神殺鎗は、神々の世界に生きる   作:レヴィ

2 / 16
#2 The blood turns ash

私は猫。

 

風の気分に身を預け、皆の前からふわりと消える。

 

それが私の役目だと、貴方が消えるまでは思っていたのに。

 

結局貴方は、私に何も遺してはくれなかった。

 

考えていたことも、遺体も、墓を作る場所さえも。

 

どうして私に刃を向けたの?

 

どうしてあの時謝ったの?

 

全部、風の気分に身を預け、ふわりと消えた。

 

ねえ、貴方のそんなところが大嫌い。

 

でも、そんな貴方が大好きだった。

 

 

 

 

 

#2 The blood turns ash

 

 

 

 

 

成程、なんて言えるわけないなァ。

暗い部屋の中、ギンは天井をぼんやりと眺めていた。

少しばかり時を遡る。

普段通りの薄ら笑いを崩さないながらも内心混乱を極めていたギンだったが、『豊穣の女主人』の外へ一歩出た瞬間、全ての理解を諦めた。

尸魂界でなければ現世でもない、まるで物語の世界のような街並み。

店先の看板にはギンの見たこともない文字が書かれ、様々な形状の武器を提げた様々な人種が、当たり前のように大手を振って闊歩している。

 

「……はは」

 

何年ぶりかに、ギンは本気で乾いた笑いが出た。

藍染の鏡花水月は、あくまで催眠を魅せる能力。

裏を返せば、術者の藍染や術に掛かった自分すら知らない物は、見せることができない。

ホンマに、ボクは何処へ来てしまったんや。

 

「……色々事情がありそうだね」

 

開け放たれたドアの前で硬直するギンの背中に、ミアが声をかける。

 

「開店までまだもう少し時間があるし、知りたいこと説明してあげるよ。中に入りな。雨も降ってるしね」

 

「そりゃどうも。ほな、色々訊かせて貰いますわ」

 

疲れた顔をするミアに手招かれギンは再び豊穣の女主人へ足を踏み入れる。

そしてせっせと開店前の仕込みをする給仕の女の子達を横目に、ミアと向かい合うようにテーブル席に着いた。

 

「……で?どこから知りたいんだい?」

 

「全部」

 

「全部、って一番難しいねぇ……アンタ、お母さんに夜ご飯何が良いか訊かれて『何でもいい』って答えるタイプかい?」

 

「……そうかもしれへんなァ」

 

呆れたように腰に手を当てるミア。

親の顔などとうに忘れたギンだったが、下手に言い返すのも面倒になり、とりあえず肯定してしまう。

 

「そうだねぇ……さっきの口ぶりだと、ダンジョンも冒険者も知らなさそうだもんね。そこから説明しようか」

 

「おおきに」

 

「まず、さっき外を見た時、天高く聳え立つ塔は見たね?あれの地下に広がってるのがダンジョンだよ」

 

「はぁ……」

 

確かに、分厚い雲を突き抜けるようなやたらと高い塔があった。

衝撃のあまり忘れかけていた塔の存在を思い出しながら、ギンは首を縦に振る。

 

「あの塔の地下は階層に分かれてて、中は迷路みたいな構造になってるのさ。故に、迷宮。そこではモンスターも出てくるってわけ。ここまで分かった?」

 

「……ええ、まァ」

 

もんすたーというのは、きっと虚のような存在だろう。

ギンはそう、答えを導いた。

 

「で、そんなダンジョンを探索するのが冒険者」

 

「そない危ないところを、何故わざわざ?」

 

「理由は様々さ。一攫千金、名誉、果ては単純に強さを求める者も、ってところかね。一番多いのはやっぱり金銭じゃない?」

 

「はぁ、なるほど」

 

阿呆か。

口で発した納得の言葉とは裏腹に、それが、ギンの抱いた感想だった。

百歩譲って金銭はまだ分かる。ただ、名誉や強さを求め命を賭すなど、ギンには理解しがたい理由だった。

そんな十一番隊の連中のような輩が、この世界にはホイホイおるんか。

 

「で、冒険者も何の準備もなしにダンジョンに潜るわけじゃない。そんな奴、ただのモンスターの餌にしかならないからね」

 

「というと?」

 

「そこで、神の恩恵の出番だね。このオラリオには、神様がいるんだよ」

 

「巫山戯てます?」

 

「本気だよ?イチマルはまだ見たことがないかもしれないけどね。神様は元々天界にいるんだけど、この下界に降りてきてる神様もいるんだよ。そんな神様が人に恩恵を与えると、与えられた人は何倍も、何十倍も強化される。そしてそんな神様の下に集まり、ファミリアが生まれるんだよ」

 

「あー、成程」

 

口ではそう言うギンだったが、既に理解する気がなかった。

ここは鏡花水月の術中ではない、紛れもないひとつの現実。

ダンジョンへ潜る気のないギンにとっては、それが分かっただけで充分だった。

 

「さて、一応一通り説明したつもりだけど……アンタの話が聞きたいね」

 

そう言ったミアの目が、スッと細くなる。

並の冒険者なら呼吸が止まるようなプレッシャーに、ギンは薄ら笑いを崩さなかった。

 

「聞きます?ボクの話。なーんもおもろいこと、ありませんよ?」

 

「……はぁ。いい。話す気、ないんだろう?」

 

「さいですか。ほな、ボクはこれで」

 

