「もうとっくに終わったモノだと思っていたよ」
年老いた魔術師はコーヒーを飲みながらそう呟いた。
彼女の対面には学生服を着た少女の姿がある。
その少女の赤く長い髪は全くと言っていいほど整えられておらずボサボサのままだ。
その姿から少女のガサツさが垣間見えており、また、事実として少女の私生活はだらしがない。
気だるいからと何日も風呂に入らないのはザラであり、師匠である老婆も手を焼いていたのだ。
容姿は非常に良いのだから、しっかり見た目を整えれば周囲から一目置かれるだろうに……と、師である彼女は頭を悩ませていた。
因みに学校には通っていない。
学生服は少女の単なる趣味である。
「いやいやマギア師匠!!なんでこんな面白そうなコンテンツを今まで教えてくれなかったんすか!?」
マギアと呼ばれた老婆は、大袈裟に肩を上げ、まるで相手を嘲笑うかのように答えた。
「面白そう?なんのことだい?」
「とぼけないで下さい!!聖杯戦争っすよ聖杯戦争!!–––勝てばなんでも願いが叶えられる聖杯を求めて七人のマスターが競い合う……面白そうじゃないっすか!!」
「……はぁ~……聖杯戦争が面白そうか……なんでまたこんな面倒ごとに興味を持つかね全く」
彼女の師であるマギアは淹れたてのコーヒーを更に一口飲み、先程とは打って変わり、肩を落としながら呟く。
魔術に対して情熱を持とうとしなかった怠惰な弟子が、魔術関連に興味を抱く姿を見れるのは有り難い。
魔力が高く、魔術にずば抜けた才能があった少女–––名前をアリアン=ウォーロックという。見た目通り年齢は16歳。
十年前、孤児として施設で暮らしていた彼女をマギアは偶然見つける。
一目で老婆はアリアンが放つ魔力に惚れ込み、多少無理矢理に弟子として迎え入れたのだが……その才能は予想を大きく超えていた。
あらゆる魔術を簡単に習得して来たアリアンは、最初こそ異能の力に目を輝かせていたものの、その修得難易度の低さにいつしか興味を持たなくなってしまったのだ。
決して教えるマギアのレベルが低い訳ではない。彼女は名の知れた魔術師である。魔術の世界を生きるなら知らぬ者など居ない大魔術師だ。
だからこそアリアンの異質さが際立つ。
今では日課の修練すらもまともにやろうとしない程、魔術に対する興味を失くしており、一日中ゲームや睡眠を貪っている。
そう、魔術がゲームに負けてしまったのだ。
しかし、だからといってアリアン以上の後継者など存在しないのも事実なのだ。
どんなに才ある者も、勉強熱心な者も、アリアンと比べると小粒でしかない。
そんな類稀なる実力を磨こうとしないからマギアは無念に苛まれている。
そのやる気の無さを勿体ないと心底惜しみつつも、自らの後釜として育て続けていた。
そんな自堕落な少女がようやく魔術関連に興味を持ったかと思えば、幾度となく災害を齎し、もはや魔術師達の間では呪われた存在となってしまった聖杯戦争。
しかも呪われたモノを『コンテンツ』などという軽い言い回しで語るのだ。マギアはますます頭を抱えた。
「ねぇねぇマギア師匠!聖杯戦争って実際にどうなんですか!?やっぱり楽しいんでしょうねぇ~!!」
「さっきも言ったが、もうとっくに終わったモノだと思っていたんだよ。面白いかどうかなんて知った事ではないよ」
「え?魔術関連なのに師匠でも知らない事があるんすねぇ……」
「知らないんじゃない、興味がないね」
「へぇ~?私には魔術に関する事柄には無理矢理にでも興味を持てという癖に、そんなことを言うんすねぇ~?」
「このガキは……口だけは達者になりおって!」
マギアは手が出そうになり、なんとか堪える。
アリアンを引き取って既に10年。
今更ゲンコツ程度で言い聞かせられる相手ではないと理解していた。
また、同時に聖杯戦争の邪悪さをも理解している。
何だかんだで可愛い弟子をこんな危険な戦いに飛び込ませたくはなかった。
「なんとでも言いなね。とにかく、既に聖杯戦争は何百年も前に消滅してしまったんだよ。興味を持ったって、参加方法なんて分かりゃしないんだよ」
