千葉県・午後・駅前のカフェ。
上条さんからの電話の翌日。約束の時間より少し早めに家を出て、駅前のカフェに向かった。九州旅行から戻ってまだ体が重い気がするけれど、上条さんの声が真剣だったから、断りたくなかった。
カフェは駅から徒歩3分の、落ち着いた雰囲気の店。ガラス張りの窓から夏の陽射しが差し込み、エアコンの効いた空気が心地よい。私は窓際の席を確保して、アイスコーヒーを注文した。
約束の時間ちょうどに、上条さんが入ってきた。金色のロングヘアをゆるくまとめ、私服はシンプルな白いブラウスにデニム。グラビアアイドルのMISAKIとしては控えめで、でもスタイルの良さが隠せない。
彼女は私を見つけて、軽く手を振った。
「比企谷さん、お待たせ」
「ちょうどいいよ。座って」
上条さんが向かいの席に座る。注文を済ませてから、彼女は少しだけ息を整えるように、手元のグラスを見つめた。
「急に呼び出してごめんね。比企谷さん、まだ事件の傷が残ってるだろうに……こんな相談、申し訳ないって思ってる」
「謝らなくていいよ。上条さんが相談したいって言ってくれたなら、聞くよ」
彼女が目を上げる。いつもの優しい眼差しの奥に、迷いが滲んでいた。
「ありがとう。じゃあ……話すね」
上条さんはまず、7月前に撮影した飲料水のCMの話から始めた。
「覚えてる? 私が7月の頭に撮った、スポーツドリンクのCM。◯カリ◯エッ◯とかア◯エ◯ア◯みたいな、ああいう清涼飲料水」
「うん。ポスターは見たことある」
「それがね、夏休みに入ってからテレビで流れ始めて……バカ売れしたらしいの」
彼女の声に、少しだけ驚きと戸惑いが混じる。
「15秒バージョンと、フルバージョンがネットにも上がってて。事務所から聞いたんだけど、再生回数がかなり伸びてるって。コメント欄にも『MISAKIの自然な笑顔がいい』『演技力ある』みたいな声が多かったらしい」
「……すごいね」
「私も最初は『へえ、よかった』って感じだったんだけど」
上条さんが指でグラスの水滴をなぞる。
「そのCMを撮った監督さんから、直接連絡が来たの。『女優にならないか』って」
私は思わず身を乗り出した。
「女優……?」
「うん。私の演技に目を引かれたって。
CMなのに感情がこもってて、カメラの向き方を自然に理解してるって褒めてくれて。『学生のうちから本格的に芝居をやってみないか』って」
上条さんの表情が、複雑に歪む。
「光栄なことだと思う。すごく嬉しい。でも……同時に、迷ってる」
「迷ってる?」
「私、今はグラビアアイドルとして活動してるでしょ。学生のうちは学業を優先したいって、事務所にもはっきり伝えてある。バスケ部も続けてるし。だから『女優として本格的に』って言われると、今の生活が大きく変わる気がして」
彼女は少し言葉を選ぶように、続けた。
「でも、女優としての道も……捨てがたいの。CMを撮ってみて、演じることの楽しさを知った。自分じゃない誰かを表現する感覚が、新鮮で。グラビアで自分を出すのとは、また違う魅力がある」
「両方の気持ちに、嘘がつけないってこと?」
「そう。学業を優先したい気持ちも本物。グラビアを続けたい気持ちも本物。女優に挑戦してみたい気持ちも本物。どれも嘘じゃないから、どれを選べばいいのかわからなくなって……」
上条さんが俯く。
「こんな話、比企谷さんに持ち込むのもどうかなって思った。事件の後で、まだ傷が残ってるだろうに。でも、比企谷さんなら……ちゃんと聞いてくれる気がしたの」
私は静かに彼女の話を消化した。上条美紗希は、いつも冷静で、バランス感覚に優れた子だ。バスケ部でも真面目に練習し、グラビアでは「MISAKI」として輝き、クラスでは委員長として落ち着いている。その彼女が、こんなに迷っている。
「上条さん」
「うん」
「私が停学になってたとき、上条さんも動いてくれたよね。署名とか、事務所の北条さんに相談とか」
「……当たり前だよ。友達だもん」
「私も、同じだよ」
彼女が顔を上げる。
「私は専門家じゃないし、芸能のことはわからない。でも、上条さんの話を聞いて思ったのは……『今すぐ全部を選ばなくてもいい』んじゃないかってこと」
