神殺鎗は、神々の世界に生きる 作:レヴィ
勝てない。
宙を舞う砂埃と背中の激痛に、ベルの心はぽっきりと折れてしまっていた。
攻撃が見えない。何をされたか分からない。
「はあっ……!はあっ……!」
肩で呼吸をし瞳孔を開いたベルに、ギンはほんの少しばかり、がっかりさせられていた。
何や。拍子抜けやな。と。
「痛いやろ?だからボク言うたやん。止めとき、ってさ」
こりゃコレの出番はなさそうやな。
ギンは斬魄刀を鞘に納めると、両手を袖に突っ込んでゆっくりとアイズの下へ向かっていく。
全く未知の魔法によって身体を完全に拘束されたアイズの表情が、恐怖と絶望の入り乱れたものへと、ギンが近づくごとに変わっていく。
ヘスティアも唖然としたまま、地蔵のように固まることしかできなかった。
「ッああああああああああああああああああああああああああ!!!」
一度折れた心。それでも。
ベルは喉が焼け落ちんばかりの声を張り上げ恐怖心をかき消す。
無論、脳は行くなと告げている。
身体は震え、ナイフの切っ先が揺れる。
それでも。
「ファイアボルトッ!」
暗闇の中、ベルの放った魔法が糸を引きながらギンの顔面に迫る。
だがギンは必要最低限の動きでそれを躱すと、魔法が飛んできた方へ目線を向けた。
「ん……」
しかしギンが向いた時にはもう、ベルの姿はなかった。
罅の入った壁が受けたダメージが少なくないことを示していたが、煙のようにベルの姿は消えていた。
「うわあああああああああああッ!」
闇に紛れた小さな身体は近くの建物の屋根を伝い、絶叫を上げながらギンの頭上から奇襲を仕掛ける。
逆手に構えたナイフを両手で強く握りしめ、重力に身を任せながら猛スピードで落下し余所見をしている脳天へその刃をあらんばかりの力で叩きつけんとする。
#15 Fox Mirage
「ッ!?」
全身全霊を賭けた一撃。
それでも、ギンに通用することはなかった。
まるで脳天に目がついているようにナイフを持つベルの手首を受け止めたギンは、ベルの身体をぽっとアイズとヘスティアのもとへ投げ捨てた。
「おお、怖い怖い」
軽々と受け止めた右手をブラブラ揺らしながら笑うギン。
「……あ、あなたは誰ですか?」
「さ、誰やろ」
「何のためにこんなことをするんですか?」
「さぁ?」
「ッ……あ、アイズさんを、殺すつもりですか?」
「どう思う?」
ベルの問いに答えを濁し続けるギン。
黒白を見抜くことができる神の前で敢えて答えを濁すということがどういうことか。
ヘスティアの背中に、嫌な汗が伝う。
「ベル君……彼は危険だ。危険すぎる」
「神様……」
「キミ……えっと……ボクが勧誘したことがある子だよね」
「……あぁ。嘘つきカミサマ」
「誰が嘘つきだ!」
すれ違いで嘘つきされたヘスティアは眉をハの字にして怒る。
それでも一度咳払いをすると、真っ直ぐにギンの方を向く。
「……ヴァレン何某君に話がしたい、というのは本当かい?」
「ホンマですよ?」
白。
初めて白黒判別できた事実に、ヘスティアの中に一筋の光が差した。
「……ベル君。ヴァレン何某君を、ここは差し出そう」
「神様!?何言って……」
ヘスティアの出した非情な答えに、ベルとアイズは目を見開く。
「ボクは君を失うことが嫌なんだ。彼と戦って勝てるのかい?」
「そ、それは……!」
「彼は話がしたい、と言っている。これは嘘じゃない」
「ッ……!」
ヘスティアの提案。
ベルはナイフを強く握りしめたまま、余裕綽々といった様子で薄ら笑いを崩さないギンと身動きの取れないアイズを交互に見比べる。
「ベル。私のことはいいから、今は逃げて」
ギンを睨み付けながら苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるアイズ。
そうだ。アイズさんは僕よりもずっとレベルの高い冒険者じゃないか。
今の僕が戦っても絶対に勝てないんだから……。
