龍騎外伝 仮面ライダーモリオン   作:EpoMeta

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第16話「ひとり、またひとり」

 業界の噂では、人と人との信頼は非常に細く途切れやすいそうです。

 

 黒井由利亜が、その女「斎条 千夏(さいじょう ちなつ)」を自分と同じライダーだと知ったのはほんの偶然からだった。

 

 それは一ヶ月ほど前、胃や胸の不調から黒井診療所を訪れた斎条の診察を行ったのがはじまりだった。評判だった黒井の名を聞きつけ、勤務先との通勤経路に近いということもあり斎条は診療所を訪れた。医者と患者。最初の出会いはその関係性だった。

 だが、その二者の関係は一瞬で崩壊した。斎条が診察室に足を踏み入れた途端、ミラーワールドでのモンスターの活動を示す風鳴り音に、両者が共に注目したからである。

「!」

 すぐに周囲を確認した斎条の顔を観察してから、黒井は彼女の後を追うように周囲の鏡面に目を向けた。

「……斎条さん、あなたもライダー?」

「え、えええ!?お医者さんもライダーなの?」

 斎条の言葉に黒井はカードデッキを無言で見せてうなづいた。その姿に斎条はたじろいだ様子を見せ、恐る恐る言葉を発した。

「それじゃあ、今戦わないといけない系ですか……!?」

 しかし、その様子がどこか可笑しかったのか、黒井は斎条に小さく微笑むと優しく言葉を返した。

「今日はまず、一緒にモンスターを倒しましょうか?」

(……このお医者さんは戦わないんだ、変なの)

「患者さんと戦うわけないじゃない、医者なんだから」

 黒井のその言葉に、斎条は驚き目を丸くした。

「……お医者さん、思考が読めるの?」

「ふふ……、内緒よ」

 カードデッキで口元を隠しながら、黒井は微笑んで見せた。その様子に斎条は戸惑いつつ、自分のカードデッキを取り出した。淡い水色のそれには細身の蛇を模したレリーフが刻まれていた。

「変身!」

「へ、変身!」

 二人はその身体を異形の者に変え、ミラーワールドへと飛び込んだ。

 

「それがあなたの姿……。かなりかっこいいわ」

「えへへ……。ありがとうございます」

 黒井が変身したモリオンの言葉に、斎条が変身した「仮面ライダートワイン」が照れるような仕草を見せた。水色を基調としたアンダースーツが、まるで狩人のような軽装の鎧に映える。

「先生の姿も何というか、戦いのプロって感じがして……」

 トワインの頭部を防護する仮面のスリットの奥の瞳に、モリオンの姿が映りこむ。ペストマスクを思わせるそれは、巨大な目のレンズもあって、角度によってどこか表情も変わって見えた。

「嬉しいわ。だけどとりあえず今は戦いに集中ね」

「は、はい!」

 モリオンが手にした銃を構えると、その方向にトワインも振り向いた。その視線の先にモンスターの気配を感じると、彼女も拳を上げて構えた。

 そこに立っていたのは、巨大な一本角が頭部から伸びている、重戦士のような外見のモンスター「エルジューク」であった。

「このタイプのモンスター……。確か前に青池さんが遭遇した近接型ね」

(青池って誰だろう……)

 しかしそのモンスターは青池が戦った時に装備していた棍棒と盾を装備しておらず、その腕部が極端に肥大したような姿をしていた。

 モンスターはそれぞれの種類が単独で棲息しているのではなく、同種が複数存在し、その中には形質の異なるものもいる。このモンスター「エルジューク・フィスト」もそうしたモンスターの一つであった。

 

「絶対接近戦を仕掛けてくるわ!」

 そう言うや否や、モリオンは手にしたヒドゥンバイザーを連射し、フィストの動きをけん制した。その銃撃を、フィストは巨大な拳を盾代わりにして凌ぐ。

 それだけではない。その拳の一撃がモリオンらを襲う。大きく間合いを取って回避する彼女らだが、その一撃一撃が容易く地面を砕いていく。

「うわぁ……。やばくない?」

 その被害の様相を見て、トワインが思わずつぶやいた。その寸前を巨大な拳が掠める。

 瞬間、彼女の本能が敏感に受け取った死の感覚。感情を超えて肉体が怯えるその感覚に、トワインは思わず腰を抜かしその場にへたり込んでしまう。

(……何これ?死ぬじゃん!こんな攻撃受けたら!)

