放課後・比企谷家までの帰り道。
帰り道、ずっと考えてた。葉山君が監督や部長に報告したら、小田原先輩、マネージャー辞めるだけじゃ済まないかも。停学、退学だってありえる。サッカー部が被害届出したら、刑事事件確定。
けど、慕われてるマネージャーを警察に突き出すなんて、サッカー部の部員たちがするかな?
熱海先輩も、高校時代は後輩に慕われてたらしいし。熱海先輩、大学入って人が変わった?
それは本人にしかわかんないよね。今は葉山君を見守るしかないか。
日が西に沈む中、帰宅を急いだ。家に着く直前、自転車でやってきた人に話しかけられた。知らない人じゃないけど、陽キャで話しづらい。折本かおり、海浜総合の制服。やっぱ自転車通学か。
【おっ、久しぶり、八幡! 元気してた?】
【折本さん、うん、元気、かな】
【だろ? バスケの試合、ラスト5分で一躍有名になったもんな!】
【え、折本さんも試合見てたの!?】
【モチのロン! 親友の綾音の試合、見に行かないわけないっしょ。海浜が押せ押せモードだったのに、突如舞い降りた総武の女神・八幡! 試合は負けたけど、勝負は勝った感じ。特に男子に、な!】
総武の男子、私を見る目変わってる気がしたけど、海浜まで!? やっぱり、悪目立ちした!?
【や、やめてよ……有名になりたくないんだから】
【なんで?】
【悪目立ちすると、なんていうか……中学のときみたいに、いじめられるかもしれないから】
【あ~、綾音や緑子や七海が言ってた連中のことか……】
【うん、だから目立つのは嫌なの】
【何かあったら、あたしにも言いなよ。すぐ来るから!】
折本さん、肩叩いて笑顔。なんか、元気出る。
【奉仕部で頑張ってるんだろ? 八幡、こんなことしてるんだから、もっと胸張れよ。ちゃんと見てる人は見てるんだから】
見てる人は見てる、か。折本さんの何気ない言葉、めっちゃ響く。中学のときも、こうやって元気づけられたっけ。
【じゃ、あたし行くね」「ありがと、折本さん】
折本さん、自転車こいで去ってった。
比企谷家・夜・八幡の部屋。
ベッドに寝転んで、天井見てた。小田原先輩のことじゃないのに、なんで明日が緊張するんだろ。葉山君が小田原先輩に話したら、どんな反応するかな。
私が話すわけじゃないのに、なんかドキドキ。葉山君、たぶん私以上に緊張と不安でいっぱいだよね。見守るって、こんなに緊張するの?小田原先輩、葉山君の説得に応じるかな。やってみないとわかんない。葉山君も雪乃もそう言ってた。
熱海先輩の行為が悪いって思ってるなら、説得に応じるかも。でも、悪いって思ってなかったら、絶対聞かないよね。
【難しいよ、これ……】
私、恋愛経験ゼロだからわかんない。異性に夢中になると、そうなるの? 小田原先輩が葉山君の説得に応じて、熱海先輩がこれ以上罪を重ねないようになるのが一番だよね。
何事も、明日にならないとわかんない。
総武高校・放課後・奉仕部
私、雪乃、結衣、奉仕部の教室で葉山君の説得がうまくいくのを祈ってた。私たちも同席しようとしたけど、葉山君に断られた。部外者がいると、小田原先輩、警戒するかもって。雪乃も【その可能性はあるわ】って。
私達、奉仕部で待機。何かあったら、葉山君が連絡くれる手筈。
時間ばっか気にして、雪乃はいつものように本読んでるけど、なんか落ち着いてなさそう。結衣、スマホずっと見てて、絶対平常心じゃない。私たちが焦っても仕方ない。葉山君を信じて、待つしかないよね。
総武高校・放課後・サッカー部部室。
『葉山視点』
放課後の総武高校グラウンドは、サッカー部の練習の熱気でまだざわついていた。葉山は、チームメイトに【いつもの練習しててくれ】と声をかけ、軽い笑顔でグラウンドを後にした。
彼の足取りは、サッカー部の部室へと向かう。そこには、マネージャーの小田原政子がいるはずだ。何もなければ、彼女はいつも通り、練習の記録や経理の仕事を黙々とこなしている。
