龍騎外伝 仮面ライダーモリオン   作:EpoMeta

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第17話「レゾン・デートル」

 ネットの噂によると、鏡の中の戦士たちの目撃情報は最近にわかに増えているそうです。その理由は分かっていません。

 

 街中の一角に立つ銭湯の中に、青池と緑川の姿はあった。すでに入浴を終えた彼らの手に、清涼飲料水のペットボトルが握られている。

「ここは従業員自由に入っていいんだってよ。おかげでいつも助かるぜ」

「そうか、たまにはこういうのもいいかもな」

 湯上りで火照る身体を涼ませるように、青池はペットボトルの中身を口に含んだ。その様子を見ながら、緑川はゆっくりと口を開いた。

「それで、何だ。相談ってのは」

 緑川のその言葉に、青池はゆっくりとペットボトルの中身を飲み干すとうなだれるように背中を丸めた。

「……殺してほしいって頼まれたんだ、黒井を」

「黒井を?誰から?」

「黛さんだ。白沢のメイドの」

 その名前を聞き、緑川は不思議そうな表情を浮かべた。

「黛?メイドまで知っているとは、お前よっぽどあの家に入り浸ってるようだな」

 緑川は職務上白沢家を訪れる機会があったが、それでもメイドの一人ひとりまで把握しているというわけではなかった。それだけに、青池からそうした名前が出てくることは意外であった。

「まあな、結構世話になってるよ」

「ふうん……」

 緑川は小さく息を吐くと、静かに飲み物を口に含んだ。

「……どうして黒井を排除したがるんだ?一応は白沢の主治医、という扱いなんだろう?」

「そうだ、そこが俺もわからねぇところよ……」

 考え込むように腕組みしながら青池はさらに続ける。

「それに、俺に人殺しなんてできねぇ。俺は人を殺すためにライダーになったんじゃないんだ」

「人を守るため、か」

「それに黒井をだぞ。一応は俺たちの命の恩人じゃないか。そんな相手を殺すなんてさ」

 彼は自分が初めてライダーになった時を思い出していた。魚人のようなモンスターに襲撃され、そのままでは死ぬしかない所を黒井に助けてもらったばかりか、ライダーとして初めての戦いをサポートしてもらったのだ。

 そしてそれは緑川も同様であった。彼もまた、最愛の娘をモンスターから、そして人間からの危害から救ってもらったのだ。

 すでに青池の持つペットボトルは空になっていた。それを静かに握りしめながら青池は呟く。

「……なあ、緑川。お前にはできるか?人を手に掛けるなんてさ」

 俯いた青池の顔に視線を合わせることなく、緑川は静かに口を開いた。

「だが、この戦いから降りられるのか?青池、お前は。願いを叶えるためには他のライダーを全員倒して生き残らなきゃならない。自分だけ戦わないというわけにはいかないだろう。いずれ黒井も、私をも倒すときがくる」

「けどよ」

 不安げに顔を上げた青池に、緑川は視線を合わせる。

「安心しろ、私はお前と戦うことはない。お前はいつだって法の下に正しい。それは私が保証する」

 そう言った緑川の顔は、青池からはちょうど逆光となっていた。影に隠れたその表情を、青池は読み取ることができなかった。

 

 青池と緑川の耳に、不気味な耳鳴り音が鳴り響く。この音は近くにモンスターが現れた合図だ。その音に二人はすぐさま立ち上がると、大きな鏡のある化粧室へと走った。

「全く、仕事終わりだってのに!」

 青池はそうごちると懐からカードデッキを取り出し鏡面に向ける。隣に立つ緑川も同様だ。映りこんだ彼らの鏡像に機械的なベルトが装着される。

「変身!」

「変身」

 二人は仮面ライダーバジュラとモーティスに姿を変えると、力強くミラーワールドへと飛び込んだ。

「え、誰なの!?」

「他のライダー!?」

 何とそこでは既に別のライダーがモンスターと戦っていたのだ。狩人を思わせる軽装に包まれた小柄な体格に高めの声色は、恐らく女性なのであろう。そのライダーは全身に鎖を巻き付けたかのような犬の怪人と戦いを繰り広げていた。

