龍騎外伝 仮面ライダーモリオン   作:EpoMeta

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第13話「戦うために」

 ある雑誌の記事によると、運動部の何割かの生徒は病気やケガによって部活動を長い期間離れるそうです。

 

 加賀谷がライダーであることを確認すると、黒井と青池は存外すぐに去ってしまった。一応は店員として接客し、彼女らが帰った後のテーブルを掃除しながら、加賀谷は黒井たちとの邂逅を反芻していた。

「黒井由利亜、あれがモリオン……。隣のおっさんはあの青のライダーと緑のライダーのどっちかだな。もう一人が店に来る前に戦ったシジル。さて、どう戦うか……」

 加賀谷は食器の下げられたテーブルの上を綺麗に拭き終わると、ポケットの中に手を無造作に突っ込んだ。その手に握られているのは彼のカードデッキ。鹿の頭部を模したレリーフが刻まれている。それこそまさしく、彼が仮面ライダーであることの証だ。

「オレはせっかくライダーになったんだ。なったからには本気で戦いてぇ」

 昂る気持ちに呼応するかのように、彼の全身が震える。特に彼の右足の震えが強い。思わず加賀谷は震える右足を押さえ込んだ。

「加賀谷さん、どしたの?」

「いえ、大丈夫っす店長」

 顔を覗き込む店長に気づくと、加賀谷は震えを押さえて立ち上がった。その表情はできる限り平成に努めている。どうやら店長に不審がられてはいなさそうだ。

「あ、そう言えば加賀谷君?どうだった?さっきの人たち?」

「え?さっきの人?」

「だからさ、ちゃんとお礼言えた?名札も結構大事なものだからさ、こうして届けてもらえるなんてラッキーなことだよ?」

 店長はそう言うと加賀谷の顔を真っすぐと見た。その視線は、何かを伝えようとしているように加賀谷には感じられた。

「そうっすか。礼は言えたっす」

 だが、加賀谷はそう素っ気なく返すと、布巾を手に取り店の奥の方へと戻ってしまった。その背中を寂しそうに店長は見送る。

「……中々、若い子は分からないな。バイト入りたての頃はもうちょっと初々しい感じだったんだけどな」

 しかし、そうした店長の心配などは加賀谷の心にはまるで入っていない。彼の心中を支配していたのは、命をかけた本当の戦いに対する未知の感覚だった。

(どんな奴でもかかってこい!オレは受けて立つ!)

 そう思うと、加賀谷は大きく武者震いした。

 

 夜の時間帯のアルバイトとはいえ、ちゃんと一時間程度の休憩はある。加賀谷のアルバイト先の居酒屋は、そうした部類の店であった。

 賄いの食事を手早く済ませた加賀谷であったが、不意に耳鳴りのような風鳴り音が耳に入る。近くにモンスターがいるのだろう。

 軽く屈伸をすると彼は裏口から店の外に出て、手頃な路地裏の窓の鏡面に自らのカードデッキをかざした。すると、鏡面に映る自らの腰に機械的なベルトが巻かれる。

「変身!」

 掛け声と共にベルトにカードデッキを装填した加賀谷に幾重にも鏡像が重なり合い、その姿を異形の戦士へと変える。彼が変身した仮面ライダーオグは大きく深呼吸し精神を集中させると、ミラーワールドへと飛び込んだ。

 仮面ライダーオグはその重厚な鎧を震わせ、力強くミラーワールドの地面に降り立つ。そこに立ちはだかるのは、長く伸びた腕がまるで巨大な霊長類を思わせる怪人「アトラスグラッブ」であった。アトラスグラップはその両腕を大地に打ち鳴らし、オグを威嚇する。

「パワータイプか……。いいぜ、オレは受けて立つ」

 静かにそう言うと、オグは腰に下げたゼネルバイザーを抜刀し、その切先をアトラスグラップに向け大きく深呼吸し精神を統一した。

 

 アトラスグラップがその両腕で大地を駆ける。凄まじい速度での突進。ナックルウォークだ。その突進がゼネルバイザーに触れる。

「キエエエエエイ!」

 まさにその瞬間、オグは気勢を力強く上げる。そしてそのままアトラスグラップの顔面を斬りつける。それも一度ではない。絶叫と共に何度も、何度も力強く斬りつけていく。その攻撃の激しさに、アトラスグラップは立ち止まりその顔を覆う。

