龍騎外伝 仮面ライダーモリオン   作:EpoMeta

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第2話「初めての変身」

 

 ネットの噂によると、水の下に何もないのに、夜中の水中にぼんやりとした光が灯ることがあるそうです。それを見つめていると、隣にいたはずの人の姿がいつの間にか見えなくなっていることがあるそうです。

 

 

「……青池、何なんだその姿は……?」

 尋常ならざる緑川の声に、青池は自らの顔を触る。強い違和感。思わず青池は鏡面に映る自分の姿を見た。人ならざる金属質の隆起が異様な形状を作っている。彼もまた異形の戦士「仮面ライダー」に変身したのだ。

「……何かわからねぇけど!今度は!」

 青池は気合を入れると再度魚人のようなモンスター、アングラビスに駆け寄り殴りかかる。今度は自分の手に痛みはない。勢いをつけた拳は怪人の兜を砕き顔面を撃ち抜いた。アングラビスはその衝撃によろめき地面を転がる。

「……初変身にしてはやるね」

 銃剣で何とか網を引き裂くと、モリオンは立ち上がりその網を投げ捨て銃を構えた。その銃身はまっすぐアングラビスに向けられている。

「それにしてもこのモンスター手ごわいな……。カードを切ろう」

 モリオンはそう言うと腰に装備したカードデッキから一枚のカードを引き抜いた。そこにはカラスの頭部を模したような不気味な装備品が描かれていた。彼女は手にした長銃、ヒドゥンバイザーをロックを外し中ほどから折ると、そこにカードを装填した。

『SHOOT VENT』

 無機質な機械音声が発せられる。それと同時にカードに描かれていた装備品の鏡像がモリオンの身体に重なり合うように実体化する。

 まるで左腕の先からカラスの怪物が合体したようなその装備「ヒドゥンスキャッター」を、左腕を突き出すようにしてアングラビスに向ける。髑髏のような眼窩から飛び出したようなレーザーポインターが怪人と青池の間に赤い一筋の光を照らす。

「射線から外れてね」

 そう言うが早いか、ヒドゥンスキャッターから無数の散弾が放たれた。思わず飛びのいて青池はそれをかわすが、アングラビスはその銃撃をもろに喰らってしまう。全身から火花を散らし吹き飛ぶアングラビス。柵に体をぶつけると、その形状を大きく歪めた。そしてそのまま倒れ込んだ。

 静寂が一時周囲を包み込む。しかしその時不意に、あの風鳴り音がひときわ大きくモリオン、青池、緑川の耳をつんざいた。

「……この音!また何か出てくるのか!」

 緑川はその音がする方を振り向いた。大地を揺らす巨大な地鳴りが鳴り響く。緑川はその視線をゆっくりと上の方へ向けた。

「まるで特撮映画だな……!」

 その視線の先には青い体色をした巨大な恐竜のようなモンスターが、街灯より大きく家屋の隙間から姿を現した。口には剣のように鋭い牙が無数に生えそろっている。そしてそのままその口を大きく開き咆哮した。

