龍騎外伝 仮面ライダーモリオン   作:EpoMeta

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第5話「学校の怪人」

 姫神女学院高校の生徒たちの噂では、夜中誰もいないはずの音楽室から不気味な音楽が響いていることがあるそうです。

 

 午前中の授業が終わり昼休みに入る姫神女学院の校舎、ざわめきが広がるその教室の中に白沢理々恵の姿があった。

「姫、やっとお昼だね」

「ほんと現国眠くてだるぅ」

 昼休みを迎えた白沢の机の周りには、何人もの女子生徒が集まっていた。白沢はお金持ちの生まれと可憐な立ち振る舞いから、周囲から「姫」と呼ばれ慕われていた。

「まだまだ午後の授業もありますわ。お食事をいただいてパワーをつけませんと」

 白沢の言葉を聞き女子生徒たちは続々と弁当を机の上に取り出した。色とりどりの昼食が教室内に鮮やかに花開く。ただ一人分を除いて。

「……あれ?姫?どしたの?」

「いえ、大丈夫ですわ。……少し出てきます、お気になさらず」

 机の上には白沢の弁当だけがなかった。彼女は耳元を押さえながら足早に教室を出ていく。その背中を友人たちは見送った。

「……最近姫体調悪そうだよね」

「前は五重の弁当、みたいな感じだったのに最近は量少なくなってるよね」

「何か心配だな……」

 友人たちの彼女を思いやる声は、だが白沢の耳には届かなかった。彼女の耳には不気味な風鳴り音が鳴り響いていたからである。

 

(モンスター……!こんなところにまで……!)

 ミラーワールドからの知らせの音が鳴り響く方向へと、白沢は駆けていく。そこは校舎の敷地内であったが、あまり人が立ち寄らないような場所、美術室や音楽室などがまとまった芸術科目棟、その裏手側だった。頭の中に耳障りな風鳴り音が響く。

 誰にも見つからないように変身するため、整えられた花壇を避けながら白沢は適当な鏡面を探す。

 その時だ、不意に校舎の外側で困った様子を見せる一人の男と目が合った。

「白沢……!ここの学生だったのか!」

「うわっ、青池……。モンスター退治はそちらの仕事のはずですわ」

「そんなこと言ってる場合かよ!」

 汗ばんだ様子で白沢に声を掛ける青池。どうやら彼も同じでモンスターを追っているうちにここにたどり着いたようだ。その顔が学校に入りたいが俺には入れない、何とかしてくれと無言で物語っている。

「はぁ……。全く仕方がないですわね。不法侵入には目を瞑って差し上げます。ほら、そこの窓からミラーワールドに行ってくださいな」

「悪い!恩に着るぜ」

 その様子を見かねて、白沢は顎で近くの窓を指した。そこに何か悪いことをしているかのように青池はこそこそと近寄る。実際、不法侵入という悪事をしているので何とも言えないが。

 その窓は丁度カーテンが掛けられておりあつらえ向きの鏡面となっていた。そこに青池と白沢は並び立つ。

「よし!行くぜ!」

 青池は気合を入れて鏡面向けてカードデッキをかざした。それに合わせ白沢もカードデッキをかざす。青池は彼女のその行動に驚きの表情を見せた。

「……あれ?あんたも戦うのかよ?」

「当然でしょう?あたしの学び舎を侵す不埒な輩を許すはずがなくってよ」

 白沢ははっきりとした口調で青池向けて告げる。その言葉に青池は一瞬面食らったような表情を浮かべたが、すぐににやりと笑った。

「……ハッ。なんかあんた、俺の思ってたやつと違う気がするぜ」

「意外だったかしら?あたしが戦うことが?」

「まあそんなとこかも。とにかく今はモンスターを倒そうぜ」

 並び立つ二人はカードデッキを構え、互いにポーズをとる。

「変身ッ!」

「変身!」

 青池は仮面ライダーバジュラに、白沢は仮面ライダーシジルの姿に変身し、人間を喰らうモンスターを倒すべく鏡面に飛び込んだ。

 

 姫神女学院の音楽室には巨大な姿見があった。ミラーワールド内に飛び込んだバジュラとシジルはその前に立っていた。ゆっくりと歩き、音楽室内に入っていく。

「ずいぶんと豪華な造りだな……。部屋も広いしめっちゃ楽器あるし。でっけぇピアノ」

「本当の世界の方ではよく手入れされたピアノですわ。……通常、グランドピアノは大きく、長いものが高級とされていますわ。より大きければ内側で鳴った音がそれだけ大きく、深みをもって外に響いていきますもの」

