比企谷家・夜・八幡の部屋。
その日の夜、スマホに平塚先生からのメールが届いた。
件名はシンプルに『奉仕部学宿について』
私はすぐに本文を開く。
『比企谷、8月21日から23日まで、千葉村で2泊3日の奉仕部学宿を行う。詳細は添付の資料を確認しろ。集合場所と時間も書いてある。
何か問題が起きる可能性もあるが、君たちなら対処できるだろう。
準備は怠らないようにしてくれ。
平塚』
添付ファイルには、日程表と持ち物リスト、集合場所(最寄り駅前)の案内がまとめられていた。
私は画面をスクロールしながら、小さく息を吐いた。
「……やっぱり、本当に行くんだ」
以前の私なら、こんな案内が来た瞬間に『関わりたくない』『行きたくない』と心のシャッターを下ろしていたはずだ。
問題が起きそうな場所に自ら足を運ぶなんて、愚か以外の何ものでもない、と思っていた。
でも、今は違う。塵山絵里の一件を乗り越えて、停学を経験して、横浜で蓝沢と和解して、九州で家族と笑って、上条さんの相談に乗って……。色々あった結果、私の中の何かが少しずつ変わっていた。
「問題が起きても、正しく対処すれば何とかなる」
そんな気持ちの方が、今は強い。雪乃と結衣が一緒なら、なおさらだ。
私はノートパソコンを開いて、千葉村のことを調べ始めた。公式サイトによると、キャンプ場やバンガロー、研修施設が揃った総合レジャー施設らしい。敷地内には清流が流れていて、夏場は川遊びや泳ぐことも可能。バーベキュー場やアスレチック、夜は星がきれいに見えるスポットもあるという。
「川で泳げる……」
その文字を見た瞬間、視線が部屋の隅に置いてある袋に向かった。上条さんから届いた、スイカ柄のビキニ。
「……着ていっても、いいかな」
3人での合宿だ。雪乃と結衣の前なら、それほど抵抗はない。せっかくもらったものだし、着ないわけにはいかない気がする。
結衣みたいに、少しだけおめかししてもいいよね——そう思える自分が、少し意外だった。
密かに、上条からもらった下着の方も身につけていた。普段の無難なものから、少しだけ色気のあるものに変えてみた。誰にも言わないし、誰にも見せない。ただ、自分の中の小さな変化を確かめるように。
「……変、かな」
鏡に映る自分に問いかけても、答えは返ってこない。家族にはすでに『奉仕部の合宿で2泊3日行く』と伝えてあった。
お母さんもお父さんも『先生が一緒なら安心ね』と快く送り出してくれた。
小町だけは『えー、お姉ちゃんだけずるい』と少し不満そうだったけれど。
比企谷家・朝・8月21日。
当日の朝。キャリーケースを引いて玄関に向かうと、なぜか小町も小さなボストンバッグを持って準備を整えていた。
「……小町? どこ行くの?」
「内緒」
「内緒って……」
待ち合わせ場所まで一緒に歩く間、何度か聞いたけれど、小町は『ナイショなの』と繰り返すばかり。友達とどこかへ出かけるのかな、と思っていた。
駅に近づいた頃、ようやく小町が口を開いた。
「実はね、平塚先生から『お姉ちゃんと一緒に合宿に来ない?』って誘われたの。すぐにOKした。お母さんもお父さんも『先生がいるなら』って許可してくれた」
「……は?」
「雪乃さんも結衣さんも、知ってるみたいだよ」
私は思わず立ち止まった。小町が合宿に参加する? 平塚先生が誘った?
