龍騎外伝 仮面ライダーモリオン   作:EpoMeta

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第6話「ひび割れる日常」

 雑誌の記事によると、一度終了した裁判がもう一度開かれることは珍しいことではないようです。有罪となった人が無罪になることも、その逆のこともあるそうです。

 

 カップルや家族連れでにぎわう休日の遊園地、その駐輪場に黒井由利亜の姿はあった。家族向けの軽自動車などと比べると、些か以上に迫力のある大型バイクに寄りかかり、ライダースジャケットの胸元を開け涼をとった。

「五体目、この前青池さんと理々恵ちゃんが戦ったモンスターと同族かしら?さすがに連戦は疲れるわね……」

 開業医とはいえ自営業、色々なものを我慢すれば自己判断で時間を取れる黒井であったが、遊園地を訪れたのは遊ぶためではない。モンスターを狩るためであった。

 

 ミラーワールドに潜むモンスターは人間を獲物とする。なればこそ、多くの人間が集まるような場所にこそモンスターは多く出没する。例えば、電車、学校、そして遊園地など……。そのような場所で人知れずモンスターは人間を喰らっているのである。

 ミラーワールドで戦う仮面ライダーたちにとってもモンスターは無視できない存在だ。彼らはモンスターと契約しその力を借りて強力な装備と武器を得るかわりに、モンスターに「エサ」を献上しなければならない。そのエサとは他のモンスターや人間の生命そのものである。

 そしてそれは仮面ライダーであっても例外ではない。もし、ライダーが長期にわたって契約モンスターにエサを与えない場合、契約違反と見なされ、契約の対象から「エサ」へと戻ってしまうのだ。よってミラーワールド内でモンスターと戦うことも、ライダーにとってはやらなければならないタスクである。

 ただし、ライダーバトルの勝者だけが願いを叶えられると聞くライダーたちにとっては、他のライダーの撃破よりは優先度が低い。

 

 黒井もまた同様の考え方を持つライダーであったが、他のライダー、例えば青池や白沢などとは少し状況が違った。というのも、彼女が契約した巨大なカラス型モンスター「ヒドゥンビーク・サミット」は小型の同種である「ヒドゥンビーク・マウント」やヒナのような存在「ヒドゥンビーク・ヒル」からなる群れを、身体から放つ特殊な信号でコミュニケーションを取り率いる長なのである。つまり、群れの長と契約した黒井は、その群れ全体を自らの軍として使役できるかわりに、群れ全体にエサを供給しなければならないのである。そしてそのためには他のライダーに限らず多くのモンスターを狩らなければならないのである。

 だが、ヒドゥンビークの群れとしての生態と、モンスターとしてもかなり高い知能を黒井は利用し、ある策を練った。と、いうのもミラーワールド各地にヒドゥンビークらを散らし、手頃なモンスターやライダーを見つけると同族間で連絡を繰り返し黒井のもとにその情報を伝達させるようにしたのである。かつて従事した戦場医療の現場と同様、「死」と戦うにあたって効果的に勝利を収めるには、どれほど情報を持っているかが文字通り命取りである。

 カードデッキを持つライダーは独特の風鳴り音を通してモンスターの活性化状態を感じ取ることができるが、ヒドゥンビーク間での連絡網はそれよりも少し早く、遠くのモンスターを感じ取ることができる。そのためいち早く現場にたどり着いた黒井が、ロスなくモンスターを倒すことができるのだ。黒井がカバーしきれない範囲は、モンスターを狩ることに血気盛んな青池や白沢が抑えてくれるし、彼らの活躍がヒドゥンビーク連絡網をより影に潜ませることができると、黒井は考えていた。

 そしてこの連絡網を黒井は自らミラーワールドにいなくともある程度その内部を知ることができる偵察網としても利用していた。黒井の手札では青池や白沢のようにカードを利用して押し切ることはできない。もし彼らと戦う時が来た場合、より優位に立てるよう情報を収集しておく必要があるのである。

 

「……とはいえ、ミラーワールド内での滞在時間が限られているから、ある程度は自分でも動かないといけないんだけどね」

 自販機で購入したスポーツドリンクを飲むと、黒井は小さな声で呟いた。命がけの戦いと現実世界の太陽で火照った全身に、冷たく甘いドリンクが染み渡る。疲労感から解き放たれた黒井はやっと一息ついたといったところである。