「なあ緑川、一体どうするってよ!」

「今はお前の方が強そうだ!どうするか……?」

 青池と緑川は互いの身を寄せ合う。だが、その二人の肩をモリオンが叩き声を掛けた。振り向いた先に立つ鋼の髑髏のようなその姿は、二人をさらに恐怖させるには十分だった。

「あなたたちはどこからやってきたの?」

「どこからって……。さっきのバケモノに水の中に引き込まれたんだよ!」

「あいつが……」

 そう言いながら青池は川の水面を指差した。その様子にモリオンは考え込む。

「お前、一体どうするつもりだ!?どう『戦う』んだ!?」

 思索に沈もうとしていたモリオンの意識を、緑川の声が一気に引き上げる。自らを指差す緑川に、モリオンは言葉を返した。

「戦う?変身もしてないあなたが……?」

「……だったら何だ」

「その指を見てごらんなさいよ」

「指だと?」

 モリオンの言葉につられ、緑川は自分の指先を見た。その指先は次第に粒子化し、大気中に霧散していった。

「おい、緑川!大丈夫かよ!?」

「このままだとあなたもいずれそうなるわ……。そしてわたしも」

 モリオンもその指先を彼らに向けた。それも同様に粒子化して消えそうだ。

「ここにいられる時間には制限があるの……。とりあえず普通の世界に戻りたくない?」

 モリオンの優し気な言葉に青池は頷いた。緑川はモリオンの無機質な表情を見やる。

「とりあえずは脱出しましょう。生きて帰りたいなら」

 そう言うとモリオンは二人の身体を掴み、大きく跳躍する。それを追いかけんと大きく口を開き恐竜型のモンスターが迫る。モリオンは空中で姿勢を変えるとそれを巧みに回避した。だが、その足元には川の水面が揺らめいていた。

「また水の中かよ!」

 青池の叫びもよそに、モリオンは彼らを抱えたまま暗い水面に飛び込んだ。水飛沫が高く上がり水面を大きく揺らした。大きく波打つ水面を、砕かれた仮面の奥の光が静かに見つめていた。

 

 数瞬後、青池が目を開くと、看板も矢印も何もかも反転していない場所だった。元の世界に戻ってきたのだ。

「戻ってこられたんだな……」

 緑川が自分の指を見ながら呟く。その指先は何事もなかったかのように元通りだった。

「なあ、ところでアンタ誰なんだ?それにさっきのモンスターも一体?」

 そう言いながら青池はモリオンの方を見た。だが、モリオンはその様子に呆れたような態度を取った。

「それよりもあなた、いつまで変身しているつもり?全身鎧の変態として、町内の噂になっちゃうわよ」

「そうは言ってもよ、どうやって戻るんだよ」

「腰のベルトからカードデッキを外せば戻るわ」

「おう、そうか。……これか?」

 すぐさま青池は変身する際に装着したカードデッキを取り外した。すると彼が纏っていた鎧が解け、元の人間の姿に戻った。それと同じようにモリオンも変身を解いた。夜風を受けて白衣がはためいた。

「アンタその顔見たことがあるぞ……!確か町医者の!」

 青池が驚いた様子でその顔を見やる。緑川もその表情に驚きがにじみ出ていた。その顔は町でも噂に聞く評判の良い医者だったからだ。

「お二人とも患者としてはお会いしたことはないですね……。『黒井 由利亜』です。仮面ライダーの世界へようこそ」

 そう言った黒井の顔はちょうど暗がりの中に隠れ、表情を読み取ることはできなかった。まだ耳の中に残るあの不気味な風鳴りだけが、自分たちが非日常の世界に足を踏み入れてしまったのだと告げていた。

 

 翌日の昼過ぎ、青池と緑川は喫茶店の中に座っていた。その対面に座りコーヒーをたしなんでいたのは、黒井由利亜であった。足を組んだ姿勢がその長さを引き立てている。彼女がカップを皿の上に置くのを待って、緑川は口を開いた。

「私は『緑川 雅也』。検察官です。よろしく」

「俺は『青池 壮真』だ、よろしく頼むぜ」

 二人が自己紹介を終えると、黒井はにこやかに笑みを返した。

「昨日も名乗りましたが、『黒井 由利亜』です。よろしくね」

「……黒井由利亜、確か医者だな」

「黒井診療所っていう小さな診療所を立ててます。たまに学校の予防接種や健康診断にも行ってるんですよ」

 緑川の言葉に黒井ははにかみながら答えた。青池も街での黒井の評判は聞いており、黒井の言葉に相槌を打つ。

「ああ!あの診療所か!俺の知り合いにも何人か行ってる人いるぜ。優しくて病気もすぐ直るとか」

「そう言っていただけると嬉しいですね」

 しかし、微笑みの表情を崩さない彼女に、緑川は鋭い視線を向けた。

「青池、それは彼女の表の姿だ。彼女は時々大病院でのとんでもない難病や大怪我のオペに現れる……。そしてどんな怪我や病気でも『直して』しまう医者なんだ」

「マジか!そんな名医だったのか」

 緑川の言葉に盛り上がる青池であったが、緑川の表情はどこか影を感じさせる。その顔色を、黒井は微笑んで細めた瞳から覗いていた。

「彼女の手にかかれば四肢がバラバラになって通常死ぬ患者でも生かしてしまう。おかげで本来ならば殺人罪が適用されるような凶悪犯罪者を、傷害罪で裁かないといけないんだ……。司法の限界を感じさせる医者さ」