「デカい風呂場で歌うとよく声が響く、みてえなモンか」

「青池の感覚では、そう考えると理解できるのですわね」

 シジルはピアノの表面を変身したスーツの指先で撫でた。白いアンダースーツがピアノブラックによく映える。

「にしても、白沢はピアノに詳しいんだな」

「淑女として当然のたしなみですわ」

 自信満々にシジルはバジュラに返す。仮面の奥のその顔は、以前食事を囲んだ時のように得意げな表情に違いない。そうバジュラは思った。彼はそのまま音楽室を見回したが、ふと、一枚の扉の端が動くのに気が付いた。

「?」

「!」

 音楽準備室の扉がゆっくりと開け放たれた。そこから静かに顔を出したのは、鋭い角を生やした山羊のような頭部が特徴的な怪人であった。全身に纏う装飾はまるで厳めしい軍服のようであり、その姿はまるで悪魔の軍を率いる長のようだった。

 獣人型のミラーモンスター「カピパーノ」はその大柄な体を立ち上がらせた。モンスターの背後の音楽準備室の中に光が差し込み、その内側を照らした。

「……ッ!それは」

 そこにあったのはこの姫神女学院に通う女子高生の制服だった。細かくちぎれてはいるが、常にその制服を目にしている白沢はすぐにその正体を知ることができた。つまりは、彼女の知らない所で彼女の通う学び舎でモンスターによる犠牲者が出ているということである。

「その狼藉、見逃せませんわ」

 感情をあえて抑えた怜悧な口調でそう告げると、シジルは腰から長剣型の召喚機、「馬召剣オースバイザー」を抜いた。その切先はシジルの仮面に隠れた眼光と同じく、鋭い光を伴いカピパーノに向けられた。

 

 臨戦態勢を取るシジルに呼応するように、カピパーノがその手のひらを開いて彼女らに向ける。その手のひらは機械的であり、拡声器かスピーカーを彷彿とさせる形状だった。

「ッ!」

「何だッ!」

 爆裂音と共に、シジルとバジュラは大きく吹き飛ばされた。音楽室の壁は壊れ崩れてしまった。彼らは校庭の中に転がる。それを追うようにカピパーノが角をこすらないよう崩れた壁の穴を屈みながら抜け、その姿を見せた。

「アイツ、一体何をしたんだ」

「不可視の攻撃……ですわ。おそらく奴の手のひらから何かが出てきて、それであたしたちを攻撃しているのですわ。ダメージ自体はスーツのおかげもあり軽微ですけれど、その正体を掴めないことには危険ですわ」

 鎧の表面を触って確認しながら、シジルはそう言った。だがその目線はカピパーノをじっくりと観察している。そこに、バジュラが口を開く。

「けどよ、こっちは二人いるから何とかなるんじゃねえか?」

「そうですわね。他のモンスターが出てくるにしても、先に奴を倒してしまえばいいだけのことですわ」

「そうだな。ま、何とかなるだろ」

 危機感のないバジュラであったが、カードデッキから一枚のカードを引き抜き、ダイナバイザーに挿入しその効果を発動させる。

『GUARD VENT』

 電子音声と共にバジュラの腕部にダイナブルートの背部を模した巨大な盾「ダイナガーダー」が装備される。分厚く、そして外縁部に鋭い刃が装備され接近戦もできるそれを構えて、バジュラはカピパーノ向けて突進する。

「くらえッ!」

 その両足で力強く大地を蹴りながら迫るバジュラ。しかしカピパーノはその両手のひらを向けた独特の構えを解かず、バジュラの前にゆらりと立っている。

 しかし、バジュラの盾がカピパーノを吹き飛ばさんとしたその瞬間、カピパーノは盾にその手のひらを添えて飛び上がった。バジュラの突撃する勢いを殺さず自らの運動エネルギーに転化し、その跳躍でバジュラの背後を取った。

「何ッ!?」

 背を向けたバジュラに対し突き出されたカピパーノの腕。それは前腕が裂けて異様に膨らんでいた。その正体の見えぬ攻撃を繰り出そうとしたカピパーノであったが、その背後からの斬撃が火花を散らした。

