龍騎外伝 仮面ライダーモリオン   作:EpoMeta

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第4話「令嬢参上」

 人の世の噂によると、偶然に見える出会いであっても、誰かの会いたいという強い願いが人を引き合わせるそうです。

 

 新聞配達員のバイクのエンジン音と共に、黒井由利亜の一日は始まる。

 朝起きるとすぐ、彼女は一時間程度のトレーニングを行う。ストレッチ、自重を利用したトレーニング、簡単な有酸素運動。それらを終えシャワーを浴びた頃、太陽がその全体を空の上に露わにする。

 シャワーの後は朝食だ。一汁一菜の質素だが栄養バランスのとれた食事を手早く食べ終える。その後は歯を磨き化粧をして身支度を整える。テレビをつけると朝の七時ごろだ。最近のニュースやエンタメ情報を頭に入れる。患者とのコミュニケーションの際に役立つからだ。

 一息ついたところで黒井は新聞を読み始める。なんてことはない地方紙だ。一通り全体に目を通すと彼女はその中からある一面を抜き出し、事務机へと座る。手慣れた様子で引き出しから一冊のノートを取り出す。それを横に置き、新聞から「おくやみ欄」をカッターナイフで切り抜き、ノートのページに貼り付ける。見ると、昨日、一昨日、そのまた前の日のおくやみ欄も全て同様にスクラップされていた。丁寧に今日分のおくやみ欄をノートに貼り付けると、黒井はノートを元に戻す。そのノートの表紙には「三百冊目」と書かれていた。

 

 八時前になると、黒井は部屋を出て階段を一階へ降り、自宅兼診療所でもある職場「黒井診療所」の鍵を開ける。間もなく、彼女の診療所に勤めるパート職員たちが出勤してくる。彼女らに明るく挨拶をして、今日一日の仕事が始まる。

 黒井診療所は平日の午前中だけが診療時間で、かつ予約が必要であったがそれでも毎日何人も詰めかける評判の良い診療所であった。男女問わず高齢者から子供まで、黒井の治療の腕を聞きつけて訪れるのである。

 その患者の言葉全てに黒井は耳を傾け、常に細かくメモを取りながら適切な治療方法を優しい口調で提案していく。患者の目を真っすぐ見つめながら語る黒井の言葉に患者たちは素直に頷き、病状に関わらず皆笑顔になっていく。

 患者の笑顔を見る黒井の後ろには医療法関係の張り紙に混ざり、一枚の写真が飾られていた。迷彩服を身に着け軍用装備を手にした黒井を中心に数人の屈強そうな国籍も様々な男女たち。彼女が二十代半ばの頃、人道支援のために訪れた某国の紛争地帯で同じく医療支援に当たっていた当時の友人たちと記念に撮影したものだ。黒井の医療技術は医学部で適切な指導を受けただけでなく、戦地での医療支援という過酷な環境で磨かれたものであった。

 午前中の診療を終えると、黒井は診療所を締めパート職員を見送った後昼食をとる。これも栄養バランスこそ取れているが質素なものだ。食事を終えると彼女は予定を確認し外出する。家の戸締りをチェックすると彼女は愛車である黒の大型バイクにまたがり、そのエンジンを入れる。エンジンの排気音が力強く鳴り響いた。その音に安心したように、黒井はヘルメットの奥の口元を緩めた。

 

 バイクに乗る黒井の目的地は市内の大学病院だった。彼女の母校でもあるその病院の職員用駐車場の端にバイクを停めると、慣れた様子で職員用通用口から彼女は院内に入る。

 すれ違う医療スタッフたちに挨拶し白衣に着替えた黒井は、廊下を真直ぐに歩きある一室の扉を開けた。その部屋の椅子に座っていたのは、長い髭を蓄えた黒井の昔なじみの医者だった。来てくれたことに礼を言う彼に黒井は微笑みを返す。彼から手渡された書類は今日黒井が執刀する外科手術についてのものだった。

 その手術は極めて高難易度のもので、一つのミスが、即患者の死につながるものであった。不安そうだが真剣に彼女を見つめる医者が、できるか?と問いかける。それに黒井はもちろん、と力強くうなづいた。