「あら、生きてるってスバラシイでしょう?どんな患者でも救うのが医者ですから」

 緑川はそう吐き捨てると、運ばれてきたブラックコーヒーを口に運んだ。直線的な苦味が彼の舌を刺激する。彼の強い言葉に黒井は静かに言葉を返した。彼らの周囲をぴりついた雰囲気が包んだ。それを割くように青池が口を開いた。

「ま、まあ今回はそれよりも早く本題の方を話そうぜ!緑川も今検察の仕事の昼休みで抜けてるだけだし、早い方がいいだろ」

 そう言うと青池は、懐から例のカードデッキを出した。ごとりと音がしてそれはテーブルの上に置かれた。

「なあ、いったいこれは何なんだ?それにあの『鏡の中の世界』や怪人……。アンタが都市伝説の『仮面ライダー』なのか?」

 青池の言葉を聞きながら、黒井はゆっくりとコーヒーを飲み干した。カップを皿の上に置く小さな音が鳴り響いた。

 

 落ち着いて口調で黒井は彼女の知る情報を話し始めた。ミラーワールド、鏡の中の世界は理屈は分からないがとにかく「ある」ということ。そして動物のいないその世界で代わりにいる「ミラーモンスター」と呼ばれる怪物は人間を襲って喰らうという事、そして自分はミラーワールドで戦う「仮面ライダー」だということ。そして黒井以外にもライダーがおり、青池もそのうちの一人になったということ。

「『仮面ライダー』って呼び名はわたしたちが名乗ったわけじゃないんだけどね。通りが良いからわたしたちも使ってるかな?」

 最後にわざとらしい可愛さの声で黒井はそう添えた。だが、彼女が告げた言葉はあまりに現実離れしており青池と緑川を絶句させた。

「……そんな荒唐無稽な話、信じられるものか。鏡の中の世界に人食いの怪物だと?所詮は都市伝説だろうが……」

 緑川はブラックコーヒーを口にした。しかしその指先は僅かに震えている。全く信じられないことであったが、昨晩の経験からそれが現実であることを理解しなければならなかったからだ。

「けど、実際に体験したからには信じるしかねえよな……」

 青池が静かに緑川の気持ちを代弁した。黒井は彼らの表情をその双眸で見つめている。コーヒーカップから口を離すと、緑川が重々しく声を発した。

「……もし、もしもだ。黒井、あなたが言っていることが本当だとして、この街で増加している行方不明者数と関係があるのか?」

「全部がそう、ではないけど、関係は間違いなくあるわ。実際にわたしも見てきたもの」

 黒井はそう言いながら懐から自らのカードデッキを取り出した。カラスを模った金色のエンブレムが黒地に煌めく。

「見てきたって……アンタは助けなかったのかよ!」

 青池がそう言いながら黒井の方へ身を乗り出した。だが、黒井は身じろぎもせず続ける。

「助けたいのなら、あなたもライダーとして戦えばいいのよ。もう変身はしたでしょう?」

「俺がライダーとして……?」

「そう、ライダーとして」

 強く、きっぱりと黒井は言い切った。その毅然とした態度に青池は座り込む。彼は自分の頭の中での混乱を整理しようとしているようだった。

 

 話がどんどんとややこしくなっている状況を割くように、緑川が口を挟んだ。

「だが、そもそも『仮面ライダー』とは何なんだ?鏡の中で戦う戦士、以上にもっと動機的な存在理由があるはずだ。それはなんだ?」

「……鋭いわね。他のライダーには会ったことがあるけど、変身してないのにここまで首を突っ込んでくる人ははじめて」

「煙に巻かず、質問に答えてもらおうか」

 そう言うと、緑川は壁面に掛けられた時計を確認する。それは無言で自分は急いでいるということを伝えていた。

「それならかなり踏み込んで話すけど……」

 黒井は一度そこで言葉を切り、やや大きく息を吸った。

「ミラーワールドでの戦いを制した者は、あらゆる願いが叶えられるらしいわ。自分の願いを叶えるために他の何を犠牲にしても戦い合うのが、仮面ライダー。だからモンスター以上に他のライダーと戦うのがメイン」

