短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

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二級市民①

 ベレリアント半島を北から南へと下ってきた特別列車は、アルトカレ州に入った。春先にここまで南下すれば、車窓から雪は見えない。穀倉地帯を過ぎれば、徐々に家屋が増えてくる。やがて家々はその密度を増し、州都アルトリア外縁の市街地に入った。

 

 乗り心地はよくない。鉄路といい、列車といい、ずいぶん古びているのだ。この列車が走っているアルトカレ線は、ベレリアント戦争の最中に拡幅されて、オルクセン規格に置き換えられた。軍事輸送のための突貫工事だ。

 

 旅客たる白エルフの女は、両手を組んで背伸びをした。背と腰の疲れに耐えかねている。この一両きりの特別列車に乗っている、他の七人も同様らしい。彼女ら八人は、ベレリアント半島の各地の駅から、一人、また一人と乗ってきた。身体を痛ぶる振動が一時にしろ止むまでは、まだ暫くかかる。

 

 しばし瞑目する。経営者とはいえ、自ら技師でもある彼女ならば、暇つぶしの思索も土木や建設に偏る。

 

 この鉄道。昔はこうではなかったな。

 

 終戦後は占領軍司令部隷下の鉄道部隊が維持管理にあたってきた。旧エルフィンド領で反乱が起きたときの備えなのだと、まことしやかに言われていた。白エルフによる利用が妨げられたわけではないが、駅には国家憲兵隊の屯所が設けられていたものだ。

 

 憲兵隊員は常に帯銃し、白エルフがテロにでも及びはすまいかと、鋭い目つきで乗客を眺めまわしていた。何やましいところのない乗客たちは、占領統治の苛立ちを、白い肌と尖耳の国家憲兵隊員たち―――占領軍の手先となった白エルフ同胞に向けたものだ。

 

 苛立ちの半ばほどは、生活の安定を手にした者へのやっかみだったかもしれない。睨む方も、睨まれる方も、居心地の悪い鉄道だった。

 

 しかし、思えばその時期の方が乗り心地はよかった。

 

 乗り心地が悪化したのは、軍政が終わり、主要駅以外の憲兵屯所が撤去され、鉄道の維持管理がアルトカレ州に移管された後のことだ。州の貧しい財政、オルクセン本国軍の鉄道部よりずっと技量と規律で劣る保線技師たち。そして――名実ともに独立を失い、オルクセン連邦の州として併合されてしまったという、秋の空っ風のような空虚さ。大事故こそないが、保線の予算は乏しく、車両の更新はままならない。

 

 恐らく軍政時代から数十年は走っているだろう機関車は、車体の黒い塗装があちこちで剥げて、点々とした錆びの赤色を帯びている。

 

 警笛がなり、車両は速度を落とした。やがてアルトリア駅に入る。運転士が交代する短い間は、停車する。彼女は席を立ちあがり、足を屈伸させた。

 

 ついでに車内を見回す。

 

 特別列車ならば、当然のこと、旅客は少ない。アルトリアで乗ってきた客は一人だけ。見た目だけでなく、年齢も若そうな白エルフだ。

 

 駅舎に見送りはいない。記者らしい白エルフが数人だけだ。係累のいない若者なのか――と思う。車両内に入ってきた若者。目を引いたのは、その瞳の冷たさだった。会話もなく、彼女から離れた場所の席に陣取る。革鞄一つを下げた軽装。まさに、身一つで乗り込む、というわけだ――そう彼女は感心する。

 

 しかし、私たちに挨拶もなしとは。妙な娘ではある。そうとは見えないが、やはり緊張しているのかもしれないな。

 

 警笛が再び鳴り、列車は動き出す。咳ばらいを一つして、車内の注目を集めた。鉄道の走行音に負けず、車両内に届く音量で、声をかける。

 

「さて、これで全員。予定通り、九人が揃ったわけだ。ひとつ、よろしくな、みんな。たぶん、最年長だと思うから、私から」

 

 とにかくも、自己紹介といこうじゃないか。もう知っている者には繰り返しになるけど。

 

「私は、カティエレン・タルヴェラ。生まれは北のアシリアンドだ。建設技師でね。これでも社長をしていたんだ。ああ、といって、年齢を笠に着る気はないよ」

 

 特に、最後に乗ってきた細身の娘に、タルヴェラは笑顔を見せる。

 

「なにせ、明日からは、同級生になるわけだから。ひとつ、よろしくな」

 

 娘は居心地悪そうに立ち上がった。しかし直立すると、背筋はぴんと伸びている。姿勢といい、顔立ちといい、侵すべからざる芯の強さを感じさせる娘だった。さっと撫でつけた髪は、白エルフには珍しい濃いブラウンヘア。細められた瞳は栗色だ。声まで硬質に響かせて、娘は言った。

 

「ヘルヴェア・オストエレンです。法学科に入ります。よろしくお願いします」

 

「ほう、学部も一緒じゃないか。よろしくな」

 

 そういうと、ヘルヴェアと名乗った娘は、喜ぶどころか、怪訝そうな顔になった。そして尋ねてくる。単刀直入に。

 

「建築学部ではなく?」

 

 問われたタルヴェラが、にっと笑っても、笑顔の返りはない。そういう娘なのだろう。

 

「うん、一念発起というわけだよ。会社も、もう売ったんだ。この際、思い切って変えてやろうと思ってね」

 

「仕事を?」

 

「いや」

 

 そういうと、他の七名を見回した。誰もが決意を抱え、やっぱり心細いのだと、彼女にはありありと分かった。

 

「生き方を。そして、この国を、だ」

 

 この国。

 

 エルフィンド――と、タルヴェラの世代は、そう思いたくもなる。しかし、もう違う。エルフィンドという国は滅んだ。一つの自治体としてすら残れず、五つの州に分たれた。だから、言い直す。

 

 私たちが住む、これからも生きていく、この国。

 

「オルクセン連邦を。白エルフとして、ね」

 

 さあさあ、順番だ。そう賑やかに言うと、一転して冗談を振りまきながら、次々と話を振っていく。ところで、君は。ほう、教育学部かね。そいじゃあ、あんたは。へえ、文学部か。歴史をやるのかい。え、二人ともそうか。そりゃ、よかったな。それから君は。

 

 列車がしばらく進む頃には、九人は列車の中ごろに固まって、徐々に打ち解けつつあった。

 

 ああ、仲良くやろう。なにせ、これから、同級生になるんだから。

 

 そして――戦わねばならないのだ。たった九人で。オルクセンという、栄光のオークの国を相手に。なにせ、私たちが最初なんだ。

 

 タルヴェラはそう言って、仲間を鼓舞するのだった。一番不愛想なヘルヴェアすらも、その言葉には頷き、鋭い瞳に決意の光を見せた。

 

 彼女たち、わずか九名のために仕立てられた特別列車は、程なくしてシルヴァン川を渡るだろう。

 

 

(九名の二級市民②へ続く)

 

 

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