大人たちの噂によると、自分自身の事こそよく見えていない時があるそうです。
大学病院の一室に黒井由利亜の姿はあった。彼女の真っ黒な瞳がテーブルの上に広げられた資料を走っていく。しかしその視線はどこか退屈そうだった。
「黒井先生、今回の手術もお疲れ様」
「こちらこそありがとうございます、鳥飼先生」
両手にマグカップを持ちながら鳥飼は黒井に話しかける。そのマグカップを黒井は受け取ると、中に入っていた甘いコーヒーを口にした。
黒井は鳥飼が入れてくれるコーヒーが学生時代から好きだった。手術後の疲労には、彼が入れる甘いコーヒーがよく効いた。
「質問ですが、今回のような簡単な手術でしたら、病院内にも執刀できる医師が複数いるのでは?」
コーヒーを飲み一息つくと、黒井は鳥飼にそう質問した。彼女にとっては全く難しくない手術。地域でも指折りの設備と人員を有するこの大学病院なら、この程度の手術をこなす医師は一人はいるはずだ。あくまで町医者の自分を呼ぶ必要性は、彼女には感じられなかった。
「それが、患者からの希望だそうだ。どこからか君の噂を聞きつけて、お金は払うから自分を担当して欲しいとごねたらしい」
「それで、日帰り手術程度の執刀をわたしに任せたわけね……」
黒井はそう言うと小さくため息をついた。そして胸ポケットからメモ帳を取り出すと細かくメモを取る。
「この手術を簡単だとか日帰り程度というのは君だけだ。医局の皆はこれをやれと言われただけで一日分の食欲を失うよ」
「ふふ……。それなら今度からはこの病院の医師に担当してもらうよう、術後の説明の時に言っておこうかしら」
「そうだね。その方が皆のためにもなるだろう」
そう言って二人は談笑した。黒井にとって鳥飼がいるこの大学病院の一室は、自分をあまり偽らずにリラックスできる数少ない場所であった。
「ところで、以前相談しに来た患者のことだが」
「ああ、白沢さんですか?」
卓上の資料に目を落としながら、鳥飼が呟いた。
「今は自宅療養で様子を見ているようだが……。病状は患者に説明しているのか?」
「両親には伝えていますが、希望もあって本人には伝えていません。今回の患者は、患者本人の意思を尊重してみようと思うので」
黒井の返答に鳥飼は静かに肩を落とした。その表情は暗い。
「伝えていないのか……」
鳥飼のその言葉に、黒井は何も答えない。ただ、コーヒーを持つ手が一瞬その動きを止めた。
「私としては本人に会っていないから何とも言えんが、本人の意思、ね……。私だったら伝えるけどな……」
時計の秒針の動く音だけが部屋の中に響いている。鳥飼の瞳が黒井を見つめていた。
「……先週の検査の結果も目を通したが、もし患者に会う時、いや家族でもいい。状況次第でこちらも入院の準備をすぐ整えると伝えてほしい」
「分かりました、少なくとも両親の耳には入れておきます」
黒井はそう言い返すと、コーヒーを口にした。わずかに赤いリップがマグカップの端に付着する。
「黒井先生、君もこの症例には私情が入るだろうが、何かあったらまた私の元に来てくれ。相談に乗ろう」
「ありがとうございます。鳥飼先生」
鳥飼の言葉に黒井は素直に礼を言い頭を下げた。そして目の端で現在時刻を確認する。その仕草に鳥飼は声をかけた。
「何か用事か?そういえば今日はバイクではないようだが」
「ええ、繁華街の方で夕食を」
「君にしては珍しいな。どういう風の吹きまわしかね?」
「内緒です。ふふ……」
静かに微笑むと、黒井はコーヒーを一気に飲み干した。部屋には夕日が差し込んでいた。
大学病院を出発するバスに乗り、黒井は繁華街へと足を向ける。普段はバイクでの移動を基本としている黒井にとっては、駅に近い繫華街を訪れる機会は限られていた。
「おーい!黒井!」
「あら、青池さん。待たせてしまったかしら」
駅前のバス停に降りた黒井を出迎えたのは青池であった。バイト帰りであろうか、ラフな服装であった。
