誰かの言葉によると、この世の中には強い願いを持つ者がいます。例えば、夢を諦めきれない者。愛を取り戻したい者。苦境にあえぐ者。そうした願いが己の身以上に膨らみ過ぎた者たちを、カードデッキは引き寄せささやきます。ひたすらに戦い続け、その願いを叶えるのだと。
今もどこかでそうした誰かが「仮面ライダー」となっています。
陽光が街並みに差し込む昼間。緑川雅也はそのネクタイを直しながら、静かにイタリアンレストランの扉を開いた。その視線の先には彼に向けて手を振る青池壮真の姿があった。
「おう緑川!元気か?」
「ああ、おかげさまでな……。何か変わったか?何と言うか……すっきりしたな」
既に席についていた青池の姿を見ながら緑川はそう呟いた。その言葉に青池は自分の身体をチェックする。
「そうか?その辺は俺でもよくわからねえけど……。今のバイト先が銭湯だから、いつも湯船に入ってるのが関係してんのかもしれねえな」
「まあ、確かにシャワーで済ませるよりはいいかもしれんが」
どことなく青池の姿は以前より引き締まり清潔感が増したように見えた。おそらくは、彼本人の言うように日々湯船に入っていることも一因としてあるだろうが、それ以上に日々ミラーワールドで戦い続けていることが彼の雰囲気が変わった要因として大きかった。
「それよりも、黒井はまだか?彼女の方からの呼び出しだろう」
緑川は青池を見た後、そのテーブルには彼一人しかいないことに気づきそうぼやいた。それを聞き、青池は緑川の言葉に答えた。
「あー、黒井というか、仲良いお嬢様からの指示らしいぜ。そう言えばお前は会ったことないのか」
「お嬢様?」
「ええそうよ、あたしがそのお嬢様でこの店舗のオーナーの娘よ」
入口の扉が開くとともに、店内に高い声が響き渡る。その声に振り返った緑川の眼下には豊かな長髪を巻いた少女が立っていた。
そこに立っていたのは白沢理々恵だった。その顔を見て緑川は口を開く。
「……その顔、確か白沢コーポレーションの令嬢だな?」
「あら、あたしのことをご存知なのね?その通り、あたしは『白沢 理々恵』よ。……ところで、あなたは?」
緑川の言葉に大きく胸を張り自己紹介した白沢は、緑川に言葉を返した。
「ああ、自己紹介が遅れたな。私は『緑川 雅也』。検察官だ。お宅の会社にも色々と世話になっている」
「そう、だからあたしを知っていたのかしら?父母がお世話になっているようね」
白沢は緑川と軽く挨拶を済ませると、椅子を引き、奥の席に座った。そしてそのまま緑川に座るように促す。それに従い、彼も青池の隣に座った。
「緑川さん、黒井先生から聞いたけどあなたがモーティスね?あたしと同じライダーの」
そう言うと白沢は懐からカードデッキを取り出して見せた。彼女からのその視線に応じた緑川も同様にカードデッキを取り出し、白沢に見せた。
「そうか、お前もライダーか……。私からすると先輩、ということになるのだろうな、青池も同じで。私の知らない所で戦っていたんだな」
そこで一度言葉を切ると、緑川はふと窓の奥を見やった。しばし、三人の間を沈黙が包んだ。
「……黒井先生はまだかしら」
少し間を置いて、白沢が口を開いた。その言葉に思い出したように青池は疑問を口にした。
「大体、黒井は何で俺たちを呼んだんだ?」
「おそらく以前のように自己紹介をするんじゃないかしら?前は青池だけだったけど今回は緑川さんも交えて」
「緑川はさん付けかよ……」
白沢の言葉にがっくりと肩を落とす青池。そんな彼を慰めるようにその肩に緑川は手を置いた。
「まあ青池、そこまで気にするな」
そう言って水を一口飲むと、緑川は白沢に尋ねた。
「ところで白沢、お前と黒井はどういった関係なんだ?」
「どういった関係……?そうね、お洒落に言うと『癒しのコンシェルジュとツーリスト』ってところかしら」
不敵に微笑みながら白沢はそう返した。その言葉に緑川は少しだけ考え込む仕草を見せたが、すぐにその意味を何となく掴んだようだ。緑川はまた静かに水を口の中に入れた。
