街中の噂では、増加している行方不明事件の理由は定かではありません。その理由として、色々な推測がされています。
検察官・緑川雅也の朝は早い。カーテンの隙間から朝日が少し差し始めた頃に、横に眠る家族を起こさないよう静かにベッドを出ると、運動着に着替え日課のランニングに向かう。ようやく朝日が昇り始めた外はまだ涼しさが残っており走りやすい。そのまま三十分程度走り家に戻る頃には、ちょうど太陽が全体の姿を現している。輝く太陽光を全身に浴び、緑川は全身に日々を生きるためのエネルギーをチャージする。
家の玄関を開けると、緑川の鼻腔を美味しそうな香りが刺激した。妻の弘美が朝食を作っているようだ。娘の理子も寝ぼけ眼をこすりながら部屋から出てくる。彼女らとおはようの挨拶を交わすと、緑川は浴室に向かい、シャワーを浴び全身を清める。
彼がシャワーを終え身支度を済ませると、ダイニングテーブルには朝食が並んでいた。栄養バランスの整った、弘美特製の手料理だ。それを美味しくいただく。
朝食を終えると、今度は緑川がキッチンに立つ。スーツ姿で手慣れた様子でお湯を沸かすと、食後のコーヒーを淹れる。まだ小学生になったばかりの理子には、砂糖を多く入れたほぼ牛乳に近いカフェオレを出し、弘美にはスティックシュガーを一本添えたマグカップを渡した。そして緑川はブラックコーヒーを飲む。この食後のコーヒータイムが、緑川家の食卓には欠かせないものだった。
八時前になると、ランドセルを背負った理子と共に緑川も職場に向けて家を出る。出かける前に弘美と軽くキスを交わすと、玄関のドアを閉め外に停めてある車に乗り込んだ。キーを回しエンジンをかけると、職場である地方検察庁へと出発した。その足元には磨かれた靴がきらめいていた。
緑川雅也という新任の地方検事と言えば、検察庁の中でも噂になっていた。大学法学部のみならず司法試験を一回でパスした天才として評判になっていた緑川であったが、その能力に溺れることなく仕事に打ち込んでいた。
特に緑川と言えば、事件に対する徹底的な証拠主義・論理主義的な調査が職員のみならず同業の検察官や弁護士などの間でも有名であった。彼の取り調べや調査は、事件の解明を通じて容疑者の罪を全て暴き立て、それに対する正しい法の罰を与えるということに、はた目から見ても異常なまでの「こだわり」が感じられた。
緑川の担当した事件の立件率と有罪率はほぼ百パーセント。しかも逮捕された際の容疑だけでなく、取調べの際に明らかになった余罪なども含まれ、容疑者には非常に重い実刑が下されている。
この日緑川は午後からの公判に参加する予定となっていた。出勤した彼はその準備のためまとめられた資料をすべて頭の中に入れる。その量は机の全体を覆い天井までうず高く積み重なるほどであったが、緑川にとっては、罪に正しい罰を与えるにはそれでも足りないとさえ思う量だった。
剣幕鋭く資料を睨む緑川に一人の部下が声を掛けた。その手にはブラックコーヒーが入ったマグカップが握られている。根を詰め過ぎではないかと心配する部下に対し、だが緑川は自分のことは気にするなと返し、コーヒーを受け取った。
午前中の勤務を終えた緑川は昼食に愛妻弁当を食べると、彼は午後の公判へと向かう。それは強盗致傷罪の裁判であった。部下と共に法廷に向かう緑川とその部下は、その道中被害者とその家族とすれ違う。強盗に襲われた際に足に怪我を負い松葉づえをついた痛々しい姿であった。部下はその姿に会釈し軽い会話をかわすが、だが、緑川は静かにその姿を確認するだけだった。
公判が始まり被告人が姿を現す。伸びた髪をまとめ俯いた強面の男であった。だが影に隠れにやつくその顔を見た途端、緑川の目の色が変わる。奴こそが法の正義を脅かす悪。そして奴を裁くことこそ法に仕える自分の役割なのである。法に従い正しき罰を、それこそが緑川の信念であった。