 ならば次は胴を容赦なく狙うオグ。叩きつけるようなその攻撃は一切止む気配を見せない。オグの眼力が防御の空いた場所を見抜き、そこを的確に狙っていく。

 だが、アトラスグラップもやられるばかりではない。その両手のひらを合わせると、手のひらの開口部から自らの身の丈ほどの巨大鉄球を召喚する。そこから繋がる鎖を振り回すと、その鉄球は重さを感じさせないような軽やかさで宙に舞った。

「ッ!」

 瞬間、その鉄球がオグの眼前に出現する。辛うじて回避するオグであったが先程まで立っていた場所の地面は大きく砕け陥没する。その惨状に目を向け、オグは小さく呟いた。

「まるでクレーターみたいだな」

 攻撃を回避し距離を取ったオグに鉄球の攻撃が襲い掛かる。それはまるで鉄球による絨毯爆撃。その連撃がミラーワールドの街並みを瞬く間に廃墟へと変えた。

「距離を取らされるとこちらが不利だな」

 揺れる大地の中でオグはカードデッキから一枚のカードを引き抜く。

『FREEZE VENT』

 電子音声と共に、オグはゼネルバイザーを遠くのアトラスグラップ向けて突き出す。すると、その刃から強烈な冷気が放出されアトラスグラップの動きを封じた。全身が氷漬けとなったアトラスグラップは全く身動きを取ることができない。

「さて、動けなければ案山子も同然だな」

 不敵にそう呟くと、オグはモンスターにとどめを刺さんと刀を振り上げた。

 

 ばきり、と何かが砕けるような音がした。その異音に仮面の奥で不思議そうな表情を浮かべるオグ。

 だがその異音は一度だけではなかった。ばきりばきりと音が鳴り響くたびにアトラスグラップの表面を覆う氷がどんどん砕けていく。その様子を目の当たりにし、オグはわずかに立ち止まった。

「……何だと?」

 静かに立ち止まるオグの目の前で、アトラスグラップはその体表にまとわりついた氷を全て砕き、巨大な拳を振り上げた。今破壊した氷同様、オグを砕かんとするために。

 その瞬間、オグの背筋に冷たいものが走った。それは死への恐怖に分類されるものであったが、その正体に気づく前に彼の指が動いていた。

『ADVENT』

 とっさにカードを切ったオグ。彼を庇うように契約モンスター「ログゼネル」が出現する。ログゼネルはその両手に持つ七支刀を振るうとアトラスグラップの拳をたやすく切り裂いた。

 そしてそのままアトラスグラップへと斬撃を加えるログゼネルの影で、オグは自らを示す紋章が刻まれた必殺のカードを装填する。

『FINAL VENT』

 ログゼネルが手にした刀にエネルギーを込め横一文字にアトラスグラップを切り裂く。そのダメージにより、アトラスグラップはその場から動くこともままならない。

「キエエエエエイ!」

 地面に膝をつき上を向いたアトラスグラップの視界に、空中に飛び上がったオグの姿が映る。オグは空中から落下の勢いをつけてアトラスグラップを縦一文字に切り裂いた。アトラスグラップの身体に十文字上の傷跡が刻まれる。これこそオグの必殺技「鹿脅十文字(ししおどしじゅうもんじ)」!

 自らの身体に刻まれた十文字の傷跡を確認する間もなく、アトラスグラップは爆発四散した。その爆炎を前にオグは静かに息を吐いた。

「……しょせん、モンスターではこんなものか。やはりライダー同士でないとあの高揚感は感じない」

 オグはつまらなそうに小さくそう呟くと、手近な鏡面を介しミラーワールドから去っていった。その背中を見つめるログゼネルであったが、すぐにいずこかへと消えた。

 