 手術室には黒井を中心に見学を希望する医学部生及び外科医が同席した。彼らを前に黒井はこの手術のポイント及び注意点を述べた。そして定刻通り手術を開始する。

 黒井は一切の迷いなくメスで患者の身体を開いていく。その手際の良さは、まだ若い医学部生だけでなくベテランの外科医でさえ息を呑むほどであった。

 順調そうに見えていたオペであったが、前触れなく急に黒井が動きを止めた。どういうことかと彼女の顔を覗き込む医学部生に対し、黒井は、今露わになっている部位こそ最も注意すべき患部だと述べた。そして、その治療法について詳しく述べられた論文のタイトルととそれに関連した症例が解説された参考書のページを伝える。呆気にとられる医学部生の表情をちらりと見て、満足そうに微笑んだ目元の黒井はそのまま何事もなかったかのように執刀を続ける。

 手術が無事終わり、術後の処置を医師たちに指示した黒井が手術室を出る。こんな手術は黒井先生にしかできないだろう、と外科医の小さな声が彼女の背中に響いた。手術室の扉を開けると、そこには患者の家族が不安そうに座っていた。黒井が手術の成功を伝えると、彼らは緊張の糸がほぐれたように安心したように表情を緩める。黒井は彼らの肩を抱き寄せると静かにほほ笑んだ。病院の窓からは夕暮れの光が差し込んでいた。

 

 馴染みの医者に挨拶し、病院をバイクで去る頃には太陽はもう沈みかかっていた。夕闇の市街地を黒井はバイクで駆ける。その目的地は自宅でもある黒井診療所ではない。ある邸宅に立ち寄りそこで一人を乗せると、待ち合わせをした場所にバイクを走らせた。

 

「青池さん、ごきげんよう。元気かしら?」

「こんな高級そうなレストランなんて普段来ることねえから落ち着かねえよ」

「その様子なら大丈夫そうね」

 街中に隠れ家的にひっそりと建つレストランの中には、既に青池が座り彼女らの到着を待っていた。テーブルの上のグラスには水がなみなみと注がれていた。

「なんかお疲れみたいだな……?大丈夫か?」

「大学病院でちょっと手術してきたの。時々大きな病院に行ってるって、あなたの友達も言ってたでしょう?」

「そういえば緑川がそんなこと言ってたっけな……」

 黒井は静かに椅子に座り、グラスの水を口にする。しかし、その表情にはわずかな疲労感がにじみ出ており、グラスを唇から離すと小さなため息をついた。黒井が息を落ち着けるのを待って、青池は口を開いた。