弁護士は被告人が借金苦によりやむを得ず犯罪に手を染める以外なく、情状酌量の余地があると裁判官に伝えた。そしてその借金の数値を告げる。確かに、その量は一人の人間が返済するには困難な量であった。その具体的数値に裁判官も表情を変える。だがそれが気に入らない人間が一人いた。
「異議あり」
緑川は静かにそう告げると、被告人の借金苦の理由を述べ始めた。それはギャンブルに加え非合法な賭博によるものであった。その証拠として実際の賭博の金銭の動きが上げられる。それにとどまらず防犯カメラの撮影記録や証人から得た証言が飛び出す。その量はおびただしいものだった。
そのあまりの証拠の量に、もはや罪の軽減は不可能と悟った被告人は思わず涙を流す。何とか盛り返そうとする弁護士であったが、その度に緑川が提示した証拠が弁護士を押し潰す。この物量で押し潰すマシンガンのような舌鋒こそ緑川が有名となった所以であるが、しかしその実例を目の当たりにすると、部下も引くほどであった。
結局、被告人には緑川が提示した通りの無期懲役が言い渡された。それは、良ければ罪状は執行猶予付きだと弁護士に事前に伝えられていた被告人を絶望させるには十分であった。その場に崩れ落ちる被告人に緑川はこう告げる。お前のせいで被害者は一生消えない傷を負うのだ、その責任をお前は取らなければならない。この結果は全てお前の行いの結果だ。その恐ろしい剣幕の前に、被告人は思わず失禁していた。
だがその言葉とは裏腹に、被害者には一瞥もせず緑川は法廷から立ち去る。戻ってすぐに街を騒がせる行方不明事件の調査をしなければならないのだ。
日が沈み、部下が帰った後も緑川は調査を続けていた。犯人の多くはモンスターに違いないが、その中に人間による誘拐なども混ざっている。モンスターに関連した法令は未だ整備されていないので現状は足踏みをするしかないが、人間の犯罪ならば別だ。人間の法が人間を裁くのだ。罪には正しい罰を与えなければならない。
建物から他の人の気配がすべてなくなった頃に、ようやく緑川は帰路につく。すでに町は夜の闇に包まれていた。車のライトを点灯させ、慣れた道を進む。静かに家の駐車場に車を停めると、緑川は車を出て家の玄関の扉を開けた。
「ただいま!」
「「おかえりなさい!」」
そのいつも通りの一言だけで、緑川は表情をほころばせた。唯一違うのは、彼のポケットの中に異様な雰囲気を放つカードデッキが入っていることだった……。
また別のある日の昼休み、緑川は黒井のもとを訪ねていた。待ち合わせ先のカフェに先に到着していた黒井はコーヒーをたしなんでいた。緑川は彼女に無言で近づくと、ポケットからカードデッキを取り出し、テーブルに叩きつけた。
「驚いたわね、そのデッキ契約済みのようね……!」
「『偶然』入手した。……これについて知ってることを聞きたい」
「わたしとしてはどう入手したか知りたいんだけどね……」
「質問はこちらからだ。青池にはもう話したんだろう?」
椅子を引き座りながら、緑川は黒井に向けてそう告げた。その表情には以前出会った時以上の鋭い剣幕が黒井には感じられた。
黒井は緑川がライダーであると確認し、知っている情報を話した。だが、それは以前青池に告げたような、モンスターと契約し力をつける、カードを使って装備や技を使う、ミラーワールドの中でモンスターや他のライダーと戦う、といった基本的なものだった。
コーヒーを飲みながらそれらの情報を確認すると、緑川は静かに口を開いた。
「……これを使えば、私も青池のように戦えるのか?」
だが、その問いかけに黒井は微妙な表情を浮かべる。
「それは個人次第ってところかしらね。あなたの調査ならもう知ってると思うけど、ほらわたしって元々戦場にいたから戦えるけど、青池さんも最初は生まれたての小鹿のような体たらくだったわよ」