「他のライダーって、人間同士で戦うのかよ!」

「そう。わたしもモンスターだけじゃなく他のライダーとも戦ってる。むしろモンスターともやり合ってるわたしの方がレアケースかも。……だからモンスターの脅威、というのはほとんど野放しと言っても過言じゃない」

「『仮面ライダー』とは欲望の戦士、というところか……」

「その解釈で間違いはないわ」

 喫茶店の窓からは柔らかな陽光が差し込んでいる。また一口、緑川はコーヒーを啜った。彼の方をちらりと見た青池だったが、不意に壁面の張り紙に気が付いた。それは行方不明者の捜索願であった。子供と母親だった。

「……子供や家族も襲うのか?モンスターは?」

 震える声で青池は黒井に問いかけた。その言葉に緑川が肩を震わせる。今こうしている最中にも、愛する妻子がモンスターに襲われているかもしれない。その不安が意識せず体に出てきてしまったのだ。

「モンスターは人間同士の区別なんてしないけど」

 たった一言、黒井はそう告げた。

 

 喫茶店の外はさわやかな青空が広がっていた。だが、それに似つかわしくない暗い表情で青池と緑川は道を歩いていた。

 二人は肩を並べ道を歩く。トイレの洗面台や衣料品店の姿見だけでなく、揺らめく川の水面、食品サンプルを並べた飲食店のガラス、空高くそびえ立つビルの壁面、街中のあらゆる場所に鏡面はある。そしてその全てが、人喰いの怪物が潜むミラーワールドへの出入り口だ。その街中の光景を目の当たりにし、青池はふと一つの考えを思いついた。

「だからあの部屋の住人はガラス面を全部目張りしてたのか……」

 鏡面がある限り、ミラーモンスターに襲われる可能性は存在し続ける。そしてそこらじゅうの鏡の中に昨日も今日も、恐らくは明日も誰かが消えている。もしミラーモンスターから逃れようとするならば、全ての鏡面を一切排除した生活を送らなければならない。

「……なあ緑川。黒井の言う事、信じられるか?」

「少なくともミラーワールドはある、ということはな。だが、実例としての仮面ライダーを私たちは奴しか知らない。だからこそ、一方的な主観による情報を信じても良いのかと」

「それも、そうだけどよ……」

 二人の間をそよ風が撫でる。木々の葉がわずかに揺らめいた。

「私は私なりに調べてみる。もしそれで、黒井の言う事が真実だということが確かなら、私もやるべきことをしよう」

 そう言うと、緑川は腕時計の時刻を見やる。すでに昼休みの残り時間は少なかった。

「……青池、お前は私と違ってもうすでにライダーだ。……気を付けろよ」

「ああ、緑川。……だけどあんまり深く考えすぎるのも毒だぜ。ま、何とかなるだろ」

「全く、こんな時もお前は楽天的だな」

 ぎこちなくはあったがお互いに笑い合うと、二人は別れた。普段は堂々とした緑川の後姿が、青池の目にはどこか苦しげに見えた。

「『家族』がいるもんな……。あいつには」

 それまで目にはしていても目には留めなかった、街中に貼られている無数の行方不明者捜索願を前に、青池は一人零した。

「あの、すみません……」

「え、俺?」

 青池に声を掛けたのは一人の女性であった。年齢は三十代ぐらいであろうか。少し影のある雰囲気だった。

「主人が行方不明になってしまって……。もし何かご存知でしたら」

 女性はそう言うと青池に一枚のビラを渡した。そこには目の前の女性の隣に立つ一人の健康そうな男性の写真があった。そしてその周りには彼の行方不明時の服装や情報を見つけた場合の連絡先が書かれていた。ぼうっと紙面を眺めていた青池だが、ふと行方不明者の名前に目を留めた。

