龍騎外伝 仮面ライダーモリオン   作:EpoMeta

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第19話「馬と鹿」

 雑誌の記事によると、有名なスポーツ選手であっても、そのキャリアアップは多岐にわたるそうです。

 

 ミラーワールドのスタジアムに不気味な風鳴り音が静かに鳴り響いている。そこに二人の戦士が立っていた。

「リベンジマッチか……。オレに負けた雑魚が」

 鎧武者のような姿をした仮面ライダーオグがそう口を開いた。契約の証である鹿の角を思わせる前立て「ジェネラルホーン」が光を浴びて煌めく。

「挑発のつもりかしら?それともあたしに負けるのが怖い?」

 対して、騎士のような姿をした仮面ライダーシジルがそう返した。涙跡をくっきり切り抜いたような兜の目元は暗く、その表情を伺うことはできない。

 二者は間合いを保ちながら向かい合い、共に剣を構える。オグは日本刀のような召喚機ゼネルバイザー、対するシジルは細身の両手剣のような召喚機オースバイザーを相手に向けた。

「いいぜ、最近戦えなくてストレスが溜まってたんだ……。オレは受けて立つ」

 わずかな怒気を滲ませながら、オグが口を開いた。真っすぐに向けられたゼネルバイザーの切っ先越しに、シジルはオグを睨む。

(大丈夫……。あたしは強くなっている。それにあたしには叶えたい願いがある、そのためなら)

 静かに、だが鋭く息を吐くとシジルは精神を集中した。

 

 時間は少し遡る。いつも通りの白沢邸での定期的な診察の最中、白沢の言葉に黒井は言葉を返した。

「オグにリベンジしたい?いいんじゃない?」

 聴診器をしまいながら黒井はそのまま続ける。

「ライダーバトルに積極的な、いい心がけね。そういうの」

 その言葉に白沢は不快な表情を隠さない。だが、黒井はその表情をもじっと観察していた。

「……いずれあたしたちに戦って欲しいでしょう?黒井先生は」

「その通りね。よくわかってるじゃない」

 手元でメモを取りながら黒井は返事をした。その目線は白沢だけを真っすぐ見つめている。

「それで何が目的なの?わたしに何をして欲しい?毒とか盛る?」

 口元を歪めさせながら黒井は白沢に問いかけた。その言葉に小さく息を吐いてから、白沢は言葉を返した。

「そんなんじゃないわ……雪辱戦は自分の手で果たしてこそよ」

「そう、理々恵ちゃんらしいわね」

「だから、あたしが欲しいのは情報よ。黒井先生が知ってるオグについて教えて欲しいの」

 そう言った白沢の目は真っすぐ黒井を見つめている。まるで自分が覗かれていることに臆しないかのように。

「へえ……。わたしがもし嫌だと言ったり、嘘を入れたりしたらどうするの?」

 少しからかうような口調で黒井は返す。

「黒井先生はそういうことをしないでしょう?患者の記録に嘘なんて」

 その言葉に黒井のメモを取る手が止まり、わずかに眉間に皺を寄せ目元を細めた。

「……わたしを見てたの?」

 その言葉と共に、黒井の目の色が変わる。普段の無機質な黒色ではなく、深海の底に沈む澱みの色だ。おそらくは、黒井の裡に潜む情念が積み重なって渦を巻いた現れだろうと白沢は感じた。

 

 黒井の澱みの渦に呑み込まれれば、もうそこでおしまいだと、彼女は直感した。故に、この次に紡ぐ言葉には細心の注意を払わなければならない。

「……黒井先生を信じたいもの。かりそめとはいえ、同盟は同盟じゃない?」

 この言葉ならどうだ、と白沢は黒井を正面から見る。黒井は少し考えるような、何かを思い出すかのような表情で宙に目線を向けた。

「……ああ、同じようなことを緑川さんにも言ったっけ。何であの時は断られちゃったのかな。まあ拒否行動のモデルケースとして後で整理しておきましょう」

 ボールペンの先が紙の上を撫でる音が響く。そのまま黒井は続けた。

「それで、オグの情報の話だっけ?理々恵ちゃんにならいいわよ。いつも渡してるモンスターの資料と同じ様式でいいかしら?あいにく今は手元にないから、後日になるけど構わない?」

