大惨事聖杯戦争 with リリス 作:箱イベ・10周年備えなし
夜の街を飛ぶ。
梟の翼を出したリリスに抱えられ、屋上を乗り継ぎながら一瞬ごとに景色の変わる街を見下ろた。
時間は深夜。人間は誰も外出していない故の静寂が実に心に染みる。
これでも結構戦況は進んでいる。
今さっきアーチャーはアサシンに襲撃されていたし、セイバーの片割れの竜もマスターが制御できなかったのか大暴れをしていた。三つ巴の大乱闘である。遠目から見ると実に楽しそうだ。
昼間でも街に出歩く金髪長髪のサーヴァントは、軟派な様子を見せるだけでこれといった動きもない。
俺たちはこの盤面をひっくり返しかねないまだ見ぬキャスターが気になりながらも……アインツベルン、森の洋館に向かうことを決めた。
御三家の中で、景品を作ってくれている血族である。ならば、今でも聖杯を持っているかもしれない。
聖杯を見てみたいという邪な気持ちと御三家に好き勝手動ける時間を与えたくないという気持ち、両方ある。
兵は拙速を尊ぶ。という奴だ。興味のままに突き進むとも言う。
初戦で三騎士と戦ったリリスは狂化の補正が効いているにしては実にひ弱だ。ステータスを見てもバーサーカーの癖にキャスターみたいな能力値をしているのである。ついでに今はリリンも縛ってるし、下手を打てば負けてしまう。逆転する底力がないサーヴァントなのでそれまでだ。
まぁリリスって悪霊だしな。
なんにせよ、ここからはマスター次第である。
段々と家が立ち並ぶ街並みからは離れて、本能的に拒否感の感じる鬱蒼とした森が近づいてきた。アレも暗示や結界の効果だろう。一般人なら近づかないし魔術師相手なら威圧に早変わりする。
周囲の気配を一応探り、隠蔽を解除してリリスに降ろして貰った。これからは本格的な戦場だ。魔術師は見栄すら張れない臆病者は拒絶するため、一歩一歩確実に圧をかけながら進んでいく必要がある。
森に入るとうじゃうじゃとあるのは罠。原始的なものから魔術的なものまで大量にある。それもサーヴァントの前では無意味。消耗をさせることが目的だろう道筋を通り、一切の消耗の無い身体で目的地の城へと進んでいくのみ。
手を変え品を変え、次に襲いかかってきたのは物言わぬ自動人形である。優れた膂力でこちらを排除をしにきたが、
にしても凄い精巧に出来ているな、流石錬金術のアインツベルンである。中身の入っていない白磁の器として量産品でこれほど綺麗なものを見たのは初めてではないだろうか。バーサーカーが忙しなく殲滅をしている中で、呑気に残骸弄りにかまけてしまった。
…………これ持って帰ってもいいかな?
流石にバーサーカーに睨まれたので自重する。これから相対する相手に対して「お前のところの技術いいねぇ〜こちらに通用しなかったけど綺麗だし持って帰っていい?」は煽り文句でも最悪だろうからな。どんな英霊が控えているのかわからないのに舐め腐っていい訳がなかった。
そんなこんなで有意義な道中を送り、ようやく辿り着いた白亜の城。門に立つマスターのホムンクルスもアルビノを思わせる真っ白で……白過ぎてこちらの目がおかしくなりそうだと何処かズレた感想を抱いた。
「…………そう、来たのね」
酷く退屈そうに顔色一つ変えない女。無垢な様は絡繰のそれであり戦場にいていい存在ではない。そんな存在を動員するとは正しく外道の魔術儀式、けれどそんなことで眉一つ歪める感性はない。相手とは違い楽しそうに笑い、俺はちゃんと決闘としての作法を整えた。
「おいおい、どうせ見てたんだろうに。いい結果は得られたか冬木の御三家、その一角はさぁ?」
煽る。相手は何も返さない。目を閉じてただ時が過ぎ去るのを待つのみ。これはどうなんだろうか、まだ煽り足りないのだろうか? 相手の思考を揺さぶるために続けて言葉を口から出していく。
「つまらない表情をしないでくれレディ? けれど……人形如き差し向ければ相手は追い払えるだろうと考えているのか、そちらの傀儡士は。それはなんとも、舐めてくれるものだ」
「どうした? 言われっぱなしで声も出ないのか。情けなさも大概にしてくれよ自動人形。御前の契約したサーヴァントは何処だ?」
バーサーカーは霊体化させて侍らせている。いつでも対応できるようにしているのだが……何故出ない? 魔術師なら優れた神秘を自慢するだろう? けれどここには霊基盤の反応が何も無かった。本当に何もいないのか? 魔術師の領域に?