にっこりと笑ったギンは椅子から立ち上がった。

待て。そう言いかけたミアだったが、ギンの腰に差さっている斬魄刀を目にした瞬間、息を呑んだ。

いつの間に。

慌てて斬魄刀を置いておいたカウンターに目線を移動させると、つい五秒前までそこに置かれていた斬魄刀は消えていた。

仕込みをする振りをしながら斬魄刀を見張っていたリューが、ミアより一瞬遅れて斬魄刀が消えていることに気付き、目を丸くする。

 

「どうしました?そない鳩が豆鉄砲食ったような顔して」

 

その元凶であるギンは、普段と変わらない、のっぺりとした声で首を傾げる。

そしてわざとらしく『ああ』と呟くと、斬魄刀の柄をポンポンと叩いた。

 

「これは返してもらいますよ」

 

「……!」

 

「ほなまた、どこかで会うかもしれませんね」

 

そう言ってドアの方へつかつかと歩いて行くギンの背中を見つめながら、ミアは背中に一筋の汗が流れるのを感じていた。

油断していたとはいえ、レベル六の私を出し抜く速度。

このイチマルという男に敵意があれば、恐らく……いや、間違いなく、私達は自分が死んだことにも気づけないまま殺されていただろう。

そして何より、このイチマルは神の恩恵を受けていない。

こんな男を野放しにしても良いのだろうか。

 

「……ボクの背中ジッと見つめて、どないしました?」

 

背中に突き刺さる視線に気づいたギンが振り返る。

 

「あ、あぁ……いや。アンタ、行く宛はあるのかい?雨、凄いだろう?」

 

「行く宛?特にないですけど……」

 

他にも色々な情報を集めるために適当にぶらつこうと考えていたギンは、そこで初めて、今夜の寝床について思い出した。

かつて流魂街で貧しい生活を送っていたギンにとって野宿は何の抵抗もなかったが、確かに外は大雨である。

雨風を凌げる寝床が欲しいことには、間違いなかった。

 

「……はぁ。どうするつもりだったんだい。いいよ。敵意はなさそうだし、暫くウチに泊まっていきな。奥に小さいけど寝床があるから、ある程度自由に使っていいよ」

 

「お、ホンマですか?」

 

この女が何を考えてるか分からんけど、寝床をくれるんは有難いなァ。

ギンはにやりと笑うと、ミアが指し示した廊下を通って奥の小部屋へ入り、ベッドにごろりと寝転がった。

 

「……はァ~」

 

少し埃っぽい部屋で落ち着くと、ギンは改めて自分の置かれた状況について確認を始めた。

御伽草子でも見ないような世界。

簡単に納得など、できるはずもなかった。

ただ。

 

「ボクは……生きてる……」

 

胸に手を当てると、確かな鼓動を感じる。

皿が割れる音も、キャイキャイと騒ぐ声も、食べ物の良い香りも、柔らかい枕の感触も、全てを感じられる。

あの時、藍染に斬られて逝ったはずだったのに。

彼の眼に、未練など断ち切ったはずだったのに。

 

「……何で、生かされたんやろなぁ」

 

知りたい。その答えを。

 

 

 

 

 

 

「ミア母さん、イチマルは寝てたよ」

 

「そうかい」

 

開店まで残り十分。

物音一つたてないギンの様子をこっそりと確認したルノアは、見た儘をミアに報告した。

ミアはふっと薄く口角を上げ、『さて、そろそろ店を開けようかね』と言いながら椅子から立ち上がる。

 

「あの……ミア母さんのやることに文句がある訳じゃないんだけど……」

 

「言いたいことは分かるよ」

 

エプロンの前掛けについた埃を叩き落としながらミアは言う。

 

「あの男は危ない。そう言いたいんだろ?」

 

ルノアは、黙って肯いた。

 

「そうだねぇ。私もそう思うよ。もし彼に敵意があったら、私達は今頃あの世逝きだったんじゃない?」

 

「なら……!」

 

「でもね」

 

ミアはそう言うと、ルノアやリューの方を振り返った。

 

「イチマルはこんな雨の中、行く宛もないのにフラっと出て行こうとしただろう?その背中が、なんというか……可哀想になったのさ」

 

「可哀想……」

 

「これはあくまで私の勘でしかないんだけどね。あの子、自分が生きてることに不思議がってそうだったんだよ。何故自分は生きているのか。なーんて、考えてそうでねぇ」

 

ミアの言葉を、ルノアだけではなく、リューやアーニャも仕事の手を止めて聞き入っていた。

 

「あの子がこれまでどんな生き方をしてきたのか。まぁ色々あったんだろうね。でも、ここなんて大なり小なり、皆そんなものじゃないか。あんな背中見せられて、放っておけって方が無理だね、私は」

 

「ミア母ちゃん……」

 

「さっきも言ったけど、その気になれば私達は皆殺しだっただろうね。でも、あの子はそれをしなかった。理由はどうあれ……とりあえず、それでいいんじゃないかい?」

 

ミアはそう言い終えると、ニヤッと笑った。

 

「おーおー、雨なのにみんな元気だねぇ」

 

そして窓の外に並ぶ客の列に、ハハハと笑い声をあげた。

 

「さーて。今日はシルもクロエもいないし、大変だよ!」

 

【豊穣の女主人】

そこは、誰もが笑って酒を飲める店である。

人も、エルフも、獣人も。

きっと、死神も。

 

 




赤椿さん、夜市よいさん、G-WOODさん、黒猫さんさん、東堂零さん、野菜ジュースさん

評価してくださり、ありがとうございました!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。