「よう!白沢!」

「げぇ、青池。何であたしの家まで来るのかしら?」

 ある休日、大豪邸である白沢家の客間で、家主の娘である白沢と青池がテーブルを挟みその膝を突き合わせていた。

「黛、一体どういうことかしら?」

 後ろに控える黛に白沢は不快そうな表情を隠さずに尋ねる。しかしその剣幕などどこ吹く風、黛は眉一つ動かさずに答える。

「青池様は以前の高校での戦いの際にいち早くお嬢様を救護なさいました。その恩もあり、ご両親が青池様を気に入って大事な客人としておもてなしするよう言いつけられております」

「……そう、まあパパとママらしいわね」

 黛の返答に不服そうな感情を全く隠そうともせず、白沢はテーブルの上に用意された紅茶を口にした。

「で、青池。一体この家に何の用なのかしら?まさかただ雑談したいなんてことはないでしょう?」

「用事がなきゃ来ちゃいけないのか?」

「質問に質問で返すなんて、罪じゃない?」

 白沢の言葉に青池は小さく肩をすくめて見せる。

「まあ、用事があってきたんだけどよ……」

 そう言うと青池は懐に手をやり、自らのカードデッキを取り出して見せた。デッキを目の当たりにし、白沢もその表情を変える。

「カードデッキ?今からやり合うって事かしら?」

 一気に部屋の中が張り詰めた空気に支配される。だが、青池はその空気を感じ取り慌てた様子で白沢の言葉を否定した。

「いや、いやいや違うぜ!まあ間違ってはいないんだけどガチでやりあうわけじゃない」

「この戦いはお互いに殺し合いなんですわよ。ガチも何もないじゃない」

「まあその通りなんだけどよ。お前、新しいライダー知ってるか?」

「ええ、もちろん。すでに戦ったわ」

 青池の質問に、白沢は渋い顔をして答えた。

「そうか!もう戦ったんだな。俺も会ったんだよそいつに。……今後、ああいうライダーがいっぱい出てきたら正直俺はたまったもんじゃない」

「一体何が言いたいのかしら?あたし、青池の言ってることがつかめないわ」

 怪訝そうな表情を向ける白沢に、青池は少し深呼吸して今日来た目的を語った。

「ズバリ、特訓したいんだよ。ライダーバトルの」

「……え?」

 

 確かに、青池の言うことは全くの愚策というわけではなかった。今後激しさを増していくライダーバトルに勝ち残り、願いを叶えるためには自分たちも経験を積み強くなる必要がある。

 特に相手は同じライダー。本能のまま襲い来るモンスターとは違い、理性があり、戦略があり、そして同じ人間である。他のライダーと戦い、勝利するためにはモンスターとは違った戦い方が要求されるのだ。

「確かにモンスターとの戦いも大事ですけれど、ライダーの相手は同じライダーですわね」

「だろう?俺も戦いたくはないけど、相手がそうはいかせてくれないというのが、最近ようやくわかってきたぜ」

 青池はそう言うと俯き小さくため息をついた。ふと白沢は青池の目線につられ視線を下に向けた。その手はかすかに震えていた。

「他の人を守るためには、俺は今までのままじゃいられない」

 そうか細く言う青池を、白沢は目を細めて見つめた。

(本当に嫌なんですわね、戦うのが)

 青池は気丈に振舞ってこそいるが、やはり戦い力を振るうことに内心では強いためらいがあるのだろう。その葛藤が隠しきれず、些細な仕草に漏れだしているのだ。

(まあ、それはあたしも同じか)

 青池の様子を見ながら、白沢はそう思った。目線を上げ、窓の外を見ようとする白沢であったが、その窓ガラスのわずかな反射に、黒井の契約モンスターであるヒドゥンビークの影がちらついた。

 

