神殺鎗は、神々の世界に生きる 作:レヴィ
話をしよう。
目の前の男は、確かにそう言った。
しかし、ただ話をするだけなら、何もこんな襲撃じみたことをする必要なんてなかったはずだ。
「神様……」
「ベル君。あの男は嘘を言ってる」
「ありゃ、バレてまったか」
僕と同じ白髪の男は、ウームと唸りながら頬を掻く。
腰の剣に手をかける素振りもない、明らかな油断。
でもしかし、そんな油断しきった相手ですら、僕は勝てるビジョンが見えなかった。
「ま、バレちゃしゃァないわ。君には用事ないで。ボクはそこの女の子に用があって来ただけや」
白髪の男はそう言うと、光る矢に囚われたアイズさんに人差し指を向けた。
「詠唱破棄とは言え、六十番台の縛道や。無理に動くのは止めとき。怪我するで」
足の裏から根が生えたように動けない僕をよそに、白髪の男は両手を服の袖に突っ込んだままこちらに向かってくる。
一歩近づくたびに、尋常じゃないプレッシャーが僕の身体を圧し潰さんと圧し掛かってくる。
口の中はカラカラに乾き、身体中から汗が噴き出し、気が遠くなる。
一瞬でも気を抜いたら最後。僕は地に尻もちを搗き、二度と立てなくなるだろう。
「っ……も、目的は……!」
それでも。
粉々に砕かれた勇気を必死にかき集め、張りぼてで取り繕い、僕は一歩踏み出した。
僕が動けたことがそんなに不思議だったのか白髪の男は眉を吊り上げると、次に、意地悪そうにニヤリと笑った。
「さァ。何やろ。当ててみ」
#15 How do you live your life
『アンタにも置いてきた人が居るんだろ?できることなら早く帰りな。待つってのは、結構しんどいものだよ』
昨日ミアに言われたそんな科白が、ギンの脳内では何度も反響していた。
街を一望できる壁に登り、眩い朝日に目を向ける。
何となく感傷的になりそうな風景。
眠りから覚めた街並み。
「……ボクは」
ボクは、どうしたいんやろか。
オラリオでの生活に慣れ始めていたギンに、当初の疑問が蘇っていた。
尸魂界への帰り方を模索するのは良い。だが、知ってどうするのか。
帰るのか、将又、帰り方を知って満足するのか。
そして、もし帰ったとしてどうするのか。
帰ったところで、尸魂界へ刃を向けた事実は揺るがない。極刑、良くて万年単位の投獄が関の山。
複雑に絡み合った糸のようにぐちゃぐちゃになったギンの思考に、ドォンという何かが壁にぶつかるような音が飛び込んできた。
「ん?何や?」
時間は街がようやく起き出す早朝。
それに、滅多に人の来ない壁の上。
ギンが音のした方向に目を向けると、そこでは木刀を持った少女にボコボコにされる少年の姿があった。
何や、手合わせかい。
護廷十三隊に所属していた時代から隊員同士の手合わせを何度も見ていたギンは興味を失いかけたが、ふと、怪物祭の時のことを思い出す。
そういやあの白髪のガキンチョ、確かあの時の……。
「……」
これといってやることもないということで、ギンは二人の手合わせに再び目を向けた。
ベルとアイズからギンの姿は物陰に隠れて見えておらず、ギン自身も霊圧を極限まで下げていたため、バレることはなかった。
「……何や、あの目」
手合わせ中のベルを見たギンの肩ががっくりと落ちる。
シルバーバックに立ち向かった時とは一八〇度違う、真剣さの中にどこか色欲の含まれる目。
あの時のような強い目を常時しているとはギンも思っていなかったが、こうも変わっていると、落胆せずにはいられない。
あの時の自分の目はおかしかったのかとまで思ってしまうギン。
「やあああああああっ!」
それでも吹っ飛ばされては立ち上がり、吹っ飛ばされては立ち上がるベルの姿に、ギンの目は釘付けになっていた。
「ここにいたのね」
そんなギンは、背後からの声に振り返った。
そこにはフードを被ったフレイヤが立っており、すぐにベル達に見つからないよう、ギンの隣に腰を下ろした。
「何で此処に?」
「たまたまよ」
「へぇ」
事実はバベルからベルの姿を見ていたところ近くにギンの姿を見かけ、愛しのベルが何かされないか心配となっただけであるが、わざわざ説明してやる義理もないので適当に誤魔化す。
ギンも誤魔化されたことに気付きつつも、深入りする理由もないので適当に流しておく。
「そう言う貴方がこんなところに居るのは珍しいわね」
「たまたまや」