「……うあああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「ベル……!?」
そんな弱音を吹き飛ばすように怒号を上げたベルは、驚きの表情を見せるアイズの前に立ち塞がった。
「僕は逃げない!絶対に!」
「……へぇ」
無謀と言っても差し支えないベルの行動に、ギンはほんの少しだけ口角を上げた。
「ほなキミに、一つ教えたげるわ。勇気と無謀は違うで?」
「それでもッ!」
ヘスティアナイフを逆手に構え幾度目かの突撃を試みるベル。
ギィン、という激しい金属音を響かせながら両者の刃が交差し火花を散らす。
ギチギチと鍔迫り合いを繰り広げる中、ナイフを握る手とは逆の手のひらをベルはギンの顔面に向けた。
「ファイアボル……!」
「させへんで?」
完全に意表を突いたゼロ距離での魔法。
しかし詠唱が終わるよりも早くギンの手がベルの顔面を捉え、そのまま力尽くで後頭部から石畳に叩きつけた。
「……!」
ガァンという音と、後頭部から伝わる凄まじい衝撃でシェイクされるベルの脳味噌。
一瞬前後不覚になりながらも必死に意識を保とうとするベルだったが、気付いた頃には既に、自身の身体は宙を舞っていた。
「マズ……!」
受身もクソもない空中。
重力に従って落下するベルが防御姿勢を取るより早く、ギンの蹴りがベルの鳩尾に突き刺さった。
「があああああああああああっ!!!」
悲鳴を置き去りにして吹き飛ばされたベルの身体は毬のように地面を何度もバウンドし、ヘスティアとアイズの隣を通過して壁に叩きつけられた。
「ぐうっ!」
それでも何とか受身を取ったベルは、再びギンに突撃する。
「ワンパターンやなぁ」
嵐のようなベルの攻撃を最小限の動きでいなすギンは、大振りの攻撃の後の一瞬の後隙にベルのこめかみへ回し蹴りを叩き込む。
「が……!」
飛びかけた意識を、舌を噛んで手繰り寄せたベル。
「破道の一【衝】」
間髪入れずギンの放った鬼道を、ベルは後ろに跳んで回避する。
だがその衝撃波はベルの身体を狙っておらず、ベルが跳んだ先の地面に当たり石畳を破壊した。
「なっ……!」
濛々と立ち昇る土埃と、地面を崩されバランスを失うベルの身体。
視界を奪われ地面に膝をついたベルの目に次に飛び込んできたのは、土埃を切り裂きながら突風のように迫るギンの後ろ回し蹴りだった。
悲鳴を上げることも、勿論防御姿勢を取ることもできないまま後ろ回し蹴りを顔面に受けたベルは、まるで背中についた糸に引かれるように吹き飛び壁に激突し、ズルズルと尻もちをついたのだった。
「ベル君!」
「ベル!」
血を吐きながら激しく咳き込むベルに、ヘスティアはぼろぼろと涙を流しながら駆け寄る。
「もうやめるんだベル君!」
「かみ……さま……」
ああ、もう充分やったじゃないか。もう充分頑張ったじゃないか。
斬魄刀を鞘に納め両手を服の袖に入れ込んだギンの姿をぼやける視界でとらえながら、ベルの心の中にはそんな弱音が蔓延っていた。
「……それでも」
痛む全身に鞭を打ち、ふらつく脚を拳で叩き、弱音をかなぐり捨てて。
再び立ち上がったベルは、その眼前にナイフを構えた。
「勇気と無謀はちゃうで。キミ、ボクのこと倒せると思ってる?これだけやられて?」
「ッ……!それは……」
ギンの問いかけに、ベルの身体が一瞬硬直する。
誰がどう見ても、勝負の行く末は火を見るよりも明らかだった。
そんなことは、ベル自身にも分かりきっていた。
「ほな逃げなアカンわ。せっかく良い脚しとるんだから」
「逃げ……る……?」
『坊主。冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初のうちは生きることだけを必死にすればいい。背伸びしてみたって、碌なことは起きないんだからね』
『最後まで二本の脚で立ってた奴が一番なのさ。みじめだろうが何だろうがね。すりゃあ、帰って来たソイツにアタシが盛大に酒を振舞ってやる。ほら、勝ち組だろ?』