「いや、俺も今来たところだし、今回はこっちから誘ったから構わないぜ」
「そう、それなら嬉しいわ」
黒井はそう言うと周囲を見回した。
「それで、どこにわたしをエスコートしてくれるのかしら?」
「ああ、それは今から決める!とりあえず適当にぶらぶらしようぜ」
「……」
微妙な表情を浮かべる黒井を置いて、青池は繁華街の方へと歩き出した。
十数分ほど、街の中を歩いた黒井らが落ち着いたのはリーズナブルな価格帯の大衆居酒屋であった。その個室に黒井と青池は座る。
「とりあえず生でいいか?」
「ええ、まずはビールでしょう?」
小鉢に盛られたお通しと共に出てきたビールを黒井と青池は互いに突き付ける。
「乾杯!」
「かんぱーい」
豪快にビールを飲む青池に対し、黒井は静かにビールを口にした。
「アルコールも久しぶりね……」
「そうなのか?」
「ええ。普段はバイクに乗るから、飲酒運転になるじゃない?」
「それも確かにそうだな」
青池は黒井の方にタブレットを差し出した。その画面を黒井はタッチする。
「じゃあこっから好きなの頼んでくれよ。俺が誘った手前、今回は俺のおごりだ」
(これ言ってみたかったんだよな……。いつもは緑川におごられてばっかりだから)
その内心を黒井は知ってか知らずか、タブレットの画面をぽちぽちと弄り始めた。
「それじゃあちょっと贅沢しようかしら……。これをタッチすれば注文できるのよね?」
「ああ、どんどん頼んでくれよ!」
「そうね……」
十分ほど後に運ばれてきたのは、個室のテーブルを覆いつくすほどの量の料理であった。それらがひしめき合うにテーブルに並べられる。
「せっかくだから、色々食べてみようかしら」
「おい、この量二人で食べるのかよ……」
「おごりだと言ったのはあなたでしょう?それに今日も手術してきたからお腹が空いてるのよ」
「そうかよ……」
そこに並んでいたのは野菜サラダや刺身、フライドポテトやピザ、から揚げなどバラエティーに富んだものであった。それらを微塵もためらうことなく黒井は口の中に入れる。
「……まあ意外と美味しいわね。値段の割には」
そう言いながらも黒井はどんどんと食べ物を口の中に放り込んでいく。そこに遠慮などはまるでない。
「食べないの?食事はとれるときにとっておかないと、いざという時パワーにならないわよ?」
「確かにそうかもな」
青池は黒井と何度か食事を一緒にして分かったことがあるが、彼女はその細身の外見から想像がつかない程に、とにかく食べるのだ。普段どのような食事をしているのかは分からないが、こういった誰かのお金で食べるような食事の時は特に量を食べるようであった。そして医師という高給取りらしく、その舌は相当に肥えているようであった。その食いっぷりに、青池は圧倒されていた。
「から揚げ食べる?」
ポテトを口にしながら、黒井は青池に揚げたてのから揚げを勧めた。しかし、青池は渋い顔をする。
「あー……俺鶏肉食べられないんだ」
「そうなの?」
「ああ、昔実家で鶏を飼ってたんだけど、それを食べるってんで父さんと母さんが目の前でさばいてるのを見て苦手になったんだよな」
青池はグラスを揺らしながら気まずそうにそう言った。その様子を黒井は見つめる。
「確かにそれは人によっては苦手になるわね。それじゃあ遠慮なくいただくわ」
そう言うと黒井はから揚げにレモンをかけてほおばった。青池はその様子から少しだけ目を背けた。
「それで、何かわたしにお話だったかしら?」
食事が半分ほどとなったところで、黒井が青池に問いかけた。彼女が手に持つ箸には刺身がつままれている。
「あ、ああそうだな。……前言ってた他のライダーの事なんだけどよ」
青池のその言葉に、黒井はその表情を変えた。
