神殺鎗は、神々の世界に生きる   作:レヴィ

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#9 The transaction

「キミ、誰や?」

 

不覚―――。

フレイヤの心臓が跳ね上がった。

それでも笑顔を崩さず、あくまで『街娘のシル』として、ギンを真っ直ぐに見据える。

 

「……ただの街娘、ですよ?」

 

「何や。ほなボクの勘違いかいな」

 

フレイヤが想定するよりもあっさりと斬魄刀を下ろすギン。

 

「それ以外に何だと思ったのですか?」

 

「いや?てっきり何処かのカミサマかとでも思っとったわ。それなりの霊圧した奴が何人か護衛に付いとるみたいやしなァ。ま、ボクの勘違いだったみたいですわ」

 

そこまで気付いて。

シルが目を見開くと同時に、フレイヤの護衛についていたアレン・フローメルが物陰から飛び出しギンの背後から襲い掛かる。

 

 

 

 

 

#9 The transaction

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺すッ!!!

『グラリネーゼ・フローメル』によって超高速の弾丸と化したアレンは、ギンの頸目掛けて長槍を振り下ろす。

瞬間的に音速を超えたアレンを周りの民衆が目で追うことはできず、突如吹き荒れた突風として誰もが目を覆う。

槍の先端に取り付けられた刃が、無防備なギンの頸に迫った。

獲った。

 

「射殺せ『神鎗』」

 

獲った、はずだった。

ギンはアレンに背を向けたまま、逆手に握り替えた斬魄刀の切っ先を腋の下からアレンに向ける。

解号と共に高速で伸びた斬魄刀が、アレンの両太腿、腹部、両肩の五か所を同時に撃ち抜く。

 

「がっ……!?」

 

空中で派手に鮮血を撒き散らしながら、アレンは地面に倒れ伏した。

内臓を貫かれた激痛のあまり声をあげることもできず、返り血で染まった白い羽織をただただ見上げることしかできなかった。

どくどくと溢れる血溜まりと濃い血の香りに、民衆は訳も分からぬまま悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 

「な、何が起きた!?」

 

「分からん!とりあえずアレン様を助けろ!」

 

ギンが見えておらず対応の遅れた他の護衛も、明かな異常事態に狼狽しながら次々に物陰から姿を現す。

 

「何や、けったいな猫やなァ。いきなり襲ってくるなんて」

 

ここで初めてアレンの方を向いたギン。

 

「シルちゃんに被害があったら、こらアカンわ。ここらでトドメでも刺しとこか」

 

必死にアレンの血止めをする下級冒険者諸共斬り捨てようと、ギンは斬魄刀を振り上げる。

ゆったりとした動きと冷たい瞳に、アレンは歯の根をガチガチと鳴らして震える。

陽の光に反射した斬魄刀の刀身が、妖しく煌めいた。

 

「……待ちなさい」

 

「どないしたん、シルちゃん?」

 

「いいわ。ついてきなさい」

 

これ以上隠し通すことはできない。

それに、ここでアレンを失うのはあまりにも痛手。

この男は、殺すと言ったら殺す。そんな男だ。

それらから結論を出したフレイヤは、ギンの背中に呼びかけた。

 

「……おおきに」

 

ギンは斬魄刀を鞘に納めると、両手を隊服の袖に仕舞い込んだ。

 

「ついてきたらダメ。ついてきても無駄だから」

 

フレイヤは唖然とする護衛にそう言い残すと、ギンを連れて歩き出した。

自らの住む、バベル最上階へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……そうね。まずは約束してちょうだい。今から話す内容は、互いに他言無用よ」

 

「はいはい」

 

はァ、こんなカミサマやったんか。

シルからフレイヤに戻った彼女の真の姿を見ながら、ギンはぼんやりとそんなことを考えていた。

 

「シル改めフレイヤ。オッタルの主神よ。名前くらい、あの子から聞いてるでしょう?」

 

「あァ……そういえばそんな名前言うてたな」

 

普段と何ら変わりのないギンと違い、フレイヤは珍しく緊張していた。

オラリオ最速の称号を持つアレンをも撃ち抜く神鎗をギンが所有している以上、『魅了』も気づかれた時点でかけ終える前に斬り殺される。

なるべく刺激してはいけない。

背中を流れる冷や汗に、フレイヤは嘆息した。

 

「……単刀直入に訊くわ。あなたの目的は何?」

 

「………」

 

ロキと同じ質問をされ、またもギンは困り果てる。

目的という目的なんて、ギンにはなかったからだ。

そんなギンの態度を『答えたくない』と誤解したフレイヤは、質問を変えることとする。

 

「じゃあ、何故シルの正体を知りたがったの?」

 

「単なる興味や」

 

「は?」

 

「せやから、単なる興味や。何でボクが見えてるのか、不思議に思うた。それだけや」

 

白。

自らの出した白黒に、フレイヤは困惑した。

本当のことを言っているとしたら、目的は何なの?

