龍騎外伝 仮面ライダーモリオン   作:EpoMeta

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プロローグ

 

 都市伝説によると、鏡の中を覗くと本来映るべきではないものが映っていることがあるそうです。その中でも仮面を被った騎士のような姿のものは、誰ともなく「仮面ライダー」と呼ばれています。

 

 

 

「……何だろうこれ?ケース?」

 学校帰りに私が道端で見つけたのは、何かカードを入れるようなケースだった。両手に収まるほどの黒く四角いそれは、以前父親が使っていたのを見たことがある、名刺入れのようだった。

 誰かの落とし物だろうか?何か落とし主の手掛かりになるものはないかと、私はケースを開いてみた。意外なほどスムーズに、その蓋は開いた。

「カード……?ゲームか何かなのかな?」

 その中にあったのは、ファンタジーチックなイラストが描かれた数枚のカードだった。ちょうど、男子の間で流行っているトレーディングカードゲームに似ていた。その中のある一枚、白く輝くようなイラストが描かれたものに、私は興味を惹かれた。

「CONTRACT……?確か意味は『契約』……」

 契約?高校に入ったばかりの私にはまるで縁のない言葉だ。そのカードに一時気を取られたものの、他のカードに目線をやる。だが、免許証などのような、特に個人の特定につながるものは見つけられなかった。

「とりあえず交番に届けようかな」

 そう思い、私は立ち上がる。交番へはどの道を行けばよかっただろうか……。

 

 太陽が少しずつ傾き、ビルや建物の間に影を作っていく。その暗がりの中を私は歩いていく。その時、不意に耳の中に人の声のような音が聞こえた。

「助けて……?」

 声のトーンは高いがその声色はか細く弱い。だがその言葉はぼんやりとであったが「助けて」と聞こえたような気がした。その声がどこから聞こえたのか、私は声のする方へと駆け足で向かった。

 どんどんとその声が大きくなると共に、頭の中を切り裂くような鋭い音が共になり始めた。その音に私は思わず耳を塞ぐ。俯いたままで、私はその音が鳴り響く源を見た。

「何で、カーブミラーから音が……?」

 確かに、カーブミラーの中からその音が聞こえてきていた。だけど、どうして鏡から音が?そう思いながら私は鏡の中を覗いた。

「えっ!?」

 その時だ。私の身体は何かに掴まれ、持ち上げられる。そしてそのまま私の眼前に鏡が迫り――!

「ッ……!」

 不意に顔面を強く打ち付けたような衝撃に、思わず地面を転がる。パニック状態から何とか落ち着くと周囲を確認する。

「えっ、えっ何ここ……!?」

 そこは確かに先程まで歩いていた道だ。だが、何か言葉にできない大きな違和感がある。ぐるぐると回りながら周囲を確認する私だったが、不意に視界の中に入ってきたものがあった。

「何これ……」

 それは先程まで私が見上げていたカーブミラーだった。だがしかし、その鏡の下の看板の様子がおかしい。「注意」と書かれていたそれは、まるで鏡に映したように反転した文字になっていた。それに気づくと、これまでの違和感が一挙に理解となって脳内を埋め尽くす。目に映る消火器も、電柱の看板も、道路標識もその全てが反転した文字で書かれていたのだ。まるで鏡の中の世界の様に。

「鏡の中の世界……?どうしたらいいの……?」

 先程までの日常から一気に非日常へ。不安になった私はきょろきょろと周りを見回しながら、どこへともなく歩き出した。

「誰か!誰か!」

 その歩みは次第に早くなり、そして駆け足になっていった。不安を振り払うように大声を出しながら走る私だったが、だが、走れば走るほどその不安は胸中に広がっていった。

 

「誰もいないの……?」

 大きな交差点の真ん中に立つと、私は呟いた。普段なら絶え間なく人と車が走る底であったが、そこには誰一人とも人影はない。それどころか、ここまでの道中、コンビニや飲食店といった店舗もあったが、そこにもまるで人の気配はなかった。ここには、私以外誰もいないのだ。

