比企谷家近く・昼・書店。
上条さんとのカフェでの相談から、数日が過ぎた。補習もテストも終わり、九州旅行も終え、日常が少しずつ戻ってきている。
今日は特に予定がなかったので、家の近くの本屋に立ち寄った。昔なら、私はほとんど歴史コーナーか推理小説の棚に直行していた。ファッション誌や女性誌のエリアなんて、遠回りして通ることもあったくらいだ。でも今日は、ふと足が止まった。雑誌の表紙に、上条美紗希の顔があった。『……MISAKI』手に取ってみる。
グラビア特集のページを開くと、そこには新作の水着を着た美紗希が何枚も載っていた。ワインレッドのビキニ。肌のトーンに映えて、彼女の明るい表情をさらに引き立てている。生き生きしていて、元気いっぱい。カメラに向かって笑う姿は、CMで見たときと同じ自然さがあった。
私は無意識に、そのワインレッドのビキニをしばらく見つめてしまった。今までなら『ビキニなんて興味ないし、スクール水着で十分』と思っていた。実際、体育の授業でも特に気にしたことはなかった。
でも、最近は少し違う。九州で温泉に入ったときも、鏡に映る自分の体を見て『もう少し自信を持ってもいいのかな』と感じたし、美紗希のグラビアを見ていると『着てみたい』という気持ちが、小さく湧いてくる。
「……似合うのかな、私なんかが」
独り言を呟いて、雑誌を閉じた。結局、美紗希が載っているその雑誌と、欲しかった歴史の新刊、それから気になっていた推理小説の文庫を買って、店を出た。
夏の日差しが、アスファルトを照り返している。
まぶしい。思えば、あの嫌な事件は、この本屋から始まった。
久保が塵山に弱みを握られ、操り人形になっていた頃だ。私が立ち読みしているときにお尻を触られ、その後のストーキングや下着泥棒……すべてがここから連鎖した。でも、今は違う角度で見られるようになった。あの事件があったからこそ、雪乃や結衣、上条さん、麦野さん、他のクラスメイト、雅史や綾音たちと、より強く深い絆で結ばれた。
横浜では桜花叔母さんに世話になり、藍沢姫香と和解した。かつての敵が、今では❝それなりに話せる相手❞になっている。
マイナスだけじゃない。プラスも、確かにあった。だから、これからはマイナスに沈むのではなく、プラスの方を見ていこう。
私はレジ袋を抱え直して、自宅へ向かって歩き出した。
比企谷家・午後。
玄関を開けると、お母さんがリビングから声をかけてきた。
「八幡、おかえり。上条美紗希さんって子から宅配が届いてるわよ」
「……え?」
小町がすぐに飛んできた。
「お姉ちゃんに宅配!? 何が届いたの!? 開けていい?」
「だめ。自分で開けるから」
小町をあしらいながら、荷物を抱えて自分の部屋に戻る。段ボールはそれほど大きくない。
宛名は『比企谷八幡様』
差出人は上条美紗希。
部屋のドアを閉めて、ゆっくりと紐を解く。中から出てきたのは、スイカ柄のビキニと、少し透け感のあるセクシーな下着。そして一通の手紙。
手紙を開く。
『比企谷さんへこの前は相談に乗ってくれて、本当にありがとう。
比企谷さんの言葉のおかげで、少し整理できました。
監督さんには❝学生のうちは学業優先で、将来的に考えたい❞と伝えたら、快く待ってくれるって言ってくれました。
お礼に、私のお気に入りを送ります。
スイカ柄、今年の夏にすごく気に入ってるから。比企谷さんにも似合うと思うから、よかったら着てみて。
また何かあったら、いつでも話してください。上条美紗希』
私は顔が熱くなるのを感じた。
スイカ柄のビキニを手に取る。生地は柔らかくて、色合いも明るい。本屋でワインレッドのビキニを見て『着てみたい』と思ったばかりなのに、実際に届くとは。
「……試着、くらいなら」
カーテンを閉め、服を脱いでビキニに袖を通す。鏡の前に立つ。思ったより悪くない。むしろ、想像していたより自然に体に馴染んでいる。
私は少しだけポーズを変えてみた。腰に手を当てたり、髪をかき上げたり。美紗希のグラビアを思い出して、真似してみる。
「……こんな感じ?」
そのとき、ドアが開いた。
「お姉ちゃん、何して——」
小町の声。私は凍りついた。小町の目が、まん丸になる。
「お姉ちゃんがビキニ着て、セクシーポーズ取ってる……!!」
「ち、違う! これは——!」
小町はすでにリビングに向かって走り出していた。
「お母さーん! お姉ちゃんがビキニ着てセクシーなポーズしてる!」
「はあ!?」
私は慌てて服を引っ被り、後を追う。リビングでは小町が興奮気味に報告し、お母さんが呆れたような、感心したような顔で立っていた。
「八幡……男ができたの?」
「ちがう! 上条さんからお礼のプレゼントで届いただけで! 試着しただけ!」
「ふうん。試着してポーズまで取っちゃうくらい気に入ったのね」
「ちがうってば!」
小町がじと目で私を見る。お母さんも同じ目。
「どうだかなあ」
「どうだかなあ」
2人に同時に言われて、私は完全に言い返せなくなった。顔がさらに熱い。
結局、その日の夜まで『お姉ちゃんのビキニ事件』がネタにされた。
私は布団にくるまって、天井を見つめるしかなかった。
数日後・比企谷家・午後。
夏休みも後半に入り、学生たちは残り日数を数え始める頃。部屋で九州の写真を整理していると、スマホが鳴った。
画面に『平塚先生』の文字。
「……はい、比企谷です」
「比企谷か。元気にしてるか?」
いつもの少し低い声。謹慎が解けてからの平塚先生は、以前より少し柔らかくなった気がする。
「元気です。どうしました?」
「奉仕部の話だ。夏休みの学宿をやることになった。千葉村で2泊3日。雪ノ下と由比ヶ浜にはもう伝えてある」
「学宿……ですか」
「ああ。ただの合宿じゃない。例によって、何か問題が起きる可能性もある。だが、君たち3人で乗り切れ」
「……わかりました」
「詳細は後でメールする。準備しておけ」
電話が切れる。私はスマホを置いて、窓の外を見た。夏の陽射しがまだ強く、蝉の声が聞こえる。九州旅行で家族と笑い、上条の相談に乗り、ビキニのプレゼントで小町とお母さんにからかわれ……。
ようやく❝普通の夏休み❞を味わい始めた矢先に、また奉仕部の活動だ。8月後半は、千葉村での学宿になるらしい。
この時点の私は、まだ知らなかった。学宿先で、また新しい問題が起きることになるなんて。
私は椅子に座り直し、平塚先生からのメールを待った。
遅れて始まった夏休みは、まだまだ続きそうだ。
でも、今度は雪乃と結衣と一緒だ。1人じゃない。そのことだけは、はっきりわかっていた。
八幡の相手は誰が良いですか?
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1ー高橋雅史
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2ー葉山隼人
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3ー材木座義輝
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4ー戸部翔
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5ーその他