神殺鎗は、神々の世界に生きる   作:レヴィ

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「イチマル!イチマルはどこへ行ったんだい!!!」

 

ああ、また逃げたのか。

今日も今日とて冒険者でごった返した豊穣の女主人に響くミアの怒鳴り声に、パスタを運んでいたリューはがっくりと肩を落とした。

 

「ミア母ちゃん!もうあの腹黒キツネに期待したらダメニャ!」

 

「そうニャ!でも、いつか絶対ボコボコにしてやるニャ……!」

 

店内を駆けずり回るアーニャとクロエが怒鳴り返す。

ギンの持ち場であった流し台に入ったルノアも、何も言わないながら全身からどす黒いオーラを垂れ流している。

リューは『確かにどこかで一度シメておいた方が良いのかもしれない』などと物騒なことを考えながら調理場の奥の棚に目を向ける。

ギンに用意されたエプロンが畳んだままになっているので、最早、付ける素振りすらしなかったのだろう。

 

「シル!そのサラダをあのテーブルに持っていきな!」

 

「はい!」

 

「リューもぼさっとしない!それ運んだらカウンターの注文取りに行くんだよ!」

 

「は、はい」

 

ミア母さんの機嫌が悪くなるから逃げないで欲しいのだけど。

ほとんど八つ当たりのように叱られたリューは、いつもの如く何処かへフラッと散歩へ行ったギンに心の中で恨み節を吐いた。

 

 

 

 

 

#5 Did you notice?

 

 

 

 

 

「随分と手酷くやられたのね」

 

「はっ」

 

勝手に交戦したことを咎められると思っていたオッタルに反し、バベル最上階へ帰還した彼にかけたフレイヤの声は、穏やかなものだった。

鍛え上げられた鋼の肉体とオッタル自身のスキルによりバベル最上階へ到着する頃には大体の傷は塞がっていたが、着ている服は血塗れで、訓練用の大剣にはヒビが入っていた。

そんなボロボロの外見とは裏腹にどこか晴れやかな表情をしているオッタルに、フレイヤはふふふと笑みを浮かべる。

 

「どうだった?」

 

「底が見えませんでした」

 

「もし本気でやったら、勝てる?」

 

「いえ。今はまだ」

 

「そう……」

 

あのオッタルがここまではっきりと言い切るなんてね。

未だ底の見えないギンの実力に、フレイヤは口元に手を当てて考え込む。

 

「それで……イチマルが、『フレイヤ様に会いたい』と」

 

「えっ?」

 

少し下を見つめていたフレイヤだったが、オッタルの遠慮がちな一言に顔が上がる。

オッタルが敗北した場面までしか見ていなかったフレイヤにとって、ギンからの申し出は寝耳に水だった。

 

「何が目的かしら」

 

「そこまでは。何か訊きたいことがある、としか」

 

私に訊きたいこと?何かしら?

フレイヤはいよいよ、市丸ギンという人間が分からなくなってきていた。

豊穣の女主人での態度から捉えどころのない男だとは思っていたけれど、まさかここまでなんてね。

私に何か恨みを持っているとか?いや、それならファミリアで最強のオッタルを始末しない理由がないわね。戦力を削げるもの。

なら、私しか知らない情報を訊き出したいとか?

まさか、シルの正体についてバレたのかしら。

髪を指先で弄びながらフレイヤは思考を巡らせる。

ギンはただタケミカヅチの居場所を訊きたいだけなのだが、彼の豊穣の女主人での胡散臭すぎる態度とオッタルを凌ぐ実力が、フレイヤに無駄な警戒心を抱かせていた。

 

「………」

 

これ以上考えても答えは出ないと判断したフレイヤは、次に、もしギンと面会した時のケースを予測してみる。

もし、本当に何か訊きたいだけのケース。これは大丈夫ね。

次に、私しか知らない情報を持っているケース。彼がどう出るかにもよるけど……最悪、『魅了』を使えばいいわね。

最後に、私に何らかの恨みを持っているケース。これが最悪ね。オッタルが勝てない以上、今の私では絶対に勝てない。魅了も、あの神速の剣には負けるでしょうね。

それにあの剣は普通じゃない。神創武器ではないと思うけど、警戒はしておくべき。

 

「ヘルンに……いえ、ダメね」

 

自らそっくりに変身することができる眷属の顔が一瞬浮かんだものの、その選択肢をすぐに消す。

あの子が居なくなれば、私がシルになっている間は誰がフレイヤになるの。

ベルと関わる時間が少なくなるのは絶対に嫌。

 

「オッタル」

 

「はっ」

 

「彼との面会は、一度保留にするわ。伝えておいて」

 

「分かりました」

 

天界への強制送還だけは絶対に避けないといけないわね。

そんなフレイヤの下した結論は、ギンとは会わないことだった。

幸いギンが豊穣の女主人に留まっていることも、シルとして監視ができるということでフレイヤの決断を後押ししていた。

 

「さて……じゃあ私はそろそろ行くわね」

 