「ええ、それでよろしくてよ」

 黒井の言葉にそう返すと白沢は心中で胸を撫で下ろした。どうやら危ない橋を渡り切ったらしい。そう思った矢先、白沢に黒井が声をかける。

「心拍が下がったわね?何に安心したのかしら?」

「え?」

「呼吸も一瞬わずかに深くなったわ。隠したいことでもあるの?」

 突如の問いかけに白沢は焦る。しまった、油断した。次はどうすべきかと逡巡するが、彼女が答えるより先に黒井が口を開いた。

「……あ、戻った。わたしが情報をくれるって言ったから理々恵ちゃん安心したの?」

「そうよ、当然じゃない。情報アドバンテージの重要性を教えてくれたのは黒井先生なんだから」

「それならいいけど。情報をゲットしたからといってすぐに強くなるわけじゃない、というのは理々恵ちゃんも分かっていると思うけどね」

 診療器具をしまいながら黒井はそう言った。その言葉に白沢は静かに頷く。

「感謝するわ」

「……たった一言の感謝も、人によっては人生を変えるほどの力になるわ。今理々恵ちゃんの人生が大きく変わったのかもね」

 そう言うと黒井は荷物をまとめ、普段の診察通りに部屋から立ち去った。遠くなるバイクの排気音を聞きながら、白沢は大きくため息をつく。

(とりあえず第一関門はクリア……。後は本番どう戦えるかよ、白沢理々恵……!)

 白沢は自らのカードデッキを強く握りしめた。その背中をオースメアリーが鏡越しに見つめていた。

 

「キエエエイ!」

 気勢を上げながら、オグが力強く大地を踏み込みシジルに向けて突撃する。その姿をシジルは見据える。

(向こうから動いた……!低めの軌道、恐らく狙いは左の小手)

 小手を防御するようにシジルは構えると、それに吸い込まれるようにオグの刀が当たり火花を散らす。

(胴への突き!面!面!右の小手!)

 オグの動きを観察しながらシジルは剣を振るい、オグの攻撃を巧みに防御する。有効打は無し。

「……前よりできるようになったみたいだな。お嬢さん?」

「安い挑発には乗らなくってよ」

「そうかい、まあ今のは前座、カードを使わなきゃこんなもんだよな」

 そう言うとオグは腰のデッキからカードを引き抜き、ゼネルバイザーに装填する。

『SWORD VENT』

『GUARD VENT』

 電子音声と共に、オグの両腕には角を模した形状の七支刀「ゼネルブレード」が、上半身に強固な鎧「ゼネルアーマー」が装備される。腕の力を僅かに抜き、彼は二刀流を下段に構える。

「一気に決めるぜ」

「あたしもそのつもりよ」

 力強い踏み込みから、両腕を大きく振りかぶっての斬撃。共に頭を狙ってのものだ。それをしっかりと観察し、シジルは落ち着いた様子でカードを切った。

『GUARD VENT』

『ACCEL VENT』

 シジルは腕に盾、オースクウェアを、そして下半身には馬体を模したオースエンターを装備した。ケンタウロスを思わせるその姿で、シジルはオースクウェアを頭上に構えると、オグの斬撃を力強く受け止めた。

「何ッ!?オレのパワーで押しきれない!?」

 重量を乗せた斬撃を受けきられたオグが驚愕の声を上げる。下半身に装備したオースエンターのパワーもあるが、それ以上にシジル本人がそのパワーをロスなく使える体の動かし方を会得していたのである。

