ジェネリック歪君のあんまり楽しくない裏ドレスタプレイ日記 作:名無しの作者
「あ…ああああぁぁ優ぅ!!優!!ゆっ……わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
敵プレイヤーが、少女の兄が絶叫する。
消えゆく筐体を他所に妹が消失した場所に、引き攣った体のせいで何度も転びながら。
そう遠くない戦場跡地にたどり着くと必死にキャラクターのパーツを拾い集める。
だが、妹だったものは焼け付く音と共に少しずつ消え失せていく。
……どうやら腑分けされた状態で死亡すると、体の小さい部位から転送されていくらしい。全くいらなかった知識を押し付けられながら、呆然とその光景を眺めることしか俺にはできなかった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
少年が必死に腕の中に妹を抱き、それが消え失せるたびにわっと泣き叫ぶ。のたうち回り、まだ消えていない部位を目にするとそれに駆けずりよる、その繰り返しだった。
部分的には人の面影を残している分グロテスクな遺体を、それでも何の躊躇もなく抱きしめる。大事なものを、必死に守るように。
渋谷さんは吐き続けていた。
もう吐き捨てるものがすっかりなくなっても胃液を垂れ流し続ける。そうすることで目の前で起きた現実から目を逸らさんとばかりに反吐を吐き続けた。
拳を振り下ろしたポーズで固まっていたのが幸いして吐しゃ物で窒息する心配はなさそうだった。呆然とそんなことを思っていた。
……どうしてこんなことに。
お、俺は確かに慈悲のある戦いをしようとしていた。最大火力を一瞬でぶつけ、何が何だがわからないうちに葬り去る。それこそがスマートな戦いだと思っていた。
現実はどうだ。
少女の身体は無惨にも砕け散り、そこいらに血と肉片の雨が降り注ぐ。それがミンチのような惨状ならまだよかったのかもしれないが、ドレスの耐久力を勘定に入れ忘れたせいでまるで猟奇殺人期の解体現場のような惨劇が繰り広げられていた。
こんな、こんなはずじゃなかった。こんな惨たらしく殺すつもりは……なかったんだ。
もっと慈悲深く、処刑人の様に振舞うつもりだった。そうしたかった。
なのに……こんな……
目の前の無表情な瞳と目が合う。
それが右端から消え失せるのをただ眺め、光の塵となってようやく俺は。
俺は、渋谷さんと同じように胃の中身をぶちまけた。
ーーーーー
どれだけの時間がたったのだろう。目の前の筐体は反吐まみれになり画面すら満足に見えない有様だった。
力が入らないどころか、体の感覚さえも希薄に感じる。鈍い体に何とか鞭打って渋谷さんの元に向かう。
渋谷さんはもう吐いていなかった。嗚咽一つ漏らさず、屈みこんだまま微動だにしていなかった。遠目から見たらそういう衣装を飾り付けられたマネキンのようだった。
露出した生足に、反吐の残りが伝って地面にしたたり落ちる。
変身を解除したら力なく地面へと崩れ落ちる。それを支えようとしたがまるで力が入らず、ドミノ倒しのように一緒に崩れ落ちた。
「……渋谷さん」
掠れた声で呼びかけると涙と汗と反吐と、とにかくいろいろなものでぐちゃぐちゃになった顔を僅かに向けてくる。
……気絶しているものだと思っていたが、朦朧としながらも自我を保っていたようだ。気力で保っていたのか、恐怖と罪悪感で気を失えなかったのかはわからないが。
「……酷い……顔……」
同じく普段からは考えられないようなカスカスの声で渋谷さんは囁いた。辛いだろうに、自分よりはるかに近い特等席で惨劇を目の当たりにしただろうに。
俺の顔を見ながら呟く渋谷さんを、力なく、それでも必死に抱きしめる。
「酷いのは……お互い……さまだろ……」
前方に人影が蹲っていた。
ジジっという音と共に最後の肉片が焼き消える。抱え込んでいたそれが無くなって、少しした後、少年はゆっくりと顔を上げた。
泣いているのか、怒っているのかわからない表情だった。
