神殺鎗は、神々の世界に生きる   作:レヴィ

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第二章
#14 To the place where chrysanthemums bloom


走馬灯。

それは、死ぬ寸前に見る人生のアルバムのようなもの。

生きた時間が長ければ長いほど、そんなアルバムのページ数は増していく。

僕も、できることならば、楽しい走馬灯が見たいと思っていた。

でも、僕はどうだろう。

二十歳にも満たない僕の短い人生の走馬灯は、雷が如く消えてしまった。

 

「……ル君っ!ベル君っ!!!」

 

はた。

神様の声で、僕はようやく現実に戻ることができた。

戻ってしまった、という表現が正しいのかもしれない。

 

「ベル君!しっかりするんだ!」

 

神様はいつの間にか膝をついていた僕の前に立ち、その小さな両手でがくがくと肩を揺さぶっていた。

 

「ベル……!大丈夫……!?」

 

暗闇で眩く光る六本の光の矢に囚われたアイズさん。

攻撃に反応すらできなかった僕を庇って、囚われたアイズさん。

 

「っ……大丈夫です……!」

 

そんなアイズさんが、神様が、潰れかけた僕の勇気を奮い立たせた。

膝をついてる場合じゃない。俯いてる場合じゃない。僕が、護らなくちゃいけないんだ。

 

「アイズさん……動けますか……?」

 

「ごめん、無理……この魔法、変……!」

 

「そうですか……神様。アイズさんを抱えて逃げることはできますか?」

 

「それはできなくもないけど……ベル君はどうするんだい?」

 

「僕は……今からくる敵を、少しでも食い止めます。だから、早く!」

 

生まれたての小鹿のように震える脚を拳で殴りつけ、声を張り上げる。

怖くない、怖くない、怖くないッ!

 

「べ、ベル君……」

 

「神様!早く……」

 

ぬるり。

そんなオノマトペが、聞こえた気がした。

 

「あれ。女の子の方に当てたはずやったんやけどなァ」

 

ミノタウロスなんて目じゃない。比べるのも烏滸がましい。

明確な殺意を持っているモンスターとは違う。ただ、生きてるだけ。

ご飯を食べる時と、読書をする時と、熱い湯を頭から被る時と、何ら変わらない。

それだけに、僕は、絶対的な力の差を感じてしまった。

 

僕じゃ、勝てない。

 

「ま、ええわ。ちょいとオハナシしようや」

 

僕のちっぽけな勇気は、粉々に打ち砕かれた。

 

 

 

 

 

#14 To the place where chrysanthemums bloom

 

 

 

 

 

「……ソウルソサエティは、まだ分かってないわ」

 

「はぁ、カミサマも案外頼りにならんのやな」

 

怪物祭から凡そ二週間。

尸魂界の調査の進捗を聞きにフレイヤのもとを訪れていたギンは、その肩をがっくりと落としていた。

神である自らに対して不遜な態度をとるギンの蛮行にフレイヤは不快そうに眉をひそめながら、『仕方ないのよ』と言葉を繋ぐ。

 

「億という時を生きてきた私でさえ聞いたことのない単語なのだから、木っ端の神如きが知ってるわけないじゃない。ロキが名前だけは知っていたみたいだけど、その内容までは知らないみたいだし」

 

「人は死ぬと長い時間をかけて輪廻転生をする、でしたっけ?」

 

「ええ。人もモンスターも、皆同じく輪廻の輪の中にいるのよ」

 

「その輪廻の輪から離れ怪物化するのは?」

 

「昨日も言ったじゃない。そんな話は聞いたことがないわ」

 

はぁ。

ギンは大きなため息をついた。

虚が存在しないということは、ここには死神が存在していないのだろう。

そしてそれすなわち、ギンが居た世界とは全く別の世界であるということの、紛れもない証明でもあった。

その可能性をギンも薄々感じてはいたが、いざ事実として叩きつけられると、少々辟易とするのだった。

 

「……ま、そらそうか」

 

しかしギンは、辟易としながらも、なんとなくそんなような気がしていた。

 

「ボクが生きてるワケ、ないし」

 

藍染に敗北し、斬られ、ボクはあの時確かに死んだはずや。

それなのにこうして生きている時点で、ちゃんちゃら可笑しな話っちゅうことや。

 

「……この辺りではっきりと言っておくわ。貴方の居たソウルソサエティという場所は、この世界には存在していないわ」

 

「ま、そうやな」

 

「あら。随分とあっさりとしているのね」

 

特にこれと言って嘘をついている様子のないギンに、フレイヤは少しばかり驚いた。

 

「そうやな……そんな気がしとった。それだけや」

 

「……貴方のそういうところが、私は嫌いなのよ」

 

自分よりもずっと短い時間しか生きていないギンが、時折見せる達観したような表情。

自らのために生きることへの執着がまるで感じられないギンのそんな表情が、フレイヤはたまらなく嫌いだった。

 

「貴方、ここへ来るまではどんな生き方をしてたの?」

 

「別に何もおもろいことはあらしまへんよ?」

 