それも事実だった。
そもそも聖杯戦争に関する記述は少ない。
聖杯戦争に参加出来るマスターは七人。
それぞれが七体のサーヴァントを使役して戦い、生き残った一人が願いを叶えられる聖杯を手に出来るというモノだ。
その為には『令呪』と呼ばれる刻印が必要であり、その紋章を身体の何処かに刻まれた者が参加資格を有する。
戦争と呼ぶには規模の小さな話だが、この戦いで発生する被害は笑い話ではすまない。
それがマギアを含む殆どの魔術師達の聖杯戦争に関する認識だ。
無論、記述が少ないとはいえ、探せば情報など仕入れる事は可能だろうが、マギア自身あまり関わりたくないというのが本音。
そんな見るからに遇らう態度を見せているマギアに、アリアンの勢いは止まらない。
「令呪ですよ!令呪!見てください師匠!」
ほら、と長袖の学生服を捲り、紋章の入った腕を見せ付けてくる。
「………れ、令呪……?」
呆れつつも弟子の狂言に対処してきたマギアだったが、今度は驚きのあまり目を見開いた。
そしてアリアンの腕を凝視する。
花柄の模様が少女の腕を彩っており、それは魔力を帯びた禍々しい気配を放出していた。
恐らくは本物。
初めてみるマギアでも本能で理解できてしまった。
そして、弟子が既に引き返せない所にまで足を踏み入れてしまっている事実を認識してしまう事となった。
「……令呪を身に宿す方法なんて何処で調べたんだい?」
「友人のネリーから聞いたっすよ。彼女も聖杯戦争に参加するっすよ」
「友人同士で殺し合うつもりかい?」
「??いやいや適当な所で切り上げるっすよ!!殺し合うだなんて怖いなぁ~」
いまだに軽はずみな言動を続けるアリアンに思わず激昂した。
「ふざけるんじゃないよ!!あんた達が良くても他のマスターをどうなる!?その令呪が発現したという事は、お前とネリー以外にも五人の参加者が選ばれたって事じゃないのかい!?」
その剣幕にアリアンも流石に態度と口調が大人しくなる。
「は、はい……そこまでは知ってるんですね。確かに、令呪が宿ったという事は、聖杯戦争に参加意思のある人間は七人揃ったって事です」
「そこまで分かっているなら分かるだろう!?聖杯戦争に興味を持った見知らぬ人間が少なくても五人いる!!全員が全員、お前らみたいに遊び感覚だと思うんじゃないよ!!中には本気で聖杯を欲しがっているマスターも必ず存在するんだからなっ!」
「……そ、そこまで考えてないかも」
「そこまで考えるんだよ!……というより、どうやって令呪を手に入れたんだい?」
「……古本屋で書物を見つけました。なんでも大昔に書かれた聖杯に関する本だとか」
「……なんて悪運が強い子なんだい」
それを見つけたから聖杯戦争に興味を持ったんだと、マギアはこの時ようやく理解する。
聖杯に関する大昔の本なんて、都合の良い部分だけを大袈裟に書き、読み手の興味を誘うように出来ているに決まっている。
「とりあえず、まだ間に合う。しばらくは普段通りに家で大人しく暮らしておきなっ!私が令呪の消し方を探す事にするさ……あるかどうかは知らないけどね」
「わ、わぁ〜かりました」
額に汗が滲んでおり、まだ何かを隠しているように見える。
嫌な予感はしたものの、しっかり念を押す事にした。
「少なくてもサーヴァントを召喚なんてするんじゃないよ?」
「…………」
「ん?なんだね、さっきからその顔は?」
「偉大なる大魔術王、麗しのマギア師匠!!怒らないで聞いて欲しい事があります……!」
「……………………………なんだい?」
「……もう召喚しちゃいました!ソーリーマム!」
「………………」
マギアは腰を抜かし、その場にしゃがみ込む。
もう、何もかもが手遅れだったのだ。
サーヴァントとして呼び出されるのは、生前に未練を残した英雄達である。
聖杯で願いを叶える事を前提に現界した存在が、聖杯戦争への不参加を許す訳がない。
それに、相手が伝説上の存在ならば実力行使は難しい。