「驚いたぜ。雑魚って認識は改めないとな」

 斬撃を弾かれた痺れを両腕に残しながら、オグは半歩後ずさりシジルの様子を見ようとする。

「やあっ!」

 だが、オグの全身を強烈な衝撃が襲う。シジルが盾を構え、馬の脚力を生かして不意打ち気味に強烈なタックルを仕掛けたからである。強化された脚力に全体重を乗せた突撃に、たまらずオグは吹き飛ばされてしまう。

「……シジルシールドバッシュ、とでも言おうかしら」

 より向上した人馬形態での体捌きに、シジルは青池や黛との特訓の成果を感じた。盾をぶつけたオグの鎧は大きくへこんでいる。これならいける、心中でシジルはそう呟いた。

 

「へっぷし!誰か俺のこと噂してんのかな?」

 街を歩いていた青池は大きくくしゃみをしてしまった。今日の銭湯は夕方からのシフト。まだ時間には余裕があった。

「コンビニでも行って昼飯でも買うかな」

 そう呟くと青池はコンビニへと足を向けた。その背中を呼び止める声があった。

「あれっ、たしか青池さん?」

「斎条さんじゃん」

 青池が振り返るとそこには斎条の姿があった。昼休みなのかスーツ姿で眼鏡を着用しており、以前あった時とはいくらか印象が違って見えた。

「またモンスターですか?」

「いや、散歩ついでの昼飯探し。野良のモンスター倒すとモンスターは腹の足しになるけどよ、俺らは逆に腹減っちまうんだよなぁ」

 そうぼやく青池に、斎条が何か思いついた様子で声を上げた。

「あぁ~、確かにそうですよね。それなら一緒にランチ、どうですか?」

「おっ、それは嬉しい申し出だぜ。とりあえずは何を食べるかだな」

 そう言うと青池は腕を組み、考えながら歩き出した。その後ろを斎条の小さな背中が追いかけていった。

 

 数分後、彼らの姿は小さな公園の中にあった。青池と斎条は公園の東屋の中に向かい合うように座った。その公演は地元の運動公園で、広い敷地内には競技場などが併設されていた。

「へぇ、自分で弁当作ってるのか。すげえじゃん」

「い、いえいえ!この方が自分の好きなもの食べられるし安上がりなんですよ」

 青池が斎条の弁当箱を覗き込んだ。彩りよくまとまった、栄養満点そうな弁当だった。だが、そのサイズは手のひらに乗る程度で、少なくとも青池から見るとかなり少ないものだった。

「でも、その量で足りるのか?」

「食べられないんですよ、あんまり」

 青池の問いかけに、斎条は少しだけごまかして答えた。食べられないというのは本当だが、空腹でも食事をする気分になれないのだ。

「そうか……」

 斎条の意図を知ってか知らずか、青池はそれ以上問いかけることはしなかった。

 

「……青池さんは、何で戦うんですか?」

「何でって……。そうだなあ」

 少し間を置いて、斎条が青池に質問した。その言葉に青池は俯き考え込む。

「俺は緑川や黒井と違ってあんまり頭よくねえからさ、何かこれがしたい!っていうわけじゃないんだよ」

「そうなんですか?願いを叶えたいんじゃ」

 青池の言葉に斎条は驚いた様子でさらに質問する。

「俺はただ、こういう力を持っちまったから、その力でできることをやってるだけだ。モンスターから人々を守る力があるのに、それをしないやらないってなると、絶対後悔する。俺はそれが嫌なんだよな」

 青池はそう言うと、コンビニで購入したおにぎりを口にした。海苔を噛む乾いた音が鳴った。

「青池さんは、後悔するのが嫌なんだ……。ワタシもそうなんだけど……」

 そう言うと斎条は箸を止めた。そして暗い表情を浮かべたまま俯く。

「ワタシ、実はバツイチで、デキ婚で子供もいるんだけど親権は夫に取られて十年以上会ってない……。人生失敗ばかりでいっつもあの時ああすればよかったのかなって後悔してる」