 その不安が増していくのと比例して、耳鳴りのような音がどんどんと大きくなる。背筋に悪寒が走り、口元を冷汗が流れる。

「か、帰らないと……」

 誰ということもなく呟いて、振り返った先にそれはいた。それは黒く金属質な翼を広げた、巨大なカラスのような怪物であった。黒い全身の中で白骨化したかのように白いくちばしが、私に向けて大きく開かれる。

「ひっ……!」

 思わず私は駆け出していた。猛獣と出会った時は目線を話さずゆっくり逃げる、ということはどこかで聞いたことがあるけれど、そんなことは本当に危機が迫った時にはどうしようもできない。縺れる足で、私は巨大なカラスから必死で逃げた。

 だが、そのカラスは巨体に見合わない素早さで空を舞い、私を追いかけてきた。振り向くたびに、黒い影が視界に映り込む。

 遂に、私は地面に転がり込んでしまった。ポケットに入れていたカードケースが軽い音を立てて地面に落ち、地面にぶつかる頬をアスファルトが削り鋭い痛みが走る。大きくくちばしを広げるカラス、その口の中にはずらりと鋭い歯が生えそろっていた。その姿を前に、私は死ぬんだ、ということが実感できた。全身は恐怖に震え、死に怯えて私は涙が流れる瞼をぎゅっと瞑った。

「こんなところに人間……?」

 不意に、声が聞こえた。自分以外の言葉に思わず私は目を開きその声の主を見た。

 カラスから自分を守るように立つそれは、全身に密着した黒いスーツの上から鎧を纏った騎士のような姿をしていた。その腕には映画かテレビでしか見たことがないような長い銃が握られている。そして振り向き私の方に向けられた顔は、まるで毒物から呼吸器を保護するガスマスクが鳥のくちばしのようになったものを被った、不気味な姿をしていた。

「大丈夫?立てる?」

 その声は、優し気な女性の声だった。声と共に手が私に向け差し伸べられる。ゆっくりと伸ばした私の手を、その仮面の人は力強く掴むと、今度は反対に巨大なカラスに向き合う。そして、目線をカラスに向けたまま数歩ゆっくりと後ずさると、不意に私の身体を抱き寄せた。

「飛ぶよ」

「えっ……!」

 仮面の人はそう言うと、私を抱いたまま大きく空中へ飛びあがった。そしてそのまま、大きなガラスの鏡面の中へと飛び込んだ。一瞬感じた眩しさに、私はまた大きく目を瞑る。

 一体どれほどの時間が経ったのだろう。ゆっくりと目を開くと、まずそこに映っていたのは普通通りの文字だ。どこを見ても反転していない辞書通りの文字。戻ってきたのだ、元の世界に。これほどまでに文字に感謝することは今後一生ないだろう。

「おーい、大丈夫?」

 不意に掛けられたその優しげな声に私は振り向くが、そこに立つ仮面の人の不気味な姿に思わず腰を抜かしてしまう。

「やっぱり怖いかな、この姿……。ちょっと待って、今変身解くから」

 そう言うと仮面の人は腰のベルトから、何か四角いパーツを取って見せた。するとその不気味な姿がはらはらと解け、その中から一人の女性が姿を現した。そこに立っていたのは黒いインナーの上から白衣を身に着けた、もの優しげな雰囲気のある女性だった。私の方を見て、ゆっくりと微笑んで見せた。

「大丈夫だよ、安心して。わたしも見ての通り、あなたと同じ人間だから」

 そう言うと、彼女はゆっくりと私に近づき、肩を抱き寄せた。彼女の体温、心臓の音、生きている証拠が身体に伝わる。それに安心して、私も彼女を抱き寄せてしまう。

 ふと、鼻腔を消毒液の香りがくすぐる。もしかしたらこの人はお医者さんなのかもしれない。そう思った。

 