「…………いるわよ、ここに」
「は?」
状況に可笑しさを感じてもう先にバーサーカーを目の前に出そうと考えたその時、アインツベルンは英霊を繰り出して来た。
けれどそれは強そうには思えない。精々形が整った黒いモヤだった。どんな英霊ならあのような姿になるのだろうか、皆目見当が付かない。もしやアレは幻霊ではないかと思ってしまうほどの儚い存在。
「なんだ、アレ」
俺でも勝ててしまいそう。優れた魔術師なら勝ちの目が出てくるんじゃないかと分析した目の前の存在は、何もせずゆらゆらと揺れて見えるだけ。何も特筆すべき点が見当たらない、不気味なだけの黒いモヤ。けれど、この目から逸らしてはいけないと魂が訴える。
「なんだアレ……」
きっと、今回呼ばれた存在の中でも最弱なんだろうな。もしかしたら全ての英霊の中でも最弱なのではと思わせる情けないモヤは、英霊というより人間の存在感で、見れば見るほど人間に思えて胸をざわつかせる。近くに寄らせてはならないと肉体が拒絶する。
「なんだアレ!?!?」
過去、類を見ない強烈な悪寒。自分の判断は正しいと実感した。ざわつきを頼りに見てみれば……そのうちに抱えるのはドス黒い願いの塊。深く黒い純粋な色に瞳が魅入られなかったのは奇跡だっただろう。けれどそれは、この世に単体で存在していいものではない。黒……黒……底知れない黒。器に込められたその黒の本質は、この世にありふれた誰もが心に抱えるもので。
救いようのない
「バーサーカー! 宝具を使え今すぐに!」
その後の行動は早かった。令呪の無い身の上で己がサーヴァントに宝具の使用を命令する。バーサーカーに否はなかった。どんな行動も取れるように待機していたのも理由にはあるが……おそらく俺と同じようにあの黒の本質を見たのだろう。
「そうだ今すぐ消し飛ば……待て! 飲み込め!」
魔力が高まる。角も翼も剥き出しにして目の前の障害を消し飛ばそうとするバーサーカー。けれどそれは間違いのように感じた。外に出しては行けない。一欠片も漏らしてはいけないと本能が警報を鳴らしてやがる。ここまで頭が回るのは本当に不味い証拠だ。
本当は隔離したいのだが俺の力量では満足に出来ない。行うのは泥を用いた霊基喰い。モヤを取り込み、霊基の糧とする外法である。当然用いた反動はあるだろうがリリスなら耐えられるだろう。最悪こちらにも負担を流してくれればいい。
悪意でもなんでも堪えて見せようとも。
彼女の宝具の叫びと共に、己の覚悟を決め直した。
──『
宝具の開帳。今回繰り出すのは英霊を象徴する武具の開放ではなく、英霊を象徴する生き様の昇華である。リリスの下から泥が湧き出る。黒く深く底すら無いように思わせる深淵。
竜巻が起こる。中心にいるのは
嵐の渦の中で泥も渦巻いている。リリスは本来貶める対象である相手を見ずに、周りを風で囲むことに集中した。泥で包んで嵐で壁を作り、風の幕を張ってその上を夜で覆う。
本来の『妄言は闇の娘』は因果律を歪め対象を闇に貶めるリリスらしい宝具だ。善は悪へ、秩序は混沌へ貶めてそれと同時にそれらへの特効性を有する強力な攻撃である。
その効果は何一つ、目の前の黒には効かなかった。元々闇を闇に貶めることなど出来ようはずもない。ただ強力な攻撃を喰らって崩れようとしていた。
崩れる、崩す。形を保てなくなる。そうなったあのドス黒い願いの塊が、さも当然かのように願いを叶える器に返る事実を、そんな危険なことを認められるわけがない。
けれど、返ろうとしている。
リリスの嵐はあまり効果がなかった。
歪められない。貶められない。物理現象の嵐や形を持った闇すらも願いという形を溢さないようにするのは不可能。必死なリリスを見ているだけなのが辛すぎる。
何か一手足りなかった。泥では悪意を飲み込もうとも……全てを飲み込めるわけではない。泥は飲み込んでいる……けれどここでもし過信して、宝具を止めて、結果悪の一欠片でも聖杯の中へと漏らしてしまえばこの苦労は霧散する。だから魔力を消費続ける。それも有限では無い。
何か、何かないか……あれなら!