「ところで、一体何の用で俺を呼び出したんだ?しかもこんな高級なところで」

「ああ、それはね……。見てもらった方が早いかな。入って」

 青池の言葉に黒井はそう返すと、彼女は店の出入り口に向けて手招きをした。

 そこから現れたのは、豊かな長髪をくるりと縦ロールに巻いた、豪華で派手な衣服を身に纏った小さな少女であった。深く青みがかった鋭い瞳が青池を見つめている。

「紹介するわ。彼女は『白沢 理々恵(しろさわ りりえ)』ちゃん。あなたと同じくライダーよ」

「……冗談だろ、こんな子供がか?」

「子供とは何かしら?黒井先生、このお方初対面の相手に失礼ではなくって?」

 豊かな髪を細い指先で弄りながら、白沢はあからさまに見下したような目線を青池に向ける。

「まあそう言わないで。お互いに挨拶でもしたら?」

 グラスの水を揺らしながら、黒井は白沢に返した。その様子に白沢はやや苛立った態度を隠さない。

「白沢理々恵よ。よろしく」

「青池壮真だ。……一応年上だからな」

 白沢の高慢ちきさがにじみ出た態度に青池は眉を引きつらせながらも大人の対応を心掛ける。しかし、自らが年上という言葉を聞き、黒井は静かに笑う。

「ふふっ、年齢なんか気にしても仕方がないわよ。今このお店にいる青池さん以外の人全員、彼女の息がかかっているわ」

 黒井のその言葉に、青池は思わず周囲を見回した。すると確かに彼女の言う通り店のウェイターやコックが青池の方を見つめており、視線が合うとばつの悪そうに目を逸らした。

「マジか……。この店買収でもしたのかよ」

「あたしの家がこの店のオーナーですのよ。と言っても同じようにオーナーをしているお店は他にも無数にありますわ」

 そう言うと白沢は自慢げに胸を反らして見せた。その言葉に青池は驚きを隠せない。

「とんでもねえ金持ちかよ……!」

「彼女のお家はあの白沢コーポレーションよ。青池さんの生涯賃金の数百倍のお金がグループ内では一昼夜で行き来しているわ」

「げぇ……」

 黒井が語った白沢コーポレーションの名前は、さすがの青池でも聞いたことがあった。国内でも名の知れた財閥であり、特にこの辺りの街では白沢家ゆかりの不動産や観光、工業など多岐にわたって支配的な力を持っている。理々恵はそのご令嬢というわけだ。そこで青池はふと一つの疑問を抱いた。

「ちょっと待てよ。この店の俺以外全員白沢家の息がかかってるって事は、黒井、お前も何か関係してるのかよ?」

「意外と勘が鋭いじゃない。医者の仕事もお金が必要なのよ」

「お金が、ねぇ……」

「そんなことよりも、そろそろ前菜が来ますわよ」

 白沢が声を掛けると、店員が落ち着いた様子で料理をテーブルの上に乗せた。芳しい香りが青池の鼻腔に広がった。

 

 コース料理を一通り食べ終え皿が下げられたところで、青池が言葉を発した。

「それで、本当にこんな子供……」

「何かしら」

「あ、おう……。彼女が本当にライダーなのかよ?」

 白沢に静かに気圧されながらも、青池は黒井に尋ねた。その問いかけに黒井は微笑み、白沢に目線で合図した。

「このカードデッキを見れば証拠になりますわね」

 白沢は懐からカードデッキを取り出しテーブルの上に置いた。黒井の物とは対照的に純白に輝くそれには馬のようなエンブレムが刻まれていた。

「あたしは見せたのだから、青池も見せてくださいまし」

「呼び捨てかよ……」

 年下から完全に舐められた呼び捨てに不服な声色を全く隠さない青池であったが、彼もテーブルの上にカードデッキを置いた。群青色のそれには恐竜の頭部を模したエンブレムが刻まれていた。

「本当らしいですわね。……ここに三人もライダーがそろっていますわ」

 そう語る白沢の瞳にぎらついた光が灯った。その様子に黒井がさらに茶々を入れる。

「やるなら青池さんからね。今わたしたちと違って彼だけお酒呑んでいるから隙だらけよ」

「って、おいおいおい!待ってくれよ!俺は別にあんたらと戦いたくてライダーになったわけじゃないんだ!」

「戦いたくない、ってこと?どういうことなのかしら?」

 青池のその言葉に白沢は疑いの目を向ける。

「俺はモンスターから他の人たちを守りたくてライダーになっただけなんだ。だから人間同士で戦うなんてごめんだ」

「ふぅん……」

 そう語る青池の顔から白沢は目線を外した。本当に興味なさげだ。

「ねぇ青池。理想論なんて、罪じゃない?」

「罪だと?」

「だってそうじゃないかしら?ライダー同士の戦いにさえ勝てばそんな願いずっと手早く叶えられるんですもの。それをしないでわざわざ他人の邪魔をするなんて愚かなことですこと?」

「ッ!」

 自分よりずっと年下の少女のその言葉に、だが青池はすぐ言い返すことができなかった。もしライダーバトルが黒井の言う通り、勝者が願いを叶えられるのであれば、自分が勝ち残って人々を守ればよい。しかし、その過程でどうしても他のライダーが犠牲になってしまう。それを青池は許容できなかったのだ。

