短編集:九人の白エルフ   作:芝三十郎

12 / 38
web版読了後推奨
後編を中・後編の2つに分け、読みやすくしました。


氷と呼ばれた女 後編

中編から続く)

 

 やがて、帰るべき基地が近づいてきた。土を突き固めた滑走路が小さく見える。

 

 ムートは、首に巻いたスカーフで、汗ばんだ顔を拭う。剥き出しの九気筒エンジンから噴き出す排気にさらされて、コボルトの毛皮はすっかり黒くなっている。灰じみた油の匂いが染みつくようだ。

  

「ああ、負けた、負けた。シャワーは、控え室の奥にあったな?」

 

<ああ>

 

 そう返答を得て、ムートはふと疑問を覚えた。

 

「そういや、お前は? 牝……じゃねえ、女用のロッカーとか、シャワーとか、何処にあるんだ?」

 

<別に。普通だ>

 

「なに?」

 

<着替えも、シャワーも。一緒にやってる>

 

 厠はエルフには要らないと、そのくらいはムートも知っていた。それでも彼は目を剥いた。

 

「せめて、おい、衝立か何か、用意して貰えなかったのか?」

 

<最初はあった。今は無い>

 

「どうして」

 

<壊れた。私が訓練で同期に最初に勝った、次の朝からだ>

 

「……糞が。修理は」

 

<したよ。次の日には壊れてた。今はもう直してない>

 

「報告は」

 

<してない。軍隊というのは、そういうところなんだろう。教官も周りに合わせろと>

 

「なに言ってんだ、お前。馬鹿か」

 

<気にしない。士官学校も、ずっと似たようなものだった。種族も性別も関係ない。私には>

 

「どうして、そこまで……」

 

 ヘルヴェアからの返答はなかった。斜め後ろを飛ぶ女を見返しても、ゴーグルと革ヘルメットに隠された顔からは、何を読み取ることもできない。

 

 ただ、操縦席で夕日に照らされる女の姿が、ムートの記憶を刺激した。

 

「知らんだろう。キャメロットにはな、人間の女だけの空軍があるんだ」

 

<…………>

 

「王立婦人空軍っていうんだ。人間でも、女はふつう、軍隊には入れないんだが。大戦で、男がどんどん死んだからな。整備士も操縦士も、みんな女だ」

 

<それなら、分かるだろう。白エルフでも、女でも、コボルトと同じにやれる>

 

「だけど、あれは女の空軍だった。みんな誇りを持って。女も男になれっていう組織じゃあなかった……お前は、よく諦めなかったな。平気なのか。本当に氷みたいな奴だ」

 

<平気……>

 

 そこで白エルフは言葉を切らした。無線の不調を疑ったが、続きはすぐに来た。その声は全くの平静だった。

 

<当たり前だ。私は、ベレリアントの(アイス)なんだ。周りは関係ない>

  

 そこで、彼は思い当たった。十年近く前のことだが、有名な話ではあった。

 

「お前、あの白エルフか。ラピアカプツェの」

 

<……そうだ。もう、何も諦めたりはしない>

 

 ムートは話に聞いていた。ラピアカプツェ大学に入った九人の白エルフは、異種族の同級生たちから執拗な嫌がらせにあった。それを大学当局に訴えたせいで、逆に自分が退学させられた者がいたのだと。

 

「……ああ、そうかい。お前は、そういう奴なんだな」

 

 滑走路が近づく。ムートは白エルフに手信号を送り、管制官を含む周波数に切り替えた。

 

「着陸するぞ」

 

 降下するとき、ヘルヴェア機の反応はごく僅かに遅れた。

 

 ◆

 

 着陸した二名は、真っ黒になった顔で、控え室に戻った。

 

 待ち構えていた他の操縦士たちが、次々にムートに声をかける。

 

「さすがだ、キャメロット帰り」

「あいつから撃墜を取ったのは、近頃じゃ、あんただけだ」

「一発、かましてやったな。ひひ、味の方はどうだったい」

 

 ヘルヴェアに声をかけるものは誰もいない。彼女は自分のロッカーに向かった。

 