 少し経った後、私たちは喫茶店の中にいた。高校に通う私にとっては普段行ったことがない、少し大人の場所であった。浮足立つ私に対して、正面に座る女性は落ち着いた様子でゆっくりとコーヒーを飲んでおり、その姿はすごく大人びて見えた。でもどこかで見たことがあるような……。

「飲みなよ、気分が落ち着くよ」

「それじゃあ……」

 そう言いながら、彼女は私にコーヒーを飲むように勧めた。慣れない様子で私もマグカップに口をつける。砂糖もミルクも入れたはずなのに、その味は苦かった。

「ちょっと苦かったかな……?」

「いえ、大丈夫です……」

 彼女の言葉を聞き、心の中に生じた照れを隠すように、私は思わずコーヒーを一気に流し込んだ。

「ゲホッ!ゴホッゴホッ!」

「ちょっと、大丈夫?」

「え、えぇまあ……」

 むせてしまった私を気遣うように彼女が身を乗り出す。また、彼女の胸元からは消毒液の香りがした。彼女の手のひらが私の背中をさすると、次第に気分が落ち着いてきた。

「すみません……だいぶ落ち着きました」

「そう、それならよかった」

 私の言葉に彼女は優しく返すと席に座り直し、コーヒーの入ったマグカップに再度唇をつけた。ごくり、とコーヒーを口に入れると、彼女はゆっくりとカップをテーブルに置いてから口を開いた。

「そう言えばまだ名前を言っていなかったわね。わたしは『黒井 由利亜(くろい ゆりあ)』。普段はお医者さんなんだ。あなたの名前は?」

「あっ『朝比奈 まつり(あさひな まつり)』です……。高校生です」

「女子高校生なんだ朝比奈ちゃん、若いねぇ」

 彼女、黒井由利亜は、そう言うと私におどけたように微笑んで見せた。その表情と名前を聞き、私は彼女に覚えた既視感の正体を思い出した。

「もしかして、黒井先生ですか……?よく中学校の予防接種に来てくれた?」

「……あ、あの中学校の!よく覚えてたね、朝比奈ちゃん」

「いや、確か予防接種の後『痛くなかった?』って声かけてくれたなって」

 少し私は噓をついた。確かに黒井は予防接種の時に声を掛けてくれたが、その前の注射器を私の肌に刺す前の表情が印象に残っていた。他のお医者さんがやるような「仕事」という雰囲気が薄く、今まさに注射をすることを楽しみにしていたかのような、そんな表情を初めて見たのがやけに印象に残っていた。

「ふふ、そんな事でも覚えてもらってたなんて嬉しいね。医者は患者さんに覚えてもらえたら嬉しいんだ」

 そう語る黒井の穏やかな微笑みに、私の緊張は少し和らいだ。少なくとも私の動揺はばれていないらしい。それに顔を見たことがあるお医者さんだし、他の人よりは信じられるかも。

「それで早速本題に入るんだけど……。どうして『コレ』を持っていたのかな?」

 そう言うと黒井は、自分のポケットから例のカードケースを取り出しテーブルに置いた。そしてその隣にまた別のカードケースを取り出す。それは先に取り出された黒い無地のものとは異なり、金色のレリーフが浮かび上がっていた。

「さっき『ミラーワールド』から戻る時に持ってきちゃった。あなたのもので合ってる?」

「え、いや私のものというか……」

 その言葉はわずかに私を問い詰めるかのような熱を帯びていた。微笑みの奥の目線が私の身体に刺さる。

「……?拾ったって事?」

「そ、そうです。たまたま落ちてるところを拾って……」

 しどろもどろになりながらも、私は黒井に対して自分の知っていることを話した。と言っても、自分が知っていることと言えばこのカードケースを道端で拾ったら鏡の中の世界に入り込んだ、ということぐらいである。そこで、私の中にも疑問が浮かび上がる。

「そもそも、何なんですか?『ミラーワールド』って!それにあの怪物……」

「そうだよね、それが気になるよね……。大丈夫、順を追って説明するから」

 一口、コーヒーを飲み干すと、黒井はゆっくりと口を開いた。

 