令呪を使って抑え付けるか……しかし、行動を抑制する命令にどれ程の強制力が備わっているのか検討もつかない。
つまり、守る手段が限られてしまった。
「……とりあえず、そのサーヴァントに会わせてくれるかい?……その前に、話が通じる相手?」
「話が通じるというか……英霊とは少し違った存在みたい」
「ん?サーヴァントっていうのは過去に偉業を成し遂げた英雄だろう?それともまさか反英霊か?!」
「いやいや、それも違くて!!なんというか、生き霊……?生きてる人間をそのまま呼び出しちゃった的な?」
「はぁ?」
「いやなんか生きてる人間を転移させたみたいなんすよ」
「……お前が夜中に見ている、異世界転生アニメみたいな感じかい?」
「あっ!そうそう!!そんな感じ!!」
「そんな感じちゃうわ馬鹿タレ!!」
「いだっ!!」
今度はゲンコツをかました。
理由はムカついたからだ。
しかし、弟子との会話により疑念が生まれる。
令呪の存在は本物……しかし、呼び出されたのは英霊じゃない。
となるとサーヴァントの存在そのものを否定していた。
それはマギアにも興味深い出来事である。
「英霊じゃない、何処かで召喚方法を間違えたか、そもそも聖杯戦争に不備があったか」
「まぁ必要な道具とか、聖杯戦争に適した場所とかは無視して適当に始めた聖杯戦争なんでね」
「それでよくも令呪が発現したものだよ」
その辺がやはりアリアンの並外れた才能なんだと、マギアは苦笑いを浮かべる。
「もう一度聞くが話は通じるんだろうね?」
「うっす!多分、英霊よりは親しみやすいっすね!」
「どんな見た目だい?」
「女の子っす!身長は140cmちょっと位で私よりもだいぶ小さめっすね!」
「えらく小柄だねぇ?まだ子供なのかい?」
「見た目ほど幼い年齢じゃないっすよ。
ーーーとりあえず呼びましょうか?」
「ああ、彼女に失礼がなけければお願いするよ」
「了解っす!!ーーーいいよ『アーチャー』!」
ーーー二人のやり取りをドアの向こうからずっと見守っいた人物が、呼び出された事でようやく部屋の中へ足を踏み入れた。
「うへぇ……あまり歓迎されてないみたいだねぇ~?」
「………おお、これは」
ずっとドアの前に居たであろう。
しかし、気配を微塵も感じさせなかった。
明らかに戦闘に長けている。
聞かされた通りの体系だが、そのサーヴァントが放つ気はマギアを圧倒させた。
相手が間違いなく尋常ならざる存在だ。
「あ、おばあちゃん、私は小鳥遊ホシノといいます」
「……御丁寧にありがとうございます」
「こちらは師匠のマギアさんね!これから頑張っていこうよ!ホシノ!!」
「特に今は叶えたい願いもないし、適当で良いんじゃない?」
予想外の言葉を聞き、マギアはホシノに顔を向ける。
「適当……ずいぶんあっさりしてますね」
「……いやぁ~、敬語はいいですよ。ホシノと呼んで下さい」
「では、せめてクラスでーーーアーチャーと呼ぼうかね?」
「んん~?正体を知られて困る訳じゃないけど、おばあちゃんがそう言うなら……」
二人は握手を交わした。
それを見ていたアリアンは、自分もまだ握手をしていないのに、師匠に先を越されたとショックを受ける。
「叶えたい願いはないと言ってたけど、じゃあどうして聖杯戦争に参加を?」
「いやぁ~、私の意思じゃなくてね?なんかさぁ、勝手に呼び出されたみたいなんだよねぇ~」
「こ、これは弟子がご迷惑を!!」
「いえいえ、少し前ならともかく、今はそんなに忙しくないから、まぁ休暇だと思ってゆっくりするよぉ~……令呪がなくなれば帰れるみたいだしさ」
「………そ、そうかね」
見た目は幼くやる気も無いように見える。
一見、弟子のアリアンとそっくりだ。
しかし、それはあくまでもそう装っているだけだとマギアは確信する。
その佇まいや周囲を探るような用心深さ。
それに、こちらへの警戒心は崩さずにちゃんと維持している。
アリアンとは天と地の隔たりがある……同じと思うのは実に忍びない。
(案外、面倒な者を呼び寄せたのかも知れないねぇ)