「最近俺も戦ってきて、モンスターと戦うのは、なんつーか『そういうもの』だと思えて来たんだけどよ。ライダーは同じ人間同士じゃねぇか。戦わないで済むんだったら、それで何とかならねえのかな?」
「お酒が入ってるからいつも以上に饒舌ね」
「からかうなよ!俺は結構本気で言ってるんだぜ。本気と書いてマジ」
青池の言葉をよそに、黒井は醬油に浸した刺身を口の中に入れた。
「……戦わないで済む、って言うなら今がその状態なんじゃない?わたしたちは同じライダーだけど、今は膝を突き合わせてお酒を呑んでる。わたしが青池さんの説得に応じるかどうかは置いておくけど、戦ってはいないじゃない?」
「まあ、確かにな」
「全員とこうできたら楽なんじゃない?まあ、でも理々恵ちゃんにもタメ語の青池さんだけじゃ厳しいかな」
「おい!それはどういう意味だよ!」
黒井の挑発的な口調に語気を強くする青池。だがそれを気にせず黒井は続けた。
「……どうしてわたしたちは今のところこんなに仲良くできてると思う?それは互いのことを多少は知っているからよ。見ず知らずの人から突然『戦いを止めましょう』って言われて聞くと思う?内容以上に話してきた相手が怖くないかしら?」
醤油にワサビを溶かしながら、そのまま黒井は続ける。
「お互いに知り合いになれば、青池さんの意見も聞いてもらえるんじゃないかしら?事実、緑川さんや理々恵ちゃんはあなたの言葉に耳を向けてるみたいだし?まずはお知り合いから始めたら?」
「そうか……」
静かにそう呟くと、青池は半分ほどグラスに残っていたビールを一気に飲み干した。
「確かに、そうしていけば戦いを先延ばしにできるかもしれない。けど本当に、勝った人間が願いを何でも叶えられるなら、いつか必ず戦いは起こるんじゃないのか?」
「結構鋭いわね……。好きよ、そういうの」
黒井は青池の言葉に驚いたような表情を浮かべると、わずかに残っていたビールを飲み干した。
「その時は戦えばいいんじゃないかしら。もしそこまでライダー同士の戦いを止められる人間なら、青池さんもその時は相当強くなっているはずよ。そうしたら相手を倒してでも止めればいいんじゃないかしら?」
「……戦うこと自体から、離れられないのか」
「無理ね。そういうものだから。ライダーバトルは」
「……でも俺は」
店内に流れる騒がしいはずの今流行りのポップソングが彼女らの間にだけまるで流れていないと思える程の重苦しい雰囲気が、静かに部屋を覆いつくした。
「ぎやぁぁぁ!」
「なんだーッ!喧嘩かーッ!?」
轟音とともに大きな叫び声が黒井たちの耳に届いた。そのただならぬ様子に彼女らは居酒屋を一度出て繁華街の路地へと出た。
そこには、数人の酔っぱらった男たちが路上で殴り合いの喧嘩をしていた。拳が肉を打つ生々しい音が周囲に響いていた。
彼らはろれつの回らない口調で、よく分からない言葉を叫びながら互いに殴り合っている。そのただならぬ状況に青池の身体が動いた。
「おい!何か分からないけど殴り合いは良くないって!」
「うるせぇ!」
男の一人が繰り出した拳が青池の顔面に直撃する。吹き飛ばされる青池の姿に、黒井は頭を抱えた。
「あーあ……」
「マジでお前ら、何しやがんだ!」
鼻血を垂れ流しながらも立ち上がった青池は、男たちに飛びかかりその動きを封じようとする。しかし多勢に無勢というのもあり、青池一人ではなかなか喧嘩は収まらない。それどころか、彼もどんどん殴られているというありさまだ。
「全く、やばそうなら通報しようかしら……」
黒井が懐の携帯電話に伸ばした時、彼女の視界に目を引く一人の男の姿が入った。
「おい!アンタら何やってる!喧嘩なら他所でやれ!」
黒井ら野次馬を割くようにして現れたのは頭一つ背が高い、筋肉質な青年であった。歳は二十代前半だろうか、頭髪を丸刈りにした顔立ちには幼さがまだどこか残っている。
「んだとガキが!」
一人の男が大きく拳を振りかぶる。しかしその一撃は青年にかわされ、そしてそのまま腕を取られ男は投げ飛ばされる。