「……当然、黒井もまた私たちと同じくライダーであることは知っている。おそらく現状最もライダーやミラーワールドについて詳しいのは彼女だ」
緑川は不意に白沢に大きく顔を近づけた。目の前に迫る彼の鋭い三白眼の圧力は、黒井が普段自分を診察する時の歪んだ瞳とそう変わらぬものがあった。
「白沢、なぜ黒井はそこまで詳しい?私たちにもまだ隠していることがあるんじゃないのか?」
「……!」
凄まじい剣幕で緑川は続ける。全くの初対面の相手のその不気味な迫力に、白沢もさすがにたじろいだ。
「おい、顔は知ってても初対面なんだろ……。いきなり距離詰めすぎだろ」
そのただならぬ様子に横から青池が緑川に声を掛けた。その言葉に緑川はふっと表情を緩める。緑川の態度が変わるとに白沢も内心で胸を撫で下ろした。
「……ああ、すまない。青池の言う通りだな」
緑川は白沢に静かに謝ると、時間もないし黒井が来る前に先に食事を頼もうと二人に促した。その言葉に青池と白沢は頷いた。
白沢が店員の方を向き合図をすると、彼らは手馴れた様子で調理を開始した。
「ふぅ……。お待たせしたわ、皆さん」
三人が運ばれてきた食事を食べ終わる頃にようやく黒井は姿を見せた。額には髪が張り付き、化粧も少し崩れている様子だった。彼女はグラスに注がれた水を一息に飲み干すと、パスタを注文した。
「遅いわ、黒井先生」
「ごめんなさいね、さっきまで戦っていたから。これは証拠」
席で一息ついた黒井は、白沢の質問に答えると携帯の画面を彼女らに見せた。そこには数体のモンスターと交戦するモリオンの姿が映っていた。その内の一体に青池は目を留めた。
「このモンスター、前戦ったのと同じ奴じゃないのか?なあ緑川!」
「確かに、よく似ているな……」
そこに映っていたのは、モリオンと戦う鳥人のようなモンスターであった。色や細部こそ異なっていたが、その全体的なシルエットは以前青池たちが戦った「イカロスウィンガー」そっくりだった。
「モンスターも一種類一体だけじゃなくて同族が多くいるのよ。わたしの契約モンスターや緑川さんのもそうじゃない?」
「確かにそうだが……」
「ライダー以上にモンスターは単純に数が多いわ……。青池さんにその辺りは担当してもらうはずだったんだけど……。」
そう言うと黒井は意地の悪そうな目線で青池の方を見た。その目線に青池はバツの悪そうな表情を浮かべる。
「いや、おいおい。俺も結構モンスターは倒してるつもりなんだけどな」
「そう?それじゃあ何体倒したの?」
「そ、それは……」
黒井の問いかけに青池は言いよどんだ。彼がミラーワールドで戦った回数は既に両手で数えられる量ではなくなっていた。だが、その数を意識することは青池にはできなかった。それだけ、自分が暴力を振るってきたことを認識せざるを得ないからだった。
「黒井、そこまでミラーワールドでモンスターを倒してきたなら、お前は私たちの知らないことまで知っているはずだろう。……お前はどこまで知っている?」
緑川が鋭い目線で黒井に問いかけた。それは先程白沢に向けた時と同様の強い圧力をもって黒井に突き刺さるものだった。
「ふふ……。理々恵ちゃんはどこまで知ってる?」
しかし黒井はその目線にはたじろぐことなく、緑川の問いかけをはぐらかした。急に話題を振られた白沢に焦りの表情が浮かぶ。
「あたし?あたしは……モンスターや他のライダーと戦って、勝ち残ったものが願いを叶えられるって事は知っているわ」
「そうね、大体そんなところよ」
「はぐらかすな、お前の言葉で直接聞きたい」
緑川がそう問い詰めるが、しかし黒井は緑川から視線を少し逸らした。その視線の先には食事を運んできた店員の姿があった。
「そうね……。あ、来た来た。パスタ食べたら答えるでいいかしら?」
目の前に置かれたパスタの皿を前に、黒井は目を輝かせた。その表情に緑川は小さくため息をつき、食事をとるように促した。
(黒井先生はこんな風に食べる方だったかしら……?)