白。

普通の生き方をしていたら、オッタルに勝てる実力をつけられるはずがない。

まして、神である私と駆け引きできるような胆力がつくはずがない。

なのに、白。

 

「……そう」

 

「じゃ、おおきに。何かあったら教えてや」

 

「ええ」

 

そんなフレイヤの返事も聞かず、ギンは瞬歩でフレイヤの前から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、イチマル。帰ったのかい」

 

豊穣の女主人へ帰宅したギンを迎え入れたのは、シチューの仕込みをするミアの柔らかな声だった。

リューとアーニャは床を掃き、ルノアとクロエは窓を磨いている。

ギンが帰ったことを気にすることなく、口々に『おかえり』とだけ呟くとすぐに自分の仕事へ戻る。

 

「こんな時間に帰ってくるなんて珍しいじゃないか。ようやく店を手伝う気になったかい?」

 

「かもしれへんな」

 

「神様じゃないけど今のは私でも分かったよ。嘘だってね」

 

半眼で睨むミアの視線を華麗に受け流したギンの目が、机の上に向けられる。

そこには、籠にたんまりと積まれた干し柿が入っていた。

 

「お、干し柿やないですか」

 

「ん、食べるかい?常連さんにお裾分けされてね」

 

「ほな、一つ貰いますわ」

 

此処に来てから食べるのは初めてや。

ギンはルンルンと干し柿をひとつ摘まむと、いかにも旨そうなそれにかじりついた。

 

「……」

 

「……どうしたんだい?」

 

「あんま美味ないわ」

 

見た目に反してあまり美味しくない干し柿に、ギンは露骨に顔を歪ませる。

初めて見るギンの反応に、ミアをはじめとする豊穣の女主人のメンバーは、目を見開いた。

 

「あまり美味しくないのかい?どれどれ……」

 

興味の沸いたミアは、干し柿を口へ放り込む。

リューやアーニャなどもワラワラと寄ってきて干し柿を食べると、全員で顔を見合わせる。

 

「……こんなものじゃないですか?」

 

「まぁ、こんなもんニャ」

 

「いつもの干し柿ニャ」

 

「あくまで保存食だからね」

 

「イチマルが前に居た場所の干し柿はもっと美味しかったのかい?」

 

リュー、クロエ、アーニャ、ルノア、ミアの順に感想を口にする。

そんな五人を横目にギンはあまり美味しくない干し柿を嫌々ながら食べきると、口の中の不快感を押し流すように水を飲んだ。

 

「これ、甘柿で作ったみたいですわ。干し柿は渋柿で作らなあかんってのに」

 

「渋柿なんて人が食べるものじゃないニャ」

 

アーニャの反論にギンは答える代わりに、にやりと口角を上げた。

ボクの作るホンマの干し柿を食べたら、こんな口利けなくなるんやろなァ、と。

 

「干し柿が好きなんて、アンタも変わってるじゃないか」

 

オラリオにおいて、干し柿はあくまでも『保存食』の扱いであった。

主にダンジョンに潜る際に日持ちする甘味。ダンジョンでそれなりに甘い物が食べられるだけ、感謝しなくてはならない。

さらにここ最近は干し柿よりも美味しい携帯食が流行り、干し柿はすっかり廃れていた。

それ故に、そこまで美味しさへの追及がなされてはいなかった。

ミアもそれを知っていたため、シチューの仕込みに戻りながら、渋い好みのギンに奇異の目を向ける。

 

「ボクが前に居た場所じゃ、毎年冬に入る頃、皆で干し柿を作っとったんですわ」

 

今まで一度も語られたことのないギンの昔話に、リュー達だけでなく、ミアの手までもが止まる。

ぽつり、ぽつり。

大して旨くもない干し柿を眺めながら、ギンはかつて護廷十三隊に居た頃を思い出す。

 

「その日は仕事をみーんなボクの部下に押し付けて。皮を剝いて、焼酎を含ませた布で拭いて、糸をひっかけて、干して」

 

隊舎の裏に植えられた柿の木。

嫌々ながら仕事を受け入れる吉良イヅル。

仕事や訓練を終えた者から集まる三番隊の隊員。

完成した干し柿を各隊へ配った時の笑顔。

それらが、ギンの脳裏でフラッシュバックする。

しかしすぐに少し喋り過ぎたと自省すると、普段通りの薄ら笑いを浮かべた顔となる。

 

「……っと。ちょいと喋り過ぎましたわ」

 

「良いんだよ。アンタの昔話、初めて聞けたしね」

 

ミアは止めていた手を再び動かし始める。

そしてギンを見やると、優しい微笑みを向けた。

 

「アンタにも事情があるんだろうし、詳しくは訊かないさ。ただ……そうだね。アンタにも置いてきた人が居るんだろ?できることなら早く帰りな。待つってのは、結構しんどいものだよ」

 

「……忠告、おおきに」

 

果たして、ボクに帰る場所は在るのやろか。

其の上、ボクを待つ人は居るんやろか。

幾ら自問自答しても出る気配のない疑問を抱えたままギンは軽く片手を挙げると、大して旨くもない干し柿をひとつ懐へ放り込み、自分の寝床へと潜り込むのだった。

 

 

 

 




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