神殺鎗は、神々の世界に生きる   作:レヴィ

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#3 The black fox

「イチマル!イチマルはどこへ行ったんだい!!!」

 

冒険者でごった返した豊穣の女主人。

ワイワイガヤガヤとした凄まじい喧噪の中、額に青筋を浮かべたミアがフライパンを振りながら怒鳴る。

 

「イチマルさんなら皿洗いを……って、あれ?」

 

つい数秒前まで流し台で皿洗いをしていた筈のギンの方を向いたリューが目を剝く。

ギンが身に着けていた枯草色のエプロンは手身近なハンガーラックに乱雑に掛けられ、半開きの蛇口からは水滴が滴っている。

開店してものの十分だというのにうず高く積まれた皿は、もちろん一枚も減っていなかった。

ミアの振るフライパンの野菜が、彼女の感情に合わせて激しく宙を舞う。

 

「あ・の・キツネ……!」

 

「今日で三日連続……許せんニャ……!」

 

ルノアとアーニャもびきりと額に青筋を浮かべる。

一瞬手すきになったリューが慌てて流し台に入り、爆速で皿を洗っては片付けていく。

 

「シルちゃ~ん」

 

「おさわりは厳禁ですよ」

 

酒に酔った髭面の冒険者の手を払い除けながら、シルはギンが出て行ったであろう裏口のドアを睨みつけていた。

 

 

 

 

 

#3 The black fox

 

 

 

 

 

ほー、これが『だんじょん』か。改めて近くで見ると凄いなァ。

豊穣の女主人を抜け出したギンはフラフラとオラリオ内を散歩しながらダンジョンの入口手前まで来ていた。

こんな時間からダンジョンに潜るのか?という、ダンジョンから出てきた冒険者の奇異の視線をギンは軽く受け流す。

ギンは特段、これといった理由があってダンジョンまで来たわけではなかった。

ただ、豊穣の女主人で皿洗いをするのが面倒になったという、至極分かりやすい、所謂『サボり』だった。

こりゃ、帰ったらまーた怒鳴られるなァ。怖い怖い。

ちっとも怖いとは思っていないながら、ギンは一人、おどけたようにくすりと笑った。

 

「そこのキミっ!」

 

さて、次は何処へ行こうか。

そう考えダンジョンに背を向けていたギンの耳に、甲高い声が入ってきた。

何や、あのチミっ子。

声の主の方へ目を向けたギンの最初の感想は、それだった。

精々十代半ばといった二つ結びの少女というところまでは良かったが、その容姿とはあまりにも不釣り合いな特大の胸に、その胸を強調するかのような珍妙な恰好。

流魂街生まれ流魂街育ちのギンにとって、少女の恰好は見たことのないものだった。

乱菊並は初めて見たなァ。

そんなどうでもいい感想まで、生まれていた。

 

「おーい。そこの君。ボクの方をじっと見てるってことは声が聞こえてるんでしょ?」

 

「……ん、ボクのことです?」

 

「そう!ちょっとこっちに来てよ!」

 

そんな珍妙な少女に手招きされるギン。

何や、面倒くさいことに巻き込まれそうやなァ……。

本能的にそう感じ取ったギンは、普段の薄ら笑いを浮かべながら小さく右手を挙げる。

 

「いや、スンマセン。この後用事があって。ほな、失礼しますね」

 

「嘘」

 

「いや、嘘やあらへんですよ」

 

「君、用事なんてないでしょ。ボクは分かるんだからね」

 

面倒な餓鬼やなァ。

これがいつかイヅルの言っていた現世で問題になっている『シューキョーカンユウ』かァ、なんて見当違いなことを考えながら瞬歩で離脱しようとするギンだったが、次の少女の言葉で脚を止めた。

 

「なんたってボクは、神様だからね!」

 

この街に来る前のギンなら、寝言は寝て言え、と一蹴していた。

だが、数日前にミアから聞いた『神様』の存在が、彼の興味を引いた。

へェ、始めて見たわ。神仏のような、もっと威厳のある見て呉れだと思っとったわ。

 

「はァ、何ですか」

 

「立ち話も何だし、ちょっと座りなよ」

 

ギンが嘘をついていたことを軽く流した少女は、自分が座っているベンチの隣をポンポンと叩いた。

どうせやることないしな。

ギンは少女の手招きに導かれるように、ベンチに腰を下ろした。

 

「まずは自己紹介からだね。ボクはヘスティア。ヘスティア・ファミリアの主神だよ」

 

「ヘスティア・ファミリアさんです?」

 

「違う違う、ファミリアは名前じゃない……って、君、もしかしてこの街に来たばっかりだったりする?」

 

「実はそうなんですわ」

 

白。さっきと違って嘘は言ってない。

ギンの言葉の真偽を確かめたヘスティアは、嬉しそうに目を細めた。

やったぞベル君!この子なら、上手く丸め込めそうだ!

こんな時間にダンジョンの前で一人ぼんやり立ってたから『あー、ダンジョンに入りたいけどどこのファミリアにも所属してないのかな』なーんて思って声をかけてみて正解だった!