「……」

 どこか努めて明るくしているようなテンションで、斎条は続ける。

「でもね、ライダーになって、黒井先生や青池さんたちと会って、何か変われるかもって最近思うんだ。ワタシが好きなアイドルがいるんだけど、その子たちはいわゆる正道から外れても、自分らしく生きようって歌うんだ。その曲聞くと何かワタシも勇気づけられるの」

 そこまで言い終えると、斎条は静かに顔を上げ、青池を見た。そしてその口を開いた。

「青池さんは、ワタシ変われるって思う?願いは叶うって思える?」

 しかし青池は斎条の顔から視線を少し外すと、ばつの悪そうな表情を見せた。

「……俺にはわからないけどさ。とりあえずはランチを続けようぜ。せっかくの美味しそうな弁当なんだからさ」

「……それもそうですね」

 少し難しそうな表情を見せる斎条に、今度は青池が質問を投げかけた。

「俺も料理たまにするんだけど、おすすめのレシピあったら教えてくれよ」

「えっ、ワタシなんかでよければ喜んで」

 そのまま会話の内容はライダーバトルを離れ、日常的なものとなっていった。

 

「いやー、誰かと話しながら食事すると楽しいな。ありがとうよ」

「え、そう言ってもらえるとワタシも嬉しいというかなんというか」

 食べ終わった弁当箱をしまいながら斎条は青池にそう答えた。その表情にはどこか嬉しさがにじみ出ている。

 だが、その二人の耳に、嫌な風鳴り音が鳴り響いた。それを感じ取ると二人は顔を見合わせる。

「青池さん!これって!」

「ああ、近くに何かいるぜ!」

 彼らは荷物をまとめると、その音が鳴る方へ向けて駆け出した。しかしその源は存外早く見つかった。

「あ、あれって別のライダー?」

 斎条が鏡を指差す。そこには青池にとって見慣れた白いライダーが鎧武者のようなライダーと戦っている姿があった。

「シジルと、あれは確かあのオグだ!白沢、あいつ戦ってるんだ!」

 そう叫ぶと、青池はカードデッキを取り出し鏡面向けて突き出した。その行動に斎条は目を見開く。

「えっ、戦うんですか?」

「だって止めないと!人間同士で争うなんてどっちも傷つくだけだ!」

 そう言うと青池は腰のベルトにカードデッキを装填した。

「変身!」

 青池の身体に無数の鏡像が重なり、その姿を仮面ライダーバジュラへと変える。そしてそのまま彼はミラーワールドへと飛び込んだ。

「ちょ、ちょっと待って……。ええい、ワタシも!変身!」

 一人で置いていかれるのは嫌だと感じ、斎条も遅れて仮面ライダートワインに変身する。そのままバジュラ同様にミラーワールドに飛び込んだ。無数の鏡が並び、現実世界とミラーワールドを繋ぐディメンションホールの中を移動しながら、トワインはふと考えた。

(他の人同士の戦いを止めようとするなんて、変なの)

 

「オグ、加賀谷君は元剣道部だから、戦闘の最中も有効になる面、胴、小手を狙う癖があるわ。卑怯とか正々堂々というより、それ以外を狙おうという意識がないのかも。子供の頃から剣道やってて高校では県大会に出場してたからね」

 仮面ライダーオグ、そして変身者の加賀谷についてまとめ上げられた資料を白沢に見せながら、黒井はそう言った。頼んでいた資料を届けに来た時の話だ。

「まあ、それでも理々恵ちゃんよりは体力も筋量もあるから、正面切っての持久戦となると理々恵ちゃんには分が悪いかな」

「そう……」

 黒井は言葉を続けていたが、白沢は俯き加賀谷の資料を目に焼き付けんばかりに読み込んでいた。

「うーんとね、彼は命がけで戦いたいって言ってるけど、本当に命がかかった状態ってのを知らないようね。生命への理解度、という点において理々恵ちゃんには大きいアドバンテージがあるわ」