オッタルを通して私に接触しようとしたことも気がかりだ。

この男は何を考えているの?

 

「一応訊かせてもらいますわ。『尸魂界』、聞いたことあります?」

 

「ソウルソサエティ?ないわ」

 

何億年と生きてきたフレイヤにも、尸魂界という単語に聞き覚えはなかった。

だが、元々大して期待していなかったギンは落胆しなかった。

 

「そのソウルソサエティというのは何?」

 

「ボクが前に居た処ですわ」

 

ここでギンの頭に、一つの案が浮かぶ。

 

「……いいですよ。別にボク、わざわざ『豊穣の女主人』でキミの正体をばらす気ないし。でもその代わり、一つ頼み事を聞いてもらえます?」

 

「頼み事?何かしら?」

 

「尸魂界について、色々調べてもらいたいだけですわ。ボクの力じゃ無理っぽいから」

 

白、白―――。

目の前の胡散臭い男が嘘を言っている様子はなく、フレイヤは椅子から少しずり落ちる。

本当に掴みどころのない厄介者ね、と。

 

「いいわ。交換条件ね。時間はかかるかもしれないけれど」

 

「おおきに」

 

ニヤリと笑ったギンは椅子から立ち上がろうとしたが、ふと止まった。

 

「キミ、何であない大変な場所で働いてるんや?自分、カミサマなんやろ?」

 

「……ベルのためよ」

 

「は?」

 

ベル言うたら鐘のことやろ。何の鐘か知らんけど、カミサマも案外暇なんやな。

半分くらい正解の勘違いをしたギンは今度こそ椅子から立ち上がり、ドアノブに手をかける。

 

「ほな、バイバ~イ。()()()()()

 

フレイヤが憎まれ口を言い返すよりも早く、ギンは瞬歩でその姿を消した。

はぁ、と盛大にため息をついたフレイヤは、机の上に置かれた『神の宴』と書かれた招待状を手に取る。

 

「あの子のことと、もう一つ確認しなくちゃいけないことが増えたわね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ……!はあっ……!」

 

殺されるかと思ったッ!

治療を終えたアレンは、未だバクバクと跳ねる心臓を手で押さえながら上半身を起こした。

 

「ど、どうしたんですかアレン様!?」

 

「どうしたもこうしたも……お前ら、アレが見えてなかったのかよッ!?」

 

一度見たら忘れることなどできない、蛇のような眼。

フレイヤ・ファミリアの中では珍しく仲間意識の強い下級冒険者の二人組に、アレンはつい怒鳴ってしまう。

しかし二人は顔を見合わせると、揃って首を傾げた。

 

「すみません……アレン様が飛び出した所までしか見えていませんでした」

 

「はァ!?フレイヤ様に刀を向ける極東風の男が居ただろ!?」

 

「は、はい……?」

 

「ま、まさかお前ら……本当に見えてなかったのか?そ、それよりフレイヤ様を……!」

 

無理矢理立ち上がろうとしたアレンの全身に激痛が走る。

思わず崩れ落ちたアレンを、二人は両側から肩を支える。

 

「お、落ち着いてくださいアレン様!いくら急所は外してあったからといって、すぐに動ける怪我じゃありません!」

 

「な、何?急所を外してあっただと?」

 

「はい。見事に重症化し兼ねない急所は外れていましたが……」

 

アレン様がご自分で躱されたのでは?

 

そんな問いに、アレンは首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、フレイヤじゃない」

 

「ヘファイストス」

 

言い寄る男神を言葉巧みにかわしていたフレイヤは、そんな声に足を止めた。

鍛冶と火の神である、ヘファイストス。

フレイヤにとって同郷の顔馴染みだった。

 

「貴女が宴に来るなんて珍しいじゃない。また男引っかけてるの?」

 

「言い寄られてただけよ」

 

「はいはい、そういうことにしとくわ。一人なら一緒に回らない?」

 

「そうね。丁度一人が退屈になってきたところなの」

 

フレイヤは名残惜しそうにする男神に別れを告げると、二人で並んでパーティー会場を回り始める。

 

「ガネーシャのところも中々やるじゃない」

 

「三日後のフィリア祭の宣伝も兼ねてるんでしょうね」

 

「ああ、もうそんな時期だったね」

 