 契約こそ済ませたが、この時のトワインはまだライダーになったばかり。戦いへの覚悟ができていなかったのだ。

 動けなくなったトワイン向けて、フィストがその鉄拳を振りかぶる。その恐怖に、彼女は思わず目をつぶった。

 

『SHOOT VENT』

 目を閉じた暗闇の中で、トワインの耳がその電子音声を聞き取った。恐る恐るトワインが仮面の奥の目を開くと、そこには自分を守るように立ったモリオンの背中があった。

「……この様子とは驚いたわね。ちょっと興味湧いちゃった」

「す、すみません……」

 申し訳なさそうに縮こまったトワインに、モリオンは少しだけ目線を向けた。

「いいのよ。それよりも生き残ることを考えましょう。生きてるってスバラシイんだから」

 だが、その言葉にトワインは怯えた様子でうずくまる。

「……そうなんですかね。ワタシなんか生きてても本当にいいんでしょうか?ワタシなんかが言っても、お医者さんには分かってもらえないかもしれないですけど」

 静かに、自虐的で、だが棘を含まずにはいられない悲しい言葉。その言葉を聞き、モリオンは仮面の奥で表情を大きく変えた。

(あ、地雷踏んだかも。いつも言葉選びに失敗しちゃう。治らないのかな、一生)

 ふと、モリオンは大きくため息をついて、だが召喚したヒドゥンスキャッターの銃身はフィストに向けたまま、トワインの方を見た。その目線は冷たく、見下している、といっても過言ではない。

 

「ふふ……。斎条さんは知らないか、わたしが『医者』であることにどれだけの意味を込めているか……」

 モリオンはそのまま、ヒドゥンスキャッターとヒドゥンバイザーの連撃をフィストに見舞う。普段のような正確な射撃というより、面で制圧するかのような乱射であった。その引き金がガチャガチャと不快な音を立てている。苛立ちのまま銃を撃っているようだった。

 彼女がここまで感情を表に出すのは、非常に珍しいことだった。そしてその勢いのまま、モリオンはトワインに向けて力強く言い放つ。

「……医者が、医者だけが命の終わりを決められる。だからわたしは目の前で勝手に終わろうとしている命を許せない!」

 無数の銃撃を受け全身から火花を散らすフィストに、モリオンはゆっくりと歩み寄りながら最後の攻撃カードを切る。

『FINAL VENT』

 その必殺の言葉と共に、ミラーワールドの虚空から何十何百ものヒドゥンビークの群れが出現し、フィストもろとも周囲を暗黒へと包んでいく。

 

 その暗闇が晴れた時には、既に斎条は黒井診療所の診察室の中に戻っていた。ただ一つ違うのは、目の前に座る医者、黒井由利亜が鋭い剣幕でこちらを見つめているということだった。

「あ、あの……。すみませんでした」

「そこは、謝らなくていいのよ」

 そのまま黒井は目元の書類に視線を落としながら続ける。

「けどね、医者にもわかってもらえないなんて、そんな寂しいこと言わないでほしいな。それに、分かってもらいたいから今日ここに来たんじゃない?そんな自分まで否定しないであげて」

 とても静かで、強い言葉だった。その圧に斎条はいたたまれなくなって、うつむいた。

「ごめんなさい……」

 目を伏せたまま斎条が謝ると、診察室の中を重苦しい空気が包み込んだ。その重さに耐えられずに、斎条は丸くなるようにうずくまった。

 

「……辛いんです、生きるのが。ライダーになったのだって成り行きで、戦うのだって怖い……!」

 声を零すように、斎条はゆっくりと口を開いた。

「何で生きてるんだろう、って毎日思います……。いつも何やってもうまくいかなくて、夫もあの子ともすぐに別れて……」

 こぼれているのは声だけではない。顔を覆う彼女の手を伝い、涙がこぼれ落ちていた。

「死にたいなぁ……。いっそ消えてしまえればいいのに。ねぇ、先生?」

 まるで夢想するかのように、柔らかな口調で話す斎条。だが、同意を求めて顔を上げたその表情は絶望に引き攣っていた。

 しかし、黒井は斎条の身体をしっかりと抱きしめた。彼女の体温、心臓の音、生きている証拠が身体に伝わる。それに安心したかのように、斎条も彼女を抱き寄せてしまう。

 ふと、斎条の鼻腔を消毒液の香りがくすぐる。不思議な心地よさに斎条はゆっくりと目を閉じた。

「……ありがとう、あなたから話してくれるのを待っていたの。辛かったよね?」

 黒井は一層斎条を抱きしめる腕に力を入れる。

「大丈夫、わたしが一緒にいるわ。あなたのペースでいいから、ね?」

 その言葉を斎条は、その時はどこか空虚な心持で聞いていた。

(この人は、どうなんだろう……?)