「青池がか……?想像もつかないな」
コーヒーを一口含むと、さらに黒井は続ける。
「まあ結局のところ、戦いなんて『いかに相手を殺すことをためらわないか』だから……。でもその辺は、緑川さんならわたしと同じで慣れたものだと」
黒井のその言葉に、緑川は失笑する。
「私がか?なぜ殺しに慣れているなどと?法に仕える者として、人殺しなど一度もしたことがない」
「だってそうでしょう?前はミラーワールドの中でも生身のままモンスターと『戦う』ことを考えていたし、それに……」
そこで一度黒井は言葉を切る。鋭い瞳が緑川の表情をじっくりと観察していた。
「願いのためなら『ためらいのない』人間でしょう、わたしと同じで?緑川さん?」
「……」
「教えて……?あなたは戦いの果てに何を願うの……?」
「……」
二人の間を沈黙が包む。時計の秒針の音だけが黒井と緑川の間に響いていた。
「お待たせいたしました。こちらデザートでございます」
「あっ、わたし注文してたんだ。忘れてた」
静寂を割いたのは、黒井が注文したデザートを運んできた店員の声だった。テーブルの上に小さなケーキが置かれる。店員が下がると、だが黒井は皿を回し緑川の方に差し出した。
「……何のつもりだ?」
「後輩に先輩からのプレゼント~。ライダーとしてはわたしの方が先輩だから、先輩風を吹かせたいのよね」
黒井のその言葉に怪訝そうな表情を浮かべる緑川。じっくりとケーキを観察している。
「それならいただこう」
そう言うと緑川はフォークでチョコレートケーキを口に運んだ。とても甘ったるい。先程まで飲んでいたブラックコーヒーの苦味と相まってその甘さが増幅されているようだった。
「感謝なら大丈夫よ。純粋な町医者の親切心だと思って?」
「……今は信用しておいてやる。私の知る限り最もミラーワールドに詳しいのは黒井、お前だからな。その情報筋をみすみす失うわけにはいかない」
「それはありがたい限りね。奥さんとお子さんにもよろしく言っておいて?」
「考えておこう」
素っ気ない緑川の言葉に残念そうな表情を浮かべた黒井は、コーヒーを飲み干した。
その時、黒井の携帯電話に規則的な振動があった。着信音はない。黒井が電源をつけずにその画面を開くと、その暗い鏡面の中には彼女の契約モンスターであるヒドゥンビークの顔があった。契約モンスターが連絡してくるということは、どこかでモンスターが出現したということなのだろう。今日もエサやりがてらモンスターを倒さなければならないと、黒井がそう思った時、緑川の携帯電話が鳴った。その画面を見るや慌てた表情になった緑川は、焦った様子で電話に出る。
「誘拐……?娘が……?」
そう言った緑川の顔面からどんどんと血の気が引いていく。その言葉を聞いた黒井も普段の微笑みをたたえた表情が変わり、その目に灯る光が変わった。
「誘拐……?本当?」
「信じたくないが本当のようだ……。何でだ!」
電話を切った緑川は、コーヒーカップを叩きつけるとすぐさま立ち上がり店を出ようとした。その腕を掴み黒井は彼を引き留める。
「何をする!早く何とかしないと!」
「待って!……わたしも力になるわ。ミラーワールドを介して探せば早く見つけられるかも」
黒井のその申し出は突然のことで、緑川は面食らった。しかしその表情はすぐ暗いものに変わる。
「いや……人間による誘拐だ。目撃情報もある。学校からの帰宅中に数人が誘拐されるのに巻き込まれたらしい」
「モンスターによる行方不明事件の増加に隠れた犯行、卑劣ね……」
黒井も手にしていたコーヒーカップを置いた。その口調だけはあくまで冷静だった。
「許さん……!」
対照的に、緑川はその口調からも強い怒りが溢れ出していた。固く握りしめられた拳は小刻みに震えている。誰の目にもその感情が暴走しかかっているのは明らかだ。
