ジェネリック歪君のあんまり楽しくない裏ドレスタプレイ日記 作:名無しの作者
ジジッ…
「…えっ」
手渡したコンパクトから広がるように腕が崩壊していく。細かな板のように分割され、少しずつ世界から消え失せていく。
「やっ…なにこれ!? ちょっと待って…」
狼狽える渋谷さんを他所にコンパクトは容赦なく体を地獄へと送り込み続ける。
……無論、爆心地にいた俺も問答無用で連れ去られようとしていた。
呆然としながら自らの腕があった場所に触れる。
手ごたえはない、まるで見えぬ獣に四肢を食いちぎられ続けているようだった。そうこうしているうちにもう片方の腕も食われていく。気の早い俺の脳みそは早くも幻肢痛を訴えかけていた。
正気が削れていく瞬間から目をそらすため渋谷さんの方を向いた。
「やだ…消え…」
渋谷さんはもう体の半分も残っていない。足もないのに器用に直立姿勢を保っている少女の姿を最後に、俺の意識は闇に沈んでいった……
ーーーーー
「ここ…どこ!?」
渋谷さんの戸惑う声で目覚める。周囲を見渡すとある意味で見覚えのある、違和感だらけの世界が広がっていた。
一面の青空、立ち並ぶ木々からするとここは森林か。まともそうに見えるのはそこぐらいだけだった。
不自然に平べったい台地、森に似つかわしくない芝生、ところどころに立ち並ぶ傷一つない樽。よくみると木も数パターンしか形状がなく、空に至っては太陽すらなかった。
原作で、そしてゲームで大して意識していなかった現実との差異が俺に襲い掛かっている。
「なに……!? さっきまで教室にいたはずなのに…」
幾つもの想定外が重なり、この時の俺は完全に使い物にならなくなっていた。
何故渋谷さんはコンパクトを持っているのか、それをあんなにも朗らかな笑みで差し出したのか。あれが手元にあるということは確実に一回以上はこの世界で死亡しているはず。俺を騙して連れてきたのか、それとも原作と仕様が異なっているのか。
呆然と渋谷さんを眺める。パニックになっているあたり騙されたという線は薄いのか。しきりに辺りを見回していた彼女だが、今は落ち着いたのかこちらを凝視している。
……?
いや、落ち着いたにしては様子がおかしい。どこかひきつった表情でこちらを見ている。動きは完全に静止し、まるで蛇に睨まれたカエルのようだ。
俺の顔を……違う……俺の頭上を……凝視している。
俺は、俺はゆっくりと立ち上がり、それ以上に遅く、背後を振り向いた。
継ぎ接ぎの布のようなものが見えた。漫画で見たそれはきっと簡略化されていたのだろう、どうやったらそんなに悪意を表現できるのかわからないほど汚らしい縫い方だった。胸に見えるハートマークの刺繍が無為方とは別にきれいに作ってあるのを見て、どうしようもない不快感を覚える。
顔を上げると、恐らくは熊がモチーフの仮面を被っているように見える頭部があった。原作ではしまりのない顔だと内心馬鹿にしていたが、見つめあうごとにそんな気持ちは消え失せていく。ちらちらと見える歯は、猛獣のそれではなくどちらかといえばトラばさみのような悪意ある道具のように思えた。
熊の人形が、敵が目の前に立っていた。
すぐそばに、手を伸ばせば触れられる距離で、こちらを見つめていた。
動けない、一歩どころか身じろぎ一つできない。脊髄から下への神経がこの瞬間だけ消え失せたようだった。
逃げろ! 距離をとれ!! 理性が必死に叫ぶのを体は他人事のように流している。
そうしていると焦れたのか、敵がこちらに手を伸ばしてきた。
まるで握手するかのように右手をこちらに突き出し……それをゆっくりと頭上に掲げた。
俺は、それすらも眺めることしかできないでいた。人は想定外の窮地に陥ると、こうも身動きが取れないものなのか。口元からは微かに声にならない呻きが漏れ出た。
俺が動かないことに軽く首を傾げ、ゆっくりと……振り下ろ……し……
「危ない!」
振り下ろされる前に横合いから渋谷さんに突き飛ばされる。
瞬間、轟音が鳴り響き土煙が舞った。
着弾地点はまるで隕石でも堕ちてきたように大きく抉れて、もしも助けがなければ間違いなく土に還っていただろう。
そんな一撃を間近で見て、ようやく俺は……
「逃げるよ、早っ」