「マジ!?これも戦わないといけない系!?」

 軽々とした身のこなしで、モンスターの攻撃をいなすそのライダー、トワインは振り向きざまにバジュラらにそう問いかけた。

「……いや、まずはモンスターが先だ」

 彼女の言葉にモーティスは冷静にそう返すと、静かにモンスターに向けて構えた。それにバジュラも同調する。

「三対一か……。卑怯とは言うまいな」

 そう呟くバジュラの横で、モーティスが周囲を見ながら口を開く。

「いや、どうやらそういうわけでもなさそうだ」

 その言葉を皮切りにしたのか、さらに二つの影が躍り出る。

「嘘、群れてんのコイツたち!」

 トワインが叫ぶ。そこには姿かたちがそっくりな犬型のモンスターが三体も並び立っていたからだ。彼らは唸り声を上げ、ライダーたちを力強く威嚇した。

 

 さて、このモンスター「デバドベロス」は同種三体で行動する特徴を持っていた。同種ということもあり連携は巧みで、その爪牙と全身の鎖を武器とした戦闘を得意としていた。

 三体のデバドベロスはライダーたちを取り囲むようにゆっくりと迫る。円を描くようなその動きは、まるで獲物を狩る猟犬のようだった。

「こ、こういう時はカードを使った方がいいですよね!黒井先生が言ってたように」

 そう言うが早いか、トワインはデッキからカードを引き抜くと大腿部に装備された召喚機「蛇召帯ボロスバイザー」に挿入した。

『SWING VENT』

 電子音声と共に、彼女の手には長い鞭「ボロスナッチャー」が握られる。トワインが手首を回すと、ボロスナッチャーの先端が容易く空を引き裂いた。

「黒井?」

「鞭か、面白い武器だぜ」

『SWORD VENT』

『SWORD VENT』

 バジュラとモーティスもそれぞれの手にダイナファング、グレカッターと馴染んだ武器を装備すると、互いに背中合わせになるように構えた。トワインもそれに呼応するようにデバドベロスに対峙した。

 

「……来るぞ」

 モーティスが小さく呟くと同時に、一体のデバドベロスが咆哮する。それを合図に別のデバドベロスが爪を振りかざし飛び掛かった。

「はっ!」

 鋭く息を吐き、トワインがボロスナッチャーを振るいそのデバドベロスを弾き飛ばした。攻撃は効いている。その事実にわずかに安心を感じるトワイン。

「ッ!なになに?」

 鞭を振るうトワインの腕に飛来してきた鎖が巻き付く。その方向を見るとさらに別のデバドベロスが鎖の先端を握っていた。デバドベロスがさらに力を込めると、トワインの身体は大きく引っぱられる。そしてそのままデバドベロスらはトワインだけを引き離すように一気に駆け出す。

「おい!待て!」

「最初から分断が目的か……」

 引きずられるトワインを追いかけ、バジュラとモーティスは駆け出した。しかしデバドベロスらは速く、このままでは追いつけない。

 

「そっちがその気でも、俺は鬼ごっこに付き合う気はないぜ!」

『ADVENT』

 電子音声がミラーワールドに鳴り響くと、デバドベロスらの前の建物が砕け散った。その煙の中から姿を現したのは、バジュラの契約モンスターであるダイナブルートであった。その巨体がデバドベロスの逃げ道を封じる。

 その足が止まった瞬間を見逃さず、トワインはボロスナッチャーを振り回し拘束から逃れ出る。そしてそのまま転がるようにモンスターから距離を取った。

「あ、ありがとうございます!」

「いや、別に礼なんか」

 頭を下げるトワインに困ったような様子を見せるバジュラ。その隣でモーティスがモンスターの様子を観察する。

「ああ、まだ礼には早そうだ」

 三体のデバドベロスが咆哮する。そしてそのままその三体は両腕の爪を構えると、一気にバジュラらに向けて突撃した。

「危ねぇ!」

「ッ!」

 辛うじて手にした剣でその突撃を防御するライダーたち。そして手にした武器でさらに反撃を行う。

 だが、更なる攻撃を警戒した彼らとは反対に、デバドベロスらは幾度かライダーたちに攻撃を加えたかと思うと、散り散りに逃げ去ってしまった。

 

