神殺鎗は、神々の世界に生きる   作:レヴィ

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#4 I’ve seen those eyes

最近、雨が多いねぇ。あんまり降られると、せっかく仕込みしたものが黴るんだよねぇ。

黒く分厚い雲がかかった窓の外の空を眺めながら、ミアはほんの少し憂鬱な気分を抱えていた。

右のボウルから芋を一つ取り、ナイフを器用に使って薄く皮を剥き、左のボウルへ放り込む。

皮も、揚げて塩を振ったら良いつまみになる。だから捨てない。

さらに皮を剥く手を止めないまま、背後でコトコトと音をたて吹き零れる寸前の鍋の火を止める。

 

「この後は……あぁ、チキンソテーの仕込みもしなくっちゃあね。サラダはルノアが来たらやって貰えばいいし……あれ、今日の夜はルノアは休みだっけ。というか、そろそろロキ・ファミリアの探索隊も帰ってくる頃合いだろうしねぇ……」

 

忙しい忙しい。

口では軽い悪態をつくミアだったが、その実、冒険者が笑って酒を飲めるこの店が繁盛していることが嬉しかった。

それだけオラリオも平和になったってことさね。

 

「おはよーさん」

 

ふっと口元を緩めるミアの背に、気の抜けたような挨拶が突き刺さった。

 

「ギン……何時だと思ってるんだい。もう昼過ぎだよ」

 

「いやぁ、寝心地が好いもんで」

 

普段通りの恰好で昼過ぎに起き出してきたギンは悪びれる様子もなく、『これ、貰いますね』と言いながら仕込み前の果物の山から林檎を一つ取り、しゃくっと噛り付く。

そんなギンの態度にミアは大きなため息をつき、一瞬止まった手を再び動かし始める。

ぱくぱくと手早く林檎を食べ終えたギンは残った芯をゴミ箱に投げ捨てる。

 

「……アンタ、前に居た所ではどんな生活を送っていたんだい」

 

「いや?それなりに真面目に働いてましたよ?」

 

それならウチでもしっかり働いてもらえないかね。

半ば諦めの境地に達したミアが芋を剥き終えたところで、いつの間にかカウンターで寛いでいたギンと目が合った。

 

「昨日言うてた『タケミカヅチ』。何処に居るか分かります?」

 

 

 

 

 

#4 I’ve seen those eyes

 

 

 

 

 

タケミカヅチ・ファミリアのホームは何処だったっけなぁ、なんて額に指を当てて考え始めたミアを放って、ギンはさっさと街へ繰り出していた。

天気があまり良くないことも相まって、普段よりも街の人々はまばらだった。

雨が降るか降らんか分からん日が一番外に出たないのは、此処も同じやな。

どうせ今日は客も来ないだろうと早々に店じまいを始める露店を横目に、ギンは道の真ん中で立ち止まって考え込む。

さて、タケミカヅチは何処に居るんやろか。

 

「虱潰し、ちゅうのも面倒やしなぁ……そうや」

 

そこでギンは、昨日ヘスティアからヘスティア・ファミリアのホームの地図が書かれた紙を受け取っていたことを思い出し、懐から紙を出す。

同じカミサマなんやし、知っとるやろ。

そんな考えがギンには浮かんでいた。

昨日は受け取ってすぐに懐へ突っ込んだため、しっかりと内容を見るのは始めてだった。

慣れない土地勘の中地図を解読したギンは、今自分の居る場所からそこまで離れていないことに少しばかり安堵する。

あんまり遠いと面倒やし。

 

「さてと」

 

ギンは瞬歩を使い、背後に迫る影を振り払うように走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

速い。いや、疾い。

瞬歩を使い家屋の屋根伝いに移動するギンの背中を、オッタルは追いかけていた。

向かい風に煽られてバタバタとはためくフードを右手で押さえつけ、『三』と染め抜きされた白い羽織をフードの下からじっと見つめる。

 

「あの方の言う通りか」

 

ほぼカンストに近い自らの敏捷ステータスをフルに駆使してようやく差がつかないギンのスピード。

豊穣の女主人からふらっと出てきた時は『思い過ごしではないだろうか』と考えていたオッタルだったが、ギンのスピードを目の当たりにして、その考えを完全に改めていた。

少しでも気を抜けば置いて行かれる。

そんな危機感と共に脚に力を込めるオッタルだったが、ターゲットであるギンがどうやら目的地に到着したのか屋根から降りたので、慌てて物陰に隠れた。

 

「うーん。ここ、やなァ」

 