「お、おい……。一気に食べ過ぎなんじゃないか」
黒井の様子は普段の、また青池にとっては以前見た食事の様子と異なっていた。味わう、というよりただひたすらに食事を胃に詰め込むようにかき込んでいた。
これが黒井がかつての戦地での医療支援の経験から、とにかくいつ死ぬのか分からないために急いで食事を済ませるために染み付いていた癖であった。しかしそうした理由までは、白沢も知らなかった。
「美味しかった、満足満足。ごちそうさまでした」
そう言って手を合わせると、黒井は三人に向き合った。食事が出てきてからわずか数分の事であった。
「そう、わたしだけが知ってる情報の話だったかしら?……他にも出てきてるわよ、ライダー。それもそれなりの数」
普段と変わらない調子で、黒井はそう告げた。だが、それを聞いた三人は驚きの表情を露わにした。
「俺たち以外にライダーが出てきてんのかよ!」
「まあ、都市伝説として噂になっていた点から考えるとそれが自然だが……」
青池と緑川が口々に驚きの声を上げる。それに対し白沢は冷静な様子で黒井に一つ質問した。
「黒井先生はもう彼らと接触したのかしら?」
「いえ、わたしもまだミラーワールド越しに見つけただけ……。けど遠からず接触することになるでしょうね」
黒井はグラスの水を口の中に注ぎ入れるように呑み込んだ。
「叶えられる願いは一つだけだからいずれ彼らとも戦うことになる、もちろんあなたたちともだけど。……その時相手の情報をどれだけ持っているのかが重要になるわ」
「つまり、どういうことだよ」
「……情報戦か」
黒井の言葉を呑み込み切れなかった青池に対し、緑川はその意図を冷静に分析した。
情報戦。誰かと戦うにあたって、戦う相手がそもそも誰なのか、どんな人物なのか、どのようにして戦っているのか、どんな戦略を立てているのか、そうした情報を多く握っている方、つまり相手についてよく知っている方が戦局を有利に進められる。
そうした情報の有用性を、普段証拠をひたすらに探る検察官である緑川だからこそ、黒井の真意にいち早く気づいた。
「その通りよ。こと情報収集能力においてはこの場で一番秀でているのはわたしみたいだけど、その情報を用いて戦略を立てるにはわたしは非力でかよわいわ」
にへらと表情を崩しながら黒井は両手を力なさげに挙げた。その姿を見て青池と白沢は共に「どこがだよ」という表情を浮かべた。
「そこで、わたしが握っている有利な情報をあなたたちに流すわ。それを使えばきっと戦いを有利に進められる。今だけじゃなく、長期的に」
口角を上げて不敵に微笑むと、黒井は白沢の方に視線を向けた。
「理々恵ちゃん、アレ持ってきてる?」
「アレって、この前黛から貰ったこれかしら?」
黒井の言葉にそう返すと、白沢はバッグから紙の束を取り出し、それをテーブルの上に置いた。その表紙を青池と緑川は覗き込んだ。
「これはわたしが個人的に理々恵ちゃんに渡してるモンスターの攻略法。もちろん必要ならこれもあなたたちにあげるわ。今後戦う時力になるはずよ」
くるりと紙を回転させ、黒井は紙を見やすいように青池と緑川の方へ向けた。そのページを彼らはめくり内容を確認する。
「……このヤギ頭、前に戦ったことがあるぞ。確かに腕を破壊すれば攻撃が弱まったぜ」
「情報としてはある程度正確性が担保されているというわけか……。もちろん、こちらから支払う対価もあるんだろう?」
緑川の問いかけに、しかし黒井は首を横に振った。
「いいえ、皆にやってもらうようなことはないわ。強いて言えば、ライダーと会ったらどんな人なのかを伝えてくれればうれしいわね」
「そうか、対価の無い契約なら信用できない。人間の意識は揺らぎやすいからな。無償が次第に対価を求めるようになり契約が破綻するという例を何度も見てきた」
力強くそう言うと緑川は窓ガラスを、正確にはガラスの鏡面を見た。そしてそのまま呟く。
「その点、モンスターとの契約は分かりやすい。こちらがエサを、向こうが力を提供しあう、ただそれだけの関係だ」
「今は人間同士の話をしているのよ」
「なら人間らしく対価を要求すればいいだけの話だろう。この情報を提供することが、お前の何にプラスなんだ」
緑川のその問いかけに、黒井は少し困ったような表情を浮かべ、わずかに言葉を詰まらせた。その顔を青池と白沢も見やる。
「……あなたたちと戦うことが、わたしにとってもプラスなのよ。情報と数的優位。わたしが知る他のライダーもつるんでいる様子はないから、少なくとも今は共に戦うことで勝ち残っていけるわ。……長生きはしたいでしょう?」