「あれ、この名前……」

「な、何か知ってるんですか!?」

 青池の言葉に女性は目を見開きにじり寄った。憔悴した瞳孔が鬼気迫る様子で青池を見つめた。

「いや、中学の時の昔の先輩と同じだったから……。行方不明になっていたのか」

「はい……。数週間前に飲み会から帰るというメッセージを最後に……」

「そうだったのか……。あれ?」

 女性の話を聞きながら青池はビラの内容に目を通していた。何か自分でも気づいたことがあれば連絡しようと記されていた連絡先をチェックした。

「この連絡先、俺の家の近くだ。あれ、待てよ……。この辺りで飲みの後家に帰るとすれば、昨日の俺たちみたくあの川べりの道通るよな……」

「な、何か気になることでも……?」

 腕を組み考え込む青池に女性が声を掛ける。その心配そうな様子に気づいた青池は彼女の顔を見つめた。

「ああ、いや!こっちの話。俺も飲み行ったとき同じような道通るから、なんか俺も探してみるよ」

「すみません……。助かります」

 その言葉に安心したのか、女性はほっと息を吐いた。だがその表情はまだ浮かないままだ。

「最近行方不明の人、増えてますよね……。私思うんです。夫もそんな大勢の中に埋もれて誰にもわからなくなっちゃうんじゃないかって……」

「それは……」

 涙ぐむ彼女の言葉に、青池は返す言葉が見つからなかった。その代わりに彼の脳裏には黒井の言葉が繰り返される。

『モンスターは人間同士の区別なんてしないけど』

 今こうしている間にも、モンスターに襲われて命を落とす人がいる。ミラーワールドではその痕跡は残らず、行方不明の扱いになっていると黒井は言っていた。先輩も、もしかしたら……。もしそうなら、俺はどうすればよいのか。青池は考えていた。

『助けたいのなら、あなたもライダーとして戦えばいいのよ』

 また、黒井の言葉が反響する。昨晩見た黒井の変身した姿、モリオン。あの力があれば、俺にも何かできるのだろうか。例えば、人助けとか。

 

「……ッ!この音!」

 だが、青池の思索を割くようにまたあの風鳴り音が彼の頭の中に響いた。これは恐らくモンスターが近づいたことを示す「あちら側」からの合図なのだろう。頭を押さえながら青池はそう直感した。

「ど、どうしたんですか……?何か気分でも……?」

 女性は突然うずくまる青池に対し声を掛ける。だが彼は俯きながらその音の源を探していた。

「どこだ……!どこから来やがる!」

 ふらふらと周囲を歩き回る青池であったが、不意に道の端にしゃがみこんだ。その後ろに女性が心配そうに駆け寄る。

「大丈夫ですか……?」

「側溝……。水が……」

 しゃがみこんだ青池は側溝の中を覗き込んだ。それにつられるように女性も同様に側溝の中を見る。彼女の顔が水面に反射した。だが水面が揺らぐと点々と光が彼女の顔を照らした。

「光……?」

「光だと……?昨日の俺たちと同じ!」

 さらに揺らぎ始めた水面を青池は覗き込む。だが、映りこんだ顔は青池ではなく打ち砕かれた兜の隙間から覗く魚人のような異形の顔、アングラビスの顔であった。仮面のような装甲は昨日の戦いで砕かれ、不気味な素顔が露になっていた。

「コイツ、まだ生きてたのか……!」

 水面に揺らぐアングラビスの顔がわずかに嗤ったような気がした。ゆらりと怪人は「こちら側」に手を伸ばす。その手のひらから「網」のようなものが放たれ、女性に絡みついた。

「きゃあああああ!」

 ものすごい力が女性の身体を「あちら側」へと引きずり込む。肉体に食い込んだ網の隙間で、女性は足をばたつかせながら、何とか怪人の魔の手から逃れようと青池に向けて手を伸ばす。

「ま、待て!」

 とっさに、青池は女性を助けんと手を伸ばした。だが、すんでのところでその手は虚空を掴んだ。

「おい!どうなった!」

 女性が消えた側溝の水面の中を青池は覗き込む。振り向き背中を向けた怪人とその手に捉えられた女性の姿が消えると、そこには自分の顔が映りこむばかりであった。水面に映る自分の顔は瞬く間に青ざめていく。先程、モンスターに襲われた人間の末路は聞いたばかりだ。このままでは、あの女性も……。