「バーサーカー! 鋏を使え! 悪魔の扱う敵を切り刻み運命を切り取る鋏を使え! 別に周りに侍らすだけでいい。円の形を整えるだけでいいから。アイツの運命を今すぐに弄べ!!!」
その言葉に即座に従ってくれた。状況も相まって聖具のように見える鋏たち。何処からどう見ても邪教の祭壇で闇すら飲み込む女の姿なのだが、その極まった悪らしさには美しさすら感じさせるものだ。事実、アインツベルンのマスターは生まれて初めて目の前の光景を見て動揺をしていた。惚けて動けなくなっている。
数瞬の奮闘。数時間にも思える苦行。その果てで俺たちは……敵の黒いモヤを完全に内に飲み込むことができた。
「殺したね」
「殺せたな」
この世からは消すことはできたが、その影響はある。リリスは疲労困憊で地面に膝をついているし、俺も気を抜くと幻聴が聞こえそうになる。
リリスに近づく。よくやったと耳元で褒めてやればやり尽くした顔で笑ってありがとうと霊体化していく。今日はもう戦闘に出せないかもな。令呪を残しておけば良かったかと少し反省した。
……バーサーカーがこの場から消え去り、冷たい風と夜の闇が辺りを包み込む音すらしない空間には二人の男女だけが残った。
アインツベルンのマスターは自分のサーヴァントが消えたことに動揺を隠せないのか今も惚けている。一歩も動かさずその姿は隙だらけだ。
けれどこちらには今切り替えられる余裕はない。心臓の鼓動を抑えるために深呼吸をした後冷や汗を手で拭い、魔力不足で苦しむ体を動かして恨めしい白いカカシに声をかけた。
「…………おい」
「…………」
返事はない。風の吹く音がよく響いた。それすら心を強く揺さぶる。こちらは余裕がないのに何も言わない……あんなものを持ってきたバカが何も言わないのは酷く腹が立つ。
「おい、なんなんだアレは!? アインツベルン!!」
「……ッ!? ぇえ?」
ズカズカと苛ついた様子で近寄ってあらん限りの気持ちで叫ぶ。ようやく、彼女の赤い目にこちらの姿が映ったようだ。
「ふざけんな、儂よりもヤバいもの出しやがって……説明してもらうぞかえれると思うなよ」
「……ちょっと、ちょっと待って!」
「待つわけねぇだろ!!」
何を思ってこんなことをしたのか。この聖杯戦争をどうしたいのか。非常識の度が過ぎている。……埋葬機関でも来たら本当にことだ。何考えてこのような愚行を行うのか説明してもらう。説明してもらわねばもうマトモな魔術儀式などできないだろう。
我を忘れて老成した一面すら見せる俺は魔術師としてはあり得ない、敵の本拠地での事情聴取をすることにした。
「
「ええ」
白い女は俺の顔を動揺しながら、問いに答え続けた。吃音混じりの解答は余裕のない心を酷く害するものだったが、知りたい内容は知ることができた。
今回の聖杯戦争で、アインツベルンがとった行動は『神霊を呼び出し敵を全て排除する』というものだったらしく呼び出した対象はアンリマユだった……なんて。
実に馬鹿げた話である。もはや目的変わってない? と文句の一つも言いたくなる取り組みだ。神霊を現代に降ろすことを通り越して直接呼び出す時点で聖杯と同等以上の奇跡である。戦争で勝てなさすぎて狂ったのかアインツベルンは。
魔術師は根元の道筋を辿るためにリスクとリターンを慎重に測るべきなのに。自分の能力と世界の神秘を擦り合わせ、最後に「」に辿り着けるよう積み重ねを大事にすべきなのに。
抜け駆けや他者からの介入も跳ね除けられるようにするべきなのに。全てを棒に振る勢いの生き方を見せられると軽蔑通り越して呆れてしまう。
神霊を御せると思ったのか? ホムンクルスが。
アグドはもう目の前のバカから話を聞きたくなかった。
「あーわかった。やめてねこれ以上軽蔑させてくれないで欲しい」
サーヴァントという言葉に踊らされたのか。境界記録帯はこの世の道理から外れた存在だと知っとるだろうに。
詳しく聞くと、どうにも第一次から第二次にかけて令呪がなくともサーヴァントが命令を聞いてくれたことで……安心してしまって英霊に対する対応がおざなりになってしまったらしい。
「……はぁ。もういいや……聖杯もここにはないみたいだし。君も興味ないから他所言ってもいいよ」
目の前の形だけの魔術師から目を背け、自分とリリスの状態を確認する。リリスはまだ動けないけれど……身体は大丈夫そうだ。ちゃんと身体を休めている。これは、数日は休日かな。
そして俺は……悪の影響で神経が苛立ち始めている。一度心を落ち着かせる時間が必要だ。図らずも陣営両方共休むことになった。その間に取り返しのつかないことが起きなければいいけれど。
そして、これは変えられない事実。
────リリスか俺のどちらか。命を落とした瞬間に悪意の泥は世界に漏れる。リリスなら聖杯が汚れる。
死ぬ予定はなかったが、本当に死ねなくなってしまった。どうにかする伝手もないし八方塞がりである。……遊びに来たのにとんでもない事故にあったな。
そのまま本拠地に帰ろうとする。けれど腕を掴まれた。どうした?
「……私、貴方達に着いて行ってもいいかしら」
「はぁ!?」
教会に行ってくれ、お前が呼んだんだろうが。思わず口に出しそうに、いや出した口に出して三割り増しで悪口も言った。涙目しても許さんぞ、あれもこれもアンリマユが悪い。
戦争放り出して、逃げることも考えていたんだけどなぁ……聖杯使って、無色の魔力で身を清めなければ。こんな人間に対して殺意の高いもの宿していたらこれからマトモに生きていけないかもな。
はい、だいたい前編終わりです。
ここからは自分の作った盤上を壊す作業に入れると思うとウキウキしますね