「前はヒドゥンビークたちに声真似させて大量の人間を襲わせてたけど、ちょっと目立つようになっちゃったし、青池さんや理々恵ちゃんたちと戦うとなると駒を失うのが痛いわね……」

 黒井は契約モンスターによる連絡網を確立する前は、モンスターに人間の声真似をさせてエサとなる人間をおびき寄せていた。この手法により契約前のライダーを難なく倒すことができた上、ヒドゥンビークの群れの中でも、狩りにおける一種のテクニックとなっていた。

 だが、その方法による狩りが次第に噂として広がってしまった。モンスターの声真似も限界があり、鏡からの不審な呼び声に近寄る人間も次第に減っていた。それに、自分が観測できる範囲でも白沢や青池などのライダーが増加している。もし、声真似で人間をおびき寄せたヒドゥンビークが、青池らに野良モンスターと間違われて倒されてしまっては困る。自分の知らない所で契約モンスターが倒され弱体化して脱落、なんとも情けないエンドだ。

 そうした理由もあり黒井はヒドゥンビークの群れに対し、率先して狩りを指揮することは止めていたが、彼らの群れで狩りの手法として確立したその方法については放置していた。

 

「それにしても……こんな楽しそうな『人間』がいっぱいいる場所も意外と悪くないわね。普段の廃墟巡りにこれからはこういう場所ももっと混ぜてみようかしら?」

 黒井は普段の余暇、バイクに乗り廃墟を巡っていた。時間に取り残され「死」した空間の雰囲気が好きだからだ。どうしても患者の生命に向き合う医療現場は、その場に集う全員が黒井も含めて必死で騒がしくなるものである。その雰囲気も好きだが、廃墟の静寂は職場の喧騒から離れられるということもあり、黒井はよく廃墟に足を運んでいた。

 しかし、病院ではなく一般人が集まる空間には、医療現場とは異なる騒々しさがあった。楽しい、という感情が渦巻く空間は、黒井にとって決して過ごしにくいものではなかった。

 黒井の真っ黒な瞳が行きかう人々をつぶさに観察する。楽し気にゲートから出てきたカップル、車内から出て真っ先に頭を下げる父親とその隣をつんとした表情で歩く母親と娘、大声を上げる男子学生の集団……。病室だけでは観察できない活き活きとした表情がそこにはあった。

「やっぱり、生きてるってスバラシイ……。たった一秒後には失われるかもしれないけど、それを知らない命の輝きも乙なものね」

 そう零すと、黒井はスポーツドリンクをさらに口の中に入れた。火照りが収まり、心地よい冷涼感が全身を支配していく。また小さく、黒井は息を吐いた。

 

「あっ!バイクだ!カッコイイー!」

 不意に、黒井に声が掛けられた。瞬きをし近くに目の焦点を合わせるよう意識した彼女の足元に、十歳にも満たない少女の姿があった。

「あら、趣味がいいわね?直接触るのは危ないから、見るだけならいいわよ」

 黒井は屈みこんでその少女に視線を合わせると、そう言ってほほ笑んだ。少女は嬉しそうな表情を浮かべ、少し離れた位置からバイクのカウルやエンジン、マフラーなどを興味深そうに眺めた。

「お嬢ちゃん、バイク好きなの?」

「うん!テレビで見たの!カッコイイ女の人が乗ってた!」

 小さな体をせわしなく動かしながら嬉しさを伝える少女の姿を、黒井は目を細めて見ていた。

「そうなんだ……。乗ってみたい?」

「いいの!……でもさっき危ないって?」

「座席にまたがるだけなら大丈夫よ。ちょっと待ってね」

 そう言うと黒井はバイクがしっかり停止され倒れないこと、エンジンも切ってあることを確認してから、少女の身体を持ち上げてバイクの座面に乗せた。レバーなどを不用意に触らせないように注意しつつ、彼女の手をハンドルに添えた。

「どうかしら?」

「わ……!すご……!」

 少女は普段の自分よりも随分と高い視線に驚いたのか、はたまた初めて座る座面の感触に慣れないのか、言葉が出ないでいる。だが、その全身から現れた表情はとても嬉しそうだった。

