけよ」
「きひっ、きひっ♫ま、そういうことにしておきますわ」
まるで分かっていると言わんばかりの、見透かしたようなピアニーの態度にクローネは少しだけ気恥ずかしそうにしながらも、照れ隠しに目の前の少女の頭を鷲掴みにしてワシャワシャと撫で回す。
「いいからとっとと出るわよ。ちんたらしてたらノウルの奴、また逆戻りしてくるかもしれないし」
◇◇◇
「うおおおおお‼離せ‼まだ中にアイツらがいるんだ‼」
「駄目です‼本来ならジムバッジ所持者でないと侵入禁止なんですよ‼」
「我々が代わりに……力強ッ!?誰か来てくれ、複数人じゃないと無理だ‼」
「……なーにやってんだか」
クローネとピアニーが竪穴から出た時、そこには竪穴に入ろうとしている青年とそれを必死に留めるポケモンレンジャー達という光景が広がっていた。
男性としては細身の体型ながら火事場の馬鹿力でも出ているのか、レンジャー三名がかりでなんとか抑えられている有様だ。
「ノウル」
「‼ 二人共‼良かった……」
二人の無事な姿を見て、ほっと安堵の息を吐くノウル。
レンジャー達もノウルの待ち人が戻ってきたことに気付き、ノウルの身体を押し留めるのを止めて近づいてきた。
「あなた達が彼の……その」
「手持ちよ。ピアニー」
「畏まりましてよ」
クローネの言葉と共にピアニーの身体を光が包みこみ、一瞬の内に人間の姿から本来のポケモンとしての……ドラピオンの姿に戻る。
『ギジンカ』出来るポケモンは、色違い程ではないが中々見られない存在だ。
野生下では大規模な群れのボスであったり、高レベルの個体であったり。
手持ちであれば、それこそジムリーダーのような強いトレーナーや長年連れ添ってきた竹馬の友のような深い絆に結ばれた間柄のトレーナーに限られてくる。
「中々珍しいでしょ?『ギジンカ』個体が二体もいるなんて」
「いやあ、自分は初めてですね。ポケモンリーグの上位陣だと複数抱えてる話は聞きますけど」
世間話を挟みつつ、クローネがレンジャーから事情を聞き出した限りでは、ノウルが助け出したあの中年の男はやはりベトベトンから採れる希少鉱石を狙ったハンターであった。
ただし『雇われ』という形での、だ。
ネットで『手軽に高額報酬』という字面の広告につられ、借金に追われていた男はホイホイと申し込み、言われるがままにユグレ湿原へと乗り込んだ……というのが真相らしい。
「ポケモンすら持ち歩いていなかったと言われた時は自殺志願者かと思いましたよ」
「その広告主とかは分かってたりするの?」
「いえ、ただ最近こういう犯罪紛いの行為に加担させる広告が出回ってましてね……詳しいことはこれから取り調べる予定です」
アーボックとの戦闘で汚れた身体をノウルに拭いてもらっている
「しかし……あなたやあちらのポケモン、見る限り相当強そうですけどジムバッジの取得とか考えてませんか?色々と便利ですよ?」
ジムバッジの取得は、単にトレーナーとしての力量を保証するだけに留まらない。
このユグレ鉱山のような危険地帯への立ち入り、フレンドリィショップでの割引、他者とのポケモン譲渡における制限の解除。公私において様々な恩恵が受けられるようになるのだ。
「遠慮しとく。それにアタシは単なるポケモンよ?決めるのは
しかしながら、クローネの返答はそっけなかった。
「大体、アイツは優しすぎる。後頭でっかちだしトロいしアタシ達が支えてあげないとへっぽこだし……」
「そろそろ止めてあげてください。トレーナーの方が明らかに凹んできてます」
「……聞こえてるぞー……」
「耳が痛いなら善処してちょうだい」
ピカピカに洗ってもらったピアニーがうんうんと頷いて同意を示す。
味方はいないのかよぉ、とぼやきながら青年は立ち上がってズボンの砂埃を手で払った。
「まあ、なくても俺の仕事には支障がありませんからね。もっと意欲がある人がジムバッジを持っておくべきですよ」
「そうですか……それでは、気をつけて離れてくださいね。立ち入り制限があるのは鉱山内だけですが、この辺りも強いポケモンが出ますから」
「ご苦労様です」
規制線を張りながら付近の調査準備を進めていくレンジャー達に会釈すると、手持ちのポケモン達をボールに戻してノウルは鉱山を後にして帰路に着く。
(……あ、結局ベトベトンのサンプル取り忘れたな……)
しかしながら、今日は色々ありすぎた。
日は既にかなり傾いており、調査を続けようにも危険すぎる。
(ま、今日は一旦帰って次の休みに仕切り直そう。まだサンプルを使うような成分検査や比較実験の段階じゃないし……)
いずれチャンスはある。ベトベトンはすぐにいなくなる訳でも手の届かない場所に行く訳でもないのだから。
ノウルは、楽観的にそう考えていた。
────その二日後、『ユグレ湿原全体の立入禁止』という規制情報がポケモンリーグ公式から発布されるまでは。
感想やご意見、お待ちしております。
次回ももっと面白くしていけるよう精進して参ります。