ジェネリック歪君のあんまり楽しくない裏ドレスタプレイ日記 作:名無しの作者
俺のスピーチが僅かでも効いていると信じ、あえて渋谷さんをゆっくりと歩いて向かわせる。
あせらず緩やかに、しかし一歩ずつ確実に接近している威圧感を演出する。
「…っ!なめんなっ!」
こちらが動き出したからか、目の前の少年も少し遅れてキャラクターである少女をこちらを走らせた。……プレイヤーの方は覚悟を決めたようだが、キャラクターの方はまだ怯えが抜けない表情をしているみたいだ。
もうちょっとバトルに夢中になってもらおうか。
敵キャラが跳躍、拳をこちらに突き出し突進してくる。思い切りはいいが初撃は単調だ、これなら余裕をもって相対できる。
鋭い、しかしいくらでも料理できる一撃を敢えて受け止める。突き出された右手を両腕で抱え込み、僅かに押された渋谷さんは加害した少女に小さく微笑んだ。
「ごめんね、私勝たないといけないの」
「ひぃ!」
まだ一撃ももらっていないはずの少女が一気に青ざめる。おかしいな、まずは相手キャラクターを過度に怯えさせないように相対する渋谷さんにお願いしていたのに。
次の一撃、空いた左腕の大ぶりなフックが渋谷さんの顔面を狙う。こいつは受けてやるわけにはいかないので抱えた右腕を脇に捨て、右手の手刀を迫る腕に添えるように打撃する。
散々チュートリアルで練習したとおりに渋谷さんの鼻先を掠め拳が流されていった。無防備な脇腹を前に攻撃の選択肢が無数に浮かぶがすべて棄却し、僅かに後退して次の攻撃に備える。
一瞬だけ敵プレイヤーに目線をやると信じられないといったように目を見開いていた。攻撃の手ごたえがまるでないことに驚いたのだろう。
申し訳ないが、これまでの泥仕合と一緒にされては困る。
勝つことは簡単だ、今のやり取りだけでもハメコンボを喰らわせ瞬く間に命を奪うことができる。
だがそれは俺や、俺たちが望む勝利ではない。
この命がかかったデスゲームで俺たちは傲慢にも勝ち方さえ選ぼうとしている。
気を取り直した相手の連撃を受け止め、時に躱していく。敵からすれば霞でも殴っているように感じられるだろう。
「っなんで当たんねーんだよ!」
「よく見てないからだ」
右、左と飛んでくる拳を威力が乗る前に叩き落とす。続けて振り下ろされた腕を懐に潜り込んで威力を軽減し、交差した両腕で受け止める。
今の俺たちだと全ての攻撃を躱すことはそう難しくないだろうが、作戦の要となる必殺技のためにもある程度の攻撃は受けなければならない。渋谷さんの負担が少ない攻撃を見逃さずに拾っていかないと。
攻撃を払い、時に受け止めながらゆっくりと渋谷さんは後退していく。一歩一歩、攻撃を受けるたびに自然に相手を誘導していく。さながら舞踏会で不慣れなパートナーをリードするように。
敵プレイヤーが画面しか注視しないことも助けになり、首尾よく目的地まで連れていけそうだ。キャラクターの少女もこちらが全く反撃しないからか攻撃を当てることにすっかり夢中になっている。
「当たって!」
少女の怯えは消え、代わりにアドレナリンが身体に満ちているようだ。状況はよい、このまま最終段階に入ろう。
「くっそ!!全然コマンド入んねーじゃんか!?」
苛立ったかのように台パンをする少年を他所に、現在の地形を確認する。
周囲はいつの間にか開けた空き地に変わっている。中央には今回のキーアイテムが入っている宝箱が鎮座しており、相手にそれが見えないよう渋谷さんは後ろ向きにそれに近づいている。
うまい具合に誘導できたようだ。そろそろ決めにかかるとしよう。
「遊びは終わりだ」