 

「理子!こんなところにいて!」

「あっ!ママ!パパも!」

 座面に乗ったまま少女は遠くに大きく手を振った。その方向を黒井が見ると、心配そうにこちらに駆け寄ってくる女性とその後ろを歩く男性の姿があった。

「親御さんかしら?降りる?」

 黒井の言葉に頷く少女。その身体を持ち上げて、黒井はゆっくりと地面に降ろした。

「理子!大丈夫?全く急にいなくなったと思ったら……」

「このおねーさんにバイク乗せてもらってたの!」

「あら、それは……。ありがとうございます」

「いえいえ。お気になさらないで」

 申し訳なさそうにする母親に、黒井は軽く会釈をする。その時、遅れてやってきた父親が声を掛けた。

「弘美、理子!どうしたんだ?」

「あなた、こちらの方に理子が遊んでもらっていたみたいなの」

「そうか……」

 父親に説明しながら母親が黒井を手で指し示す。だが、その父親は黒井の顔を見ると表情をこわばらせた。そして黒井もそれは同様であった。

「……黒井。こんなところで出会うとはな」

「緑川さんも、世間は狭いわね」

 偶然にも黒井は緑川雅也と彼の守るべき家族と出会ってしまった。

 この出会いが運命のいたずらだとすれば、運命とは何て悪趣味なのだろうと黒井だけが後に思った。

 

「あなた、こちらの方と知り合いなの?」 

 緑川の妻「緑川 弘美(みどりかわ ひろみ)」が緑川に問いかける。その裾を少女「緑川 理子(みどりかわ りこ)」が掴んでいた。

「ああ、彼女は『黒井 由利亜』。医者なんだが、たまに被害者の状態や怪我の具合を確認する際に病院で会うことがある」

 弘美は緑川の言葉を聞き、黒井に目をやった。しかし今の黒井はライダーズジャケットとプロテクターを着込んだ、少し厳つい姿であった。その姿は一般に思い浮かべられる医者のイメージとは大いにかけ離れていた。

「お医者さんなんですね……。ちょっと意外」

「バイクが趣味なんです。今日みたいな天気のいい日はツーリングに出たりとか」

「そうなんですね。うちの子もテレビの影響で最近バイクばかりで」

「だってカッコイイんだもん!」

「ふふ、ありがとう」

 元気いっぱいの理子の言葉に、黒井は微笑みを返した。そして微笑んだ眼を細めたまま視線を緑川の方へと向ける。

「緑川さんも、特に変わりはない?鏡から変な音が聞こえたりとか?」

 細目の奥の真っ黒い目玉が緑川の顔に鋭く向けられていた。つまり言外にミラーワールドに関連した事件に遭っていないかと尋ねているのである。その黒井の真意を緑川は検察官として鍛えられた観察力で容易く読み取った。

「いや、そういったことはない。……だが、今は私の方でも色々と調べている最中。最近の行方不明事件は被害者と加害者がそれぞれ誰なのか、どのように裁くべきか、それが分からなければ解決できない。もし黒井も何か知っていることがあれば教えて欲しい」

