総武高校・放課後・特別棟
特別棟の入り口で、平塚先生が何か一言呟いて職員室へ戻った。ポツンと残された私は、ため息をつきながら特別棟へ。
静まり返った一角、ひんやりとした空気。他の部活の喧騒も届かない。雪ノ下さんの雰囲気? わかんないけど。
部室の扉に手をかける。帰りたいけど、平塚先生の監視の目が背中に感じる。逃げたら不戦敗って…負けた気がするのも嫌。自分らしくいればいい。雪ノ下さんに構いすぎると、おかしくなるだけ。
部室の扉を開くと、雪ノ下さん、昨日と同じ姿勢で本を読んでる。
【雪ノ下さん、こんにちは】
最低限の挨拶。
【比企谷さん、こんにちは。もう来ないかと思ったわ】
笑顔で言われても、反応に困る…。
【来たくて来たんじゃない。不戦敗が嫌なだけ】
【ふふ、貴女、意外と負けず嫌い?】
【かもしれないね】
負けるより勝ちたいよね。
【なるほど】
雪ノ下さん、本をペラペラ。私のことは二の次? なら、こっちも。鞄から歴史小説出し、読み始める。雪ノ下さん、チラッと私の本見て、また自分の本へ。
【比企谷さん、歴史小説好きなの?】
【うん。なんか悪い?】
【悪くないわ。近年、歴史の見直しが多いものね】
定説が覆ったり、盛られたり、多いよね。
【歴史小説は小説として楽しむだけ。現実にあーだこーだ言うつもりないよ】
【そう。てっきり、そういうタイプかと】
【ちょっと、私を何だと思ってるの?】
フィクションとノンフィクション、わかるよ!
【違ったなら、ごめんなさい。貴女、てっきり私を排除するタイプかと】
【排除?】
【そう。私、昔から可愛いから、男子はみんな好意持ちだったわ】
可愛い発言は置いといて…わかるよ。雅史も甘いこと言ってきて、女子の標的にされた。
【小学校高学年から、ずっと】
【私は中2から中3の途中だけ】
雪ノ下さん、5年か。私には綾音、緑子、七海がいたけど、雪ノ下さんには…いないよね。あんなの5年、耐えられない。不登校だったかも。
【貴女も、そういう経験あるのね】
【うん。短いけど】
【排除してくる人たちは、理性のない獣。禽獣にも劣る。私の学校も、そういう人が多かった。存在意義をそんな行為でしか確かめられない、哀れな人たち】
雪ノ下さん、鼻で笑う。私と雪ノ下さん、女子に嫌われる女子。綾音たちは味方だったけど、他は敵。
【小学生の時、上履き60回隠された。50回は女子】
【60回!? どんだけ!?】
私も隠されたり、画鋲やトイレ…思い出すと腹立つ! 残り10回は?