きっとどちらでもあるのだろう。爆発寸前の爆弾に顔をつけるのなら、きっとこんな風なんだと思わせる形相だった。
そのまま、ゆっくりと立ち上がろうとする。何度も、何度も転びながら、一瞬たりとも俺たちから視線を外さないまま。
「しぶやさっ……へんしん……」
相手はたった一人の元プレイヤーだ。相棒たるキャラクターを亡くし、最早蹂躙されるのを待つだけの標的に過ぎない。
……過ぎないはずなのに、今の彼からはこれまで相対してきたどんな敵よりも圧倒的な威圧感を感じ取ってしまう。
熊に飲み込まれかけた時以上の存在感と、恐怖。
肉親を惨たらしく殺された男の憎悪がどういうものなのか、俺は今までフィクションでしかそれを知らなかった。
身動きが取れなくなる。蛇に睨まれた蛙どころじゃない、体が石になってしまったかのようだった。
夢の中で殺人鬼に襲われるような、対処しなきゃいけないのに体にまるで信号が入らない感覚。
男の憎悪に、完全に飲まれていた。
「ぁきばくん……」
渋谷さんが力なく藻掻く。微かな振動で辛うじて体を動かす、だがそれでもまるで鉛のように鈍かった。
プレイヤーが、少年が、兄がこちらに近づく。
様々なものを垂れ流しながら、それでも一歩ずつ確実に。
変身は、できない。俺も渋谷さんもまともに動ける状態じゃない。
せめてもの抵抗に、最後の力を振り絞って渋谷さんを抱きしめる。俺が殺されるうちに彼女が回復できるように。
渋谷さんも俺を抱きしめた。二人で抱き合い、迫りくる復讐を見つめる。
兄は、もう目の前に立っていた。
渋谷さんがそうしたように、力強く拳を掲げる。
俺は渋谷さんに覆いかぶさった。せめて俺で復讐の炎が僅かばかりでも和らいでくれることを祈って。
鈍い打撃音が響いた。
俺のすぐ頭上で。
何度も、何度も響き渡る。音がする割には、俺も渋谷さんも少しの痛みも衝撃も来なかった。
力を振り絞って顔を上げる、俺は自分の目を疑った。
少年が、自分の頬を殴っていた。狂ったように何度も、何度も。
「……ぇ」
渋谷さんも呆然としながら、目の前の少年の奇行を見上げている。
俺たちの視線を他所に少年はひたすら自らを痛めつけていた。胸に宿る憎悪を吐き出さんばかりに。
「ごめんなぁ……怖がらして」
やがて顔を真っ赤に腫れあがしながら、少年は初めてこちらに向けて語りかけた。
「おんなじ立場なのに、殺そうとしてたのは……俺たちも同じなのに」
こいつ、マジか。
「そうだよなぁ……俺たち、殺されても仕方がないのに……妹が……こっ……殺されて……う……ああ゛ぁ……」
そのまま、今度こそ全ての力を使い果たしたかのように、俺たちの前へ崩れ落ちた。
蹲り、嗚咽する姿にもう憎悪は感じられなかった。
だだ、最愛を失った悲しみだけがそこにあった。
「…………好きなだけ恨め、そういったはずだ」
「あ゛ぁ……お前……いい奴だな……やっぱり……いいやつ」
ーーーーー
あれからしばらく経って、お互いにようやく起き上がれるようになったころ。俺たちはぽつりぽつりと語りだした。
妹のためにゲームに参加したこと、何度も死にながら兄妹の力を合わせてチュートリアルをクリアしたこと、初めてこのゲームで人を手にかけたときのこと。
クラスメートのためにゲームに参加したこと、死にかけながらなんとかチュートリアルをクリアしたこと、たった今初めて人を手にかけたこと。
目の前の少年、『港勇』は妹がどれだけ尊いかを熱弁していた。
「優のためなら俺は何回でも死ねる!優のため、その一心でここまで頑張ってきたんだ!!」
「そ、そうか」
「大切にしてるんだね、優ちゃんのこと」
「ああ、たった一人の大事な妹だからな」
その言葉に渋谷さんは俯く。無理もない、その大事な妹を粉々にしたのは他ならぬ俺達だからな。
「……あの……ごめんなさ」
「いい、そこから先はいらない」
思わず口から出かけた謝罪を、勇は遮った。
「どっちかは死ななきゃいけなかったんだ。俺だって2人殺してる、今更文句なんて言えるかよ」