「あたしを忘れないでくださるかしら?」

 振り返ったカピパーノの視界に映ったのは自ら向けて剣を振るうシジルの姿であった。剣による更なる連撃を加えたシジルは新たにカードを使用する。

『SPIN VENT』

 シジルの右腕に巨大な槍が装備される。ドリルのような刃に持ち手には馬頭の装飾が施された馬上槍「オースピナー」による更なる連撃がカピパーノの全身に鋭い衝撃を与える。そのダメージにカピパーノはよろめいた。

「わっ!しまった!」

 だが力なくよろめいたと見えたカピパーノはそのままゆらりとその腕をシジルの顔に向けて伸ばした。思わずオースピナーを突き出し防御しようとするシジル。だが、そのドリルのような槍の手前でカピパーノの手のひらは止まった。瞬間、その手のひらから爆音が鳴り響いた。

「あ゛ッ!?ッ!!!~~~!!??」

 シジルの兜には目立ったダメージはない。だが彼女は数歩後ずさりし、槍を支えにして何とか立っていた。その全身は不規則に震えており今にも倒れそうだった。

「おい!大丈夫かよ!」

 バジュラの叫び声も全く聞こえていないようだった。そのまま支えにした槍にもたれかかるようにシジルはうずくまってしまった。シジルを助けようとするバジュラであったが、彼にもカピパーノはその手のひらを向けた。

 また同じくカピパーノの腕から爆音が鳴り響く。その攻撃を受けたダイナガーダーは吹き飛ばされてしまう。だが、その影から飛びあがったバジュラは更なるカードを切る。

『SWORD VENT』

 両手に一本ずつ装備された蛮刀「ダイナファング」の連撃がカピパーノを襲う。その連撃を受けたカピパーノは傷つきながらも体を躱し、バジュラから大きく距離を取った。

 

「おい!白沢!大丈夫か!?」

 うずくまるシジルの肩を抱き寄せるバジュラ。その声がようやく届いたか、正気を取り戻したシジルは地面に手をつき息を整える。

「はっ、はっ、はっ……。あ、青池……?」

「見るからにヤバそうだったぞ!大丈夫かよ……?」

「ふふ……。最後には殺し合うはずの相手の心配なんて、やっぱり罪じゃない?けど、おかげで助けられたようね」

 気丈に振舞うシジル、その声色には震えが残っていた。しかしその震えを振り払うように大きく深呼吸をすると、槍を支えにして力強く立ち上がった。

「実際に攻撃を受けたおかげで、奴の攻撃の正体を掴むことができましたわ。これで勝機を掴めますわね」

 槍に体重を預けさせて立ち上がったシジルはカードデッキから一枚のカードを抜き取り、馬頭の装飾が施されたオースバイザーの鍔部分に装填する。

『ACCEL VENT』

 シジルの下半身周りに虚像が重なると、その形状を大きく変化させる。下半身そのものが馬の身体のように変化したその姿はまるで神話に語られるケンタウロスそのものだった。屈強な下半身の動きを確認したシジルは、その螺旋状のドリルのような槍をカピパーノへと向けた。

「青池。奴の攻撃の正体、それは『音』ですわ。巨大な音そのものを奴は手のひらから自在に方向性を持たせて放つことができるみたいですわね。音を人間は見ることはできないけど聞くことができる……。だからその攻撃の姿が見えないし、鎧そのものへのダメージは小さい、というわけですわ」

 鋭い視線をカピパーノへと向けながら、シジルはカピパーノの攻撃の正体への見立てをバジュラに語った。しかし、その言葉にバジュラは新たな疑問をぶつける。

「けどよ、見えない攻撃にどう対処するんだよ」

「見ていれば分かりますわ。見ることができたら、ですけれどもね」

「どういうことだよ……?」

 そう問いかけた言葉を待たずして、砂ぼこりを残しバジュラの前からシジルは一瞬で消えた。思わずバジュラはカピパーノの方を見る。そこには全身から無数の火花を散らすカピパーノとそれに向かって突撃を繰り返す白い影が映っていた。

「『音』が攻撃の正体なら、それより早く動けば絶対に当たらないって事かよ……。驚いたぜ」

 仮面ライダーとして強化された視力をもってなお、残像としてしか捉えられないシジルの姿。アクセルベントにより装備した下半身強化装備「オースエンター」は、その馬体のような形状により、文字通り人智を超えた高速移動を可能としている。その機能を高め、音速を上回る速度でシジルは攻撃を仕掛けているのだ。