そう言って黒井は肩をすくめて見せる。その態度に思わず白沢は目を背けた。冗談なんて、罪じゃない。その言葉が彼女の脳裏にだけよぎって消えた。
「そもそも戦う戦うって、モンスターから人間を守るだけじゃダメなのかよ」
青池が黒井に対して話しかけた。その言葉を聞き、黒井は表情を少しだけ冷たいものに変えた。
「ダメね。契約モンスターは他のモンスターを倒してそのエネルギーを食べることで強化され、それがわたしたちの強化にも繋がるけど、別にそのエネルギーは他のモンスターじゃなくて人間でもいいもの。青池さんは違っても、他のライダーが人間をモンスターに食べさせてることだってあるわ」
だって、わたしもそうしてたもの。とはあえて黒井は言わなかった。その結ばれた口のわずかな不自然さは、最も付き合いの長い白沢も目を僅かに背けていたことで分からなかった。
「そうか。モンスターは純粋な生存本能から人を襲うが、ライダーが人間を襲うとしたらそれは明確な害意……。許せないな、ミラーワールドという非日常の領域で犯罪に手を染めるとは」
そう呟くと緑川は静かに胸元のネクタイを直した。彼の胸中には先日娘が人間の手により誘拐されかけた事件が思い出されていた。その時を振り返るだけで、娘をあと一歩で守れなかった自分への怒りが湧いてくる。そしてライダーとなったからこそ、娘を守ることができたという自負が怒りの後ろから顔を出し始めた。
「青池、お前はどうしたいんだ?私は娘や家族を守るためにモンスターと戦う。もし家族を脅かすようなら他のライダーにも容赦はできない」
緑川は青池にそう問いかける。だが、その様子に言いようがない違和感を青池は覚えていた。
(どうして緑川はそこまでモンスターの立場に立てるんだ……?変身したのだって俺よりも後だろうに)
正義感と家族愛にあふれた言葉こそ、普段通りの緑川の様子であることは間違いがなかったのだが、どこかモンスターの立場で発言しているような違和感が、今の緑川の言葉にはあった。
「……俺は、ただあの時自分がやっていればって後悔したくないだけだ。今はライダーとして他の人を守れる力がある。その力があるのに人を守らなかったら、きっと後悔する」
零すように、青池はそう言葉を発した。言い終えると、暗い表情を浮かべた青池は目線を大きく落とした。
「ふぅん……。後悔、か……それができるほどの未来があるのね」
その様子を白沢は見つめる。その瞳は悲し気な光を湛えていた。
「お前らはどうなんだ……?他人の命を奪ってまで叶えたい願いがあるのか?」
青池のその切実な問いかけに、だが誰も言葉を返すことができなかった。
不意に、黒井の携帯が規則的に振動した。確認すると黒い画面にはヒドゥンビークの顔が覗いていた。そこからわずかに間を置いて青池らの耳にも不気味な風鳴り音が鳴り響いた。
「モンスター……!こんなにすぐ!」
「行かないとやばいぜ!」
口元を紙ナプキンで拭いた黒井とそれに続くように青池が店を飛び出していった。そしてそれを追うように緑川も駆け出していく。
「えっ……ちょっとお金は……!申し訳ございません、後で必ずお支払いしますわ!」
白沢は店員たちに頭を下げると、駆け足で彼らを追いかけた。
彼らは人目に付かない路地裏のガラス窓の前にその姿を映していた。そこに並ぶように白沢も立つ。
「理々恵ちゃんも来たね……。今回は強敵かも」
「だけどよ、俺たちは俺たちのできることをするしかないぜ」
「ああ……。モンスターは人の法では裁けないからな、まだ」
「全く、困ったお方たちですわ……。後で皆様お店に代金をお支払いになってくださいね!」
彼らは各々口に出すと、カードデッキを取り出し鏡面に向けた。彼らの腰にバックルが装着される。皆思い思いに気を高め高らかに宣言する。
「「「「変身!」」」」
その掛け声と共に彼らは異形の戦士「仮面ライダー」へと姿を変えた。そして力強く鏡面に飛び込んだ。その胸に渦巻く思惑は様々に。
「……困ったわね。モンスター相手にここまでてこずるのは初めてかも」
仮面ライダーモリオンが手にしたヒドゥンバイザーの銃口を遠く上空に向ける。その方向で、ビルが揺れる。
「あたしも、ここまで大きなモンスターは見たことがありませんわ」
仮面ライダーシジルが空を見上げる。そこには巨大な影があった。
「だが、だからといって何もしないというわけにはいかないだろう」
仮面ライダーモーティスがその影を鋭く見据える。その目線の先には巨大な瞳があった。
「だな、俺たちは四人もいるんだ。ま、何とかなるだろ」