などという見当外れな推測をしながら、ムフフと笑うヘスティア。

 

「さて……君、ボクのファミリアに入る気はないかい?」

 

「ないですね」

 

がーん。

なまじ相手の嘘を見抜くことができるヘスティアは、ギンが本心からファミリアに入る気がないことを知ってしまい、そんな効果音と共に肩を落とした。

 

「ぼ、ボクが神の恩恵を与えれば、君もダンジョンに行けるようになるんだよ!?」

 

「ボクダンジョンに行くつもりないですし」

 

「じゃあ何でダンジョンの前に居たのさ!」

 

「ただの散歩ですわ」

 

「その腰に差してる剣は!?」

 

「趣味ですわ」

 

「嘘だ!」

 

白、白、黒。

顔色ひとつ変えずさらりと嘘をつくギンに、ヘスティアは深い息を吐く。

 

「はぁ……君を見てると、古い知り合い(ロキ)を思い出すよ。目とか、喋り方とかさ」

 

トリックスターと呼ばれる因縁の相手の顔を思い浮かべるヘスティア。

その隣でギンは、全く違うことを考えていた。

 

こいつ、さっきからボクが嘘をついた時にだけ的確に指摘してくるなァ。

 

「……やっぱりボク、ファミリアに入りたいですわ」

 

「嘘。分かるよ」

 

「この刀の名前は神鎗って言うんですよ」

 

「……みたいだね」

 

勧誘が上手くいかずブーたれるヘスティアは、ギンの言うことを雑に見抜いていく。

黒、白。

はぁ。勧誘してる神様に対して、ファミリアに入る気もないのに『やっぱり入りたい』なんて、酷い嘘をつく子だなぁ。

喋ってるとまな板トリックスターを思い出すし、この子の勧誘は諦めよう。

 

「……時間を取らせて悪かったね。一応言っておくけど、もしダンジョンに入りたくなったら、ボクの所に来なよ。神の恩恵なしでダンジョンに潜るのは自殺行為だからね」

 

いくら宿敵の顔が思い出されるからと、オラリオに来たばかりで右も左も分かっていなさそうなギンを見捨てる程、ヘスティアは残酷ではなかった。

路頭に迷っても大丈夫なように、自分のホームである廃教会の場所が書かれたメモをギンに渡す。

ギンはそれを受け取ると、ちらりと一瞥してから懐へと仕舞い込んだ。

 

「はァ、そりゃどうも。ほな、おおきに」

 

ギンはベンチから立ち上がり、小さく会釈してヘスティアと別れた。

 

「……ふむ」

 

嘘が見抜ける言うんは、ホンマっぽいな。

顎に手を当て先程までのやり取りを脳内で反芻するギン。

『なんたってボクは、神様だからね!』というヘスティアの科白が蘇る。

あのチミっ子は、『神様だからね』言うた。もし嘘を見抜けるんがチミっ子だけの能力なら、そう言うやろ。でも『神様』という括りを使ったってことは……つまり、神様は皆、嘘を見抜く能力を持ってるということや。

 

「こりゃ気を付けなアカンな」

 

 

 

 

 

 

「さて。言い訳を聞かせてもらおうじゃないか」

 

夜半もとうに過ぎた時間に帰宅したギンを待っていたのは、出入り口で仁王立ちをしながら修羅の形相を浮かべたミアだった。

右手には雪平鍋左手にはフライパンが握られており、ミアの握力によって持ち手がギシギシと軋んでいる。

 

「言わなかったっけ?今日は忙しくなるからサボるなって」

 

「言うてましたっけ?」

 

すっとぼけながらミアの隣を通って寝床へ向かおうとするギンの前に、彼女は立ち塞がった。

 

「……どうやら教育が必要みたいだね」

 

「おお、怖い怖い」

 

身体中からプレッシャーを発しても顔色ひとつ変えないギンに、ミアはため息をついた。

 

「まったく……同じ極東でも、タケミカヅチ様はしっかりしてるのに」

 

「タケミカヅチ?」

 

ミアが何気なく発した一言に、ギンが反応する。

ギンにとって、オラリオに来てから初めて聞き馴染みのある名前だった。

現世の人間が信仰する宗教の中に、そんな名前があった気がする。

珍しく眉を動かしたギンに、ミアは意外そうに少し目を見開いた。

 

「……まぁ、アンタにも事情があるんだろうね。ただ、明日サボったら許さないからね」

 

「サボったら?」

 

「そうだねぇ……枕と毛布とマットレスを没収しようか」

 

「ボクどこで寝ればいいんです?」

 

「それが嫌なら明日くらいちゃんと働くことだね」

 

ミアはそれだけ言うと、欠伸をしながら裏へ引っ込んでいった。

 

「タケミカヅチ、ねぇ……」

 

ボクは何故、ここに来てしまったのか。

そもそも、ここは何処なのか。

タケミカヅチに会えば、それが分かるかもしれない。

だが、神は嘘を見抜くことができる。

 

「こりゃ慎重にいかんとなァ」

 

何故、何故。

ギンは、それを知りたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オッタル」

 

「はい」

 

湯気をたてるティーカップをぼんやりと眺めていたフレイヤはふと、自らの腹心の名前を呼んだ。

オッタルは片膝をついて首を垂れる。

 

「イチマルという男を調査して欲しいの」

 

「イチマル……?冒険者ですか?」

 

「いいえ。最近豊穣の女主人に拾われてきた、白髪で長身の男よ」

 

「所属は?」

 

「分からないわ。もしかすると、何処でもないかもしれないわね」

 

オッタルは、主神の言うことが分からなくなってしまった。

何故そんな男の調査をしなければならないのか。

何故主神は難しい顔をしているのか。

 

「……分かりました」

 

「頼むわよ、オッタル。それと、なるべく戦闘は避けなさい」

 

フレイヤの言葉に、オッタルは心臓がドキリと跳ねた。

未だ自らの実力に納得せず日々鍛錬を積んでいるとはいえ、自分は仮にもレベル七である。

【猛者】と呼ばれる自信もプライドも持っている。

 

「……強いのですか」

 

武者震いで小さく揺れる声に、フレイヤは柔らかく微笑んだ。

 

「分からないわ。ただひとつ言えることは……」

 

フレイヤはそこで笑みを消すと、まるで能面のような、感情の見えない表情を浮かべた。

 

「……彼は、人を殺すことにそこまで抵抗がない。キツネの面を被った蛇よ」

 

 




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