 斎条の瞳はぼんやりと部屋の灯りを見つめていた。

(だけど、あの時の言葉。あんなに強く命に触れた人いたかな……?)

 そして彼女はそのままゆっくりと瞳を閉じてミラーワールドでの戦いを思い出す。

(『……医者が、医者だけが命の終わりを決められる。だからわたしは目の前で勝手に終わろうとしている命を許せない!』か……。他人の命なのに自分のものみたいに大事そうだった)

 そして斎条の記憶は彼女の過去へと深く潜っていく。思えば後悔ばかりの人生だった。

 

 高校時代、斎条は俗に言う不良だった。悪い友人と共に深夜の街を歩いて、気に入らない相手には暴行を加えてカツアゲしていたし、そうして巻き上げた金で身の丈に合わない贅沢もしていた。

 だが、斎条の心の中にはどうしても満たされない空虚があった。おそらくは、思春期特有の自分に対する悩みであり、「普通」の両親に対するささやかな抵抗だったのかもしれない。

 それを自分なりに何とか解決しようと、不良行為に向かっていたのだと、後になって思う。

 そんな矢先、当時付き合っていた不良仲間の一人との間に子供ができた。高校は退学。一応籍を入れ友人だった男が夫となったが、結婚生活は全くうまくいかず出産後、すぐに別れてしまった。親権も向こうに取られ、娘とはわずかに会うばかりになってしまった。というのも、高校卒業後すぐに定職に就くことができた夫に対し、彼女は妊娠中というのもあり仕事を得ることができず、経済基盤が弱かったからである。

 青春も恋愛もまるでうまくいかず、誰でもできるようなバイトを掛け持ちして辛うじて生きていく毎日。常に何もかもが上手くいかない日々の中で、斎条の心の中には大きく欠けた穴が開いていった。

 ようやく正社員登用されたのもほんの最近。斎条は今までずっと自分はただ生きていていいのか。生存が世界に許されているのか。自らで自らを糾弾するような、鬱状態のスパイラルに陥っていた。その中でようやっと、評判の良い医者である黒井を聞きつけ、何とかその扉を叩いたのである。

 

 黒井の胸の中で逡巡した斎条は、顔を離すとゆっくりと口を開いた。

「黒井先生を、信じてみてもいいですか?」

 その言葉を待っていたかのように、黒井はその口角を静かに吊り上げ、目を細めた。

「もちろん。今のあなたに必要なのは誰かを『信じる』こと。斎条さんに信じてもらえるよう、わたしも最大限頑張るわ」

 ぐっと拳に力を込めた黒井のその言葉に、斎条は緊張の糸が解かれたように表情を緩めた。その表情に黒井は微笑みを向ける。

 その細めた瞳に灯る色は、おいしそうな食べ物を見た時と同じだった。

 

 そこから一ヶ月。斎条は黒井のもとに通いながら診療を受けるとともに、ライダーとしての手ほどきを受けていた。しかし、黒井は彼女との接触を現段階では白沢はもちろん青池や緑川にさえ伝えていなかった。

「どう戦いを回そうかしら……?」

 ミラーワールドに飛び込んだモリオンは静かにそう呟いた。傍らに立つトワインがその言葉に首をかしげる。

「戦いを?どういうことですか?」

「ええ、これから生き残る術を考えていただけよ。わたしもライダーの知り合いが他にいるから」

 黒井はそう言いながら周囲を警戒する。その様子を不思議そうに眺めるトワインがおずおずと口を開いた。

「……あの、他のライダーと会ったら戦わないといけないんですよね?」

「そうね……。斎条さんがしたいのならそうすればいいわ」

「?」

「だって、その理屈だとわたしがあなたと戦っていないのが不思議じゃない?他のことと同じで、自分がやりたいと思ったことをやればいいのよ」

 トワインの疑問に対し、そう答えるモリオンの声は優しげだった。そしてその声色のまま彼女は続ける。

「斎条さんは戦いたい?他の人と?」

「え、いやその……。わからないです、まだ……」

「まあ、そうよね。今わたしを殺せるかと言われると厳しいところがあるでしょうし」

 モリオンのその言葉にトワインは静かに肩を落とした。いくら何でも自分に人殺しなんてできるだろうか。不安そうな彼女の姿をモリオンはじっと見つめていた。

「……それでも、モンスターとは戦わないとね」

 そう言うとモリオンはミラーワールドを後にした。それに続くようにトワインも現実世界に帰還した。その二人の姿を物陰から見つめる視線があった。

 