 鏡の中の世界「ミラーワールド」……。そこがいつからあったのか、なぜあるのかということは、本当のところは誰にも分からない。だが、その全てが鏡写しになった異界はとにかく「ある」のだ。耳鳴りのような不気味な風鳴り音だけが静かに響くその異界には、人間はおろか動物の姿は影も形もない。

 そのの代わりにいるのが「ミラーモンスター」と呼ばれる怪物たちだ。姿形も様々な、様々な動植物が非生物的な姿と色彩を持った怪物たちは、恐ろしいことに人を喰らうのだという。鏡、窓ガラス、穏やかな水面……そうした周囲を反射するものをゲートとし、そこから時折顔を出しては人間を喰らうのだという。その証拠は何も残らない。生きたという証拠も、死んだという証拠も。

「朝比奈ちゃん、この街の行方不明者数をあなたは知ってる?」

 そう言うと黒井は懐から新聞のスクラップ記事を取り出した。その記事には、この街の行方不明者数が近年爆発的に増加しており、その具体的数値は全国平均の約八倍とあった。

「まさか、この行方不明者がミラーモンスターの犠牲になった人たち……?」

「全員が、ではないと思うけど。その多くはあなたの推理通りだと思う」

「そんな……」

 もししばらく連絡の取れていない知り合いがいたら、もしかしたら……と黒井は呟いた。

「そんな……。お母さん……」

「……ごめんなさい、気を落とさないで。あなたのことを言ったわけじゃないの。それに、この『カードデッキ』があればミラーモンスターと戦うことができるわ」

 そう言うと黒井はテーブルに置いてあったその「カードデッキ」を手に取った。彼女の白い肌の横で、金色のレリーフが浮き出たその黒いカードデッキは不気味な存在感を放っていた。

「このカードデッキの力で、わたしはさっきみたいにミラーモンスターと戦える姿に変身するの。人間離れした力と武器、それを使いこなしてミラーモンスターに立ち向かうんだ」

 そう語る黒井の姿に、私は先程までの不気味な仮面姿の怪人がダブって見えた。その恐ろし気な姿を思い出し、私は思わず息を呑んだ。

「……でも、黒井先生はお医者さんなんでしょ?どうしてそんな怪物となんて戦うんですか……?」

 私のその質問に、黒井は満足げに口元を歪めた。

「わたしはお医者さんだから、助けたい人を助けるのは当然。それに……」

 そこで一度黒井は言葉を切ると、ゆっくりと私の耳元でささやく。

「これはここだけの噂なんだけどね。ミラーワールドで戦い抜いた人間はどんな願いでも叶えられるんだって……」

「どんな、願いでも……?」

 私のその言葉に、黒井はゆっくりと頷いた。それは肯定の意味合いだった。

「わたしもモンスターは怖いけど、それでも願いがあるから戦えるんだ……。朝比奈ちゃんにも叶えたい願いはある?」

「叶えたい願い……?」

「そういえばさっき『お母さん』って言ってたけど……?」

「あ、それはその……私の両親、私がちっちゃい頃に離婚してて。昔は母と連絡を取り合っていたんですけど、だいぶ前からはあまり……だから会いたくて。でも、ミラーモンスターの犠牲になってるかも……」

 自分でも言いながら恐ろしくなってきた。自分の近しい人が行方不明になっていて、実はあんな怖いモンスターの犠牲になっているだなんて……。その恐怖に私の身体はざわざわと震え始めた。

「!」

 その硬く握りしめられた私の手を、黒井の両手のひらが覆った。

「大丈夫だよ、きっと大丈夫だから落ち着いて……。それに言ったでしょ。このカードデッキを使いこなせれば、お母さんのために戦えるよ」

 そう言いながら、黒井は私に向けて黒無地のカードデッキを差し出した。それを少しためらいながらも、私は受け取った。

「黒井先生……!私、またお母さんに会いたい……!お父さんとお母さんと一緒に暮らしたい……!」

「朝比奈ちゃん……」

 その時だ、あの耳鳴り音がまた頭の中に響いたのは。黒井もその音に気付いたのか、鋭い目線で周囲を確認する。

「ごめん、出ようか」

「はっ、はい」

 手慣れた様子で会計を済ませると、黒井は店の外に駆けだしていった。それを私はあわてながら追いかける。

 