部室のドアを開けると、案の定、小田原政子が机に向かい、ノートにペンを走らせていた。黒髪を後ろで束ねた清楚な雰囲気は、普段の彼女そのもの。だが、どこか落ち着かない様子が、彼女の指先の微かな震えに表れている。
葉山の気配に気づいた小田原は、顔を上げ、いつもの柔らかい笑顔を浮かべた。
【葉山君、お疲れ。どうしたの?】
【お疲れ、小田原先輩。話があるんです】
【話? 葉山君、なに?】
小田原の声には、ほんのわずかな緊張が混じる。葉山は一瞬、彼女の目を見つめ、意を決したように深呼吸した。
奉仕部の八幡、雪乃、結衣と共有した情報――監視カメラの映像、女子の靴跡、小田原の挙動不審な態度、そして川崎沙希から得た熱海孝之の噂――全てを頭で整理し、言葉を選んだ。
【小田原先輩、監視カメラの映像、確認しました。夜中に部室に入ってたの、先輩ですよね?】
小田原の表情が一瞬で凍りつく。彼女は目を逸らし、ノートを閉じる手が止まった。
【え、な、なに? 夜中? 忘れ物、取りに行っただけだよ……】
【忘れ物、ですか? でも、映像には、先輩が練習着やボールを袋に詰めてる姿が映ってました。サッカー部の備品、ですよね?】
葉山の声は穏やかだが、鋭い。小田原は唇を噛み、言葉を探すように視線を彷徨わせた。彼女の挙動は、奉仕部が感じていた『何か隠している』という疑いを裏付けるものだった。
【それ、全部、熱海先輩の差し金ですよね?】
葉山の言葉に、小田原の肩がビクッと震える。彼女は一瞬、抵抗するように口を開きかけたが、葉山が続ける。
【先輩、全部知ってます。熱海先輩が備品を売って、その金を使ってることも。奉仕部が調べて、質屋の話も出てきました。なんで、こんなことしたんですか?】
小田原の顔から血の気が引く。彼女は机に手を置き、うつむいた。しばらくの沈黙の後、観念したように小さく息を吐き、話し始めた。
【……全部、孝之のせい。熱海君の、せいなの】
彼女の声は震え、どこか自分を納得させるような響きがあった。葉山は静かに耳を傾ける。
【孝之、大学に入ってから、変わっちゃった。高校のときは、サッカー部のエースで、みんなに慕われてて、私も……大好きだった。でも、大学行かなくなって、遊び歩くようになって。お金が足りないって、いつも言ってて……】
小田原の目が潤む。彼女は唇を噛み、言葉を絞り出した。
【私に、部室の鍵を使って、備品持ってくるようにって。最初は、ボール一個くらい、って思ったの。でも、だんだんエスカレートして、ユニフォームとか、シューズまで……。売ったお金、孝之が使ってた。私、止めたかったけど、孝之が『お前も共犯だろ』って。怖くて、逆らえなかった……】
葉山の眉がわずかに寄る。彼は熱海孝之のことをよく知っていた。サッカー部のOBとして、かつては後輩に慕われ、葉山自身も尊敬していた先輩だ。だが、その熱海がこんな行為に走るとは。
「先輩、なんで熱海先輩はそんなことを?」
小田原は目を伏せ、声を震わせた。
【孝之、葉山君のこと、嫌いだったんだって。高校のときから、葉山君がキャプテンになって、みんなの中心になってるのが、気に入らなかったみたい。サッカー部の備品がなくなれば、葉山君の信用が落ちるって……それで、始めたって】
葉山の表情が一瞬、硬くなる。熱海の嫉妬が、こんな形で現れるとは思わなかった。だが、彼はすぐに冷静さを取り戻し、小田原を見つめた。
【先輩、熱海先輩のやってることは、犯罪です。備品を売って、金を使ってる。それ、先輩もわかってますよね?】
小田原はうつむいたまま、頷く。彼女の肩は小さく震えていた。
【わかってる……でも、孝之のこと、嫌いになれなくて。私、どうすれば……】
葉山は一瞬、言葉に詰まる。奉仕部の理念――
