神殺鎗は、神々の世界に生きる 作:レヴィ
「射殺せ。『神鎗』」
シルとして刃を突きつけられた時とは違う、桁違いで本物の殺気。
皮膚をピリピリと焦がすようなそれに、フレイヤは戦慄した。
「あなた……本気で私を殺そうとしているの?」
「そうやな。催眠使いにマトモな奴なんて居らんわ」
あまりに迂闊で軽率だった、と、護衛もつけずに街へ飛び出した自分の行動の愚かさに後悔するフレイヤ。
簡潔に言えば、彼女は周りが見えていなかった。
ベルが怪物祭に来ていることを知り、そして、ヘスティアと行動を共にすることも知った。知ってしまった。
そう、嫉妬。
どうにか切り抜けなければ、と脚を踏み出そうとしたフレイヤの顔の横を、閃光が駆け抜ける。
「ッ!?」
フレイヤの背後で檻を吠えていたコボルトは斬魄刀によって脳天を撃ち抜かれた上で檻に叩きつけられ、断末魔をあげる暇もなく汚らしい血を撒き散らしながら絶命する。
一瞬にしてコボルトを葬った斬魄刀に巻き込まれたフレイヤの美しい髪が、はらはらと地面に落ちた。
「動くな。次は当てるで」
一切表情を変えずに言い放つギン。
白。フレイヤにとって、最悪の状況だった。
#12 Smoke and mirrors
「……一度話し合いましょう?」
降参よ、とフレイヤは両手を挙げる。
「話し合い?」
「ええ。私はこんなところで天界に送られるわけにはいかないの」
ベルを私のモノにするまでは。
数億年という気の遠くなるような期間を生きてきたフレイヤにとって、史上最大の正念場を迎えていた。
少しでも選択肢を間違えば、私は即刻斬り捨てられる……!
「……ボクに何のメリットが?」
「ソウルソサエティについて知りたいのでしょう?私をここで殺したら、それは一生叶わないかもしれないわよ」
「別に、キミ以外にもカミサマは沢山居るやろ」
「私は多くの男神とのネットワークがあるわ。それをここで失うのは、貴方にとっても痛手じゃなくて?」
手札の一つである、自らのネットワークの強さを切るフレイヤ。
ふむ、と考え事を始めたギンを横目に、脳内を素早く動かす。
一か八か『魅了』を使ってみるか。
駄目。催眠がかかる前に私は殺される。
それなら、ここから走って逃げるか。
無理。今の私の身体能力じゃ倉庫から出ることもできない。
どうする、どうする。
「……まァ痛手かもしれへんな」
「なら」
「でも、キミを野放しにしとく方が不愉快や」
一瞬活路を見出したフレイヤを、ギンは絶望の淵へ叩き落した。
不愉快。つまり、単純な感情論。
理論を突破するよりも、ずっと難しい。
「なら……私が貴方の伴侶になるのはどう?これでも『美の神』としては最上位なのよ」
「興味ないわ」
性への媚び。
大概の男神を骨抜きにしてきたそれも、ギンには通用しなかった。
どうする、どうする、どうする。
脳内がショートを起こしかけているフレイヤとは対照的に、ギンは至って冷静だった。
まさか、カミサマには斬魄刀のようにそれぞれ能力があるんか?
「……催眠なんて、そない簡単にかけられるものとちゃうやろ。条件は?」
とりあえずフレイヤは此処で斬っておくとして、他のカミサマの能力について知っておきたい。
それぞれの能力は会った時に調べれば良いとして、どのくらい簡単に能力を発動できるのか。
あの鏡花水月ですら、始解を見せるという能力解放の条件があったのだ。
そこが気になったギンは、何気なしにフレイヤへ質問を投げかけた。
「……!そうね。私の催眠は、相手に触れておくことが条件よ」
完全なる口から出まかせ。
しかし、ここが勝負所と判断したフレイヤは、即座にそんな嘘を言った。
ここでイチマルにそう思い込ませれば、何処かで『魅了』をかけられるかもしれない。
そんな、可能性の薄い勝利への打算。
一筋の光。
「随分と簡単やなァ」
「そう言わないで。私達神は、下界に降りる際に人間と同じレベルまで身体能力を落とされるの。これでも中々大変なのよ?」
ここが勝機と見たフレイヤは、矢継ぎ早に畳み掛ける。
「私が貴方に触れることができるとでも?レイアツという、相手を感知する魔法が使える貴方が?」
よくもまあ、ここまでペラペラと回るものね。
その場で作った噓八百を並べ続ける自分にフレイヤは少しだけ驚いた。
「貴方も、この冒険者の子に魅了をかける私を見ていたでしょう?こんな暗がりで背後からでもない限り、難しいのよ」
「……成程なァ」
話に筋は通っとるな。
ギンの斬魄刀の切っ先が、ほんの少しだけ下がった。