「今すぐ全部を……?」
「学業を優先したいって気持ちがあるなら、それを軸にすればいい。女優の話は『将来の選択肢』として残しておけばいいんじゃない? 監督さんも、学生のうちから本格的にって言ってるけど、今すぐ全部を捨てて女優になれって意味じゃないと思う」
上条さんが少し目を細める。
「グラビアも、学業も、バスケも、全部今の上条さんを形作ってるものだよね。どれか一つを切り捨てる必要は、今はない気がする」
「でも、機会を逃したら……」
「逃すかもしれない。でも、焦って選んで後悔するより、自分のペースで選んだ方がいいんじゃないかな。私も……雅史に告白されかけて、今はまだ無理って断ったの。事件の傷が残ってるし、勉強も遅れを取り戻したいから」
上条さんの目が、少し丸くなる。
「海浜総合の高橋君に……?」
「うん。嬉しいし、光栄だった。でも、今の私には恋愛を考える余裕がなかった。上条さんも、同じだと思う。今の自分を大事にしながら、選択肢を広げていけばいい」
彼女が静かに息を吐く。
「比企谷さんにそう言われると……少し楽になる」
「無理に答えを出す必要はないよ。監督さんには『学生のうちは学業優先で、将来的に考えたい』って伝えればいいんじゃない? それで門前払いされるようなら、その監督さんも上条さんのことを本気で見てないってことだと思う」
上条さんが、初めて柔らかく笑った。
「厳しいね、比企谷さん」
「事実を言っただけ」
「ふふ……ありがとう。相談してよかった」
彼女がアイスコーヒーを一口飲んで、続けた。
「実は、事務所の北条さんにも同じ相談をしたの。北条さんは『美紗希の意思を尊重する。ただし、学業を疎かにしないこと』って。監督さんとの話し合いは、北条さんが間に入ってくれるらしい」
「それなら安心だね」
「うん。でも、最終的に決めるのは私自身だから。比企谷さんに話を聞いてもらえて、少し整理できた気がする」
私は頷いた。「上条さんがグラビアを続けても、女優に挑戦しても、私は応援するよ。どっちを選んでも、上条さんは上条さんだと思うから」
「……嬉しいこと言ってくれるね」
「事実を言っただけだよ」
2人が顔を見合わせて、小さく笑った。カフェの外では、夏の陽射しがアスファルトを照らしている。学生たちの話し声や、蝉の声が遠くから聞こえてくる。
上条さんが、ふと真面目な顔になった。
「比企谷さん。事件の傷、本当に大丈夫?」
「完璧じゃないよ。でも、九州に行って、家族と笑って、みんなに連絡して……少しずつ戻ってきてる。上条さんも、無理しないでね」
「うん。比企谷さんも」
彼女が席を立つ準備を始める。
「今日はありがとう。また何かあったら、相談してもいい?」
「いつでも」
「じゃあ、また学校で」
上条さんは軽く頭を下げて、カフェを出ていった。ガラスのドアが閉まる音が、静かに響く。
私は残ったアイスコーヒーを飲み干して、窓の外を見た。上条さんの迷いと、私の迷いが、どこかで重なっていた。
どちらも『今の自分を大事にしながら、先に進みたい』という気持ち。
遅れて始まった夏休みは、まだまだ波があるみたいだ。でも、今度は1人で抱え込まなくていい。
私は会計を済ませて、カフェを出た。暑い風が顔に当たる。
比企谷家に向かって、ゆっくりと歩き始めた。
今日は昼間投稿です。
八幡の相手は誰が良いですか?
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1ー高橋雅史
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2ー葉山隼人
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3ー材木座義輝
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4ー戸部翔
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5ーその他