「ひぃ……ぅおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
現実を認識した。
急に体の自由が戻って、その反動で無様にひっくり返った。
慌てて立ち上がろうとするも膝に力が入らない。どころか体中が振動してまともに立つことすらままならなかった。
「っ! こっち! 逃げるよ!!」
「ぅあぁ……ああああああ!!」
渋谷さんに手を引かれ、俺は這う這うの体で森の奥へと駆け出した。
ーーーーー
「はぁ…はぁ…ここなら…はぁ…アレもいない…かな?…」
「ゔぅ…ゔぁ…ヴぉえぁ……」
「だ、大丈夫? どっか怪我した?」
何とか逃げ切って息も絶え絶えの俺に対し、背中を擦ってくれる渋谷さん。マジ天使だ、推せる。
「う゛ぅ……だい……大丈夫……怪我は……はぁ……して、ない。」
何とか返事をしてとっ散らかった思考を制御する。
今のところ辺りには敵の姿はない。どうにか逃げ切ったらしい。
危なかった。原作で序盤は無双していたから完全に油断していた。召喚されてから今のところいいとこなしだな、渋谷さんが居なければ仮想現実の土になっていただろう。
「ありがとう、渋谷さん。君が居なかったら絶対死んでた。」
「……へへっ、どーいたしまして! いつも色々手伝ってくれてる分は返せたかな?」
「よゆーでお釣りがくるレベル。ほんっと助かった。」
「やったね。……ところでさ、これってどういう状況なの?私全然わかんないんだけど。」
渋谷さんは思いのほか冷静だ。……多分俺があんなに取り乱したからなんだろうけど。
「僕だってわかんないさ。でも……」
周囲を見渡す。相変わらずコピペしたような気味の悪い森だ。謎に大きいキノコと、ここにも樽がいくつか立ち並んでいる。
「ここが、もしここが僕の想像している世界なら……」
そのうちの一つに徐に近づく。この森のような世界にある一つだけ不自然な人工物に。原作のように、手を振り上げて……
振り下ろす!!
「……やっぱり、あった。」
視線の先、壊れた樽の中には赤色の立方体が浮かんでいた。中央には白い十字のマーク、緑色の光がサイケデリックに灯っていた。
ドレスタ内でドロップする【回復アイテム】だ。
「ここは、ドレ☆スタの世界……らしい。」
「ドレスタ? このコンパクトの?」
渋谷さんが例の呪物を取り出す。今のところ特段変わったところのないコンパクトだ、これが異常事態を引き起こした代物だと思えないくらいに。
「うん。この風景も、あの熊も、このアイテムも、全部見覚えがある。」
「にわかには信じがたいけど、僕らはゲームの中にいるみたいだ。」
「……じゃあさ、これからどうしたらいいの?あの敵を倒せばいいの?」
渋谷さんがおずおずと話しかけてくる。そんな気はしたけど順応性が高い、一々食って掛かる気質じゃなくてよかった。
「勘がいいね、ドレスタはドレスカードを使って変身して、それで敵と戦うんだ。」
「やった、あってた! じゃあ今からあいつやっつけるんだね! そしたら帰れるのかな?」
「……ああ、倒せたら帰れるだろうね。」
原作でもそうだったし、そこは間違いないゴールである。
「じゃあさじゃあさ、早速バチっと決めちゃってよ秋葉君!」
………………
「……ど、どうしたの秋葉君。固まっちゃって、なんかすごい汗かいてるけど。」
「ドレスタにはドレスが……カードが必要なんだ。」
「う、うん。さっき言ってたよね。それがどうかし」
「ない。」
「へっ?」
「今、カードを……持ってないんだ……」
「え?」
……………………俺の手持ちのカードは、普段は鞄に入れて持ち運びしている。
ここに飛ばされている前は教室で掃除していた。俺は鞄を持ちながら掃除をする奇特な人間ではなかったため、当然自分の机に置いてある。
あの時に、持っているはずがない。
「じ、じゃあどうすんの!? カードなかったら戦えないじゃん!?」
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「どうしよう。」
絶体絶命の危機!! 頼るドレスもなく主人公は敵と相対する!! ヒロインは、そしてジェネリック歪君はなすすべなく惨殺されてしまうのか!?
次回「光よ!」