「テメェ!」
別の男が、今度は近くに停められていた自転車を持ち上げた。そのまま自転車を青年向けて投げつける気だ。
「武器か……。卑怯だな、だけどオレは受けて立つ」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねえ!」
構える青年に対し、男は怒声と共に持ち上げた自転車を思い切り投げつけた。青年の鋭い視線が宙を舞う自転車の動きを見据える。
「あっぶねえだろ!」
だが、自転車の動きは途中で止まった。青池が男と青年の間に立ち、その身体で自転車の衝撃を受けたからである。
「~ッ!いってぇ!マジで!」
自転車のギアや突出部が青池の服を引き裂き、素肌に傷をつける。その様子に男たちも冷静さを取り戻し始めた。
「お、おい大丈夫かよ……」
「ったくよ。大丈夫かって心配すんなら最初から俺のこと殴らないでくれよ」
そう言うと青池は傷をさすりながらも立ち上がって笑顔を見せた。その姿に男たちは頭を下げる。
「悪かった!おれらも酔いが回って申し訳ないことしちまった」
「本当にすまねぇ!」
「いや、喧嘩やめてくれんならいいってことよ。この程度の怪我なら屁でもねぇからもう殴り合いの喧嘩なんてやめてくれよな」
頭を下げ謝罪する男たちに、青池は困ったような笑顔を浮かべながら対応する。ペコペコと頭を下げながら、本当に申し訳なさそうに男たちは去っていった。その後ろ姿を青池は見送る。
「あーっ、いってぇ。自転車投げるとかありかよ……」
「お気の毒様。見たところ切り傷と軽い打撲ね。切り傷は軟膏を塗ればすぐに治るわ」
「お医者様の診察には痛み入るぜ」
黒井は青池の怪我を観察すると軽口を叩いた。それに青池も軽口で返した。そんな彼女らに近づく影があった。
「おい、大丈夫か?さっきから何か笑ってたけど」
「あっ、さっきの。あんた強いな、上背もあるし」
声をかけてきたのは、先程乱入してきた青年であった。高い身長からの目線が彼女らを見下ろしている。
「ああ、オレのことは別に大丈夫だけど。まあおっさん、危ねえからな」
その青年は青池を見ながらそのまま続ける。
「おっさんも弱いくせにあんまりでしゃばるんじゃねえよ」
「え?」
そう言うと青年は踵を返しその場を立ち去っていった。その足取りは次第に駆け足になっていく。遠ざかる背中を青池と黒井は並んで見ていた。
「なんか強いけど失礼な奴だったな」
「そうね……。あれ?これは」
ふと、黒井は地面に目線を下ろした。そこには居酒屋で使うような名札が落ちていた。
「かがや……。ひょっとしてさっきの人の名札かしら?」
「あー、確かにそうかもな」
屈みこんだ黒井はその名札を拾い上げた。二人の視線が名札に集中する。
「このお店知ってる?」
「いや、俺は行ったことねえな」
「それじゃあ明日にでも行ってみない?」
黒井のその提案に、青池は首を縦に振った。
「ああ、俺は構わないけどよ。とりあえずはさっきの店に戻って飯食べないと。いざという時パワーにならないんだろ?」
「そうね。言う通りだわ」
青池は傷口をさすりながら居酒屋へ戻っていく。その後ろを黒井は歩いていく。
ふと、黒井は後ろを振り向いた。無数の人々が繁華街の道路を行き交う。その誰かが、いや誰もが自分の知らないライダーなのかもしれない。そう思うと、黒井の胸に去来する強い感情があった。どくどくと湧き上がるその感情に、黒井は思わず口元を吊り上げた。
「姫~。放課後駅前のカフェ行かない~?」
「あのデカいパフェあるところ」
バッグに教科書をしまっていた白沢に、二人のクラスメイトが話しかけた。その声に彼女は振り返る。
「カフェでパフェ?もちろん構わないわ」
身支度を整えると白沢たちは一路、駅前の方へと向かった。
「最近姫大丈夫~?何だか元気なさそうだし」