今日、ベルは来てくれるかしら。

先程までの難しい顔とは打って変わって、フレイヤはどこか乙女のような表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?何や、この霊圧?」

 

今日も今日とて豊穣の女主人を抜け出し夜の街中をほっつき歩いていたギンは、幾つかの強い霊圧が豊穣の女主人へ近づいていることに気付いた。

昼過ぎに戦ったオッタルよりは弱いながら、他のものと比べ、明らかに強いそれ。

しかも、その中の一つは、ギンの既視感を刺激する独特な雰囲気を発している。

屈んでアクセサリーを売る露店を眺めていたギンは立ち上がると、道をぐるぐると回りながら考え事を始める。

この霊圧が気にならないと言えば、嘘になる。

だが、今豊穣の女主人へ帰れば、間違いなくミアにあれこれ言われる。

別に逃げれば良いだけの話なのだが、下手にミアを刺激して寝床を奪われたくなかった。

 

「……ま、ええか」

 

どうせ一度逃げてまったしな。一度も二度も変わらんわ。

寝床くらいどうにでもなると、ギンは来た道を引き返し始めた。

特に急ぐ理由もないということで瞬歩を使わず、昼間と違い晴れてきたことで営業を再開した露店や晩飯の香りを漂わせる家屋などの風景を愉しみながら歩みを進める。

 

「おっ」

 

視界の悪い曲がり角で、ギンは死角から飛び出してきた白髪の冒険者と思わずぶつかりそうになる。

寸前でギンが壁際に寄ったことでぶつかりはしなかったが、白髪の冒険者―――ベルは、ギンに謝ることもせず脱兎の如く走り去っていった。

危ない危ない。周りに夢中になり過ぎとったわ。霊圧が弱いのも、考えモンやなァ。

走り去るベルの小さな背中を見送りながら、ギンはそんなことを考えていた。

そんなこともありながらたっぷり一時間以上かけて豊穣の女主人へ帰ってきたギンを待っていたのは、縄でぐるぐる巻きにされ店先に逆さ吊りにされた男だった。

 

「うがあああああああああああっ!この縄解けえええええええええええっ!」

 

男―――ベート・ローガはそんなギンに気付くことなく、芋虫のようにウネウネと暴れながら叫び声をあげている。

 

「暫くそこで反省していろ!」

 

そんなベートに怒鳴りつける女性―――リヴェリア・リヨス・アールヴは、目の前の狼人がそれ以上騒がないよう口に猿轡をはめるとため息をつく。

 

「まったく……せっかくの宴の雰囲気が壊れるところだったんだぞ」

 

店の中が通夜のような雰囲気になってないといいが。

豊穣の女主人へ戻ろうとしたリヴェリアと、ギンの目が合った。

 

「ッ……!?」

 

鳥肌が立った。

百年近い時を生きたリヴェリアの生涯の中でも感じたことのない、形容しがたい異様な雰囲気。

しまった。杖は店の中だ。

無意識に杖を取ろうとしたリヴェリアは、いくら店先とはいえ杖を手放した自らの愚かさに舌打ちをする。

 

「その人、どないしたんです?」

 

「あ、あぁ……少し問題を起こしただけだ」

 

刺激するな。

酔いなどとうに消え去ったリヴェリアは、じりじりと店の扉へ後退していく。

ベートを縛っていた縄もほどき、猿轡も外す。

 

「おいババア、何……」

 

ベートはそこまで言いかけ、ダンジョンでも見たことのないようなリヴェリアの険しい顔に目を丸くする。

そしてそんな彼女の視線の先を辿り、ギンと目が合う。

 

「何者だ、テメェ……!」

 

「ベート……!」

 

「ナニモノ言うても、ただのそこの居候ですわ」

 

下手に刺激するな。

そう窘めようとしたリヴェリアだったが、それよりも早く、ギンが口を開いた。

豊穣の女主人は、確かに実力者の多い店である。

そんなことはリヴェリアもベートも百も承知だが、目の前の男は、あまりにも異質だった。

強い、弱い、という話ではない。ただただ、異質。

 

「居候が帰ってきただけですけど?」

 

何でボクこんなに警戒されてるんや?

極限まで霊圧を抑えているはずなのに、何かしくじったかなァ。

ギンもギンで、頬をポリポリと掻きながらそんなことを考えていた。

さっきすれ違った子も、街中で会う冒険者も、警戒されへんかったのに。

そういえばオッタルとかいうのにも、警戒されたっけ。

ある程度霊力が高いと、分かるんかなァ。

 

「……もう一度訊くぜ。お前、何者だ?」

 

「だから、ただの居候やって」

 

ギンはおどけたようにそう言うと、凍り付くベートとリヴェリアの横を通り、豊穣の女主人の扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんやフィン、ぜんぜん酒が減っとらんがな!」

 

「あぁ……」

 

騒ぎの元凶であるベートをリヴェリアが店の外へ引きずっていきようやく喧噪を取り戻した店内で、フィン・ディムナは親指を撫でつけていた。

ロキから押し付けられる酒瓶を適当にかわしながら、ひっきりなしに疼く親指を見つめる。

 