事前に決めておいたキーワードをきっかけにいよいよこちらから打って出る。大ぶりの右パンチを一回転して回避、そのままの勢いで無防備な背中に左足を叩きつける。今まで攻勢に出なかったため反撃など予想だにしていなかったのだろう、大したリカバリーもなく命中する。
「きゃあ!?」
「優!?」
攻撃を躱されたところに追加の反撃で大きくバランスを崩し、少女はつんのめってうつ伏せに転がった。すっころんだ少女に若干の罪悪感を抱きつつ渋谷さんを反転させる。
初めての反撃に戸惑う対戦相手を他所に宝箱の中身を手に入れた、今回のような受け身主体のプレイにおいて絶対に必要なキーパーツ。
『SP回復薬』
スペシャルムーブポイント、つまりは必殺技ゲージ回復アイテム。通常時は必殺技を初手で決めたり劣勢時の一発逆転など幅広く活躍できるアイテムだ。
今回も例外ではなく、相手や渋谷さんを痛めつけずに最終撃を与えられる欠かせない要素として探し求めていた。
でる地点はランダムでこそあるが、ある程度のパターンなら知っている。初手で引けたのは僥倖だ。
今回のような回避主体の受け身だと必殺技ゲージを貯めるのはかなり時間がかかる。下手に長引かせてこちらの狙いを悟られでもしたら面倒なことになる。
こちらの狙い、一撃必殺のことだ。
今装備しているドレスの必殺技『ドレスタパンチ』は取り回しの良さに加え火力も一級品と文句のつけようがない逸品だ。
とはいえそれで削れるのはよくて体力の6、7割程度。今回のように全く攻撃をしない場合は一撃必殺足りえない。
通常のドレスタであれば。
このゲームは体力も重要だが、それ以上にキャラクターのコンディションも大事になってくる。
いくら体力が余っていたとしても、操作される体が損傷していればキャラクターは動かない。腕がなくなれば攻撃ボタンをいくら押しても意味がないし、足がちぎれれば操作バーは飾りと化す。
そして一撃で頭部を損傷すれば、体力がいくら残っていたとしてもそいつは生きた屍となる。
殺害が避けられないのであれば、せめて一撃で。
苦痛なき死こそ俺たちが導き出した割り切り方だった。一撃で相手を屠り去ることで痛みも恐怖も感じさせない。
「優!立て優!?」
「ま、まってお兄ちゃ……体が動かな」
必殺技ゲージが溜まった淡い青色のエフェクトを確認したのだろう、敵プレイヤーが慌ててキャラクターを起こそうとしている。
……悲しいかな元のドレスタにはキャラクターが転倒するシチュエーションもそこから起き上がるモーションも用意されていない。
仕様外の動きをするためにはある程度の想像力が必要だ。恐らくプレイヤーとキャラクターで考えている動きがバラバラなのだろう。不器用に体をばたつかせるばかりで全く起き上がれていなかった。
それでも地面に手を付き、懸命に上体を起こそうとする。努力が実り片膝を立て立ち上がろうとしたころには、渋谷さんは必殺技を打つ構えに入っていた。さながら介錯人のように拳を上に構え、振り下ろす力を貯めている。
狙いは人体の急所である後頭部と頸椎の間、生命維持に必要なものが集中している部位。無防備な標的に向けて文字通りの必殺技を向けた。
「やめっ」
プレイヤーが何か言おうとしたようだが、訴えは必殺技のSEに掻き消される。渋谷さんの拳に光が纏わりつき、それが瞬く間に腕全体を覆った。
振りかぶったそれを放つ直前、渋谷さんは瞼を閉じた。それはほんの一瞬のことで、歯を食いしばり堪えるような表情で凶器を振り下ろした。
必殺技はあっけなくキャラクターの首筋に届き、光と衝撃波を生む。
その時の光景を、俺は生涯忘れることはできないだろう。
ーーーーー