 小さく舌打ちをすると、白沢はティーカップを手に取った。そして中に残った紅茶を一息に飲み干すと、青池に向けて口を開いた。

「……いいですわ、付き合って差し上げましょう」

「え、いいの?てっきり断られるもんだと」

 自ら提案しておきながら、それが受け入れられるとは思っていなかった青池は驚きの表情を浮かべた。

「お嬢様、よろしいので?」

「大丈夫よ、黛。あたしは青池に殺されるようなヘマはしないわ」

 白沢の言葉に心配そうに声をかけた黛は、彼女の返答に青池の方を向く。その視線に青池は両手を挙げて無抵抗を示した。

「大丈夫だ、俺も手を出そうなんて考えてないって!」

「……」

「本当だって」

 じっと視線をぶつける黛に青池は慌てた様子を見せた。しばし視線を交わし合う二人であったが、黛がわずかにその口元を上げて見せると青池は大きく安堵の息を吐いた。

「それで、あたしはどうすればいいのかしら?市井の人々が言う特訓、すなわち特殊訓練ならただ単に戦うというわけじゃないでしょう?」

 意地悪そうな笑みを浮かべながら、白沢は青池を上目遣いで見つめる。

「ああ、もちろんだぜ……。へっへっへ」

 その視線に、青池は彼らしくないワルっぽさを強調した下手な笑顔で応じた。その微妙な表情に、黛が小さなため息をついた。

 

 十数分後、青池と白沢の姿はミラーワールドの中にあった。といっても、彼らの変身後の姿、仮面ライダーバジュラと仮面ライダーシジルでの姿であったが。

「俺はこの前黒井や緑川たちと一緒にモンスターと戦ってからずっと考えてたんだ。なんで黒井や緑川はあんな強えんだろうってな」

「そんなの、黒井先生ならミラーワールドの戦闘経験も豊富だし、実際に戦場に行ってたから強いに決まってるじゃない。実銃も撃ってたって言ってたわよ」

 呆れた様子で黒井のことを語るシジル。彼女の頭の中には黒井が変身するモリオン、そして先日戦ったオグの姿があった。

 オグの一刀を正面に構えた独特の構え、あれは恐らく剣道のものであろう。剣道部に所属する同級生の姿を見たことがあったが、それと同じ構え。オグもまたモリオンほどではないにしろ、鍛錬を積んだ存在に違いない。

 だが、シジルのその様子を意に介さずバジュラは続ける。

「そう!だから強い。だけど俺たちじゃあそんな経験に今からじゃ追いつけない」

「賢明ね」

「けど、黒井が持ってなくて俺たちだけが持ってるものがある」

「え?」

 仮面越しでも分かる疑問の表情を浮かべたシジルに、バジュラはその答えの場所を指差して見せた。

「カードデッキの中身だよ。これは黒井と俺たち、もっと言うとライダー全員で違う、と思う」

 腰のベルトに装填されたカードデッキを指し示しながら、バジュラはさらに続ける。

「黒井がどれほどミラーワールドでの戦いに慣れてると言っても、俺たちが召喚した武器の全てを知り尽くしてるわけじゃないはずだ。だからデッキの中身と性能を把握して出せるようになれば、俺たちも強くなれるはずだ」

 バジュラはそう力強く断言する。その姿に、シジルは思わず表情を固くした。

「……急にどうしたのかしら?まるで普段の青池じゃないみたい」

 シジルのその言葉に、バジュラは自らの全身を不思議そうに確認する。

「いや俺も、何か普段の俺じゃなくて黒井みたいだ。こういう言い方」

 何となく居心地が悪そうに全身を震わせるバジュラの様子はどこか可笑しく、シジルは思わず小さく吹き出した。

「ふっ、ふふふっ。今日は面白いわ、青池」

「別に面白がられたくてやってるわけじゃないんだけどな」

「いえ、面白がってるわけじゃないわ。感心してるのよ、デッキなんてただの召喚アイテムだと思ってそこまで重要視していなかったわ」

 シジルの言うように、カードデッキに収納されたカードを召喚機に通すことで様々な武器を召喚したり特殊効果を発動することができる。そして彼女のようにその効果を一通り発揮させた段階で、大体は満足してしまうのだ。バジュラが双剣「ダイナファング」を召喚しても力任せに振り回すだけ。シジルが人馬形態「オースエンター」に移行しても単に走るだけ。

「要するに、武器は単に持つだけじゃなくてどう使うかってのがこれから大事になるってことかしら?」

「そうだぜ、俺たちは配られたカードで勝負するしかない。……けどよ」

 結論をまとめたバジュラであったが、ふと何か疑問に思ったように俯き、ゆっくりと言葉を発した。

「なあ、もしも俺たちライダーで、カードを自分好みに『配り直せる』奴がいたらどうなる?」

 そんなこと、一度も思ったことがない。そもそも可能なのか?全く理解の外の問いかけに、シジルは何も考えられなくなる。

「……そんなルール違反、罪じゃない?」

 動揺に白く染まる頭の中で、シジルは辛うじてそう言葉を漏らした。

 