 そう語る黒井の声はどこか嬉しそうだ。いや、実際に嬉しいのだろう。白沢の診療経過をめくり、細かくメモを記入しながら、彼女はさらに続けた。

「ライダー歴も理々恵ちゃんの方が先輩だし?ライダーバトルは試合じゃなくて殺し合いだってことを彼に教えてあげなよ」

 そう言うと黒井は口角を大きく吊り上げた。その様子を目の端で確認すると、黒井に質問を投げかけた。

「……黒井先生なら、オグとどう戦うのかしら?作戦は考えてる?」

「わたしが戦おうってわけじゃなくて、今回は理々恵ちゃんの戦いなんだけどな」

 煙に巻かれたな、と感じながら白沢はそれ以上踏み込まなかった。おそらく黒井は自分を含めて、知りえるライダー全てに対し、戦い勝利する戦略をすでに練っているのだろう。それも自分が思いつかないような非道で、隙がまるでないものを。

「安心して、今回は理々恵ちゃんの戦いだから。わたしは邪魔しないわ」

 窓の遠くを眺めながら、黒井はそう呟いた。その言葉だけを白沢は静かに耳に入れた。

 

「クソッ、なんで当たらないんだ!」

 両肩を上下させながらオグは叫んだ。だらりと垂れ下がった腕だが、しかし闘志の表れか、刀は握ったままだ。

(黒井先生の言った通り……。有効判定のところだけしか狙ってこない。機動力を奪いたいのなら足元を狙えばいいのに、それもしない。だから鎧と刀、二つのオモリを身に着けたままだからどんどんスタミナが減っていくのかしらね)

 自分を睨みつけるオグを、だがシジルは小さく息を整え、少し間合いを取りながら観察する。

(フリーズベントはあたしが前突破してるのを見てるから、多分使わない。……警戒するに越したことはないですけれど)

「そうだ、黒井だな!?あいつに何か言われたんだろ!」

 距離を取るシジルに対し、オグはそう問いかける。しかしその言葉に白沢は冷たく返す。

「だから何なんですの?あたしとあなたがやっているのはお遊戯ではないのですわ」

「オレの戦いがお遊戯だと?ふざけやがって。だったらこの傷や痛みは何なんだよ!」

 そう言うとオグは自分の鎧についた傷をまるで誇示するかのように叩いて見せる。その姿にシジルは呆れた様子を見せた。

「単なるダメージですわ。……あなた、本当に何かに対して命をかけたことがあるのかしら?」

「そっ、それは……」

 シジルからの問いかけに、思わずオグは言い淀んでしまう。

「命がけにただ焦がれているだけなんて、あたしには……。あたしにはうらやましいわ」

 乱れかけた息を大きな深呼吸で整えると、シジルはそう呟いた。

「うらやましい、だと?」

「そうですわね。あなたみたいな健康な体、うらやましい……。あたしの身体は毎日、ただ生きることにさえ必死だというのに!」

 オグの言葉にシジルはそう答えると、シジルは馬の両足で力任せにオグを蹴り飛ばした。強化された脚力による蹴りは強烈で、不意打ち気味というのもありオグの身体をたやすく吹き飛ばした。

「ぐおっ!」

 オグの鎧の隙間から火花が散り、上半身を覆っていたゼネルアーマーが弾け飛んだ。先程までとは異なり、オグの素体が露になる。

「舐めないで……!」

 剣を構えるシジルだが、鎧を失いかえって身軽になったオグはその斬撃を地面を転がり回避した。その仮面の奥の表情は屈辱に塗れている。強いはずのオレが、病人に負けている?その事実はオグの心中を苛んだ。

「何だよ……!オレの戦いが甘いってのかよ!もう黙れよ!」

 転がりながら距離を取ったオグは片方のゼネルブレードをシジルに投げつけると、カードを引き抜き召喚機に装填した。

『FREEZE VENT』

 放り投げたゼネルブレードがシジルの馬脚に突き刺さると、そこから彼女の身体は凍りついていく。

(ッ!以前よりも凍るスピードが速いッ!)