「……緑川さん、どこに行くにしてもここならわたしのバイクの方が早いわ。乗っていって」
震える緑川の手を自分の手のひらで包みながら黒井は静かにそう言った。震える拳ごしに伝わる黒井の体温に、緑川は次第に落ち着きを取り戻した。
「それは助かる……。自宅に向かってくれ。もう妻や警察にも連絡がいったらしい。おそらく自宅も誰かしら警察官がいると思う。そこで私も対策を練る」
「わかったわ。道案内をよろしくお願いするわ」
黒井は予備のヘルメットを取り出し緑川に投げ渡すと、バイクにまたがりそのエンジンを入れた。力強いエンジン音が響き渡る。それは緑川の焦る鼓動と一体となってその全身を震わせた。
黒井の運転するバイクは住宅街をすり抜け、緑川の家へとたどり着いた。そこには数台の警察車両が詰めかけていた。その端に黒井はバイクを停めると、緑川はそこから降りる。
「……ありがとう。感謝する」
「ええ……。わたしもミラーワールドから探してみるわ」
普段とは異なり黒井のその表情は鋭く険しい。エンジンのアイドリング音が住宅街に響く。
「ところで『これ』の使い方は先程聞いた通りでいいんだよな?」
緑川は懐からカードデッキを取り出し黒井に見せた。その言葉に黒井は静かに頷く。
「話した通りよ。あなたに嘘をついてもすぐばれるでしょう?」
「そうか、わかった。……ならついでにもう一つ聞くが」
目を伏せながら緑川は口を開いた。その声は小さい。
「どうして私の娘のためにそこまで力を貸してくれる?」
その言葉に黒井は緑川向けて振り返ると、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「コイントスで決めたのよ。あなたと同じように」
そう言うと黒井はヘルメットをかぶりバイザーを下ろした。そしてそのままバイクで走り去っていく。
それを見送ると緑川は自宅の玄関を開けた。そこに普段通りの挨拶はなかった。
数時間ほど前、ちょうど登校時間だった理子は友人と共にいつもと変わらず通学路を歩いていた。死角の少ない道路であったが、少し塀が高くなったところに彼女たちが差し掛かったところに大型車が無理やりに幅寄せしてくる。危険を感じ立ち止まる少女たち。
「やー、かわいいねお嬢さんたち。ほら乗れよ」
不意に車の扉がスライドし、数人の男が顔を出した。そしてそのまま腕を伸ばし少女たちを車の中に無理やり押し込んだ。その恐怖に一人の少女が叫ぶ。
「た、助けて!誰か!」
「うるせぇよ!黙ってろ!」
男の一人がそれよりも大きな声で少女を怒鳴りつけ、無理やりに黙らせる。そしてそのまま扉を閉めると、アクセル全開で狭い路地を駆け抜けていった。
「何だあ今の叫び声……!誘拐じゃないのか!なあアンタ!警察呼んどくれ!」
だが、その騒ぎは気づかれていた。近くに住む老婆がたまたま庭いじりをしていたために、すぐさまその犯行は通報された。車の特徴なども覚えており警察にそれらが伝わると、間もなく捜査本部が設置された。順当にいけば、このまま警察の捜査により事件は解決するだろう。
しかしそのようなことを言っていられるのは神の目線での話だ。自分の娘が被害に遭ったとなると親は平然としてはいられない。それは理子の親である緑川雅也と弘美も例外ではなかった。
「あなた……」
「弘美……。大丈夫か……?」
職場への連絡を済ませ自宅のリビングの扉を開けた緑川が見たのは、憔悴しきった様子でソファに座る弘美と、そこに寄り添う数人の警官だった。
「警察か……。状況はどうなっている!?」
「緑川さんのお宅だったんですね。今のところ身代金などの要求はありませんが、目撃情報を元に犯人の行方を追っている所です」
「そうか……。一刻も早く理子を見つけてくれ。私も手伝おう」