「まあ、そんな奴がいても何とかなるだろ!まず俺たちのメイン武器ちゃんと使えるようにしとこう」

 先程の会話の悪いムードを振り払おうと、あえてバジュラは努めて明るい声を出した。そしてカードを手甲であるダイナバイザーに装填する。

『SWORD VENT』

 電子音声と共にバジュラの手のひらに一対の双剣「ダイナファング」が召喚される。それをバジュラはくるりと回した。

 その様子を見てシジルも剣型の召喚機であるオースバイザーにカードを装填する。

『SPIN VENT』

 シジルの腕にも巨大なドリル状の槍「オースピナー」が握られた。その握り心地を確認すると、シジルはバジュラの方を見た。

「これで単にお互いに攻撃しあう、というわけじゃないでしょう?」

「そうだぜ。それぞれの武器を最も無理なく使う身体のさばき方を覚えるんだ」

 シジルの様子を確認したバジュラはさらに言葉を続ける。

「まずは体幹だよな……。そんな重いもの担ぐわけだから、そうだ!あのビルのタイル、見えるか?」

「あの貧相な建物かしら?」

 バジュラはあるビルの方を手にした剣で指差した。その方向にシジルも目線を向ける。そのビルの壁面には無数のタイルが碁盤上に貼られている。

「あのビルのタイル、遠くからあそこ狙って走って一枚だけをぶち抜くんだ」

「一枚だけ?そんなの無理に決まってるじゃない。あたしの手のひらほどしか大きさないわよ?」

 シジルはバジュラの言葉に手を振りながら不満げに言葉を返した。確かにシジルの言う通り、レンガを模した形状のタイルの大きさは、少女の手のひら程度の大きさしかない。

「だからさ。あんな小さなものを正確に狙えるようになれば、モンスターと戦っていても的確に相手の弱点だけ狙ったりできる」

「はあ……」

 自信ありげに言うバジュラにシジルは大きなため息を漏らした。そのまま、呆れたような口調で続ける。

「それで、青池は何をするつもりなのかしら?」

「俺か?俺はあの街路樹の枝打ちをする、できるだけ早くだ」

「庭師の真似事かしら?」

 皮肉を言い放つシジルであったが、だがバジュラはその皮肉をかわして続ける。

「この武器は多分連続攻撃向きだ。だから、これをロスなく使えれば素早いモンスターにも対応できるはずだ」

「へぇ、上手くできたら雇ってあげてもいいわ。あたしの庭の手入れ、黛が全部やってしまうもの」

「ほう、そいつはありがてえや」

 そう言うとバジュラは手にしたダイナファングの峰で肩を叩いた。

「さて、ミラーワールドにもそんなに長くいられねえ。五分ぐらいたったら一回現実世界に戻ってフィードバックしようぜ」

「ええ、どんなものになるか見ものだわ」

「よし、それじゃあ早速始めようぜ!」

 バジュラのその声を合図に、シジルはビルのタイルに目線を向け、一気に駆け出した。

 

「全然当たらないんだけど、どういうことかしら!」

「俺もまるで一本の木も刈り取れねえとは情けない」

 数分後、青池と白沢は情けなく肩を落としてミラーワールドから現実世界に帰還した。

「大体、こんな特訓本当に意味があるのかしら!黛、意見を聞かせて欲しいわ!」

 行き場のない怒りに満ちた白沢は青池を差し置き、黛にその怒りをぶつけ、ミラーワールドでの自らの醜態を子細に黛へと伝えた。

「お嬢様にはお言葉ですが、青池様の鍛錬内容は理にかなったものであると思います。私はミラーワールドでの活動がどのようなものかは存じ上げませんが、基礎的な技術を身に着けるという意味ではあながち、間違いではないかと」