「…………」

 

 ムートもまた、周囲の全てを無視し、シャワー室に直行した。毒気を抜かれた同期たちが唖然としていると、すぐに出てきた。

 

 手に、割れた戸板を持っている。シャワー室の奥に置き捨てられていたものだ。

 

「おい。こいつを壊したのは誰だ」

 

 他のコボルト達は顔を見合わせている。

 

「誰がやったかと聞いてるんだ」

 

「誰ってお前……」

「ムート、なに言ってんだ」

「お前はコボルトじゃないか」

 

 ムートの声が凄みを増す。

 

「うるせえ。質問に答えろ」

 

 黒毛の操縦士、マグマが剽げた笑いをみせた。

 

「へへ、そいつに一発やって、気が移ったってえのか。色仕掛けでも、かまされたか。こう、毛のない尻でも振って……」

 

 言い終えるよりも早く、マグマは吹き飛ばされた。その背がぶち当たり、ロッカーの木戸が割れた。

 

 ムートは拳を握りしめ、鋭い牙をみせている。大喝する。

 

「てめえら、いい加減にしやがれ!」

 

 殴られた方も黙ってはいない。周りの連中もだ。

 

「やりやがったな!」

「このキャメロット野郎!」

「生意気な!」

 

 何頭もがムートに殴りかかり、蹴り返され、掴み合いになる。

 

「よせ、私闘は。まずいぞ」と止めようとするコボルトがいる。しかし「邪魔するな!」と殴られ、逆上して殴る方にまわる。

 

「痛え、やりやがったな」

「てめえこそ!」

 

 室内は戦場のように騒然とした。もう誰と誰が喧嘩をしているのかも分からない。

 

 ひとり立ち尽くすヘルヴェアは、冷静に見えたかもしれない。その実は、唖然としていただけのことだ。彼女の目と耳は、ただ一頭を追いかけている。

 

 罵声と破壊音の中で、白エルフの耳は、ムートの叫び声を聞き分けた。

 

「馬鹿野郎、この野郎! 仲間のことを、何だと思っていやがる!」

 

 そう叫んでは、手近な者に掴み掛かり、殴り、殴られては立ち上がる。そのコボルトの姿を追ううちに、その室内の様子が、ふと、ラピアカプツェ大学の食堂のように見えた。

 

 机に突っ伏して泣く白エルフを庇い、もう一人の白エルフが叫んでいる。

 

「誰だ、やったのは誰だ! お前か、お前か!」

 

 暴力の被害者自身よりも怒り、荒れ狂っていたのは、彼女の一番の友だった。その姿が、声が、またコボルトのものに変わった。友とは似ても似つかない声で、コボルトの牡は叫んでいた。

 

「誰だ、誰が壊しやがった! 馬鹿野郎、この野郎」

 

 今度は噛みつく、投げ飛ばす。大暴れする飛行服姿が、次第に滲んで見えてくる。

 

「この弱虫ども。それでも操縦士か!」

 

 その怒鳴り声に打たれたように、ヘルヴェアは身を翻した。果てしなく続く乱闘に背を向け、室外にでる。

 

 廊下を速足で歩く。することは決まっている。間も無く、教官が帰ってくる頃である。報告するのだ。これまでの何もかも。たとえそれで、何を失うことになろうとも。

 

 恐れも躊躇いも、もう彼女から失せていた。自分ではなく友のためなら、迷うことは何もない。彼女は遂に駆け出した。

 

 ◆

 

 その翌日。

 

 ヘルヴェアの出勤は昼からだった。昨夕、教官に夜間訓練を命じられたため、遅番なのである。

 

 彼女が入ると、控え室には金槌とノコギリの作業音が響いていた。

 

 あちこちに湿布を貼ったコボルトたちが、壁やらロッカーやらを直しているのだ。

 

 その異様な様子を眺めていると、ムートが彼女に声をかけた。

 

「よう」

 

 見れば、ムートは恐ろしく不機嫌な顔で釘抜きを使い、穴の空いた床板を外そうとしている。

 

「…………」

 