そう言うと緑川は弘美の隣に座り、彼女を一度抱き寄せると卓上に並べられていた捜査資料に目を通し始めた。
「通学時間帯の犯行……。今が昼過ぎだから発生後およそ五時間、複数人を誘拐しておきながら身代金の要求は現時点ではなし。目撃情報からすると組織的な犯行。とすると、何らかの組織による人員確保のための可能性も考えられる」
「組織、ですか……?」
「例を挙げれば、一種の警備組織……といっても闇の組織だが、目的は要人の暗殺や破壊工作。その組織の実働部隊は戸籍や身元がないような人間らで構成されているらしい。しかしそのような組織が目撃情報を残すヘマを打つはずがないので、もしそうなら今回は末端の末端だろう」
「なるほど……」
緑川は資料をめくりながらさらに続ける。その視線は目の前の資料に落とされている。
「犯人は素人集団だが、おそらくはすぐにでも被害者を手放そうとするだろう。持っているだけで動かぬ証拠だからな……。かと言って始末してしまえば上に示しがつかない。だからとにかくすぐに上に渡そうとするに違いない」
緑川はそこまで言うと小さなため息をつき、警官に指示を出す。
「行政区域界に沿って全域に検問を敷いてください。海路を使われる可能性があるので、港湾部の防犯カメラをチェックしてください。出航する船はどんなに小さなもので見逃さないでください」
「了解です!先程同様の指示を本部から伝達されています!」
警官たちの動きの速さに、緑川は静かに小さな安堵の息を漏らした。
「さすが、普段の捜査でもそうですが迅速な対応。ですが相手が素人という可能性もあり無軌道な動きをしかねません。十分注意してください」
「はい!」
その言葉に、警官たちはあるものはパソコンに、あるものは電話を取り行動を開始した。その様子を見て、弘美は不安げな表情を見せる。
「あなた……」
「弘美、大丈夫だ。理子は私が助ける」
「そうじゃなくて、どうしてそんなに冷静でいられるのってこと……。理子が危ないのに……!」
弘美のその言葉に緑川は驚愕の表情を見せた。しかし、だからこそ言い聞かせるような口調で弘美に話しかける。
「私が冷静だと……?いや、弘美、お前と同じだ。理子が心配で心配でたまらない。だからこそ、今できることをしなければいけない」
「あなた……」
「私も出てくる。海路に逃げられると手出しのしようがなくなる。一刻も早く理子を見つけないと……。お前はここにいて、理子を待っていてくれ」
「雅也さん!」
弘美の言葉を背に受けると緑川は家を飛び出していった。その背中を弘美はただ見送ることしかできなかった。
「………それにしても、流石噂に聞く緑川検察官だ。わずか数分で本部同様の推理を組み立てるなんて」
「ええ、頭の回転と容量が常人以上なのかしら。いつも他の検察より証拠をもっていってるし」
リビングで捜査を行う警官たちの言葉は、弘美には届かなかった。
一方で、ミラーワールドに到着した黒井ことモリオンは、モンスターと出会う前にすぐさまカードを切った。
『ADVENT』
電子音声と共に、ミラーワールドの空をヒドゥンビークたちの群れが覆いつくす。それらを前にモリオンは叫ぶ。
「君たちに探してほしいものがあるの。普段君たちがいかない場所に十人ぐらいのエサがいたら、食べずに知らせて。……多分、海の方かも。よろしくね~」
モリオンの言葉を受けて、ヒドゥンビークたちはいっせいに散らばっていった。ただ一体、群れの長であると同時にモリオンの真の契約モンスターであるヒドゥンビーク・サミットだけが彼女に寄り添うように残る。
「君たちがわたしを呼び寄せた本当の理由はこれね」
銃を構えるモリオン。その銃口の先には全身に力強く隆起した筋肉を纏った、雄牛のような姿の怪人「マグナタウラ」が、その手にした巨大な破砕球を太い鎖で振り回している。
