神殺鎗は、神々の世界に生きる   作:レヴィ

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#8 Who are you

それは、ギンが出て行ってすぐのことだった。

コンコンと控え目なノックに、ミアは雑誌から顔を上げた。

 

「鍵は開いてるよ」

 

「ど、どうも……」

 

縮こまりながら入ってきたのは、ミアにとって見覚えのある白髪の少年だった。

少年―――ベルは店に入るなり、オドオドと視線を虚空に泳がせる。

 

「坊主……昨日の」

 

「本当にすみませんでしたッ!」

 

ミアの言葉に被せるようにガバッと頭を下げたベルは、目の前の机に硬貨の入った袋を置いた。

袋の中をミアが確認すると、昨日ベルが飲み食いした分よりも幾分か多い金額がしたためられていた。

同じ白い髪のヒューマンでも、何処かの誰かよりよっぽどしっかりしてるじゃないか。

いつも仕事を放り出してフラッと出て行くギンの狐のような顔を思い浮かべながら、ミアはくすっと笑った。

 

「成程、けじめをつけに来たってわけね」

 

「は、はい……その、本当にすみませんでした」

 

「あと一日遅けりゃ、久しぶりにアタシの得物が轟き叫んでたよ」

 

笑顔で恐ろしいことを言うミアに、ベルは『あっぶなあああああ』と内心で叫びながら冷や汗を垂らす。

 

「ま、きちんと金を返しに来るところは感心じゃないか。ウチの従業員は血の気が多い奴が多いからね。昨日必死に庇い立てしたシルにも、どこかでお礼を言っておくんだよ」

 

「は、はいっ!」

 

シルさんが庇ってくれていなければ、今頃僕はどうなっていたのだろう。

縄で簀巻きにされて湖に沈められる自分の姿を想像しながら、ベルはぶるっと震えた。

 

「……イチマルもこれだけ素直だったらねぇ」

 

「へ?な、何ですか?」

 

「あぁ、こっちの話だよ」

 

イチマルにはそろそろ一度痛い目見せとくべきかもね、とミアは倉庫に眠っているスコップの手入れを決断する。

そして、ギンとは全く違う真っ直ぐな目をしたベルの肩に、ミアはポンと手を置いた。

 

「坊主。冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ。最初のうちは生きることだけを必死にすればいい。背伸びしてみたって、碌なことは起きないんだからね」

 

はっと目を見開くベル。

酔ったベートの暴言をカウンターで聞いていたミアは、目の前の少年が無茶をしないか、どこか心配だった。

 

「最後まで二本の脚で立ってた奴が一番なのさ。みじめだろうが何だろうがね。すりゃあ、帰って来たソイツにアタシが盛大に酒を振舞ってやる。ほら、勝ち組だろ?」

 

ニヤッと笑いながらそう語るミアに、ベルは思わず『母さん』と言いかけた。

しかしそれよりも先に、扉が開いた。

 

「こんにちは……って、ベルさんじゃないですか」

 

「あ、シルさん……」

 

「あれ、シル。どうしたんだい。今日は営業休みって昨日言っただろ」

 

「そうでしたっけ?」

 

すっとぼけるシルに、ミアはくすりと笑った。

 

「アンタら、ちょっと何処かでお昼でも食べてきな。どうせまだなんだろう?」

 

 

 

 

 

#8 Who are you

 

 

 

 

 

「あの、シルさん。昨日は本当にすみませんでした」

 

「いいですよ、別に。気にしてませんから」

 

ミアから金を受け取ったベルとシルは、近くのカフェのテラス席で向かい合っていた。

ベルは最後まで断り続けていたものの、ミアの『受け取らないとぶっ飛ばすよ』という意味の分からない脅しとシルの『早くいきましょう』という天真爛漫な笑顔に屈した。

正午近くということで店内はかなりごった返しており、せわしなく店を駆け回るウェイトレスにシルが目線を送る。

 

「いつもは私がああやって働いてるんですよね。俯瞰して見るとちょっと変な感じです」

 

「はは……昨日の豊穣の女主人、忙しそうでしたもんね」

 

「いつもあんな感じですよ。ほらベルさん、何を頼みますか?」

 

机に開かれたメニューを覗き込む二人。

スパゲッティ一つでもこんなに種類があるのか、とベルは驚いた。

 

「ええと、なら……僕はこのボロネーゼにします」

 

「ベルさんって案外安パイにいくんですね」

 

「ええっ!?」

 

「私はこの、キャベツと小倉のパスタに挑戦してみます」

 

うわぁ、そんな目に見える地雷を踏みに行くのか。

ウェイトレスに注文するシルを見ながら、ベルは彼女への認識を少しだけ改めていた。

 

「少し時間がかかるそうですよ。楽しみですね」

 

「え、えぇ」

 

テーブルに肘をついてにっこりと微笑むシルに、ベルはついドキリとする。

いやいや、僕にはアイズさんという心に決めた人がいるじゃないか!