「困っている人に自立を促す」ことを思い出す。八幡の『見守るしかない』という言葉、雪乃の『自分で解決する力を与える』という姿勢が、頭をよぎる。彼は深呼吸し、穏やかに、しかし力強く言った。
【小田原先輩、熱海先輩を止めるのは、先輩しかできない。僕や監督、部長が動けば、熱海先輩は逮捕されるかもしれない。サッカー部が被害届を出せば、刑事事件になります。でも、先輩が自分で熱海先輩に立ち向かえば、変わるかもしれない。僕たち、支えますから】
小田原の目から涙がこぼれる。彼女はしばらく黙っていたが、ゆっくりと顔を上げ、葉山を見た。
「……私、孝之に、話してみる。もう、こんなこと、続けたくない」
葉山は小さく頷き、笑顔を見せた。
【ありがとう、小田原先輩。僕も、監督や部長に話します。被害届は……みんなで相談しますよ】
小田原は唇を噛み、目を拭った。彼女の表情には、恐怖と決意が混在していた。葉山は静かに部室を出る。外では、夕陽がグラウンドをオレンジに染めていた。
総武高校・放課後・奉仕部。
葉山が奉仕部の教室に戻ると、八幡、雪乃、結衣が待っていた。雪ノ下が本を閉じ、由比ヶ浜がスマホから目を上げる。
八幡は、いつものように机の隅で縮こまっていたが、葉山の表情を見て、わずかに身を乗り出した。
【葉山君、どうだった?】
雪乃が冷静に尋ねる。葉山は軽く息を吐き、椅子に腰掛けた。
「小田原先輩、全部話してくれた。熱海先輩が、備品を盗むように指示してた。売った金を使ってたって」
結衣が目を丸くする。
「え、ほんとに!? それ、マジやばいじゃん!」
八幡は眉を寄せ、『熱海先輩って、サッカー部のOBだよね? なんでそんなこと?』と呟く。葉山は苦笑いを浮かべ、説明した。
【熱海先輩、僕のこと嫌いだったみたい。サッカー部の備品がなくなれば、僕の信用が落ちると思ったらしい。けど、実際はそんなことなかったから、苛立ってたって】
雪ノ下が冷ややかに言う。
【嫉妬、ね。実にくだらない動機だわ】
【ゆきのん、でも、小田原先輩、かわいそう……。彼氏にそんなことさせられて】
結衣の声に、八幡が小さく頷く。
【恋は盲目、ってやつだよね。で、これからどうするの?】
葉山は少し考えて答えた。
「小田原先輩、熱海先輩に自分で話すって。僕も、監督と部長に報告する。被害届は、みんなで相談してから決めるよ」
雪乃が頷く。
【そうね。サッカー部がどう判断するかが重要だわ。私たちは、解決のきっかけを作っただけ。後は、当事者たちが自分で進むべきよ】
八幡は内心、ほっとしていた。目立つこと嫌いな彼女にとって、事件の中心にいるのは居心地が悪い。だが、葉山の真剣な表情や、小田原の決意を聞くと、奉仕部のやり方が間違ってなかったと思えた。
【やーちゃん、なんか、解決したっぽいね!】
結衣の明るい声に、八幡は苦笑い。
【っぽい、って。まだ終わってないけど、まぁ、いい感じかな】
雪ノ下が小さく笑う。
【比企谷さん、今回はあなたの靴跡の観察が大きかったわ。意外と探偵向きね】
【やめてよ、目立つ役、嫌いなんだから……】
八幡のぼやきに、結衣がクスクス笑い、葉山も穏やかな笑顔を見せる。奉仕部の教室には、いつもの空気が戻っていた。
そして数日後が経ち。
数日後、小田原政子は熱海孝之と対話し、関係を清算した。熱海は備品の売却を認め、サッカー部に謝罪。被害届は出さず、内部で処理されることになった。
小田原はマネージャーを続けながら、自分を見つめ直す時間を求めた。サッカー部の部員たちは、彼女を責めることなく、支える姿勢を見せた。
奉仕部の名前は、バスケ試合に続き、今回の事件でさらに知られるようになった。八幡は『目立つのは嫌だ』とぼやきながらも、雪乃や結衣との日常、折本や川崎との繋がりが、彼女のトラウマを少しずつ薄れさせていることに気づいていた。
八幡の相手は誰が良いですか?
-
1ー高橋雅史
-
2ー葉山隼人
-
3ー材木座義輝
-
4ー戸部翔
-
5ーその他