当初の予定では、『ドレスタパンチ』は敵キャラクターの後頭部を押し潰すはずだった。ドレスを着ていたとしても無防備な頭部に必殺技を喰らってしまえば耐えられないだろうと、そう思っていた。
頭がザクロのように弾け飛ぶ光景を、俺も渋谷さんも覚悟していた。していたはずだった。
拳が頭に触れた瞬間、意外にも頭部は原形を留めていた。想定していた血肉は飛び散らず、代わりにチュートリアルでよく味わった衝撃波が響き渡る。
キャラクターが纏っているドレスは俺の予想を超えて頑強に少女の身体を守っていた。
だがそれは少女の安全を保障するものではなかった。
拳が当たった瞬間、少女の首は即座に仰け反った。人体の可動範囲を遥かに超過した角度でだ。
もっと具体的に言うなら背後に立って殴った渋谷さんとさかさまに目が合う程に首がへし折れていた。
そのままの状態で少女の肢体は勢いよく地面に叩けつけられる。その反動で前方に大きく跳ね飛ばされ、元少女は宙を舞った。
それでもドレスは少女の身体を守り続けた。インパクトの瞬間、そして地面に力強く叩きつけられた衝撃からも。これ以上主の尊厳を汚させまいと健気にも体が傷つかないようにと。
そんなドレスのささやかな抵抗をあざ笑うように『ドレスタパンチ』が発動する。
『ドレスタパンチⅡ』は対象一体に物理ダメージ(特大)を一回与える。これ当初は必殺技ボタンを押して発動するものだと俺は思っていた。
だがしばらくクマをぶちのめしているうちにちょっとした違和感を感じるようになっていた。
必殺技が思っていたより直ぐに発動しなかったのだ。殴った瞬間に敵が吹き飛ぶのではなく、拳が命中して一拍ほど間が空いてから凄まじい衝撃波が響き渡った。
……恐らくだがこちらが直接攻撃するダメージと『ドレスタパンチ』の効果である物理ダメージとやらは別物として勘定されるのだろう。殴った瞬間に必殺技が発動するのではなく、殴ることによって必殺技の対象となり、後に物理ダメージなる衝撃が自動的に対象を襲う。
打撃の威力を底上げする技ではなく、打撃によってターゲットを指定し特殊ダメージを与える技ということだ。物理ダメージが発動する前に敵キャラクターを殺害した一撃は、恐らく弱点部位を狙ったクリティカルのようなもの……だと思う。
ここまでは戦いが終わった後の考察だった。その時の俺はただ目の前で起こった暴虐を呆然と見守るしかできなかったのだ。
少女の遺体がひび割れていく。
被弾個所から広がるように赤黒い亀裂が体中に広がっていった。ぐちゃぐちゃのミンチにならなかったのはそれでもドレスがまだ生きていて、衝撃を抑え込もうとしているのだろうか。
ドレスの抵抗を他所に物理ダメージは後から後から湧きだしているようだ。下手に衝撃を押しと止めている分クマの時以上に体が細かく分断されていく。
空中に浮いた少女はまるで彫刻を砕いた時のようなエフェクトを全身に浮かび上がらせ、渋谷さんの頭上まで跳ね上がったと同時に砕け散った。
もうそういうしかない光景だった。人型のガラスがあったとして、首筋にハンマーを振り下ろしたような、少なくとも俺が見たことも想像したこともないような人体の崩壊だった。
一瞬の後、周囲には鉄が錆びたような臭いが一気に充満する。少女の身体のパーツがぼとぼとと霰の様に降り注いだ。
ひと際大きな落下音が俺の前方に響いた。反射的に筐体越しに前を見ると少女と目が合う。
少女の生首だ。
より正確に言うならば少女の鼻から上の顔だったものが、ガラスのような瞳でこちらを見つめていた。
人は生きているときとものになったときでこんなにも違うのか、と現実逃避する。
プレイヤーであった少年が慟哭するのと、渋谷さんが嘔吐するのは殆ど同時だった。
やりすぎだ馬鹿野郎!!
次回「無慈悲な惨劇」