「また何かあったらいつでも相談しに来てね。プライベートでもいいから」

「そうですね。いつもございます……」

 そう言って診察室から立ち去る、カジュアルスーツの小さな背中を見送ると、黒井は手元の資料に視線を落とした。

「斎条さんの治療も順調ね。あとはもう少し、わたし以外のきっかけが重なればいいんだけど……」

 そこには診察を通じて得られた彼女の個人情報がびっしりと書き連ねられていた。住所、電話番号、就職先、現在の状況やライダーとしての戦闘能力……。それを確認し、今日新たに感じた情報を黒井はさらに記入する。

「理々恵ちゃんも青池さんも、何というか戦闘には控えめなのよね。それは斎条さんも同じだけど。加賀谷さんが戦闘には乗り気だけど、単独でいるから今すぐに潰さなければならないわけではないしね……」

 診察室の鏡に映る契約モンスター・ヒドゥンビークの影を見ながら黒井は呟く。黒井が知るライダーたちはその多くが彼女と関係性を持ち、彼女を中心とした勢力にまとまりつつあった。

 一大勢力を作って敵を囲んで叩き、味方以外がいなくなったらそれらを後ろから排除していく。それが黒井が考えたライダーバトルを勝ち抜く方法だった。そのための努力は惜しんでこなかったつもりだ。

「そもそもこれだけの勢力を集めて、わたしは何と戦えばいいのかしら」

 ミラーワールドでの戦い、にしても彼女の周りは味方になりすぎて、なれ合いのようになってしまっていた。それに対して敵となるライダーは、未確認の部分が多い。相手を叩くにしても緊張感のない軍隊では困る。

「……緑川さんならどう考えるかしら」

 目を閉じると緑川の顔が瞼の裏に浮かぶ。彼だけは、白沢や青池といった他のライダーとは違う。黒井はそう思っていた。彼のその顔を考えながら、黒井はしばしの間思索にふけった。

 斎条の情報がおびただしく紙面を覆ったそのカルテは、まるで空を覆いつくすカラスの群れのようだった。

 

 黒井診療所の診察は基本的に午前中までで終わる。戸締りなどを済ませた従業員を見送ると、黒井は一路白沢のところへ向かった。彼女の主治医、という扱いだからである。そこに休みはない。

 郊外に立つ白沢家の邸宅に彼女はバイクを進み入れる。相変わらず、無駄に動物が多い。心中でそう毒づきながら黒井はバイクを駐車場の端に停めた。

「黒井先生、あたしに隠し事してませんか?」

 胸に聴診器を当てられながら、白沢は不意にそう零した。普段通りの定期検診の最中だった。

「んー、してるよ」

 臆面もなくそう言い放った黒井は、白沢に背中側を見せるように促す。

「……正直な病状をご家族に伝えるかずっと悩んでるの」

「はぐらかさないで……!」

 くるりと背を向け後ろに隠れたその表情は怒りを隠せない。黒井の視線を正面から外したその勢いのまま、白沢は続ける。

「知っていますのよ、あたしたちに他のライダーの情報を伏せていること!」

 白沢のその怒気に、黒井の持つ聴診器が僅かに震えた。しかし普段通りの口調で、黒井は言葉を返した。

「どうしてそう思ったの?」

「……以前、緑川さんのことを尋ねたことを覚えてらして?その時先生は『モーティスの方?』とおっしゃられましたね?……もうあの時から、他のライダーについてご存知だったんじゃないかしら。本当は誰を知っているの?」

 白沢のその推理は図星であった。彼女の言葉を聞き、黒井は小さく息を吐いた。

「……鋭いなぁ、理々恵ちゃんは」

 黒井はそう呟いて聴診器を耳から外し、白沢に振り向くよう促した。

 