 緑川はそう言うと懐から紙を一枚取り出し、ボールペンで電話番号を入れた。差し出されたそれを黒井は受け取り確認する。

「そうね……。わたしも捕まるのかしら?」

 不敵な笑みを浮かべ、緑川にそう言い放つ黒井。その言葉を聞いて理子が不安な声を上げた。

「パパ、おねーさん捕まえちゃうの?」

 その言葉と涙で潤んだ理子の瞳に、緑川は思わず狼狽える様子を見せた。

「いや、それはな。このお姉さんが悪いことしたのかをちゃんと調べた後で、正しい手続きをするんだよ」

「そうなんだ!おねーさんもお医者さんなら悪いことしちゃダメだよ!理子のパパは『正義の味方』なんだもん!」

 そう言うと理子は黒井に向けて自信気に胸を張った。

「正義の味方なんだ。すごいね、理子ちゃんのパパは!」

 黒井は身体をかがめて理子に視線を合わせるとそう言って真っすぐ微笑むと、何か思いついたように言葉を続けた。

「そうだ、思いついた。パパがやるようにコイントスしよっか」

 黒井は懐の財布から一枚の硬貨を取り出した。先程自販機でドリンクを買ったおつりである。その両面を見せながら黒井は理子に続ける。

「このコインの表が出たらわたしは理子ちゃんのパパに協力するわ。だけど裏が出たら……」

 そこで一度黒井は言葉を切る。露わになった真っ黒な瞳は理子を吸い込んでしまいそうだった。その姿に思わず理子はつばを呑んだ。

「裏が出たら?」

「わたしのこわーい裏の顔を見せちゃおうかな?お注射とか?」

「ヤダーッ!」

「それじゃあ早速当たるも八卦当たらぬも八卦」

 そう言いながら黒井はコイントスを行う。宙に舞った硬貨が陽光を反射してきらめいた。

 

 コインを手に取った黒井は、どちらの面が出たのか確認する。

「あら、裏だわ」

「注射こわい!ママ!」

 慌てて弘美の後ろに隠れる理子。その姿を黒井は微笑みながら見た後、わざとらしく手にしたコインに目を向けた。

「……あら、あらあらあら?このコインよく見たら裏の模様が表に、表の模様が裏にあるわ?今出たのは表だわ」

「え……表なの?」

 不安げに弘美の影から姿を出した理子に黒井は優し気に微笑んだ。

「表だよ。だからわたしは理子ちゃんのパパのお手伝いをしちゃうわ」

 先程までの恐怖が嘘のように理子の表情はぱあっと明るくなった。

「本当!?ありがとう、おねーさん!」

 しかし、黒井の目には理子の表情と重なるように別の少女の姿が映った。

『おねえちゃん、ありがとう』

 小さな体に病衣を着たその姿を振り払うように黒井は静かに目を閉じ、普段通りの表情を作った。その顔は、昔の話なのだ。

「それじゃあ緑川さん、娘さんに免じて今日は見逃していただけるかしら?」

「ああ。特に問題はないが……」

 しかし緑川は理子にだけ聞こえないような小声で黒井に言葉を返した。

「本当は裏が出たんだろう?なんでそんな嘘をつく?」

「……今日はそういう気分なの。珍しく」

「そうか……。この程度の嘘なら現行法上の罪状には当たらないだろう」

 その堅苦しい言葉に、弘美が思わず声を上げた。

「あなた、そこまで細かくなくても」

「すまん、仕事の癖が出た。黒井、先程の件だが」

「うん。青池さんとも話してみるわ」

 近づけていた顔を離すと、黒井は緑川たちに向けて手を振った。

「それじゃあまたね。病気になったらわたしが治してあげるわ」

「うん!おねーさんまたね!」

 力強いエンジン音と共に、黒井は緑川たちの元から走り去っていった。

「ママ!理子も今みたいなバイクが欲しい!」

「そうねぇ。ちょっと理子にはまだ早いかしら……」

 そう言いながら小さくなる黒井のバイクを見送る弘美と理子であったが、緑川はふと黒井の言葉に違和感を覚えた。

「待て……黒井はどうして普段私がコイントスをすると知っていたんだ?」

「そう言えばそうね……。青池さんから聞いたんじゃない?青池さんのことも知っているみたいだったし」

 緑川の疑問に弘美がやや自信なさげに答えた。だが、彼女の腕を引っ張る理子が早く遊園地に入ろうと急かしている。その様子に緑川は本来の目的を思い出した。

 そう、今日は家族と共に遊園地に遊びに来たのだ。だから弘美と理子に向き合おうと、緑川は気持ちのスイッチを切り替え、妻子の手を取って入場ゲートへと足を進めた。

 だが、緑川の心中には黒井の存在が染みのように残っていた。検察官として悪を憎む清廉潔白な精神に、黒い一点が小さく、しかし無視できない存在としてこびりついていた。

 

 一方で、ミラーワールドの別の場所でも戦いが繰り広げられていた。

「どらっしゃあ!」

 ミラーワールドの中に、青池が変身神した仮面ライダーバジュラの声が響き渡る。その雄たけびと共に振り降ろされる二本のダイナファングは、だが分厚い盾に弾かれてしまう。

「硬ってぇ盾だなぁ!オイ!」

 盾の影から鋭い眼光が覗く。そのモンスターは装備した盾を打撃武器のように用いてバジュラを弾き飛ばした。

「この盾を何とかしないと攻撃が通りそうもねえなあ」

 円形の巨大な盾を構えた、もう一方の腕には棍棒を装備したそのモンスターがゆらりと立ち上がる。反り返った巨大な一本角を生やした獅子の獣人のようなそのモンスター「エルジューク」がバジュラ向けて手にした身の丈以上の棍棒を構える。