そのギンは追跡者がここまでついてきたことにほんの少し驚きながら、ヘスティアに渡された地図と目の前の廃教会を交互に見比べていた。

壁の石材は剥がれ落ち、玄関の像は顔が半分崩れ落ちている。

教会の中からは霊圧を感じられんし、そもそも、ここ、仮にもカミサマが住むような場所とちゃうやろ。

ヘスティア・ファミリアは主神自らが団員の勧誘をするという涙ぐましい零細ファミリアであることを、ギンは知らなかった。

また、唯一の団員である団長のベル・クラネルが現在ダンジョンに潜っていることと、主神ヘスティアがじゃが丸君の屋台でアルバイト中であることも、もちろん知らなかった。

 

「さて……これで振り出しやなァ」

 

ボクを騙すとは、中々やってくれるやないか。

仕方のない勘違いをしているギンはその鬱憤を晴らすが如く地図をびりびりに破いて捨て、教会の壁に背を預けて思案する。

ヘスティアに訊けばタケミカヅチの居場所が分かるとどこか楽観的に考えていたギンにとって、ヘスティアに騙された(事実はそうではないが)ことは、そこそこ痛手だった。

他にカミサマの知り合いなんて居らへんし、ミアがタケミカヅチの居場所を思い出してることに期待してみよか。

それとも、他のカミサマを探してみようか。

 

「……ん?」

 

そこでギンは、はたと思考を止めた。

そもそもボク、タケミカヅチに会うて何を訊くつもりなんや。

ボクはどうして此処に来たのか、此処が何処なのか、そりゃ気になる。

でも、それを訊いてどうするつもりだったんや。

 

 

 

まさか、帰りたかったんやろか?

 

 

 

「……まさか」

 

反逆者のボクが帰ったところで、どうせ牢に入れられるだけ。

それに、もうボクの居場所は護廷十三隊には無い。

そんなこと分かっているんやから、帰りたいわけが無い。

そう結論を出したギンは自虐的に笑うと、それ以上考えないよう、屋根の上から自分を見張っている人物に意識を向けた。

豊穣の女主人を出た辺りから付いてきていることには、気づいていた。

だが、それなりに速度を出した瞬歩にここまで食らいついてきたことは、ギンの予想外だった。

『神様は元々天界にいるんだけど、この下界に降りてきてる神様もいるんだよ。そんな神様が人に恩恵を与えると、与えられた人は何倍も、何十倍も強化される』

ミアの言葉が、ギンの脳裏を駆け巡った。

ほな、アレはカミサマに力を与えて貰った人やろか。

アレに訊けば、カミサマを教えて貰えるんとちゃうか?

 

「……アカンなァ」

 

嗚呼、またタケミカヅチに会う方法を探しとった。

ギンは軽く頭を振って思考を振り払うと、屋根上のオッタルの方を向いた。

 

「ボクに何か用です?」

 

気付かれていた。いつから。

フード下の鋭い瞳が、カッと見開かれる。

気付かれている以上ここに隠れ続けるのは得策ではないと考えたオッタルは、素直にギンの十メートル前へと着地した。

 

「いつから気付いていた?」

 

「いつやろなァ」

 

壁に背をもたれかからせているギンを、オッタルは上から下までくまなく観察する。

一見隙だらけのように見えて、一寸の隙も無い。

それに、自分と同等かそれ以上に実戦経験を積んだ雰囲気が全身から仄かに漂っている。

成程、強い。そして、危険だ。

それがオッタルの出した答えだった。

あの方の為にも、この男はここで一度叩いておかなければ。

激しく警鐘を鳴らす戦士の勘に、オッタルは背中から大剣を抜き中段に構えた。

訓練用の刃のない大剣。

しかし、それなりに当たれば、それなりに痛い。

 

「っと……ボク、別に戦う気はないよ?」

 

「俺にはある」

 

「しゃあないなァ……」

 

ま、一通り叩いてカミサマについて訊くのもええしな。

半ば無意識のうちに、ギンは斬魄刀を抜いていた。

そして腰を僅かに落とすと、オッタルへ向けた切っ先を左腕の袖口で隠すように構える。

 

「……突きか?」

 

「さァ。どうやろ」

 

ギンはそこで一度言葉を切り、ふぅと息を吐いた。

 

「射殺せ『神鎗』」

 

白刃が、瞬いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

何をされた、何をされた、()()()()()()!?