「……逃がしたか」

 モンスターが逃げ去っていった方向を確認し、モーティスは小さく呟く。その背中から小さな声が漏れ聞こえた。

「あの、さっきはありがとうございました!けど、やっぱりライダー同士って戦わなきゃですよね……?」

 そう言いながらトワインはボロスナッチャーを構える。だが、その行動にバジュラが慌てた様子を見せる。

「おい、待てよ!俺は戦う気なんてないって!」

 バジュラはそう言うと手にした剣を手から離して見せた。その姿にトワインは驚いた様子を見せる。

「え、戦わなくていいんですか?ワタシ」

「そうそう!まずいったん戻ろうぜ」

「私たちよりだいぶ早くから戦っていたようだからな」

 モーティスはそう言うとトワインの身体を指差した。その末端は次第に粒子化しかかっている。ミラーワールド内での滞在時間が限界を迎えつつあるサインだった。

「あ!ヤバヤバ!戻んないと」

 そう言うとトワインは周囲の鏡面を確認し、そして何かに気づいたような様子を見せた。

「しまった……!銭湯から来たからそこから戻んないと……」

「銭湯から?俺らもそうだけど、だからってどうして?」

 その様子にバジュラは不思議そうに声をかける。するとトワインは恥ずかしそうに小さな声で呟いた。

「……着替え中だったから」

 

 銭湯の休憩所に並んで座る青池と緑川の前に、ぱたぱたとスリッパの足音が向かってきた。その音に気付いた二人は顔を上げる。

「あの~、もしかしてお二人がさっきの?」

「アンタが……?」

「あ~、ワタシは『斎条 千夏』と言います。ライダーやらせてもらってます」

 そう言うと斎条はぺこりと頭を下げた。乾かしたての茶髪がはねる。その顔に緑川は見覚えがあった。

「あなたは確か、以前お金を拾ってもらった……」

「え?あっ!あの時の!」

 以前、小銭を拾ったことを思い出した斎条は、緑川に向けて微笑んだ。そして彼らの正面に座るとおずおずと口を開いた。

「お二人もライダーなんですよね。ワタシ、黒井先生以外のライダーの人って知らなくて」

「なるほどな、まあよろしく頼むよ。俺は『青池 壮真』」

「『緑川 雅也』です。よろしく」

 三人は簡単に自己紹介を済ませると、簡単に情報交換を行った。といっても、ライダーとしての共通項を除けば、彼らに共通している話題といえば黒井のことぐらいであり、自ずと彼女に関する話題が中心となっていた。

「ワタシ黒井先生から色々教えてもらってて、やっぱりライダー同士って戦わないといけないんですよね?けどワタシ、皆さんと戦えるか不安で……」

「わかるぜ、俺も戦いたくねえと常日頃から思ってるんだ」

「わぁ~!本当ですか?モンスターはともかく人間なんて……」

 意気投合しあう二人をよそに、緑川は目を伏せじっと考え込んでいた。

「……斎条さんのことを黒井はなぜ私たちに黙っていたと思う?」

 静かにそう零した緑川の言葉に、二人もまた考え込む様子を見せた。

「確かに、考えてみればおかしいよな。俺たちの時は盛んに顔合わせしてたのに」

「え、そうだったんですか?ワタシも行きたかったなー」

 二人の会話を気にする様子もなく、緑川は続ける。

「私達同士で戦わせたいんじゃないか?そうして効率的にライダーの数を減らしていく」

「「?」」

「つまり、黒井が情報を操作して私たちをまとめ、何か共通の敵を作ってそれを叩く。敵がいなくなったら味方内で仲間外れを作ってそれを叩く。その繰り返しで最後には黒井だけが生き残る、というわけだ」

 緑川は静かに自らの推論を述べた。しかし、その言葉に対し青池が疑問を口にした。

「けどよ、それと斎条さんと俺たちが知り合いじゃないってことに何の関連性があるんだ?」

「大方、他のライダーを排除する手駒は私たちだけで十分ってことだろう。斎条さんは私たちが歯向かった時のための懐刀、だろうな。黒井は言葉尻で自分一人で他のライダーを相手取るのは厳しい、手札が足りない、と言っていたからな。カードデッキに恵まれた相手でも黒井プラス一対一に持ち込めば、彼女にとって十分有利だからな」

「お前……」

 緑川の言葉に、青池と斎条は思わず絶句した。彼らの周囲を重苦しい雰囲気が覆った。

 