「俺には何もできないのか……?」

 

 何もできず側溝を覗きうずくまるばかりの青池の耳に、不意に力強いエンジン音が鳴り響いた。青池がその音に振り返ると、そこには大型バイクから降りた一人の女性が立っていた。彼女はヘルメットを外すと、首を振って額にかかった髪を流した。

「黒井……!」

「青池さん……?どうしてまだここに?」

「モンスターだ!モンスターが出たんだよ!」

 焦った様子で青池は黒井に掴みかかった。しかし黒井は青池の表情を冷ややかな目で観察する。

「そう……。だからどうしてまだここにいるの?さっきも言ったじゃない。ライダーになれば戦えるって」

「そ、それは……」

 黒井はカードデッキを懐から取り出すと、周囲を確認する。そこに何かを見止めると、青池に対しその方向を指し示した。

「カードデッキがあれば鏡を媒介にミラーワールドを観察できる……。見えるでしょう?あのモンスター、まるであなたを誘っているみたい」

 黒井が指差した方向を青池が見ると、そこには女性を抱えて遠ざかるモンスターの姿があった。黒井はさらに続ける。

「さっきわたしに言ったじゃない。モンスターに襲われた人を助けないのかって?……あなたは違うの?」

「だけど俺に、一体何ができるっていうんだ……!」

「あなたはもうライダーなのよ。人を救える力があるのにそこで手をこまねいているつもり?……医者として、理解できないな」

「……ッ!」

 黒井のその言葉に、青池は幼少期の経験を思い出した。子供の頃住んでいた田舎にやってきた転校生。その子はよそ者ということもあっていじめられていた。いじめが悪いことだとはわかっていたが、最初は周りの雰囲気に流され何もできなかった。だが、勇気を出して「俺はいじめをやらない」と言った時、少しだけ何か気分が楽になったのだ。……何かするより何もしない方が後悔が大きい。

 それに今はモンスターに対抗できるだけの力がある。無数の捜索願、苦しげな緑川の背中、先程の女性の憔悴した表情。俺が頑張ることで何かが変わるなら……!

「そうだ、俺が悩んでる間に誰かが悲しむ……。それなら俺はミラーワールドで戦う」

 ポケットの中のカードデッキを握りしめながら青池はそう言った。その言葉に黒井は言葉を返す。

「それがあなたの願いかしら?」

「違う、俺は……願いを叶えるために戦うんじゃない。人を守るために戦うんだ!」

 その返答に黒井は僅かに口角を上げ、目を細めた。少し間を置いて黒井は続ける。

「……昨日はミラーワールドにもう来てたけど、こちら側から入るには変身しないといけないの。わたしの真似をして」

 そう言うと黒井はカードデッキを自らが被ってきたヘルメットのバイザーに向ける。黒く艶のあるそれは周囲を反射する鏡面になっていた。すると、鏡面に映る黒井の腰には機械的な意匠のベルトが巻かれる。見様見真似で青池もカードデッキをかざすと、同様に彼の腰にもベルトが巻かれた。

「変身」

 慣れた様子で黒井はベルトのバックルにカードデッキを装填する。すると何処かか現れた虚像が彼女の身体に重なり合い、ペストマスクを被った兵士のような不気味な姿「仮面ライダーモリオン」へと、彼女の姿を変えた。

「俺も……こうか?」

 対して青池は慣れない手つきで腰元を見ながらなんとかカードデッキを装填する。すると虚像が重なり合い、中世の騎士のような鉄仮面を被った戦士の姿へと彼の姿を変えた。

「変身したようね……。ここからは命の保証はないわ、覚悟はできているかしら」

「ああ、だが今はあの人を助けないと」

「そうね、ついてきて」

 それだけ言うと、モリオンはヘルメットバイザーの中の鏡面に飛び込んだ。それを追いかけるように、青池もその一歩を踏み出した。

 だが、今の彼は知らない。今踏み出した一歩が取り返しのつかない選択であるということ、そして彼の人生そのものが否応なしに戦いに巻き込まれていくということを……。

 

―続―

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