「……だったらよ、白沢。あんたには叶えたい願いがあるのかよ。誰かを殺してでも叶えたい願いが」

 青池の絞り出すようなその問いかけを、しかし白沢は鼻で笑った。

「そんなの、あるに決まってるじゃないかしら。あたしは、あたしの名を世界中に知らしめることが願いよ。全世界中、誰もが知るスター・オブ・ザ・スターズ・オブ・ザ・スターズ!」

 自信満々に、白沢はその両腕を広げ自らの野望を誇示する。その姿に青池は驚きの様子を隠せない。

「自己顕示欲のために、あんたは人を殺すのかよ!」

「何とでも言えばいいわ。所詮、願いを持たないあなたに口を挟まれることではないですわ」

「何だと!」

 年齢も価値観も大きく離れた二人の間の空気は、一言一言言葉を交わすたびに張り詰めていった。

 

「まあ、二人ともその辺りにして……。せっかくの美味しい料理なのに」

 しばし、二人の言い争いを眺めていた黒井であったが、グラスをテーブルに置くとゆっくりと口を開いた。

「黒井先生……。そもそも青池とあたしをどうして引き合わせたんですか」

「そうだぜ、こんな奴となんで俺が」

 血気盛んな二人に対して黒井は明らかに冷静だった。グラスの水面を見ながら黒井は言葉を紡ぐ。

「役割分担……、ってところかしらね。どうしても理々恵ちゃんとわたしとでは対処できるモンスターに限りがあるじゃない?ライダーはライダー同士で戦うけどモンスターの動きは人間を襲うということ以外は不規則。だからそれを青池さんに減らしてもらって、理々恵ちゃんはライダーと戦うのよ。それに、もし契約されたら強いモンスターを倒してもらえれば、他のライダーも楽に倒せるわよ」

 それこそ青池さんには元契約モンスターも倒してもらったんだから、と黒井は変わらぬ調子で続けた。彼女が言うそのモンスターは先日戦った魚人のような姿のモンスター「アングラビス」であった。その言葉を聞き、白沢の目の色が変わる。

「本当に?だとしたら黒井先生の言う戦法もいいかもしれませんこと」

「つまり……どういうことだよ?」

 合点する二人の間で、青池だけが黒井の言葉をいまいち理解しきれていなかった。そんな彼に黒井は説明を繰り返す。

「つまり青池さん、あなたがモンスターと戦うことを別にわたしたちは止めないということよ。まあライダー同士は戦い合うものだからあなたを狙うライダーが出てくるはずだから、それを理々恵ちゃんとわたしが叩く、ということよ」

「なるほど、分かりやすい。お互いがお互いにカバーしあうって事だな」

「その通りよ」

 黒井の説明に納得した青池だったが、しかしそこであることに気づいた。

「いや、待てよ……。ライダーバトルってなら、白沢が誰かを殺すのかよ」

 そう、黒井が語るこの作戦であったが、彼女の言葉を信じるなら白沢がライダーを、つまり他人を殺すのである。こんな子供が人殺しなんて、とは青池は口には出さなかったが内心ではそう思っていた。

「あたしのことなら、心配は不要よ。もとより高貴な生まれとして覚悟はできているのですから」

 そう言いながら得意げに胸を張る白沢の姿は、しかし青池にはどこか痛々しく見えた。

「このライダーバトルで戦ってきてわたしもそれなりに長いけど、どれほどの参加者がいるのか本当のところは分からない。だから、単に『生き延びる』という意味でもチームを組んだ方がいいと思うわ」

 確かに、ライダーもモンスターも含めた敵に対処するには多人数で組んだ方がいろいろと便利だろう。白沢は子供で戦って欲しくはないが、黒井には助けてもらったこともありその戦闘力の高さは目の当たりにしている。そう言う意味では黒井の提案も一理あると青池は考えた。

 