「……なにそれ。ワタシたちは黒井先生に利用されてるだけってこと?」

 沈黙を割いたのは、斎条の暗い声だった。その言葉に緑川は答えを返す。

「そうだな、結果的な所を見れば」

「嘘。ワタシなんかが言ってもだけど、黒井先生みたいないい人がそんなことするわけないよ」

 斎条の言葉に、青池は思わず俯いた。斎条が言うところのいい人を、つい先日殺すよう頼まれたからだ。

「だって、黒井先生はワタシみたいな奴のこと真っすぐに見てくれるし、会ってからずっと助けてくれたんだから!」

 斎条は語気を強め緑川に反論した。その姿に青池は驚いた様子を見せる。

「助けた、か……。確かに私も家族を救われた。これは本当のことだ」

「でしょう!?だから黒井先生を悪く言わないで」

「……斎条さん。すまない、あなたを傷つけるつもりはなかった」

 青池が思っていた以上に、緑川はあっさりと引き下がった。おそらく、彼にとってもあくまで推論。確証の無い言葉は、証拠をこそ大事にする検察官である彼にとっては全て妄言だ。

「だが、このライダーバトルは殺し合いだ。いつかお互いに戦わなければならない。斎条さん、あなたは戦えるのか?私たちだけじゃない、黒井と」

「……ッ」

 静かにそう告げる緑川。その浮き出したような三白眼が斎条を見据えていた。

「……まあとにかく今日は顔合わせって事で。俺たちライダーはモンスターとも戦わないとな!いざという時はよろしくな」

 緑川と斎条の間に挟まるようにして、青池は無理やりにテンションを上げてそう言った。しかし、両者の間に生じた険悪なムードは晴れない。

「……青池の言う通りだ。あなたには恩もある。私としても親切なあなたとは戦わないことを願うよ」

 緑川のその言葉に、斎条はやや躊躇しながらも口を開いた。

「そうね。今日命を助けてもらったから、できるなら」

 そう言うと斎条は銭湯の出口へと歩いて行った。その小さな後姿を青池と緑川は見送った。

「流石に言いすぎだったんじゃないか?お前としても確信に欠けてたんだろ?」

 青池のその言葉に緑川は小さく俯いた。

「……そうだな。私らしくもない」

 そう言うと緑川は静かに息を吐いた。

「彼女には悪いことをしてしまったな」

「それは後で、まあ何とかなるだろ」

「いつも楽天的だな。青池、お前は」

「それが俺の取り柄なんだよ」

 そう言い合うと、二人は顔を見合わせて笑った。彼らもまた最後にはお互いに戦い合う存在であるのに。

 