「ッ!」

 その棍棒の一振りを辛うじてバジュラは避ける。空を切った棍棒は、だが容易くコンクリートの地面を陥没させた。

「マジかよ……!とんでもない威力だぜ」

 だが、その棍棒による攻撃は一度きりではない。エルジュークは何度も何度もバジュラに棍棒を振り降ろす。

「うわっとぉ!あぶねえ」

 その全てを辛うじてだがバジュラは避ける。日常の中で荒事に出会うこともしばしばなバジュラこと青池であったが、仮面ライダーに変身したことによりその能力が向上し、モンスターとも戦うことができてきた。

(けど、それだけじゃねえ……。戦うことに慣れてきたんだ、俺の身体自体が)

 心中でバジュラは毒づく。戦うこと、争うことは決して好きではない。だがその意に反して自分の身体が動いてしまう。肉体がミラーワールドでの戦いに適応しつつあるのだ。だがその精神は?

「ッたくよ!」

 バジュラは一枚のカードをカードデッキから引き抜き、左腕のダイナバイザーに装填する。

『SWORD VENT』

 空中から飛来したのはバジュラの身の丈ほどもある大剣「ダイナカリバー」。鱗のようなごつごつした隆起の先が煌めく、まるで刃を束ねたかのような大剣を、バジュラは両腕で構える。

「そっちがパワーならこっちもパワーだ……。行くぜ!」

 バジュラはダイナカリバーを大きく振りかぶり、エルジュークへと斬りかかった。しかしその威圧的な大剣に全くひるまず、エルジュークは静かに盾を構える。ミラーワールドに、大きな衝撃が響く。

 

 凄まじい重量を誇るダイナカリバー。その一撃をもってしてもだがエルジュークの盾は壊れなかった。渾身の一撃を防ぎ切ったエルジュークは反撃に転じようと力を込めて棍棒を握りしめた。しかし、その盾に生じたわずかな亀裂を、バジュラの向上した視力が見逃さない。

「一撃じゃだめでもよ!もう一発ぶち込んだらどうよ!」

 だがバジュラはさらにもう一撃をエルジュークにぶちかました。同じように盾でそれを受け止め弾かんとするエルジューク。

 しかし、その盾に大きな亀裂が生じる。エルジュークはいち早くバジュラを弾き飛ばそうとしたが、食い込んだ刃にバジュラによって更なる力が込められる。

「うおおおおお!」

 遂に、ダイナカリバーがエルジュークの盾を切り裂いた。その勢いのままバジュラはダイナカリバーを振り降ろす。袈裟懸けに切り裂かれたエルジュークの身体が火花を散らす。

「このまま決めるぜ……!」

『FINAL VENT』

 バジュラは助走をつけて飛び上がると、出現したダイナブルートを変形させそのままエルジュークを蹴り込む。必殺の「ダイナミックストライク」が炸裂し、エルジュークは爆散した。その体内から放出された生命エネルギーをダイナブルートが喰らうと、ミラーワールドに一時の静寂が訪れる。

「ふーっ……。これが他の人間を守るってことにほんとに繋がってんのかな。ハァ」

 大きく息を吐くと、バジュラはミラーワールドのガラス面を見た。鏡面上になったそこからは、ミラーワールドからは現実世界の様子を見ることができた。そこには何人もの人々が普段通りの日常を過ごしている。その陰で日常を守るために戦うバジュラのことなど、まるで知らない。

「さてと、俺も帰るか。モンスター倒しても俺は腹減るんだよなあ」

 そう独り言つと、バジュラは人気のない方からミラーワールドを脱出した。

 

 バジュラはミラーワールドから抜け出すとすぐさま変身を解いた。黒井の言葉ではないが全身鎧の変態として町内の噂になるのはやはり避けたい。変身を解いた青池はそそくさと裏路地を抜けると、何事もなかったように夕暮れ時の人通りの中に紛れ込んだ。