少女の一人が道中白沢に話しかけた。その眼差しは心配げな色を隠さない。
「え?ええ……。おかげさまでいつもと変わりなく」
彼女の眼差しからわずかに目を逸らしながら、白沢はそう答えた。
白沢は恵まれた美貌もさることながら、財閥である白沢コーポレーションの令嬢ということもあり、姫神女学院の中でも有名人であった。彼女の周りには自然と他者が集まり、そして白沢自身も人を惹きつけるだけの人物であろうと絶え間なく努力していた。しかしその影に、病魔が次第次第に手を伸ばし始めていた。
(学校でも、あたしは皆が望むあたしでいられるのかしら)
そんなぼんやりとした不安が、彼女の心に影を落としていた。
「あら、理々恵ちゃんじゃない?こんなところで会うなんて偶然ね」
「黒井先生……」
少しずつ夕日が傾く駅前の繁華街に近い道で出会ったのは、黒井だった。白沢は心の中の影の正体こそ、主治医として自分の命を一方的に握る黒井であると考えていた。
「そちらの皆さんはお友達?こんにちは~」
「あっ、こんちは」
黒井は微笑んだ眼を白沢の友人に向けて挨拶する。友人たちもそれに応じて頭をぺこりと下げた。その中の一人が白沢に小声で耳打ちした。
「知り合いなん?姫の?」
「ええ、まあ。そんなところですわ」
小さな声で白沢も彼女に返した。しかしその目線は黒井に向けられている。
「黒井先生は、どうしてこんなところにいらしたのかしら?」
「ちょっとした散策よ」
そううそぶく黒井に白沢は疑わしそうな目線を向けた。そしてその感情のまま口を開く。
「こんな時間から繁華街をうろつくなんて、お暇を父が出してくれたのかしら?」
「やだなあ、そんなことはないわ。この辺りのお店に少し用事があって向かう途中なの」
「用事?」
その言葉が引っ掛かった白沢は、黒井のもとに近づきその耳元で静かにささやいた。
「もしかして、新しいライダー?」
「……それを確かめに行く途中」
小声で黒井はそう返すと、白沢から離れて別の方向に足を向けた。
「また今度お家にもうかがうわ、お大事にね。ばいばーい」
それだけ言い残すと、黒井は手を振り繁華街方面の奥へと消えていった。その背中を白沢は鋭い視線で睨む。
「姫……?知り合いなんでしょ?大丈夫?」
「凄い睨んでるけど」
彼女らの言葉に、白沢は慌てた様子を見せた。
「あら、そんな表情だったかしら?それは失礼しましたわ」
思わず白沢は顔を触り、その表情を物理的に確認する。そして望まれるままの表情へと顔を整えた。
「ごめんなさい、時間を取らせてしまいましたね。早くカフェに行きますわよ」
そう言うと白沢はどんどんと歩き出した。まるで何かを振り払うように。その姿を少女たちはただ見つめることしかできなかった。
白沢はキラキラしたものを眺めることが好きだった。例えば美しい装飾品やシャンデリアや街灯、よく手の込んだ料理。それらが「消える」一瞬の儚さを見るのが好きだった。
今、目の前ではパーティーサイズの巨大なパフェを同級生たちがどんどん食べている。その喜びの表情を見ていると、どこか自分も満ち足りた幸せな気分になってくる。
しかし、今は目の前に置かれた巨大なパフェを目の当たりにしても、白沢の気分はどこか心の奥底で沈んだままだった。
そういう時に限って、白沢の耳に不愉快な耳鳴り音が入る。またミラーワールドからの呼び出しだ。小さくため息をつくと、白沢は席を立った。
「あれ、姫どしたん?」
「申し訳ないですが少し用事を思い出しましたわ。十分ほど外しますね」
「そうなんだ……。気を付けてね」
「ありがとう。そちらもお気をつけてくださいまし」
そう言うと白沢は駆け足でカフェから去っていった。彼女が飲んでいた水の氷が揺れる。
「うちらも気を付けてって、どういうことだろ?」
「さあ……。でもせっかく姫を元気づけようと思ったけど、なかなかうまくいかないね」