仮面ライダーバジュラが力強くそう言った。その正面にはビルから顔を出した単眼の巨人のようなモンスターが立っていた。ビルに掛けた強靭な指が、壁面を握りつぶした。
まるで全身を堅牢な機械鎧で包んだような単眼の巨人「キクロパンツァー」が咆哮する。先程からモリオンたちは攻撃を仕掛けてはいるのだが、その巨体と重装甲に阻まれ、思うようにダメージを与えられていない。
「黒井!何か情報はないか!」
モーティスがキクロパンツァーの振り降ろされる拳を避けながら叫んだ。モリオンも動き回り的を定めさせないようにしながら地面を駆け抜ける。
「このタイプは初めて!だけど、人間の形をしている以上弱点は人間と共通するはずよ」
そのままモリオンは手にしたヒドゥンバイザーからの銃撃を、キクロパンツァーの関節といった装甲の隙間に向けて放つ。流石にその攻撃は効いたようで、キクロパンツァーは僅かによろめいた。
「効いた!けど決め手にはならないか」
装甲の隙間から煙と火花を上げながらも、キクロパンツァーは湧き上がる勢いそのままにモリオンらに襲い掛かった。
キクロパンツァーの力強い鉄拳が路面を殴りつける。その連撃が雨霰のように降り注ぎ、アスファルトの破片を周囲に散らした。
「大暴れなんて、罪じゃない?」
「言ってる場合かよ!」
バジュラとシジルは共に近接戦闘向けのカード構成であった。そのためこのように距離を取っての戦いはあまり経験がなかった。
頭上から降り注ぐ鉄拳をバジュラとシジルは駆け回りながら回避する。しかしその間隔は次第に狭まり彼らを追い詰めていった。
「ッ!なんかやばいぜ!」
不意にキクロパンツァーの巨大な瞳が不気味に点滅した。瞬間、キクロパンツァーはその全身に満ちるエネルギーを瞳に集中させ、一条のビームとして放出した。
「ッ!青池!」
キクロパンツァーの瞳から発射されたビームがバジュラに迫る。その刹那、シジルはカードを切った。
『ACCEL VENT』
下半身に装備したオースエンターにより馬の加速能力を得たシジルは、超高速移動によりバジュラの身体を抱え飛び出した。その背後にビームが着弾し爆発を起こした。その煙を裂いてシジルは飛び上がる。
「危なかった……!助かったぜ!」
「いいこと?ノブレス・オブリージュといって高貴な生まれにはそれにふさわしい役割があり、あたしはそれをこなしただけですわ」
「ま、難しいことはとりあえず抜きにしてありがとよ」
ケンタウロス状になったシジルの背中にバジュラは跨り、態勢を整えた。その姿を地上から見たモリオンが彼らに叫ぶ。
「そのまま取りついて!わたしたちは援護する!奴は大きい分、自分の近くに死角ができる!」
「灯台下暗しってところか!一気に決めちまおう!」
『SWORD VENT』
モリオンの指示に返事をすると、バジュラは巨大な剣であるダイナカリバーを両手で構えた。不安定な鞍上であったが、ライダーとして変身したことで強化された筋肉が、生身以上の安定感を実現していた。
「頼むぜ!」
「言われなくてもですわ!」
頭上に迫るキクロパンツァーの鉄拳を大きく飛び上がり回避すると、シジルはキクロパンツァーの腕を駆けあがっていく。そして彼女に跨ったバジュラが振り回すダイナカリバーの重量級の斬撃が、キクロパンツァーの装甲にどんどん深い傷をつけていった。
「私たちも負けていられん!」
「もちろんよ。理々恵ちゃんたちを援護しましょう」
『SHOOT VENT』
モリオンが左腕にヒドゥンスキャッターを装備し、右腕に握るヒドゥンバイザーと共に銃口をキクロパンツァーへと向けた。
「……このカードか」
『STRANGE VENT』
モーティスが腰のグレバイザーに装填したストレンジベントのカードはまたその絵柄と効果を異にする。息つく暇もなくモーティスはカードを再装填する。
『COPY VENT』
その電子音声と共に、モリオンが装備するヒドゥンスキャッターから飛び出した鏡像がモーティスの左腕に重なり合い、彼の腕にもヒドゥンスキャッターが装備された。驚いたようにモーティスは自分の腕を眺める。
「これは……」
「武器の複製、敵に使われると厄介なカードね……。グリップを強く握ると発射できるわ」
「なるほどな、複雑な火器をコピーしたところで使い方が分からなければ意味がない。使いどころが重要なカードだな」
両者が共に分析を終えると、その鳥の頭蓋骨のような銃口をキクロパンツァーの方に向け、無数の散弾を発射した。その狙いはモンスターの巨大な瞳であった。
(あれだけの高出力のビームを撃つ砲口……。その周囲がいくら頑丈でも砲自体は!)