 黒井を見つけたのは大通りを外れた路地裏だった。私の顔を見つけた黒井はゆっくりと微笑んだ。

「ミラーモンスターと戦うには、彼らの力を身につけないといけない。そのためにモンスターと『契約』しないといけないんだ」

「契約……ってあのカード?」

 私は自分のカードデッキから『CONTRACT』と書かれたカードを取り出すと、黒井にそれを見せた。その拍子にカードが数枚、地面に落ちてしまう。拾ってくれようと黒井が屈む。そしてその絵柄を見た黒井の表情が一瞬変わった。

「黒井先生?」

「……そうだね。そのカードをミラーモンスターにかざすと契約完了よ。だけどさっきの通り、ミラーワールドに入ったらいつミラーモンスターが出てくるとも分からない。だから今回はわたしも一緒に行ってあげる」

 黒井は優しく微笑むと自分のカードデッキを懐から取り出した。そのレリーフは先程までは気づかなかったが、鳥のような形をしていた。

「それじゃ、まずはわたしの真似をしてみて」

 そう言うと黒井は、カードデッキをビルの谷間に備え付けられた窓ガラスに向けて突き出した。そのガラス面には私と黒井の姿だけが映っていた。

「え、これどこから?」

「『鏡の中』からよ」

 私が数瞬瞬きをしているうちに、黒井の腰には、白衣とは不釣り合いな金属質の厳ついベルトが巻かれていた。その正面のバックルには不自然な空きがあった。

「変身」

 手慣れた様子で黒井は、カードデッキをベルトのバックルに装填すると、ぎらついた虚像が彼女の身体を覆い、その姿を異形のものへと変えた。

「やってみる?」

「不安だけど……」

 震える手で私も黒井がやったようにカードデッキをガラス面向けて突き出してみた。すると彼女と同様に私の腰にも金属質のベルトが巻き付いた。おぼつかない手つきで私もカードデッキをバックルに装填する。すると私の全身に戦うための鎧が装着される。青みがかったグレーのインナースーツに覆われたその姿が鏡の中に映る。

「これが私……?」

「かっこいいじゃない。とても素敵よ」

 そう言うと黒井は私の手を取り、鏡の中に思いきり飛び込んだ。ガラスが割れる音はせず、そこには沈黙だけが残された。

 

 ミラーワールドに到着した私たちを不気味な風鳴り音が迎える。黒井は手にした銃を構え、周囲を確認する。私も慣れないながらも周囲をきょろきょろと見回した。

「ミラーワールドには変身した状態でも十分も居られないから、わたしから離れないように注意してね……」

「そ、そうなんですか……」

「その前に片付ければ済むから大丈夫よ」

 そう言うが早いか、私たちの前に先程襲い掛かったカラス型のモンスターが姿を現した。大きく開いたくちばしが、私を食べようと威圧する。だけどさっきまでとは違う。黒井先生に教わったようにすれば、私も……。