ふと、ミアに言われたことを思い出したベル。
そうだ。
考えろ。どうしたら逃げられるか。
「……ま、何か思いついたみたいやな」
無意味な突進を繰り返していた先程までとは明らかに目の色が変わったベル。
ギンはにやりと笑い斬魄刀を抜いた。
「ファイア……ボルトッ!!!」
ベルの手から放たれたファイアボルトは、まるで意趣返しのようにギンの目の前に着弾した。
さて。これじゃさっきボクがやったことと変わらんで。
土煙が目の前を支配する中、ギンは自身から見て左側に何かが跳んできていることに気付いた。
「左……」
視線を、ベルが跳び出してくるであろう左側に向ける。
だがしかし土煙の中から飛び出してきたのは、ベルの持っていたナイフだけだった。
「ファイアボルトッ!」
コンマ数秒。
ほんの一瞬遅れてギンの右側から土煙を引き裂いて跳び出したベルの手のひらは既に、ギンの顔面に向けられていた。
放たれたファイアボルトはギンに直撃し大爆発を起こし、その体は近くの廃屋へと吹き飛ばされていく。
「はっ!」
ベルは爆発の衝撃を上手く利用して空中で体勢を立て直すと素早く立ち上がり、
近くの壁に突き刺さったナイフを引き抜く。
そしてもう一度ファイアボルトをギンの吹き飛んだ方へ放ち廃屋を爆発で倒壊させると、瓦礫が落ちる音に背を向けて走り出す。
「神様!逃げます!」
「あ、ああ!よくやったベル君!」
ベルがアイズを抱えようとするが、その身体を縛っていた六本の光の矢は粒のように消え、アイズのも自由の身となった。
「ヴァレン何某君!動けるかい!?」
「は、はい!」
突如として動けるようになったことに戸惑いながらも、アイズもベルとヘスティアを追ってその場から離脱する。
あの人がこの程度で?
そんな疑問を残しながら。
☆
「はぁッ……!はぁッ……!」
「ぜー……ぜー……し、死ぬかと思ったよ……」
ヘスティア・ファミリアのホームの廃教会まで辿り着いた三人。
ベルとヘスティアは息を切らしながら地面にへたり込む。
「あ……アイズさんは凄いですね。これだけ走っても汗一つかかないなんて」
血反吐塗れでボロボロの顔をくしゃっと笑いながらベルは汗を拭う。
「ベル……ありがとう」
私自身、死ななかった。あの程度で倒されるはずがないと思っていた男が追ってこなかった。そして何より、ベルが死ななかった。
様々な安堵を息と共に吐き出したアイズの笑顔にベルが赤面すると、ヘスティアは面白くなさそうに大きな咳ばらいをした。
「うおっほん。ヴァレン何某君、そろそろ帰った方が良いんじゃないかい?ほら、ロキに報告もしなければいけないだろうし」
「え?あ、はい」
「あ、ぼ、僕送っていきますよ!」
「ベル君!?」
「ベル。傷だらけなんだからちゃんと休んで。帰りは私一人でも大丈夫だから」
「そ、そうですか?」
「そうだよベル君!さあ早く帰って、ボクと一緒に寝よう!」
和気藹々。
そんな表現がぴったりと似合うような、温かい空間だった。
「伝言や。あんまその子に近づいたらアカンで、らしいよ?」
何で。
その場にいた全員の脳内に、そんな疑問が浮かんだ。
音一つないまま、アイズは自身の左肩にぽんと手が置かれた感触と共に、そんな忠告が耳に入った。
アイズが振り返った時にはもう、そこには誰も居なかった。
溶融と凝固さん、Daniel.myさん、ふぇふぇさん、apotheke1116さん、桃肉まんさん、ほたて()さん、Ⅳ肆③さん、ズバット555さん、-You-さん、ライアさん、サイキック探偵さん、デルカさん、忍者ハットリくんさん、むにゃ枕さん、星雲 輪廻さん、Knjiiiiiiiさん、たぐわあんさん、鏡の国のアリスさん、hisashi369さん、トマトマトさん
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