 一際大きな爆発が、カピパーノの両腕で起こった。爆炎が奴の腕先から立ち上っている。シジルが音響を発生させる部位を破壊したのだ。これでもう、脅威となる音響攻撃は使用できない。

 

 自らの不利を悟ったカピパーノはまだ無事な部位である脚部に力を込める。大きく飛び上がり逃げるつもりだ。だが、それを見逃すシジルではない。

「逃がしませんわッ!あたしたちの友人を殺しておいてッ!」

『FINAL VENT』

 モンスターに死を告げる電子音声と共に、シジルが契約するユニコーン型モンスター「オースメアリー」が虚空より出現する。それは飛び上がろうとしたカピパーノを強靭な脚力で叩き落とした。そしてそのまま縦横無尽に突撃を繰り返しカピパーノの動きを完全に封じる。

 そして、シジルは大きく助走をつけて上空へと飛び上がった。オースメアリーの軌道は上空に舞ったシジルの視界には五芒星状に見えていた。その中心に封じられたカピパーノ向けて、シジルは手にしたオースピナーを構えたまま流星のように突撃する!必殺技「グロリアスブレイク」!

 その槍が深々とカピパーノの胴体に風穴を開けると、モンスターは倒れ込み大爆発を起こした。その爆炎を背に、人馬一体と化した騎士は気高さすら感じさせる立ち姿であった。

「……終わりましたわね。青池、戻りましょう」

「ああ……」

 その圧巻の必殺技を前に、青池はただ立ちすくむだけであった。

 

 現実世界に降り立ち変身を解く二人。命がけの戦いに二人は疲労を隠せない様子であった。

「それにしても白沢、あんた強いな。モンスターをあんな必殺技で倒しちまうなんて」

「当然でしょう。強くなければ生き残れないし、願いは叶えられませんわ……」

「願い、前言ってた有名になるってやつか……。なあ、本当にそんな願いのために戦うのかよ?」

 だが、青池のその問いかけに帰ってくる言葉はない。不思議に思って振り返った青池が見たのは、耳や鼻から血を流した白沢の姿であった。そのまま彼女はふらふらと青池の胸元に倒れ込んだ。彼の服に彼女の血がべっとりと付着する。

「お、おい!大丈夫か!誰か!誰か!」

 倒れ込んだ白沢の状態は明らかにヤバイ。カピパーノから放たれる爆音を至近距離で浴びたのだ。外傷はともかく、身体の内部ではどうなっているのか分からない。ただ、まともな状況ではない。自分が校舎に不法侵入していることなど忘れて、青池は周囲に助けを求めた。

「お嬢様!」

 真っ先に現れたのはロングエプロンのメイド服に身を包んだ長身の女性であった。彼女はすぐに白沢の元に駆け寄ると、全身の様子を確認する。

「え、姫!?何があったの!?」

「大丈夫!?姫!」

「あれって三年生の白沢さんじゃない……?お金持ちで有名な」

「てかあのオッサン誰?」

 騒ぎが大きくなり、青池らの周りに大きな人だかりができる。しかしそのただならぬ状況から、メイドと青池以外は少し距離を空けて白沢を取り囲んでいた。送れて教師らしき人物がやってくると、メイドと状況を確認を始めた。

 

 一時間ほど後、保健室のベッドの上に横たわる白沢の前に青池とメイドが立っていた。

「……とりあえずは主治医の黒井に連絡しました。電話口では心配ないと言っていましたが、彼女が来てくれれば命は大丈夫でしょう」

「そうか……」

 青池は暗い表情を隠せなかった。不法侵入の件は、たまたま倒れた女子学生を見つけやむを得ず助けを呼んだ、ということでごまかした。しばし部屋の中を沈黙が包んでいたが、メイドが静かに口を開いた。