 帰路につき、青池と別れた緑川の耳に聞きなれたエンジン音が入ってきた。その方向を彼が見やると、そこにはアイドリング中のエンジンを揺らした黒色の大型バイクがあった。

「黒井……」

「ヒドゥンビークたちに呼ばれてきたら、出遅れた……わけではなさそうね。緑川さん、今からモンスター退治?」

 そう言うと黒井はバイクから降り、ゆっくりとヘルメットを取った。額にかかった髪をかき上げると、彼女の色白の肌が露になる。

「モンスター退治ならひと段落着いたところだ。青池と私、そして斎条さんだ。知ってるよな?」

 斎条の名前を聞き、黒井はその表情を嬉しそうに変えた。

「さすが、緑川さん。斎条さんのことはまだ伝えてなかったのに知ってるなんて」

「ごまかすな。お前は情報を選り好みして私たちに伝えてるだろう。その目的まではわからないが」

 鋭く問いただすような眼で、緑川は黒井を見た。しかし、その視線を受けて黒井はどこか心地よさそうな仕草を見せた。

「やっぱり、緑川さんは他の人とは違う……。本当は分かってるんでしょう?わたしがどうしてそうしてるかも」

「証拠がない。証拠がなければ推論も妄想でしかない。因果を証明できなければ、法廷では何の役にも立たない」

「証拠がなければわたしに聞けばいいじゃない。かりそめの同盟とはいえ、同盟は同盟でしょう?」

 何処か喜ばしそうに語る黒井の言葉に、緑川は苛立ちを感じ眉間に皺を寄せ、やや強い語気で口を開いた。

「そうやって自分にばかり都合のいいおべんちゃらを並べるな。私を騙そうとしても無駄だぞ」

 だが緑川のその言葉に、黒井は衝撃を受けたように表情を失った。その口元だけが震えるように動く。その様子に緑川は不思議そうな目を向ける。

「……そんな。そんなつもりじゃ」

 バイクのエンジンを静かに切りヘルメットをハンドルに掛けると、黒井は寂しげにバイクのシートにもたれかかった。陽は沈み、街灯がつき始めた。

「……どうして、緑川さん」

 青白い光が黒井を照らしている。細いその指先はどこか落ち着かない様子を見せていた。

「あなたを騙そうとしてるわけじゃないの」

 震える声で紡いだ言葉に、だが緑川は顔色一つ変えず質問を返した。

「なら聞くが、何故白沢理々恵を特別視している?白沢はお前にとってただの患者ではないだろう?」

「理々恵ちゃん?何で?」

 緑川の問いかけに、だが今度は黒井はまるでそんなことなど予想していなかったかのような素っ頓狂な声を上げた。

「……お前、自分でも気づいてないのか?」

「気づいていないって何を?確かに理々恵ちゃんは私の患者だけど、様子は常にモニターしているわ」

 そう語る黒いの口調は次第に普段通りに戻っていく。まるでさっきまでの不安定さが嘘のようなその変わりように緑川は内心驚いていた。それを意に介さず黒井は続ける。

「むしろわたしにとって特別なのは、あなたの方よ。緑川さん」

 太陽の光は建物が模る影の中に消えていた。

 

「……私がか?どうして?」

 予想だにしなかった言葉に、今度は緑川の方が驚いた声を上げざるをえなかった。

「どうしてって……。それはわたしの中ではまだ分からないけど、こんな感覚は初めて。あなたにならわたしを見て欲しいと思える」

「……」

 突然の黒井の告白に緑川は沈黙する。彼の前で黒井はゆっくりと自分の胸元を押さえるようにしながら続ける。

「わたしは知りたい……!わたしのこの気持ちの正体を。だからわたしはあなたのことをもっと知りたいと思うの。どうしてこんな気持ちになるのか」

「それは……」

 緑川は縮こまった黒井に手を伸ばしかけ、しかしその手をゆっくりと降ろし、静かに口を開いた。

「妻帯者を口説こうとするなんて、不貞行為がどう罰されるのか分かっていないようだな」

「そういうすぐ自分の得意分野に持っていくところ、何でこんなに気になっちゃうんだろう」

「お前だって同じだろう。私だけじゃない、青池も白沢も、斎条さんだって自分の手のひらの上に置きたがる」

 口ではそう言いながら、緑川は焦っていた。こんな戯言に付き合う必要なんてないのに。黒井から聞くことは「自分たちをどこまで騙そうとしているのか」「目的は何か」ぐらいなのに。どうしてこうも、奴の話を聞いてしまうんだろう。

 緑川は小さく、だが鋭く息を吐くと一歩、黒井から離れた。

「……黒井、お前の目的は何だ。何のために戦っている」

 無理やりに心を落ち着かせるように発したその言葉に、黒井は全く悩むことなく答えた。

「わたしのためよ。わたしはこのライダーバトルでよりよく戦い、勝つことが目的よ」

「よりよく?」

「そうよ。だって生きてるってスバラシイじゃない?命がけのライダーバトルは命をかけるからこそ、その人の生きたいという強い意志が感じられるの。わたしはそれを見るために戦っていると言っても過言ではないわ」

 まるでそれが当たり前で何でもないことのように語る黒井の唇を、緑川は静かに目で追っていた。そしてその言葉の意味を咀嚼し、自らの中へと取り込んだ。過言ではない、か。

 緑川が自分の言葉の意味を理解するのを待って、黒井は彼に対し静かに問いかけた。

「そう言うなら、緑川さんは何のために戦っているの?」

「私は……」

 それだけ言うと、緑川はにわかに言いよどんだ。暗くなった周囲を沈黙が包む。まるで時間が遅くなったかのようだ。だが、緑川のその沈黙こそを、黒井は間違いないかを確認するかのように、熱心に満足げに見つめていた。

 

 その時間を裂いたのは、耳障りな風鳴り音だった。その音に二人は周囲を確認する。見ると、消灯されたショーウィンドウの鏡面の中に、三体の犬型のモンスターがこちらを睨んでいた。

「見つけたわ、モンスター」

「こうも早く反撃してくるとは……。だが、こちらから探しに行く手間は省けた」

 二人はそう言うと、鏡面にカードデッキをかざし、仮面ライダーモリオン、モーティスへと姿を変えた。鳥のくちばしを、髑髏をそれぞれ模した仮面を被ったその姿は共に怪人と呼んで相違ない。

 鏡越しにデバドベロスたちの咆哮が聞こえてくる。だが、二人のライダーは勢いよく鏡面へと飛び込みミラーワールドへと向かった。

 一人は戦い生きるために。もう一人は何の理由もなく。

 

―続―

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