「青池……。今日は知り合いとよく出会う日だな」

「お。よぉ、緑川!休みなのに今日は一人か!」

「おつかいだよ。妻も娘も今日は遊び疲れて寝てる」

「お前もそうだろうに、お疲れさん」

 そう言うと青池は緑川と肩を組んだ。その表情は普段通りの笑顔だ。そのまま彼は言葉を続ける。

「ところで、知り合いと会う日だって言ったけどよ、俺の他にも別の奴と会ったのか?」

「ああ、黒井だ。奴から例の行方不明事件について聞いたところだよ。青池、お前も何かわかったら教えてくれ」

「もちろんだぜ、緑川の頼みならな」

 そう言って青池は笑う。だが一方で緑川の表情は浮かないものだった。その違和感に青池も気づく。

「……どした?らしくねえな」

 青池の言葉に、何かはっとしたような表情を浮かべ緑川は言葉をつぶやいた。

「いや……。行方不明者を救おうとお前が戦ってるのは現実の事なのに、私はこうして手をこまねいていることしかできないと思ってな」

 そう言うと緑川は大きなため息をついた。握りしめられた拳は無力感に震えていた。その様子を見て、青池は静かに言葉を零した。

「なんだ、そんなことかよ……。仕事以上に色々動いてんのに、手をこまねいてるってことはねえだろうよ。緑川は緑川らしく今も十分戦ってるじゃんか」

「そうか……?」

「まあこうやって戦うのは俺とかに任せてくれよ。友達だろ?」

 そう言っておどけたように笑う青池。その表情に緑川は何も言い返すことができなかった。

 

「それじゃあな!今日はアレだがまた酒呑もう!」

「ああ、気を付けろよな」

 帰路につく青池の背中を緑川は見送っていた。その後ろ姿は太陽の沈んだ夜の街に消えていく。

「戦うのは任せてくれ、か……。それでお前は大丈夫なのか?」

 緑川のその言葉は青池には届かなかった。誰にも感謝されず、戦っていることすら知られずに誰かのために戦うなんてことは、並大抵の覚悟ではできない。その覚悟がなければ、人は必ずおかしくなってしまう。それは青池であっても例外ではないだろう。他人のためと元は動いていたが、そこから犯罪に手を染める者を緑川は裁判所で大勢見てきた。

 しかし、それ以上に緑川の全身を震わせる感情があった。

「私はただ見ているだけか……。友人だけを戦わせて、妻や娘がいつあのようなモンスターに襲われるか恐れて生きていろというのか……!」

 その感情は「怒り」であった。無辜の人間を襲う怪物がのさばること、それと戦える力を持ちながらもあえて戦わない存在、そして、それらについて知りながらも何もできない自分への果てしない炎のような怒りであった。

「『法』は人間が作った文字通り世界の法則だ……。私は法に仕える存在として戦う義務がある!法を守ることでこそ幸せが守られるのだ!」

 怒りを抑えるように目を閉じる緑川。その暗い瞼の裏に泣き叫ぶ妻の姿が映る。彼女が近しい人の死を目の当たりにしたあの時の「事件」だ。もう、悲しい妻の姿など見たくない。そしてそれは青池などの友人であっても同じだ。

 

 その時だ。緑川の全身をぞくりとした悪寒が襲った。その感覚に思わず目を見開き周囲を警戒する緑川。その周囲には生き物の気配はまるでない。だがその代わりに耳をつんざくような不気味な風鳴り音が頭の中に響いていた。

「この音が……青池の言っていたものか!」

 耳を押さえながらも立ち上がる緑川の前にはガラス張りの壁があった。周囲は薄暗く、ガラスは鏡面となり緑川の必死な表情を映している。

「!?」

 だが、ガラスに映っていたのは緑川だけでなかった。緑川の顔の横にはローブを纏った人影が立っていた。いつからいたと後ろを振り返る緑川。だがその視線の先にはどこにもその人物はいない。焦った様子でガラス面に向き直る緑川。ガラス面の中にはその人物の姿はあった。

 その人物が静かに緑川向けて手を伸ばす。彼の手のひらにはカードデッキが握られていた。それを受け取るように緑川もまた「鏡の中」へと手を伸ばした――。

 

―続―

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