【…残りは?】
【男子が3回、教師が2回、犬が5回】
【教師!? 変態教師いたの!? 犬って…校庭の野良犬!?】
【まあ、そのおかげで、上履きもリコーダーも持ち帰ったわ】
うんざり顔の雪ノ下さん。私も中2から持ち帰った。
【雪ノ下さん、大変だったんだね】
【ええ、まあ、仕方ないわ。私、可愛いから】
【自分で言えるの、尊敬するよ】
その自信、嫉妬を煽るよね。
【人は完璧じゃない。弱くて、醜くて、嫉妬して、貶す。優れた人間ほど生きづらい。この世界、おかしい。だから変えるわ】
目、ドライアイスみたい。
【一理あるけど、1人で変えるなんて無理だよ】
【やる前から諦めるなんて、つまらないわ。やって諦めるならまだしも】
ふいっと窓の外。やる前から諦めたくないけど、面倒事は嫌い。静かに暮らしたい。
ふと、綾音の声。
【『八幡、才能を活かさないなんてもったいない!』】
綾音、緑子、七海、お母さん、小町…気づかないふりしてた。平塚先生の「持つ者の苦悩」。私は逃げてただけ。静かに凌いだだけ。
雪ノ下さん、自分に正直。なら、私、歩み寄ってみよう。
【雪ノ下さん、私と友達にならない?】
【比企谷さんと? ……】
少し考えて、私を見る。
【…そこら辺の女子とは違うみたい。友達は…まあ、話し相手ならいいわ】
【そこは「嬉しい」って言おうよ】
雪ノ下さん、ちょっと照れ隠し。ほんの少し。これで、私と雪ノ下さん、ちょっと進んだ。
総武高校・放課後・奉仕部
完全下校のチャイム。雪ノ下さん、本を鞄に。
【比企谷さん、お疲れ様。今日は少し有意義だったわ】
【私もね】
【じゃあ、明日】
雪ノ下さん、さっさと出て行った。5年間、あんな目に耐えたメンタル、ほんとすごい。私なら、綾音たちいなかったら折れてた。尊敬するよ。
【さて、帰るか】
歴史小説を鞄に入れ、教室を出る。夕陽のグラウンドでは、サッカー部が練習。人数、少ない? 海浜総合はレギュラー、補欠、補欠にもなれない部員で溢れてた。総武も練習はしてるけど、葉山君が目立つ。取り巻き女子、試合でもないのに応援?
【試合じゃないのに、応援する意味ある?】
静かな特別棟の廊下を歩く。麦野さん、昨日この時間にいたってことは、どこかで寝てた?
麦野さん、昼は屋上で寝てるって噂だけど放課後も? まさかね。ちょっと行ってみよう。
総武高校・放課後・屋上
屋上、麦野さんいない。当たり前か、チャイム後だし。西に沈む太陽、綺麗。黄昏ってやつ? 昔の映画、『黄昏の〇〇〇』って武士の話、良かったな。内容は…まあ、いいや。
太陽も沈んできた。帰ろう。
総武高校・放課後・靴箱
靴箱へ向かうと、男子がウロウロ。気にせず靴を取ろうとすると、慌てて外へ走り出した。…隣のクラスの久保美津雄? 1年で同じクラスだった。イベントでコンビ組んだことある。この時間に部活? 校舎、薄暗いし、早く帰ろう。上履きを靴に履き替え、そそくさ校舎を出る。
総武高校・午後・職員室(数日後)
また平塚先生に呼び出された。理由はわかってる。家庭科の調理実習、体調悪くて保健室で寝てた。鶴見先生に連絡済みで、レポート提出の指示。なんで平塚先生に? 鶴見先生が渡した? 現国の教師なのに…。
【家庭科の調理実習、体調悪かったのか?】
【はい、前日にちょっと…】
【サボりじゃなさそうだな】
【はい】
平塚先生、私のレポートをジーッと読む。おかしいこと書いた? 『高校生活を振り返って』みたいに白紙じゃないよ。カレーの作り方、ちゃんとまとめたのに。驚いた顔で。
【このレポート、全部君が書いたのか?】
【そうですけど?】
【いや、『高校生活を振り返って』から見ると、別人みたいで、ちょっと疑った】
【料理はちゃんと書きますよ。好きですから】
【料理できるのか?】
【ええ、小学校高学年から、母さんと一緒に】
【一人暮らしでもしたいのか?】
【別に】
【ふぅん?】
なんで?って顔の平塚先生。
【料理は主婦の必須スキルですから】
平塚先生、マスカラ縁取られた瞳をパチパチ。
【専業主婦になりたい?】
【選択肢の1つかな】
【胸張って言うな。参考までに、将来設計は?】
【高校卒業後、大学進学】
頷く平塚先生。
【就職は?】
【優秀な男性と付き合って、結婚して専業主婦】
【比企谷、職業って聞いてるんだが?】
【専業主婦】
【はぁ~、真面目に答えろ】
最初は専業主婦なんて思わなかったけど、学校が社会の縮図なら、会社にも❝あの女❞みたいなのがいるよね。ずっと同じ場所で、目をつけられたら終わり。いじめに耐えるなんて無理。
【やはり、奉仕部で勤労の尊さを学んできたまえ】
プレッシャー全開で黙らせ、職員室から押し出す。ドア、バン!