でもシルさんも可愛いなぁ……。

 

「私の顔に何かついてますか?」

 

「えっ、いやいや!何もついてないですよ!」

 

「なら、もしかして私に見惚れてました?」

 

「えっ……!?」

 

本当に可愛い子。

顔を真っ赤に染めて手をブンブン振るベルに、フレイヤはニマァと口角を上げた。

 

「あ、そ、その……ミアさんから聞きました。昨日、食い逃げした僕のことを庇ってくれたんですよね」

 

「え?あぁ……」

 

フレイヤの脳内に、昨日の不愉快な狼男の顔が浮かんだ。

 

「その……ありがとうございました」

 

「いいんですよ。ミア母さんも言ってたじゃないですか。最初のうちは生き残ることだけを考えろって」

 

「そうですよね……って、聞いてたんですか!?」

 

「はい。少しだけ」

 

実は全部聞いてたけど。

そもそもベルが豊穣の女主人に向かっていることをバベル最上階から目撃し、営業が休みであることを分かった上でフレイヤは来ていた。

まさかここまでとんとん拍子にランチができるとは思っていなかったけれど、と胸のニヤつきが顔に出るのを必死に抑え込む。

 

「ベルさんは冒険者になってまだ短いんですか?」

 

「はい。半月くらいです」

 

「半月……一番大変な時ですね」

 

「そうなんです。昨日もミノタウロスに襲われて危なかったところを、アイズさんに助けてもらって……」

 

アイズの名前を出したところ、目の前のシルからズモモと黒いオーラが出始めたので、ベルはクエスチョンマークを浮かべながらも慌てて口を噤んだ。

そこで都合良くウェイトレスがパスタを二人分持って現れので、ベルはラッキーと思いながらそれを受け取る。

 

「わぁ……」

 

至って普通のボロネーゼの自分のパスタと違い、シルのそれは、刻んだキャベツに小倉の和えられたゲテモノパスタだった。

 

「シルさん、それ食べるんですか……?」

 

「はい。ここのお店は私もたまに来るんですけど、創作料理が意外と美味しいんですよ?」

 

シルはそう言って手を合わせると、くるくると巻いたパスタを口に運ぶ。

 

「んー、美味しい」

 

「えぇ……?」

 

「一口食べますか?」

 

小悪魔っぽい笑みを浮かべるシルに、ベルは思わずたじろぐ。

確かに、目の前のゲテモノパスタの味は気になる。でも、それって……もうデートじゃないか!

 

「………じゃあ、一口………」

 

「はい、あーん」

 

「あ、あーん」

 

シルに言われるがまま雛鳥のように口を開いたベルに、パスタが突っ込まれる。

 

「美味しいですよね?」

 

「お、美味しいです」

 

味なんて分かるか!

世界の中心、いや、カフェの中心で、全く味のしないパスタを飲み下しながらベルは胸の内で絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベルさん、良かったんですか?」

 

「は、はい。僕だって冒険者ですから!」

 

シルの分まで会計を終えたベルは、それなりに軽くなった財布の中身を思い出さないようにしながら彼女に笑いかける。

パスタとコーヒーとデザートであんなに高いとは。もらったお金じゃ足りなかったよ。

でも、ミアさんには『冒険者なんてカッコつけるだけ無駄な職業さ』と言われたけれど、このくらいはカッコつけてもいいだろう。

というか、このくらいさせて欲しい。

そんなベルに、シルはくすっと笑った。

 

「ベルさん。今からダンジョンに行かれるのですか?」

 

「はい。今は少しでも強くなりたいので」

 

「そうですか……」

 

そんなベルの脳内には、昨日のベートの言葉が強く残っていた。

恥ずかしかったし悔しかったけど、あの人の言うことも本当だ。

一日でも早く、アイズさんに追いつきたい。

 

「……分かりました。ベルさん。ミア母さんも言ってましたけど、死んじゃダメ、ですからね?」

 

「はい!それじゃあ!」

 

ベルはぐっと握りこぶしを作ると、シルに別れを告げてダンジョンの方へと走り去っていった。

 

「お、シルちゃんやないか」

 

人混みへ消えていくベルの姿を見送っていたフレイヤは、そんな声に恐怖を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

ギンをシバくためのスコップを磨いていたミアは、がらんとした店内に響いたパリンという音のした方に目を向ける。

地震でも起きたのか、棚から落ちた皿が一枚割れていた。

 

「最近多いねぇ……」

 

箒と塵取りで割れた皿を片付けるミアは、独りでぼやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……イチマルさん。どうかしましたか?」

 

何故、この男がここに。

そんな動揺を悟られないよう平静を装いながらギンに身体を向けたフレイヤ。

 

「いや?散歩してたら見かけたもんで」

 

黒。

つまり、この男は私がここに居ることが分かっていたということになる。

何故、私に……?

 

「ああ。林檎いります?」

 

「いえ……今お昼を済ませたばかりなので」

 

懐から取り出して投げ渡してきた林檎を、フレイヤは投げ返す。

ギンはそれを受け取ると、懐へと仕舞いなおした。

 

「何してはったんです?」

 

「ベルさんという友達とランチをしていただけです。イチマルさん、どこかで見ていたんじゃないですか?」

 

「いや?」

 

黒。

どこかから見られていたらしい。

何故?何が目的?私?それとも、ベル?

様々な憶測がフレイヤの脳内を駆け巡る中、ギンはおもむろに斬魄刀を抜いた。

一気に緊張が高まる。

 

「……ほいっ」

 

ギンは、近くでアクセサリーを売る露店の少女の首元に斬魄刀を押し当てる。

しかし少女は怯えるどころか何も気にする素振りも見せず、道を歩く女の子に客引きをしていた。

どうなってるの……?

フレイヤはそこで、はッとした。

この男、まさか一般人には見えていないんじゃ―――。

 

「ボクずっと、あの店で働いてる子はみーんな、冒険者だと思っとったんよ」

 

淡々と語るギンの持つ神をも死す鎗の切っ先が、フレイヤの心臓に向けられた。

 

「キミ、誰や?」

 




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