そういえば、と斜め上を見るヘファイストスの隣で、フレイヤはどうしたものかと思案していた。

ソウルソサエティとやらは最悪次の機会で良いとして、ベルの所属するファミリアを見つけるのは急務。

それに、ベルの名前を出して周りに感づかれるのも、今の段階ではなるべく避けたい。

 

「……ねえヘファイストス」

 

「ん、何だい?」

 

「ソウルソサエティって単語、知ってるかしら?」

 

「ソウルソサエティ?聞いたことないけど。それがどうかしたの?」

 

「いや、聞いたことがないならいいわ」

 

「そうかい……って、あれヘスティアじゃないか」

 

ヘファイストスはフレイヤの質問に深くは訊き返さず、遠くの席でヒソヒソ陰口をたたかれながらもテーブルの上のご馳走を爆食しているヘスティアの姿を見つけ、そちらに歩いて行く。

キャイキャイと言い合いをするヘスティアとヘファイストスに、考え事をしていたフレイヤはクスリと笑う。

 

「ふふ……相変わらず仲が良いのね」

 

「フレイヤ……!」

 

うげぇ、という嫌そうな表情を隠そうともしないヘスティア。

 

「何でヘファイストスがフレイヤと一緒に居るんだい……」

 

「すぐそこで会って、一緒に会場を回ってるのよ。お邪魔だったかしら、ヘスティア?」

 

「そんなことはないけど……ボクは君のこと苦手なんだよね」

 

ズバッと言い放つヘスティアにヘファイストスが苦い顔をするものの、当のフレイヤは口元に手を当てて優雅な笑顔を崩さなかった。

 

「あら。貴女のそういうところ、私は好きよ?」

 

「……まぁ、もっとも」

 

「おーい、ファイたーん!フレイヤー!ドチビー!」

 

「……君なんかよりずっと大ッ嫌いなやつがいるんだけどね」

 

嫌そうな顔から不愉快そうな顔へランクアップしたヘスティア。

声を張り上げ手を振りながら三人の集まる場所まで走るロキ。

ああもう、まーた面倒なことになるよ、というヘファイストスの想像通り、短いやり取りを交わしてすぐに掴み合いの喧嘩に発展した二人に、ヘファイストスとフレイヤは冷ややかな視線を送る。

 

「はいはい。その辺にしておきなさい」

 

ばるんばるんと揺れるヘスティアの爆乳にロキが涙目になったところで、ヘファイストスが仲裁に入る。

フーッフーッと猫の喧嘩のような威嚇を暫く続ける二人だったが、やがて申し合わせたように同時にそっぽを向いた。

 

「ロキ。貴女、随分と丸くなったのね」

 

「ん、そう?」

 

「神々に殺し合いをけしかけていたあの頃に比べたらね」

 

「やだなぁ、いつの話しとるんや。フレイヤ」

 

はっはっはと笑うロキ。

 

「ロキは子供達が大好きなのね」

 

「まぁ……そうやな」

 

少し照れくさそうにするロキを見たヘファイストスが、ニヤッとしてヘスティアの肩を叩く。

 

「ベルって子を迎えて、貴女も変われたのね」

 

ベル―――。

その名前に、フレイヤは反応した。

まさか、ヘスティアの所の子なんてね、と。

身体中がやけに火照るのは、きっとシャンパンのせいじゃなかった。

 

「じゃあ私は失礼させてもらうわ」

 

シャンパングラスを近くのテーブルに置き、確かな収穫物と共にフレイヤはパーティーを去ろうとする。

しかしそんなフレイヤに声をかけたのは、またしてもヘファイストスだった。

 

「もういいの?貴女、訊きたいことがあったんじゃないの?」

 

「ボク達に訊きたいこと?フレイヤが?」

 

「あぁ……そうね」

 

そういえば、とフレイヤはギンを思い出す。

ベルの所属ファミリアが分かった興奮で、フレイヤはすっかり忘れていた。

まあどうせ知らないでしょう。

 

「……ソウルソサエティ。知ってるかしら?」

 

「ソウル……え、何だって?」

 

聞き覚えのない単語に聞き返すヘスティア。

しかしそんな彼女とは違い、ロキは眉間に皺を寄せた。

 

「……何でフレイヤが知ってるんや」

 

「あら、ロキ。知ってるの?」

 

「名前だけはな」

 

「名前だけ……そう」

 

なるほど、ロキも詳しくは知らないのね。

何故ロキが尸魂界という単語を知っているか疑問に感じたフレイヤだったが、まあ大方ギンが訊き回っているのだろうと予測を立てる。

理由を聞き出すよりも、不穏な雰囲気を纏うロキの前から離脱することが先だった。

 

「……誰から聞いたんや」

 

「そうね……白い髪のヒューマンよ」

 

 




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