 何とか、腰のカードデッキからカードを引き抜いた。その絵柄を確認する。さっき見た契約のカードだ。震える手でそのカードを私はカラス型モンスターに向けて突き出した。

 だが、何も起こらない。カードの絵柄も変わらず、沈黙の中にただ私は立ち尽くした。

「なっ、何で……?」

 パニック状態になっていた。すぐにでも私を殺すことができる怪物の前で私は怯え、立ちすくんでいた。

「く、黒井先生!」

 不安な心を抱えたまま私は、後ろにいるはずの黒井の方を振り返った。だが、そこにあったのは私に向けられた銃口だった。

 ぱんっ、乾いた音が一度だけ響く。そこからわずかに間を置いて、全身を内側から引っ掻き回されるような激痛が私を襲った。その激痛に、思わず私は倒れ込んだ。

「ど、どうして……」

「大丈夫、急所は外してあるから」

 黒井のその言葉は、私に向けられたものではなかった。巨大なカラス型のミラーモンスターが彼女に寄り添うように舞い降りる。

「朝比奈ちゃん、この子が私の契約モンスターなの。かっこいいでしょ」

「な、何で撃ったの……」

 何とか言葉を出した私だったが、それは自分でも分からないぐらいのか細いものだった。吐き出した血が仮面の中にたまりひどい臭いだ。

「ミラーワールドで戦い抜いたらどんな願いも叶うって言ったでしょ。あれ、ミラーモンスターだけじゃなく、わたしたちと同じように変身した人間とも戦うの。そうやって人間同士で戦い合って最後に生き残った人間だけが、願いを叶えられるの」

「そ、そんな……」

 痛みに紛れ、次第に黒井の声も遠ざかっていく。全身から力が抜け、末端から冷たくなっていく。

「ごめんなさいね、わたしもどうしても叶えたい願いがあるの。冥途の土産に教えてあげるけど――」

 霞む視界の中で、黒井が何かこちらを見ている。仮面を被ったその顔からは何の表情も読み取れない。

「お父さん、お母さん……」

 まるで自分の身体が自分のものじゃないみたいに重い。どんどん地面の中に沈んでいくようだ。それに何だか眠くなってきた。さっきまでの匂いも何も気にならなくなってきた。薄くなる感覚の中で、最後に何かが私に触れた気がした。

 

「デッキももらったし、食べていいよ」

 黒井の変身体「仮面ライダーモリオン」が声を掛けると、彼女の契約モンスター「ヒドゥンビーク・サミット」がそのくちばしを広げ、腹から血を流し倒れ伏した女子高生の身体をついばんだ。

「それにしてもよくできたね。君たちは相当賢いと思ったけど、まさか人間の声真似で餌を呼び寄せるのがこんなにうまくいくなんて。しかも他のライダーを契約前に倒せちゃった。スバラシイね君たち~」

 そう言いながらヒドゥンビークの身体を撫でる黒井ことモリオン。心地よさそうにヒドゥンビークが振り返ると、朝比奈がいた痕跡は地面の血痕とわずかな布切れしか残っていなかった。モリオンはヒドゥンビークの身体を撫でながらも先程まで朝比奈がいた場所に目線を落とす。

「朝比奈ちゃん。あなたの死、わたしだけは忘れないわ」

 不気味な風鳴りだけが、ミラーワールドに響いている。ミラーワールドでは、人間は次第に粒子化していき、最後には跡形もなく消滅してしまう。朝比奈の死も、間もなく風に消え、モリオンの言葉通り彼女しか知らない真実になってしまうだろう。

 そしてモリオンもまた例外ではない。彼女の指先も次第に微細な粒子に変わって散り散りになっていく。

「もう戻らなきゃ。わたしは生きないとね。生きているってスバラシイんだから」

 ただ一人そう言い残すと、彼女は手近な窓ガラスの鏡面に飛び込み、ミラーワールドから立ち去った。

 ミラーワールドから戻った黒井は、無造作に落ちていた朝比奈の鞄、今や遺品となったそれをちらりと見た。その時、携帯の画面がポップアップする。「久しぶり!元気?」恐らくは彼女の母からのメッセージであろう。それに気づいた黒井は、近くに咲いていた花を手折りその鞄の横に添えた。

「ミラーワールドでの死者は、お葬式ができないことが悲しいわね」

 誰にも聞こえないほどの小さな声でそう呟くと、そのまま黒井は街中の雑踏へと消えていく。まるで何事もなかったかのように。だが、ミラーワールドへと繋がるカードデッキを手にした黒井の瞳には、あらゆる鏡面の中でうごめく欲望が映っていた。

 

 

 この世界に重なるように、鏡の中にだけ存在する異界ミラーワールド。そこでは何人もの人々が自らの願いを叶えるため、人知れず戦っている。

 この戦いに、正義はない。

 

ー続ー

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