「キエエエイ!」

 完全にシジルが凍りつくのを待たず、オグは強引に踏み込み無理やりに斬りかかる。一瞬、右足に痛みが走った。もうこれは剣道でも喧嘩でもない。オグにとっては初めての、激情がこもった斬撃だった。

 オグの斬撃がオースエンターを切り裂く。有効だとかそんなのはどうでもいい。目の前の敵を黙らせなければいけない。その一心でオグは刀を振るった。

 

(さっきとは動きが違う……。対応しきれない!)

 オグの力任せの攻撃を、だがシジルは受けきるので精いっぱいだった。先程までの動きは黒井からの情報を元に予想できていたし、その動きに対応するだけの訓練は積んできたつもりだった。

 ついに、オースエンターが砕け散った。強化された下半身の筋力が無くなり、シジルとオグの体力差が如実に表れる。つばぜり合いとなったのは一瞬。オグの斬撃による衝撃を受けきれず、シジルは大きく吹き飛んだ。

「オレは強いはずだ……。誰からの挑戦も受けられるぐらい!」

 残っていたゼネルブレードも投げ捨て、オグは自分の中で最も自信のある、染み付いた中段の構えを取り、地面に膝をつくシジルに相対した。その姿をシジルは睨みつける。

(やはり基礎的な体力差は大きいですわ……。でも今は反省するんじゃなくて、ここからどう勝つかを考えるべきですわね……)

 先程までとは一転、劣勢に追い込まれたが、シジルの思考は冷静だった。

(黒井先生の情報によると、オグの残りのカードはアドベントとファイナルベント。どちらもモンスターを出して一緒に攻撃するという点では同じですわね)

 シジルは大きく深呼吸し、精神を集中させた。仮面の奥で思わず口元が笑う。

「結局は、生きるために死ぬ覚悟を決めなきゃならないということ……。皮肉ですわね」

 そう呟くとシジルは手にしていたオースバイザーを腰に戻し、素手をだらりと下げた。

「ッ!どうした、構えないのか!」

 気勢を上げながら自分向けて斬りかかるオグに対し、だがあえてシジルはその懐に飛び込んだ。

 この時点でシジルはまずカードの使用を封じた。刀を振り上げた両腕は、どうやっても腰のカードデッキには届かない。そして、強引にではあってもオグの懐にまで近づくことで、刀によるリーチ差も封じ込めたのである。

「何ッ!」

 そのことに気づいたオグが思わず声を上げたが、だがもう既に遅かった。彼の肉体を守る鎧はもう既に吹き飛んでしまっていた。

「……シジルゼロレンジアサルトッ!」

 オグの装甲の隙間から、まるで鋭い岩石がぶつけられたかのような衝撃が走る。拳ではない。体重を乗せた肘打ちだった。さらに膝蹴り。それらが装甲に覆われていない関節や急所めがけ続けて繰り出される。

 カードや武器の使用を封じられた、いざという時に備えて白沢は黛から近接戦闘の手ほどきを受けていたのだ。黛の来歴は黒井ですら完璧には掴みかねている。だがただものではないというのは、青池との特訓を指導してくれた時には確信に近い感情を抱いていた。だからこそ、白沢は黛とも訓練を積み重ねてきたのである。

 

 最後に強烈な膝蹴りを顎に受け、オグは地面にあおむけに倒れ込んだ。立ち上がれないようにシジルはその上に跨ると、反撃の芽を摘むようにオグからゼネルバイザーを奪い取り、握りしめた。

「あたしの勝ちですわ」

 倒れ伏すオグにとどめを刺さんと、シジルはゼネルバイザーの切っ先を向け力を込める。

「白沢!」

 彼女の耳に、ふと聞きなれた声が響いた。いつも特訓のたびに聞いてきた彼の声だった。

 

―続―

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