「チームか……」

 小さくそう呟くと、青池はグラスの中の水を飲み干した。

「……モンスターとは戦う。だけど俺は人殺しの片棒を担ぐ気はないからな」

「都合のいいところを切り取るなんて、罪じゃない?」

 またしても、険悪なムードになる二人であったが、黒井が白沢を制した。

「まあ、理々恵ちゃん。ここは青池さんの顔を立てるのも悪くないわ。何てったって、もし理々恵ちゃんが殺す気ならもう死んでる命なんだから」

 突然自らの死を語る黒井の言葉に、青池の顔から血の気が引いていく。

「……どういうことだよ」

「だってそうでしょう?このお店の店員全員理々恵ちゃんの言うこと聞くんだから、誰かに言ってお料理に毒を盛っていればあなたもう生きてないわよ」

 黒井の曲がりなりにも医者とは思えない冷静な言葉に、青池は絶句する。その表情をつぶさに観察しながら黒井はさらに続けた。

「だから理々恵ちゃん。その勇気に免じてここは青池さんの意見を聞くのもありじゃない?」

 黒井がゆっくりと白沢の首元に手を伸ばす。まるで蛇が獲物にその全身を絡ませるようなその行為に、だが白沢は抗う様子を見せない。

「確かにそうかもしれませんわ。……もっとも、食事に毒を盛るなんて食材とコックたちへの冒涜、あたしは絶対にしませんけれど」

 そう言うと白沢は指を鳴らす。それを合図に厨房の奥からは最後のデザートとして小さなタルトが運ばれ、卓上に美しく並べられた。

「これはあたしからの友愛の印よ。……毒などは入っておりません」

 白沢は手際よくタルトを口に運んだ。甘い香りが青池の鼻に届く。

「それでこそ理々恵ちゃんだ。スバラシイね」

 黒井も同じくタルトを口にする。そのフォークさばきはまるでメスを扱っているようだった。彼女らが共にデザートを口にするのを見て、青池もタルトを口に運んだ。

「まあ、こんな高級な食事は本当何時ぶりだろうってぐらいだから、この分ぐらいはあんたらと仲良くする気にはなったよ」

「それは良いことですわ。食事は大切ですからね」

「違いないな」

 デザートを平らげた青池は、白沢たちの方を見て笑った。先程まで命の危険を語られていた男とは思えない屈託のない笑みに、白沢は呆れかあるいは共感なのか、とにかく彼女も笑顔を返した。

(仲良し大作戦、上手くいったみたいね……。青池さんの戦闘力は高いし、これで理々恵ちゃんも戦いやすくなるわ。お料理も美味しかったし)

 そう考えながらグラスの水を飲み干す黒井。白沢に提案してこの食事会を仕込んだのは彼女だった。三者三葉の考えが裏側で燻ぶってはいたが、彼女の目論見は今のところ表面的には上手くいったようである。

 

 食事から数日後、青池は昼の街を歩いていた。特殊清掃のアルバイトは行方不明者続きで現場がなく仕事も早く終わることが増えていた。この日もそうした一日だった。

「ホトケさんがいない……ってことはそれだけモンスターの犠牲になっているかもしれないってことだよな」

 街を歩きながら青池は何気なく周囲を見る。その中には強い風にはためく行方不明者捜索願、その多くがモンスターによる犠牲者だと思うと、青池の心中は穏やかではなかった。

「それに白沢……。あんな子供に人殺しなんてさせたくねえよな……」

 青池は数日前会った少女、白沢の顔を思い出した。いけ好かない金持ちのガキであったが、彼女のような子供が命をかけての殺し合いというのはやはり、良くないのではないか。そもそも人殺しなんて、全く悪いことだろう。

「緑川だったらどう言うかな……?」

 青池の知る限り、最も善悪について詳しいのはやはり現役の検察官である親友、緑川雅也を置いて他にいない。彼なら殺人罪の判例などを交えて白沢を言いくるめるだろう。だが、そんな頼れる男があの時いなかった以上、白沢の思惑については青池が自分なりに考えるしかない。

「有名になりたい、か……」

 そもそも財閥のご令嬢というだけで大分有名なのではないだろうか?もしそれよりもなお有名になりたいとしても、人を殺してまで叶えたいようなものだとは、青池にはとても思えなかった。だが、彼女もまたライダーバトルに身を投じた以上、強い覚悟を持っているのであろう。