「なんで小町が……」
「知りたい? でもナイショ。先生が後で説明するって」
小町がニヤニヤしながら私を見る。その目は、明らかに何かを期待している目だった。
「お姉ちゃん、今日ちょっとおめかししてるよね? 髪もいつもよりちゃんとまとめてるし、服も少しだけ気を遣ってる。向こうで何かあるんじゃないの? 男の子とか?」
「な、何言ってるの。奉仕部の合宿だよ」
「ふうん。でもお姉ちゃん、最近ちょっと変わったもん。ビキニ着てポーズ取ってたし」
「あれは試着だけだってば!」
顔が熱くなる。小町は満足そうに笑って、先に歩き出した。
「まあ、いいか……」
雪乃も結衣も知っているなら、拒む理由もない。小町が一緒でも、何とかなるだろう。
そう自分に言い聞かせて、指定の待ち合わせ場所、〇〇最寄り駅の駅前広場に向かった。
〇〇駅前・朝。
駅前に着いて、私は思わず声を失いかけた。雪乃と結衣、平塚先生がいるのは予想通りだった。だが、その周囲にいる顔ぶれが、予想外すぎた。葉山隼人。鳴上悠。花村陽介。、巽完二。戸部翔。三浦優美子、海老名姫菜。そして戸塚彩加。葉山グループの面々と、戸塚君までが、大きな荷物を持って立っている。
「……は?」
私の口から、思わず変な声が漏れた。結衣が手を振って駆け寄ってくる。
「やーちゃん、おはよう! 小町ちゃんも一緒なんだね!」
「お、おはよう……結衣。これ、どういうこと?」
雪乃が冷静な声で応じた。
「平塚先生の計らいよ。詳しくは先生から説明があるわ」
平塚先生が、腕を組んで私たちを見下ろす。
「やっと揃ったな。比企谷、妹さんも連れてきてくれて助かる」
「先生、これ奉仕部の合宿じゃ……」
「君の言う通り奉仕部の学宿だ。葉山たちにもボランティアとして参加してもらうことになった。まあ、龍造寺と島津には断られたがな」
「ボランティア…ですか」
「ああ。その方が都合がいいだろ?」
平塚先生の笑顔は、いつものように不穏だった。葉山君が苦笑しながら近づいてくる。
「比企谷さん、久しぶり。補習もテストもお疲れさま。俺たちもボランティアとして参加することになったけど、サッカー部の慰安旅行も兼ねてるから」
「葉山君たちまで……」
鳴上君が軽く手を上げ、
「比企谷、元気そうでなりよりだ。隼人、サッカー部の慰安旅行と言っても…部員は俺たちだけだけどな」
花村君が
「悠、俺たちだけでも楽しもうぜ、なあ、比企谷!」
と元気よく声をかけてくる。
戸部君は「ぺ? なんか人数多いぺ」と首を傾げ、三浦さんは腕を組んで
「何よ、このメンバー」
「まあまあ、優美子、みんなで行く方が楽しいじゃん、それに色々と妄想が…」
と不満そうだ。それを海老名さんがなだめている。ただ、後半の方は腐女子のオーラが漏れ出てるみたいだけど。
戸塚君は穏やかに微笑んで、巽君と話してる。
小町が私の袖を引いた。
「お姉ちゃん、すごい顔ぶれだね。葉山という人とか、イケメン揃いじゃん」
「小町、声大きい」
「やーちゃん、大丈夫? 顔赤いよ?」
結衣が心配そうに覗き込んでくる。私は慌てて否定した。
「暑さのせいだよ」
雪乃が小さく息を吐き、手帳を開いた。
「とにかく、これで全員ね。マイクロバスは9時発よ。荷物を確認して」
平塚先生が手を叩く。
「よし、出発するぞ。千葉村までマイクロバスで移動だ。本当は私が直々に運転して行くつもりだったが、人数も増えたことでな。マイクロバスの移動となった。車内で簡単な注意事項を話す。比企谷、比企谷妹、後ろの席にでも座っておけ」
「……わかりました」
私はキャリーケースの取っ手を握り直した。
スイカ柄のビキニは、ケースの奥にちゃんと入っている。上条さんからもらった下着も、身につけたままだ。
結衣みたいに少しおめかしして、川で泳ぐことも考えている。以前の私なら、こんな状況に放り込まれたら即座に逃げ出しただろう。
でも、今は違う。問題が起きても、正しく対処すれば何とかなる。雪乃と結衣がいて、小町もいて、なぜか葉山君たちまでいる。人数が多い分、何かが起きる可能性は高いかもしれない。
それでも……私は、ここにいる。
マイクロバスのドアが開く音がした。平塚先生が先導して乗り込む。雪乃と結衣が続き、葉山グループも次々と席に散らばる。
小町が私の隣に座ろうと、すでに場所を確保していた。
「お姉ちゃん、窓側でいい?」
「……好きにして」
私もマイクロバスに乗り込んだ。エンジンがかかり、車体がゆっくりと動き出す。窓の外を流れる夏の景色を眺めながら、私は心の中で小さく呟いた。
「……
千葉村まで、まだ距離も時間もまだある。
何が起きるかわからない合宿が、今、始まろうとしていた。
八幡の相手は誰が良いですか?
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1ー高橋雅史
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2ー葉山隼人
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3ー材木座義輝
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4ー戸部翔
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5ーその他