「悪い感じはしないんだけどね……」

 

それにしても凄い疼きだ。いつぶりだろう。

酒を飲む気になれなかったフィンの耳に、キィという扉の軋む音が届く。

 

「……!」

 

のっそりと扉をくぐったギンの姿を見た瞬間、フィンはまるで金縛りにでもあったかのように、全身が硬直した。

 

「おお、えらい繁盛しとるなァ」

 

声を聴いた瞬間フィンだけでなく、アイズ・ヴァレンシュタイン、ガレス・ランドロック、ティオネ、ティオナ・ヒリュテの全員が、彼と同じような感覚を覚えた。

 

「……?どうしたんや、みんな?」

 

浴びるように酒をあおっていたガレスの動きが止まり、ロキが不思議そうに眉根を寄せる。

 

どうしてみんな、()()()()()()()()()()()!?

 

凍り付いている一部のメンバーを覗き、店の中は騒がしいままだった。

扉の開く音に一瞥だけくれ、また酒に戻る。

そんな他の客が、フィンには信じられなかった。

 

「イチマルッ!」

 

ミアの投擲した鉄製のお玉をギンは屈んで躱す。

 

「おま……がッ!?」

 

そのお玉はギンに続いて店に入ってきたベートの額にクリーンヒットし、昏倒する。

そしてそんなベートの影からリヴェリアが姿を見せる。

フィン達も金縛りのような状態が解除され始め、アイズは机に立てかけられた剣に手を伸ばした。

 

「やめるんだ、アイズ」

 

そんなアイズの手を、フィンが押さえつける。

 

「腹黒キツネェェェッ!覚悟するニャ!」

 

「仕事の恨みだニャ!」

 

「ぐわぁ!?」

 

忙しい時間にひょっこり帰ってきたことで堪忍袋の緒が切れたアーニャとクロエがギンに飛び蹴りをかます。

ギンはそれもひょいと躱し、対象を失った飛び蹴りは呻きながら立ち上がろうとしていたベートの顔を左右から挟み込むように直撃する。

 

「楽しそうな飲み会やなァ」

 

強い霊圧の顔は覚えたし、もう此処に居る理由はないな。

完全にノックアウトされたベートを慌てて介抱するアーニャとクロエの脇をギンは通り、暗い夜の街へ再び消えていった。

 

「……フィン。ホンマにどうしたんや」

 

ただ事ではないと気付いたロキが、酒瓶を机に置く。

 

「ガレス。気づいたかい?」

 

「あぁ……」

 

「フィン」

 

「リヴェリア」

 

目を回すベートを放置してフィンの向かいに座ったリヴェリア。

 

「……他の連中は気づいてないのか?」

 

「うん。そうみたいだね」

 

何事もなかったかのように歓談を続けている店の客を見たリヴェリアの問いに、フィンが頷く。

 

「団長。今の人、やばかったよね」

 

「ティオナも気づいたかい?」

 

「当たり前じゃん。むしろ、何で他の人は気づいてないの?」

 

「何が起こったんや」

 

ロキの問いに、その場にいる全員は首を横に振ることしかできなかった。

 

「分からない」

 

イチマル。そう呼ばれていたね。

フィンは、いつまでもギンの消えた扉に強い眼差しを向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イチマル」

 

「ん、オッタルやないか。昼ぶりやな」

 

豊穣の女主人を抜け出し串揚げの露店を眺めていたギンの背中に声をかけるオッタル。

ギンはくるりと振り返りながらひらひらと手を振った。

 

「昼の約束だが……すまない。あの方とは会えない」

 

「何でや?」

 

「俺にも分からん」

 

「そうかァ」

 

タケミカヅチっちゅうカミサマの居場所を訊くだけでこんなに苦労するとはなァ。

落胆を隠そうともしないギンに、オッタルは罪悪感を覚えた。

 

「あの方に訊きたいことがあると言っていたな。何だったんだ?」

 

「いや?タケミカヅチっちゅうカミサマの居場所が訊きたかっただけや」

 

「……それだけか?」

 

「それだけやけど」

 

「いや、そうではないのだが……タケミカヅチ・ファミリアのホームなら分かるが」

 

「ホンマかいな」

 

何や、最初からコイツに訊くだけやったんかい。

タケミカヅチ・ファミリアのホームである仮住居の長屋(タウンハウス)の場所を説明するオッタルの顔を見ながら、ギンは内心で白目を剥いていた。

 

「……聞いているのか?」

 

「あぁ、おおきにな」

 

訊ねるのは明日として、とりあえず下見だけしとこか。

瞬歩を使ったギンがオッタルの前から掻き消えるのは、ほんの瞬きの間の出来事だった。

 

「お……オッタル様、ですよね?」

 

「む……店の前で済まない」

 

そういえば、ここは露店の目の前じゃないか。

申し訳ないことをしたな、と離れようとしたオッタルの背中に、露店で店番を務めていた女の子の疑問が投げかけられる。

 

「あの……お言葉ですが、今、()()()()()()()()()()んですか?」

 

 

 

 

 




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