壁に叩きつけられたオッタルは、背中に走る痛みも忘れて必死に思考を張り巡らせていた。

 

「おぉ、良う躱したね」

 

まさか初撃を防がれるとは思っていなかったギンは、斬魄刀を小脇に抱えてぱちぱちと拍手を送る。

 

「はあッ……!はあッ……!」

 

しかし、オッタルはそれどころではなかった。

神鎗による初撃を、オッタルは狙って防いだわけではなかった。

戦士としての勘が危険だと訴えた瞬間身体を護るように構えた大剣にたまたま当たっただけ。

幾多の戦闘経験が創り出した偶然。

この偶然がなければオッタルは今頃、訳も分からぬまま腹を刺し貫かれていただろう。

 

「ぐッ……!」

 

衝撃波の類か。

違う。剣に何かが当たった感触はあったし、何より両手が酷く痺れている。

ならば突きか。

それも違う。イチマルという男の足元は、石ころ一つ動いてはいない。

つまり、あそこから一歩も動かず、十M以上離れた俺に何かしらで攻撃を仕掛けてきたということだ。

壁に叩きつけられた衝撃で肺から抜け出た空気を取り込もうと、オッタルの胸が激しく上下する。

 

「何が起こったか分からへん、って顔やなァ。一発防いだご褒美に、ボクの斬魄刀の能力を教えたるわ」

 

「何……?」

 

「ボクの斬魄刀の能力は単純や。刀身が伸びる。それだけや」

 

まァ、それだけではないけど。

ギンは小脇に抱えた斬魄刀を、オッタルに見せつけるように構える。

 

「伸びる長さは刀百本分や。せやから小さい頃は『百本差し』やら呼ばれたりしてな」

 

思考を纏めようとオッタルが必死になる傍ら、ギンは悠々と説明を続ける。

 

「卍解……言うても分からんか。ま、ほんなら最大どのくらいまで伸びると思う?」

 

「……どのくらいだ」

 

「良う分かるように君らの長さで教えたるわ」

 

オッタルは、そんなギンの斬魄刀の切っ先を凝視する。

いつ、いつ伸びてくる。

 

「十三キロや」

 

オッタルにとって聞き馴染みのない単位と共に、閃光が走った。

ガァン!と、凄まじい金属音と共に火花が散る。

オッタルは現オラリオ最強のレベル七。

一度見た上に種まで分かった攻撃は、そう易々と通じなかった。

 

「ッ……!」

 

それでも、目で追うことがやっとの神鎗の攻撃を、オッタルは防ぐことで精いっぱいだった。

あの切っ先を、こちらに向けさせてはいけない!

オッタルは両手で構えていた大剣を右手に持ち変えると、低い姿勢でギンへ突撃した。

 

「ぐうううううううううううううううッ!!!」

 

顔に向かって飛んできた切っ先を、僅かに顔をずらして紙一重で躱す。

それでも掠った頬から血が噴き出す。

ギンまで残り、五メートル。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

雄叫びをあげながら突進したオッタルは、その巨躯を活かして倒れ込むように大剣を上段から振り下ろす。

ギンはその場から右へ跳んで躱すと、再びオッタルに切っ先を向ける。

 

「織り込み済みだッ!」

 

ギンならばその一撃程度軽く躱すと予想していたオッタルは素早く手首を返し、自らの左側に居るギンへ下から大剣を振り上げる。

キンッ、という甲高い音が鳴り、ギンの斬魄刀がカチ上がる。

 

この男の強さの源は、この伸びる刀に在る。

接近戦での斬り合いならば、こちらに分が―――

 

「こちらに分がある、なんて思った?」

 

オッタルが放った渾身の横薙ぎの一撃は、斬魄刀を逆手に握ったギンによって防がれてしまった。

倍程も腕の太さが違うというのに、オッタルがどれだけ力を込めても、ギンの斬魄刀を押し込むことはできなかった。

 

「でも、残念」

 

「……ッ!?」

 

ギリギリと音をたて、オッタルの大剣が押し返され始める。

獣人と、死神。

埋められない種族としての圧倒的な差を、オッタルはまざまざと感じていた。

 

「普通に()っても、ボクは強い」

 

オッタルの大剣が弾き返され、完全に無防備な状態をギンに晒す。

しまった。オッタルがそう思った時には、もう遅かった。

 

「がっ……!?」

 

二撃、いや、三撃か……!