絶え間なく放たれ続けるヒドゥンスキャッターの銃撃に堪えかね、キクロパンツァーは両腕で頭部を防御する態勢に入った。その強固な防御が銃弾を弾いていく。
だが、防御にひたむきになるその様子を見逃すシジルではない。
「下半身が隙だらけですわ!その巨体じゃ防御もできないですわね!」
「関節から斬ってやる!」
上半身に向けて駆け上っていたはずのシジルが一気に落下し、キクロパンツァーの脚部に迫った。
装甲で覆われていない膝や足首の関節をバジュラがダイナカリバーで引き裂いていく。巨体を支える足の関節を狙われたとなっては、キクロパンツァーもひとたまりがない。そのダメージの大きさに、地面に両腕をつき倒れ込んでしまった。
「ガードを解いたな!」
ヒドゥンスキャッターから更なる銃撃を放つモリオンとモーティス。だが、彼女らが目の当たりにしたのは、既にエネルギーの充填を終えて輝く瞳であった。
「ッ!」
身体が勝手に反応し、モリオンはヒドゥンスキャッターをキクロパンツァーの瞳に向けて投げつけた。鋭いくちばしが今まさにビームを放とうとしていた瞳に突き刺さり大爆発を起こす。そのダメージにたまらずキクロパンツァーは顔を覆い暴れ回る。
「今よ!お二人さん!」
『FINAL VENT』
『FINAL VENT』
モリオンの言葉と共に、シジルはバジュラを乗せたまま空高く飛び上がる。地上では現れたオースメアリーがその角でキクロパンツァーの身体を引き裂いて動きを封じる。そして、空中に飛び上がったバジュラはシジルの背を蹴って宙返り、空中に召喚されたダイナブルートを変形させ足に装備する。
「行きますわよ!」
「うおおおおお!」
召喚されたオースピナーを槍として装備したシジルは、飛び蹴りの態勢となったバジュラと共にモンスター向けて一直線に突撃する。
二人の必殺技「グロリアスブレイク」と「ダイナミックストライク」をもろに喰らう形となったキクロパンツァーは、その身を打ち砕かれて爆散した。その煙の中にバジュラとシジルは二人立っていた。
「いいコンビネーションだったわ。流石ね」
「あんな巨体のモンスターも倒すことができたな」
とどめを刺した二人を労う声を掛けながら、モリオンとモーティスは彼らに近づいた。それに気づきバジュラとシジルも彼女らの方を振り向いた。
「当然ですわ。青池も予想以上にいい動きをしてましたけれど」
「そうか?ま、何とかなっただろ。俺の言った通り」
「青池のくせに言いますわね」
彼らはそう言いながら談笑する。胸中に抱える思いは四人とも全く異なる。あくまで一時的な共闘関係だと誰もが理解していた。
しかしそれでも、今この場においてモンスターを協力して倒せた、誰かほかの人を守れたことは、喜ばしいことであると少なくともバジュラには思えた。
だが、その姿を物陰から見つめる視線があった。
「あれが他のライダーか……」
建物の陰に隠れながら、その視線はモリオンたちを観察する。
「奴ら、ライダー同士なのに協力してモンスターを倒した。そんなのありなのか?ライダーはお互いに戦い合うんじゃないのかよ」
その影はモリオンたちの様子に疑問を呈した。その言葉にはわずかに苛立ちがにじみ出ている。
「けどいいさ。どんな相手でもオレは受けて立つ」
そう言うとその影はミラーワールドを後にした。わずかに見えたその姿は、まるで鎧武者のような重厚な雰囲気を発していた。
―続―