「へぇ……そう」
白。
ベルに何かする気ではなさそうなことに、フレイヤは胸をなでおろす。
「偶然会ったついでに、報告しておくわ。まだソウルソサエティについては分かっていないわよ」
「そりゃ大変やな」
「……そう」
黒。つまり、自分が元居た場所への執着がほとんど失せている、ということである。
フレイヤはここで、『このイチマルという男は、私が考えているよりも元の場所に帰る気がないのでは?』という仮説が浮上した。
「ねぇ。貴方は私にソウルソサエティについて調べさせている割に、あまり興味がなさそうじゃない。一体何が目的なの?帰ること?それとも、また別なの?」
つい先刻まで考えていたことを指摘されたギンは黙りこくる。
嘘や誤魔化しならば、すぐにでもポンと出ただろう。
しかしギンは、自らの思考回路が分からなくなっていたからこそ、考え込んでしまった。
「……まぁ、少し考えていてもいいわよ。私に適当な嘘が通じないのは貴方も知っていることでしょうし。私は貴方が考え事をしている間、ベルの姿でも見ておくから」
フレイヤはそれだけ言うと、うっとりとした目でベルの勇姿を網膜に焼き付けんとばかりに凝視を始める。
色ボケメガミサマも、ここまできたら清々しいわ。
ギンはそんなフレイヤの姿に呆れ返ると共に、ひとつの疑問がわいた。
「何や。カミサマってのは、人間に欲情するほど暇なんかいな」
「あら……何?いきなり」
「いや?ボクの中のカミサマはもっと、人間を導くような存在だったもんで」
「貴方が思うほど清廉潔白で高尚な存在じゃないわよ。そうね……暇、といえばそうなのかもしれないわね。神が下界に降りる理由の大半は、天界が暇だからだし」
口元に人差し指の先を当てて虚空を見上げるフレイヤ。
呆れを通り越し何か可哀想な物を見るような目となったギンに、フレイヤは少し唇を尖らせる。
「貴方は分からないでしょうけど、天界は退屈なのよ。あんな場所で何億年も暮らしていたら、刺激や娯楽が欲しくなるわ」
「暇潰しついでに人間に色目使うとるんか?」
不遜なギンの言葉。
それを聞いたフレイヤは、不快そうに眉をひそめた。
「……何?何が言いたいのかしら?」
「いや?怪物祭の時から思うとっただけや」
「……そう。なら私は、貴方の方こそ人間とは思えないわね」
「へぇ」
「年齢を訊いた時百を超えてると貴方は言ったわね。そこも問いただしたいところではあるけれど、今はいいわ。でも、貴方は……」
ここでフレイヤは、一瞬踏みとどまった。
『貴方は、人間としての欲望に欠けている。まるで、自らのために生きていない、他人の傀儡であるみたいだ』
そう言いかけた直前、これが子供にかけるような言葉ではないことに気付き。
「ボクが?」
「……いいえ。何でもないわ」
結局これをフレイヤは言わず、喉まで出かかった言葉を無理矢理飲み下した。
「……人間は、何か大切なものを見つけるために生きてるのよ」
「……大切な者を護るために生きるんや」
「相容れないわね」
「そうやなァ」
阿呆らし。ああ、本当にこの男は読めないわね。
薄ら笑いを浮かべるギン。目を伏せるフレイヤ。
そんな対極的な二人だったが、フレイヤがすっと立ち上がった。
「……そろそろ帰るわ」
「へぇ、ボクを最後まで見張っとらんでええんか?」
「私が見張ったところで、本気になった貴方を止められはしないわよ」
「良ぅ分かっとるなァ」
「本当に貴方は……」
神である私を暴力の下に手玉に取るとは、オラリオ出身でないことは確かね。
わざとらしく斬魄刀をチラつかせるギンにため息をつくと、フレイヤはフードを深く被り直した。
「キミ、誰や?」
ギンの質問が、フレイヤの背に突き刺さった。
深く、深く。
「……美の神・フレイヤよ。名前まで忘れたのかしら」
「カミサマかい」
「えぇ」
「何が言いたいのかしら?」
「いや?」
ギンはチラつかせていた斬魄刀を鞘に納刀すると、薄く目を見開いた。
「随分と人間臭いやないか」
「……そうかしら」
フレイヤが振り返った時にはもう、ギンは消えていた。
「……言いたいことだけ言って消えるのね」
木刀の殴打音。ベルの雄たけびと悲鳴。そして、フレイヤの独り言。
フレイヤが尸魂界について知るまで、残り半日。
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