 そこで一度、黛は言葉を切った。

「……しかし、時間が限られるミラーワールドでの活動をいきなり行うよりは、現実世界である程度訓練を積んだ方が良いかと」

「黛が言うならその通りだわ。青池、反省なさい」

「俺がかよ!?」

 醜い言い争いを始める二人に、静かに黛はため息をつくとどこからか取り出したのか運動着を彼女らに投げつけた。

「これに着替えて庭にいらしてください。私が戦い方を教えて差し上げます」

 黛のその鋭い言葉に、白沢と青池は思わず不安げに顔を見合わせた。

 

 白沢と青池は着替えを済ませると庭へと駆けだした。庭といっても白沢家の邸宅はただでさえ以上に広く、その庭はもはや持山と呼んでも過言ではなかった。

 庭に並んで立った白沢と青池の前に黛は立つと、まずは白沢に長い棒のようなものを投げ渡した。

「お嬢様はこれであの巻き藁を五メートル以上の助走をつけて突き刺してください。ただし、絶対に立ち止まってはいけません。常に自分の出せる全力で動き続けてください」

 そう言いながら黛は庭に立つ巻き藁を指差した。なぜこんなものが家にあるのかは白沢は知らなかったが、黛が草刈りの際に出た藁と丸太とで用意したものだった。

「わかったわ。もし立ち止まったら?」

「そうですね。私が蹴りに行きます」

 そう言うと黛は少し屈み、これまた用意されたテニスボールを軽く放り投げた。

「ッ!」

 鋭く息を吐き、黛はテニスボールをボレーシュートする。その小さな球体に正確に蹴りを当てる精度もさることながら、大気を切るように突き進んだテニスボールは邸宅の壁面まで猛スピードで蹴り込まれ、そしてほぼ直線のまま跳ね返り、黛の手のひらに再度収まった。

「お分かりいただけたかと」

「はい」

 黛のその言葉に背筋を正す白沢。その隣に立つ青池に黛は二本の棒を投げ渡した。

「青池様には私がテニスボールを投げ続けますので、この棒でそれを全部叩き落してください。ただし左右交互でです」

 黛は地面に置かれたかごに目線を落とした。そこには無数のテニスボールが入っている。白沢は確か母がテニスを好んでおり、父もそれに付き合うことが幼少期にあったと思い出していた。

「分かったぜ。もし間違ったら?」

「そうですね。私が殴りに行きます」

 そう言うが否やふわりと黛は跳躍し、巻き藁を上から殴りつけた。鈍い音が小さく鳴ると、巻き藁は五センチ程度地面へとめり込んだ。

「お分かりいただけたかと」

「はい」

 黛の言葉に青池もまた背筋を正した。

「それでは始めましょう。私が青池様にボールを全部投げ終えるまでお嬢様はひたすらに突いていてください。日も傾き始めていますし、時間は無駄にはできません」

 そう言い放つ黛の言葉の凄みに、思わず青池はたじろいだ。

「黛さんって、白沢のメイドなんだろ?なんでこんなに強いんだ?」

「メイドなんですもの。強いに決まってるわ」

 弱気な青池の言葉に、白沢は自分の事でないのになぜか胸を張って答えた。

 

 数時間後、夕日が照らす白沢邸の庭に白沢と青池はぜいぜいと息を吐きながら転がっていた。

「初日にしては良く動けましたね。これがライダーというものなのでしょうか」

 彼女らを見下ろすように、黛は涼しい顔をして立っていた。メイド服の裾が夕暮れの風に揺れる。

「青池様は今日やった感覚をお忘れなきよう自主練に励んでください。お嬢様はお望みならこれからも私がお手伝いいたします」

「はぁ、分かったぜ……」

「これからも頼みますわ、黛」

 何とか、膝を手につき立ち上がった二人。しかしその膝は震え、短時間であっても過酷な鍛錬であったことを思わせた。そしてそれと同時に、二人の心中にはこの鍛錬を続けていけば、必ず強くなれるというイメージが強く生じていた。

「それがご命令であれば。お嬢様はもちろん、青池様にも強くなっていただかなければ困るのです」

「俺がか?どうして?」

「それは……」

 なぜか、青池の言葉に黛は言いよどんだ。だがその表情は逆光になりうかがい知ることはできない。

「……それでは今日の鍛錬はここまで」

 何かを隠すようにそう言った黛の背後で、太陽がその姿を地平線の下へと隠した。

 

―続―

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