「相変わらず広いなぁ。このウチは」

 同刻、青池もまた白沢邸を訪れていた。バイトの合間時間を縫い、以前より恒例となっていた戦闘鍛錬を共に行おうと訪れたのであった。

 駐車場を離れ庭先をゆっくりと歩く青池。普段の鍛錬は広い庭先で行われていた。周囲をぼんやりと見回す彼の目に、一人の女性の影が入った。

「お、黛さんだ。おーい、黛さん!」

「青池様、ごきげんよう」

 長いメイドスカートを翻し、白沢家に仕えるメイドである黛が青池に振り返った。その手には大きな枝切ばさみが握られている。どうやら庭の手入れの最中のようだった。

「そういえば今日もお嬢様とお会いなさる予定でしたね。……いささか早いようですが」

「それはまあ、そうだけどよ」

「お嬢様は今お取込み中です」

 短くそう言った黛であったが、ふと何かを思いついたように青池に手にしていた枝切ばさみを手渡した。

「そうですね、少しお手伝いいただけますか?」

「俺が?」

 はさみを手渡された青池は、だが慣れない手つきながらスムーズに庭木の枝葉を切り取っていく。その後ろを黛が箒で掃き、落ち葉や枝をまとめていた。

 

「珍しい風の吹き回しだな。まあいいけどよ」

「いえ、たまにはこのようなものもいいかと」

 ひときわ美しく整えられた庭先を、二人は並んで眺めていた。静かな風が二人の間を過ぎる。その沈黙を割いて、黛が口を開いた。

「今、お嬢様は黒井の診療を受けています。望まぬまま」

 その言葉に、青池は驚き目を丸くした。

「望まぬままって……!一体どういうことだよ」

「その通りの意味です。お嬢様はご家族には心配かけまいとしていますが、黒井を嫌っておられます。彼女の治療の元では自分らしく生きられないと、そう信じ込んでおられるのです」

「……!」

 黛の言葉に、青池は息を呑んだ。治療を受けたくない患者。白沢の病状が具体的にどのようなものなのかは青池は知らないが、だが名医と評される黒井の治療を受けたくないとは、生きたくないということなのか?だが普段の様子は高飛車でそんな様子にはまるで見えなかった。生きるために、生きたくないのだろうか?

 混乱する青池の脳髄に、さらなる言葉が入り込もうとしてくる。

「同じライダーである青池様にお願いです。……どうか黒井を殺していただけませんか?」

 黛のその言葉は、青池の理解を超えていた。

「……時間ですね、そろそろ行きましょうか」

 誰ともなく黛はそう呟くと、家の中へと歩みを進めた。

 

「理々恵ちゃんはすごいなぁ。生きてるってスバラシイ」

 背中越しにそう呟いた黒井の方へ、白沢はゆっくりと振り返った。

「……っ」

 そこにあったのは「暗闇」だった。かろうじてヒトガタのように見えるが、その内面はまるで読み取れない。それでいて、白沢の心の隅から隅まで全てを見て取ろうという強い視線が、じっとりとまとわりつくように向けられていた。

「そうね、理々恵ちゃんの言う通りこれからはちゃんと伝えるようにしようかしら。もちろん他の人にも理々恵ちゃんの情報を伝えないと。緑川さんはどうしよう?青池、加賀谷、斎条とそれから……」

 どこか歌うような、それでいて全くの無機質な言葉が続いていく。それを振り払うように白沢は叫んだ。

「オースメアリー!」

 その言葉を受け、部屋の姿見から白沢の契約モンスター・オースメアリーが姿を現した。そしてそのまま彼女を守るかのように黒井の前に立ちはだかった。

「……死にたいの?」

「生きたいのよ、あたしは!」

 暗闇に対し、白沢はそう力強く言い放った。その言葉に暗闇はその形を歪め、黒井の姿を現していく。

「お嬢様!」

「おい、白沢!どうしたんだよ!」

 物音を聞きつけてか、部屋の扉が開かれ中に青池と黛が慌ただしく入ってくる。

「……今日の診察は終わり。あとで今日の診察結果を送るわ」

 静かに黒井はそう言うと、青池と黛の方を見た。

「いい友達ができてよかったわね」

 そう言うと黒井は部屋を後にした。数分の後、窓の外からけたたましいエンジン音が遠ざかっていった。

「お嬢様……」

 座り込む白沢に対し、そこにいるモンスターに恐れることなく黛がゆっくりと手を伸ばした。だが、白沢はその手を力なく振り払った。

「ごめん、今は一人にして……」

 その言葉に、黛はわずかに口を動かすが、すぐにその言葉を呑み込んだ。扉がゆっくりと閉まり、モンスターも鏡の中に消えていった。

 がらんとしたその部屋の中には、小さな女の子が一人だけ残されていた。

 

―続―

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