腹部を三度貫かれたオッタルは、脳が痛みを感じるよりも先に、空中に咲いた自らの鮮血の華を見た。

周りがスローモーションに見える中、オッタルの視界からギンが消え、代わりに曇天の空模様が映る。

ああ、俺は負けたのか。

地面に倒れ伏したオッタルがそう理解するのに、さほど時間はかからなかった。

 

「もしもーし、生きてる?君、このくらいじゃ死なんやろ」

 

大の字になったオッタルの顔を、ギンが上から見下ろす。

寧ろ、死なれて因縁付けられる方が困るわ。

そう言いたげなギンの顔に、オッタルは奥歯が軋む程に歯を噛み締めた。

 

「ボク、そこに居るから。回復するまで待っとるわ」

 

そこ、とは何処なのか。

俺を馬鹿にしているのか。

悔しい、悔しい、悔しい。

遠ざかっていく足音に追い縋るように、オッタルは大剣を杖代わりに立ち上がる。

 

「はぁ……!はぁ……!待て……!」

 

「何や、思うてたより早い回復やったなァ」

 

廃教会の近くに落ちていた煉瓦に座ろうとしていたギンは、驚いたような顔で下ろしかけていた腰を上げる。

 

「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 

スキルで一時的に傷口を塞ぐオッタル。

成程確かに、この男は強い。

そう確信したオッタルの脳内は、自分自身でも驚く程、クリアに澄んでいた。

 

「……名乗っていなかったな。フレイヤ・ファミリアのオッタルだ」

 

「ボクは市丸ギンですわ」

 

「イチマルギン……そうか。覚えたぞ」

 

ああ、そうだ。長らく忘れていた。

オッタルは両手で大剣を構え、真っ直ぐにギンを見据える。

 

「まだ本気を出していないだろう?」

 

「はて、何のことやら」

 

「お前のその刀、俺の血が付いていない。三度も刺し貫いて、そんな筈がない。まだ奥の手を隠しているな?」

 

思うてた倍は冷静やないか。

ここでギンは、オラリオに来て初めて、心の底から驚いた。

心の何処かで、見下していたのかもしれない。そうとも思った。

 

「……ボクの神鎗の秘密に気づいたんは、君が初めてや」

 

「さっきのように教えてはくれないのか?」

 

「奥の手は隠しておくから奥の手って言うんやで」

 

「ふっ……そうだな」

 

オッタルはそう言って、小さく口角を上げた。

オラリオ最強と呼ばれるようになってから長らく忘れていた、この感覚。

ああ、そうだ。俺はいつだって、敗北から強くなってきたじゃないか。

 

「……フレイヤ・ファミリア団長オッタルは、今だけ終わりだ。【猛者】でもない、まして、オラリオ最強でもない……一人の戦士()として、挑戦者(チャレンジャー)として、俺は闘う」

 

俺はまだまだ、強くなれる。

そんなオッタルの眼に、ギンは懐かしさを感じた。

藍染と戦ったオレンジ色の髪の死神の眼と、オッタルの眼はどこか似ていた。

強い眼やなァ。

ギンはクスリと笑うと、刀を鞘に納めた。

 

「負けや。ボクの負け」

 

「なっ……!?」

 

「そもそもボク、君を殺したいワケちゃうしな。それ以上戦うと、傷口開くで?」

 

「そ、そうだが……それでは俺の気が収まらん。この勝負、俺の負けだ」

 

「なんや、強情やなァ」

 

面倒なやっちゃな。

喉まで出かかったそんな科白を、ギンは飲み込んだ。

だが次には、これは使える、と考えた。

 

「ほな、ボクのお願いを二つばかり聞いてくれるか?」

 

「ものにもよるが……何だ」

 

「まず一つ。ボクと戦ったこと、言いふらさんでくれる?」

 

「分かった」

 

「そして二つ。君の所のカミサマ。ええと……」

 

「フレイヤ様だ」

 

「そ。そのフレイヤサマに会わせてくれへん?」

 

一つ目の願いと違い、これはおいそれと首を縦に振れなかった。

そもそも良く考えれば、フレイヤが危険視していたからこうして見張っていたのだ。

交戦した上に敗北したことを伝えるだけでも憂鬱だというのに、その監視対象が会いたいと言っていると伝えるとは。

 

「……まぁ、一応あの方へ伝えてはおこう。でも何故だ?」

 

「ちょっと訊きたいことがあるだけや。別におかしなことをする気はないから、安心し」

 

タケミカヅチ・ファミリアのホームの場所が訊きたい。

ギンは、ただそれだけだった。

目の前のオッタルに訊けば解決する話ではあるのだが、少々頭が凝り固まっている今のギンに、その考えは生まれなかった。

 

「分かった。できるだけ会えるよう、俺も努力しよう」

 

「助かるわ。ほな、また」

 

ギンはそれだけ言い残し、瞬歩でその場から煙のように搔き消えた。

 

「はぁ……」

 

身体中が痛い。

だが、この痛みが俺を更に強くする。

 

「さて……あの方に伝えなくてはな」

 

これからのことを考えたオッタルについ数秒前までの立派な戦士としての姿はなく、まるで悪戯が母親にバレた子供のようにすっかりと小さくなってしまっていた。

 




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