異論反論抗議質問口答え、認めないやつ! 奉仕部へ行かせる気満々。無言の圧力、ビシビシ。雪ノ下さんが待つ奉仕部へ向かうしかない。
総武高校・午後・奉仕部
部室に着くと、誰かが出てきた。依頼者? 男子の声、聞き覚えが…。
【雪ノ下さん、部活、頑張って】
【ええ、あなたもね】
男子が扉を閉め、私を見て。
【あれ? 比企谷さん、奉仕部に用?】
なんで私のこと…? 男子が名乗る。
【同じクラスなんだけど、俺、龍造寺隆信】
龍造寺隆信! 戦国大名みたいな名前、熊さんみたいな雰囲気。自己紹介しか知らない。野球部で、放課後、グラウンド整備してる姿、よく見る。
【龍造寺君、奉仕部に依頼?】
【まあ、前に依頼して、今はアドバイスもらってる】
【アドバイス? 】
【英語だよ】
メジャー目指してる? いや、まずプロ野球だよね。外から野球部の掛け声。
【比企谷さん、練習始まった! 部長に怒られる、じゃあ明日!】
鞄と野球道具持って、走り去った。雪ノ下さん、私の知らない間に依頼こなしてたんだ。龍造寺君の依頼、気になるけど、詮索はダメよね。
部室の扉を開ける。雪ノ下さん、指定席で本読み。私も指定席に座り、本を出そうとしたら。
【比企谷さん、廊下で龍造寺君と話してた?】
【うん、彼から話しかけられて、無視もね】
【同じクラスの男子だし、話すよね】
【雪ノ下さん、彼に英語のアドバイス?】
雪ノ下さん、本を置く。
【アドバイスしただけ。あとは彼の頑張り次第】
龍造寺君、英語のリスニング、ペラペラだった。教師が褒めてたの、覚えてる。雪ノ下さんのおかげ?
【彼の英語、めっちゃ綺麗だよね】
【当たり前よ。彼も帰国子女。英語圏じゃなく、フランス語圏とスペイン語圏が混ざるエリア】
【南フランスあたり?】
【大雑把だけど、そう】
雪ノ下さんによると、高1の途中で編入。国際教養科を目指したけど、空きがなく、普通科に。日本語ペラペラだから問題なし。何カ国語も話せるの、羨ましい…。
龍造寺君の話終わり、互いに本読み。
2、3分後、弱々しいノック。
【どうぞ】
雪ノ下さん、栞を挟み、本を置く。
【し、失礼しまーす】
上ずった声。戸が開き、隙間から女の子が滑り込む。見られるのを避ける動き。ピンクのウェーブヘア、肩まで。視線キョロキョロ。私と目が合い。
【え、ヒキタニさん!?】
陽キャグループの由比ヶ浜結衣。最初の依頼者?
【なんでって、部員だからいるんだけど】
短いスカート、ブラウスボタン3つ開け、ハートネックレス。校則無視の今時女子。同じクラス、話したことほぼなし。
【とにかく、座って】
椅子を勧める。
【ありがと、ヒキタニさん】
【ヒキガヤね】
【ごめん!ヒキガヤさん】
申し訳なさそうに座る。
【由比ヶ浜結衣さん、ね】
【あたしの事、知ってる?】
【雪ノ下さん、J組なのに】
【知らなかったわ】
【そ、そうだったね】
冷たい視線、思い出した。
【今は覚えた。忘れない】
【誇らしげに?】
変な子…。
【なんか、仲良さそう!】
【愉快な部活じゃないけど?】
【自然って思っただけ! ヒキガヤさん、クラスと全然違う。ちゃんと喋るんだーって】
【麦野さんとしか話さないしね】
【そっか】
由比ヶ浜さん、依頼を話し始めた。
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八幡の相手は誰が良いですか?
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1ー高橋雅史
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5ーその他