少女の一人が残念そうな口調でそう言いながら、生クリームをスプーンですくった。その様子を見ながらもう一人の少女が口を開いた。
「さっきの人とも何か関係があるのかな……?でも待ってようよ。自分らにできることなんてそれくらいだけど」
「そうだね、姫が心配だし……。でもパフェは溶けちゃうかも」
そう言って二人は笑い合った。その様子を、店内の鏡から暗い目線が見つめていた。
白沢が変身した仮面ライダーシジルは、ミラーワールド内でモンスターの気配を追う。その先にいたのは、先程のカフェにほど近い道路に立つ二足歩行のモンスターであった。冷気を伴うオーラを放ち、その重厚な甲冑に包まれた身体をシジルの方に向ける。
「前戦った音のモンスター?いや、少し違うかしら」
そのモンスターは幾重にも枝分かれした二本の角を頭頂部に戴いていた。そして手にした刀も同様に枝分かれしている。両手に握るそれにシジルは目線を向ける。
「あれは確か、七支刀という儀礼用の刀剣だったかしら?」
両手に刀を構えるモンスター「ログゼネル」を前に、シジルも腰のオースバイザーを抜いて構えた。その視線の端で現実世界を見る。
「友達をやらせはしませんわ……!」
静かに、だが怒気をはらんだ口調でそう言うと、シジルは腰のカードデッキから一枚のカードを引いた。
『ACCEL VENT』
電子音声と共にシジルの下半身に強化装備「オースエンター」が装着され、その姿を人馬形態へと変える。人間以上に強靭な足腰を得たシジルはステップを踏むと、その鹿頭の獣人のようなモンスター「ログゼネル」に斬りかかった。
オースバイザーの切っ先がログゼネルに襲い掛かる。だが、ログゼネルは手にした二刀流でオースバイザーを受け止めた。
「ッ!」
しかし慌てずシジルはオースエンターの馬の脚でログゼネルを蹴り飛ばす。大きく吹き飛ばされたログゼネルであったが、その身に纏った分厚い鎧の防御力は高く、大したダメージを負っていないようだった。
「防御力が高いって、罪じゃない?」
シジルはそう言いながらも更なるカードを切った。
『SPIN VENT』
オースバイザーを腰に戻すと、それに代わりシジルの右腕には巨大な槍「オースピナー」が装備される。ドリルのような形状のそれが力強く回転する。
「この槍で鎧ごと削り取ってあげようかしら!」
その蹄が地面に食い込むほど力を込めると、シジルは一気に距離を詰め、ログゼネル向けて槍を突き出した。それも一撃だけでない。さらなる連撃がログゼネルの全身にダメージを与える。
「そろそろ終わらせてあげようかしら!」
一際強力な一撃を見舞わんと、助走のためにシジルは少し距離を取った。そしてそのまま助走をつけ、オースピナーをログゼネル向けて突き出した。
「おっと、危ないぜ。オレの契約モンスターに手を出しやがって!」
「何ッ!」
だが、シジルの槍は別の刀に遮られた。その方向をシジルは確認すると、仮面の奥で驚きの表情を浮かべた。
「別の、ライダー……!」
シジルの瞳に映っていたのは、全身を重厚な甲冑で覆った、紫紺の武将のような姿であった。頭部には派手な前立てが現れている。そして何より、腰に巻いたベルトとバックルこそ、シジルと同じくライダーである証拠であった。
「アンタもライダーだな。ライダーってんならお互いに戦うもんなんだろ?」
そのライダーはそう言うと腰に差していた刀を抜き中段に構える。恐らくはシジルと同じく、武器と一体化した召喚機だろう。
「そうですわね。こうして戦いを挑まれるのは初めてですわ」
シジルもオースピナーを構え、そのライダーに相対した。だが、ライダーは刀を構えたまま余裕ぶった表情を浮かべた。
「オレが挑む?違うな、オレは受けて立つ」
そのライダーは大きく息を吐き、精神を統一する。その姿は、まるでシジルには一本の鋭い刀そのものであるように思えた。びりびりと張りつめた空気が、二人の周囲に満ちた。
―続―