「いいわ。前回のような化かし合いは止めましょう。今度こそ交渉よ。私は、貴方が欲しがっているソウルソサエティについて私のネットワークを駆使して調べるわ。その代わり、貴方は私を殺さない。どう?」
「……乗った」
この瞬間、数億年という悠久の時を生きたフレイヤの経験に軍配が上がった。
ギンは斬魄刀を鞘に納め、近くの檻にひょいと腰掛ける。
「……ふぅ」
一旦窮地を脱したフレイヤは安堵の息を吐くと、ずらっと並んだモンスター入りの檻を見渡す。
ゴブリンじゃあ弱すぎる。ダンジョン・リザードも同じね。フロッグ・シューターは……いまいち迫力に欠けるわね。
「……そうね。あなたが良いわ」
怪物祭の目玉モンスターの一匹のであったシルバーバックに目を付けたフレイヤは、その檻の鍵を開き、静かに佇むシルバーバックの頬を両手で包む。
これから私は、あの子に酷いことをする。もしかしたら、死んでしまうかもしれない。
それなのに、ああ、どうして私の胸はこんなにも高鳴っているのだろう。
幼稚な嫉妬、度の過ぎたちょっかい。
「……いい?小さな女神を追いかけて」
震えるシルバーバックの耳元で囁き、額に唇を触れさせる。
『ヴモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』
大気が震えるような咆哮を上げたシルバーバック。
美の神による『性』への直接的な訴えに抗う術などなくあっさりと魅了された哀れな獣は、腕に付いた鎖をジャラジャラと鳴らしながら倉庫の扉を吹き飛ばし、何処かへと跳んで行った。
フレイヤはそんな背中を満足そうに見送ると、陽動用のモンスターを数匹適当に見繕い檻の鍵を開ける。
「……追わないの?私としてはここに居てくれる方が嬉しいのだけど」
そのモンスターにもシルバーバックと同じような指示を与えたフレイヤは、追いかけるどころか自分を止める素振りすら見せないギンに少々驚きの目を向けた。
「ボクに追う理由があらへん。下手に追いかけて殺して、キミに機嫌を損ねられる方が面倒や」
遠くで聞こえる雄叫びと破壊音。そして、悲鳴。
それらは全て、ギンの耳にしっかりと入っていた。
成程、どこまでも自らの目的のために動く男なのね。
一切動く様子を見せないギンに、フレイヤはそっと目を閉じた。
同じ白い髪のヒューマンでも、全く違った魂を持つ二人。
「……だから貴方が嫌いなのかもしれないわね」
「好くも嫌うも、ご自由にすりゃええわ」
「そうさせてもらうわ」
「それにしてもキミ、此処に来るまでそれなりにリスクあったやろ。なしてわざわざそんなリスクを冒してまで、あないモンスターを街に放ったん?」
「そうね……敢えて言うなら、嫉妬かしら」
「は?」
「好きな人が他の女と一緒に居たら、邪魔したくなるでしょう?」
「……分からんなァ」
フレイヤの言葉は、ギンには理解できないものだった。
愛する人の為に全てを捧げはせども、無理に隣に立ちたいなどとは考えなかった。
「ボクもキミも、同類や。肌の冷い蛇を、果たして愛せると言えるのか。甚だ疑問や」
そんなギンの言葉も、フレイヤには理解できないものだった。
愛する者の隣に立つ為ならば全てを捧げる覚悟がある。
「……ベルを私のモノにするためなら、私は何だってするわよ」
「そのためのシルちゃんかいな」
「あれは……ただの、暇潰しよ。前にも言ったじゃない」
「……そうかい」
乱菊。君は今頃、どうしとるんやろ。
願わくば、良い伴侶を見つけてさっさとボクのことなんて忘れてると嬉しいんやけど。
「貴方は……そういう人は、居なかったの?」
「さァ……忘れてもうたわ」
嘘。
白や黒ではない。嘘。
「……そう。出過ぎた質問だったわね」
フレイヤはそれだけ言うと、目を伏せた。
「私はそろそろ行くわよ。貴方に限って大丈夫だとは思うけど、もしガネーシャ・ファミリアの子に見つかったら面倒、とだけ忠告しておくわ」
フードを被り直したフレイヤは、倉庫から出る直前に、未だぼんやりと遠くを見つめているギンにそれだけ伝える。
「そうやなァ」
「……そういえば、貴方幾つなの?見る限りオッタルよりも下よね?それにしては落ち着き過ぎていない?」
「ボクなんぼやっけ。百から先は数えとらんわ」
白。
「……えッ?」
フレイヤがギンの方を振り返った時にはもう、その姿は煙のように消えていた。
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