 無言で問いかけた彼女に、ムートはやはり不機嫌な声で答えた。

 

「あの後、教官にめちゃくちゃに絞られた。お前以外、全員だ」

 

「……これだけ壊せば、当たり前だ」

 

 控え室内は、襲撃を受けたかと思うほどの惨状だ。コボルトは魔種族の中では非力な方だが、それでも思い切り暴れれば、こうもなる。

 

「修理が終わるまで、お前以外は、給食から肉抜きだ。俺の飛行も禁止」

 

「自分たちで直せと?」

 

「こんなことで基地隊の世話になったら殺す、とよ」

 

「……手伝わないぞ」

 

「頼んでねえよ」

 

 作業を再開したムートに背を向けて、自分のロッカーに向かう。

 

 その進路に、黒毛のコボルトが立ちはだかった。マグマであった。

 

 彼女をぎょろりと見上げている。

 

「お前のロッカーは、もうそこじゃねえ」

 

「…………」

 

「あっちだ」

 

 そっぽを向いたコボルトの視線の先は、部屋の片隅である。そこだけ間仕切りで囲われて、簡易な戸がついている。

 

「出来が悪けりゃ、文句は教官に言えよ。俺も手伝いはしたけどな……禿げた尻なんか、眺めたって面白かねえからよ」

 

 マグマは、横を向いたまま、そう言った。

 

 その顔を冷たく見下して、ヘルヴェアは応酬する。

 

「負け惜しみだな。私の尻を拝みたけりゃ、上空でやってみろ」

 

「何だと、この野郎」

 

 マグマが睨んだ時には、もう女は身を翻し、最後の追い打ちを放っている。

 

「下手糞に晒す尻はないけどな……フフッ……」

 

 マグマは絶句した。彼だけではない。ありうべからざる音を聞いて、控え室中から視線が集中する。

 

 白エルフの背中は、その全てを無視した。

 

 素人臭い間仕切りの奥に入り、自分のロッカーからタオルを取ると、飛行服のままシャワー室へ消えていった。

 

 コボルトたちは顔を見合わせたり、耳をほじったりしている。

 

 きっと、喧嘩のせいで、壁に穴でも空いたのだろう。さっきのは、隙間風が吹いた音に違いない。

  

 ヘルヴェアが足を踏み入れたシャワー室には、誰もいない。午後の訓練前だからだ。出勤したばかりの彼女とて、排気で汚れてはいない。それでも今は、直ちにシャワーが必要だった。

 

 シャワー室の最奥に、真新しい木の衝立があった。壁際の一か所だけを区切っている。

 

 蝶番のついた戸板を押して中に入る。手早く飛行服を脱ぎ去り、籠に入れた。

 

 蛇口を捻る。降り注ぐ大量の水は、すぐに温度を帯びた。背後で、戸板が自然と閉まる音がする。

 

 前と右は壁。左と後ろは木の衝立で、すっかり取り囲まれている。

 

 狭い。とても狭い。牡たちが使う周囲と彼女を隔てるものは、薄い板のみ。並の白エルフなら、悲鳴をあげて逃げだすだろう待遇だ。

 

 それでも、そこは彼女の場所だった。もう脅かされることはない。

 

 熱いシャワーが身体を打つ。古い傷のカサブタが、はがれて流れ落ちていく。

 

「……フフッ……フフフッ……」

 

 湯よりも熱いしずくが閉じた瞳から溢れ、湯と混ざって頬を伝う。溢れに溢れて止まらない。

 

 その熱さを感じつつ、両腕を交差して、自分自身を抱きしめた。

 

 彼女は、ここにいてもいいのだ。

 

 

 

 

『氷と呼ばれた女』

 

 

おわり

 

 

(九人の白エルフ 次話『革命の種子』に続く)

 

 

(ヘルヴェア・オストエレン個人の物語は、

『ラスト・ディッチ・マニューバー』(未投稿)

スターシーカー

ランデブー

女王陛下のヴァナディース号』へ続く)




お読み下さり、ありがとうございました。

お気に入り登録、評価やご感想、読了ポストを頂けますと、とても励みになります。よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。