「いや、俺としたことが考えすぎだ。俺は俺でモンスターと戦っていけば、ま、何とかなるだろ」

 そう言うと青池は思い悩むことを一度止め、今日の昼食はどこで食べようか、たまには商店街やメインストリートから離れた隠れ家的な場所を探してみようと普段はあまり行かない地区に足を向けた。

 

 当たり前の日常の中にも、モンスターの恐怖は鏡の中に潜んでいる。普段訪れない住宅街を歩いていた青池の耳に、不意に不気味な風鳴り音が鳴り響いた。

「この音、モンスターか!」

 モンスターの出現を知らせるその音がしたということは、こちら側に住む誰かの命が危ないということ。そう思うと居ても立っても居られない。青池は音の鳴る方向へ駆け出して行った。

 数百メートル走った先に、青池の目に入ってきたのは巨大な建造物だった。この街に住んであちこちでアルバイトしてきたが、このような建物があることは知らなかった。豪華絢爛な装飾が施された、洋風古風な建築であった。

「学校か何かか……?」

 表札にしては人の身の丈ほどもある巨大なそれには「姫神女学院高等学校」と刻まれていた。しかし、モンスターはそこに通う前途多望の子どもたちであっても区別せず餌とするのだ。そんなことは避けなければいけない。

 音は学校の内側から聞こえる。しかし、生徒でも学校関係者でも何でもない青池はその中に立ち入ることはできない。どうしたものかと悩む青池であったが、不意にその内側を駆ける一人の少女と目が合った。

「白沢……!ここの学生だったのか!」

「うわっ、青池……。モンスター退治はそちらの仕事のはずですわ」

「そんなこと言ってる場合かよ!」

 急いで走ってきたため、汗ばんだ様子でこちらに声を掛ける青池の様子は、しかし白沢にとっては一見不審者のように見えてしまった。思わず引き攣った声を出す白沢であったが、青池のただならぬ様子、そして自分の耳に響く風鳴り音がやはりただ事ではないということを告げていた。

「はぁ……。全く仕方がないですわね。不法侵入には目を瞑って差し上げます。ほら、そこの窓からミラーワールドに行ってくださいな」

「悪い!恩に着るぜ」

 白沢は顎で近くの窓を指した。そこにこそこそと青池は近づく。窓にはカーテンが掛けられ、中の様子を覗くことができない。それが彼にとって好都合であった。

「よし!行くぜ!」

 鏡面と化した窓に青池はカードデッキをかざす。すると鏡像の自分に機械的なベルトが装着される。そしてそれは彼の隣に立つ白沢も同様だった。

「……あれ?あんたも戦うのかよ?」

「当然でしょう?あたしの学び舎を侵す不埒な輩を許すはずがなくってよ」

 きりりとそう言い放つ白沢の姿に、青池は不思議な感覚を抱いた。この前会った時の豪華な服ではなく、ある意味年相応の制服姿であるというのも関係があるかもしれない。

「……ハッ。なんかあんた、俺の思ってたやつと違う気がするぜ」

「意外だったかしら?あたしが戦うことが?」

「まあそんなとこかも。とにかく今はモンスターを倒そうぜ」

 並び立つ二人はカードデッキを構え、互いにポーズをとる。

「変身ッ!」

「変身!」

 青池の身体に飛来した虚像が重なり合い、全身に牙が生えたような鋭い鎧を纏った仮面ライダーバジュラの姿に彼を変える。

 同様に、白沢の姿にも虚像が幾重にも重なり鎧を纏った姿へと彼女を変える。全身を覆うアンダースーツは紫がかった高貴な白色。そこに堅牢な鎧が装着される。鋭い一本角を戴く兜は馬頭とギリシア風の意匠を組み合わせたものであった。自らの周囲に散る光輝を払うように、白沢理々恵は「仮面ライダーシジル」へと変身した。

 ミラーワールドに飛び込まんとするシジルの顔が窓の鏡面へと映りこむ。目元が切り抜かれ、馬頭を模した装飾が口元まで伸びたその意匠も相まって、その顔はまるで目元から涙を流しているようだった。

 

―続―

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