「ところで、自己紹介がまだでした。私は『黛 うるみ(まゆずみ うるみ)』と申します。理々恵様のメイドをしております」

「そうなのか。俺は『青池 壮真』だ。よろしく」

 そう言って差し出された青池の手を握ると、黛はじっと彼のことを観察する。

「……青池様。おそらくはお嬢様や黒井と同じ仮面ライダーなのでは?」

「……なんでそれを」

「いえ、お嬢様と青池様の動きを観察して、そう判断したまでです」

 鋭い口調で、黛はそう断言した。そこには一切の反論を許さないほどのきりりとした感覚があった。

「そうだけど……あんたもそうなのか?」

「いえ、私は違いますがお嬢様や黒井から話だけは聞いております。お嬢様がこうして命をかけて戦っているとも」

「それじゃあ、あんたも白沢の願いを知ってるのか?有名になりたいっていう?」

「有名に?お嬢様がそうおっしゃったのですか?」

 青池のその言葉に、黛は目を見開き驚いたような表情を見せた。そして小さく息を吐くと静かに言葉を続けた。

「青池様にどれ程話したものかと思いますが、お嬢様はそうおっしゃったのですね……」

 そのどこか含みのある言葉に青池は沈黙を返す。黛は静かに白沢の顔を見ながら続けた。

「……詳しくは言えませんが、お嬢様はとても重い病に侵されているのです。それこそ、国内で治療ができるのは黒井ぐらいだと伺っております。もし、黒井が言うようにライダー同士の戦いに勝ち残った末願いが叶うのであれば、お嬢様は……」

「……!」

 その時、白沢が目を覚ました。まだおぼろげな視線が黛と青池の顔を見た。

「黛……?それに青池……?あたしは一体どうしたのかしら?」

「お嬢様、少し疲れが出たようですね……。黒井には連絡をしておきました。彼女が来れば大丈夫でしょう」

「そう……。手間をかけさせたわね」

 天井を静かに眺めながら白沢はそう呟いた。その表情は自分の命が助かるというのにまるで暗いものだった。

「青池も、あたしを助けてくれてありがとう。……お礼に、あなたを倒すのは最後にしてあげるわ」

「……ありがとよ。けどな、俺はあんたとは戦いたくねえよ」

 少しだけ意地悪そうにベッドの上でほほ笑んだ白沢に、青池は静かに言葉を返した。

「じゃ、俺はもう帰るわ。黒井にもよろしく言っといてくれ」

「かしこまりました。……お嬢様をありがとうございました」

 黛はそう言うと口元に指を当てた。それは先程の会話を内緒にして欲しいというメッセージであった。青池はそれに気づくと小さく頷いた。

「バイバイ、青池」

 青池は白沢の声を背に聞き保健室を後にした。そして部外者ということもあり教師に簡単な挨拶をしてこそこそと学校の中から出ると、その巨大な校舎を見上げた。

「白沢、病気だったのか……」

 黛の言葉を聞いたからか、それとも白沢の戦いを目の当たりにしたからか。青池の彼女に対する感情は変化していた。それが友愛なのか憐憫なのか、あるいはまた別の感情なのか今の彼には分らなかった。

「モンスターは強い……。ただがむしゃらに戦うだけじゃだめだ。俺ももっと強くならないと……!」

 そう言うと青池は住宅街の窓ガラスを見た。いつそこから人を喰らうモンスターが出現するのか分からない。そう思うと青池は全身に気合が入った。

「うおおおおお!やるぞ!」

 青池は道べりの川面に向かって力強く叫んだ。突然の大声に周囲を歩いていた散歩中の人が驚き、リードに繋がれていた犬が吠えた。

 

「電話……黛さんからか」

 鏡面から姿を現した黒井は、鳴り響く携帯電話を手に取った。黛からの電話によると白沢がミラーワールドでの戦いで怪我を負ったという。とりあえずは白沢の元に今から向かうと告げると、黒井は電話を切った。

「青池さん、結構いい働きをしてくれたみたいね。スバラシイわ」

 小さく息を吐くと、黒井は近くに停めていた自身のバイクのエンジンを入れてそれに跨った。座面を通して彼女の身体に心地よいエンジンの律動が伝わる。

「より多くのモンスターを倒すことが契約モンスターの強化にも繋がる……。人間を食べさせてもいいけど、やっぱり人間の命を握るのは同じ人間のわたしがいい!」

 誰ともなく黒井はそう呟くと、自らが出てきた鏡面に背を向けてバイクを始動させた。太いタイヤが砂利の混じった地面に轍を作っていく。

「いずれ戦いは激しくなりそうね……」

 彼女が走り去った鏡面には倒れた多くのモンスターをついばむ、黒井の契約モンスター、ヒドゥンビークたちの姿があった。それはまるで死者の遺体を鳥葬しているかのようだった。

 

―続―

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