マグナタウラがその鎖の両端に繋がれた二つの破砕球を打ち鳴らした。それが戦闘開始の合図だった。
その腕力に任せ、マグナタウラは破砕球をモリオン向けて放つ。だが、あえてモリオンは相手の間合いに接近する。
「ッ!」
大きく上体を反らせたスライディングにより、モリオンは破砕球を紙一重で回避する。そしてそのままの勢いで接近し、銃剣で鎖の動きを封じそのまま至近距離で鎖に向けて発砲する。
ヒドゥンバイザーから放たれた銃弾は鎖環をねじまげ吹き飛ばした。さらにそのままもう一方の腕に握られた鎖をも破壊する。一瞬のうちにマグナタウラは手にした武器を失ってしまった。
だが、マグナタウラは諦めずモリオンの胴よりも太い腕で彼女に殴りかかる。空気を切り裂く勢いで放たれたその打撃をモリオンは回避し、受け流しながらさらに至近距離に迫る。
遂に、モリオンはその身体をマグナタウラに密着させた。こうなってしまえば自慢の腕力も意味を持たない。
「!危ないッ!」
最後のあがきとして、マグナタウラはその角の付け根から光弾を放った。だが、それも首を傾けたモリオンが回避する。避けられたことが理解できないかのように、マグナタウラは一瞬動きを止める。
だが、その隙を見逃すモリオンではない。ヒドゥンバイザーの先端をマグナタウラの下腹部に無理やり突き刺し、発砲すると同時にカードを発動する。
「ファイナルベントは今使えないから」
『SHOOT VENT』
電子音声と共に、ヒドゥンビークの頭部から翼を模した兵装「ヒドゥンスキャッター」が装備される。それが装備されるや否や、モリオンはヒドゥンビークのくちばしを模したその先端でマグナタウラの胸部を突き刺し、そのまま全体重を乗せて怪物を押し倒す。
胸部と腹部に刺さった刃物を何とかしようと、マグナタウラはもがくが、モリオンはさらに踏みつけを行い、マグナタウラの動きを完全に封じる。
「今日はご機嫌斜めだから……!」
それだけ言うと、モリオンは両手の武器のトリガーを引いた。無数の銃弾が、マグナタウラの全身に衝撃を与える。それも一度ではない。何発も何発も、マグナタウラがここからいなくなるまでその衝撃は怪人の体内を苛んだ。
両手の指をそれぞれ十回は引いただろうか。ようやくマグナタウラの全身は爆裂し消え去った。その爆風の中にはモリオンが一人佇んでいる。
その上空から、一体のモンスターが彼女向けて飛来する。やや小型、と言っても人の胴体以上はあるカラスのようなモンスターは「ヒドゥンビーク・マウント」。ヒドゥンビーク・サミットよりも若い、群れの主体を成す個体群だ。
マウントが特殊な電気シグナルでモリオンの隣に佇むサミットに何かを伝達する。それをサミットはさらにモリオンへと伝達する。
「見つけてくれてありがとう。人間だけじゃなく他のモンスターもか……。急がないと」
少し口元に手を当てて考え込むモリオン。だが、一つの方法を思いついた。
「ミラーワールド内でこれを使うのは初めてだけど、そうも言ってられないわ」
モリオンの意志に呼応するように現れたのは、全体を透明のキャノピーで覆った独特な風貌をしたマシン「ライドシューター」。これは現実世界をミラーワールドを結ぶ異次元空間であるディメンションホールを行き来する機能を持っており、仮面ライダー全員が所持している。
モリオンが手を触れると上部が展開しシートが露になる。そこにモリオンが搭乗すると、腰部が固定され全体にカバーが掛かり、出撃準備が整った。
「それじゃあ行こうかしら。道案内お願いね」
ヒドゥンビーク・マウントを先行させ、その後をモリオンのライドシューターが追いかける。どこか髑髏を思わせる巨大な一対の目をマスクの上に光らせながら、モリオンはハンドルを握る手に力を入れた。
「間に合ってくれればいいけど……!」
最高時速九百三十キロの中に、その呟きは消えた。
―続―