きっぱりと言い切る、あれだけ惨たらしく殺されたというのに。全ての感情を飲み込んで、こうして俺たちの前に座っている。
それがどれだけすごいことなのか、気にも留めずに。
「……大した奴だよ……勇は」
「そう?秋葉だってすげーじゃん!あんな風に倒されたことゲームでもなかったぜ」
「あれ、優のこと気遣ってくれてたんだよな」
「……気づいてたのか」
「全然HP減ってなかったし、一撃でやってくれたんだろ?きっと優も苦しまずに逝ってくれたはずだ」
サラッと妹が殺されたことを流す、流そうと努めてくれている。そんな思いを無下にしないよう、俺は話題を変える。
「俺たちと……その……同盟を結んでく」
「いいぜ!むしろこっちからお願いしたいくらいだ!」
俺の言葉に勇は食い気味に答える。……応えてくれるとは思っていたが、ここまで乗り気だったとは思わなかった。そのため思わずたじろいでしまう。
「……いいのか?誘っていてなんだが、その」
「秋葉ぐらい強いプレイヤーが味方なら、優だってきっと守れる!俺はそう信じるよ!」
……そこまでいわれちゃあ、応えないわけにはいかないな。
「あっ、ちょっと待ってくれ!一応優にも確認取らないと」
「だよね、優ちゃん怖がっちゃうかもしれないし」
まああんな死に方したらトラウマ待ったなしだよなぁ。意識は残ってはないはずだが、正直確実なところはわからない。万一にも最後まで痛覚が残っていたとしたら本当にとんでもないことになるだろうし。
「そのためにも、早く帰らないとな」
そういって徐に勇は立ち上がり、こちらを向いた。両腕を広げあっけらかんと告げる。
「さあ、殺してくれ」
……俺は、俺はカードを取り出す。震える手で呼び出された筐体にドレスを読み込ませる。続けて渋谷さんが変身しようと、しよう……と……
「……できないよ……や゛りだくないよぉ゛……」
顔をくしゃくしゃにして、どこにそんな水分が残っているのかと思う程の涙を流し始めた。敵から知っている人に変わったせいか、決意と殺意がすっかりなくなっていた。……いや、優を葬った時点でそれらは既に尽き果てていたのかもしれない。
「二人とも、そんな泣かないでくれよ。俺が死なないとみんな帰れないんだから」
早く優に合わせてくれと、殺されるはずの人間がおどけて言った。
ドレスタの腕前は弱かったが、この場にいる誰よりもこの男は強かった。
「頼む、俺を……優のところに」
渋谷さんは嗚咽しながら、それでも確かな足取りでゲートを潜る。……今度は俺の番だ。
「……なにか……言い残しておくことは」
己を引き留める全てに封をして問いかける。……勝利した際に考えていた、敵プレイヤーへの手向けのセリフを。
勇は、しばらく頬を搔きながら考え込み、それから_____
「対戦、ありがとうございました」
「見事」
渋谷さんの、俺たちの拳が勇の頭を貫いた。
ーーーーー
放課後、屋上前の階段に帰ってくる。原作ではあっさりと終わった対戦だったが、何日も立ったような疲労感が俺たちを襲う。
へたり込みたい気持ちを渾身の力を込めて堪える。渋谷さんの手を掴み階段を降りようとするが、よろけてこけそうになった。
力強く引き戻される。
そのまま手を引かれ、俺たちは階段を下りて行った。
お互いに何もしゃべらなかった。呪われたように口を縫い付けられた俺たちは次第に駆け出して行った。
決着がつく前に待ち合わせた公園に、原作でよくチームのたまり場になっていたあの場所へ。
様々な感情が渦を巻き、それらが原動力となり俺たちを急かす。
校舎を出て、校庭を突っ切り、校門を後にする。街道を駆け抜け、目的地へ、あの二人が待つ場所へ!
息せききらして走り、ようやく公園が見えてきた。
勇と、その隣にいる少女……優が、大きく手を振っていた。
初めての対人戦を越え、かけがえのない仲間を手に入れたジェネリック歪君!!待ち受ける苦難も仲間と共に乗り換えられるのか!?
第一章完!! 続きをこうご期待!!!